「皆、眼鏡が似合ってるじゃないか。これだけでも依頼した甲斐があったってもんだ」
「ダメよ、良純。目標はあくまで世界平和なのよ?」
「なに、勿論忘れちゃいないぜ!」
はっはっは、なんて。
依頼主である狂的眼鏡部の二人は、集まった撃退士達の姿に御満悦。
それもその筈、今回の依頼を引き受けた総勢八名、その全員がきっちりメガネを着けてきたのだ!
晩秋の陽光を浴びて、ずらりと居並ぶ眼鏡達。
この場の眼鏡係数はウナギ登りのIt's over 9000! また一歩、世界平和に近付いた!
一方こちらは撃退士サイド。
ノリノリの依頼主達とは異なり、彼らの温度はまちまちだ。
「ふむ。まあ、依頼人が喜んでくれているなら何よりだ。だが……」
依頼人の様子を眼鏡越しに眺めつつ、天風 静流(
ja0373)は小さく呟く。
だが、と。
慎み深い天風は敢えてその先を口にはしない。
ツッコミどころが多過ぎだろうとか。『天魔にもメガネを掛ければ、世界が平和になるんじゃね?』という依頼の趣旨は控えめに言っても有り得ない話で、むしろ普通に狂気の沙汰だとか。
例え、そういう事を内心思っていたとしてもだ。
「ちょっとクイン、本当にこんな依頼受けるつもり? 絶対おかしいわよ!?」
「どうしてだい? 晶。素晴らしい考えじゃないか! 眼鏡で世界平和に貢献できる、これ以上に有意義な依頼が他にあるとは思えないな」
「面白そうではあるわよね。情熱の方向が、多少明後日に向いているのは間違いないようだけれど」
傍らに立つクインV・リヒテンシュタイン(
ja8087)の肩を掴み、ヒソヒソ声で話し掛ける神埼 晶(
ja8085)。二人の後ろで笑みを浮かべる月臣 朔羅(
ja0820)。
実際の所参加撃退士達の中で、狂的眼鏡部のこの極めて大胆な計画に諸手を上げて賛成しているのは、自他共に認める眼鏡好きな(控えめな表現だ)クイン一人と言っていい。その他のメンバーの多くは良くて懐疑的、悪ければすっぱりアレな人扱いで、しかも後者の方がより常識的な対応なのだから困ったもんだ。
とは言え依頼は依頼、作戦目標は作戦目標!
撃退士達は何だかんだと文句を言いつつも、ディアボロに対して眼鏡を掛けるという前代未聞の目標に向けて着々と相談を重ね、陣形を組み、必要な道具を揃えていく。
メガネ&ピース。目指せ、世界平和!
「まぁ、眼鏡のツルに必死にゴムバンドを繋げていると、ふと疑問が湧く時もあるけどねぇ」
来崎 麻夜(
jb0905)の言葉に、ユウ(
ja0591)も頷き、ボソリと一言。
「……スライムに眼鏡を掛けよう、とか言い出した人の眼鏡をかち割りたい」
「報酬貰ってからなら、いいんじゃないかな」
●
―――木々の間を、来崎が音も立てずに進んでいる。
然程深い林でもないが、闇に乗じるのはナイトウォーカーにはお手の物だ。樹木の影に姿を隠し、滑るように林の中を進む来崎は、すぐに目当ての相手を見つけ出す。
正面に一体、少し離れてもう一体。
手に小剣を握る、動く骸骨。スケルトンだ。
「全く、あんなのに眼鏡を掛けてどうなるんだろうね?」
言いつつ、手持ちの使い捨てカメラで骸骨をパシャリ。
フラッシュを炊いてないので多少暗くなるだろうが、まあソレくらいは勘弁して貰おう。数枚写真を撮った後にカメラを仕舞い、来崎はここまでのルートを思い返しつつ、仲間宛にスケルトン発見のメールを送る。
「うん、まだ気付かれてはいないようね」
こちらは月臣。隠れ潜む事にかけては鬼道忍軍も負けてはいない。
来崎と別ルートから林に侵入した彼女も程無く、二頭のグールドッグを発見する事に成功した。林の中を徘徊する二頭の位置を確かめながら、月臣もまた仲間に向けてグールドッグ発見のメールを送信。
ブィィッ ブィィッ ブィィッ
「お♪ メール来たよー。麻夜ちゃんと、朔羅ちゃんから。スケルトンとグールドッグを発見だって! 最初に見つけたスライムとあわせて、これで全部だね♪」
携帯に届いたメールを読みつつ、真野 縁(
ja3294)が楽しそうに声を上げる。
ここは久遠ヶ原学園外れに位置する、とある小さな林の中。現在は実験対象とするディアボロ達の状況確認の為、他の八人を後に残し、来崎と月臣の二人による先行偵察実施中である。
「情報通り、ディアボロ達はスケルトン、グールドッグ、スライムの三種。互いに固まりあっているのも、実験の事を考えればやり易い配置と言えるな」
「この配置なら、ユキのスリープミストでサクッと眠らせる事も出来るのですよ〜☆」
天風の分析に、鳳 優希(
ja3762)も片手を上げて同意した。
奇襲可能な戦力配置に、鳳を筆頭とした複数のダアトによる拘束術式の用意。これが通常の戦いなら既に勝ったも同然の布陣なのだが、残念ながらここで勝っては意味が無い。
「さて、まずは観察ね。眼鏡を掛ける前だから、顔を出すと普通に襲ってくると思うけれど、どうしようか?」
デジタルカメラを構えた香取が、背後の撃退士達を振り返る。
撃退士達が互いに顔を見合わせる中、ユウが自信満々に立ち上がった。
「……では、わたしが行こうではないですか」
ユウはキラリと眼鏡を光らせ、不敵に笑う。
「……眼鏡は知的クールの証。つまりわたしは知的クール。ふっふっふ」
●
『ユウの絵日記』
11月末日 晴れ
【ε=ε=┏(●..●)┛ ε=ε=┏(,,廿_廿,)┛】
(暗い林の中を、銀色の頭部を持った人間が、白い骨に追われているイラストが描かれている。下手だ)
林の中にスケルトンを発見。
顔を見せた途端、スケルトンどころか、グールドッグやスライムまでもが追いかけてくる。
随分凶暴な怪物達だ。
こんなの相手に眼鏡を掛けてどうにかしようなどと、良くも思い付いたものだ。そもそもスケルトンには目がないわけで、メガネを掛けて何がどうなるとは思えない。ここは早急に、わたし自身の計画による独自研究を実施する必要がある……
ッゴンッッ!!
「……ぎゃふん!」
唐突に終わる絵日記。痛そうな音と共に、叫び声を一つ。
やはり、ディアボロに追われつつ絵日記風の記録を同時に書いていくという、この荒業には無理がある。林の中を後ろ向きに走っていたユウは見事、張り出していた太い枝に後頭部を強打。たんこぶ作ってその場にひっくり返った。
倒れた彼女に、容赦なく襲い掛るスケルトン!
ユウの絶体絶命のピンチに、危うい所で助けに入ったのは天風だった。天風はスケルトンを槍の柄で払い、倒れたユウを担ぎ上げる。
「ユウ君、生きているな?」
「……お手数をお掛けします」
「生きているなら結構だ。皆、観察は終わったな? それではいよいよ反撃開始だぞ!」
天風の声に、周囲の藪や木の背後から、今まで隠れていた撃退士達が手に手に―――武器? ちょっと何を言っているのか分からない。眼鏡に決まっている―――眼鏡を持って一斉に飛び出した!
さあ、眼鏡開始!
●
「ほらほら皆、眠るのですよ〜☆」
ワンド一閃! 始めに動いたのは鳳だった。
予ての手筈通り、彼女はディアボロ達の真ん中にスリープミストを発生させる。眠気を誘う霧は効果覿面! ユウを追いかけていたスケルトンを初め、何匹ものディアボロ達をその場で眠らせる事に成功する。
「それじゃあ、そろそろ行きましょうか!」
「他にもいるんだ、手早く済ませよう」
眼鏡片手に走る月臣と来崎。狙うは、スリープミストの霧を浴びなかった二頭のグールドッグ。ダブル隠密職である二人の行動に、グールドッグは気が付かない!
「ほら、わんちゃん。新しい眼鏡よー?」
月臣がグールドッグの背後から跳び掛かり、その頭にゴムバンドを結びつけた改造眼鏡を強引に引っ掛ける。突然の無体にグールドッグは大暴れだが、先手を打って馬乗りに抑えに掛かる月臣が一枚上手。巧みにバランスを取りながら、月臣は鮮やかな手並みでグールドッグに眼鏡を着ける。
だが、隣の来崎は躓いた。
狙ったグールドッグを間近で見た時、ちょっとした、あるいは凄く難しい問題に気が付いたのだ。
「……目玉が片方、垂れ下がってる……だって……?」
ごくり。
思わず来崎は立ち止まり、そしてグールドッグと目が合った。いや、片方の目玉は、視神経でぶらーんと垂れ下がっているわけですけれど。スケルトンのように、いっそ目が全くないのなら諦めもつく。だが目玉が垂れ下がっている相手の場合、眼鏡は何処にどう付ければよいものか?!
見つめ合う人と犬。
たっぷり二秒ほどその状態を続けた末に―――
来崎は正面から、そっと犬の顔に眼鏡を掛けた。
垂れ下がって下で揺れてる目玉なんて、ボクは全然見なかった!
●
グールドッグ以外の相手にも、勿論眼鏡は掛けねばならぬ。
お次はディアボロ達の主力、スケルトンだ。四体の内、二体は鳳のスリープミストで夢の国。だけど残りの二体は元気一杯。手の小剣を振りかざし、クイン、真野らの方へ目掛けて足取り高く襲い掛かる!
「クイン! そんな前に出るんじゃないわよ、紙防御なんだから!」
「ふふふ! バカを言っちゃいけないよ、晶。我に秘策アリ、さ!」
津宮、真野と共に前に出る神埼。
当然紙防御のダアト組は後方に下がるべきでだが、何故かクインは自信満々。眼鏡を煌めかせて津宮の隣へとその身を寄せる。
襲い掛かるスケルトン。
不敵に笑うクイン。
「しかと見よ、骸骨達! これが必殺の眼鏡バ……」
「……言っとくけど、クイン。眼鏡バリアー、何て冗談は私聞きたくないからね? 真面目にしないと眼鏡割るわよ」
クインは彼女の気性を知っていた。
彼女なら、割る。
「な、何を馬鹿な事を! 僕がそんな冗談を言う男に見えるかい? 僕の狙いは勿論これさ!」
当初の予定を慌てて変更。クインは護符を片手に、異界の存在を緊急召喚。
同時にユウも、クインとタイミングを合わせて溜めた呪力を解き放つ。
「異界の呼び手!」
「……寂しがりの凍手」
同時に地より湧き出づる、青白い無数の腕また腕。
何者とも知れぬ長く冷たい腕が、スケルトン達の全身を拘束する!
「すぐ済むから、大人しくして頂戴?」
「ほらそこ、じっとしてなさい!」
眠り、あるいは四肢を拘束されたスケルトン達に対し、真野と神埼の二人が手早く眼鏡を着けて回る。耳も鼻もないスケルトンに果たして上手く眼鏡を装着できるものかと心配したが、ゴムバンド付きの眼鏡はここでもその効果を発揮した。
バッチリ赤いおしゃれ眼鏡を身につけたスケルトンを前に、真野はにっこり笑って思わず拍手。
「うん、とっても似合うんだね!」
●
「さて、如何にするべきだろうか」
「うにゅ、難しい問題ですねぃ……」
そして天風と鳳のスライム対策班は、ブルブルと震える得体の知れぬ粘塊を前に途方に暮れていた。
動き出す気配はなく、どうやら眠って(?)いるらしい。
それはいいが、何処が目やら頭やら、さっぱりもって分からない。潰れた餅のようで、多少中央部に盛り上がりが見られる以外、前後さえも定かではない正真正銘のスライムだ。
「ふむ」
天風が、手にした眼鏡をそっと中央からやや離れた位置に添えてみる。何となく眼鏡が掛かった風には見えるが、今一つ心もとない感は否めない。
「ふむり。前後が判らないなら、どっちにも掛けてみればいいのです」
鳳が、更にその反対側にも眼鏡を添えた。
しばしの沈黙。
前後に眼鏡を掛けた粘塊を前に、天風はポツリと漏らす。
「……随分シュールな絵面だな」
「いやぁ、意外と可愛いのです☆」
●
一通りディアボロ達に眼鏡を掛けたところで、撃退士達は一旦退避。揃って藪の中に隠れて、眼鏡を掛けたディアボロ達の様子を見守る事にしたのだが。
それは全く奇妙で、シュールで、けれども不思議なレア感溢れる光景だった。
「良く見なくても、珍妙な光景だという事が分かるわね」
「だ、誰なのよ、スケルトンに鼻眼鏡なんて掛けたのは……?」
「はーい、縁ですよー♪」
月臣の隣で神埼が崩れ落ち、真野が楽しそうに手を上げる。
気楽な感想を口にする撃退士達の隣では、狂的眼鏡部の二人は写真撮影に大忙しだ。凄い凄いを連発し、眼鏡を付けたディアボロが林の中を彷徨う様子を激写する。
数分後、漸く落ち着いたらしい香取が、背後の撃退士を振り返った。
「さて。それじゃ、また行動の比較をしなきゃいけないんだけど……」
「ふ、このような素晴らしい眼鏡を前に、じっとしているわけには行かないな。次は僕が行きましょう」
言うなりクインが藪の中から立ち上がり、ズンズンと大股で手近なグールドッグに近づいていく。彼はグールドッグの訝しげな表情を気にする様子もなく、犬の前に大胆に右手を差し出した。
「やあ、何て可愛い眼鏡なんだ。ほら、お手っ!」
結果は、誰もが思った通り。
ガブリ
「あ」と来崎。
「頭から逝ったな」と天風。
「ぎゃー! クインに何するのよ、この犬っころ!」
血相を変えて神埼が光纏全開に飛び出すと、釣られて、他の撃退士達も藪の中から走り出た。それら十名の撃退士を迎え撃つは、総勢九匹のディアボロ達。あっちもこっちも皆眼鏡!
眼鏡同士の戦いは、熱く、激しく。
そして短い。
●
「僕は確信したよ、眼鏡は世界を平和にするってね! この実験はより上位の天魔相手にもきっと効果を発揮するに違いない!」
頭部に包帯を巻いたクインは、それでも上機嫌で実験の成果を熱く語る。
偶然なのか、眼鏡のせいか?
戦いの最中、ディアボロ達の数体が、なんと戦う仲間を置いて逃げ出したのだ!
ディアボロが逃げる事自体はたまにある。しかし九匹中、三匹のディアボロが逃亡したのは、多少数が多いような気がしないでもない。微妙なラインだが、当然依頼人の二人はこれを眼鏡効果の現れだと受け取った。初回の実験で、早くも1/3の確率で世界が平和になったのは大変喜ばしい成果であると。
「クイン君! 君の眼鏡愛をこのまま野に置くのは如何にも惜しいぜ。どうだい、君も部に入らないか?」
「それがいいわ! うちの部なら、色んな眼鏡が着け放題、掛け放題よ! 歓迎するわ、クイン君♪」
「素晴らしい、共に頑張りましょう!」
やんややんやと盛り上がる眼鏡界隈と、そろそろ家に帰りたいその他の撃退士達。
だけど、その誰もが知らなかったのだ。
この結果の裏に潜む、もうひとつの秘密の要素を。
「……無理矢理バナナオレを手に接着したスケルトンが、何故か戦わずに逃げ出した。これはつまり、バナナオレ効果の現れと見て間違いない。世界は平和に。そしてわたしはまた一歩、バナナオレの真理に近付いた」
独りごちて、ユウは笑う。
●
それからしばらくして。
久遠ヶ原の百八不思議にまた一つ、新たな怪奇談が加わった。
久遠ヶ原本所三丁目、眼鏡林の怪。
その林の中には、鼻眼鏡に何故かバナナオレを握ったスケルトンが夜な夜な出没し、通りかかる人々を驚かすという―――