●闇に降り立て
明かり一つない寂れた林道の上に「彼ら」は降り立った。
「……周囲に敵はいないようだな」
転移装置を通過したばかりで、まだ目が闇に慣れない。ドクタークロウ・鴉乃宮 歌音(
ja0427)は注意深く辺りを見回した。
人工の明かりが一切ないためか、周囲は墨を流したような暗闇だ。側にいる仲間の気配だけがかろうじて感じ取れる。
「発電所は、いまいる道を登っていった先にあるよ。途中に襲撃にあったバンが放置されてるみたいだねぇ」
ちゃっかりナイトビジョンを装着した旋律の死曲・雨宮 歩(
ja3810)が地図片手にのんびりと言う。
「敵は山犬が6体だっけ。また害獣駆除、か。ま、報酬が出るなら仕事さ、やるよ」
闇の中で、誰も見ていないと思いつつ女豹・常木 黎(
ja0718)は苦笑して軽く肩をすくめた。その隣で紫電一閃・冴島 悠騎(
ja0302)が軽く下唇を噛む。
「狙ったわけでもないんでしょうけど、インフラ潰しかねないとはね…やってくれるわ。」
「電力は人々の生活の基盤でありますっ! これを揺るがせる訳には行かないのでありますよっ!!」
びしっ、と敬礼しかねない勢いで暴走という名のテスト・綾川 沙都梨(
ja7877)が言う。そうそう、と吹雪の剣士・雪室 チルル(
ja0220)が頷いた。
「電気が使えなくなったら大変よね! さっさと片付けよう!」
言うが早いか、チルルは早速道路を進み始めた。
「急ごう! あたいが一番槍よ!」
「ちょ、ちょっとチルルちゃん、待って! そっちは崖だよ!」
明かりもなく、全力疾走しかけた彼女の肩を黎が掴んだ。黎がナイトビジョンをつけていたからよかったものの、何も見えていなければ止められなかっただろう。しかし、チルルは元気に宣言する。
「大丈夫! 暗くてもなんとかなる!」
「なんともなってないって……」
「自分が予備のナイトビジョンを何個か持って来たであります。チルル殿たちにお貸しいたします」
沙都梨がバッグからナイトビジョンを取り出した。道具を持っていないチルルと悠騎がそれを受け取る。
「準備いいね、沙都梨さん!」
「ありがとう、借りるわね」
「歌音殿はナイトビジョンが不要でありますか?」
沙都梨はバッグを開けたまま歌音を見た。確か彼女もナイトビジョンは持って来なかったはずだ。
「私は大丈夫です。わずかな光があれば昼間同様に視界を確保できるスキルがありますから」
歌音はにこりと微笑む。気にする風でもなく、沙都梨はバッグを閉じた。
「ナイトビジョン装備が5人に、スキル持ちが1人か。これなら大丈夫だねぇ。さて、それじゃ行こうかぁ。ボクが先頭に立つからしっかり着いてきなよぉ」
歩が先頭に立って歩き出した。おとなしく他の仲間たちも後に続く。沙都梨が警戒しながら最後尾へと移動した。
●闇を進め
虫の声だけが響く道路を、一行は静かに進む。
歩きながら、歩の口元ににやりと笑みが浮かんだ。
(光のない夜の道、歩くは探偵を演じる男とその仲間、かぁ。人は闇を恐れるが故に光を求めるというけど、確かに闇は怖いなぁ……けどまあ、問題はないねぇ。闇への恐怖よりも殺し合いの緊張感と愉しみの方が上回ってるからねぇ)
軽薄な表情とは裏腹に、その目は鋭く辺りを見据える。
そのときだ。
「……ッ!」
歩の視界の端を黒い影がかすめた。悠騎が声をあげる。
「っ、どこから!?」
「十時の方向だよ!!」
ちょうど歩と同じ方向を見ていた黎が叫ぶ。体勢を整えようとした瞬間、その影は彼らの真ん中へと踊り込んできた。
「くっ!」
影は最初の声を頼りに悠騎に襲いかかる。すんでのところでかわしたが、その腕を鋭い爪がかすめる。
「……つっ……」
「悠騎さん!」
歌音が振り返る。武器を取り出しながら悠騎が答えた。
「大丈夫、腕をちょっと切られただけだから、まだ戦えるわ!」
仲間たちは影を包囲するようにして間合いを取る。グルル……と影は唸り声をあげた。前方を気にしながら、彼らは周囲にも気を配る。山犬は6体いるはずなのだ。この影に集中している間にもう1体来られてはかなわない。
「他の山犬はいないようであります! てはずどおり迅速に倒すべきです!」
最後尾で周囲を警戒していた沙都梨が宣言する。その言葉を皮切りに、彼らは影に挑みかかった。
「やあっ!」
チルルが山犬に斬りかかった。正確に居場所を把握されていると思わなかったのか、山犬の動きは鈍い。ざっくりと背中を切り裂かれてキャイン、とあわれっぽい声を出した。不利を感じ取ったのか、すぐにあらぬ方向へと走りだす。
「逃がさない」
歌音が冷静に引き金を引いた。足を撃ちぬかれ、山犬はその場にもんどりうって転がる。そこへすかさず悠騎がとどめの一撃を放った。闇に溶け込む黒い魔弾に頭を撃たれ、山犬はそのまま動かなくなった。
「まずは一体、ってところだね」
山犬の死亡を確認して黎がつぶやく。
「バンまで急いで移動しましょう。今の騒ぎで山犬が集まってくるかもしれません」
歌音の指摘に、全員が頷いた。幸いバンまではそう遠くない。彼らは静かに素早くかけ出した。
●闇を貫け
襲撃を受けたバンはすぐに見つかった。真っ黒な闇の中、白いバンは否応もなく目立つ。
「……派手にやられたもんだねぇ」
歩が素直な感想をもらす。
バンには山犬の爪あとがいくつも刻まれていた。それらは彼らの攻撃がどれほど激しかったかを雄弁に物語っている。
「辺りに山犬の気配はないであります」
行軍の殿をつとめ、辺りを警戒し続けていた沙都梨が報告した。黎が満足そうに頷く。
「作戦の主導権はこちらが握れそうだね。日の出までの時間は?」
「今がちょうど夜明けだから……これから40分後くらいですね。空が白んで明るくなるまでに15分というところでしょうか」
歌音が腕時計を確認する。ぱん、とチルルが手を叩く。
「おびきよせをするなら、この15分が勝負ってことだね。すぐに配置につかなくっちゃ!」
「了解であります!」
「じゃ、私は隠れるよ」
黎が道路脇の木の上に見を潜ませる。他の仲間たちも直接バンの光に照らされない場所へと移動した。
「ライト点けるわ。周りに気をつけて」
悠騎がそう宣言してバンの運転席に手を伸ばした。音もなく唐突に辺りが光に包まれる。
ライトの白光がアスファルトの道路を闇の中から浮かびあがらせた。
悠騎はするりとバンの上に登ると、そこから周囲を見下ろす。
敵は光に集まってくるはずだ。
しかし、近づくまでにどれくらいかかるかはわからない。
徐々に黒から藍色に変わっていく空を横目で見ながら待機する彼らの耳に、たし、たし、という音が届いた。
犬がアスファルトの上をゆっくり歩くような音。ソレは一つ、また一つと数を増やしながら近づいてくる。
「……っ」
沙都梨は刀を握りしめ、攻撃のタイミングを見計らう。
山犬の数を4体まで数えたところで、先頭の一体がゆらりと立ち上がった。
「ウォォォォン!!」
その山犬は、ひと吠えすると爪を閃かせてバンへと突進してきた。しかしバンのそばで身構える仲間たちの前で急に足をもつれさせ、がくりと膝をつく。
「勘の鈍い犬だねぇ」
狙いを定めていた黎が足を正確に撃ち抜いたのだ。
仲間が危害を加えられたことで冷静さを失ったのか、それとも獲物の存在を認識したのか。
残りの山犬たちも立ち上がって突進してきた。
そこへ、悠騎がバンの上から、歌音がバンの陰から攻撃を加える。
「獣なのに習性は虫なのね。もう夏は終わって秋になるってのに」
魔弾を受けて、山犬たちは次々に地面に転がった。
「はあっ!」
すかさず、沙都梨とチルルが飛び出して斬りかかる。あるものは腕を、あるものは体を切り裂かれて甲高い悲鳴をあげた。
「このまま一網打尽にしちゃうんだから……っと!」
山犬2体に同時に囲まれ、チルルはとっさにその刃を自分の武器で受け止めた。力で押され、後ずさる。
「くっ……」
「チルル殿!」
沙都梨がフォローにまわろうとしたが、タイミングが悪かった。彼女の注意がそれた瞬間に、別の山犬がその脇をすりぬける。
山犬はそのままの勢いでバンに正面から激突した。
「この……っ」
間一髪、バンから飛び降りた悠騎が体を翻す。移動で手一杯で、防御ががら空きだ。このまま山犬の攻撃を受けるのかと身構えた瞬間、歩が間に割ってはいった。
「お前らの相手はボクがしてやるよぉ。さぁ、こっちにおいでぇ」
死角からの一撃を受け、山犬は一瞬たたらを踏んだ。しかしすぐに歩に向かって突進を始める。
「文字通りの駄犬だな、お前らぁ。自分の足元がまるで見えてないねぇ」
戦いは歩のほうが上手だったらしい。影を縫いつけられて、今度こそ山犬は動きを止めた。そこへ歌音の放った弾丸がとどめを刺す。
「ありがとう、歩君」
「無事だったのはいいけどさぁ、このライトどうする?」
歩が首をかしげる。
横転したバンの右ヘッドライトは見事に割れてしまっていた。反対側はまだ明かりがついているが、光量は半減している。
山犬はまだ1体残っていたはずだ。最後の1体をおびき寄せるまでは、光を絶やすわけにはいかない。
「大丈夫、対応策はあるわ」
悠騎が手の上にぽわりと淡く光る球を作り出した。ふわふわとうかぶソレをバンの上に置く。
「ヘッドライトほどじゃないけど、あるだけマシでしょ」
「なかなかいいアイデアだねぇ。ライトの保持はまかせたよぉ」
そう言って、歩は再び走り出した。2体の山犬の相手をしているチルルに加勢する。先ほどと同じ要領で死角から攻撃を叩き込むと、あとはチルルが自力で体勢を立て直す。
「同時攻撃でも…相手が悪かったわね!」
気合とともに2体を同時に薙ぎ払う。山犬たちは吹き飛ばされ、二度と起き上がることはなかった。
一方、沙都梨も山犬の一体と対峙中だった。
刀と爪で、何度も切り結ぶ。沙都梨の腕にも細かい傷が刻まれていた。
「……はあっ!」
力いっぱい、山犬に刀を振り下ろす。山犬はそれを牙で受け止めた。
「っ!」
顎の力は腕の比ではない。沙都梨の武器を押さえ込んで山犬はにやりと口の端を持ち上げた。
「……ふふ」
しかし、沙都梨はそれ以上の笑顔を浮かべた。
山犬が異変に気付くよりも前に、その額に銃弾がめりこむ。木の上から地上の茂みに移動して、チャンスを狙っていた黎の弾丸だ。
「悪いね、私ネコ科らしいのよ……きゃあっ!」
くすくすと笑っていた黎の声が突然叫びに変わった。
ばきばきと枝が折れる音とともに黎が茂みから転がり出る。出ててきたのは彼女だけではなかった。大きな黒い影が黎にのしかかりながら一緒に転がってきた。
「最後の1体がやっと到着したようですね」
ほかの山犬とは別の方向から近づいたせいで、気づくのが遅れたらしい。
歌音が淡々と狙いを定めた。弾丸がすぐ脇をかすめて、山犬は黎から離れる。多勢に無勢であることを感じ取ったのか、じり、と後ずさりを始める。
「そう簡単に逃がさないわ! 待てー!」
もう夜は明け始めている。このまま取り逃がすわけにはいかない。
チルルは全速力で山犬に突進すると、その足に斬りかかった。機動力が奪われたところへ、更に沙都梨が肉薄する。
戦意に彩られた笑みを浮かべながら、沙都梨は渾身の力で刀を振り下ろした。
●闇を晴らせ
空が曙の光を帯び、日の光の中で山犬の死体を確認した後、彼らはその先にある発電所に向かっていた。
すぐに帰還しなかったのは、作業を終えたところで悠騎がこう提案したからだ。
「……ねえ、皆に余裕あるなら発電所見ておかない? 斡旋所の話じゃ、職員の安否確認取れてないみたいだし。乗りかかった船……で合ってたっけ。どうせなら、さ」
彼らの任務は6体の山犬を倒すこと。
本来は死体を確認したところで終了している。
だが、発電所に残された職員の無事も気にかかってはいたのだ。
巨大なコンクリートづくりの建物に入ると、そこには予想通りの悲劇が彼らを迎えた。
かつて人だったモノが、乾きかけの赤黒い血だまりの中でこと切れている。
「発見が遅れてすまない」
目をふせて歌音がその傍らにひざまずいた。
遺体のすぐそばには、彼の私物らしい家族写真が落ちていた。
血まみれの写真の中では女性と少年がやわらかく微笑んでいる。
「……この遺体はできるだけ早く彼らに渡してあげないといけませんね」
歌音はそれをそっと拾い上げると遺体の手元に乗せた。
撃退士たちは、その体をビニールシートで丁寧に包むと、彼とともに帰途についた。