「何故奴らを逮捕できないのだ!? 容疑は凶器準備集合罪。実際、このビラで十分容疑は立件出来るだろう?」
新田原 護(
ja0410)が音を立てて二枚のビラを机に叩き付けると、机に座っていた幹部委員は不愉快そうに眉をしかめながら、最前からの口上を繰り返す。
「何故なら、お前達は風紀委員ではないからだ。部外者にそんな権限は委譲出来ないし、そしてこの件に割ける人員も、目下我が風紀委員会には存在しない。分かったか? 分かったなら、これ持ってさっさと部屋を出ていってくれんか」
「―――あ、新田原さん、お疲れ様です。首尾の方は……」
ビラを片手に、足音高く、憤然と委員会室から出てきた新田原の様子に、廊下で彼を待っていた戸次 隆道(
ja0550)は直ぐに事情を察して声のトーンを落とす。
「……上手く行かなかったようですね」
「全く、風紀委員会の石頭共め。役人根性は人類最大の悪癖だな!」
怒りの余韻を漂わせ、ズカズカと校舎の廊下を進んでいく新田原。彼の後について歩きながら、戸次は穏やかに声を掛ける。
「まあ次善の策としての交渉材料が一つ減っただけだと思いましょう。他の、皆の動き次第でもありますから」
「む。そうだな。時間もまだある。石頭の事は忘れよう」
新田原は、掴んでいた二枚のビラに視線を落とす。
ビラにはそれぞれ『伝説の真実探求部』『緑の革命党』の太い題字の元、よく似たレイアウトで「毎年恒例、春のお花見開催決定! 桜を見ながら、クラブ理念に親しもう!」との文言が踊っていた。期日はどちらも二日後。彼らのクラブ理念への親しみ方とやらが、ビラに描かれた桜のイラスト程にも和やかなものであれば、こうして新田原を始め、八名の撃退士が走り回る事もないのだが。
「わざわざ花見の席で、二つのクラブが激突か。……全く、撃退士という輩は、何をするにも大騒ぎしなきゃあ気が済まんのだから、厄介なものだ」
「本当ですねぇ」
●
「あの、十四本桜の花見に参加したいんですけど……」
そう言って、ビラを片手に単身伝真部の扉を叩いた小柴 春夜(
ja7470)は、部長以下四名の部員達から熱烈な歓迎を受けた。花見だけではなく、彼が初めから入部するつもりで来たという事を知ると、その歓迎ぶりはさらに熱を帯びる。
「いや、よく来てくれたね。真実を愛する同胞はいつでも大歓迎だよ」
部長を名乗る眼鏡の男が、小柴に手ずから紅茶の入ったカップを差し出してくれる。
「あの、それでなんですけど、ここってどんな部活をしてるんですか?」
「真実の探求だ!」
小柴の質問に、部長は大仰な身振りで答えを返す。
「小柴君と言ったか。君は真夜中に、鏡の中自分とジャンケンをすると勝ってしまうという都市伝説を知っているかな? もしかしたら、尿に反応して赤く発色する薬品の混ざった市営プール、という話なら知っているかもしれないな。
下らない、馬鹿らしい。
だからこそ誰も確かめない噂話に対して、我々が、自らの手で真実を明らかにするのだ! ジャンケンをするなら何千回でもしよう。勿論小便だってしてみせる! それが我が部『伝説の真実探求部』の行動理念なのだ!」
部長の演説に、部員達は拍手喝采。
小柴も一瞬、部長の語る崇高な理念に騙されかけるが、よくよく考えると、真夜中に鏡相手に必死にジャンケンを繰り返すクラブというのは果たして如何なものか……
首を捻る小柴に、部長は再び大仰なポーズで語りかける。
「小柴君、そして君は運がいい。我が部に入部早々、真実を一つ、その目で確かめる事が出来るのだから。次の花見のネタは『美しく咲く桜の根本には死体が埋まっている』という、あの有名な都市伝説で決まりだ。掘るぞ、掘りまくるぞ! 小柴君、そして他の皆も今から楽しみにしておきたまえ!」
わっはっは!
上機嫌で高笑う眼鏡部長。
その部長の横から、部員の一人が小柴に一本のショートスピアを差し出してくる。
「……あの、これなんです?」
「武器だよ、武器。見たところ、お前は武器を持ってないようだからな。緑革党が攻めてきたら、お前にも頑張って貰うからそのつもりでいろよ」
●
一方その頃、こちらは緑革党の活動拠点である、旧校舎の空き教室。
小柴と同様、体験入部志願者として緑革党に接触した〆垣 侘助(
ja4323)は、やはり熱烈な歓迎を受けていた。
「いいぞいいぞ、お前は見所がある。家が庭師で、植物以外はカス扱いという根性もウチ向きだ。花見を前に、こうしてビッグルーキーが入ってくれたのは実に縁起がいい。伝真部のウラナリどもめ、今から花見の日が待ち遠しいぞ!」
がっはっは!
代表と呼ばれる大柄な男は、上機嫌で〆垣に熱い緑茶を勧め、彼の前に茶菓子を山盛りに盛りつける。だが、〆垣はニコリともせずに緑茶だけを飲み干すと、ご機嫌な代表に対してピタリと人差し指を突き付けた。
「……それだ。その花見に関して、俺は一言、お前達に言っておくべき事がある。桜の根元を掘り起こそうとする奴らを撃退する、と言うのはいい。だがお前達は現行犯の現場を強襲すると言った必然、桜並木のど真ん中で暴れ回るつもりでいるな? そんな事をすれば、繊細な樹木にどれだけのダメージが行く事か!
いいか、言っておくぞ。植物の近くで暴れるのは、俺が許さん!」
「貴様っ!」
「我らの活動を否定するつもりか!?」
これは、体験入部に来た者の言葉としては、随分不遜な物言いであろう。
周囲の部員達も歓待一転、殺気立って声を荒げる。
「まて、お前達!」
だが、代表が〆垣に詰め寄ろうとした部員達を止めた。
「〆垣よ、お前のいう言葉は尤もだ。そうだ! 現行犯で、などとヌルい言い訳は必要ないのだ。真に自然を愛する者ならば、相手が自然を害する可能性が生まれた時点で、即座に天誅を下してこそ当たり前!
それでは闘争で桜に害を及ぼさぬよう、早速今から奴らの部室にカチコミを……」
「待て待て。誰がそんな事を言っている……!」
武器を片手に、突然意気を上げ始めた緑革党の面々を再び落ち着かせるまでに、〆垣はその日一日を費やした。
●
「え〜い、全く。度し難きはフリークス! 少しはこっちの苦労も察しなさい、よーっ!」
よー、よー、よー。
伝真部と緑革党、両部に潜入……というか、普通に入部しに行った小柴と〆垣の二人の報告を受け、雀原 麦子(
ja1553)は頭を抱えて依頼斡旋所内で借りた机に突っ伏した。
彼女の横では下妻笹緒(
ja0544)を始め、鴉乃宮 歌音(
ja0427)、鳳 静矢(
ja3856)らの三人も、其々にパソコンや電話に向かって調べ物の真っ最中である。
両部の抗争の未然防止、仲介を依頼された撃退士達の本命の作戦は、雀原の「美しい桜さえあれば、現場が十四本桜通りである必要性はないわけでしょ?」という、その言葉に集約される。
要するに、そこに生えている桜をどうにかしようとするから摩擦が起こるのである。植え替え予定の桜を見つけて来て、桜を植え替えるついでに根本を確認すれば、無駄に地面を掘る必要もない。両部双方丸く収まって、仲良く花見も出来るという寸法だ。
「……とは言え、思ったよりも見当たらないものだな」
「確かに」
お気に入りの紅茶を飲みながら鴉乃宮が溜息をつくと、鳳もその言葉に同意する。
一見簡単に思えた探し物であったが、『美しい桜』という一条件が思いの外、探し物の難度を上げていた。
鉢植えから植え替えたような若木では、伝真部が納得しないのは目に見えている。しかし多少なりとも見栄えのする桜の木を、よりにもよって花見真っ盛りの時期に植え替える需要は多くない。
「私の方でも、新聞部の友人達を中心に心当たりを訪ねてみたのだが、今のところ、これといった情報には行き当たらないな」
長身のパンダ、もとい下妻が携帯電話を仕舞いながら雀原の隣に腰掛けると、雀原はそのパンダのもふもふ感を楽しみつつも(セクハラ)、ネットで見つけた心当たりのメモを矯めつ眇めつ。
「笹緒ちゃんの情報網でも直ぐには無理なのね(もふもふ)。こうなったら、明日は今日聞いた話を元に、久遠ヶ原中を自転車ででも実際に回って見るしかないわね!」
もふもふ。
●
翌日も撃退士達は十四本桜の代わりとなる、植え替え予定の桜を求めてネットを探索し、または自転車で久遠ヶ原中を走り回ったが、結局、植え替え桜の探索は空振りに終わる。
こうなったら明日、実際に両部首脳を交えて交渉に当ってみるしかないと腹を括り、撃退士一行は各々の住まう学生寮へと引き上げていった。
―――折しもその日の晩。
午前中から強く吹き続けていた風は、夕刻から夜半に掛けて更にその激しさを増した。
所謂「爆弾低気圧」と呼ばれるその度外れた春の嵐は、日本全土を足早に駆け抜けつつ、列島各地に強い暴風による爪痕を刻み込んだ。それは、ここ久遠ヶ原においても例外ではなく……
そうして三日目、花見当日の日が昇る。
●
「それでは、先に久遠桜の見張りに行って来る。何かあったら連絡を入れるが、貴様らも準備が済み次第なるべく早めに来るようにな」
当日、撃退士達は早朝に一旦集合。そこから朝七時に久遠桜ヘ向けて先発した新田原を皮切りに、小柴、〆垣の二人も其々の部活に顔を出しに行く。開催予定日時は午後一時だが、伝真部が馬鹿正直にその予定を守る保証はない。何かの時には小柴達から連絡が入る手筈ではあるが、残りの五人も、早めに準備を進めておくに越した事はなかった。
雀原の携帯が鳴ったのは、そんな時の事。
見覚えのある電話番号からの着信に、雀原は直ぐに携帯に出る。
「はい、え? 昨日の大風で、裏の桜が一本折れた? ……うん、わかった、ありがと、私も直ぐ行くわね」
ピッ。電話を切るなり、雀原は準備中の荷物を放り出して走り出した。
部屋から出る途中で彼女は一度足を止めると、もの問い顔の仲間達に向けて、声を弾ませて先程の電話の内容を説明する。
「今の電話、桜の当てが出来たかもって連絡だったのよ♪ 私、行って見てくるわね!」
ようやく見つけた桜の当てだ、これを逃す手はない!
●
十四本桜通りは、その名の通り片側七本ずつの桜が、それぞれ間隔を空けて植えられた並木通りである。
植えられた木はどれも立派な大木で、中でも一際大きな桜、通称「久遠桜」周辺には、昼も前から既に数組の花見客が場所取りに励んでいた。
その中に交じり、ブルーシートを広げて場所取りをしていた新田原は、近付いて来た気配にムクリと身を起こす。
「来たようだな……」
右からは眼鏡の男を先頭に、小柴以下四名の男達を引き連れた集団が。
左からは大柄な厳つい男を先頭に、〆垣以下六名の男達を引き連れた集団が、其々同時に、同じタイミングで久遠桜に向かって歩いてくる。伝真部と緑革党、両者共に険悪な雰囲気を隠そうともしない。久遠桜前で顔を突き合わせた両部首脳が口を開こうとした瞬間、新田原が口を差し挟む。
「おっと、両名とも、喋り出す前にまずはこちらの通達を聞いて貰おう。そうだ、これは風紀委員会からの通達だ。一般人が多数訪れているこの場所で、撃退士同士が抗争を起こすのは認められん。もし抗争を起こせば、お前さん達は凶器準備集合罪と暴行罪で手配される事になるだろう」
滔々と喋る新田原。手配云々はハッタリだが、今回の依頼が風紀委員会から出されている以上、その意向が絡んでいないわけではないのは事実である。
だが、頭の煮えたフリーク達には『風紀委員会』のお題目も届かない。
「勿論、抗争などしませんとも。我らは花見に来ただけの事。どうぞ、風紀委員会はお帰り下さい」
「そうだ! 突然顔出して、何を抜かすか。引っ込め木っ端役人め!」
部長と代表、更にはその背後の部員達から一斉に上がるブーイングに、周囲の花見客の何事かという視線が集まった。
「むむっ!」
「新田原君、ここは私が引き受けよう」
代わって久遠桜の背後から顔を出したのは下妻パンダ。
彼はブーイングを上げる部員達へ語りかける。
「桜並木の下を掘り返したい伝真部と、それを阻止するつもりの緑革党。両部譲らず、今しも激突する寸前である事は把握している。よって、私は提案したい。
伝真部! どうせ掘るのであればここぞという一箇所に絞れ。闇雲に掘り進めて、仮に死体に行き当たったからといって、それで伝説の裏付け足りえるのか? 伝説というのは運試しじゃない、むしろ極小の可能性から生まれるからこその伝説なのだ。よって、最も有名な久遠桜の下のみを掘る事を推奨したい。
緑革党! お前達は一箇所だけに限って掘らせてやれ。無知だからこそ誤解が起こる。実際に党立会いの元で桜の木の下を見せてやればいい。植物に対する理解も深まるし、何より無秩序に掘り進めるのが如何に桜に悪いか知るきっかけにもなろう」
下妻の提案に対し、伝真部からは割合に好意的な反応が返って来る一方、緑革党は大反対! むしろ久遠桜を掘り返すのが一番タチが悪いと息を巻く。小柴、〆垣も間に入って仲裁をするが、両部は徐々にヒートアップ。不穏な空気を感じ取った一般市民達が遠巻きに見守る中、売り言葉に買い言葉。最早これまで、血で血を洗う抗争の始まりか? と撃退士達が腹を括ったその瞬間、桜通りに響き渡るは雀原嬢のちょっと待ったコール!
「ちょっとまったー! 要は久遠桜並みの綺麗な桜で、尚且つ掘っても問題のない桜ならいいんでしょ? それならこれよ、条件ばっちり、さあ拝みなさい! 皆で今からこの桜を見に行くわよ!」
息せき切って駆けつけた、彼女の手に握られた携帯電話。
その画面に映る一枚の写真。
それは昨晩の大風で、根本から豪快に倒壊した桜の大木の姿であった。
●
「どうぞ、皆様こちらへ。飲み物につまみもありますよ」
「お酒以外に、美味しい緑茶も用意しているぞ♪ 久遠ヶ原学園学食特製お花見スイーツセットも如何かな?」
戸次と鴉乃宮が、愛想よく伝真部と緑革党の面々を出迎える。
そこは十四本桜通りからそれ程遠くない、久遠ヶ原内を流れる人工河川の河川敷。疎らに桜の植わった静かな一角で、総勢十八名の撃退士達が意外に仲良く、肩を組んで酒を飲み交わしていた。
最終的に、伝真部は倒壊した桜の大木一本を調べる事で妥協し、倒壊した桜の植え直しは緑革党が引き受ける事で話はまとまった。伝説の真偽さえ確かめられるのであれば、不要な抗争を行う必要もないわけである。際どいところであったが、撃退士達の目論見は何とか達成されたと言っていいだろう。
●
最後に一つ。
一体誰の悪戯か? 桜の根本の土の中から顔を出したのは、死体ではなく、何とクマのぬいぐるみ!
それからしばらくの間、久遠ヶ原学園の一部では、「綺麗に咲く桜の下には死体ではなくぬいぐるみが埋まっている」という都市伝説が根強く蔓延ることになる……