●鬼火の孤島
瀬戸内海に浮かぶ無人島に向かって、一隻のボートが進んでいた。
乗っているのは武器を手にした撃退士たちだ。
彼らの目的は、孤島に取り残された仲間と漁師の救助である。
「漁師さんも撃退士さんも、ご無事だといいのですけど……」
徐々に近づいてくる島の影を見ながら、4(◎ω◎*)4☆・久遠寺 渚(
jb0685)が不安げにささやく。一般人より体力があるとはいえ、撃退士も人間。無敵ではない。
同じようなケースで殉職した撃退士の数は枚挙に暇がない。
「鬼火、ね…ちょっと気になるなぁ」
泡沫の狭間、夜に舞う・来崎 麻夜(
jb0905)が首をかしげる。
残されている撃退士の安否も気になるが、不気味な噂も気になっていた。怪談や都市伝説が天魔の仕業だった、ということはよくある。実際にディアボロも出ているのだ、何か裏がありそうだ。
「島まであと少し、ですね」
撃退士・カノン(
jb2648)は、体を起こして島の方へと身を乗り出した。
今はしまわれているが、彼女の背には白い天使の羽がある。
カノンは先日の騒動の時に堕天し、学園に所属することとなった天使だ。
(撃退士という肩書を得て初の実戦になりますか)
冥魔には傷をつけられたこともあるが、あれは天界の理の元で戦った時のことだ。今さら蟠りなどはない。今は人界の理の元で、為すべきを為さねばならない。
彼女はぎゅっと拳を握りしめた。
「敵がこちらに気づいたみたいです」
優しき魔法使い・紅葉 公(
ja2931)がのんびりと報告した。
無人島の海岸線に赤黒いものが何十匹も蠢いている。よくよく目を凝らしてみると蟹のようだということがわかるが、それらの甲羅には人の顔のようなものが浮かび上がっていた。しかも、普通の顔ではない。皆一様に苦悶に顔が歪んでいる。
「うえぇ、かにさんが大量できもちわるい……やっぱり天魔はくずなの、ろくなことを考えないの」
肉球もふもふは正義・エルレーン・バルハザード(
ja0889)が隠すことなく顔をしかめた。その隣で一騎当千・雫(
ja1894)も頷く。
「蟹は好物ですが、さすがにこれは不気味ですね」
医業の蟹の大群は『気持ち悪い』の一言に尽きる。
「こんな見た目にも不気味なのは退治しちゃわないとよね」
能力者・フローラ・シュトリエ(
jb1440)の言葉に、仲間は皆同意する。
島まであと15メートルまで近づいたところで、退きの勇士・神凪 宗(
ja0435)が立ち上がった。
「目の前にしてみると、異様な蟹だ。……まぁ、やることは変わらない。まずは人間を救助するか」
撃退士たちは作戦行動を開始した。
●小屋へ届け
「いきますよっ!」
仲間に声をかけると、渚は護符を前方に放った。
海岸と船の間に横たわる海の上に、炎に彩られた陣が出現する。陣は、どんっと大きな音を立てて弾けた。
爆発に巻き込まれた蟹が一気に吹っ飛ぶ。
すぐに他の蟹が寄ってこようとしたが、渚は攻撃の手を緩めなかった。
陣は三回連続で炸裂し、船から海岸までの間の蟹がどんどんはじけ飛ぶ。
ダメ押しに、雫が剣を振り下ろしてアウルの力を放った。
船と海岸の間にいた蟹が一掃される。
「今です。行ってください!」
「わかった」
エルレーンと宗が船から飛び出した。
彼らはそのまま海の上を滑るようにして岸へと向かう。
蟹たちの何体かが、彼らを追おうとしたがその直前にカノンが船から飛び出した。
「こちらです! 来なさいっ」
翼をはためかせ、カノンが海の上を舞う。
蟹たちは彼女のまとうオーラに惹きつけられて集まってきた。がちがちと音を立てながら彼女に攻撃を加えようと必死に爪を伸ばす。
大きいとはいっても所詮は蟹。
カノンが少し高度をあげると、その爪は虚しく空を切った。
「今のうちに岸まで船をつけるよ」
フローラが舵をきった。蟹の群れを避けながら船は波をかき分ける。
砂浜に突っ込むようにして船は岸へと到着した。
「上陸成功……っと、先行隊はちゃんと小屋に着いたかなぁ?」
下船しながら麻夜が小屋を見る。そこでは、今まさに蟹をなぎ倒した宗が小屋の戸を開けようとしているところだった。
「だいじょうぶ?! たすけにきたよッ!」
エルレーンが声をかけると、奥から青年が顔をだした。その後ろに中年男性の姿も見える。
要救助者はふたりとも無事だったようだ。
「ありがとう……助かったよ」
とはいえ、怪我はあまり軽くないようだ。顔は笑ってはいるが、多々良千景 (jz0155)の腕は真っ赤に染まっている。
「怪我をしているようだから、少なくとも応急処置をしなくてはな。エルレーン殿、頼んだ」
小屋の周りの蟹に刀を向けて宗が言う。エルレーンは救急箱を取り出すと手当を始めた。
「けがしてる人がいる、っていうから……。私に傷をなおす力があれば、よかったのにね」
「そんなことないよ。応急処置があるだけでも全然違うから」
千景がぎこちなく笑う。
この程度の治療では、まだ彼は戦力になりそうになかった。
宗とエルレーンは彼らを小屋に残したまま、周囲の敵を殲滅することにする。
「それじゃあ、しばらく待っててね……あのじゃまなかにさんたちを、私たちがぜんぶぜんぶころしてあげるよッ!」
ふたりは勢いよく小屋から飛び出した。
●蟹を倒せ
岸に到着した後続部隊は若干苦戦していた。
敵の動きはあまり早くない。攻撃も爪だけだから単調なものだ。
しかしとにかく数が多い。
その上甲羅が硬いので、とどめを刺すのが面倒くさい。
「まだ20匹以上いるんじゃない? 数の暴力には注意しないとよね」
杖で蟹を殴りつけながら、フローラが言う。
上陸するときに渚の作った陣でふっ飛ばしたとはいえ、まだ蟹は何匹もいる。
あとどれくらいいるのか数えるのも面倒だ。
「このままでは先行部隊が孤立します」
心配げに雫が小屋を見る。最初はこちらに注意を引くことができたが、あちらにも徐々に蟹が集結しつつある。
「うまくいくか分かりませんが……多少の足止めにはなるはずです。皆さん離れてください。」 公が蟹たちに向かって手をかざした。
彼女の周囲からたちのぼった霧が蟹たちに向かって流れ込んだ。
霧に包まれた彼らは次々にその場に崩れ落ちる。
「成功、したみたいですね」
半数ほどの蟹が眠ったのを確認して、公がほっと息をはいた。
まだ残っている蟹もいるが、この程度のスキがあれば十分だ。
「どいて!」
フローラが氷の槍を出現させると、進路上の蟹をなぎ倒した。
間が塞が塞がれないうちに、彼らは先行部隊のいる小屋へと走る。
合流すると、渚は小屋の中に入っていった。陰陽師である彼女ならより効果的な治療ができるはずだ。ぐったりと壁によりかかっていた千景に手をかざす。
「お怪我、痛みますか? もう、大丈夫ですよ。これで撃退士さんも戦えるようになると、結構楽になりますけど……」
助けが来るまでの間、かなり出血していたのだろう。千景の顔色はまだ悪い。
「いえ、今までで体力の消費も激しそうですし、無理は言えませんよね……これから外の敵を殲滅するので、もう少し頑張ってください!」
そう言った瞬間、外からどかんと大きな破壊音が響いてきた。
「これから、っていうかもう殲滅完了しそうだね」
千景が腰をあげる。
外では、撃退士たちの反撃が始まっていた。
「ボクとしては敵が多いほうがやりやすいんだよねぇ」
麻夜がくすりと笑うと、その前方で大きな爆発がおきた。色とりどりの光を撒き散らしながら、蟹たちがふっとばされる。
「さて、ここからが正念場、と言う奴か。先ずは、蹴散らす」
「さあっ、どいつもこいつも、終わっちゃえッ!」
更に宗の炎と、エルレーンの雷が蟹をなぎ倒した。
爆風のあおりをうけて、眠っていた蟹たちも起きだしてきたがもう遅い。
広範囲に渡る容赦ない総攻撃によって、蟹はその数を減らしていった。
何匹かが海に逃げようとしたが、撃退士はそう甘くない。
既にカノンが上空から剣を持って追撃している。
無人島の海岸はすぐに元の静寂を取り戻した。
●残された疑問
「無事で何より、だねぇ」
ディアボロの全滅を確認し、小屋から出てきた千景と漁師を見て麻夜がほほえみかけた。
不幸な死者が出なくて何よりだ。
「ありがとう。死ぬかと思ったよ……」
千景がほっと息を吐く。
「これで任務完了、かな」
フローラが首をかしげる。かな、とついてしまうのは、今回の事件が単純のディアボロ発生事件ではないからだ。
「此れほどの数に周囲の人達が全く気付かなかったのは腑に落ちませんね……」
海岸を埋め尽くす、ディアボロの甲羅の欠片を見渡して雫が言う。
「森の中に鬼火、森から砂浜に……ゲートでもある?」
麻夜が森を見上げた。
小さな島とはいえ、その奥には廃屋がいくつもある。何か不穏な企みの拠点とするには悪くないように思えた。
「無駄足かも知れませんが、一応探索をして置きますか」
雫が森へと足を向けた。エルレーンがその後に続く。
「もしかしたら、変なものがあるのかな……でぃあぼろもいたし、ね」
「あ、待って、多分……もう悪魔はいないと思う」
彼らを呼び止めたのは千景だった。
今まさに森に入ろうとしていた彼らは振り返る。
「小屋に立てこもってたときに、外から声が聞こえたんだよ。最初は救助の仲間かと思ったんだけど、話してた内容からして、多分蟹を飼ってた悪魔だと思う」
どうも、その悪魔とやらはこの島で蟹を飼ってぐうたら寝ていたらしい。
適当に鬼火でも出しておけば、人間も近寄ってこない。いい昼寝場所だと思っていたところに、撃退士がやってきたのでかなり気分を概していたようだ。
「むかつく、殺す! とか言って小屋に近づいてきたから、どうしようかと思ってたんだけどね……君たちが来る直前に伝令が来たみたいでさ。そのままどこかに飛んでいったみたいだ」
「どこかって、どこに?」
宗が尋ねる。ここからいなくなってくれたのは嬉しいが、また日本のどこかに行くのなら戦う必要がある。
「今から長野かよ、かったりー! とか言ってたからねえ……多分、神器の争奪戦に駆り出されたんじゃないかな」
「ありそうな話ですね。彼らはあの槍のことを非常に気にしていました。他の地方からも戦力を集めているのでしょう」
カノンが頷く。
千景は、飛び去る直前に響いた声を思い返した。
『まあいっか、蟹の始末面倒くさかったし。撃退士にやらせときゃいいや』
しかも、後始末を押し付けられたようだ。
とはいえ、彼らにそんなことを伝えられても怒りが増すだけだろう。千景は、悪魔の捨て台詞を自分ひとりの胸におさめておくことにした。