「見て見て、凄いんだよー、このログハウス。もう事件と怪談だらけっ」
そう言って艾原 小夜(
ja8944)は、居間にあるテーブルの上に持参の資料をぶちまけた。
それがまた、半端な量じゃない!
各種新聞の切り抜きや、怪談・犯罪系HPのプリントアウト、ブログやネット掲示板のログに至る資料の豊富さには驚きだが、それらが全てこのログハウス、及びその半径ニキロ以内の出来事に関係するものだと聞くと、流石の撃退士達と言えどもちょっと引く。
「これは、また興味深いですね」
楯清十郎(
ja2990)が、資料の一部を手に取った。
新聞のコピーらしい、その紙面の表に踊るのは『若者四人集団自殺!』の文字。
他にも出るわ出るわ!
玄関先で強盗に刺し殺された老人、浴室での自殺未遂、エトセトラ。怪談やオカルト紛いの与太話を抜きに、実際にあった事件事故に限っても、過去一年以内にこの建物では合計七名もの人間が死んでいた。
「ほら、そこの暖炉も、旦那さんが浮気した奥さんを殺して骨になるまで焼いたっていう……」
「うひゃあぁ―――ッ!??」
何気なく艾原が居間の暖炉を指差すと、近くに座っていた八角 日和(
ja4931)が悲鳴を上げて飛び上がる。
「八角さん、驚き過ぎ、ですの。……艾原さんも、あまり人を脅かすものではありませんの」
「あははー、ごめんねー?」
雪風 霙(
ja9981)にたしなめられて、艾原は頭を掻いて素直に謝る。
……と言っても、事件の存在自体は別に嘘でも何でもない。今回依頼を引き受けた八名に、引率役の土屋直輝(jz0073)を足した合計九名の撃退士達。彼らは広いログハウスのリビングで、互いに目配せをしながら、嫌のオーラの漂う資料の束にゴクリと唾を飲み込んだ。
気のせいか、さっきまでとは空気までが違うよう。
暖炉から、何か怖いのが這い出て来たりしたらどうしよう?
―――そんな束の間の沈黙を破り、仁良井 叶伊(
ja0618)が皆に提案。
「ともかく、まずは部屋の掃除から始めませんか? 布団等も干した方がいいでしょうし、設備の点検もしてみたい。四泊五日は長いですからね、まずは足元から固めて行きましょう」
彼の言葉は満場一致で受け入れられ、撃退士達はログハウスの各所へと散っていく。
合計九名、四泊五日の勉強合宿in恐怖の館。
ともかくのスタートである!
●
「みなさ〜ん、晩御飯ですよー♪」
ガンゴンゴン♪
空の鍋をお玉で叩きながら、エヴェリーン・フォングラネルト(
ja1165)がログハウス中に呼びかけると、腹を減らした撃退士達がドヤドヤと食堂に集まってくる。本日、記念すべき初日の献立は勿論カレー! メインシェフ、双城 燈真(
ja3216)によるスパイスの効いた自信作だ。
「俺様特製スパイシシーカレーだ! おかわりなら沢山あるが、残したりしたら承知しねーからな!」
そう言いながら、双城(恐らく、今は「翔也」だ)は皆の前に並んだお皿へ、ドサドサとカレーを盛っていく。成る程、言うだけあって美味そうだ! 頂きますの挨拶の後、皆がハフハフと熱いカレーを頬張る中で、自然と食卓に挙がる話題はやはりログハウスの件。
今日一日掃除し、検分して得た成果について、撃退士達はそれぞれの寝室を中心として順番に語っていく。
始めは、二階和室の男性陣。
「和室には特におかしい所はなかったですね。……まあ、押入れは古い御札で一杯でしたけど」
「大丈夫だって! あれ、試しに一枚剥がしてみたけど、別になんともなかったし♪」
仁良井の言葉に対し、笑いながら恐ろしい所業を告白する双城。
しかし、楯は慌てず騒がず動じない。
「ああ、あれは双城さんの仕業でしたか。仕方ないので、代わりに僕が学園長ブロマイドを上から貼っておきましたよ。下手な御札よりご利益があるでしょうし」
そんな死亡フラグを立てた男性陣の次は、一階洋室のJCコンビ。彼女達も部屋自体には何も問題はないという。
「リィとしては部屋よりも、夜に湖から来るというお客さんの方が気になるのです……」
不安げな表情のエヴェリーンに、艾原もうんうんと相槌を。
「そうだねー。念の為、部屋に盛り塩した方がよさそう。カーテンも全開にして寝た方が安全かな?」
「ええっ!? やですよ、怖いし、恥ずかしい!」
「あれ、見たくない? 湖から来るお客さん」
「見たくもなければ、見られたくも無いです……」
その艾原達の上、二階洋室は八角が一人。
「私? 上は特に、話に聞く大きな動物の気配も感じないし……と言うか、むしろ一人なのがずっと怖いけど。い、いや、お化けなんて居ないよ? 居ないんだけど……うー! 雪風さん、一緒に二階で寝ようよーっ」
「考えときます、ですの」
ちなみに、部屋なんかなくても構わないと、雪風と羽空 ユウ(
jb0015)の二人の様に、居間のソファーを希望したメンバーもいたりする。
「まあ幽霊なんか、例え出ても大した事ないですの……双城さん、このカレー、もっと辛くなりません?」
「幽霊が出たら……数学、習いたい。ついでに、二階の廊下から、試しに、飛び降りてみたりもしたけど……特に、なんとも……」
この二人、幽霊などまるで眼中にない!
一通り全員が報告をし終わったが、どうやら件の幽霊とやらを目撃した者はまだいないらしい。
話を聞き、カレーを食べ終わった土屋少年が皆の前で立ち上がる。
「ほら、幽霊なんかいないんです。ですから、皆さんは安心して勉強に励んで下さいね。沢山依頼を受けたベテランほど進級が難しいなんて悪評、依頼斡旋所職員としてのプライドに賭けてこの僕が許しません!
……あ、そうでした。羽空さんからの希望で、今夜、後で一度小テストを行いますから、そのつもりで準備の方お願いします。問題の方は、僕の方で作成していますので」
土屋の隣で、こくりと頷く羽空。
途端に食卓のあちこちから「えー?」だの「やだー!」等のブーイングが一斉に鳴り響くが、その程度の野次に依頼斡旋所の職員は挫けない。手に持った辞書で食卓をバシンと一発、不平顔の撃退士達を一喝する。
「文句を言わない! 僕達は、ここに勉強をしに来たんですからね!」
そう、幽霊がいなければ、ここは多少気味の悪いだけの快適なログハウス。街から離れた静かな環境の中、撃退士達は心ゆくまで学生の本分に(勉強の事だ!)浸り切る事が出来る筈。
……なーんて、そんな訳があるわきゃない!
そうとも。何故ならここは恐怖の館!
●
「ギニャ―――!??」
それは深夜、ログハウス中に響き渡る突然の悲鳴!
初めに反応したのは、夜間の見張りにと食堂で不寝番をしていた双城と仁良井。
二人は一瞬顔を見合わせると、直ぐ様階段へ向けて走り出す。声の出処は恐らく二階、女子の寝室となっている洋室からに違いない! 二人は一足飛びに階段を駆け上がり、二階廊下に到着したところで、丁度和室から顔を出したばかりの楯と鉢合わす。
「ああ、双城さん。今の悲鳴聞きましたか? 多分、八角さんの部屋からだと思うんですけど……」
「俺もそう思う……八角、八角さん? 今の悲鳴はこの部屋からか? 開けるぜ、いいか、開けるぞ!」
このログハウスでは、部屋の扉に鍵はついてない。双城は大きく声を上げて中の人間に断りを入れると(何せ、曲がりなりにも女子の部屋だ)、外からドアを押し開ける。
部屋の中では、八角と雪風の二人が互いに抱き合いながらベッドの上で震えていた。
涙目の八角と、険しい目付きの雪風。双城達が飛び込んで来たのにも関わらず、二人は共に、部屋の壁際からその視線を離さない。男性陣も思わずそちらの方向に目をやるが、彼らの目にはありふれたソファーベッドと丸太造りの壁が見えるばかり。
「大丈夫ですか? 凄い悲鳴だったですけど……」
「もしかして、何かあったー?」
続いて、下の部屋で寝ていたエヴェリーンと艾原の二人までもが寝間着姿で現れると、漸く八角と雪風の二人は、大きく息を吐いて肩の力を抜いた。
●
「蠢くバラバラ死体ですか!?」
「はい、スプラッタ〜、でしたの」
「あ、俺ちょっとそれ見たかったかも……」
雪風の言葉に驚くエヴェリーン、何故か羨ましがる双城。
部屋に飛び込んできた仲間に、八角と雪風の二人が悲鳴の原因を説明する。その原因が、つまりは『天井から落ちてきた蠢くバラバラ死体』だと言うのである。
「もう、すっごく気味悪かったんだよっ! 初め何か動物が這いずってる音がして、何だろうと天井を見たら、上からバラバラの腕やら足やら頭やらがボタボタ落ちて来て、こう、うぞぞぞ〜〜と」
うぞぞぞ、の部分で腕をクネクネと動かし、うぞぞ感の再現を試みる八角。そのバラバラ死体は暫く床の上を転がっていたのだが、双城達が部屋の扉を開けた途端、姿を消してしまったのだという。
「……特に、壁や天井に何か仕掛けがある様には見えませんね」
仁良井が八角の指差した天井を、ヒヒイロカネから顕現させたワンドでコンコンと叩いてみるが、これと言った異常は見当たらない。その横で、艾原も壁や床の上をあちこち探っているものの、こちらにも目立った収穫はなし。
「んー…、何か、酔って幻を見たとか……でも、八角さんと雪風さん、二人が同じ物を見たという事は、気のせいというわけじゃないよねー?」
あーでもないこーでもない。それぞれが『蠢くバラバラ死体』の正体を探る中、エヴェリーンはふと、この場にいない撃退士が幾人かいる事に気が付く。
「あれ? そう言えば、何人か足りないような……土屋さんは?」
「彼なら、今も和室でぐっすり寝てますよ」
これは、先程まで隣の和室で寝ていた楯の証言。と言う事は……
「……羽空さんが居ませんね」
仁良井のその言葉に、撃退士達は慌ててログハウス中を走り回る。
―――幸い、羽空は直ぐに見つかった。
豪胆にもこの騒ぎの中、今の今までリビングで数学の勉強をしていたという。だがしかし、よりにもよって、『暖炉から這い出してきた黒焦げのおばさん』に数学を習っていたという彼女の証言は、豪胆と言うにも程がある!
「……意外に、親切で、いい、人。数学が、出来るのが、心強い……」
「いやいやいや、羽空さん、そこは悲鳴を上げるべきシーンだぜ!?」
羽空の茫洋とした証言に、思わず双城がツッコミ。
何はともあれ、これであっという間に怪奇現象の目撃証言は二つに増えた。
一つ目は二階洋室の蠢く死体、二つ目は暖炉から這い出る黒焦げの幽霊。そして―――
「あー、みんなっ、見てっ」
二階の廊下から、艾原が吹き抜けの高い空間を指差した。
その場の全員が目撃した、それは青い燐光を放ち、ゆらゆら揺れる空飛ぶ人魂!
クスクスクス……
ドンッ ドンッ ドンッ!
同時にログハウスのあちこちから聞こえる笑い声、壁や天井を叩く物音。三つ目、四つ目……怪奇現象の数は、最早数える事すら不可能だ。
怪奇渦巻く恐怖の館が、撃退士達に遂に牙を向き始める。
●
翌日の目覚めは最悪だった。
謎の怪現象は、手を変え品を変えて頻発する。単に幽霊が出るだけではなく、近所迷惑な程のラップ音や壁や天井を所構わず乱打する怪音に、撃退士達は一部の図太い者を除いてロクロク満足には眠れない。心霊現象と言うよりも、まるでサービス過剰なお化け屋敷に入り込んだような塩梅で、ここまで来るといっそ笑える程である。
勿論、撃退士達も全く手をこまねいていたわけではない。
だがアウルを込めた魔具でも人魂に触る事は出来ず、楯やエヴェリーンの冥魔認識、異界認識にもそれらの幽霊達は反応しない。艾原などは壁走りを用いて、文字通りログハウス中を奔走したが、怪奇現象の正体は皆目不明。部屋に一人でいるのも危ないからと全員が食堂や居間に集まったが、このままではとても勉強どころではない。
それでも、昼間はまだマシだった。
二日目の夜、部屋で寝たいというエヴェリーンと艾原が、一階の洋室にて就寝する。その十数分後、初日の八角を思わせるようなエヴェリーンの悲鳴! すわと駆けつけた楯達が洋室に飛び込むと、そこに広がっていた光景はもう冗談としか思えない。
窓の外に並んでいたのは、黙念と佇む何百体もの水死体と思しき死人の群れ!
不思議な事に、それらは撃退士達が武器を片手に外へ回る頃には、綺麗サッパリ消えていた。
●
転機が訪れたのは、三日目の事。
エヴェリーンと八角は、昨晩の騒ぎであまり寝る事が出来ず、日が昇ってから一階の洋室で改めて仮眠を取っていた。何時間かの睡眠の後、エヴェリーンはムクリと起き上がり、寝惚けた頭で部屋の中を見渡した。
机の上には、昨夜八角の飲んでいた『爆裂元気エリュシオンZ』の空き瓶。
床に仕掛けては見たものの、幽霊スルーな粘着シート。
服のまま寝たので、スカートはしわしわ。
何故か目が合う、空中をフワフワと浮かぶ、メロン程の大きさをした目玉の怪物……
ぷちっ
切れた。
「言いたい事あるなら、ちゃんと判るように言ったらどーですかー!」
貯めたストレスが一気に爆発! 彼女は半泣きになりながら魔具を顕現、ホワイトナイト・ツインエッジが眼前の目玉に、手加減なしの全力攻撃が叩き込まれる!
ドゲシッッ!
「……あれ?」
エヴェリーンの双剣の一撃を受けた目玉は、壁に叩きつけられて大きくバウンド、体液を撒き散らしながら床の上でビクリビクリと痙攣する。形としてはエヴェリーンの不意打ちが決まった格好ではあるが、攻撃が当たった事にビックリしたのはむしろ彼女の方である!
「わっ! な、なに、それ?!」
「今の叫び声は何事だ!」
騒ぎに飛び起きた八角と、部屋の外から雪崩れ込んできた楯達。
楯は床の上で悶える目玉に対し、冥魔認識を発動。
「……ディアボロです、これ。そうか、今までの怪奇現象は、みんなこいつの仕業だったんだ!」
勿論、目玉はその後、男性陣よりフルボッコの刑に処せられた。
●
楯の言葉通り、目玉を倒した事で怪現象は一挙に収束を見る。
後で土屋に聞いてみた所、件の目玉はレッドアイズと言う幻覚の得意なディアボロだと言う事だ。
怪現象が収まった事で、撃退士達の勉学の邪魔をするものはもう何もない。勉強は順調に進み、最終日に再び行われた小テストでは、特に羽空が苦手科目の数学を克服する大健闘を見せる。
五日目、撃退士達は荷物をまとめ、ログハウスを後にした。
「しかし、蓋を開けてみると、結局幽霊は居なかったって事か。期待してたのになぁ」と、残念そうな双城。
「終わってみるとあっという間だったよね。……でも羽空さん、すごいねっ! 数学、一体どんな勉強をしたの?」
八角の問い掛けに、羽空は事も無げにこう応えた。
「暖炉のオバチャン、教え上手、だった……三日目以降も、マンツー、マン……」
彼女のその言葉に、撃退士達全員が凍り付く。
館の恐怖は、終わらない……!