●金魚救い隊参上!
ある日の放課後、久遠ヶ原学園の一角に集う者たちがいた。
網を持つ者、柄杓を持つ者、はては鍋を持つ者。
皆ばらばらな恰好をしていたが、その心はひとつにまとめられていた。
彼らの目的はただ一つ。観察池に落ちてしまった、いたいけな金魚を救うことである!
「金魚の救出! これが本当の金魚『救い』ですな。なんつって」
のっけから寒いギャグを飛ばして、ドジっ子認定・森田良助(
ja9460)は笑った。それを華麗にスルーして慈しむ銀華・シルヴァ・ヴィルタネン(
ja0252)は池を覗き込む。
「掬える命、もとい救える命は助けるべきよね。それに、このままだと学園の授業にも支障をきたす、それは良くないもの」
「金魚は……元々鮒ではあるのですが、野生では生きられないレベルまで改良されているので、逃がしても鳥のエサになりますし、これからの時期、冬眠されると二度と回収できなくなるので今が最後のチャンスと心得ます」
スマートガード・仁良井 叶伊(
ja0618)がうんうん、とまじめに頷いた。
一方、金魚すくい気分のみんなのウサたん・大谷 知夏(
ja0041)は持ってきた手網をぶんぶんと振り回した。
「夏祭りの、金魚すくいで味わった敗北感を、今こそ払拭する好機っす!」
「ボクは学園に来て初めてのお仕事、がんばるっす!」
同じくテンションの高い撃退士・朝倉 夜明(
jb0933)もバケツを振り回す。
「30匹を8人でなら……1人4匹ぐらい? 金魚掬いでも、そんなに掬ったこと、無いですね……」
人の輪から少し離れて立っていた撃退士・灰里(
jb0825)がぼそりとささやく。
「みんな結構ふつうの網とか柄杓なんだね。気合いれたのあたしだけ?」
仲間の持ってきた道具を見渡して、魔を砕く誉・高峰 彩香(
ja5000)が首をかしげる。彼女の持つ2メートルほどの棒の先には、大きな鍋がくくりつけられていた。
「池の中の方まで届く長さは必要になるかと思ったんだけど、どうかな?」
「てこの原理を考えると、持ち上げるのにかなり腕力が必要になると思いますよ?」
仲間の中では一番筋肉質な叶伊が鍋つきの棒を見上げる。シルヴァはそれを見てかわいらしく首をかしげる。
「撃退士の筋力ならなんとかなるんじゃないかしら」
「そうそう金魚を捕まえる前に、すくった金魚を入れる水槽を用意しなくっちゃ」
封影百手・月臣 朔羅(
ja0820)が大きなバケツをどん、と仲間の前に置いた。掬った金魚も、他の魚も何かにいれておかなくてはならない。
「あ、僕も持ってきたよ」
良介、シルヴァ、叶伊の3人も、持ってきた水槽やバケツを出してくる。
金魚以外の魚を入れても、これだけあれば十分のようだ。
「4個あるから、金魚と他の魚を水槽2個ずつに分けて入れることにしましょう」
叶伊がそう言って池から水をくんでバケツに満たす。もともとの池の水に入れるから、金魚や魚に負担は少ないはずだ。
「準備は整ったみたいね。それじゃ、始めましょうか」
●金魚救い隊の野望
金魚救出のために、仲間たちが選んだ道具は大きく2つに別れた。
知夏、シルヴァ、良介の3人はは金魚すくいそのままに網を、叶伊、朔羅、灰里、彩香の4人は大きな柄杓を使って水ごと掬うことにしたようだ。
「……あれ? なんか一人足りなくない?」
池に向かって巨大柄杓を構えたところで、彩香は首をかしげた。網担当が3人、柄杓担当が4人。確かにひとり足りない。
「ふっふっふ、ボクに秘密兵器があるっすよ!」
夜明が自信満々に腕を組んで宣言した。
「リュウちゃん、来るっす!!」
夜明が手を上げると、彼女の召喚獣であるヒリュウが出現した。まだ子供らしく、愛らしい顔つきをしている。
「ボクはリュウちゃんとふたりで協力して金魚を掬うっす! いいっすかリュウちゃん。まずはそこのバケツを持つっす。そしたらあそこの池に行って、池の水ごと金魚をすくってくるっす」
どうやら、召喚獣に手伝わせるつもりらしい。
「リュウちゃんが掬ってきたら、ボクが穴あきお玉で金魚だけを捕獲し水槽へ入れるっす! さあリュウちゃん、こんなかんじに、がばーってすくうっす。がばーっすよ、がばーっ。さ、リュウちゃんもやってみるっす」
期待に目をきらきらさせて、夜明はバケツをリュウちゃんに差し出した。
だがしかし!
「……」
ぽてん、ころころころ……。
バケツは虚しく草むらの上を転がった。
「リュウちゃん?! バケツで掬うだけっすよ?」
「……召喚獣は、アイテム使えないんじゃないかな……?」
ぽつり、と灰里が言った。
「ああああああああああ、忘れてたっす!!」
がっくり、とマンガのようなポーズで夜明はその場につっぷした。
「だったら、こっちの柄杓組を手伝ったらいいよ。僕らがいっぺんに水をくんだら、干上がっちゃうからね。きみが掬ってきた水からお玉で金魚を掬って、水を池に戻してくれれば池が傷つかなくてすむよ」
にこにこ、と微笑みながら良助が手を差し出す。夜明はお玉を握りしめてこくこく、と頷いた。
「気を取り直して、金魚掬い始めるっす!」
知夏の号令で、仲間たちは一斉に池に向かった。
●金魚救い隊の奮闘
「さぁさぁ! 金魚さん、餌のお時間っすよ!全力で寄って来て下さいっす!」
早速エサを取り出したのは知夏だった。
池の縁から、ぱらぱらとエサをまくと小魚たちが寄ってくる。だが、エサに惹かれるのは金魚だけではない。
金魚に混じってメダカが何匹も寄ってきた。
「むむ……! こんなに来られると金魚だけ掬うのは難しいっす!」
透明なメダカは、上から見ているとなかなか避け辛い。知夏は豪快に網を水にいれると、数匹のメダカと一緒に金魚を掬いとった。
「金魚はこっちの水槽、その他の生き物さん達は、申し訳無いっすけど、コチラに避難してて下さいっすよ、餌もあるっすから」
知夏はメダカの水槽にもぱらぱらとエサをいれる。魚たちは嬉しそうにエサをつついた。
「大谷さんに負けていられないわね」
朔羅もエサを取り出した。ただし、彼女は水上歩行のスキルを生かして池の真ん中で金魚を掬い始める。
「ほら、美味しい餌よ。出て来なさい」
朔羅のお願いがきいたのか、金魚の一匹が彼女の手元の下にやってきた。
「そーっと、慎重に……逃げないでね?」
持っていた柄杓を水の中にいれる。ちゃぷん、と音をたてて水ごと金魚は掬い上げられた。
「続けてもう一匹……あっ」
水の上にいられるうちにもう一匹、と手を伸ばしたが、少し離れすぎていたらしい。
金魚は身を翻して縁に向かってしまう。
「ごめんなさい、そっちの方に逃げちゃったわね。掬えそう?」
「大丈夫、大丈夫!」
縁で待機していた良助が、器用に柄杓で金魚を掬った。
「ちょうど追い込んでもらえたからうまく掬えたよ。ありがとう」
良助と朔羅は楽しそうに笑い合う。
一方、叶伊は池の縁で一匹の金魚と睨み合っていた。
撃退士の身体能力と反射神経があれば、魚一匹掬うことは造作も無い。しかし、相手はか弱い金魚。
全力で掬ってしまえば粉微塵にしてしまう。
かといって、あまりゆっくりしていると逃げられてしまうだろう。
(精神集中、精神集中……力を抜いて……先を呼んで……)
頭の方から滑らかに、無駄のない動きで叶伊は金魚を掬った。
「ふう……これで一匹、結構緊張しますね」
金魚を網から水槽に移すと、叶伊は再び金魚を目で追い始めた。
「一匹ずつ、慎重に、傷つけないように……」
灰里もまた、池の縁でじっくりと腰をすえて金魚を掬おうとしていた。耐火性の素材でできた彼女の服は、他のメンバーと違って少し重い。細かい作業をするには少し邪魔だ。
「泥が巻き上がったら、中が見えづらくなって面倒……それに、服が汚れる……」
慎重に、慎重を重ねて柄杓を水にいれる。
努力が実ったのか、軽い水音をたてて金魚は灰里の柄杓の中に納まった。
「無事かな? ……うん大丈夫そう」
金魚の無事を確認して、ほっと息を吐く。緊張していたせいか、彼女の額には玉のような汗が浮かんでいた。
「ん、楽しい金魚掬いは良いけれど……熱中しすぎて倒れちゃ駄目よ? はい、これ」
そんな灰里にシルヴァが飲み物を差し出した。
いつも保健室を手伝っているだけあって、仲間の体調にも敏感だ。
「……ありがとう」
たどたどしく礼を言って、灰里は飲み物を受け取る。それを見てシルヴァはにっこりと笑った。
「さて、そろそろ私も本気を出さないとね」
池の中を覗きこみながら、シルヴァは網を持ち直した。
「一寸の虫にも五分の魂、って言うものね。手間ではあるけど……気持ちの上では大事な事よ」
時間がかかっても、できるだけ金魚の負担を少なくしたい。そう思いながら丁寧に掬う。金魚はうまく彼女の網に入ってきた。
「あと一匹になったっすよ!」
水槽に保護された金魚のチェックをしていた夜明が嬉しそうに叫んだ。仲間の努力のおかげで、金魚は実に29匹が集まっている。
「最後の一匹は……って、池の中央にいるよ」
良助が池の中央を見て言う。
「掬いにいきたいけど、水上歩行は時間切れだわ」
朔羅が残念そうにため息をついた。池の底には泥がたまっているから、ざぶざぶ中に入っていくわけにはいかないだろう。
「そういう時こそ、これの出番でしょう!」
彩香が巨大柄杓を持ちだした。確かにこれなら池の中央でも掬えそうだ。
「傷つけないように……丁寧に……」
その言葉どおり、なめらかな手つきで彩香は池の中央から金魚を掬いあげた。さっと水槽に入れると、ちょうど30匹全ての金魚が揃う。
「やったっす!」
同時に叫んで、夜明と知夏はハイタッチを交わした。
「あとは、一緒に掬ったメダカを池に戻すだけね」
「それは僕がやるよ」
良助がメダカを入れたほうの水槽を持ち上げる。
「はぁー! 終わったぁ!」
任務を完了してほっとしていたのが悪かったのだろうか。
ズルッ。
良助の足元の草むらが唐突に滑った。
「……あらっ?!」
盛大な水しぶきをあげて良助は池の中に水槽ごとダイブしていた。
●金魚救い隊の安息
「……池にたいした被害がなかったからいいものの、一瞬肝が冷えましたよ? 気を付けてくださいね」
「はい……ゴメンナサイ」
夕暮れの生物室。服をかわかしながら、良助は叶伊からお説教をもらっていた。
しゅん、と小さくなっている良助の肩にシルヴァがタオルをかけた。
「まあまあ、それくらにしてあげなさいよ。カゼひいちゃうわ」
「むう……できれば、もともと金魚を逃がしてしまった生徒も含めてお説教タイムといきたいところなのですが」
「悪意があったわけではないんだから、許してあげましょう」
優しく微笑まれて、叶伊はそうですね、と頷いた。
「よいっ……しょっと」
彩香と朔羅がごとんと大きな金魚鉢を生物室の机に置いた。中には先ほど救出した金魚が入っている。
「さ、これで終了。結構、楽しかったわね」
「終わりましたね……少し、疲れました…」
部屋の隅で、灰里が飲み物に口をつけてほっと息を吐く。
「やっぱり金魚は金魚鉢っす!」
知夏が満足げに金魚鉢を見下ろした。その隣で夜明が改めてヒリュウを召喚する。
「リュウちゃん、これが金魚っすよ。かわいいっすね」
ちょこん、と頭を並べて金魚鉢を見上げる夜明とヒリュウを見て、かわいいのはお前らだ、と仲間たちは心の中でツッコんだ。