「ふむ。一言で言うなら……」
そう言って奈浪 澪(
ja5524)は歩きながら、手で自らの胸の前に見えない巨乳を表現してみせる。
「おっぱいじゃ!」
ボインボイ〜ン。
彼女の露骨な仕草に、犬乃 さんぽ(
ja1272)は耳まで顔を赤くした。
「ええっ? 『えんぽん』って、日本のお金の本じゃないの?!」
「はは。オトボケじゃのう、犬乃殿。えんぽんとは艶やかな本、と書くのじゃよ。そう、それはおっぱいと雄っぱいが乱れ飛ぶ、日本古来の伝統文化! その麗しい文化を目眩ましに使うとは、まったく、何ともけしからんディアボロも居たものなのじゃ! ……ぐへへ」
涎を拭いつつ、何故か指をワキワキと怪しく蠢かせる奈浪。
その横でギィネシアヌ(
ja5565)は、平らな胸の内に怒りを燃やしてシルバーマグの銃把を固く握る。
「おっぱ……いや、艶本のディアボロか。全く、女を安売りされてる感じがするであるな。俺はそういう輩には、ちいっとばかり厳しいのぜ?」
彼ら、ディアボロ出現の報に勇躍罷り越したる撃退士。欲望駄々漏れだとか、私怨垂れ流しだとか、そんな下衆な勘ぐりは辞めて欲しい。商店街を歩み進む撃退士達の心根には、一点のやましさも存在しない。
何故なら、相手はおっぱいだから。
おっぱいが攻めてきたのだ。それを迎え撃つ事は、天に隠れなき人の道そのもの。
これは聖戦なのだ! マジで!
「……さて、ここがその古本屋のようですね〜?」
星杜 焔(
ja5378)は阻霊符を手に、笑顔を浮かべて小さな木造の建物を仰ぎ見る。
八百屋の隣の、降りたシャッター。張り出した軒と、その上に掲げられた『一松堂』の横看板。
間違いない。ここがディアボロの現れた、一松堂なる古書店だ。
撃退士達は犬乃の提案により、正面を避けて裏の勝手口へと回りこむ。シャッターを開けた途端、店から表通りにディアボロが溢れ出す、なんて惨状を避ける為だ。
賢明な判断である。
だが、一松堂の店主がおっぱいに追われてより、既に数時間。透過能力のあるディアボロなら、いや、例え透過能力がなくとも、その気になれば外に出る事は極簡単な事であったろう。
それでは何故、ディアボロは外に出ようとしなかったのだろう?
ゴソリ
……近寄る撃退士達の気配に、建物奥の暗がりで、何者かが身じろぎをする。
ソレは、知っていた。
今やってきた男女が何者なのか。何をするつもりなのか。そして、本そのものである自らが、一番力を発揮できる場所はどこなのか。
おっぱいを覗き見る者はおっぱいからも等しく見返されるという。
撃退士とディアボロ。
小さな古本屋を舞台に今、戦いの火蓋が落とされる。
●
「……ただの古本ただの古本……」
片瀬 集(
jb3954)は念仏のように呪文を唱えながら、その暖簾をくぐる。
「大丈夫、恥ずかしくなんか無いもん……わわ!」
力み返って暖簾をくぐった犬乃は、平積みになった肌色率高めの本の山に小さく悲鳴を上げた。
「おい、未成年。気になるのは分かるが、ここでひっくり返られちゃあ困るぜ」
長身を屈めて暖簾をくぐったヴィンセント・ブラッドストーン(
jb3180)は、周囲の未成年に注意を飛ばす。もっとも今回、撃退士の中で大学生以上の者は彼一人だけなのだが。
「また私の依頼はおっぱいですかそうですか……」
エリス・バーグ(
jb1428)は目を据わらせたまま、憤然と暖簾を突き通る。
店の地下、急な階段の最後に掛けられたその暖簾に書かれた、襷掛けの赤丸に18の文字。
18禁。
それは子供を排除し、大人には『成年向けコーナー』という名の桃源郷への道を指し示す魔法の言葉。
勝手口から店舗内部に侵入した撃退士一行は、一階部分を過ぎ越し、真っ直ぐにここ店舗地階へと降りて来た。敵は隠れているのか、ディアボロとはまだ未遭遇。だが、未探索の一階倉庫を除けば、ここ地下の成年向けコーナーこそが最もディアボロとの遭遇可能性が高いと見込まれている。
「……ディアボロが暴れたって割りに、店の中は思った程荒れてないんだね」
「罠だな。小知恵の回る相手だ。気を付けろ、片瀬。そこらの本棚から、いつ噛み付いてきてもおかしくないぜ」
片瀬とヴィンセントは得物を構えつつ、油断なく通路を回る。
薄暗い店内は、聞いていた以上に狭い。
通路の両側にそびえる本棚には、古今東西、新旧取り合わせたスケベ本がぎっしり。まるでスケベ本のジャングルのと言った有様だが、本は全て収納され、荒らされた形跡は見られない。不思議な事に、店主が床に放り出したという件の艶本さえ見当たらなかった。
「どうします? ディアボロを探すのに、一冊ずつ調べてみましょうか?」
エリスは何となく棚の本を手にとって見る。タイトルは『おっぱい無情』。
「そうするしかないね。俺の冥魔認識も、一回ごとにかけ直す必要があるから、あまり無駄遣いできないし〜?」
星杜は平積みの本を手にとった。『地下世界の七色エロスビーム』。
「取り敢えず、春画本を当たろうぜ。現代本をざっくり除ければ、大した手間も掛からんだろ」
ギィネシアヌは、和紙で装丁された古い和本を棚から引っ張り出す。『艶色花車』。
「じゃあ、それっぽいものを集めて……」
片瀬はギィネシアヌに習い、こちらも古い四つ目綴じの本を取り出した。『恋相撲四十八手』。
「……タイトル見て思うんだけど、昔の人も普通に頭悪いよね、絶対」
極めて真っ当な感想を抱きながら、片瀬は何とはなしに本を開いてみせた。
その、和紙で綴じられたページの中から、こちらを見上げる女と目が合ったのは次の瞬間の事。
「ぅわっ?!」
「うふ♪ 大衆風俗の奥深さに感じ入るには、坊やはまだまだお子様みたいね?」
慌てて本を投げ捨てた片瀬の目の前で、和服を胸元まではだけ、生足を晒した女が一人、二人と本の中から溢れ出す。妖艶な美人! そして何より、揃って巨乳のおねいちゃん達。
「ふふふ、出ましたね、おっぱいが。私に付きまとう宿業の源、おっぱいがまた出ましたね?!」
「牛みたいな乳を所構わず放り出すのが奥深さ? 風情がないねぇ。……何ならその重そうな乳、俺の銃で少し軽くしてやってもいいのぜ……?」
エリスが、そしてギィネシアヌが、本の中から湧き出したおねいちゃん達に向かって武器を向ける。顔を赤らめた犬乃や片瀬、星杜やヴィンセントらも後に続いた。おねいちゃん達も応戦の構えをとり、狭い古書店の地下はあっという間に乱戦の舞台へと早変わり……
ところで、今地下にいる撃退士は合計六名。
これって、足りなくないだろうか?
撃退士は総勢八名の筈。では、後の二人はどこに消えたのか……
●
……撃退士達が18禁の暖簾をくぐった時、御手洗 紘人(
ja2549)と奈浪の二人は手持無沙汰だった。
地下のスペースは、ハッキリ狭い。ただでさえ狭い通路が本の山であちこち占有されており、とても大人数が共同で作業に当たれるような場所ではなかったのだ。
だから、何となく暖簾前でウロウロしていた御手洗―――チェリーが真っ先にその音を聞きつけたのは、恐らく必然であったろう。何かが軋む音と、荒い、動物のような微かな呻き声がチェリーの耳朶を打つ。
『ねぇ、奈浪さん? 何か上から聞こえない?』
「ふむ、そう言えば、確かに。これは倉庫の方かの……?」
ギッシ ギッシ ギッシ
ハァ ハァ ハァ
……しばしの沈黙の後、二人は顔を見合わせる。
『これは、戦術的偵察の必要性があると思うよ! だよね?!』
「そうじゃな。仲間は皆、忙しそうでもあるし、澪達でまずノゾキ……偵察を試みるのが合理的じゃろ。うん」
何となく言い訳がましい物言いをしつつ、二人は頷き合い、静かに階段を上っていく。
階段の先から、一階店舗の奥へ。二人はそこで、先程は閉まっていた筈の倉庫の扉が開いている事に気がついた。呻き声は、その扉の奥から聞こえて来る。声は最早明瞭だ。
<こんなに纏をおっ勃てやがって。ここか、ここがいいのか? ここに火がついたのか?>
ギッシ ギッシ ギッシ
<ああ親分! そこ! 親分の纏をおいらにぶつけてやってくれ!>
これは一体、倉庫の中では如何なる所業が行われているのだろう?!
ワクテカ。もとい激しい戦いの予感に武者震いしつつ、二人はそっと開いた扉の縁から倉庫の中を覗き込み……
『ナイスミドル雄っぱいキター!』
チェリーの悲鳴。吹き出す鼻血。
無理もない。そこでは、二人の男達が激しく絡み合っていたのだから!
晒しに乱れ褌、火消し半纏を羽織った、少年のような若衆と三十過ぎの逞しい男。男達は揉みに揉み合い、絡みに絡み合う。キタ、時代物BLキタ! ナイスミドル雄っぱいキタ! 評価数なんか気にしねぇ、リプレイの残りは濡れ場シーンで決まりだぜ!
手を取り合い、互いの健闘を称え合おうとしたチェリー達の笑顔は……だが、ある事に気が付き、一瞬にして凍りつく。
『いや待て、奈浪! これは』
「馬鹿な、こ、ここまで来て、モザイクじゃとっ?!」
『雄っぱいに、まで、★マークの修正が……』
そう、幾ら目を凝らしても、肝心の部分だけがどうしても見えぬのだ。絶望。ガクリ。そしてゲフリ。吐血し、二人は身を潜ませていた事も忘れ、倉庫の入り口に膝を落とす。
……いつの間にか立ち上がった男達の頭上に、一冊の艶本が浮かんでいた。
落胆する二人に男達は声を投げかける。蠱惑的に、嘲るように。
「見たいだろ? モザイクの向こう側が」
「何をすればいいかは分かっているな? 立ち上がれ。殺せ。雄っぱいに歯向かう者に、死を!」
心気の折れた二人に、この言葉に抵抗する術はない。
二人は呆然とした表情のまま、男達の言葉にただコクリと頷いた。
●
「おらぁッ! 今焚き付けにしてやるから、そこを動くんじゃねぇ!」
空中に浮かぶ艶本に、ギィネシアヌの紅闘技:白娘娘が炸裂。本にしがみついた小さな小人が消えぬ限り、これでディアボロを見逃す心配は無い。
「エッチな本になんか負けないもん! 本当だもん!」
「幾らリアルに見えても、これは幻覚。ただの古本……」
犬乃が、ついで片瀬が、刀槍を手に肌も露わなおねいちゃんに飛び掛かる。
「いや〜ん♪」
プルン
「きゃあぁ♪」
ポロン
所詮は幻影。攻撃を食らわせば、立ち所に薄れて消える。ただ消える前、一々肌を露出させるのが厄介だ。一撃を食らわせばポロリ、もう一撃で更にポロリ。ポロリポロリの雨霰! 分かっていても、そこは健全な青少年達。揺れる少年心を突いた恐るべきディアボロの奸計に、攻撃の手も思わず鈍る。
及び腰な男性陣を尻目にギィネシアヌは一人気を吐き、幻影達に次々と銃弾を送り込む。
そのギィネシアヌの横に立つ、エリス。
「……そう、おっぱいは敵です。なんと忌まわしい……」
「おーとも! エリス、もっと言ってやれ!」
「死ぬのです、おっぱいよ! これは、虐げられた妹からの正当な復讐なのです!」
エリスは釘バットを勢い良く振り下ろす。敵に。おっぱい丸出しの幻影に……いや、違う! 彼女の怒りに燃える釘バットは、敵に非ず、ギィネシアヌの頭上にこそ振り下ろされた!
「なにぃ?!」
驚き、飛び退くギィネシアヌ。
様子がおかしい。いや、おかしいのはエリスだけではない。ヴィンセントもだ。空中に浮かぶ本を守るようにして立ちはだかる、エリスとヴィンセントの二人。
「いけない、二人は幻惑に掛かったんだよ! ここは一旦距離をとって……」
星杜はそう言って、暖簾をくぐり地下を出ようとした。一時的な錯乱は、そうは長く続かない。一旦互いに距離をとるのも作戦の内……という彼の思考は、後方から押し寄せる嫌なオーラによって中断される。
バシンッッ!
勘を頼りに危うく身を躱した星杜の脇で、エナジアローの光条が壁を抉った。
階段を見上げた星杜の目に映る、四人の人影。
虚ろな眼差しのチェリー&奈浪の二人と、その背後に立つ見知らぬ男達。
「……これはまた、倉庫にあったという女向けの本、か。前門のおっぱい後門の雄っぱい、と言ったところかな〜?」
バックラーを活性化させ、星杜は後方に向き直る。
●
「エリスゥ! 俺をおっぱいと見間違えるとは、悪い冗談なのぜェェ!??」
「黙りなさい! これは着替えを、勝手にコスプレ衣装にすり替えられた恨みです!」
こちらではギィネシアヌとエリスが。
「目を覚ましなよ、ヴィンセントさん。相手は古本だよ!?」
「ふっふ。清楚、可憐な和服美人ってのに頼られるのも悪くねぇ」
あちらでは片瀬とヴィンセントが。
『残念だけど、モザイクの露になって貰うよ!』
「★が消えぬのじゃ。あんなに十円玉で擦ったのに……」
「いや、もう全然分かんない〜!」
そちらではチェリーと奈浪、星杜が。
各々が熾烈な戦いを繰り広げていた。仲間割れを誘う、恐るべきは【桃色天国】。
そうしている間にも、狭い地下は増え続けるおっぱいねーちゃんで埋め尽くされ、最早立錐の余地もない。まさか、撃退士達はここでおっぱいに埋もれて死ぬ定めなのか? いや、違う。おっぱいの只中でも、元凶たるディアボロに立ち向かう者は居た。
顔を真っ赤に、垂らした鼻血を拭いつつ、壁を走って宙に浮かぶディアボロに挑む。
彼の名は、犬乃さんぽ!
「いけない事もここまでだよ! 天地激突ニンジャ☆ドライバー!」
逃げ損ねた艶本ディアボロを空中で捉え、そのまま直下へ必殺の飯綱落し。
直撃を喰らい、ディアボロは叫び声を上げる。
「……どうやら、あちらは片が付きそうだね〜。それじゃあ、俺も反撃だよ」
星杜はチェリーの放った電撃を受け流し、一気に階段を跳躍する。
狙いは一つ。錯乱したチェリー達でもない。幻影の男達でもない。倒すべきは男達の頭上に浮かぶ、もう一冊の艶本のみ。空中で繰り出す鋼のワイアーは幻の男達を掠め過ぎ、その背後に浮かぶ艶本を、いや、もう一体のディアボロに絡みつく。
星杜は冷酷な微笑みと共に呟いた。
「さあ、裁断してやろう。俺に害成す変態本は滅ぶが良いのだよ……!」
再び上がる、叫び声。
●
二体のディアボロを退治した事で全ての幻影は消え去り、撃退士達も正気に返る。
店は悲惨な程の散らかり具合だが、まあ許容範囲と言えるだろう。
後日、ヴィンセントは、このはた迷惑な二冊の本を持ち込んだ客が、浅黒い肌の肉感的な美女であったという話を店主から聞き及び、その旨を学園側へと連絡した。どこのヴァニタスか悪魔か。どちらにしろ、まともな手合いとも思えない。
もう一点。
チェリーは店主に相談の末、キズつき、売り物にならなくなった一冊の本を引き取っていた。最早何の力も持たず、ただの古書と化したその艶本の名は『纏合戦・乱れ火祭り恋火消し』。
町火消達の恋の鞘当てを巡るその本がチェリーの手元にあると聞いた時、奈浪はひどく羨んだという事だ。