黒を基調としたフレーム。
バックパックに背負われたエンジン部から洩れる低い轟き。
内部に人を収めて起動したそれは、幾つものLEDをピカピカと光らせつつ、見守る撃退士達の前で意外なほどスムーズにペコリと頭を下げてみせた。しかも甲乙、二機が揃って。
横で立っている北風原(ならいはら)教授の得意満面なドヤ顔については、今更ここで言及する必要もないだろう。
そう。このご大層なメカの塊こそは『北風原式十二型倍力外骨格』。
装着した人間の力を数倍に高め、時には撃退士を上回るほどの出力さえ発揮するという、現代の乗り込み型フランケンシュタインであり、最先端のロボットスーツ。今回、八名もの撃退士達を招いて行われる比較性能試験の、当の主役がこれである。
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「すごいすごい、ロボットスーツ、すごく格好良いの!」
「ロボットカッケー! マジカッケーのだ!」
若菜 白兎(
ja2109)やレナ(
ja5022)のキラキラ輝く無垢な瞳を前に、甲機の運行者は思わず胸を張って力瘤。勿論ロボットスーツを着ている時にそんな筋肉ポージングを取る意味もないのだが、特に力を入れた様子もないまま、腕に八十キロの錘をぶら下げてそのポーズを維持している事を考えると、確かにこれは中々すごい。二人の一歩後ろから、目を丸くしてロボットスーツの挙動を見つめているユイ・J・オルフェウス(
ja5137)が、同様に思わず賛嘆の言葉を漏らす。
「ふわぁ、細かい事はチンプンカンプンですけど、でも本当にスゴイですねえ……」
そんな年少組の三人程かぶりつきではないにしろ、他の撃退士達にとっても目の前で動く二体のロボットスーツが興味の対象である事には代わりない。へーだのほーだのといった言葉を漏らしながら、撃退士達は思い思いの視線をロボットスーツへと注ぐ。
もっともその視線の持つ意味は、最先端の科学へ向けられた畏敬の念だけとは限らない。それは、あるいは未知の競技相手へと向けられた値踏みの視線であり、はたまた、胡散臭い暴走機械へと向けられた危惧の視線でもあったのだ。
「はっはっは。全く子供は素直じゃわい。よしよし、それじゃあ今日の試験では特別に、部外秘・秘蔵のスペシャルギミックをお披露目しようじゃないか。特別に、じゃぞ? 撃退士の諸君、期待して待っててくれたまえ!」
「……特別でスペシャルなギミックだそうですよ、アマカゼ?」
「不安定な試作品らしいな。なにはともあれ、大事無い様にしたいものだ」
疑い深げな視線を向ける彩・ギネヴィア・パラダイン(
ja0173)に、天風 静流(
ja0373)はやれやれと言わんばかりに首を振って見せる。
撃退士達のこの反応は故のない事ではない。先のブリーフィングで、暴走するのも試験の内と言わんばかりの鴇崎(ときざき)助手の忠告を聞いた後では、上機嫌でスペシャルギミックを仄めかす教授の言葉も、まるで厄介事の事前通告としか思えない。
「相手は、機械の精密+ヒトの多量性。敵となった場合は、厄介な存在。でしょう。……とは言え、緊急停止コマンドも。きちんと用意、されていました、が」と宮田 紗里奈(
ja3561)。
実は彼女の言う通り、暴走時の緊急停止手段も教授はきちんと用意していた。停止手段なんて自爆装置があって精々だと半ば諦め気味であった撃退士達には意外な事に、それもなんと二種類も!
一つは、遠隔リモコンによる非常停止コマンド。もう一つは、ロボットスーツの油圧弁を背中のスイッチから直接機械的にロックしてしまう非常停止ボタンである。どちらか片方でも効果を発揮すれば、間違いなくロボットスーツは無力化すると、教授は自信満々に請け合ったものだ。
「ちゃんと非常スイッチも用意してるし、意外に普通の人なんじゃないのカナ? あの教授」
ミーナ テルミット(
ja4760)の言葉に、撃退士一行は顔を見合わせる。
教授は、実はただの普通人なのか? 鴇崎助手の心配は杞憂なのか?
「まあ、その時になってみない事には、本当のところは判らないでしょう」
つかの間の沈黙を破り、物見 岳士(
ja0823)はそう言葉を引き取った。
「もっとも、教授の非常停止スイッチを信頼しすぎるのも、自分はお勧めしませんが……」
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引かれ合う鋼製のワイアー。
双方からリズミカルに投げかけられる調子をとった掛け声。
やがて力の均衡は崩れ、ワイアーを引いていた片方のチームがバタバタと総崩れになったと同時に、甲高いホイッスルの音がグラウンドに響き渡る。
「綱引き第一回目は撃退士側、彩、ミーナペアの勝利です」
鴇崎の声に、撃退士達の応援席がワッと盛り上がった。
性能比較試験その一、筋力試験『綱引き』。
二機のロボットスーツに対し、二人の撃退士側が挑むこのミニ綱引きは、撃退士側の申し出により二回に渡って行われる事になったのであるが、勝負はその初回から意外な展開を見せた。目方に勝る北風原式有利との大方の下馬評を覆し、なんと彩、ミーナの女性ペアが初戦の勝利を飾ったのである。
「やったゾ! サイの作戦が大当たりダ♪」
「事前に少し地面に凹みを作るだけで、摩擦は大幅に向上します。ま、この結果は当然ですね!」
尊敬の眼差しを向けるミーナに、グラサン姿の彩は余裕の表情。
一方、余程この競技には自信があったのだろう。負けた北風原教授の悔しがりようと言ったら、いっそ面白いくらいの有様だ。
「なんと、そんな姑息な作戦を巡らしておったとは! 卑怯だ! もう一戦だ! 次で目のものを見せてやるぞ!」
なんて地団駄踏んで悔しがる。勿論、勝負は初めから二ゲーム制である為、撃退士側にも異存はない。ロボットスーツと撃退士達はお互いの陣地を交換し、改めて綱代わりのワイアーを握ってゲーム開始のホイッスルを待つ。
「それでは、二回戦を始めます」
ピピ―――ッ!
鴇崎助手のホイッスルに合わせて、撃退士達とロボットスーツ達は再びワイアーを引き合った。
ピンと張ったワイアー。
調子を合わせた掛け声。
代わり映えのしない、一回戦での人員が左右に入れ替わっただけの光景が再び繰り返されると思われたその時、教授はリモコンをロボットスーツへと向け、とある秘密ボタンを押した。
「わっはっは! アンカー射出、リミッター解除! 科学の力を思い知れ!」
高笑いと共に、ポチっとな。その瞬間、教授の特別でスペシャルなギミックが炸裂する!
ドドドンッ!
衝撃と共に、北風原式の足元で何かが地面に打ち込まれた。同時にバックパックに収められたエンジン、四肢に備えられた油圧モーターが共に急激な高鳴りを見せる。
「わわッ!? なんダなんダ?」
ミーナの掌中で突然、ワイアーがまるで強力なウィンチに巻き取られでもしているかのように、ギリギリと相手側陣地へと引き込まれて始めていた。懸命に力を込めて引っぱり返すが、先程迄とは打って変わってワイアーはまるでびくともしない。
ミーナや彩が、その強力な引きに抵抗出来たのはごく短い時間だけ。一度体勢が崩れると、その後は抗しようもなくズルズルと綱を引き抜かれてしまう。
そこで、試合終了を告げる鴇崎のホイッスル。
ピピ―――ッ!
「よし、やったぞ! 五分の確率で暴走するかと思っとったが、いやはや、これもわしの日頃の行いの賜だな!」
自らの作品の勝利に舞い上がる北風原教授の隣で、撃退士達はその不穏当な発言をしっかり聞いていた。
「今の聞いたか? 物見君」
天風の問いかけに、物見も応える。
「……勝敗結果はさておくとしても、リモコン使って五分で暴走とは、見過ごせる確率じゃあないですね」
●
「それでは、速度試験、二百メートル走を開始します。位置について、ヨーイ、ドン」
鴇崎助手のピストルの音に合わせて、二機と四人の走者が一斉にスタートをきる。
性能比較試験その二、速度試験。
こちらはトラックを回る二百メートル走となっており、撃退士側の走者はレナ、宮田、天風、若菜の四名。ちなみに名前の記述は速い順だ。流石に忍者を目指していると言うだけあって、レナの走りは一際速い。一方のロボットスーツ側は、決して遅くはないのだが、弾丸の如くトラックを疾走する撃退士側に比べてその速度は明らかに劣る。
「ぐぬぬぬ!」
そしてその状況に、北風原教授はあからさまに焦れていた。
先程の綱引きでの様子を見ていても「教授が焦れると何かが起こる」という事は、既に撃退士側の共通見解となっている。
物見やユイがさり気なく教授の隣へと身を寄せた。
狙うは、教授が握り締めているリモコンだ。五分で暴走なんて物騒なボタンを、無闇に押させてはいけない。
「忍者ーは走るのだー! 颯爽と走るのだー!」
トラック上では、レナが独特のナンバ走りで既に中間地点を過ぎ去った。続いて宮田が中間地点に差し掛かる。もし教授がまだ勝つ気でいるなら、タイミングは今しかない。そして、勿論教授は勝つ気だった!
「北風原式十二型倍力外骨格よ、今こそ真の力を見せてみよ!」
ポチっとな。
……とはいかなかった。教授が高らかに声をあげた瞬間、折から彼の動向を注視していたユイが、見事ボタンが押される前にリモコンを奪取する事に成功したのである!
だが―――
「わっはっは、まだまだ青いな、撃退士の諸君。私は甲乙二機分のリモコンを用意していたのだ!」
「ああ、ずるいです!?」
ユイの抗議の声に耳を貸す事もなく、教授は雄々しく二つ目のリモコンボタンをポチっとな!
果たして、そのボタンで一体何が起こるのか?
初めに異常に気付いたのは、トラック上を走っていた若菜であった。
彼女の背後で突如として轟き叫ぶ、謎の甲高いエンジン音!
「え、何の音なの?」
そう言って振り返る暇もあらばこそ。それは彼女の遥か後方を走っていた筈の乙機であった。上半身はそのまま、下半身だけが別物のような超回転を見せて彼女をアウトコースから躱すと、続いてその前を走っていた天風も合わせてごぼう抜き。唖然と見送る二人を尻目に、更に前方の宮田へと迫る。
「そう、易易と。抜いて貰う、訳には、いかない。のです」
「レナちゃんも負けないのだー!」
宮田と、ついでレナの二人が速度を上げる。追い縋る乙機。ちなみに、教授の『活』の入らなかった甲機の方は、半週遅れで遥か後方に置き去りだ。
さあ、初めにゴールテープを切るのは、レナか、宮田か、それとも乙機か?
教授と、観客席の撃退士達が見守る中、鴇崎助手のチェッカーフラッグが大きく振り回される。
「一位レナ、二位宮田、三位乙機―――」
●
「まったく、わしの機械の性能試験なのに、わしからリモコンを取り上げるとはおかしいと思わんか?」
教授の言葉に、彩は全くにべもない。
「五分の確率に負けて機械を暴走させたDr.に、残念ながら拒否権はありません」
性能試験は遂に最後の模擬戦へ。
これまでの比較試験結果は上々。撃退士と比べても性能はほぼ互角と言ってよく、それは生身の人間をベースに動くロボットスーツにとっては画期的の一言であろう。その割に教授が不機嫌なのは、鴇崎助手に説教を食らい、リモコンを甲乙二つとも取り上げられてしまった事が原因であろうか。
とは言え、速度試験の後、乙機の目の覚めるような大爆走が、そのまま大暴走にコンボで繋がった事を考慮すれば、北風原教授に味方する者がいないのも当然と言える。慌てて教授からリモコンを取り上げたユイが、非常停止ボタンを押す事で何とか乙機を停止させなければ、一体どんな事故に繋がったかも分からない。
そうして教授が文句を垂れている中、既に模擬戦は始まっていた。
お馴染み、甲乙二機のロボットスーツに対し、撃退士側は物見、ユイのペア。定石通り、それぞれがオフィンス、ディフェンスに別れて地面に打ち込まれた杭を巡って争い合う。激しくぶつかり合う二機と二人の中でも、ユイの意外な活躍ぶりは特筆すべきであろう。小兵ながら、彼女は真っ向からの力勝負を避ける事で、北風原式との三倍を超える体重差をカバーしていた。
戦況は徐々に撃退士有利へと傾いていく。これ迄の試験と異なり、北風原教授の手に例のリモコンがない以上、ロボットスーツ側にこの状況を打開する術はない。
だが、転機は唐突にやって来た。
それは、棒の引っ張り合いの最中、甲機が足を滑らせて運行者が思いっ切り後頭部を打った時の事。派手で痛そうなその音に、ユイは大丈夫ですか? と倒れた甲機に声を掛けようとして……甲機の腕が、彼女の持つ棒を強く引っ張ったのはその次の瞬間であった。
ユイは驚愕する。だって、甲機の運行者はすっかり気絶しているのに!
●
「暴走だ!?」
すぐ隣で乙機の腰にしがみついていた物見が、その腰を離して立ち上がった。
物見のその声に、模擬戦を観戦していた撃退士達は一斉に教授の方を振り返る。
「なんじゃ、わしは知らんぞ? 鴇崎君に言って早く止めて貰え」
「実は先程から非常停止ボタンを押していますが」と鴇崎。
「止まりません」
その答えを聞いた、撃退士達の反応は早い。六名の撃退士の内、天風、彩、レナの三名が暴走した甲機へ向かって走り出す。若菜、宮田、ミーナの三名は万が一の場合に備えた後詰役だ。
「あうう、動かないで下さいですっ!」
その間にも、甲機はユイの手に持つ棒を離そうとはしない。運行者の意識もないまま、エンジン音も高らかに力任せでユイから棒を引き剥がす構えだ。ユイは対抗上、棒を押さえて甲機を引き止めに掛るが、このような真っ向力勝負だと小柄な彼女は分が悪い。
だが、ユイが引き倒される寸前、物見は綱引きのワイアーを甲機の手足に縛り付ける事に成功する。
手足の動きを抑えられた甲機はエンジンを全開にして戒めを引き千切ろうとするが、太いワイアーはびくともしない。
「誰か、今の内に本体の非常停止ボタンを!」
身を捩る甲機を抑えながら、物見が叫んだ。
そこに、駆けつけるレナと天風。
「……スイッチはどこだと言ってたのだっけ?」
「背中だそうだ。多分これだろう」
天風は躊躇なく、バックパック脇の赤いボタンを強く押し込む。このスイッチが効かなければ、どこまで手荒い真似をして事態を収拾しようかと考えながら。
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結果から言えば、非常停止スイッチは無事に期待通りの効果を発揮した。
試験は総合的には成功したと言えるだろう。教授の制作した『北風原式十二型倍力外骨格』はコンセプト通りのスペックを発揮し、撃退士と互角以上に渡り合ったのである。細かい不具合修正などは、後で院生辺りが泣きながら徹夜をすればいいだけの話。
とは言え、北風原教授は予想に反し、試験の後もしばらくは大人しくしていたそうである。
それは鴇崎助手の説教が効いたのか、撃退士の少女の一人から「無茶しちゃダメですよ?」 とたしなめられたからなのか。本当のところは、教授以外の誰にも解らない。