●支援の手を
周りを森に囲まれた建物の駐車場に、撃退士たちは出現した。
顔をあげると、闇の中にひっそりと建つコンクリート造りの建物がある。ディアボロが出現したという、体験学習用の宿泊施設だ。山の中の施設のため、周囲に他の建物はない。
「子供たちがとり残されているのはここだね」
特攻斬天・一条 朝陽(
jb0294)が拳を固めて気合をいれる。本来なら、この施設はキャンプやオリエンテーリングを楽しむ子供たちが楽しく過ごすはずのもの。しかし、今はディアボロの徘徊する惨劇の牢獄と化している。
「とんだ客がきたみてぇだな、こいつは。殆ど逃げ終ってるってのは不幸中の幸いってぇ奴だろうが。ここはいっちょ、ガキ共に強くかっこいい姿を見せてやるとすっかな。噂にしてもらわなきゃ困るんだから、死なせねぇようにしねぇと」
撃退士・千堂 騏(
ja8900)が軽口を叩く。しかし、彼の目は決して笑ってはいない。
風よりも疾く、手を引いて・エルレーン・バルハザード(
ja0889)は、祈るように手を胸の前で合わせる。
「怖いよね……待ってて、今すぐ助けてあげる!」
「なるべく急ぐ必要がありますが、決して焦ってはなりません。冷静に対処するのです」
すぐにでも駆け出しそうな仲間に向かってそう言うのは撃退士・字見 与一(
ja6541)だ。容姿は一番幼く見えるが、その目に宿る光は落ち着いている。
「突入する前に、下準備をしておきましょう」
ご当地メイドアイドル・氷雨 静(
ja4221)が荷物の中から阻霊符を取り出した。
建物の一階に近づくと、入り口にぺたりと貼る。続いて、1階の出入口、建物の外側に取り付けられた非常階段の扉と、外への出入口を順に施錠していく。各階の捜索中にディアボロを外に出してしまわないためだ。
準備完了と同時に、彼らは2組に別れて非常階段へと向かう。
子供が集中していると思われる2階、3階から同時に捜索を開始するためだ。
「よっしゃ! 気合い入れていくぜ!!」
撃退士・獅堂 武(
jb0906)が喝をいれる。
彼らは一斉に建物の中へと突入した。
●捜索は迅速に
2階の捜索を担当したのは、与一、エルレーン、武の三人だった。
むっとする血の臭いが彼らを迎えいれる。
「グールの腐った血の臭い……だけというわけではなさそうですね」
注意深く辺りを見回しながら、与一が眉をひそめる。だが廊下に人影はない。
「一部屋ずつ調べていくか? 確か、このフロアには5つ客室があるんだっけか」
「だったら、私がおびき寄せるよ」
エルレーンが一歩前に出た。
「私は剣、私は盾……!」
自分自信に言い聞かせるようにつぶやくと、きっと顔をあげる。
「このっ……ぷりてぃーかわいいえるれーんちゃんが! 天魔をねこそぎやきころしてやるっ、なのッ!」
先ほどまでのおどおどした雰囲気を捨て、大声で名乗りをあげる。
声に反応するようにして、部屋のドアが開いた。
「……っ!」
部屋から出てきたのは2つの人影。反射的に攻撃してしまいそうな手を止めて、与一と武は目をこらす。
この人影は、子供か、グールか。
「グォォォォォ!」
助けを求めて咆哮をあげる子供はいない。
身構えた彼らに向かって、2体のグールはのたのたと足をもつれさせながら突進してくる。
「動く死体なんぞ、燃えてしまえば良いのです」
与一の手のひらに炎の塊が生まれた。それはまっすぐグールに向かうと火柱をあげる。
「そらよっ!」
与一の更に後ろから武の鉄数珠が放たれる。鋼鉄の弾丸に貫かれ、グールは廊下に崩れ落ちた。
もう1体のグールもすぐに仲間と同じ運命をたどった。エルレーンの放った炎にまともに焼かれて消し炭になる。
「これでかなり数は減ったはずです。捜索を開始しましょう」
「よっしゃ。じゃあまずはこの部屋を……」
武が手近なドアに手を伸ばした瞬間、ドアが廊下側に大きく開いた。
「ぐあっ!」
ドアに顔面を強打されて武が尻もちをつく。
「グール?!」
武器を振るおうとしたエルレーンは直前で手を止める。出てきたのはパジャマ姿の女の子だ。
しかし、飛び出したのは彼女だけではない。
「うわああああん」
彼女の背を追うようにもう1体グールも姿を現した。
「危ない!」
グールの爪から女の子をかばおうと、与一が飛び出す。背中を引っかかれながら、与一はごろごろと廊下を転がった。
「与一!」
「大丈夫! それよりグールを!」
「でりゃぁっ」
ぶん、と与一が数珠を振り回す。吹っ飛んだグールに、エルレーンがとどめを刺した。
「……ふう、なんとか守りきれましたね」
腕の中の女の子の無事を確認して、与一がほっと息をつく。
「怖かったねぇ……もう、だいじょぶだよ」
エルレーンが声をかけると、女の子は安心したのか声をあげて泣きだした。
「あ……あきちゃんと……さおりちゃんが……!」
泣きながら女の子は自分が出てきた部屋を指さす。
「友達がいるんですね?」
「見てくる」
武が部屋の中を覗いた。そこは、廊下以上の血の臭いが充満していた。
「……っ!」
急いで辺りを見回す。押入れの中を覗いてみると、女の子がふたり血の海の中に倒れていた。
「おい! 来てくれ!! 怪我人がいる!」
武が叫ぶとエルレーンが部屋に飛び込んできた。
「ひどい怪我……! だいじょぶだよ。怪我をしてる子のために、救急箱持ってきたからね」
エルレーンはすぐに手当を始めた。ひどい怪我だがまだ息はある。
「怪我の様子はどうです?」
先に飛び出してきた女の子の手をひいて、与一もやってきた。
「まだ生きてるよ。与一の提案どおり2階から入ってよかった。あと少しでも遅かったら死んでた」
「そうですか……よかった」
3人はほっと息をついた。
「とりあえず、子供3人確保とグール3体討伐を共有しておくな」
武は携帯電話を取り出すと、仲間の番号をコールした。
●命の数は
3階に突入した静、騏、朝陽の3人が見たのは、床に倒れた男の子の姿だった。
男の子は廊下の奥でうつ伏せに横たわったまま、ぴくりとも動かない。彼を中心にゆっくりと血だまりが広がろうとしていた。
「まずはあいつを助けるぞ!」
騏が駆け出す。他の2人もその後を追った。
「おい、大丈夫か?!」
そっと、助け起こす。一瞬死んでいるかと思ったが、かろうじて呼吸はしているようだ。
「ここは私にまかせてください」
すっと静が前に出た。荷物の中から救急箱を取り出す。
「仲間の治療用に持ってきたものですが、使えるでしょう」
「助かったあ……。でも、早く敵を倒して病院に搬送しないといけないね」
朝陽がほっと息を吐く。
そのときだった。
きい、と音をたてて非常口近くのドアが開いた。中から男の子がふたり顔を出す。
「おねえちゃんたち……誰?」
「撃退士だよ。君たちを助けに来たんだ」
朝陽がにっこりと笑いかける。子供たちは彼らに向かって一斉に走りだした。
「助けて! 拓海が怪我してるんだ!」
「わかりました、その子も治療して……」
駆け寄ろうとしたその瞬間、子供と撃退士たちの間でドアが開いた。子供の声に誘われたのだろう、3体ものグールがもつれるようにして廊下に出てくる。
「ちっ!」
騏は舌打ちした。グールの先に子供がいるのでは、貫通するアウルをむやみに放つわけにはいかない。
「フォローをお願いします!」
静が炎を放った。背中を炎に焼かれてグールの歩みが止まる。
「子供に近づくんじゃねえっ!」
防御も何もあったものではない。騏と朝陽はとにかく攻撃を加えてグールを床に叩き伏せた。傷をものともせず、子供に駆け寄る。
「怪我はないか?!」
「うん……俺たちは大丈夫。でもこの部屋にひとり怪我している奴がいるんだ」
「その子の手当は私が引受けましょう」
静が部屋に入る。その間に騏と朝陽のふたりは他の部屋を調べて回った。どうやら、このフロアには子供もグールももういないようだ。
そこにタイミングよくコール音が鳴る。
「はい、こちら朝陽。……子供3人保護にグール3体討伐だね。ボクたちのほうは子供4人保護とグール3体討伐。そっか……そっちも怪我してる子がいたんだね。こっちも2人、どっちも重症だよ。4階制圧したら、また連絡するね」
「あっちも怪我人いたんだな」
騏は顔をしかめる。
「うん。でも発見が早かったから生きてるって」
「これで子供が7人にグールが6体……あと少しですね。4階の捜索に行きましょう」
「おねえちゃんたち、どこか行くの?」
このまま外に出られると思っていたらしい、子供たちが泣きそうな顔になる。
「悪いな。お前らの他にもまだ残ってる子がいるんだ。探してやらないと」
「ついて行っちゃだめ?」
「だめですよ」
静はしゃがんで子供と視線をあわせた。
「この先はお化けだらけだから、連れて行けません。でも、ここはもう安全だから安心して待ってて」
「……うん」
こくり、と頷いた子供に笑いかけて、静は立ち上がる。
「じゃあ行こうぜ。……っと、そうだ」
階段に向かいかけて、騏は顔だけ子供たちを振り返る。
「上に行ったら化物をおびき寄せるために、わざと悲鳴をあげるかもしれねえ。だけどお前らは動くなよ。俺達が戻ってくるまで絶対にここにいるんだ」
念押しして、一行は4階へと向かった。
「ここは……食堂ですね」
階段を上がってすぐのフロアには長机がいくつも並んでいた。奥にはキッチンらしいカウンターも見える。
「物陰が多いね。お風呂はこの先かな?」
朝陽が廊下の奥を覗いてみる。既に消灯していたのか、男女別の風呂場は暗くひっそりとしている。
「おびき寄せを試してみるか」
騏はすう、と大きく息を吸い込むと腹の底から悲鳴をあげた。
「うわああああああああっ」
びりびりと窓ガラスが振動して、声はフロア中に響き渡った。
「来ました!」
静が声をあげる。食堂のカウンターの影から1体、脱衣所から1体、ふらふらとグールがやってくる。
「風呂場は俺が!」
「食堂はボクが引き受けるね。静さんサポートよろしく!」
二人は武器を手に走り出す。
彼らの横をかすめて、静の放った炎が飛んでゆく。
火に煽られてもがき苦しむグールに、騏と朝陽が同時にとどめを刺した。
「子供と、他に隠れてるグールがいないか確認する」
「私は2階班に連絡しますね」
静は仲間の番号をコールした。
●拾われた命
「2体倒した……はい、了解です」
子供をかばって机の下に避難しながら、与一は仲間からの通信に応答した。
背後ではエルレーンがグール相手に立ち回っている。
与一たちは事務室に入ったところで、子供を襲うグールに遭遇していた。
「何だって?」
グールに向かって鉄数珠を飛ばしつつ、武が尋ねる。
「4階でグールを2体倒したそうです」
「……ってことは、目の前の敵を倒したら敵の掃除は終わりってことか」
彼らが対峙しているグールの数は2体。4階で倒されたものをあわせるとこれでちょうど10体となる。
「もえちゃえよ、あとかたもなくッ!」
目の前のグールにエルレーンが炎を放った。そのすきにもう1体が与一たちのほうへと進もうとする。
だが、直前に影を縫い付けられて動きを止めた。
「いかせないよぉ…もうしんでるんだ、あきらめてとっとともう一度しんじゃえッ!」
「飛んでけ! コノヤロウ!」
動けないグールに与一の炎と武の鉄数珠が襲いかかる。
グールはぐずぐずと燃えながら床に崩れ落ちた。
「これで建物の安全が確保されましたね。……っと」
再びのコール音に、与一が言葉を切る。
「……はい、4階で子供を2人保護……。こちらも今子供を1人保護して、グールを2体倒したところです。……ええ、依頼完了ですね」
通話を終了して与一は仲間を見る。
「子供も全員保護できたようです」
「やったあ!」
朝陽が満面の笑顔になる。
「さて、2階の子供たちを外に出してやらねえと」
「ええ。生きているうちに辿りつけたのです。何がなんでも助けないと」
子供たちのために、撃退士たちは駆け出した。