●探索へ
郊外の山の中へと続く林道を、撃退士たちは歩いていた。
ほどよく人の手が入っているためか、林道とはいっても歩きづらさはない。この先に進めば事件の起こった栗林に到着するはずだ。
「栗林まで後少し、といったところだな」
事前に栗林の所有者からもらった地図を見て、咎犬を穿つ剣閃・クライシュ・アラフマン(
ja0515)が言う。同じように地図を見ていたスマートガード・仁良井 叶伊(
ja0618)が肩をすくめる。地図によると、現場一帯は栗の木ばかりのようだ。
「木を隠すには森の中……これが流行なんでしょうかね」
「……個人的にはもっと静かに散策したい場所だけど」
傘持ち・御影 蓮也(
ja0709)がぐるりと辺りを見回す。森は静かで、鳥が可愛らしくさえずっている。仕事さえなければ絶好のピクニック日和だ。
「最近きつ過ぎる依頼ばかりだったから、少し緩めを狙ってみたんだ。思った以上にのどかだな」
歴戦勇士・龍崎海(
ja0565)は歩きながらのびをする。彼はつい先日、依頼途中で死にかけたばかりだったりする。撃退士にもたまには休養が必要だ。
「地図をもらうついでにきいてみたんだけど、サーヴァントを倒したらついでに栗を拾ってもいいってさ」
蓮也が言うと、朧月・アイリス・L・橋場(
ja1078)が微笑んだ。
「……討伐が終わったら……栗ひろいなのです」
「……うん」
暴君の脚を断ちし鉄槌・橋場 アトリアーナ(
ja1403)もこくんと頷く。淡々とした受け答えだが、顔は少しほころんでいる。どうやら、彼女にとってはサーヴァント退治より栗ひろいのほうが重要なようだ。そして、戦闘が目的でない者がもう一人。
「ぶっちゃけサーヴァントとかどうでもいいわ……。栗食いてぇ。」
撃退士・冴牙 蒼士(
ja1278)はそう軽口を叩く。こらこら、と年長のメンバーがたしなめた。
「森が燃えないように注意しないと……。にしても、栗を投げてくる、って、何だかファンシーな敵だなぁ」
変態狩りの使徒・レグルス・グラウシード(
ja8064)が笑う。いがぐりを投げてくるモンスター。絵本にでも出てきそうな絵面である。
「しかも、音楽を聞くと踊りだすんだろ? 現場は今どんな様子なんだろうな」
海が苦笑する。天魔退治とは思えない風景が広がりそうだ。
「音楽といえば、そろそろプレイヤーにスイッチ入れるか」
蓮也が荷物から音楽プレイヤーとスピーカーを取り出した。レグルスもプレイヤーを取り出す。
せっかく、目印になる習性があるのだ。現場に入る前から踊らせておいて、見つけ次第倒してしまったほうが早い。
シャカシャカとノリのいい曲を響かせながら一行は栗林の中を覗いてみた。
「お、何か動いている。これなら大丈夫か……?」
しかし、中の様子を確認したレグルスは表情を曇らせた。
確かに、サーヴァントらしい木は曲にあわせるように枝を揺らしている。だが、栗を効率良く栽培するためだろうか、横いっぱいに広がった栗の枝が視界に干渉していて、距離感がつかみにくい。
「普通の木が結構邪魔だな。これは手分けしたほうがよさそうだ」
クライシュがそう言い、彼らは事前に打ち合わせた通り二手に別れた。
●踊る栗の木
海、蒼士、アイリス、蓮也の4人は栗林の東側から調査を始めた。
「……それ、何の曲ですか?」
アイリスが蓮也に問いかける。いい曲だが、メロディが何度もループしていて不思議な印象だ。
「ああこれ? 軽音部の友達に頼んでいれてもらったゲームのBGM」
「……残念……私の知っている曲はなさそうなのです」
アイリスにも唯一覚えているお気に入りの曲があったが、ゲーム曲メドレーには入ってないだろう。もともと、曲調は明るいものの、歌詞自体は物悲しいので、かえってサーヴァントを刺激してしまうおそれもあった。
「早速いたぞ!」
海が前方を指した。そこにわさわさとリズミカルに枝を揺らす2本の栗の木があった。栗の木は実に楽しそうに枝同士を繋いで、根っこでステップを踏んでいた。撃退士たちを見つけるやいなや、ソレらは同時にクィッと幹をひねってポージングする。
ファンシーを通り越して、実に腹のたつ光景である。
「……Eu ucide fara a de mila」
敵を前にして、アイリスが静かにささやいた。戦闘へと気持ちを切り替えて走りだす。海も武器を手にその後に続いた。
「俺の武器は槍だからなぁ。短めのスピアも用意しているけど、ここでは戦いにくいかもしれないな」
そう言いながらも、海は器用に木の枝をよけながら栗の木に迫る。
彼らに対抗するように、うねる栗の木から緑色の丸いものがいくつも射出された。
「このっ」
蒼士がマグナムを使って撃ち落とす。援護を受けながら疾走したアイリスと海が2本同時に武器を叩き込んだ。
バキッ、という音をたてて木片が飛び散る。
更に攻撃を加えようとした彼らに、栗の木の枝が襲いかかった。しかし、枝はその途中でばさばさと音を立てて地面に散らばる。蓮也の放った金属製の糸が枝を絡めとって切り落としたのだ。
「まずは枝から伐採していこうか。いい実をつけるには手入れが肝心だしさ」
「同感だ!」
海が槍を振るう。ばきばきと音を立てて太い枝が折られていく。ほぼ丸裸になってしまった栗の木の幹にアイリスが剣を叩きつけた。木の幹にほぼ水平に食い込んだ剣は、そのままの勢いで両断する。
「ふうっ……これで2体……って、危ない!」
敵の絶命を確認し、仲間を振り返った海が叫んだ。その視線の先、蓮也の背後からいくつものいがぐりが飛んでくる。
「痛えっ!」
最初の2体に気を取られていた間に、何体か近づいてきていたらしい。よく見ると他の木に紛れるようにして2本の木がゆれている。
「うねうねうねうね、キモイんだよ!」
蒼士の両手のマグナムが次々に火を吹いた。大口径の銃弾をうけて、木の枝が破裂するように折れる。
「ケケケ、そのまま蜂の巣になっちまいなァ!!」
銃弾を受けている状態では、栗の木もすぐにはいがぐりを発射できないらしい。飛び道具が封じられているうちに、アイリスと海が栗の木に近づく。手近な1体に同時に攻撃すると、為す術もなくサーヴァントは切り倒されてしまった。
「あ、逃げるな!」
蒼士が声をあげた。仲間を3体倒されて不利と判断したのか、最後の1体が逃げ出そうとしていた。
「逃さないよ!」
蓮也が蛍光色のボールを投げた。それらはサーヴァントに当たると破裂して、派手な色をぶちまける。
「色が付けば隠れられないだろ」
その言葉通り、蛍光色で印を付けられた栗の木は地味な林の中で一際目立っていた。
「そらよォ!ショウ・ダウンだぜェ!!」
移動に使っていた根っこを蒼士に撃ちぬかれて木が倒れる。そこへ、海の槍がとどめをさした。
「まずは、4体。B班に連絡しましょう」
そう言うとアイリスは仲間の番号をコールした。
●栗の木隠れの術?
一方、クライシュ、アトリアーナ、レグルス、叶伊の4人もサーヴァント探しを開始していた。
「とりあえず、思いつく限り入れてみました!」
笑顔でそう宣言するレグルスのプレイヤーからはひっきりなしに軽快な音楽が流れている。クラシック、ユーロビート、JーPOP、童謡などジャンルがとにかく広い。
「……あ、この歌……知ってる」
古い歌謡曲が流れると、アトリアーナが笑った。ゆったりした明るい曲調にあわせて可愛らしく鼻歌を歌う。
しかし、林に潜む敵は彼らに歌声を楽しむ時間を与えてはくれなかった。
曲にあわせて、がっさがっさと栗の木の枝がゆれている。
「いたな!」
クライシュと叶伊が武器を手に走りだした。相手は1体、早々に片付けるに限る。
飛んでくるいがぐりから彼らを守るため、レグルスが杖を構えた。アウルの力を凝縮させた魔弾がいがぐりを撃ち落とす。
「はあっ」
叶伊が渾身の力を込めて枝を薙いだ。いがぐりごと枝を落とされてサーヴァントがよろめく。そこへ、クライシュが剣を叩き込んだ。真横に切り裂くと、サーヴァントは根本から折れて地面に倒れた。
「よしっ! まずは1体……」
「……レグルス、危ない!」
アトリアーナが叫んだ時には遅かった。大きな枝に横から殴られて、レグルスが吹っ飛んだ。
「大丈夫……きゃぁっ!」
駆け寄ろうとしたアトリアーナにも、いがぐりが飛んでくる。盾でなんとか防いだが、まともに食らっていたらと思うとゾッとする。
「手助けを……って、こっちもか!」
クライシュと叶伊が同時にいがぐりを叩き落とした。それらはアトリアーナ達とはまた別の方角から射出されている。
どうやら、1体を倒している間に取り囲まれていたらしい。
普段なら敵の接近にすぐ気づいただろうが、見通しの悪い林の中で、しかも栗の木そっくりの敵では分が悪い。
「1……2……3体か」
叶伊が白い杖を構えながら、油断なくあたりを見回す。動いている木は3本。いずれも、撃退士から一定の距離をとり、他の木を盾にするように立っている。
「栗の木の間にいると……目がちらちらするな。あざといことを」
白い仮面の下で、クライシュが舌打ちする。奴らはいずれも飛び道具を持っている。不用意に各個撃破しようとしても、他の2体から一斉に攻撃をくらってしまうだろう。
攻撃を躊躇しているアトリアーナに、いがぐりが飛んできた。避けずに盾でいがぐりを受ける。
「……木に、あてるのは許さない」
しかも、いがぐりの斜線上に栗の木があった場合はかばわなくてはいけない。
そのとき、叶伊の無線機がコール音を発した。
「はい、こちらB班。……そうか、A班は4体倒したか。こちらは、3体に囲まれている。……応援頼む」
「……A班は、無事?」
「ああ。すぐ来ると言っていた。それまで防御していてもいいが……」
「乱戦になって見失うと困るし、包囲網は突破しておこうよ」
レグルスの言葉に、仲間たちは頷く。
「……じゃあ、あっちの1体を倒そう。その方角なら、A班が来たときにちょうど挟撃できるよ」
「サーヴァントへの突撃は叶伊、援護がレグルス、盾を持っている俺とアトリアーナが他の2体からの防御を受け持つってことでどうだ?」
「その作戦、乗った。行くぞ!」
言うが早いか、叶伊が走りだす。前方からの攻撃はレグルスが、後方からの攻撃はアトリアーナとクライシュが防ぐ。
細かいダメージは無視して、Vの字に幹を切り裂いた。彼らが突破網を振りきって振り返ると、2体のサーヴァントの更に先に別行動していた仲間の姿があった。
「おまたせっ!」
蒼士がサムズアップして笑いかける。今度はサーヴァントが8人の撃退士に囲まれる番だ。
一気に形勢を逆転させられたことに気がついたサーヴァントは、慌てて逃げ出そうとする。
そこへ、アイリスがカラーボールを投げつけた。
ぱっと広がった鮮やかな色彩によって、サーヴァントが周囲の景色から浮き上がる。
「……これなら、狙いやすい」
蛍光色めがけて、アトリアーナとアイリスが走る。残ったサーヴァントは息のあった2人のコンビネーションによって、あっという間に切り伏せられた。
●みんなで楽しい栗ひろい
「栗林に少し被害が出ましたね」
サーヴァントが全て討伐されたことを確認した後、叶伊が改めて辺りを見回した。できるだけ栗の木を傷つけないように戦ってはいたが、サーヴァント自身は周囲の被害に対して無頓着だ。彼らが暴れたせいでそこかしこに栗の木の枝が落ちている。
「まあ、枯れるほどではないから、大丈夫だろう」
「それでも少しかわいそうです。ついでですから、私は周辺を掃除することにします」
クライシュにそう言って、叶伊は枝を拾い始めた。
「終わったな。さて許可も下りてるし栗を拾って栗ごはんでも作ろうか」
依頼達成を見届けて、蓮也が笑った。彼はちゃっかり栗を持って帰るための袋も用意している。
「この依頼、受けてよかったよかったァ。」
ほくほく顔で、蒼士が栗を拾う。帰ったら、この栗をたっぷり使ってモンブランにしよう。彼はそう固く心に誓っている。
「……今までのは前座。……本番は、これから」
む、とアトリアーナが気合をいれる。栗は彼女の大好物だ。拾わないわけにはいかない。
一緒に栗を拾うアイリスが、ひとつ手にとって眉をよせる。
「……これ、サーヴァントのじゃないですよね……?」
「確かに、新しいサーバントとして生えてきたらやだなぁ」
海が栗を観察する。見たところ天魔の気配はないようだ。
「大丈夫みたいだな。栗ひろいを続けようか。……本当は、正当な対価を支払いたかったんだがな」
栗を拾いながら、海は釈然としない顔になる。
「まあいいじゃないですか。今回はご厚意に甘えましょうよ。後で拾った栗を庄三郎さんのお宅に届けようと思うのですが、一緒に持って行きませんか。ほら、結局お孫さんのために栗を持って帰れなかったわけでしょ?」
「そうだな。お礼の代わりに、労働力を提供するとしよう」
心配事がひとつ消えたためだろうか。海が栗を拾うスピードが早くなった。
「今夜は栗ごはんだ。レグルスは何にするつもりなんだ?」
「栗の甘露煮にしてもらうつもりです。ふふ、僕の彼女……料理がとっても上手なんですよ!」
嬉しそうにレグルスが笑う。仲間たちもつられて笑った。