●ビデオ映像
夜。
廊下を照らす壁掛け灯。
映像の中でユリア(
jb2624)と桐原 雅(
ja1822)の二人が、扉を前に会話する。
「部屋、何番だったかな?」
「三号室だ」
「ホテルみたいね」
撮影者の声。栗原 ひなこ(
ja3001)。
ドアに取り付けられたネームプレート『No.3』。
「あ、麻美さん?」
ユリアの声にカメラが振り向き、廊下の奥に佇む少女を撮す。
ガウンを着た千本麻美。こちらに気付いた麻美は、振り返ろうとして。
ズダンッ!
麻美の背後、画面左から飛んできた細い何かが、少女の肩に突き立たる。
声も出さずに崩れ落ちる麻美。
「矢?」
「麻美ッ!」
走り出す桐原。ユリアが追う。カメラも。
悲鳴。錯綜する物音。
激しく揺れる映像。
暗転。
●一階・応接室
五人の招待客が、落ち着かなげに椅子に座っていた。
大型の暖炉と豪勢なシャンデリア。綺羅びやかな調度品の数々も、客達の気を紛らわすには至らない。当然といえば当然。夕食に毒を盛り、あるいは人を射る殺人犯が、もしかしたらまだこの屋敷の何処かに潜んでいるかもしれないのだから。
扉を押し開けて桐原が部屋の中に入ると、五人は一斉に彼女の方へ視線を向ける。
「幸い、急所は外れていました。麻美さんに命の別状はありません」
桐原は腕のいい外科医だ。皆一様に安堵の表情を浮かべた。
「ただし」桐原は言葉を続ける。「麻美さんは酷くショックを受けているようですので、しばらく安静が必要です。今は薬で眠っていますが……」
「はっはっは。キタぞ、諸君。これぞまさしく連続殺人事件! だが、安心するがいい。我の虹色の脳細胞に掛かれば、先の夕食の件についても、とうに犯人の目星は付いている!」
桐原の言葉を遮るようにして椅子から立ち上がり、盛大に怪気炎を上げたのは探偵あんこく(
jb4875)。イマイチ胡散臭い彼の言葉に、本職の警官である青空・アルベール(
ja0732)が興味を示す。
「へー? 犯人の目星というと?」
「何、簡単な事よ。食事に毒を混ぜ込める者……それ即ち、厨房で食事を作っていたコックに違いない!」
あんこくの自信満々の推理に対して、しかし、周囲から注がれる視線は厳しい。
「毒と簡単に言うが、土屋が最後に口にしていたスープは、卓上の大鍋から取り分けた物だった。もしあれに毒が入っていたのなら、今頃俺達全員が死んでいる」
占い師の緋伝 璃狗(
ja0014)がそう否定すると、横から記者の栗原も口を挟む。
「そうそう。コックさんじゃ逆に無理だよねぇ? 動機は置いとくにしても、まだ給仕のメイドさん達の方がありそうなくらいだけど……」
チラリ。
言いながら栗原は、壁際に控える執事のシルバーとメイドの絵菜・アッシュ(
ja5503)に視線を向ける。だが二人は、栗原の言葉にも丸で動じない。シルバーは冷厳な視線を栗原に、次いであんこくへと向ける。
「申し訳ありませんが、確たる証拠もなく当家の使用人を貶めるような発言は控えて頂きたい」
「あ、いや、我はあくまで可能性の一つを検討しただけで……」
シルバーに気圧され、むにゃむにゃと言葉を濁しながら腰を下ろすあんこく。
代わって、緋伝が声を上げる。
「推理もいいが、まずは互いの荷物検査から初めてはどうだ? 毒はまだしも、クロスボウは隠しようもないだろう」
「隠すものもなし、協力は吝かでない。……で、誰が調べるのだ?」
腕組みをして、部屋の中を見渡す桐原。
手を上げたのは青空だった。
「これは警察のお仕事だから、私がやるよ。ついでに、皆のアリバイも聞いてみたい所だし。出来ればもう一人、女性の方に手伝って貰えると荷物検査もし易いのだけれど?」
「それならば、私がご一緒しましょう」
壁際に立っていた絵菜が足を踏み出し、優雅に頭を下げた。
「麻美様を傷つけた犯人に対し、黙って手をこまねいているなどツェダイ家の名折れ。必ず犯人を見つけ出して見せましょう」
頭を上げた絵菜は、部屋の全ての人間に射竦めるような視線を送りながら、言葉を続ける。
「また、お客様方にもお願い申し上げます。今後、用のない場合は寝室か、あるいはここ応接室にお集まり下さい。賊の目的は未だに不明。決してお一人で出歩いたりなどいたしませぬように」
彼女の言葉に、招待客達は再び自らの危うい状況に思いを馳せる。
●二階廊下・麻美襲撃地点
「特に何も見当たらんであるな」
「何か仕掛けのようなものでもあるかと思ったが」
床や扉のノブを調べるあんこくと緋伝の二人。
絵菜の忠告など何処吹く風。あんこくは早速麻美を射ったクロスボウの洗い出しに取り掛かる。緋伝の方は単なる付き合いだが、犯人を見つけるならクロスボウの線から探るのが一番だ、との思いはあんこくと同じだった。
「ふむ。栗原の撮影していたビデオでは、矢はこの後ろの通路から飛んできたようだが」
「後ろ?」
緋伝は通路を振り返る。
通路の奥は二枚の扉で塞がれていた。
一枚は洗面所へと続く扉。もう一枚は主寝室に繋がる扉。洗面所の内部に異常がない事を確認した上で、緋伝は寝室に繋がる扉に手を掛ける。……が、開かない。
「あーそこはギメル様のお部屋だからひらかないよー?」
背後からの間延びした声に、緋伝とあんこくは振り返った。
そこに居たのは、この屋敷にいるメイドの片割れ、鬼燈 しきみ(
ja3040)。彼女は屋敷を無断でウロつく二人に気にした風もなく、歌いながら壁掛け灯を丁寧に磨いて回る。
「あー、そこなメイド。あのドアの先に入りたいのだが、何か方法は……」
「ないないよー。もーぜんぜん」
「本当に?」
念を押すあんこく。
「本当だよー。メイドしきみちゃんウソつかない、いえーい」
取り付く島を失った二人を尻目に、鬼燈は歌い、くるくると回りながら使用人室へと消えていく。
●二階・副寝室
「肩の怪我、だいじょぶー? 絶対に犯人、捕まえるからね。怖がらなくていいから、ね」
「は、はい。大丈夫です……」
青空の言葉に、言葉少なに返事を返す麻美。
麻美の寝室に顔を出してた青空と絵菜、そして同席を申し出たユリアの三人。
青空による、私物チェックも兼ねた事件状況の聞き込み……という口実だが、実際にはお見舞い半分といった所だ。既に他の客に関しては大体のチェックを終わらせていたが、今の所芳しい成果は現れていない。
あれこれと明るく語りかける青空。
麻美の身を気遣う絵菜。
二人に対して、傷のせいだろうか、麻美の応対は鈍い。
「……まあ、あんまり長居してても桐原先生に怒られるのだ。今日はこの辺で……」
そう言って腰を上げる青空達。
彼らが立ち去る様子に、麻美は明らかに安堵しているようだった。
廊下に足を踏み出す寸前、ユリアはノート片手に振り返る。
「そう言えば千本さん? あなたは誰に射たれたのか、心当たりはありませんか?」
「え、あの……その、し、知らないです。心当たりなんて、ありません……」
動揺する麻美の姿に、ユリアは彼女が犯人を知っている事を確信する。
●二階・客室ニ
「やはり死んでいますね」
土屋の死体を検分しながらの桐原の言葉に、栗原は残念そうに首を捻る。
「うーん、そうかぁ。第一被害者が実は犯人でした! ってアイデア、いけると思ったんだけどな……あ、ごめん、ちょっとあたし、お花摘みに……」
「いってらっしゃい」
そそくさと栗原が部屋を出て行った後も、桐原は土屋の体を調べて回る。ろくに器具もない中で検視という程の事も出来ないが、彼女も医師として土屋の死因には興味があった。
程なく桐原は、土屋の首からお守りのようなものが下がっている事に気付く。
目立たぬよう、肌着の下に仕舞われたお守り袋。中に入っていたのは、僅かに赤い液体が残ったガラスの小瓶と、折り畳まれた小さなメモ用紙。紙にはこう書かれていた。
『例の、サプライズ用の血糊です』
「サプライズ? 何だこれは。土屋は、もしやこれを飲んで……」
その時、誰かが部屋に入ってきた事に気が付き、桐原は振り返る。初めは栗原が帰ってきたのかと思ったが、違った。
「お前は……」
思わず桐原は懐からメスを取り出し、身構える。
その者の携えた凶器と、何より吹き付ける殺意に彼女の体が反応する。
「土屋を殺したのはお前か? サプライズか。確かに、彼も驚いただろうな。血糊などではない、自らが口に含んだ液体は正真正銘の猛毒だったのだから」
桐原の言葉に、答えはない。
部屋に入ってきた相手は無言で凶器を振りかざし、桐原に襲い掛かる。
そして―――
「きゃあああ―――ッ?! 桐原さん? 目を開けて下さい!」
数分後、トイレから戻ってきた栗原は、血の海に倒れ伏す桐原の変わり果てた姿を目の当たりにする。栗原は必死に呼びかけるが、最早彼女がその声に応える事はない。
栗原は気が付かない。土屋の首からお守りがなくなっている事に。
けれど栗原は気が付いた。息絶えた桐原の手に、彼女がいつも指にはめていた筈の指輪が握られている事を。
「これは……?」
栗原はその指輪の意味に思いを馳せる。小ぶりのダイヤが埋め込まれた、シルバーのリング。それが、死に瀕して桐原の残したダイイングメッセージ。
●二階・書斎
ユリアは黄金像に興味を持っていた。興味津々と言ってもいい。貴金属の値上げが続く昨今、見かけはともかく、重さ数百キロの黄金像はそれだけで巨万の財宝そのものだ。
「それに、何となくアレはアレで、造形にも芸術的な味があるようにも見えてこない?」
なんて彼女が、事件捜査にかこつけてギメルの書斎に忍び込み、黄金像の詳細チェックに入るのは極自然な事だった。だから勿論、彼女が『その部屋』に入る事になったのも、やはり自然な事であったに違いない。
手袋をはめ、思う様ギメル像を触りまくっていたユリアは、ふと、隣の主寝室への扉が開いている事に気が付いた。ギメルが今一階にいる事は確認済み。あんこく達が中に入ろうとして、メイドに追い払われた事も聞いている。
(つまり、これは謎に満ちたギメルの私室を調べるチャンスだよね!)
彼女は内心小躍りしつつ、主寝室へと忍び込む。
初め、特に目新しい物は見つけられなかった。
キングサイズの巨大なベッドの他は、椅子や机など、当たり前の家具類が部屋の空間を埋めているだけ。隠す程の物があるようにも思えず、期待外れの溜息を吐こうとして……
「えっ?」
ユリアは、部屋の隅に無造作に置かれていたクロスボウに仰天し、思わず声を上げる。
「間違いないよね、これ、あの娘を射ったクロスボウ。なんでここに……」
ギメルが射った? いや、彼は麻美が射たれた直ぐ後に、あたしの後ろからやってきた。それじゃあ一体誰がこれを……
思わぬ発見に興奮していたユリアは、後ろから迫るその気配に気付く事が出来なかった。
「ばっーどえーんど。お仕事熱心な必殺使用人は、今日も一日頑張ってるよー?」
間延びした声。
咄嗟に振り向こうとしたユリアの喉元に、細いワイアーが食い込む。
●二人の計画
元々、ひどく杜撰な計画だったのだ。
どの道『彼』にとっては死んで良い者ばかりであったし、『彼女』に至っては騒ぎになりさえすればそれで良かった。
『ギメルに近しい者の中に暗殺者がいる』
その情報を得た時、彼は即座にこの計画を立てた。
暗殺者を炙り出し、殺す。
『暗殺者を炙り出そうとしている』
その情報を得た時、彼女は即座にこの計画を立てた。
事件を解決しようとする者は殺す。
杜撰な計画は、崩れるのも早い。
桐原のダイイングメッセージ。
ユリアが抱いた疑問を記したノート。
―――いや、犯行の露見はもっと単純。
麻美が耐えれなかったのだ。彼によって用意された『被害者』という安全なベッドから、皆が死んでいく様を眺める事に。
包帯の上からガウンを羽織った麻美が、絵菜に肩を借りて応接室に現れる。
彼女は居並ぶ招待客らを見渡し、開口一番こう言った。
「皆さん、逃げて下さい! シルバーは、皆さんを皆殺しにするつもりです!」
●一階・応接室
「皆殺しにする気はありませんでしたが……これで、結果的にはそうしなければいけませんね」
シルバーが、鬼燈を伴って応接室へと足を踏み入れる。
麻美と絵菜。青空、栗原、緋伝、あんこく。応接室に居る者はこれで八名。
「何故だ? 何故人を殺そうとするのだ?!」
麻美を庇い、拳銃を抜き放つ青空に対し、シルバーは両刃の長剣を構える。
「貴方達の誰かがギメル様を殺そうとしている。だから」
「だから、皆殺しだと?」と緋伝。「狂ってる……!」
「ははは! 何とでも言え! お前達は皆ここで死ぬのだ!」
「おのれ犯人め! 我がただの探偵だと思うなよ!」
寸鉄帯びぬ身でありながら、シルバーに対しあんこくは果敢に飛び掛かった。
「自慢ではないが、我が関わる事件は大抵荒事で終わるのだ! 踏んだ場数は伊達ではない!」
「離せ、ヘボ探偵!」
揉み合う二人。椅子を蹴飛ばし、卓上の皿をぶちまける。銃を抜いた青空も、激しく交錯する二人の格闘に引き金を引く隙が見つからない。
屋敷を揺るがす乱闘は、遂にあの男を応接室へと呼び寄せた。
「全く! 夜中に何を騒いでおるのだ、貴様らは! 今直ぐ黙らなければ、我が爆炎にて天の果てまで吹き飛ばしてくれようぞ!!」
水玉の寝間着に、同色のナイトキャップ。
枕を抱えたギメルの突然の乱入に、一瞬、その場の誰もが動きを止めた。
いや、ただ一人。
『彼女』が、鬼燈だけが躊躇する事なく、研ぎ澄まされた金属糸を手にギメルへ飛び掛かった!
「しきみちゃんは必殺使用人ー。シルバーが守れない、この瞬間をまってたよー?」
正体を表した暗殺者、鬼燈の金属糸がギメルを襲う。忠実なる護衛、シルバーはあんこくと組み合っている最中だ。ギメルの悪運もここ迄なのか?
響いたのは麻美の悲鳴と、切り裂かれた肉の音。
轟いたのは一発の銃声。
●屋敷の外
夜が明け、嵐が去り、麓の街から山程のパトカーと救急車が屋敷に殺到する。
「おお、絵菜よ! この恩は終生忘れぬぞ!」
「どうって事ないさ、ギメル様。オレはツェダイ家の使用人。主を守るのは当然だよ」
担架で運ばれる絵菜と、ギメル。
結局鬼燈の糸は、身を挺してギメルを庇う絵菜と青空の放った弾丸に遮られ、ギメルに届く事はなかった。「ギメルが死ぬと麻美が悲しむのだ」とは青空の弁。銃弾を受けた鬼燈はそのまま逃走し、人が変わったように大人しくなったシルバーは、やって来た警察に従容と連行されていく。
「結局、どういう事だっだろうね?」
栗原の言葉に、緋伝はタロットカードを引きながら言葉を返す。
「ギメルは迷惑な男だって事だな。例え、本人にその気がなかったとしても……」
緋伝の引いたカードは審判のカード。
嫌になるほどギメルにそっくりな天使が、見上げる人々の頭上で高らかにホルンを吹き鳴らす。