夢と希望に燃え、神々廻寮の表門をくぐった七名の新入寮生達。
だが、そんな彼らを待ち受けていたのは、全身艶やか真っ白、箸と茶碗で白米を掻っ込み、人の荷物を探り散らす謎の鳥人間だった! どうでもいいけど、「鳥人間」って時点で、そいつ鳥でも人間でもないよね! そう、彼らは天魔バードマン! ご丁寧に、男子棟と女子棟、双方の新寮生の部屋に一体ずつ出現したというのだから、こいつらを何とかしなきゃあ、新寮生達は自分の部屋に入る事すら出来ないって寸法だ。
そもそも、こいつらは一体何故ここにいるのか?
何が目的なのだろうか?
探し物をしているのだとしたら、それは一体何なのだ!?
● へ( ゜ ∋ ゜)へ < ガツガツ
男子棟百十四号室の、居間。
梅ヶ枝 寿(
ja2303)はそこで丸い卓袱台を囲みながら、激しく頭を悩ませていた。
同室の先輩寮生がいないのは、まあいい。
同室の同期入寮生が来ていないのも、まあいい。
だが。
(何で俺は、新しく入った寮の部屋で、女の子達と一緒に鳥が飯を食ってるのを見守ってるんだ?)
いや、女の子が部屋にいる理由については判っている。
女子達、即ち卓袱台を囲んで彼の隣りに座る氷雨 静(
ja4221)と要 忍(
ja7795)の二人は同じ新寮生のよしみで、一人で男子棟のバードマンと対決するハメに陥った梅ヶ枝の為に、わざわざ女子棟から応援に来てくれたのだ。有難い話ではないか。
問題は、何故飯を食ってるのを見守らなければいけないのか、という事だ。
「ふっふっふ。想定通りだよ。白米には生卵! これで鳥の白米ペースが上がる事は間違いないよね〜」
不敵な笑みを浮かべながら、したり顔で鳥がご飯を食べるのを待つ要。
こんな怪しい奴の食ってるご飯に、取り敢えず横から生卵を落としてみるというのも相当チャレンジングな行動ではあるが、幸いバードマンは暴れたりする事もなく、大人しく卵を受け入れた。実際にご飯が進むらしく、バードマンの食事はそろそろ終りを迎える様子である。
そう、飯が終わる!
新寮生達の差し当たっての戦略は、平和裏に相手がご飯を食べ終わるのを見計らった後、まずは意思の疎通を試してみようというものだった。なんでも、女子棟側に出たというバードマンは、しきりに何かを探している様子だったという。それなら、きっとこちらに出たバードマンだってやはり何かを探しているのだろう。それが何でもないような物なら、さっさと渡してお帰り願うという手だって無くはない。
その為にも、まずはバードマンに飯を食い終わって貰い、落ち着いた後に、改めてこちらに注意を向けて貰う必要があるという訳だ。
その、後少しでバードマンが飯を食い終わるという時、コンコンとノックの音とともに、二つある寝室の扉の片方を引き開けて、魔法少女姿の猫野・宮子(
ja0024)が遠慮がちに顔を出す。
「あの、寿さんにゃ? 着替え終わったんだけど、実は、ちょっと部屋の様子を見て欲しいんにゃ……」
彼女のその言い難そうな様子に、梅ヶ枝は嫌な予感がした。
魔法少女姿に着替えたいという猫野に、どうせまだ引越し荷物のダンボールが積んでいるだけだからと、特に部屋の中を確かめもせずに寝室を案内したのだが……
梅ヶ枝はバードマンを刺激しないよう、壁に張り付くようにして忍び足。
手招きをする猫野に続いて、自分の部屋に滑り入る。
「……ボクが部屋の中に入った時には、実はもうこの有様だったのにゃ。あのバードマンがやったんだと思うんにゃけど……」
「ノォー、ノォオオォォ―――ッッ!!!」
部屋の中で梅ヶ枝は両手で顔を包み、ひたすらに否定の言葉を絶叫する。
もしかしたらそうなってるんじゃないかと思っていた。
だからって、ここまで丁寧にやるのはひどいじゃあないか?
梅ヶ枝が初めて入った、自分の寝室。
そこには事前に送付していた、彼の引越し荷物が束になって置かれていた。
床の上に。ひっくり返して、ぶちまけて! タンスの中身は勿論、ペンケースの中のシャーシン入れの中まで、余さず残さずオール開封。泥棒どころか、まるで嵐にでも遭遇したかのような有様だった。
梅ヶ枝は思う。
捜し物がなんだか知らねーけど、シャーシン入れの中に隠れてると思った、なんて言い訳されても俺は信じねーぞ!
● へ( ゜ ∋ ゜)へ < フッ
男子棟で梅ヶ枝が悲痛の叫び声を上げた、丁度その頃。
女子棟二百十八号室に置いても、男子棟とさして変わらぬ光景が繰り広げられようとしていた。
つまりは、バードマンによる家探しだ。
「あ」
細く開いたドアの隙間から部屋を覗き込んでいたアーレイ・バーグ(
ja0276)が、小さく声を上げた。
居間の周囲に積まれた段ボール箱を無遠慮に開けたバードマンが、箱の中から大きなブラを引っ張りだした。バードマンは、そのスイカを持ち運ぶのに便利そうな巨大なブラをしばらく眺めていたが、やがて鼻で笑って放り捨てる。
「うっ」
アーレイの上から、やはり部屋を覗き込んでいた沙耶(
ja0630)が苦鳴を漏らす。
隣のダンボールを開けたバードマンが、箱の中からこれまた大きなブラを取り出した。先程のスイカ入れ程ではないにしても、こちらも十分、メロンが入る。バードマンはウンウンと頷くと、そのメロン入れを胸に巻き(このバードマンは男子棟の個体と違って女型だ)、再び荷物漁りを続行する。
「ゆゆゆ、許せません! 人の荷物をぶっ散らかすなんて言語道断! 断固として居住権を確保するのです!」
「……アーレイさん、奇遇ですね。私も今丁度、正義の怒りが湧いてきたところですよ」
スイカとメロン……もとい、アーレイと沙耶の二人は、廊下で固く手を握り合う。二人の燃え上がる怒りのアウルは、神々廻寮のおんぼろ廊下を眩く照らし出す程だ。
「フ、フタリとも、チョットおちついた方ガイイと思うンダナ。アウルが大変な事にナッてるゾ?!」
「ミーナさんのお部屋はお隣だから、そういう悠長な態度でいられるんです!」
「アーレイさん、部屋だけは荒らさないようにしましょう」
ミーナ テルミット(
ja4760)は慌てて二人をなだめに掛かるが、正義の怒りと居住権の行使、更には乙女の荷物を荒らされた恨みに燃えるアーレイと沙耶に、そんな穏当な意見を聞き入れる余裕などは最早ない。
二人は躊躇せずに二百十八号室の扉を蹴っ飛ばし、部屋の中に雪崩込む!
● へ( ゜ ∋ ゜)へ < YES、NO
一方の男子部屋百十四号室。
女子棟のアーレイらと同様、荷物をひっくり返された梅ヶ枝は大いに気分を害したものの、その後、何とか食事後の会話へ平和裏に移行する事に成功していた。
「えーっと、日本語判ります? 一体何をお探しですか?」
氷雨の言葉に、茶碗を置いたバードマンがグルンと顔を向けて、一つ大きく頷いてみせる。
顔、というかくちばしが長いので、左右に振り向く度に風が起こる。怖い。
「一体何を探してるにゃー? ご飯はさっき食べてたし、別に食料じゃないにゃよね?」
続く猫野の言葉に、バードマンが再びグルンと顔を回す。が、何故か猫野の方へはクチバシをガチガチと鳴らして威嚇の構え。
ガカッ! ガカッ! ガカッ!
「な、なんにゃ?!」
「……もしかして、猫さんが嫌いなんじゃないですか? ……鳥だけに」
「がーん! 思わぬ盲点にゃ……」
わざわざ寝室で着替えてきてまで用意した、自慢の猫耳魔法少女ルックに駄目出しされた猫野はショックを隠し切れない。彼女がスゴスゴと部屋の隅に引き下がると、居間の卓袱台を囲んでいるのは、要と氷雨、そしてバードマンの三人(?)だけ。いざとなったら寝室のベランダから鳥を叩き出すつもりの梅ヶ枝は、居間と寝室の端境に立ってバードマンの様子を監視する。
「幾つか質問をしてみたところ、どうやらバードマンは喋る事は出来ないものの、こちらの質問の意図は伝わっているみたいですね。これならアレが使えるかも知れません」
「静ちゃん、アレって?」と梅ヶ枝。
「ご存知ありません? 『二十の質問』というゲーム。はい、いいえで答えられる幾つかの質問して、その結果から相手が何を思い浮かべているかを当てるってゲームなんですけど、最近はネットのサイトで、それをズバリ当てる人工知能とかも公開されてるんですよ」
「ははぁ。つまり、その質問ゲームをすれば、相手の探し物がズバリ分かるってわけなんだね?」
「理屈としてはそういう事です、要さん」
氷雨の説明によると、何でもそのサイトの人工知能は、「吸血鬼」「お箸」「カメラ」みたいな単語でも、自由自在に推論して当ててくるのだという。聞いただけだと凄い大発明のようにも思えるが、今では似た物が子供向け玩具として普通に売られていると言うのだから、世の中意外に油断が出来ない。
さあ、飯を食い終わったバードマンが、いつまでこうして大人しくしているのかどうかは分からない。自前のスマートフォンを取り出した氷雨は、件のサイトを表示し、早速バードマンに一連の質問を重ねていく。
「貴方が探しているものは、それはご飯を食べますか?」
ガチ。クチバシを鳴らす、YES。
「それは尻尾がありますか?」
ガチガチ。クチバシを二度鳴らす、NO。
「森の中で見かける事がありますか?」
ガチガチ
「それは手の平に載りますか?」
ガチガチ
「それは白いですか?」
ガチ
「それは音楽を演奏しますか?」
ガチガチ
「……すごい、何か、割と通じ合ってる気がするのにゃ!」
猫野の感嘆の言葉に、梅ヶ枝や要も思わず頷く。
初めはバードマンの事を、意思の疎通どころか、人食い異次元宇宙生物くらいに思っていたが、こうして大人しく受け答えしているところだけを見るなら、満更分かり合えない訳ではないような気がしてくるから不思議なものだ。鳥人間だけど。
だが、どうやら事態は平穏なままではいられないらしい。
氷雨が七つ目の質問をしようと口を開こうとした瞬間、突然バードマンがハッと顔を上げ、首をグルグルと振り回したかと思うと、やおら廊下目掛けて走りだす!
「な、何なのにゃ?!」
「何かはわからないけどさっ……」
両手を翼のように羽ばたかせ、バタバタと廊下を走り出したバードマンを追って、梅ヶ枝も神々廻の廊下を走りだす。
「放っておく訳にはいかねーよな!」
● ε≡≡≡≡へ( ゜ ∋ ゜)へ
「はっはー! どーです、あーれいあっぱーの味は!?」
右腕を天に突き上げた姿勢のアーレイの背後で、ブラを付けたままのバードマンが宇宙を渡る星屑とともに、回転しながら宙天の彼方へと吹き飛ばされる!(いや、室内だけど) 再び居間に落ちてきたバードマンは足腰がふらふらのまま、朦朧として視点も定まらぬ。そんなバードマンに、チャンスとばかりに、ショットガン片手の沙耶とショートソードを握ったミーナが左右から弾丸と剣撃を叩きこむ。
クキャオォォ―――スッッ!!!
バードマンが叫び声を上げた。怪鳥のような叫び声という言葉があるが、まさにそれ。
両腕を体の両サイドでゆっくりと羽ばたかせ、バードマンは先頭に立つミーナと睨み合う。寮室としてみれば広い方だと言える神々廻のこの部屋も、戦いの舞台としては手狭に過ぎる。ガチガチと嘴を鳴らして威嚇するバードマンと、盾を構え、一歩も背後へ攻撃を逸らさぬ覚悟のミーナとの間には、僅か一メートルの距離しか存在しない。
「ミーナはアーレイとサヤを守るゾ! 二人は今のウチに攻撃ヲ頼ム!」
「助かります、ミーナさん」
「まだまだ行きますよー、あーれいあっぱー、乱れ撃ちです!」
得物がショットガンの都合上、室内で沙耶が無闇矢鱈に乱射する訳にはいかないが、その分アーレイの放つ「あーれいあっぱー」の働きは特筆モノ。実の所、単なるダアトのマジックスクリューでしかないのだが(派手なエフェクトの出処は謎だ)、相手を朦朧状態に陥れる付加効果の威力は絶大。このままでは、ブラを付けたバードマンは哀れ、三人の女性陣達の手によって撃滅される運命は避けがたいものだと思われた。
だがしかし。
其の時、女子棟二百十八号室のドアを蹴破って部屋に乱入した者が一人!
それは何を隠そう、男子棟からここまで遥々走ってきたバードマン!!
● ヾ(*゜ ∋ ゜)(゜ ∈ ゜*)へ <ハァハァハァ
ガチガツ ガチガチ
ハギハギ ガチガッツ ハギギギ〜〜〜
「……あの、ボク、思うんにゃけど……」
二百十八号室前の廊下で、男子棟からバードマンの後を追いかけてきた猫野は、部屋の中の様子を覗き見ながらポツリと漏らす。
「あれって、バードマン達のキス……なんじゃにゃかろうか……」
ハァハァと荒い息を漏らしながら、バードマン達は互いで互いを挟み込むような塩梅で、激しくクチバシを絡ませ合う。さあ、もっと想像しろ。ガチガチ。
「むむ〜、そういう目で見るとなんかエロいかもね〜、心眼的に」
「食う寝るえっちを確保できないと生きていけないのは、天魔も同じなのかも知れませんねぇ」
要やアーレイなどは、かぶり付きの最前線で鑑賞中だ。生々しさの感じられない陶器のような白い肌が、微妙にエロい。かも。心眼的に。
「あ、私、解りました! バードマンの探していたもの。ほら、白くてご飯を食べて手の平に載らないって。アレは多分この、もう一体の方のバードマンの事を指していたのでは?」
ポンと氷雨が手を叩く。
「デ、コチラの鳥ニンゲンの叫び声にツラレテ、ココまで走って来チャッタというワケなのカ?」
「そうみたいだねー? ところで……」
ミーナの質問に答えながら、梅ヶ枝は眼前の、興味深いと言えなくもない光景を見下ろした。
「……この熱いベーゼはいつまで続くんだよ?」
ハギハギ ガチガツ
ハァハァハァハァハァ―――
「人の部屋で、ガチガチハギハギ、何時までやっているのですかっっ! 貴方達も、いつまでもこんなの見入っているんじゃありませんっ!!!
何時まで続くもクソもない。
沙耶の怒りのショットガンが、二体の天魔を蜂の巣に変える!!
● Σ⌒Y⌒Y⌒⊂( 。 ∋ 。)⊂( 。 ∋ 。) <ガッ
沙耶の容赦のない攻撃に、二体のバードマン達は穴だらけになって逃げ出した。まだまだ元気なようだったから、また別の場所で続きを行なっているに違いない。
そして、その日の晩の入寮歓迎会。
「今年の新入りは一味違う!」という悪名を早くも轟かしてしまった七名の新寮生達であるが、流石に山盛りで出された鶏唐とフライドチキンの鳥尽くしには、鳥肉が大好きだというミーナ一人を除いて苦い顔。いや、何か白い柔肌が脳裏にチラついて……。
そうそう、最後に一つだけ。
沙耶のブラは、結局バードマンに持ち逃げされて、返っては来なかった。
騒がしい食堂での歓迎会を離れ、神々廻の中庭で歌を口ずさむ、沙耶は一人何をぞ想ふ―――
「次に見かけたら、唐揚げにしてやりますとも」