●極寒の露天風呂
「ふむ……あれが雪女か。たしかに結構な美人だな」
脱衣所のドアを少しだけ開けて、ある種威風堂々・蘇芳 更紗(
ja8374)は露天風呂の様子をうかがった。
スレンダー、王道、ロリ巨乳、とそれぞれ傾向の違う美少女が3人、湯船でくつろいでいる。一見優雅な光景だが、今湯船を満たしているのは、凍えそうなくらいの冷水だ。
当然のことながら、彼らは人ではない。
「雪女かー……完全に人の形されているとあまり攻撃したくないよね……」
一緒になって風呂の様子をうかがっていた黒鳥の名を知る者・桜花(
jb0392)が顔をしかめる。
「温泉は妹が好きだし姉が療養目的で行く事が多いし……女とはいえ意思疎通が出来ない相手にかける情けなし! 」
実に男らしい宣言をするのは神速の剣豪・礼野 智美(
ja3600)だ。
彼女は荷物の中から簡易スパイクのアタッチメントを出すと、靴に装着する。凍りついているであろう、床で滑らないための対策だ。
「岩なら戦闘中にそんなに削れる可能性低いだろうし」
見たところ、床は御影石を削ったもののようだ。少々暴れても割れるようなことはないだろう。
「温泉に入れなくなるなんて……絶対、許しません!」
4(◎ω◎*)4☆・久遠寺 渚(
jb0685)が気合をいれる。こちらもゴムスパイクを仕込んで準備万端だ。
人間世界に来るまで、温泉などというものとは縁遠かった悪魔、撃退士・ユーノ(
jb3004)はふむふむと興味深そうに温泉を眺める。
「以前行ったのは山の中の、本当に湯だまりといった温泉でしたけれど、骨休めならこういう場の方が落ち着きますの。あれはあれで貴重な経験でしたけれど」
きちんと手入れされた風呂は、通常の状態で入ればきっと気持ちよいだろう。。
「温泉好きな、人間を誘惑するディアボロなんて……我が同族ながら、何を考えてこんなものを作ったのかわからないのです」
敵の様子を冷めた目で観察しているのは仲良し撃退士・アイシス・ザ・ムーン(
jb2666)だ。誰かは知らないが迷惑なことをするものである。
「ん、せっかくの温泉だし、早く倒して入らせて貰いたいね。そのためには壊さないようにしないとだけど」
着替えをすませたマジカル♪みゃーこ・猫野・宮子(
ja0024)が胸をはった。服が水に濡れないように上は水着、そして足元は滑りにくいスニーカー、という変則的な恰好である。
「そろそろ作戦開始かい?」
隣の男子用脱衣所から声がかかった。
今回の黒一点、きらきら☆非モテ道・若杉 英斗(
ja4230)である。
女子の脱衣所に入るわけにもいかず、彼だけ別行動なのだ。扉ひとつの差ではあるが、一人で脱衣所にいるとちょっとさみしい。
「魔法少女まじかる♪ みゃーこ、水場バージョンで出撃にゃ〜♪ 施設を壊される前にささっと終わらせるのにゃ!」
元気よく宣言して、宮子が勢いよく脱衣所の扉を開けた。
雪女を倒すため、風呂場に踏み込む。
だがしかし。
「さ……さむ…………っ!」
びゅうっ、と吹きこんできた寒風にさらされて、宮子の顔が固まった。
寒い。
むちゃくちゃ寒い。
冬の外気とそのままつながった風呂場なのだ。
水着一枚で突入したらそら寒い。
「お、温泉がないから……?」
宮子だけが絶対絶命に陥った。
●魅惑と寒さとの戦い
「うふふ」
敵の出現に反応して、少女たちが湯船から体を起こした。
彼女たちは撃退士に妖艶に微笑みかける。
「雪女型のディアボロか。誘惑攻撃をしてくるそうだが…」
ふっと英斗が笑みをうかべる。
「久遠ヶ原学園は美人だらけ! 美人はいつも見慣れているから、お前達をみてもなんともないわっ」
彼女はいないけど!
男として情けなさすぎる宣言をして、英斗は雪女に武器をつきつけた。
雪女の長女がふふっと笑みをこぼす。彼女が立ち上がると、体に巻いていたタオルが肌にぴったりと張り付いた。悩ましい曲線がタオル越しに顕わになる。
くすくすと笑いながら、長女は優雅に手を振った。その先から無数の氷のつぶてが放たれる。
「敵をよくみてっ!技の出所を見極めて攻撃をかわすぜ!」
(けっしてやましい気持ちからガン見しているわけではないっ、きりっ!)
だが、英斗の勢いがよかったのはそこまでだった。
「かっこいい人は、好きよ」
長女の甘いささやきを聞いて英斗はがくりと膝をついた。
「え……え、かっこいいって俺? 困ったなあ!」
「いきなり敵の術にかかるな」
でれっとやにさがった英斗の頭を、すっぱーん! と更紗が思い切りはたいた。
「あ、あれ?」
目を白黒させている英斗をほうっておいて、女性陣が雪女に向かう。まずは長女を集中攻撃だ。
「こっちですよ!」
ばさりと翼を広げてアイシスが床を蹴った。
雨除けの天井ぎりぎりまで高度をあげて長女の注意をひく。天井のせいで思ったより距離が稼げなかったぶん、氷のつぶてがアイシスに勢い良く当たる。しかしここで引くことはできない。
「真上を見上げては、首は疲れるし注意も散るのが自明の理なのです。ほら、横の注意がお留守なのですよ」
横、の言葉に長女が視線を下に戻したときには遅かった。
刀を抜いて走りこんできた智美が切りつける。肩からざっくりと袈裟懸けに切られ、雪女はぎいい、と不愉快な声をあげた。
「温泉を凍らされても入らなければどうということはないのにゃ! マジカル♪ソードを食らうのにゃ!」
ソードと言いつつ、宮子が苦無を振りかざす。長女は交代して必死によけようとしたが、その場所にはアイシスが急降下してきていた。
「刃物や鈍器は苦手なのです。だから、勢い任せのギロチンなのですよ!」
上からと、横から。同時に2方向から攻撃されて、長女は湯船に沈んだ。
「あと2人!」
宮子たちが振り向くと、そこでは他の雪女を引きつけていた仲間が苦戦していた。
●女の戦い?
「わ、わわわわっ!」
悲鳴をあげながら、渚は次女の猛攻をなんとかかわした。
連続で投げられる氷のつぶて。怒っている。次女は明らかに怒っている。
原因は、彼女の注意を引くために渚が放った言葉だ。
「次女さん、次女さん、凄い美少女で羨ましいです! でも、妹さんよりちっちゃいなんて、可愛そうですね……」
ちらりと胸元を見てつぶやいた瞬間、次女のまとうオーラが一変した。
どうやら、渚は次女の地雷を思い切り踏んでしまったようである。
「こ、このままじゃお風呂が壊れてしまいます……!」
一応、頑丈な岩の床や湯船につぶてが当たるように誘導しているが、いつドアや蛇口に当たるかわからない。かといって、自分自身の体で施設をかばおうにも、渚の体力でこのつぶてをまともに受けたら死んでしまう。
「お嬢様、パートナーが違いますよ」
舞うような仕草で、更紗が渚と次女の間に割って入った。
「私が一時ダンスパートナーを勤めさせて貰います、誘うは死出の旅路ですが」
がん、と音をたてて氷のつぶてが盾に当たる。
防御を得意とする彼女は、余裕で攻撃を受け止める。その間に英斗が次女に近づいてきていた。
「この距離なら外さない! 喰らえ、シャイニングフィンガー!!」
間近からスネークバイトで切り裂かれ、次女は湯船の中に膝をついた。
その体を更紗の太刀が薙ぎ払う。次女は水の中で沈黙した。
一方、三女を引きつけていたユーノは、駆けつけた仲間によって困った状況になっていた。
「ねえ、私と一緒に帰らない? ねぇねぇ!!」
援護に駆けつけた桜花が、三女のたわわな胸に誘われて、魅了されてしまったのである。
幸い、桜花は今のところ両手を怪しくわきわきさせながら三女に迫るだけで、こちらの敵には回ってこない。だが距離が近すぎるので、周りが攻撃できない。
と、思ったら桜花の真上から氷水が注がれた。
「……変なことに気をとられてないで、きちんと戦うのです」
翼で空中に移動したアイシスが上から水をかけたのだ。
「あ、あら……私としたことが」
その様子を見て、三女がちっと舌打ちする。
「この温泉は知能も怪しい紛い物には勿体ないですの。引っ込んでいなさいな」
三女の手の届かない空中からユーノが槍で攻撃する。爪の代わりに氷のつぶてが飛んできた。
屋根のせいでうまくよけられず、つぶての何個かがユーノにまともに当たる。
しかしそれだけ注意を引けば十分だった。
「ちょっとその胸はもったいないと思うけど!」
桜花の打刀が三女にたたきつけられ、彼女は姉妹と同じ運命をたどった。
●癒しの温泉内風呂編
「広い温泉はやっぱり気持ちいいね♪ うー、天国だよ〜……」
湯船の中で手足を広げて、宮子はゆったりとため息をついた。
柔らかな温泉のぬくもりで体が優しくほぐされていく。
「旅館の店主が風呂を用意しておいてくれて助かったな」
湯の中で体をあたためながら智美が微笑む。彼女の頬も上気して桜色だ。
「でも、混浴露天風呂が、内風呂になったのはちょっと残念だね」
桜花が苦笑する。
そう、彼らが入っている風呂場は、外とは繋がってはいない。
混浴を好まない客や、悪天候の時のために用意された男女別の内風呂だ。
「しょうがないですよ。大きく壊れたわけじゃないですけど、お風呂に傷がついてしまったのですから」
そうフォローをいれる渚も、少し残念そうだ。
しかし、スパイクで削れた小石や、ディアボロの死体がまだ残っている風呂に、客を入れたくないと言われてしまっては仕方ない。
大きく壊れたわけではないが、露天風呂を再開するには手入れが必要そうだ。
「まあ、温泉の湯自体は気持ちいいから、よいのではないですか」
ユーノが楽しげに微笑む。
人間世界での経験が少ない彼女にとっては、内風呂も十分興味深いようだ。
「初めて聞いた時はどうなのかと思ったのですが、お風呂で読む本と言うのも結構いいものなのです」
景色を気にしていないのはアイシスも同様だ。
彼女は本を持ち込んで、のんびり長湯を楽しんでいる。
「……あれ? ひとり足りなくない?」
仲間の肉体美を堪能していた桜花が、ふと顔をあげた。
今回の作戦に参加した女性は7人、対してここにいるのは6人。ひとり足りない。
「えーと、更紗さんがいないようです」
「更紗なら、さっき英斗と一緒にいたが……」
そのときだ。
「ちょ、蘇芳さん? 何やってるんですか、ここ男湯ですよ!」
「男なんだから当然だろう」
男湯から英斗と更紗の声が響いてきた。
「戦闘で汗の一つぐらいかいただろう、風呂に入ってスッキリするといい。背中を流してやるぞ?」
「別のものがスッキリしなくなるから、勘弁してくださいっ!!」
英斗の悲痛な叫びが男湯にこだました。