●邪悪なるもふもふ
人気のない動物園に、撃退士たちは現れた。
サーヴァントが現れるまでは平和そのものの施設だったが、今は誰もいない。
「ふれあい広場はこの道をまっすぐいったところみたい」
撃退士・佐藤 七佳(
ja0030)が動物園のマップを確認して、奥を指した。来園者の混雑を避けるためだろう、幅の広い道路が奥まで続いている。
「さーて、お仕事お仕事」
撃退士・アクシア・シャホルコッツ(
jb0892)が軽い足取りで奥へと向かう。
そこには、ふれあい広場を我物顔で占領する巨大なウサギの群れがあった。
ウサギたちはおもいおもいに草などのエサをかじっている。
これがサーヴァントでなければほほえましい風景かもしれない。しかし、彼らは人に危害を加えるモノなのだ。
「見た目は可愛らしいですね」
ウサギがもふもふと群れている姿を見て期待の撃退士・鑑夜 翠月(
jb0681)が言う。
「……私の方が毛並みがいいですね」
じいっとサーヴァントを見つめていた撃退士・兎吊 卯月(
jb1131)がこくこくと頷きながら言った。
彼の体を覆う真っ白な毛皮もまた、陽の光を浴びて銀色に輝いている。
どちらがもふもふかと言われれば、甲乙つけがたいふっさふさ具合である。
「くっ、これは、もふもふ比べですね…! 負けられないのです……!」
ハロウィンヒーローズ・Rehni Nam(
ja5283)もまた、ぐっと拳を握り締める。和服を着た彼女にもまた、もっふもふのキツネのしっぽがあった。こちらのもふもふも負けてはいない。しかもしっぽは9本もある。
「兎狩りね! もふもふでもあたいは容赦しないわ!」
思い思いになごんでいるウサギに向かって、吹雪の剣士・雪室 チルル(
ja0220)が宣言した。その隣で撃退士・クリスティーナ アップルトン(
ja9941)も歌うように宣戦布告する。
「久遠ヶ原の毒りんご姉妹といわれた私が、華麗に天魔を退治してさしあげますわ」
士気のあがる撃退士たち。
後方に控えていた神速の剣豪・礼野 智美(
ja3600)が苦笑しながら武器を具現化した。
実は今回の依頼、彼女だけはそこまで乗り気で参加したわけではない。ふれあい広場の話を聞きつけた妹に『智兄のほうが強いもん!』と動物救出を『お願い』されたからだ。
(動物1匹でも傷付けたら妹に何を言われるか……)
とはいえ、妹の笑顔には逆らえない。
気を引き締めると、智美は笑顔をひっこめた。
「うーん、前情報どおりふれあい広場内に動物が沢山残ってるみたいですね」
広場内の生命を探査したRehniが眉をひそめる。12体のサーヴァント以外に多数の生き物の存在が感じ取れる。みんな隠れてしまっていて、ぱっと見たところではどこにいるかわからないが、生きていることは確かだ。
「やはり、打ち合わせどおりおびき寄せ作戦がよいでしょう」
「ふれあい広場前の道路が広くて助かったぜ。下手に中に入るよりも、こっちのほうが広く使えそうだ」
アクシアが周囲を見回す。広場前の道路は、大型車両が余裕を持って通れるくらいの幅がある。一方、広場内はというと、動物ごとに細かく柵で仕切られているため、動きづらそうに見えた。
「作戦開始ですわね」
クリスティーナが楽しげに笑う。撃退士たちはそれぞれ戦闘態勢に入った。
●凶悪なるもふもふ
「さあ! あたいの登場よ! 正々堂々出てきなさいよ!」
ふれあい広場に入った囮役のチルルとRehniが武器を振り回してウサギに声をかけた。
更にホイッスルを吹き鳴らす。ピイイイッ、という甲高い音が園内に響き渡った。
音に反応して、ウサギたちが顔をあげる。長い耳がぴるぴると動いた。
「もふもふは正義! でも天魔だから悪!! かかってきなさい!」
Rehniが矢を放つ。続いてチルルのアサルトライフルが火を吹いた。真っ白なウサギの毛に赤い血の色がにじむ。
仲間を傷つけられ、ウサギたちは一斉にチルルたちを見た。しかし警戒しているのかすぐに襲ってはこない。
「耳が弱点だったりするのかしら。狙えるようなら狙ってみますわ」
きりり、とクリスティーナが弓を引き絞った。狙いすまして放たれた矢は、正確にウサギの耳を射抜いた。
耳を攻撃されたウサギはギィィ、と悲鳴をあげてその場でのたうちまわる。
「ほらほら、そのままそこにいても怪我が増えるだけだよ!」
チルルが挑発するように武器を振りかざす。
トッ、と地面を蹴って、ウサギたちは遂に彼らへと向かって来た。
「こっちですよ!」
ふれあい広場から広い道路へと誘導するため、Rehniとチルルが走る。
柵で囲まれた広場内の道はそう広くはない。小柄な女の子とはいえ、チルルとRehniが並ぶと肩がぶつかる。一方ウサギは柵をひょいひょいと飛び越えて彼女たちへと迫ってきた。
七佳の放った光の玉が彼女たちを援護する。
だが、ウサギは12体と数が多い。
「……っ!」
首筋にぞくりと悪寒を感じて、Rehniが広場出口へとスライディングした。そのままの勢いにまかせてごろごろと前方に転がる。
ついさっきまで彼女の首があったところを、ウサギの足の爪が薙いでいた。
あのまま走り続けていたら、今頃彼女の首は肩の上になかっただろう。
「Rehni、大丈夫?!」
翠月が心配そうな顔でRehniに手を差し出した。助け起こしてもらいながら、Rehniは大きく息を吐く。
「な、なんとか……!」
薄皮一枚切られただけだ。首を狙ってくるとは聞いていたが、こんなに鋭いとは思わなかった。
だが、危険を冒しただけの成果はあった。
「うまく全部釣れたぜ!」
次々と出てきたウサギをアクシアたちが包囲する。12匹全部をうまくふれあい広場から引っ張り出せたようだ。
広場に戻らないように間に割って入る。
悪のもふもふ包囲網は完成した。
●もふもふ包囲網
「もふもふといえども天魔! 容赦はしません。」
卯月がふかふかの白い手をびしっとウサギたちにつきつけた。言うが早いか、剣を振りかざしてウサギに突っ込む。
もふもふ対もふもふ。一瞬卯月が敵に同化する。
うっかり巻き込まないよう気をつけながら、智美もウサギの群れに切り込んだ。
(もこもこに打撃吸収能力とかないだろうな……?)
ウサギが密集しているのをいいことに、目の前の敵を槍で一気に薙ぎ払う。彼女の心配は杞憂だったらしく、手ひどい一撃を受けてウサギの動きが一瞬止まった。
そこへ光の弾丸が降り注いぐ。
「ごめんなさい、ここで退治させてもらいます」
翠月の作り出した魔弾に貫かれてウサギは動かなくなった。
「蝶のように舞い、蜂のように刺しますわ」
クリスティーナが大剣を翻した。
彼女の身の丈には大きすぎるほどの刀身を優雅に操り、ウサギを切り裂く。1体、2体、的確に切り伏せていくが、相手の数を3体を越えると手にあまる。
「くっ……」
ぎぃん、と高い音をたててウサギの爪と剣が交錯する。
狙いが首に集中しているぶんだけ相手の動きがよみやすいが、一回でも防ぎそこなうと大けがになる。
「モテモテだねぇ、俺にも紹介してくんない?」
後方から放たれたアクシアの銃弾がウサギの気をそらした。意識がクリスティーナからアクシアへと移る隙をついて、クリスティーナが攻撃を加える。
「私の剣、受けてみなさい!」
思い切り剣を叩き込まれて、ウサギが地面に崩れ落ちる。残っていたウサギが彼女に襲い掛かろうとしたが、直前に弾丸を受けてやはり倒れた。
「いいフォローでしたわよ」
「俺ってばひ弱だからさぁ、こういうのが『向き』だと思うのよね」
くすくすとアクシアは笑っている。
「はあっ!」
チルルが周囲を取り囲んでいたウサギに向かって、武器を一閃した。
目にも止まらぬ速さで繰り出された攻撃を受けて3体ものウサギが道路に転がる。
「とどめですっ!」
動きの鈍ったウサギに向けてRehniが矢を放つ。急所を刺し貫かれてウサギは次々と動かなくなる。だが、3体ものウサギを仕留めるには矢が足りない。
ウサギの最後の1体が最後の力を振り絞ってRehniに向かってくる。
そこへ更に白い影が迫ってきた。
「……くっ!」
さすがに2体はさばききれない、と身構えた時だった。
白い影がウサギを両断した。
「お怪我はありませんか」
す、と紳士的な所作でRehniに手を差し伸べるウサギ……もとい、卯月。相手が味方とわかり、Rehniがほっと息を吐いた。
「あと3体だよ!」
七佳が叫んだ。
仲間の協力でウサギはその半数以上が倒されていた。不利を悟ったウサギがじりじりと後退しようとする。
「逃がしませんよ!」
卯月が踏み込む。更に智美が追い討ちをかけた。
二人がかりで仕留めようとした瞬間、ウサギのうちの1体が大きく跳躍した。彼らの頭を飛び越えて、包囲網を突破する。
「あ……っ!」
卯月と智美は残ったウサギの相手をしていて離れられない。
七佳が武器を手に走り出した。ウサギの跳躍を上回る速さで追撃する。
「これでも、スピードだけなら自信があるのよッ!」
あっという間に追いつくと七佳はハンマーをウサギに叩きつけた。機動力を殺されてウサギは道路に立ち止まる。
「逃がしませんよ」
翠月の手から光の弾が放たれた。体を貫かれ、悲鳴をあげるウサギに七佳は最後の一撃を加えた。
「これで全部倒したかな?」
アクシアが辺りを見回した。七佳が追撃している間に、残ったウサギも倒されている。
七佳は絶命したウサギの傍らに立つと黙祷した。
「あたしに今、出来る事は倒した相手の事を忘れない、という事」
そっと目を閉じる。
「……倒すだけが解決策じゃない、と何時かは答えられるようになればいいのに」
●もふもふ天国
「大丈夫、戦闘中に巻き添えになった動物はいないみたいです」
戦闘前に探知した生命の数と、今の探知結果を比較していたRehniがにっこりとほほ笑んだ。
「本当?! よかった!」
チルルが満面の笑顔になる。
「戦ってる間に出てこないよう、ずっと威圧してたけど、もうやめてもいいよね」
そう言うと、彼女がまとっていた気迫がふっとゆるんでかき消える。ふれあい広場を伺っていると、小屋の陰からウサギや犬がおそるおそる顔を出してきた。
「おびえてはいるけど……怪我をしている動物はいないようですわね」
動物が怪我をしていた時のために、救急箱を持ってきたクリスティーナが辺りを見回す。
「ふれあい広場の設備に被害はありませんね。動物さんにも被害がなくて、本当によかったです」
翠月がほんわりと笑った。
「せっかくなので、帰る前に少し動物をもふもふしていきましょうよ」
Rehniが広場に入る。彼らに害意がないのがわかるのか、ウサギたちがぴょこぴょこと寄ってくる。
「やっぱり、本物のうさぎさんの方が可愛いですね」
ふわふわの毛並をなでて、翠月がうっとりと微笑む。
「ふかふか……もふもふ……幸せです」
キツネのしっぽを揺らしながら、Rehniがその毛並を堪能する。
「こっちのもふもふは思いっきり楽しむべきよね!」
チルルは寄ってくる動物を片っ端からなでる。順番になでていたら、突如ひときわもふもふしたものに触れた。
「あれ?」
ウサギの群れに同化していた卯月だ。思わず手を引っ込めようとしたチルルに、卯月は微笑みかける。
「私ももふって下さっていいのですよ?」
「本当?!」
小さなもふもふもいいが、こちらのもふもふもさわり心地がよい。
撃退士たちは、卯月も含めたすべてのウサギのもふもふを心行くまで楽しんだ。