「ほほう、この穴ですか。これまた、立派なトンネルですねー」
ゴルフコース内のバンカーにどっかり掘られた土のトンネルを覗き込みながら、アーレイ・バーグ(
ja0276)は感嘆の声を上げる。ウサギの掘った穴だと聞いたが、中々どうして、とてもそんな可愛らしい穴っぽこでは有り得ない。間違いなく、これを掘った『ウサギ』はたっぷり人間大のサイズを誇るだろう。
彼女の傍らでは、相棒の下妻ユーカリ(
ja0593)もまた、目をキラキラとさせながら「うさぴょんスゴーイ♪」なんてお気楽な感想を漏らしていた。
実際すごい。
問題は、その凄過ぎる仕事ぶりから鑑みるに、このトンネルの奥に待ち受けている相手は、多分うさぴょん♪ なんて可愛らしい生物ではないだろな、と言う事だ。
「どうです? いけますかね? 大丈夫ですか?」
彼女たちの背後から、今回の依頼主である当のゴルフ場所属のグリーンキーパーが心配気な声を掛けて来る。彼の心配は理解できる。ゴルフ場のあちこちにこんな大穴を開けられたのでは、グリーンキーパーなんて商売は上がったりであろう。
アーレイと下妻の二人は、そんなグリーンキーパーへ、ニッコリ笑顔&サムズアップ。
「大丈夫ですとも。今頃は、他のトンネルからも、撃退士達が其々トンネル内に侵入している筈。相手はもう、袋の中の鼠も同然です!」
「バッチリうさぴょんやっつけてくるから、待っててねー♪」
●
同時刻。
アーレイの言葉通り、八人の撃退士達は、今まさにその全員がトンネルの中へ侵入せんとしているところであった。
現在までに発見されているトンネルの入口は四つ。
今回の依頼に参加した総勢八名の撃退士達で二名ずつのチームを四つ作り、各入り口から同時に侵入。巣穴内部で件の大ウサギを追い詰めようというのが、今回の大まかな作戦内容である。
アーレイ、下妻組の一班はゴルフコース、17ホールのバンカーの穴から巣内へと侵入した。
同じく、ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)、礎 定俊(
ja1684)組の二班はゴルフ場敷地内の林に開いた穴から。
麻生 遊夜(
ja1838)、ミルヤ・ラヤヤルヴィ(
ja0901)組の三班は13ホール、グリーン上の穴から。
グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)、桐ケ谷 クラン(
ja4837)組の四班は、こちらは道路上に開いた大穴から、其々が巣穴内部へと歩を進める。
●
撃退士グループの内のこちらは第二班。礎、ソフィアの凸凹コンビ。
四つの入口の中では最南端の穴が担当である彼らは、トンネル内部に潜入後、そのまま道なりに北上を続けていた。
土臭いトンネルの内部は狭く、暗い。
斡旋所からレンタルしたヘッドライトや、自前の手提げランタンを頼りに用心深く闇を伺い、敵サーバントによる壁抜けによる不意打ちを防ぐ目的で、頻繁に阻霊陣を使用。他にも、マッピングだ蛍光塗料での目印つけだのと、洞内での仕事は意外に多い。
「あっと、早速T字路だね。定俊さん、どうしようか?」
「まっすぐ北上する正面の道と、左へ曲がる西の道ですか……取り敢えずは、左に行ってみましょう」
「オッケー♪」
●
「ウサギって可愛いよね。 虫とかが大きくなったらアレだけど、ウサギならセーフじゃない?」
「あんまり可愛くても、それはそれで問題じゃないか? 俺達の仕事内容としては、さ」
「……あれ?」
どうやら盲点だったらしく、麻生の返答に、ミルヤは真剣に頭を悩ませる。
害獣討伐目的で出張ってきた撃退士としては、憎たらしいウサギ怪獣と、モフモフでか可愛いうさぎ君の、一体どちらを期待すべきだろう?
……なんて軽口を叩きつつも、こちらもやはり地下トンネルの中。四つの入口の内、最北端の穴から洞内へ潜入した麻生、ミルヤ組の三班である。彼らの入ったトンネルは、当初はまっすぐ東へと進んでいたが、どうやら途中から大きく右曲りにカーブしているようで、このまま進めば、最終的には南向きに進む事になるだろう。歩いた歩数と通路の屈曲率を元に、ミルヤは手元に方眼紙にぐいっと右曲りの曲線を書き記す。
そうやって入り口から七十メートル程も進んだ先で、二人はT字路にぶつかった。
正面へ進む道と、右手に直角に折れる道。その分岐路に二人が近づこうとした時、ライトの光の外縁を、何か黒い影が素早く通り過ぎる。
「何だ!?」
叫び様、二人は咄嗟に拳銃を構えるが、間に合わない。
大型犬か、それ以上のサイズを持った何物かが、暗い通路の奥へと明りも無しに走り去っていく。しばらく待ち、気配の主が戻ってくる様子がない事を確認して、麻生はようよう拳銃を下ろし、傍らのミルヤを振り返った。
「……見えたか?」
「ん〜、見えなかったなぁ。右から出てきて、そのまま正面の通路を奥へ逃げていったのは判ったんだけど……」
二人は用心をしつつ、分岐点の場所まで足を進める。
正面の通路は今歩いている道の延長線上にあり、そのまま緩やかに右へとカーブをしていた。
そして、右側の通路というと……
「部屋……なのかな?」
首を傾げるミルヤ。
通路の先にあったのは、五メートル四方程の円形の小部屋。天井も高く、長身のミルヤが爪先立っても天井に頭をぶつける心配がないくらい。どうやら先程の影は、つい今の今までこの部屋で寛いでいたらしい。
二人は小部屋の様子を地図に書きこむと、逃げた影を追う様にして正面の通路を進んでいく。
●
こちらはグラルスと桐ケ谷、長身コンビの第四班。
彼らは実は割と苦労していた。と言っても凶暴な怪物に襲われたとか、別にそう言うわけではない。単純に洞窟の天井が低いのだ。特に百九十四センチの長身を誇る桐ケ谷にとって、精々百五十センチそこそこの洞窟の中を歩くのは、これが意外な苦行であった。
「くあぁ、めんどくせぇ調査だとは思ったが、まさかこんなに腰に来るとは……」
「頑張って下さい、クランさん……!」
二人の現在地は、担当である道路陥没地点の穴から更に東へ進んだところ。
元々の担当箇所自体、四つの開口部の中では最東端の位置にあった為、これで他の三班からみると随分東へ突出した事になるだろう。途中、五メートル四方程の小部屋一つを通り過ぎた他は殆ど直線の一本道であり、既に六十メートル近くも地中を東へ進んだ案配だ。
「お?」
「あ」
進んだ先で、思わず二人は声を上げる。
ヘッドライトの明りの中に見えるのは、行き止まりの土の壁。どうやらウサギ達による通路の拡張工事中だったようだが、肝心のウサギの姿はどこにも見当たらない。
「……どうやら行き止まりのようですね。仕方ありません、一度陥没地点まで引き返して、今度は西へと進む事にしましょう」
「こ、腰が……。おーい、ウサギちゃーん、早く出てこいよー!」
●
「ゴルフ場にウサギの巣穴……と聞くと、小石をウサギの巣穴に打ち入れたのがゴルフの始まり、という一説を思い出しますね。あいにく今回巣穴に入るのは、イシはイシでもゲキタイシですが」
イシはイシでも―――
礎のその言葉を境に、ぱったり静寂が訪れる。
何故、お前は我慢出来なかったのか。
せめて、もっと親父臭くないネタはなかったのか。
先頭を歩く礎は、そんな無言の空気を華麗にスルー。見えないのをいい事に、背後の三人からの冷たい視線も背中でばっきり跳ね返す。
三人?
そう、三人。
礎、ソフィア班とアーレイ、下妻班の四名は、いち早く地下巣内での合流を果たしていた。
トンネルの曲がり角でばったり出会した四人は、早速その場で互いの踏破ルートを確認。どうやらバンカーの穴を東に進んだ後、初めの分岐点で南に折れたアーレイ達と、トンネル内を北に進んだ後、初めの分岐点を西に曲がった礎達とでルートが結合していたらしい。合流した四名は、そのまま一度アーレイ達が折れた分岐地点まで一緒に戻った上で、今こうして、改めて東進しているところである。
そうして、アーレイ達が潜ったバンカーの穴から数えて、東へ六十メートルも進んだだろうか。
通路の先が大きな空間に繋がっている事に、一行は気付く。
「わぁ、凄いです。この調子で、地下十階までダンジョンが続いたりしませんかねー?」
アーレイのはしゃいだ声が、広い空間の中で反響した。
実際その部屋は、これまでの狭い通路や、中途で見かけた小部屋とは比べ物にならない大変な広さであった。天井の高さは三メートル。部屋の奥行きは目算でも十五メートルを大きく超える。壁のあちこちに別の通路へと繋がる出口が備わっている所からも、恐らく数本の連絡通路が合流した、巣内でも主要な一室なのであろう。
そうだ。
此処は巣内の中心地。此処こそがウサギ達の聖域。
暢気に部屋の中央へと踏み入ろうとしたアーレイを、光纏し、スクロールまで顕現させたソフィアが無言で押し留めた。同時に礎は、他の三名を庇うようにして部屋の中へと足を踏み入れる。
ソフィアと礎の視線の先、広い部屋の中央にウサギがいた。
しかも、三羽も!
それらは、仔牛程もあるでかい図体を別にすれば、確かにウサギその物であるように見える。ツノが生えているわけでも、キバが生えているわけでもない。
しかし、目と、表情がいけなかった。子供向けのアニメーションのように、大きく表情を歪ませ、歯を露出し、目を怒らせて威嚇をする『ウサギ』達。そのウサギ離れした表情を見れば一目瞭然、敵はどうやらすっかりヤル気であるらしい。
「がーん! うさぴょん、何か感じ悪い……」
ウサギの容貌にショックを受けつつも、下妻は苦無を手に礎の隣に立った。二人の後ろでは、やはり光纏したソフィアとアーレイが其々の武器を構えてウサギの様子を伺う。
ウサギと撃退士の頭数は三対四。だがウサギ達は数の上での劣勢を物ともせず、まるで猪のような吼え声と共に撃退士へと襲いかかった。戦闘開始!
●
「今の音、聞こえたかい? ミルヤさん」
麻生の言葉に、ミルヤも頷く。
「聞こえたよ、誰かと誰かが争ってるような音。もしかしたら、この先でみんなの入った穴と繋がってるのかも知れないわね」
初めに黒い影と遭遇した場所から、二人は更に南へ長大なカーブを描きつつ百五十メートル程も進んでいた。
その間、最初に見た小部屋と同じような部屋をもう一つ発見した程度で、二人は実質、一本道を真っ直ぐに進んでいるようなものである。初めの位置から南東に大きく進んだ二人は、地図上ではそろそろ、一班と四班が入った穴を東西で結ぶラインに差し掛かる。地理的には、そろそろ他の班と合流してもおかしくはない。
念の為、V兵器を手に通路を進んでいた二人は、そこで不意に通路の先に大きな空間が開いていることに気が付いた。同時に、その空間で繰り広げられる闘争の音と、その音に混じって聞こえる、得体の知れぬ何かがこちら目掛けて高速で走り寄ってくる音も。
二人は咄嗟に通路で射撃の姿勢をとる。だが、闇に紛れて音の主の正体がハッキリしない。
撃つべきか、撃たざるべきか?
暗闇の中、明りもなしにこの地下トンネルを走り回る奴など、九分九厘は敵に決まっている。だが、もしかしたら、ライトを失くして敵に追われる味方の可能性だって無くはない。
呼吸にして一度か二度。
二人のライトの明りに大きな黒い影が飛び込むのと、その影の更に後ろからソフィアの声が聞こえて来たのは丁度同時だった。
「待てーっ! ウサギそっち逃げるなってば!」
ソフィアに追われているならば、敵だ。
その声を耳にした瞬間、麻生とミルヤは、正面の影へ全ての弾丸を叩き込む。
●
その闘争の音をグラルスと桐ケ谷の二人が聞いたのは、ようやく初めに潜った道路の穴を通り過ぎ、三十メートル程も西へ進んだ時の事だった。どうやら通路の先には、相当に大きな空間が空いてるらしい。ドンドンバンバン、撃退士と天魔の騒動にはお決まりのBGMがけたたましくトンネル内部に響き渡る。
「こりゃあ、乗り遅れちまったなみたいだな。おい、グラルス、俺達も急ごうぜ!」
「あ、ちょっと待って下さい。何か向こう側から……」
グラルスの制止を置き去りに、桐ケ谷は窮屈な姿勢のままトンネル内部を急いで先に進もうとした。
……結果的には桐ケ谷のその姿勢の悪さが、より直截には、彼のスラリとした八頭身体型が災いしたと言えよう。
ドンパチに紛れて、ウサギの気配を感じ損ねたのも悪かった。
大部屋に出現した三匹のウサギの内、一匹はアーレイ達のスクロールに倒れ、もう一匹は逃げ出した先で麻生達の一斉射撃で蜂の巣に。だが最後の一匹は不利になると見るや、追手の手薄な東方向へと一目散。狭いトンネルの中を一気に駆け抜け、途中で遭遇した桐ケ谷の顔面をウサキックで奇襲することに成功したのである!
ドガンッッ!!
嘘か真か、運次第ではクビも飛ぶと噂されるほどの強力キックの不意打ちに、桐ケ谷は堪らず膝をつく。ウサギはその桐ケ谷の頭上を飛び越すと、勢いそのまま、グラルスの脇をもすり抜けた。
「しまった、いけません!」
ウサギが高速で脇を抜けていったのに気が付いたグラルスは、桐ケ谷を残し、振り向きざまに駆け出した。後ろのトンネルの先にあるのは、行き止まりの通路と彼らの入ってきた陥没した道路の開口部のみ。ウサギがそこから逃れる前に、何としてもその開口部を塞がなければ!
ウサギの後を追って走るグラルスは、何とかウサギが陥没口から外へ飛び出そうとしているところに間に合った。そのまま間髪入れず、スクロールから魔力弾を発射する。
「逃しませんよっ!」
気合一閃、グラルスの放った光の玉は狙い通り、陥没口の縁を直撃。
目前の壁が吹き飛んだことに驚いたウサギは、そのまま更に奥の通路へと逃げこんでいった。安堵に息をつくグラルスの背後から、一体どこで合流したのか、礎やアーレイ、ソフィア、桐ケ谷達がドタバタと駆け過ぎていく。
「やれやれ。走るのはもう彼らに任せて、僕は阻霊陣でも使っておく事にしましょうか……」
●
最終的に、三匹目のウサギは行き止まりの通路に追い込められた末、後を追った桐ケ谷達の手によって無事に仕留められた。他にウサギの姿は見かけられなかった為、その時点をもって依頼終了。三匹の死体は全て一箇所にまとめて埋葬され、マッピングの方も、全員分の情報を再構成した上で改めて一枚の地図に清書される。
最終的には全長七百メートルを超える堂々たる大トンネルの姿が明らかになったが、このトンネルがほんの数日で掘られたことを思えば、ウサギ達の精勤ぶりには頭が下がる。
尚、撃退士達の中では、唯一大きなダメージを負った桐ケ谷であったが、本人は意外に全く平気そう。
理由を聞かれて、彼は腫れた頬に手を当てながら、ニヤリと笑ってこう言った。
「何、バニーちゃんに足蹴にされるのには慣れてるよ♪」と、そう一言。