十分以内に出れば大丈夫ですよと君が言ったから、今日はコタツ記念日。
「……それってアウトだよね?」
「一行目からいきなりダメでござる」
顔を見合わせる七ツ狩 ヨル(
jb2630)と立夏 乙巳(
jb2955)に対し、フェリーナ・シーグラム(
ja6845)はあたふたと釈明をする。
「ち、違うんですよ! 天魔の魔力が強すぎただけで、わたくしは別に、コタツっていいなぁと思ってたとか、決してそーゆーアレではなく……」
●
外の廊下から会議室の中を覗き見ている六名(+石蕗副寮長)の撃退士達。一方会議室の中では、寮生を中心としてこちらも既に六名の撃退士達がコタツIN。唯一人どちらの側にも含まれず、会議室の中に居ながらにしてコタツの魔力に抵抗し続けている久遠寺 渚(
jb0685)が、こちらはどっぷりコタツにハマったフェリーナに対して心配そうに声を掛ける。
「大丈夫ですか? フェリーナさん。出てこられそうです?」
「むー、先程から全力で抵抗してみてはいるのですが……」
言って、真剣な表情でミカンを頬張るフェリーナ。
「どうやら脱出は難しそうですね。なんて恐るべき罠でしょう!」
フェリーナのシリアス顔に、久遠寺もごくりと唾を飲み込んだ。
「なんて恐ろしい。この天魔を放って置いたら、日本は壊滅必至ですよ……!」
コタツに撃退士が囚われた!
真剣味が足りない? フザケてる? 言い掛かりはよして欲しい。
リアルに、シリアスに。これぞ神々廻寮創立以来の大事件。
撃退士達の知恵と勇気が試される時は今!
●
石動寮長が見つけたという、一時間後の隙とは何なのか?
事態解決にあたって、撃退士達が最も頭を悩ませた問題がそれであった。
「もしかしたらお手洗いタイムかも!」
手をポンと叩き合わせる久遠寺。
「鳥人間が怪しいですよね……いえ、何もなくても怪しいんですけど」
むむむと、額に指を当てて考え込むエリス・バーグ(
jb1428)。
色々意見は出されるものの、当の石動寮長から答えを聞けない以上、どの意見も決め手に欠ける。それならいっそ、誰かに先行してコタツに入って貰い、一時間後にその「隙」とやらが現れるのを皆で実際に観察してみようじゃないか、という所で撃退士達の意見はまとまった。
囮役には、参加撃退士中一の特殊抵抗の高さを誇る久遠寺が自ら立候補。更に龍騎(
jb0719)より、抵抗力を上積みさせるシルバーマグWEを借りて準備は万全。二十分は必ず耐えてみせます! と、本人の意気込みも十分だ。
事実、久遠寺は銃片手に、荒い息を吐きながら今も誘惑に耐えている。
状況は概ね想定通り。先行偵察のつもりで、久遠寺と一緒に会議室内に入ったフェリーナがいきなりコタツの魔力に屈した事が誤算と言えば誤算だが(立夏曰く「はじめの一歩目でアウトでござった」)、それも全体の作戦に齟齬をもたらすには至らない。
「なんかあっちで色々言われてるような……ひゃん!」
コタツの中から伸び上がって廊下を覗こうとしたフェリーナが、首筋に吹き掛けられた冷たい息に竦み上がり、慌ててコタツの中に潜り込む。彼女には見えていない。けれど、会議室の外にいる仲間達からは見えていた。青い鳥人間が、彼女の首筋にそっと冷たい息を吹き掛けたのを。
へ( ゜ ∋ ゜)へ <ふぅ〜
「……やらしい攻撃というか、いやらしい攻撃というか。隙が何なのかはわからないけど、敵も随分こちらをの事を勉強しているみたいだね 」
「うむ、恐るべき敵だな。このような悪事、見過ごすわけにはいくまい」
廊下の外で鳥人間の様子を観察しながら、須藤 雅紀(
jb3091)と穂原多門(
ja0895)の二人はそれぞれに感想を述べる。
「フェリーナ様がコタツに入ってから、今で五分です。一時間までにはまだ時間がありますが、その間私達はどうしてましょうか?」
エリスが手元のストップウォッチで時間を計りつつ、皆の方を振り返った。
「一時間、か……」
七ツ狩は考え込む。今のところ、鳥人間がいきなり襲い掛かってくるという様子は見られない。その上で、一時間の待ち時間があれば一つ二つの思い付きを試してみるには十分だ。
「……あのさ、ツワブキ副寮長。ここに運べる暖房器具って他にある?」
「ストーブの類なら、大概の寮室に一つ二つは置かれていますが?」
「じゃあ、それを幾つかこの部屋に持ち込んでもいいかな。ちょっと思い付いた事があるんだ」
●
皆さんは、北風と太陽の寓話をご存知だろうか?
寒い北風には上着を手放さない旅人が、暖かい太陽の下では進んで上着を脱ぐというアレだ。七ツ狩の提案もそれと同じ。持ち込んだ暖房器具で部屋の中を暖かくすれば、囚われた撃退士達も自らコタツの中から出てくるのではないか、というアイデアであったのだが―――
ρ゛(゜ ∈ ゜ ) ぽちり
「いい発想だと思ったんだけど、まあこうなるよね」
「鳥人間キモッ!! なにあれ、すっごいムカツクんだけど!」
「わーん。ストーブのスイッチが勝手にオフになりますー??」
七ツ狩が会議室に持ち込んだストーブは三台。
それらのストーブは久遠寺の手によってコタツを囲むようにして並べられ、次々とスイッチが入れられた……のであるが、鳥人間は彼女の後から、当たり前のような顔をしてポチポチとそのスイッチを消していく。久遠寺は必死になって消されたスイッチをまたオンにして回るものの、一人で三台ものストーブを、それも姿の見えない相手から防衛する事は不可能だ。
数分の地味な激闘の末、遂に久遠寺は白旗を上げる。
「もうやっちゃおうよ! 隙が何にせよ、今、鳥に大きな顔をさせておく必要はないんだし」
「うむ。拙者も同意見でござる」
久遠寺の敗北をきっかけに、須藤、立夏の二人が銃を手にして立ち上がった。
他のメンバーも思いは同じ。いつまでもあんな鳥に我が物顔などさせてはおれぬ。何よりあの鳥、超ウザイ。
「石蕗様? 実力行使する場合、どのぐらいまでやっちゃって大丈夫でしょうか」
「どうせオンボロな建物です。寮生達に危害が及ばない限りは、大目に見ましょう」
エリスの問いに対する石蕗の答えで、撃退士達の腹は決まった。
噴き出すアウル、顕現されたV兵器。
狙いは一つ鳥人間。戦闘開始!
●
「さあ行くぞ! 僕はガンシューティングにもちょっとウルサいんだ」
ライフルを構え、戦いの火蓋を切る須藤。他の五人も彼に続く。撃退士六人総掛かりで放たれる遠慮なしの破壊のシャワーが、鳥人間に向けて轟然と降り注ぐ。
しかし。
へ( ゜ ∋ ゜)三(゜ ∈ ゜ )へ
「馬鹿な、この弾幕で当たらないだとッ!?」
驚愕の声を上げる穂原。
確かに、鳥人間の特殊能力により、その姿は見えにくい。まるで蚊や蝿のように、少し視線を動かしただけで唐突に視界からその姿を消してしまう。だがその能力を考慮に入れたとしても、六人の弾幕を躱す鳥人間の逃げ足の速さは異常な程だ。
「みんな、一旦手を止めてよ。俺が鳥人間を呼んでみる」
このままでは埒が明かない。七ツ狩は一計を講じ、念力集中。意思疎通のスキルで鳥人間に話しかける。
(ねぇ、ちょっとこっちに来てくれないかな。炬燵入りたいんだけど、寒くてもう動けないんだ)
ε=ε= へ( ゜ ∋ ゜)へ
鳥人間のオツムの具合が見た目通りなのが幸い。七ツ狩の嘘にも疑う様子を見せる事なく、鳥人間はトコトコと近付いて来る。
「今だ!」
七ツ狩の合図に、撃退士達の銃火が再び閃く。
一発、二発、三発。
手の届く様な至近距離からの攻撃が、今度こそは鳥人間にヒットした!
「お前コッチ見んな! コレでも喰らえ!」
止めとばかりに、龍騎は近距離からファイアワークスを解き放つ。広範囲に爆発を引き起こすこの術法を躱す力は、鳥人間には既にない。龍騎の手から放たれた花火のような閃光は、会議室入り口を七色の爆炎で染め上げる。
やった、と思った。
事実、やった。鳥人間は深手を負い、もはや撃退士達に抗する術はない。だから、鳥人間は最後に七ツ狩の願いを果たしたのだった。オツムの具合は今一つだが、彼は意外に義理堅い。
( ゜ ∋ ゜)っ グイッ
「あ」
七色の閃光が輝く最中、鳥人間は残された力で、廊下に居た七ツ狩の腕を会議室内へと引き入れる。さして強い力ではなかったものの、ほんの一歩、七ツ狩がフラつくにはそれで十分。
突然襲いかかるコタツの魔力に、七ツ狩は全身全霊で抵抗を―――
●
「うーん、部屋の掃除がまだまだ途中なのが気になります」
「まあまあ、ナギサ。君もミカンどう?」
「このゲーム、何だか懐かしいですねー、子供の頃やりましたよ……♪」
ぴっぴこぴー。
当然の事ながら、腕を引きこまれた際に七ツ狩はあっさり陥落(立夏曰く「はじめの一歩目でアウトでござった」)。鳥人間はそのドサマギで窓から外へと逃げ去った。
鳥人間がいなくなった事で、三台のストーブはようやく稼働。お陰で会議室の中は暑いくらいだが、炬燵廃人と化した寮生達の様子に、今のところ大きな変化は見られない。
それから更に二十分後、抵抗の末、久遠寺もコタツの中へ。コタツINした撃退士はこれで八名。
さらに幾許かの時間が過ぎ、遂にその時が訪れた。
「皆さん、気をつけて下さい。フェリーナ様がコタツに入ってから一時間です!」
「何が起こる分からん。皆、気をつけろ。些細な事でも見逃すな!」
エリス、穂原の言葉に、撃退士達が身構える。
緊迫の瞬間。ややあって、ストップウォッチから電子音のアラームが鳴り響く。
ピピピピピッ♪
「きゃー? なんですか、これ!?」
久遠寺の悲鳴!
それは刹那の出来事だった。
コタツの奥から無数に生え出る、長い腕。石動寮長を引き込んだ腕とはこの事か?
それらがフェリーナの全身に掴みかかり、彼女をコタツの中へと力任せに引きずり込もうとする。隣に居た七ツ狩が咄嗟に彼女の腕を掴むが、圧倒的な力を前に、とても彼一人では敵わない。
ずるずるとコタツの中に引き込まれていくフェリーナ。
その時、彼女は見た。コタツの中を。ひしめく腕の、その奥を。
(そうか、これが隙なのですね!?)
フェリーナは自ら見た物を仲間に知らせようと口を開き……だが、彼女は遂に言葉を発する事は出来なかった。声を上げる寸前、二本の腕が彼女の口を塞ぎ、更なる力で彼女を引き込み始めたのだから。
七ツ狩の手助けも空しく、フェリーナはコタツの奥深くへと引き込まれてしまう。
……いや、反対側からすぐ出てきたけどね。
ただし、それはフェリーナであってフェリーナに非ず。変わり果てたその姿。皆の愛したフェリーナはもういない。
炬燵廃人ふぇり〜ん推参!
(。´ω`。) <ふぇり〜ん
●
新たな炬燵廃人誕生とともに訪れた、短い沈黙。
はじめにその沈黙を破ったのは立夏だった。
「皆、ちょっと待つでござる。フェリーナ殿の懐に、いつの間にかノートの様なものが抱え込まれているようでござるが、あれは……?」
「あら、本当ですね。ちょっと失礼して……」
立夏の指摘に、久遠寺が炬燵で丸まるフェリーナの懐から一冊のノートを取り上げた。
パラパラとページをめくる久遠寺。ノートのページはどれも白紙。だが、ただ一箇所、慌てて書いたものらしいひどく乱雑な文字が記されたページが残されていた。
久遠寺はその記述を読み上げる。
「えー、『つかまれてるあしから、うでがはなれてる』? 何の事でしょう」
「もしやそれは、あの有名なダイイングメッセージと言う奴ではござらんか?」
「フェリーナさんは死んでません! ……いや、待って下さい。掴まれてる足? コレはもしかして……」
言って、久遠寺は大きくコタツ布団を捲り上げる。
そしてやはり彼女も見た。見てしまった。
ヒーターの中枢部からウゾウゾと生えた幾本もの腕が、フェリーナをはじめ、炬燵廃人と化した六人の足首を握り、捕まえている情景を。結構グロくて、オゾマシい。
「成る程。てっきり鳥人間が怪しいと思ってましたけど、この方達が本当にコタツから出られなかった理由は、つまり中で足を掴まれていたからだったんですね?」
「いや、それだけではないぞ。さっき湧いた腕に驚いた際、一瞬だが、久遠寺がコタツから立ち上がったのを俺は見た。直ぐに元に戻ったようだが……」
「という事はつまり……」
エリスと穂原は二人、顔を見合わせる。
「一時間後の隙を突けば、コタツから逃げられるし、コタツに捕まった人達も救い出せる……?」
●
「リュウ、本当は入りたくなかったのに! えい、フェリーナのコップに青汁入れちゃえ!」
「僕だって同じだよ。こんな所の炬燵じゃなくて、さっさと帰って部の炬燵に潜りたい。そこなら可愛い女の子の部員までついてくるんだよ?」
「私も、早く寮の部屋に戻らないと。おねーちゃんが部屋に男連れ込んだりしないか、ちゃんと見張っとかなきゃ駄目なのです」
押し合いへし合い、コタツの中で騒ぎ合う撃退士達。
炬燵が新たな人間を引き込み、炬燵廃人とする為には、一度他の人間を拘束している手を離し、全ての腕を一人に集中させなければならない。それが、石動寮長、そしてフェリーナの発見した「隙」であった。
「しかし、なにも全員がコタツに入らなくても良さそうなもんだがな」
「いいではござらぬか、穂原殿。それにしょうがないんでござる。外にいたのでは一瞬の隙に間に合わぬし、マンツーマンで引っぱり出すにしても、六名を救うには残り全員の手が必要でござる」
「皆さん、次、そろそろ七ツ狩様が引き込まれる時間ですよ」
時間の到来を告げるエリスの声と、同時に鳴り出すアラーム音。
ピピピピピッ♪
「さて、次は俺か。コタツは好きだし、物は試し。後でちゃんと助けてよね?」
七ツ狩がそう言い終わるやいなや、再びコタツから湧き上がる無数の腕。
その瞬間、穂原の合図と共に撃退士達は一斉にコタツから飛び出した。
「よし、出れる! 今だ、廃人達を引っ張り出せ!」
狙い通り、六人の炬燵廃人達は何の抵抗もなくされるがまま。各々が一人の炬燵廃人を脇に抱え、そのまま彼らは一目散に部屋の外へと逃げ出した。新たに炬燵廃人と化した七ツ狩を除く、総勢十二名の撃退士達はこうして無事、会議室から脱出する事に成功したのであった。
(。=ω‡。) <ヨル〜ん
●
「……え? この後、俺はどうなったかって? 助かったよ、勿論。どうやら後遺症はないみたいだし、そうなると結局、代わりの人間がいればいつでも脱出できるわけだしね」
ミカンを頬張りながら、七ツ狩は言葉を続ける。
「どうやら、寮生達は電源要らずのコタツとして冬中使うつもりのようだったけど、多分それが原因だな。結局コタツはゲーム機ともども、こっそり戻ってきた鳥人間に抱えられて逃げちゃったから。石動寮長なんかは随分惜しがってたけど、人間って面白いよね。本当に。ここに住めば、退屈だけは絶対にしないだろうなあ」