「それでは行きます。皆さん、しっかり掴まっていて下さいね」
佐藤 七佳(
ja0030)がそう言ってトラックを発進させると、龍崎海(
ja0565)のハンドルを握るもう一台のトラックも後から続く。
午後二時三分。
『骨の街』より発せられた救援要請に基づき、救援隊は急遽現地入り。撃退庁より貸し出された二台のトラックに分譲し、市東部より冥魔支配領域内へと侵入する。
「隠れて進むと言っても、こうもディアボロが多いと限度があるよなぁ」
トラックの周囲に転がる、氷の刃で切り刻まれたグールドッグの遺骸。懐に氷晶霊符を仕舞い込みながら、獅堂 武(
jb0906)は仲間に向かってボヤいてみせた。
午後二時五十分。
支配領域としてはまだ辺縁の地域であるにも関わらず、既に彼らは二度の戦闘を繰り広げている。ディアボロの数は、中心部に向かうに連れて増加していくようだった。
「では行って来い。車三台、俺が責任をもって面倒見よう」
「すいません、なるべく早く戻ります」
獅童 絃也 (
ja0694)の言葉に、佐藤 としお(
ja2489)は明るく答える。
午後三時八分。
市役所南東県道84号線上にて、一台のバンを発見。それが救援要請を発した偵察部隊の車両である事を確認した一行は、車道をこれ以上進むのは困難と判断。獅童一人をその場に残し、残りのメンバーは徒歩での市内中心部潜入を試みる。
「……やばいです、警察署の周りは化け物の巣ですよ!」
光信機に囁きながら、袋井 雅人(
jb1469)は廃墟のコンクリート壁にべたりと張り付き、身を潜ませる。
壁のすぐ裏を這い進む、巨大な気配。そのモノが放つ腐臭と、命あるものへと向けられた怨念の如き殺意に、袋井の体は知らず竦み上がり、震え出す。
午後三時三十分。
撃退士達は県道を離れ、水路沿いに西進。ディアボロの集中する市中心部を迂回しつつ、最後に救援要請の発せられた地点を目指して進む。
「ドラゴンゾンビを筆頭に、その他屍の群れがうじゃうじゃか……こんなトコに取り残されてちゃ、生きた心地もしねぇだろうなぁ……」
宗方 露姫(
jb3641)は、そう言って双眼鏡を覗き込む。目に映るのはただ荒涼と薄暗い、生きて動くモノが皆無の死者の国。だが、彼女はそんな空の一角に、鳴き喚き、大きく旋回する鳥の群れを発見した。いや、鳥ではない。骨のディアボロ、スカルチャーだ。この場所で宗方ら以外にディアボロを騒がすような存在といえば……
宗方は光信機に向かって叫ぶ。
「見つけたぞ! 川向うの住宅街、骨鳥達に襲われている!」
「了解だ。我らも直ぐに向かう」
宗方からの連絡に、フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)は短く答えて立ち上がる。
「皆、行くぞ!」
『おおっ!!』
フィオナの言葉に頷く四人の仲間達。
午後三時四十分。
本隊から先行した袋井、宗方と、車番として後方に残った獅童。彼ら含め総計八人の撃退士達は、まだこの時点では全員大きな負傷もなく、道中の戦闘を上手く回避する事に成功していた。
だが、それもここまで。
仲間を救い出す為に。
撃退士達の体から、戦いの決意と、輝くアウルが溢れ出す。
●
「先行します!」
七佳が疾走る。
背に輝く光の翼。足から吹き出すアウルの奔流が、彼女の体を流星の如き勢いで前に運ぶ。
常人離れした身体能力を備える撃退士の中でも、彼女の足は尚速い。あっと言う間に並走する仲間を引き離し、彼女は瓦礫だらけの住宅街へと飛び込んだ。
(お願い、間に合って!)
膨れ上がる焦燥感。心中に溢れ出る悪い予感を、七佳は無理やり抑えこむ。
正義が何かは分からない。悪が何かも分からない。
(だけど、助けを求める仲間の為に走る事を、あたしは辞めようとは思わない!)
爆音が。聞こえた。
遠くない。
それは誰かがまだ生きて、ディアボロ達と戦っている証。七佳は更に足を早め、アウルを星屑のように煌かせながら、音の出処へ向かってひた走る。
●
住宅街の一角に轟く爆音。骨鳥達の耳障りな叫び声。
先行した宗方、袋井、七佳の三人が相前後して現場に辿り着いた時、救援要請を発した撃退士達は、まだ生きていた。
「おい、救援隊だぞ! ちゃんと生きてるだろうな!?」
「ありがてぇ、ここだ、ここ!」
宗方の声に、上空へ向けて必死の弾幕を張っていたインフィルトレイターが手を振った。その隣ではダアトの女がワンドを振るい、周囲を取り囲むグールドッグ目掛けて灼熱の火球を解き放つ。
戦っているのは二人。倒れているのは三人。一人はまだ意識があるようだが、もう二人は重体だ。
「今回はスニーキングに勤しむつもり……とは言え、ここで頑張らなきゃ撃退士じゃないですね。袋井、行きます!」
袋井は光纏。阻霊符を使用すると同時に、ヘルゴートによる冥府の風を身に纏う。
同時に宗方、七佳の二人も剣を片手に飛び出し、前方に気を取られていたグールドッグの群れに背後から襲い掛かった。予期せぬ方向からの強襲に混乱する犬の群れ。その隙を七佳は見逃さず、光の尾を引きつつの急加速。グールドッグを跨ぎ越し、遂に五人の元へと辿り着く。
「皆さん、大丈夫ですか!?」
「ああ、これくらい平気だ……と言いてぇところだが、ちょいとキツい。前衛連中の二人は重体、もう一人も半死半生の有様だ。逃げる途中で光信機も壊れるし、正直もうダメかと思ったぜ」
七佳の呼び掛けに答えるインフィルトレイター。彼の言葉は軽いが、その顔には疲労の色が濃い。
「おい、大丈夫か!」
「怪我人は僕らが担ぎます。脱出しましょう!」
遅れてグールドッグの包囲を突破してきた宗方と袋井。袋井が気絶した一人を肩に担ぎ、宗方も荒い息を吐く鬼道忍軍の男に肩を貸そうとする。だが、男は首を振って代わりに小さなメモリーカードを差し出した。
「……いや、俺はいい。その代わりに、これを持って帰ってくれ……」
宗方は直感した。事前に語られた持ち帰るべき情報とは、人々の意識から消え去った謎の土地「グンマ」に関わる情報とは、これの事なのだと。
直感したからこそ、宗方は傲然と胸を張り、頬を膨らませてプイと横を向いたのだ!
「い・や・だ」
「はあっ? お前は何を……」
「いやだ、と言ったんだ。そんなに大事なものだったら、無くさないようにしっかり持っとけよ! ほら、忙しいんだから、さっさと行くぞ!」
宗方は強引に男に肩を貸し、プンプンと怒りながら彼を立ち上がらせようとする。
その二人に上空からスカルチャーが襲い掛かる。
「宗方さん、危ない!」
七佳の声に、宗方は空を見上げた。彼女の視界一杯に広がる、骨だらけの翼。咄嗟に身を伏せようとするが、怪我人連れでは間に合わない。骨鳥の鋭い爪が、男を庇う宗方の体に食い込もうとして……
ズガンッ!!
佐藤の弾丸が爪を弾き飛ばす。
「宗方さんはいい事を言ったよ。僕らの仕事はあくまで君達の救援だ。大事な情報があるなら、しっかり抱えて、後で土屋君にでも教えて上げるといい」
本隊の到着が間に合ったのだ!
佐藤の弾丸を皮切りに、新たに到着した四人の仲間が見る見るディアボロ達を蹴散らしていく。
「獅堂、速攻で行くぞ!」
「了解だ、フィオナ先輩!」
服に仕込んだ霊符から、フィオナは激しい炎を招来。同時に獅堂は短く咒を唱え、構えた霊符を媒介に氷の刃を呼び寄せる。そうはさせじと飛び掛かるディアボロの群れに、二人の解き放った術が炸裂した。
「心配しなくてもいい。怪我人は俺が見るよ。完璧に、とは行かないまでも、歩けるくらいには治してみせる」
気絶した二人に歩み寄る龍崎。その手に輝く癒しの光。
「さあ、この場から脱出しよう。一度ディアボロ達を撒いて、本格的な処置はその後だ」
彼の言葉に撃退士達は頷き、怪我人達に肩を貸しながら揃ってその場から走り去る。
●
午後四時六分。
撃退士達は、ここまでは上手く事を運んでいた。
いや、運んでいると思っていた。
偵察部隊と無事合流。追ってくる犬を叩き潰し、厄介な骨鳥達も何とか撒いた。龍崎のヒールによって重体だった二人も目を覚ます。希望した偵察部隊の三人に宗方がおにぎりを渡し、彼らが嬉しそうにそれを頬張るのを見た時には、依頼の完遂を疑う者など一人も居はしなかった。
そう、彼らがその姿を見る時迄は。
その腐敗した匂いを嗅ぎ、恩讐に燃える吼え声を間近で耳にする迄は。
ブオオォオォォオォォ―――ッッ!!
咽び泣くような、長い声。
道の端に、血塗れで倒れている獅童。そのすぐ傍らで、広い道一杯に広がる巨躯が無造作にトラックを蹴転がす。トラック。そう、彼らの乗ってきた車の内の一台を。
「……今からでも遅くはない。お前達はよくやった。俺達を置いて逃げるんだ……」
「うるさい、怪我人は黙ってろ……!」
鬼道忍軍の呟きに、宗方は乾いた声を投げ返す。
―――ドラゴンゾンビがそこに居た。
●
事の綻びは二十分前、車番として残っていた獅童の前で、数匹のグールドッグが駐車されていた車両に目を止めた所から始まった。戦闘は避けるつもりでいた獅童も、人の匂いに惹かれたか、犬共がトラックに上がり始めたのを見ては黙っておれぬ。
敵は三匹。熟練の阿修羅である獅堂にとって、十分勝算のある相手であり、実際に獅童は勝利する。
……だがその短い戦いの喧騒が、よりによって最悪の相手を呼んだのだ。
「……この道が、まさか竜の周回コースだったとはな」
気が付いた時には、車を動かす暇もなく。
道幅一杯に迫る巨体を前にして、獅童は戦いを決意する。
「足を止めての殴り合いなら得意分野だ。仲間が来るまで、この道は通させん」
無造作に距離を詰める死竜。
漂う強烈な腐臭の中で、獅童は気を練り、闘気を開放。自らの持ちうる最大の力を初撃に込める。
「行くぞ!」
アスファルトを割る震脚の音が廃墟の街に轟いた。
獅童は負けた。
山をも鳴動させる彼の一撃をもってしても、一人の人間が立ち向かうにはドラゴンゾンビは強大過ぎる。
それでも彼の行いは無駄ではない。成果は如実だ。仲間が彼の元に戻った時、破壊されていた車両は「たったの」一台だけだった。
●
午後四時七分。
「……龍崎さん、車」
七佳の声に、龍崎はこくりと頷いた。
一台は破壊されても、もう一台のトラックと、偵察部隊のバンはまだ無傷で残ってる。二台の車があれば、全員を乗せて街から脱出する事も出来る筈だ。
車を動かし、怪我人を車に乗せる為に必要な時間を稼ぎ出す為に、フィオナは大剣を手に死竜の前に立ちはだかる。
「七佳、龍崎。車の始動を頼む。他の皆は怪我人達を。それまでの足止めは我が……」
ズギンッッ!!
有無を言わさず打ち込まれた死竜の一撃を、フィオナは大剣で受け流す。
パリィ。だが、この結果は彼女だけの技ではない。佐藤の回避射撃による一撃が事前に軸をずらしていなければ、如何なフィオナと言えども危うい所であった。
「僕達の力じゃ、まだこいつには敵わない」ライフルを構え、佐藤は言う。「だから僕も命を張らせて貰う。仲間を守る為に戦うのなら、命の張り甲斐もあるってものだ」
「なら、俺で三人だな」
宗方もそう言って前に出る。
「竜には、個人的に思うところもある。怪我人の事、マジで頼むぞ。自慢じゃないが、俺は長くは保たないからな!」
●
先の獅童の分も含め、公式には初となる『骨の街』対ドラゴンゾンビ戦は、実際には極短かいものだった。
フィオナに死竜の注意が向いた隙を突き、七佳と龍崎の二人が素早く車の運転席に飛び乗る。それは、袋井と獅堂が重体者を担いで走り出すのとほぼ同時。
死竜が吼える。腐り果てた臓物から吐き出される圧倒的腐臭。
「仮にも竜の一族が、いつまでも浅ましい姿を晒してんじゃねーゾッ!」
翼で空に舞い上がった宗方は、闇の力を腕に纏い、巨竜の頭上から手中の大剣を振り下ろした。鈍い音と共に、刃は竜の首に食い込む。しかし、相手はまるで意に介さず、それどころか肉が剥がれ、槍の様に尖った翼骨を宗方目掛けて無造作に振り下ろした。
「みぎゃッ?!」
腹を貫かれ、地に叩きつけられる宗方。意識を失った彼女の体を、鬼道忍軍の男が必死に拾い上げる。
「かかった!」
七佳、次いで龍崎が車のエンジンを始動させる事に成功した。
「皆、乗って!」
「獅童さん、ちょっと手荒いですが、勘弁ですよ!」
袋井が竜の足元から獅童の体を引きずり出し、そのままトラックの荷台へと放り投げる。バンに乗り込む偵察部隊。宗方も鬼道忍軍の男と共にバンへ移され、獅堂が残りの重体者をトラックへと引き上げた。
死竜は咆哮し、フィオナの頭上へとその顎門を振り下ろす。
「舐めるな、ゾンビ風情が!」
「避けて、フィオナさん!」
佐藤の回避射撃。フィオナは大剣をフルスイング。頭上から振りかかる長大な牙に大剣を叩き付ける事で、彼女は強引に軌道を捻じ曲げ牙を躱す。
「チャンスは一度っきりです! 二人共、飛び乗って下さい!」
七佳はアクセルをべた踏みに、バンをその場でスピンターン。タイヤから紫煙を上げながら、後方に残った佐藤とフィオナの二人目掛けて車を発進。フィオナ、佐藤は車に向かって走り出そうとするが……
「やばい!」
佐藤は思わず足を止めた。
洞穴の如き喉の奥で燃える炎を、彼は見た。ドラゴンブレス。このままでは、例え車に乗り込んだとしても全滅だ。身を張ってでも炎から車を守ろうと思い定めた佐藤に、トラックの獅堂が叫ぶ。
「佐藤先輩! 大丈夫だ、乗ってくれ!」
「しかし……」
「任せて!」
獅堂の言葉に佐藤は頷き、フィオナと共にバンのドアに飛びついた。七佳は更にその場でもう一度スピンターン。ドアに掴まった佐藤の体が鯉のぼりの様に真横に泳ぐ。
「うわああぁ?!」
百八十度旋回したバンは、七佳がアクセルを蹴飛ばす事で再発進。
その尻目掛けて、竜は今にも炎を放とうとする。
「龍崎先輩、今だ!」
「了解!」
獅堂が叫び、解き放たれる呪縛陣。同時に龍崎が放つ聖なる鎖が死竜の体を拘束する。
二条の呪縛が体を抑え込み、ドラゴンブレスは不発。
呪縛の効果は短い。されど、それで十分。死竜が立ち直る前に、二台の車は騒音を立てながら一路東の方角へ逃げ去った!
●
十三人中四人の重体。
危うい所ではあったが、成果はあった。
死竜が「巣」にて守っているのは卵に非ず。それは先月、関東北西の無人地帯にて発見された半球型ディアボロと同じものである事が判明された。
居並ぶ撃退士達を前に、土屋は告げる。
「死竜の守っている物こそ、人々にグンマに対する認識障害を起こす元凶、もしくはその内の一つと思われます。我々はなんとしてもこの半球を破壊する必要があり……」
少し言い淀み、土屋は言葉を続けた。
「それはつまり、近い未来において、我々は死竜と真っ向から戦い、打ち勝つ必要があるという事です」
『群レ成ス魔』との戦いは、もう近い。