●白い戦場
厚く雪に覆われたゲレンデに撃退士たちは降り立った。
人気のない斜面はところどころ不自然に盛り上がっていて、時折何か白い影がちらちらと見える。
このゲレンデを占拠した人狼型のディアボロだ。真っ白な体毛に覆われているため、遠目では雪との区別がつかない。
「ワふーっ……雪ですワ、冷たいですワ、寒いですワーッ!!」
人間世界の雪に初めて触れた撃退士・ミリオール=アステローザ(
jb2746)がはしゃいだ声をあげた。
一面の銀世界にテンションが一気にあがる。
「実際に見ると、頂上まで結構距離があるね」
導きの陽花・ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が頂上を仰ぎ見る。麓から斜面の頂上まではだいたい100メートルといったところだろうか。
「空を飛べるメンバーはともかく、うちらはリフト使ったほうがよさそうやな」
夢幻の闇に踊る・桐生 水面(
jb1590)がうーん、とうなる。
撃退士にとって、100メートルの距離はそう遠くはない。だが、それは雪がない場合の話だ。
こんなに滑る雪の斜面を天魔の相手をしながら一気に登るのは難しい。
「初のV兵器を使用しての戦、故に心が躍ります」
撃退士・夜姫(
jb2550)がぎゅっと武器を握りしめた。彼女は冥魔の陣営から人間世界にやってきてまだ日が浅い。実際に撃退士として戦場に出るのはこれが初めてだ。悪魔として戦ってきた過去はあるが、やはり緊張するのだろう。
「リフトについて聞いてきましたよ」
少し遅れて撃退士・N(
jb2986)が合流してきた。彼の手には手書きらしいメモ用紙が握られている。
「リフトは動かして構わないそうです。ただし、パネルを動かすための人手は出せないそうです」
「まあ、スタッフが出せないのはしょうがないのう。他の天魔に気を取られている間に、スタッフが怪我でもしたら目もあてられん」
撃退士・イーリス・ドラグニール(
jb2487)が神妙に頷く。
「ただ、代わりに操作方法はレクチャーしていただけました。簡単な設備ですから、私たちでもコントロールできそうです。一回電源をオンにしたら動かしっぱなしにもできるそうなので、作戦開始と同時に操作しましょう」
手に持っていたメモは操作方法の覚書らしい。
「まずはディアボロの気をひきましょうか」
スマートガード・仁良井 叶伊(
ja0618)が武器を装備する。
「救出は……まあ、飛べる人達に任せてこっちは……まあ、頑張りましょう」
(雪山でサバイバルゲームですか……。ペイントボールは視認性の低い相手には便利なんですが、高いんですけどね……全く)
買う店にもよるが、準備資金の3000久遠では2、3個買うのが精いっぱいだ。外さないよう大事に使わなくてはならない。
「……ん。豚汁の。為に。頑張るよ」
生体食料庫・最上 憐(
jb1522)が、ぐっと拳を固める。動機はともかく、気合は十分のようだ。
「人命がかかっていますワ、頑張らないとですっ!」
同じく気合をいれるミリオール。
その姿を見て、Nはこっそりと息をついた。
(ふむ。張り切っているところ悪いですが……順当に考えて要救助者は死んでるでしょうね。生かしておくほどの余裕や理性は野生動物には無いでしょう。かのディアブロが別の思惑に基づいているなら別ですが……)
悪魔としての合理的すぎる思考がそう判断を下す。
救助者について自分は期待しない。だが、仲間たちの気持ちに水をさすこともないだろう。
Nは心情を押し隠して作戦を開始した。
●雪煙囮合戦
囮班の行動は迅速だった。
まずはイーリスと夜姫がその翼を広げて宙に舞いあがった。
「さて……、獲物はどこかの?」
空にとどまって周囲を確認しようとしたとたん、斜面のあちこちから雪玉が飛んできた。
飛んできた方向は3つ。
そのうちのひとつはリフトのすぐ近くだ。
「こっちに来なさい!」
夜姫がリフト近くの狼をかすめて飛ぶ。
思惑通り狼は彼女の後を追ってリフトから離れた。
斜面のディアボロがすべてイーリスと夜姫に向かってきたのを見て、リフトが動き出した。
ここでまたリフトに目を向けられては困る。
ダメ押しをするように叶伊が狼たちに向かっていった。
「こっちだ!」
かんじきを履いてきたおかげで、徒歩とはいえ結構な馬力がでる。ざくざくと雪をかきわけてやってくる青年に狼の注意が引かれた。
「まずは目印ですね」
獲物がいくつも現れて注意が散漫になった狼に、夜姫がペイントボールを投げつけた。
パキャッと軽い音がして白い毛皮の上に蛍光色がぶちまけられる。
「こっちもだ!」
叶伊もペイントボールを投げる。これで2体に目印ができた……と思った瞬間。
どおんっ! と大きな音がしてマーキングされていなかった狼が吹っ飛んだ。
派手な爆発に大きな雪煙があがる。
「……ん。抜き足。差し足。忍び足。そして。爆発」
他の仲間が立ち回っていた間にこっそりと近寄ってきていたらしい。
爆発のダメージを受けながらも、再び雪と同化しようと立ち上がった狼にイーリスがペイントボールを投げつけた。雪煙が舞うなか、冷静に周囲を観察していたおかげである。
追い討ちをかけるように再び爆発が起こった。
「……ん。丸焦げ。狼。コレで。見付け。易くなるね」
物騒なことを呟く、かわいらしい声だけが響く。
生き残った狼は敵の姿を求めてきょろきょろと辺りを見回した。自分は擬態に長けていても、擬態している相手を見つけるのは不得意のようだ。
「姿さえ見えていればこの程度……っ!」
シールドで雪玉を防ぎつつ叶伊が狼との距離を縮める。雪玉よりもはるかに殺傷能力の高い手裏剣を受けて狼は動かなくなった。
「あとは1体じゃの」
憐が巻き起こす雪煙に隠れるようにして、イーリスが引き金を引く。
どこから攻撃されたのかわからないまま狼はがくりと膝をついた。そこへ夜姫が突っ込んでくる。
「はあっ!」
鮮やかな太刀筋で夜姫は狼の首を斬り飛ばした。
「……ん。いなくなったね。狼。このへん」
「あとは頂上だが……」
見上げると頂上付近から戦闘の派手な音が響いてきている。どうやら救出班は無事上まで行けたようだ。
「あの様子なら大丈夫かのう」
のんびり見ていると頂上付近で歓声があがった。
●救出作戦
時間は少し前に戻る。
救出班にまわった撃退士たちはリフトの乗り場に集まっていた。
そこには一人乗りらしいリフトの座席が整然と並んでいる。ただ椅子があるだけの不安定な設備だが、翼のない者はこれに頼らなくてはならない。
「作戦が始まりましたワ!」
斜面の様子をうかがっていたミリオールが声をかける。1体リフト近くに潜んでいたようだが、夜姫の誘導によって離れていった。
「動かすよ!」
水面とNがリフトを動かす。
襲撃に注意しつつリフトに乗ったが、幸い狼たちは囮班にひきつけられているようだ。
(時間を掛けるとどうなるか分からないから、早めにいきたいね)
祈るような気持ちで彼らは運ばれていく。
翼のあるNとミリオールはともかく、ソフィアと水面が下に落ちたりしたら大きく時間をロスしてしまう。
「よし、あと少し……わぁっ!」
降り場まであと10メートル、というところで雪玉が飛んできた。
雪玉の直撃をうけたソフィアが座席から落ちそうになる。
「あそこか!」
Nとミリオールが翼を広げて座席から飛び出す。雪玉が飛んできた方向にカラーボールを投げると、そこに蛍光色の人狼の姿が浮かびあがった。
ダンボール箱付近だけでなく、リフトの降り場付近にももう1体潜んでいたらしい。
「あなたの相手は私ですワ!」
翼をはためかせて速度を上げるとミリオールは狼に突っ込んだ。
脇を切り裂かれて狼が雪の上に転がる。立ち上がろうと体を起こした狼の眉間に銃弾が叩き込まれた。
ふたりが狼の気をそらしている間にリフトから降りたソフィアである。
「あとは食料のところに残りが」
「わかってる! 行こう!」
Nの言葉に頷いて水面が走り始める。
ダンボールのそばに行くと、白い影がふたつ、ゆらりとこちらを向いた。
箱のクラフト紙の色が背景になってそこだけいやにくっきりと姿がわかる。彼らの足元には派手なスキーウェアに身を包んだ女性の姿が見えた。
「せつ子さん!」
生きているかどうかはわからない。だが助けださなくては。
走るスピードをあげる水面をNが援護する。
「穿て、エナジーアロー!」
魔力の弾丸がNの手から放たれた。広範囲にばらまかれた矢から逃れるように、狼たちは左右に分かれた。そのすきに水面がせつ子を抱き上げた。
「せつ子さん! せつ子さん大丈夫?!」
ぱしぱし、と頬を叩くとせつ子は目を開いた。大丈夫だ、生きている。怪我も確認してみたが腕を少し切られただけのようだ。
「よかった……。みんなー! せつ子さん生きてるよ!!」
水面の言葉にミリオールとソフィアの顔が明るくなる。
「そこでせつ子さんを守ってて! すぐに片付けるから!」
ソフィアはそう言うと銃を構えた。残った人狼2体はそれぞれミリオールとNが取りついて戦っている。
「雪合戦ですワっ!? ワふー……負けてられないですっ!」
雪を投げてくる狼に対抗してミリオールが雪玉を投げた。
所詮雪玉なので、ディアブロを倒す決定打にはならない。気を引くことには成功したようだ。
完全にミリオールしか見ていない狼の急所を、ソフィアは的確に打ち抜いた。次々と正確な射撃を受けて狼は雪の上に崩れ落ちる。
Nの方向に視線を戻すと、彼はじりじりと敵との距離を詰めているところだった。
何度か魔弾を受けたであろう、狼の毛皮には派手に地が飛び散っている。
「血を撒けば目立つのは変わらないでしょう」
赤白に染め上げられた狼にソフィア、ミリオール、Nの攻撃が加わる。
その場の狼をすべて倒したことを確認して、撃退士たちは歓声をあげた。
●シメは豚汁で
「みなさん助けてくれてありがとうね!」
麓のロッジに戻ってきた撃退士たちはせつ子に礼を言われていた。
天魔事件に巻き込まれたが、彼女は無事だ。怪我した腕を三角巾で吊ってはいるが、おおむね元気だ。
「お礼においしい豚汁作ったから食べていって!」
そう言って、どーんと豚汁が出される。具だくさんでほかほかだ。
「これはおいしそうですね……」
叶伊が口元をほころばせる。
よそわれただけでもわかるほど、たっぷりと豚肉が入っていた。
「なんてったってあんたたちは命を救ってくれた恩人だからね。豚肉をたっぷり入れておいたよ!」
腕を怪我してなければ、私が作ったんだけどねえ。
肉増量で我慢して、と言われたがこのままでも十分おいしい。
「……ん。たべる。いっぱい。大盛りで」
憐のどんぶりにも豚肉がたっぷりだ。彼女は一生懸命それを口に運ぶ。
「これが、『とんじる』なるものなのですね。……作るのを手伝いたかったです」
「お客さんにそんなことさせられないよお」
夜姫の言葉にせつ子が笑う。
彼女が倒したディアボロの肉をこっそり提供しようとしていたことは秘密だ。
(冥界では食料として使用されてましたし問題無いはずです……はずです)
「ううん……しょうががきいてておいしい。あったまるなあ」
豚汁を味わいながらソフィアの顔が幸せそうに緩む。その横で水面がテーブルの上の七味を取った。
「あ、うちはちょっと七味唐辛子いれよ」
「やっぱりこちらの世界は最高ですワー!」
撃退士たちは思う存分、豚汁の暖かさを味わった。