早朝、久遠ヶ原学園に予鈴のベルが鳴り渡る。
アウル能力保持者の集う超常学園と言えど、登校風景などにそこらの学校と大して変わるところは見られず、それはここ、中等部であっても同じ事。昇降口の下足箱前では、登校してきたローティーンの子供達(一部例外有り)で、ワイワイキャイキャイ、朝もはよから喧しい。
「おい斎藤、お前の下足箱になんか入ってるぞ?」
「え?」
級友に指摘されて初めて、少年はそれに気が付いた。
下足箱の中、彼の上履きの上に置かれた、ハートマーク付きの可愛らしい花柄封筒。端に書かれた「斎藤xx様へ♪」との彼の名前は、あくまでも丸っこい女の子文字。何だろうと、何気なく封筒を手にした少年は、裏書きの名前を読んだ途端、慌てて封筒を上着のポケットへと握り込む。
「おい、何だよ、怪しいな。もしかしてラブレターでも貰ったか?」
「馬鹿、違うって! そんなんじゃねーし」
疑わしげな友人の視線に、敢えて素っ気ない風を装う斎藤少年。だが彼の内心は、驚きと緊張でドッキドキだ。
リア充? 青春?
勿論違う。
その封筒こそは学園未公認、闇の宿題代行サークル『冬休みの友』名義で、撃退士達の送りつけたアンケート用紙そのもの。宿題の代行も、どうせやるなら完璧に。元依頼主各々の筆跡を採取し、将来の夢や今年の抱負といったアンケート項目も、全ては冬休みの宿題遂行の為の確認事項。
物見高い友人に対し、少年もまさか宿題代行業者名義の手紙を広げて見せるわけにもいかず、ポケットの中で封筒を握り締めながら、彼はただ否定の言葉を繰り返す。
「本当だからな! ラブレターなんかじゃねーし、本当だぞ!」
本当です。
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「―――はい、こっち名前書いて。あとこっちもね。いや、別に君の事を信用しとるわけじゃないんだが、うちの学校は、ほら、生徒の自主性を重んじる建前だから。ハンコ持ってる?」とは、事務室に居た中年職員の弁。
『合宿所』の許可願に赴いた森ノ宮陶里(
ja2126)と大上 ことり(
ja0871)の大学部ペアは、事前の予想に反して、至極あっさりと学園から合宿スペースを借り受けることに成功した。ついでに今回一緒に依頼を受けた仲間の分の、五日間分の外泊許可も併せて取得済みである。泊まり込みの言い訳に色々頭を悩ましていたので、学園側の手応えのなさにはむしろ拍子抜けする程だ。
「思ったよりもスムーズに話が進んで良かったですねー、陶里くん」
「……スムーズに話が進んだのに、負けた気がするのは何故だろう」
なんて多少の割り切りなさを残しつつも、第一関門をさっくりパスできた事自体は喜ばしい。
二人が学園事務棟の玄関から外に出ると、表の通りを桜宮 有栖(
ja4490)と光藤 姫乃(
ja5394)の二人が並んで歩いて来るのが目に入った。黒髪の桜宮はともかく、長身桃色頭な光藤の姿は遠くからでもよく目立つ。大上がそちらに向かって笑顔で大きく手を振ると、光藤達も直ぐにこちらに気が付いた。
「はぁい♪ 二人共。その様子じゃ部屋は上手く取れたみたいね?」
「こちらも、アンケートの仕込みは無事終わりです。放課後にまた回収しに行かないといけませんけど」
光藤と桜宮の報告に、森ノ宮は頷く。
「二人共ご苦労様。こちらの書類仕事も終わったし、買い出し組と合流したら借りた部屋へ向かうとしよう」
今回、宿題代行の依頼を受けた撃退士は、この場の四人に、現在買い出し中である残り四人の計八人。
計十数人分もの冬休みの宿題に対し、こちらの持ち時間はきっかり五日。恐らく徹夜仕事になると踏んで、適当な空き教室を勉強合宿名目で借り切ってしまい、そこで依頼を受けた八人全員が缶詰になって、一気に宿題を仕上げてしまおうというのが、彼らの立てた作戦の骨子である。
「ホラ、言ってるそばからもう来たわ♪ あそこ歩いてる、あの青い髪の子達がそうじゃない?」
光藤が先ほどの大上よろしく通りの向こうへ手を振ると、どうやらあちらも気が付いたようで、手に手にスーパーの買い物袋を下げた女の子達が、てんでにこちらへ手を振り返す。
闇サークル『冬休みの友』より依頼を請け負った八人の撃退士、ここに集結である。
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「会ってきたが、これがまたやる気のないガキンチョでな。まあ休みの間は実家でゲーム三昧だったと言うから、絵日記に仕立てる分には楽で良さそうではあったが」
「……私も、会いました、よ……。将来は、野球選手になりたい、だそう……です」
天沢 紗莉奈(
ja0912)と糸魚 小舟(
ja4477)の二人は、語らいながらリノリウムの廊下を歩いていた。
二人は、絵日記や作文といった宿題の参考用にと、大元の依頼者である学生達へ直接インタビューをしてきた帰り道(ちなみに、元依頼主の名前や氏名などが書かれていたメモ内容は、大上がきちんと記憶していた)。二人はそのまま廊下を進み、途中、『理科室』のネームプレートがぶら下がった教室の扉を開ける。
「天沢と小舟の二人、突撃インタビューから今帰ったぞー」
「……、ただい、ま……」
「あ、先輩達、お帰りなさい」
教室で天沢と糸魚の二人を出迎えたのは樋渡・沙耶(
ja0770)。樋渡の後ろからは、コーヒーカップを取り出した月臣 朔羅(
ja0820)が二人に笑顔を向ける。
「二人共、お帰りなさい。丁度良いタイミングだったわ。ようやく掃除も一段落して、今からコーヒーでもとみんなで話してたところなの」
ここは、大学クラブ棟にほど近い中等部旧校舎内の一角。二間続きの部屋が都合がいいと、森ノ宮と大上の二人が吟味して借りてきた件の合宿所が、つまりこの理科室と、それに隣接した理科準備室であった。一般的な教室とは異なり、実験用として、流しやガス栓が各テーブル毎にキチンと備わっているのがポイントで、三星ホテルとまではいかずとも、調理器具さえ持ち込めば、簡単な料理くらいなら十分可能。
ただし、元々放置されていた空き教室故に、そのままでは多少の埃っぽさは否めない。仕事前にまずは環境の整備が先だろうと、外回りの用事がある者を除く全員が、つい先程まで部屋の清掃に励んでいたというわけだ。
天沢と糸魚の二人が帰り、丁度全員が揃った所でのティータイム。
紙コップや駄菓子類が机の上に並べられ、そこだけ見れば友達同士のお泊りパーティーのノリだが、無論撃退士は依頼の本分を忘れない。各自がお菓子をパクつきながらも、今回の依頼における分担内容を打ち合わせて決めていく。
「それでは、中等部以下の宿題担当は樋渡さん、天沢さん、私、桜宮の三名。
高等部の宿題については月臣さん、大上さん、光藤さん、糸魚さんの四名が担当ということで。
更に森ノ宮さん、月臣さん、天沢さん、糸魚さんの四名については、別途作文や絵日記などの課題もありますので、通常分の宿題についてはその他の皆さんでカバーし合うよう、お願いします」
「俺の自由工作の方は、多分二日もあれば終わると思う。工作中の待ち時間も結構有るし、その時その時で、他の人の宿題の方も手伝わせて貰うよ」
桜宮や森ノ宮の言葉に、一同、駄菓子をパクつきつつも熱心に耳を傾ける。
「……アンケートも、無事、回収できましたし、インタビューも終了。合宿所も、確保。分担も決まって……、後は……」
「あとは寝るだけだな」と、糸魚の後を引き取る天沢。「……分かってるとも、軽いじょーだんだ。だから皆、そんな顔して私の方を見ないでくれ……」
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そんなこんなで、一同の宿題代行任務はここに幕を開ける。
とは言え、合宿所を無事に借り受け、アンケートやインタビューなどの資料集めが終わった時点で、今回の依頼における難しい山場は超えたも同然。後は気合と根性で、ひたすら宿題の山に突撃するだけだ。
いや、分かってる。
やれば終わるの一言で宿題が済むなら、世の中こんなに楽なことはないだろう。
懸念事項や気を散らす諸々が全て片付き、ただ、目前の宿題と時間だけが残されたその時にこそ、真に人を苦しませ、魂を苛む闇の深淵がその凶猛な顎門を開くのだ。
だが、それに立ち向かうからこその宿題代行業。彼ら、八人の撃退士達も、また―――
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「まずはノルマをこなす。クオリティの追求なんて、時間が余った時で十分よ」
そう言ってのけたのは月臣朔羅。
四つの特別課題の中でも、彼女の選んだ習字は比較的短時間で終わらせられる。今年の抱負というお題さえ決まれば、あとは気合一発、字を書くだけだ。お題自体、アンケートの設問を通して既に策定済みである。
バンッ、と彼女は筆を半紙に叩き付け、墨痕淋漓。
意外と太く、厳つい文字が紙一杯に駆け抜ける。
書いた文字は『青春謳歌』。中学生の宿題に相応しい抱負と言えるだろう。
「……念の為言っとくけど、この太字は依頼主の筆跡を真似しただけよ?」
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糸魚小舟は作文を書いている。
お題は将来の夢。例の、野球選手になりたいと言っていた少年の分の作文だ。
少年の答えたアンケート用紙を原稿用紙の脇に据え、その回答と金釘流の字面、何より昼間出会った少年本人の様子から、彼が作文にきっと書くであろう内容を思い浮かべる。
数学などと比べたら、このような作文は、彼女にとってそれほど難しい課題ではない。金釘流を真似するのは厄介だが、厄介の種もその程度。ゆっくり丁寧に、彼女は原稿用紙を埋めていく。
「……将来の、夢……か……」
それは、彼女の幸福ではなかった子供時代には、あまり縁のない言葉であった。
出来れば、あの元気のいい少年が、その夢に少しでも近付いて行けたらと思う。
「……私、だったら……多分……」
自由に生きたい。
そう原稿用紙に書きこんで。彼女は、黙ってその文字を消しゴムで消した。
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夜寝る時、ちょっとした騒動が巻き起こった。
広い教室を女部屋、狭い準備室を男部屋に分けて寝ようとした撃退士達。
さて、それでは光藤姫乃は、身長185センチの麗しいオカマさんは、どちらの部屋に寝るべきだろう?
女性陣は全員広い部屋でいいよとは言ったものの、部屋割り比率が7対1というのもいささか偏り気味でもあり、光藤自身の「森ノ宮さんが一人で寂しそう」の発言もあって、彼女は男部屋であるところの理科準備室で、森ノ宮と二人並んで寝ることと相成った。
「ねーえ? あなたって結構イケメンじゃない? あたし、年上の男の人も嫌いじゃないの。それに昼間見たスノードーム、あれ、あんまり綺麗なんであたしびっくりしちゃった♪ あなた、とっても手が器用なのね」
布団の中で、こっそり手なんか握ったり。ぎゅ。
「……ははは。いや、アレは見た目ほど難しい物でもないんだよ。光藤さん」
言いつつ、こっそり手を引き抜く森ノ宮。
「いやん♪ 光藤だなんて。あたしの事はヒ・メ・ノって呼んで? ……うっそ♪ 赤くなっちゃって、ジョーダンよ、ジョーダン♪」
なんつって、再び森ノ宮の手を握り、自分の布団に引っ張り込んだりしたりして。ぎゅ。
―――まだ合宿の夜は始まったばかり。頑張れ、森ノ宮!
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『絵日記』
12月22日
今日からまちにまった冬休み。
休みになって、友だちも半分くらいは家に帰るみたい。ぼくはもうちょっと寮にいるので、今のうちに宿題をきちんとおわらせとこうと思います。
12月25日
昨日のクリスマスはとても楽しかった! クリスマスプレゼントはケータイゲームです。やったー! ゲームもしたけど、宿題もじゅんちょうに進んでます。
12月30日
宿題がなかなか終わらない。もう冬休みも半分すぎたのに、まだまだ宿題がたくさん残ってます。こんなにたくさん宿題を子どもにやらせるのはギャクタイだと思う。
1月3日
もち食べた、ぞうに食べた、こたつでねた。
……本当は冬休みの暮らしなど、この程度でいい筈だ。なのになんで私は、こんな時間になっても未だ宿題に明け暮れているのだろう? 数学などもう見たくない。許してくれ、寝かせてくれ。皆に手伝ってもらってるのに、未だ終わらない。
1月7日
今日が依頼最終日だ。
そうだ。私は本当は依頼なんて受けていないのだ。本当の私は天国にいるんだ。いつでも昼寝ができて、冬休みの宿題がない夢の楽園。大きな枕と布団が、いつでも疲れきった私を暖かく抱きとめてくれる、そんな、楽園に……
ピコピコーンッ!!
「天沢さん、手が、もとい脳が止まってますよ?」
「ダメです天沢先輩! あとちょっとなんです、起きて下さい……!」
半眼のまま涎を垂らし、自動書記状態で怪しい謎日記を書き綴っていた天沢の頭頂部に、樋渡と桜宮からのピコピコハンマーがダブルで炸裂。更に樋渡は、未だ朦朧とした(少し叩き過ぎたのかも)天沢の口の中に、コーヒーを注ぎ込み、追加で目覚ましキャンディをポイポイと放り込む。
そう、寝かせるわけにはいかないのだ。
今日は合宿最後の夜。宿題は未だ終わらない。
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そして。
全てが終わった依頼最終日。
「はい、どうぞ。皆さん、目覚まし代わりに、温かいココアはいかがですか?」
大上が一人一人の机を回り、紙コップ入りのココアを配って回る。
例のグラサンマスクの男に『ブツ』を引き渡すタイムリミットまで、残り十分と言ったところだろうか。皆が仕上げた宿題は、既に森ノ宮と月臣の二人の手によって、受け渡し場所の屋上まで搬送中だ。タイミングはギリギリだが、オーラを輝かせ、アウルだだ漏れの勢いで駆けて行ったあの二人の勢いなら、何とか締切に間に合う事だろう。
「はい、姫乃ちゃん、ココアです」
「あら、ありがと♪」
それにしても、教室はひどい有様だ。机には紙コップや紙皿がうず高く積まれ、流しにはまだ洗っていない鍋が幾つも転がっている。最後の二日間は、布団も敷きっぱなしで宿題に励んだものだった。既に糸魚がゴミの回収を始めているが、本格的な清掃は森ノ宮らが帰ってきた後の事になるだろう。
「大上さん、私にもココア、頂けないかしら?」
「勿論、喜んで。有栖ちゃんのピコピコハンマーも大活躍でしたね♪」
大上のココアを受け取りながら、桜宮はにっこり笑顔。
実際のところ彼女のピコピコハンマーは、大活躍なんて穏当な言い回しでは、ちょっと適当でない程の活躍っぷりを見せていた。彼女の微笑から繰り出される、雷の如きピコハンの閃きがなかったら、あるいは間に合わなかったかも知れない。
「あら? 沙耶ちゃんと紗莉奈ちゃんの二人は何処に行ったのかしら」
「……ここに、二人、揃ってますよ……。でも、しー……」
口元に指を当てた糸魚の視線の先を、大上と光藤、桜宮の三人が覗き込む。
皆の口元に、思わず笑みが溢れ出た。
本当は大きな声で笑いたいのだけど、そこはぐっと我慢。
宿題が仕上がった事に安堵したのだろう。布団の上で手を繋ぎ、ぐっすり寝こける青い頭二つ。
樋渡沙耶と天沢紗莉奈の、いとも無防備な寝姿。