●吊り橋のたもとで
山奥の村に続く細い吊り橋のたもとに、撃退士たちは姿をあらわした。
辺りをぐるりと見回して導きの陽花・ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が軽くため息をつく。
「なんとも迷惑な所に巣を作ってくれたものだね。きっちりと駆除しないと」
橋の中央には斡旋所の情報どおり鳥の巣があった。今も何羽かの鴉が巣でくつろいでいる。
守護司る魂の解放者・イアン・J・アルビス(
ja0084)もまた、顔をしかめた。こちらの不機嫌の理由は少し違う。
「また、面倒なところに出してくれましたね…や、狙ってるんでしょうけど」
橋は、人が落ちないよう、左右にワイヤーが渡してある。彼が得意としている大剣では取り回しが難しそうだ。
「……練習だと思って色々使いますか」
今回は剣の他にアサルトライフルも持参している。遠くから鴉を狙うなら、こちらの武器のほうが有効だろう。
「サーヴァントってのはどんなものかね。巣を作るとか、もしかして卵でも産むのか?」
サングラスをかけながら、撃退士・ミハイル・エッカート(
jb0544)が言う。日本の日差しは碧眼の彼には少しきついらしい。
「変なこと言ってたらすまん。何しろ初めてだからな。頼りにしてるぜ、先輩方」
「まかせてくださいっ。橋に巣を、急にってことですかねぇ。とりあえず、天魔は早急に駆除しないとですねっ」
廃墟の影に不思議は踊る・三善 千種(
jb0872)がどん、と胸を叩く。一回り以上年下の『先輩』の姿にミハイルは苦笑する。
「うーん、結構揺れるっすね」
橋に手をかけて、かるく揺すってみたみんなのウサたん・大谷 知夏(
ja0041)がつぶやく。距離がある割に細い吊り橋はちょっとした振動でも大きく揺れる。 この上で立ち回りをするには、かなりのバランス感覚が必要だろう。様子を見ていた撃退士・御守 陸(
ja6074)もこくんと頷く。
「スナイパーライフルで狙うメンバーは陸地にいたほうがよさそうですね。……あれ、黒百合先輩、何やってるんですか?」
陸が辺りの茂みに手をいれてごそごそやっている我が道を行く・黒百合(
ja0422)に声をかけた。どうやら白い布に近くの枝や葉っぱを取り付けているようだ。
「簡易迷彩を作ってるのぉ。あはァ、害鳥退治には入念に、徹底的にしないと駄目よねェ……まるごと全殺し確定ェ……」
迷彩用の布地を手に持ち、黒百合はくすくすと笑っている。その金の瞳はきらきらと輝いていた。
彼らの様子を見ながら、撃退士・鷹代 由稀(
jb1456)は心配そうに眉根を寄せる。
(いくら力があるって言っても、子供が何の疑問なく武器を手に取るってのは……笑えない)
既に認められた制度とはいえ、由稀は子供が戦うことは受け入れられない。特に今回の参加者は同年代のミハイルを除けば半数が中学生以下。改めて同行面子を見て思う。学園に対していい感情は持てない、と。
「銃は……ぎりぎり届くかな」
ミハイルが橋のたもとから銃を構えて巣を見た。ここから巣まではだいたい15メートル程度。彼の持つリボルバーならなんとか当たる距離だ。
「でも、それって最短距離の話だよね?」
ソフィアが首をかしげる。
「橋に接する場所に立つことができるのって、1人が限度でしょ? 少し後ろや、左右に立った場合は距離があくよね」
「そういえばそうっすね。鴉がかなり近づいてくるまでは、普通の弓や銃では届かないみたいっす」
橋の上に比べて足場はしっかりしているが、密集するのは変わらないようである。
「射程の長い僕と三善先輩、黒百合先輩で鴉を攻撃して、近寄ってきたところを攻撃しましょう」
陸の言葉に、仲間たちは頷いた。
●陸地の誘い
「……あれですね」
陸はスコープごしに巣を確認した。軽く目を閉じ、開くと、その顔からは感情が消えている。
ふっと息を吐いて余計な力を抜くと引き金を引いた。
パン、と乾いた音がして鴉のうちの一羽がギャア、と悲鳴をあげる。
「鴉〜なぜ鳴くの〜♪ もっと鳴かせてあげますよっ!」
歌いながら、千種がリズミカルに弓を引く。その隣で黒百合も笑みを浮かべてライフルを撃つ。
突然始まった一斉射撃に、鴉たちは悲鳴をあげてその場にのたうちまわった。
しかし、すぐに銃撃の元を察知して彼らのほうを向く。
「ガァッ!!」
威嚇するようにひと鳴きすると、鴉は大きな羽根を広げて一斉に向かってきた。
「来るぞ!」
ミハイルが叫んだ。
近づいてきた鴉に銃と弓が向けられる。静かな渓谷に立て続けに銃声が響いた。
「くっ、数が多いわね」
鴉の爪に腕をひっかかれて由稀が舌打ちする。
鴉は動きが速いうえに、上空へ舞い上がって距離を取ることができる。一方、撃退士たちは密集隊形をとっているので格好の的となってしまっていた。
「ちょっと失礼して、前におじゃましますよ」
イアンは盾を構えて陸の前に移動した。射線を妨げないよう、注意しながら守りの体勢に入る。そこへ鴉が2羽同時に突っ込んできた。
「こ……のっ!」
爪に服を引き裂かれながら、ライフルから持ち替えた剣で応戦する。
「やらせはしません」
イアンの後方で陸がスナイパーライフルの引き金を引いた。イアンに気を取られている、その隙をついて急所を撃ちぬく。断末魔の声をあげて鴉は地面に落ちた。
「当たれ!」
ミハイルが狙いを定めて銃を撃った。アウルで威力を上乗せされた弾丸が鴉の腹に当たる。が、急所はそれてしまったらしい。バランスを崩しながらも、彼の後方へと突っ込んでいく。
「おい、大丈夫か?!」
後ろにはスナイパーライフルを構えた黒百合がいたはずだ。あせって振り向くと、散弾銃に持ち替えた黒百合が鴉に近距離射撃を浴びせていた。
「ふふふ……皆殺しぃ」
可憐なその口元に笑みが広がる。
特に大事ないようだ。ミハイルは銃を構え直すと、他の鴉へと集中することにした。
「危ないっす!」
知夏が盾で千種をかばった。ガン! と音をたてて鴉のくちばしが盾に激突する。
衝撃がびりびりと知夏の手に響いた。
「ありがとう! えい……っ!」
盾の影から千種が矢を放つ。羽を射抜かれて、鴉がバランスを崩した。
「それっ!」
そこへソフィアが霊符を放った。炎に包まれて、鴉は谷底へと落下していく。
「これで半分ね……って、逃げる気?」
由稀が声をあげた。不利を悟ったらしい鴉たちが3羽一斉に高度をあげる。
「……大丈夫です。逃がしません」
陸が冷静にスコープで鴉を捕らえる。パン、という乾いた音と同時に、1羽がぐらりと傾いた。
「まかせて」
ふらつく鴉の急所を由稀の弾丸が撃ち抜き、ソレは力なく崖下に落下していった。
「2羽逃げちまったか」
ミハイルが空を見上げる。鴉たちは、森の中に身を隠したのか、もう姿が見えない。
しかし、このままにして帰る撃退士たちではない。
●迎え撃つ
「よしっ、これで少々の攻撃じゃびくともしないっすよ!」
知夏がイアンの体の周りにアウル力を集中させた。それは不可視の鎧となり、イアンを包み込む。
「では、攻撃を始めましょう」
イアンがアサルトライフルを手に、橋を渡り始める。
弾が確実に当てられるところまで接近すると、主のいない巣に向かって発砲した。
「なんか、巣を攻撃するって、ちょっと気が引けますけどね」
二発、三発、銃声が響くごとに巣はその形を崩していく。
四発目の銃声が響いたときだった。
ギャア、と鴉の鳴き声があがった。
「さて、そこの鳥さん方、こっちに来ていただきましょうか」
わざと武器を見せつけるようにして、イアンが鴉を見据える。鴉は2羽同時にイアンへと向かってきた。
「来たぞ!」
狭い橋の上で、2羽を同時に相手にするわけにはいかない。イアンは敵を惹きつけると陸地に向かって走りだした。
射程内に入ったところで、仲間たちが一斉に射撃を始める。
敵は2羽だけだが、橋やイアンに当てないように撃とうと思うと難しい。
射程の短い仲間は、陸、千種、黒百合の3人が撃ちやすいよう鴉の行動範囲を塞ぐように攻撃をしかけた。
逃げ場を失った鴉の急所を陸が冷静に撃ちぬく。落下してきたところを、さらにソフィアが狙った。
「それじゃ、撃ち落とさせてもらうよ」
とどめの一発。
鴉は地面に落ちて動かなくなった。
「あと1羽です!」
全員の視線が最後の1羽に集中したその瞬間、鴉の羽にビシッ、と弾丸が命中した。
「まだ羽根を撃ち抜いただけじゃないのさァ、もうちょっと足掻きなさいよォ……♪」
黒百合はくすくす笑いながら、追い撃ちをかける。
距離を取るためか、鴉は橋の下へと回り込んだ。
由稀が崖下を覗きこむ。
「……足元、か。橋壊していいなら穴開けて撃てるんだけど……そうもいかないし」
橋の脇から威嚇射撃を加える。鴉はたまらずに上空へとあがってきた。
「飛んで火にいる……虫じゃないけど似たようなものですねっ☆」
そこへ、千種が正面から炸裂符を食らわせた。まともに受けた鴉は爆発に巻き込まれて、無残な亡骸となった。
「よし、これで6羽退治っす!」
敵の全滅を確認して、知夏が元気にガッツポーズをとった。
●取り戻した平穏
「当てないように注意したとはいえ、やっぱり少し傷がついたみたいだね」
静寂を取り戻した橋を眺めて、ソフィアがそうもらした。同じように橋を観察してイアンも首をかしげる。
「まあ、かすった程度がほとんどだし、橋の利用には問題ないでしょう。一応、学園に報告しておきますね」
「あとは巣の処分だけだな」
ミハイルは橋の中央へ行くと、とり残された巣を覗きこんだ。
「卵なんてないでしょうね? あれば撃って壊しますよ天魔だから遠慮なしですっ」
後から追いかけてきた千種が弓を構える。しかし、心配は杞憂だったようだ。巣はからっぽで、鴉の羽くらいしか残ってはいない。
「卵はないな。これ、どうやって処分する?」
「えっと……燃やしてみるとか……?」
陸が首をかしげた。
大きさを除けば、鴉の巣は普通のものと大差ない。オイルライターで火をつけると、巣はあっという間に燃え尽きた。
巣が灰になる様子を由稀は紫煙をくゆらせながらじっと見つめる。
「わかっちゃいたけど、いろいろやるせないなぁ……」
元気に戦う子どもたちを見ていると、どうしても複雑な気分になる。
「酒飲みてぇ。どこかいい店ないか? キャバクラとかそういう場所はゴメンだぞ。俺は静かに飲みたいんだ」
任務を完全に終わらせて、ミハイルはうーん、と伸びをした。
「キャバクラも何も、この辺りは店自体がないと思いますよ」
陸が苦笑した。
小学校すらない僻地である。一番近くの街まで行っても、小さな商店が1個あるかどうか。
「ではでは学園にさっくり戻るっす! 久遠ヶ原学園の近くならキャバクラも居酒屋もよりどりみどりっすよ!」
「だから俺は静かに飲みたいんだって」
元気な知夏に先導されて一行は帰途についた。