●悲劇を止めて
住宅地の一角にある、ごくごく普通の家の前に撃退士たちはやってきた。
この家の3人の子どもが企てている『サンタ捕獲計画』なるものを止めるためである。
子どもが不思議生物サンタさん会いたさにこっそり夜更かしする。それはよくある微笑ましい風景だが、子どもが撃退士だった場合はシャレにならない。
「長野や京都とは違うわね……願わくば、この平和が――え? サンタ捕獲? また懐かしいわね」
学園近くの住宅街の平和さを見て、Wizard・暮居 凪(
ja0503)は言った。学生時代のクリスマスを思い出して、自然に口もとが緩んでしまう。
「サンタ捕縛か。今時の子供は過激なことを考えるのだな」
クリスマスがどういう行事かあまり理解していない飽くなき食への探求心・コンチェ (
ja9628)が首をかしげる。一応簡単な説明を受けたが、いまいちピンときていないようだ。
(サンタというのはどういう人物なのだろうか? 子供の親が正体と聞いたが……何はともあれ、子供達に捕縛をやめさせれば良いのだろうが)
「まずは二手に別れるのよね。とりあえずうちは裏方として立ち回って皆の意見に沿い、流れを阻害せず邪魔にならないようにして、目的達成に密かに邁進するわよ」
今回は説得に加えてサンタショーでわかりやすく『サンタさんに暴力はいけない』と教える予定だ。猫になった・高虎 寧(
ja0416)の言葉に皆頷く。
撃退士・坂本 小白(
jb2278)がショーの準備リストに目を落とした。
「人命のかかった依頼ですので尽力させていただきます。決してヒーローショーをやるのが楽しいとか、そういうことではありませんからっ」
と言いつつも、ヒーローショーの会場手配などに一番力をいれていたのは彼女だったりする。年長者に微笑ましく見守られながら、小白たちショー運営組は一足先に会場へと向かった。
「まずはご両親への説明ですね」
ドクタークロウ・鴉乃宮 歌音(
ja0427)がドアの前に立つ。
年上の人間が何人もやってきて、子どもに話しかけたりどこかに連れだそうとしたら大騒ぎになってしまうからだ。
「説得のためにも、できるだけ長く子どもと話したいですね」
撃退士・クリフ・ロジャーズ(
jb2560)が気遣わしげに玄関を見やる。何故子どもたちがサンタをつかまえたいのかが気になっているようだ。
「子どもの相手はまかせてくれ」
恋人と繋ぐ左手・カルム・カーセス(
ja0429)がニカっと笑う。
3人はインターフォンを押した。
●訪問者
「はい、どなた?」
来客の対応にでてきた両親はいぶかしげに歌音とカルムを見た。
それもそうだろう。彼らと子どもたちには撃退士以外の接点はない。歌音は手短に来訪の意図を説明した。
「まあ……あの子たちがそんなことを?」
天魔以外のものに武器を向けようとしたことを聞いて、両親の表情が曇る。歌音があわててフォローをいれた。
「計画を聞いた仲間によると、子どもたちに悪意はないようです。撃退士として魔具・アウルを扱う事は他人を護る力を持ったという誇りです。……ただ、まだ子供なだけ。心が未成熟なだけなので、未来の芽を摘むのはどうかやめて頂きたい」
そう言うと、母親が苦笑する。
「大丈夫、撃退士をやめろとは言いませんよ。そんなことに武器を使っちゃいけません、ってお尻を叩いちゃおうかとは思いましたけど」
両親はおおらかに笑っている。さすがに三人もの子どもを久遠ヶ原に通わせるだけのことはある。
「子供達とサンタの事についてたくさん話したいので、交流する時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
クリフが言うと、両親は快く頷いてくれた。
「おとーさん、おかーさん、何やってるの?」
玄関で長話をしていたせいだろう。子どもたちが気になって玄関までやってきた。「お兄さんたちがね、遊びにきてくれたんだよ」
父親に紹介されたことで、子どもたちが警戒をとく。
カルムはしゃがむと彼らに目線をあわせた。
「よう。俺はカルムってんだ、よろしくな? お前たちなんか面白そうな事やるんだって? 俺も仲間に入れてくれ。捕縛スキルあるから役に立つぜ」
いきなり捕獲計画のことを持ちだされて龍彦が目を丸くする。
「なんで知ってるんだよ?」
「俺は魔法使いだから何でも知ってるんだ」
にやりと笑いかけると、子どもたちはひるむ。
「どうしよっか?」
龍彦が虎太郎を見る。じーっとカルムを見た後に虎太郎は頷いた。
「カルムも撃退士みたいだし、いいんじゃない?」
「よし、じゃあお前も仲間な!」
クリフと歌音も仲間にいれて、と言うと3人はこくこくと頷いた。カルムは末っ子の卯月を肩車すると立ち上がる。
「よーし、それじゃあみんなで遊びにいこうか」
「遊びに? どこいくの?」
「んー、楽しいとこだぞー」
内緒、と子どもたちに言いつつクリフがこっそり両親に行き先を告げる。もちろん、他のメンバーが用意しているサンタショーの会場へ行くのだ。
「一緒に遊んだりお菓子を食べたりしながら、それとなくサンタ捕獲の理由などを聞けたらと思うのですが。いかがでしょう?」
そういうことなら、と彼らは連れ立って家を後にした。
●楽しいショーを始めるよ
一方、イベント会場では仲間たちが着々と準備をしていた。
「俺は、サンタ役で参加させてもううじゃん」
撃退士・白崎 柚樹葉(
jb1644)が楽しげにサンタ衣装に着替えている。
「赤いサンタ風の服を着て、付け髭をつけてサンタ完成ーって、子供たちのイメージするサンタって、これであってるかな? 俺は、これしか思いつかなかったけどどっかの国では、サンタは緑色って聞いたことがあるような……。まぁ、ここは日本だし、きっと、子供たちも赤いサンタをイメージしてるよな!」
「ええ、その格好でいいと思います」
話をふられて、小白は頷く。
と、同時に彼女の脳裏に苦い思い出がよぎった。
(サンタクロース、ですか……私も信じていた時期がありました。嫌な思い出です)
いないと分かってショックを受けたのはまだ良いとして、家族に信じていた頃の話を蒸し返され、笑われるのが癪に障る。彼女にとってはとんだ黒歴史だ。
(……思い出したら、また腹が立ってきました。依頼が無事に終わったら実家に電話でもかけてみましょうか)
恨み言のひとつでも言ったほうがいいかもしれない。
「これはあくまで文句を言うためであって、声を聞きたいとかじゃないですから」
「何が?」
最後のセリフを思わず口に出していたらしい。柚樹葉に聞き返されて、小白の顔が真っ赤になった。
「いいいいや、何でもないですっ!」
「子どもたちが来たみたいよ」
タイミングよく連絡係の寧が声をかけた。小白は気を取り直して準備にとりかかる。 幕を開けると、柚樹葉が元気よく舞台の上に登場した。
●サンタさんが大変だ!
「メリークリスマース!!」
柚樹葉が声をかけると、子どもたちの元気な声が返ってきた。
事前に小白や他のメンバーが宣伝していたおかげで、思った以上にお客が来ている。最前列には撃退士と一緒に3兄弟の姿がある。
「みんないい子にしてるかなー? サンタさんは、一年いい子にしてた子にプレゼントをあげるつもりだよ?」
「今はくれないの?」
こまっしゃくれた虎太郎の言葉に、柚樹葉は余裕の笑顔を返した。
「ふっふっふ、クリスマス・イブまではおあずけだよ? とびっきりのプレゼントを用意してるから、楽しみにしててね。でも……悪い子には……」
「サンタ、覚悟!!」
柚樹葉の言葉を切るようにして、黒い衣装を着たコンチェが現れた。
「我はサンタを抹殺すべくやってきた悪の使者! 邪魔するものは誰であろうと容赦しない!」
「な、何ぃー!」
わたわたとわざとらしく慌てる柚樹葉に近づくと、コンチェはプレゼントの袋を鷲掴みにする。
「うわっ!?このままじゃプレゼント配れないじゃん! プレゼントが悪者に独り占めされてしまう! これを楽しみに思っている沢山の子がいるのに……」
サンタさんをはなせー! と子どもたちが口々にヤジを飛ばす。
「……だ、誰か、助けてくれー!」
「ふはははは、助けなど来ないぞ!」
二人でノリノリで掛け合いをしているところに、大きな爆発音が響いた。
「聖ニコラウスの名において――」
スポットライトを浴びながらヒーロー役の凪が現れる。白銀の鎧をまとった彼女はまさしく守護天使といった風情だ。
「良い子にはプレゼントを。悪い子には――」
言うが早いか、彼女の手からきらきらと光る糸が繰り出される。糸はあっという間にコンチェをからめとった。
「……くっ!」
「お仕置きよ。覚悟はできているかしら?」
「うわあああああっ」
ぴん、と糸が引き絞られるとコンチェが苦しそうに絶叫した。そのまま舞台袖へと退場する。
「あ、ありがとう! 助かったよ!!」
「どういたしまして……あら。おかしいわね。このあたりに未だいたような気がするんだけれど。君たち、悪い子、知ってる?」
わざと3兄弟に声をかけると、全員ぶんぶんと顔を横に振った。
「そう、他のところを探しに行かないといけないわね。もし見つけたらおしえてね?」 ウィンクひとつ残して、凪は退場した。
一人残された柚樹葉が腰を落として観客全員に向き合った。
「そこの君達! 龍彦君、虎太郎君、卯月ちゃん、だったかな」
いきなり名指しで声をかけられて、3人は目を丸くした。
「どうして、名前を知っているかって……? ふふん、サンタサンはなんでもお見通しなんだよ。だから良い子にしてたら、必ず、サンタサンがプレゼントをあげるから、ベッドの中で安心して待っててな。あと、お父さんとお母さんの言う事はよく聞くように! 悪い子にはサンタサン、プレゼントあげられないからなー」
悪い子がどうなってしまうのか、それは今目の前で見せられたところである。
3人は素直に頷いた。
この様子なら、クリスマス当日にサンタに危害を加えようとはしないだろう。
見守っていた撃退士たちは一様にほっと息をつく。
「子供は夢をたくさん食らって育っていけってどっかの誰かが言ってたし、うまく行くといいね」
仲良く家へと帰っていく家族を見送りながら、クリフが言う。
そのとおりだ、と撃退士たちは頷いた。