蒸姫 ギア(
jb4049)はツンデレた。
「同族ばかりか、天界の奴らも言葉が通じないのばっかみたいでギア、嫌いだ。嫌いだぞ。だからこれは別に、学園の為に押し止めようってわけじゃないんだからなっ!」
つまりは、これぞ学園の一大事、愛する学校の為に一肌脱ごうと、そういう事だ。
月島 祐希(
ja0829)はツンデレた。
「撃退士へのホワイトデーって。……おい璃狗、あれお前へのお返しでもあるんじゃねーの? 全く、面倒事を引き込んで来やがって。しょーがねえ、尻拭いに俺も付き合ってやるか!」
そう言って同行の友人、緋伝 璃狗(
ja0014)に胸を張る。
つまりは、友人と一緒に戦えるのが嬉しいなと、そういう事だ。
先月、天使ギメル・ツァダイの開催したバレンタインイベントに偵察目的で潜入し、行き掛かり上ギメルに対してチョコレートまで手渡した撃退士達。その中に、緋伝も加わっていたのは事実である。まあ他にも一般参加者は数多く、緋伝ら撃退士を派遣したのもそもそも撃退庁なのだが、それはそれとして、現れた巨人を前に無関係だとも言っておれぬ。
緋伝は「責任は取らないとな」と溜息一つ、月島と共に走り出す。
そして緋伝と同様に、やはり先月のバレンタインイベントに参加していたエルレーン・バルハザード(
ja0889)は大いに、かつ全力でツンデレた。
「せっかく手作りチョコをあげたのにお返しがこれか! ほわいとでーの三倍返し……いみがちがうのっ! ちゃんと食べられるものもってこいなの、このおばか!」
ステージ上の千本麻美(jz0166)に対し、エルレーンは観客席から抗議のブーイング。
仮にもシュトラッサー相手にいい度胸。果たして麻美は怒るか、謝るか、突き放すか? ……だが、彼女の反応はエルレーンにとって予想外のものだった。麻美は頬を膨らませたエルレーンの顔をしげしげと眺めた挙句、ポツリと漏らす。
「……あなた、どこかで会いましたっけ?」
「な、忘れるなんて失礼なのよっ!? 先月、確かに私は手作りチョコを……」
「ああ! そういえば確かにあの時、ひどく不恰好なチョコを持参した女の子の面影が……。でもあの子はセミロングの髪だったし……」
麻美はエルレーンに向けた視線を、顔から胸元にちょいと下げる。
「……胸ももうちょっとあったような。おっぱい、縮んだ?」
おっぱい、縮んだ―――?
「ぱにょぉおぉおわわゅょゅゃ―――ッッ!??」
雄叫び。
麻美のさり気ない言葉に、エルレーンは叫んだ。
叫びながら、心の暗い深淵から湧き出た得体の知れぬ何かに覚醒しそうになったエルレーンを、若菜 白兎(
ja2109)は必死に背後から抱きつき、引き止める。
「ち、違うのよ、エルレーン先輩! 先輩はイベントでは変化の術で変装していたから、千本さんは本当に判ってないの。悪気があるわけじゃないのっ」
あの時、先輩おっぱいも盛ってたし。という一言を、若菜は敢えて口にはしなかった。
しかし、そんな若菜の気遣いも届かない。エルレーンは若菜を振り解き、ステージへと駆け上がる。そうして彼女は麻美からマイクをひったくると、そのマイクに向かって肺腑を振り絞っての大絶叫!
「あのときはちょっと変装してただけなのーっ!! 私のおっぱいが縮んだわけじゃないの、よーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
ここで、エルレーンはニンジャヒーローを発動。
大絶叫する彼女から、ギメル・マシュマロは最早目を離す事が出来ない!
―――ステージ上の麻美に、銀甲冑の騎士。
ムクムクと膨らみ続けるギメル・マシュマロ。
対するは、異変を嗅ぎつけ、真っ先に野外音楽堂に集まった十名の学生達。
「流石、エルレーン殿。見事な演技で、サーバントの注意を独り占めでござるな」
エルレーンの見事な囮っぷりに、集まってきた学生の一人、鳴海 鏡花(
jb2683)は、観客席から感心して頷いた。
「敵はサーバント。エルレーンさんが相手の気を引いている内に、あの膨張を何としてでも止めなければいけませんね」
御堂・玲獅(
ja0388)は魔法書を手に間合いを計る。
「マシュマロは焼いて食べるって聞きましたけど、生きが良いからまず〆ないといけないです?」
ノンキな風情の牛図(
jb3275)。
「折角の贈り物ですけど、生きて動くマシュマロなんていりませんわ!」
眼鏡に手を当て、ギメル・マシュマロを指さす天道郁代(
ja1198)。
援軍は直ぐに来るだろう。
だが、その短い時間が肝心要。何としても今の内に叩かなければ、怪獣の様に大きくなってからでは遅いのだ。それこそが、この場にいる彼らの使命!
「……ところで、エルレーンのあれもツンデレかな?」
月島の呟きに、蒸姫と緋伝は揃って首を振る。
「いや、ギア的にあれは……ツンデレじゃない」
「ツンギレ。あるいは、ただの不幸な行き違いか……」
●
「静聴! 巨大サーバントの襲撃発生! 戦闘に自信がある生徒は即座にサーバントの足止め! 自信のない者は救援を呼ぶか、強そうな知り合いに片っ端から連絡して下さい! 尚ステージにいるのはギメル配下の使徒です、決して手出しはしないように!」
野外音楽堂の外では、アーレイ・バーグ(
ja0276)が拡声器片手に周囲の野次馬連中に呼び掛けを行なっていた。野次馬と言っても、そこは皆久遠ヶ原の学生達。状況と、殴るべき相手さえ見定めれば、二つ返事で戦闘の渦中に飛び込んでいける猛者揃いだ。
アーレイがそんな彼らに事情の説明をしていた、その時。
ズドバァーンッ!
音楽堂の方向から、爆弾が吹き飛んだかのような破裂音が轟いた。
周囲の学生達から洩れる驚きの声と、小さな悲鳴。事情が分からず遠巻きにしていた者達も、ここに来てようやく何か大変な事が起こっているらしいと、アーレイの方へ駆け寄ってくる。
「どうやら始まったみたいですねー。麻美さん、でしたっけ? 妹が以前出会ったという使徒。後で私も是非お話してみたいもので……はい、そこ! 戦闘経験がなくてもできる事はあるので、ちゃっちゃと協力して下さいー!」
●
音楽堂で始まった、撃退士達の一斉攻撃。
輝く光纏、唸るV兵器。巨大マシュマロ相手に、ミジンコ程の遠慮もいらぬ!
「どうせなら、食べられるものを頂けたらありがたいんですが」
先手は御堂。彼女は雷霆の書を手に、雷を招来。バチバチと音を立てる雷槍が一本、二本、三本。雷霆とは、激しい雷の謂。その名に相応しい神鳴る力が、閃光となって白い巨体へ向けて飛来する。
「マシュマロさん、沢山ありますね。これくらい大きければ、ざっくり焼いてしまっても大丈夫ですよね?」
牛図が頭上に差し上げた手の平に生まれた、小さな種火。種火は直ぐに大きな火球へと成長し、彼の手の平を熱く焦がす。牛図は火球とサーバントの膨れ上がる体を見比べると、うんうんと一人頷いた。
「うん。あの大きさなら、この『炎陣球』でも溶けてなくなったりはしないです」
「お返しを持ってきてくれるのは嬉しいけど……でも『食べられない』マシュマロなんてありえないのー!」
若菜は怒っていた。
日頃からお菓子には一家言あり、エルレーンではないが、彼女だってバレンタインデーでは一万久遠もの豪華限定チョコをギメルに贈っていたのだ。その返礼がこれだとすれば、あんまりではないか?
「ほんとにもう、なんにも分かってないのです!」
何者をも貫き通すヴァルキリージャベリンが、怒りと共に放たれる。
「そうですわ! 大きいだけで食べられないマシュマロなんて、増えるばかりの借金くらい嫌ですもの」
そう言って、天道は小天使の翼を背に飛び上がる。
ギメル・マシュマロをステージ上に誘導しているエルレーンと協力し、相手を絶対にステージ上から降ろさぬ構え。天道はニンジャブレードを鞘から引き抜き、刃を腰ダメに構えて体ごと突進。
「こういう時なんて言うんでしたかしら。往生せいやー! ……で、あってますの?」
「なあ、璃狗。お前、少しは付き合う相手も選んだ方がいいぞ?」
月島はそう言いながら、広げた大判の図鑑にアウルを込める。図鑑から光と共に現れるは、ペガサス、グリフォンといった小さな架空の動物達。セルフエンチャントによって強化されたそれらの動物達は、まるでお気に入りの餌を見つけた猫の様に、ギメル・マシュマロ目掛けてまっしぐらに飛び掛かる。
「……いや、多少なり因縁があるだけで、別に付き合ってるとか、そういう訳では全然ないんだが……」
否定しつつも、思わずギメルと腕を組んで歩いている状況なんかを想像してしまい、緋伝の体がぐらりと揺れた。嫌な想像を打ち消すように頭を振ると、緋伝は烈風の忍術書を持ち、目にも留まらぬ速さで早九字の格子模様を虚空に描く。
「臨兵闘者皆陳裂在前! 破邪必滅。烈風より生まれよ、辻風!」
「アレが噂のギメルとやらでござるか。ふむ、どうやらあの膨れ上がる巨体は、一種の再生能力から来ているようでござるな」
「……という事は、毒が効きそうだ」
鳴海と蒸姫。二人は同時に術の詠唱に入る。
「片翼黒羽の名に掛けて。蛇よ、顕現するでござる!」
「蒸気は時に毒を孕む。異次元の色を放て、蒸気の式よ!」
陰陽術によって錬成された無数の毒蛇が、二人の足元から這い出した。
唱和し、高らかに響く二人の声。
『蠱毒!』
まさにそれは集中砲火。
撃退士達の魔法攻撃を一身に浴び、巨大なサーバントは叫び声を上げたる。叫びながら、サーバントは大木の如き腕を振り回し、ニンジャヒーローを発動させるエルレーンに向かって殴り付けた。
豪腕が、直撃!
思わず周囲の撃退士達も息を呑む……が、空蝉だ。拳にへばりつくジャケット一枚に首を傾げるサーバントに対し、素早く背後に回り込んだエルレーンはエネルギーブレードを振りかざし、必殺の腐女子パワーを叩き付けた。
「これでも喰らえ! いちのたち、ホモォすとらっしゅ!」
それは幻影か、はたまた絶大なる闘気の現れか。
巨大な┌(┌ ^o^)┐が巨大サーバントに襲いかかる様は、まるで怪獣大決戦!
●
撃退士達の度重なる集中攻撃は、確かにギメル・マシュマロに多大なダメージを与える事に成功していた。
温度障害に、再生能力を阻害する毒。その真っ白だった巨体も、今では毒による紫色の斑紋と、焼けた黒い焦げ跡だらけという有様だ。しかし……
「ほらほら、どうしたの? このくらいじゃ、まだまだギメル様は負けないんだから♪」
麻美が笑う。
マシュマロは戦闘開始の時点から、更に二回り程も膨張していた。膨れるにつれて輪郭まで明瞭化し、今では全くギメルそっくり。割れた腹筋までハッキリと視認出来る。
その「巨大ギメル」が、背中の羽を打ち振るう。
「……何か、悪い予感がするでござるな」
鳴海の予感は、当たった。
翼を一打ち。それだけで、巨大ギメルの体がふわりと浮いた。
「う、浮いたーっ?」
叫ぶ月島。
「お待ちなさい!」
天道が、こちらも翼を羽ばたかせてギメルの背後から纏わりつくが、相手は意にも介さない。
ここで相手に空へ逃げられては、今までの苦労が水の泡。絶体絶命のピンチといっていいこの状況を切り抜けたのは、勿論―――そう、撃退士自身の知恵と勇気、団結力の賜だ!
「飛んで行ったら、いけません」
いち早く反応した牛図の炸裂符が、ギメルの翼の上に小爆発を引き起こす。
一瞬行き足を止めたその体を捕縛し、大地にアウルの鎖で繋ぎ止めたのは蒸姫の呪縛陣。
「スチームストリーム……悪いけど、大人しくして貰うよ」
捕縛された巨大ギメルの額に、高く飛び上がった緋伝が全体重を掛けた兜割りを叩きこんだ。
「俺とお前は付き合ってなんかいない。そう、これがその証拠だ、ギメル!」
その一撃が転機であった。
膨れ上がる一方であったマシュマロの体が、遂に、遂に縮み出す―――!
●
縮めば弱まり、弱まればより多くのダメージを受け、尚縮む。
一度情勢が反転した時点で、戦いは終わったも同然。人間サイズにまで縮んだマシュマロに対し、最後に放たれた月島のフレイムシュートが止めとなった。急激に熱せられたマシュマロの体が、まるでポップコーンのように粉々に弾け飛ぶ。
「あら? なんですの、これ」
マシュマロが破裂すると同時にその体から飛び出した小袋を、天道は不思議そうに拾い上げる。
「ホワイトマシュマロ……のお菓子袋のようですね」と御堂。「しかも、学園の購買部製品のようです」
「ふふーん。感謝してよ? 天界のびっくりマシュマロは人間には食べられないから、わざわざそこのお店で、私がマシュマロ買って中に入れといたんだから」
笑顔で胸を張る麻美。
「……なら初めから手渡ししてくれれば良くないか?」
「というか、天使は本当にあのマシュマロを食べてるのか?」
「悪趣味でござるな」
額を寄せ合う月島と緋伝、鳴海達。
「やれやれなの。まあ何だかんだでお返しのマシュマロも貰ったし、大きな怪我人もなし。最低限の格好はついた……って……え?」
ともあれ、これで事件解決。そう安堵の吐息を漏らしかけた、その中途で若菜は口ごもり、次いで自らの目を疑った。
小さい、三等身の白いギメルが視界の端を歩いてる。
ちょろちょろと、てくてくと。しかも一人でなく、二人、三人。
「きゃあ?! 皆、待って、待ってなの! 小さなギメルさんが、マシュマロが、増えて歩いてるのよ?!」
『何だってー?!』
若菜の悲鳴に、すっかり落ち着いていた撃退士達も肝を潰す。
「皆さーん、援軍連れて来ました……って、おお? 何ですか、これ。ミニギメルが走り回ってますよー?!」
飛び上がった所にタイミングよく現れたアーレイと、彼女が連れた来た数十名の援軍撃退士達。彼らは驚きながらも、全員総出でミニギメル叩きに協力する。ミニギメルを一匹逃せば、直ぐに大巨人へと早変わり。例え一匹たりとも逃がす訳にはいかない。
「あ、そうだった。びっくりマシュマロ、破片を放っておくとまた増えるから。これで何度でも食べられるって、ギメル様は大好きで……」
そんな麻美の呑気な述懐を、聞いている者は誰も居ない。
その場にいる撃退士達は、とにかく必死で、小さなギメルを追いかけていた―――
●
追伸その一
若菜の発見が早く、またアーレイの引き連れた増援の素早い協力もあり、ミニギメルは何とか全滅。最悪の事態は回避された。
追伸その二
牛図より「バレンタインのご招待と今回のお礼」という事で麻美に渡されたハンカチとクッキーを、彼女はひどく喜んだ。お返しにと貰った山程のマシュマロを、牛図はお腹一杯になるまで飽食する。
追伸その三
迂闊に麻美の胸を「ギメルの使徒には向いてない貧しさ」等と口走ったアーレイは、お陰で折角手にしたホワイトマシュマロを麻美から没収された。
追伸その四
勿論、麻美達は逃げ去った。
当分は、もうマシュマロは見たくない。