●港の沈黙
駅近くの小さな港に撃退士たちは姿を現した。
現場に足を踏み入れた撃退士・ネピカ(
jb0614)は周囲を見回した。
(人っこ一人居ない冬の港と言うのは、妙に肌寒いと言うか、侘しいと言うか……)
普段は漁船や貨物船で賑わう場所だが、天魔出現の影響で人影はない。
辺りに漂うのは寒々とした空気だけだ。
「折角のフェリー場も、人がいないと寂しいですね」
期待の撃退士・鑑夜 翠月(
jb0681)が不安げに視線をさまよわせた。
「荷物が届かないと困りますから、早く元に戻さないといけませんね」
撃退士・坂本 小白(
jb2278)が周囲を注意深く観察する。フェリー乗り場の近くには魚料理の店の看板もある。そこには色鮮やかな鯛のイラストも描かれていた。
(……それにしても、特産品が敵として登場するなんて。ご当地ヒーロー物にありそうですね)
実際、ご当地事件なのだが。
「また皆さんが戻ってこれるように、頑張りますね」
翠月がかわいらしく拳を固める。
「ん、あっちにディアボロが集まっているようだな」
港の奥を見ていた連携の銃剣士・桝本 侑吾(
ja8758)が言う。彼の指す方向には、赤い魚が何匹もゆらゆらと空中を浮遊していた。
その光景を見て理性の人・紅 アリカ(
jb1398)が眉をひそめる。
「……腐っても鯛とは言うけど……、これはちょっと、ね……」
見ていると、赤い魚たちは何かを探すように港の周囲をあちこち行き来している。
だが何かひとつに固執しているわけではなく、まんべんなく周囲を確認して回っているように見えた。
「……なんだかへんてこなディアボロなの。でも、放っておくわけにはいかないから、愛ちゃんも頑張って退治するの!」
守護者のガーディアン・周 愛奈(
ja9363)は気合をいれる。
どのような理由があるにせよ、港の迷惑なのは変わらない。
「本格的な掃討に移る前に、倒せる分は倒しておこうか」
魔を砕く誉・高峰 彩香(
ja5000)が、前方に固まっている魚に向かって銃を構えた。隠れている敵をおびき寄せるつもりだが、まずは周囲の目立つ敵を排除したほうが後々戦いやすい。
「……」
ネピカがその隣で首をコキコキと鳴らす。
(……雰囲気に飲まれてる場合じゃなかったぞよ。さっさと飛ぶ鯛型他のディアボロ退治して、避難解除しないとのう)
「今いるのは1、2……4匹か。さて、ディアボロ漁といくか」
Gun&Sword・古賀直樹(
ja4726)がそう言って、彼らは作戦を開始した。
●見敵必殺!
「そぉら、喰らえっ!!」
直樹はアサルトライフルの引き金をひいた。
セミオートモードのライフルから連続して弾丸が発射される。
弾丸をうけて鯛がのたうちまわった。
「援護頼みます!」
突然攻撃されて動揺したのか、鯛の動きは鈍い。
侑吾とアリカが剣を振りかざして突っ込んだ。
鯛はヒレを大きく羽ばたかせると、身を翻す。空中にはいるが、その動きは水の中のそれと全く同じである。
「すばしっこいな……!」
しかし、数では撃退士たちのほうが圧倒している。
侑吾の刃ををよけようと鯛が身を翻したところに、ネピカの放った矢が当たった。8人もの人間に取り囲まれ、連携して攻撃されては逃げ場がないようだ。
魔弾と銃弾に囲まれて、鯛の飛ぶ速度が鈍った。
そこへアリカの剣が迫る。
「……れじゃあ、3枚に下ろさせてもらいましょうか」
大剣の一閃。
鯛は両断されて、文字通りの『切り身』となった。
「これで、目についた鯛は倒したかしら」
ふっとアリカが息を吐く。
その瞬間、後方から何かが飛んできた。
「危ない、アリカさん!」
翠月がとっさに魔弾を放つ。白い光が鯛の体に当たってはじけた。
「……くっ!」
間一髪、魚の牙をよけたアリカが今まで自分のいた場所を見る。そこには、翠月の攻撃を受けながらなお闘争心を失わない鯛の姿があった。
「伏兵?」
今まで戦っていた鯛は、すでに切りふせられている。どうやらこの鯛は、今まで近くに潜んでいたらしい。
車やら積荷やら、視界を遮るものが多いのがあだになった。
とはいえ、1体きりでは分が悪い。
「行けなのっ!」
愛奈が魔弾を放った。
翠月の攻撃を受けて、動きが悪くなっていた鯛の動きが完全に止まる。
そこへ、更に彩香の拳が叩き込まれた。
彼女の装着した蛇の形の手甲には刃が仕込まれている。
切り裂かれて、鯛は今度こそ地面に落とされた。
●鯛をおびき寄せろ
目につく鯛を倒したあと、撃退士たちはチームをふたつに分けた。
今回相対した敵は強いにおいにおびき寄せられる性質がある。
見えない敵を探し回るより、においの強いエサを用意し、敵をおびきよせる作戦である。
各々、密閉容器や瓶に香辛料たっぷりの食べ物を用意してきている。
そのはずだが。
「ん? ネピカ君はエサを持ってこなかったのか?」
ひとり手ぶらで武器を構えるネピカを見つけて直樹は声をかけた。ネピカは困った顔で首をふる。
「……」
彼女の手には何も用意されていなかった。
においの強いものが思いつかなかったわけではない。反対に絶対にこれしか考えられない、という品物があった。しかし。
彼女が用意しようとした、『塩漬けニシンの発酵缶詰』は調達できなかった。
物がなかったわけではない。
缶が高かったのである。
(輸入ものとはいえ、五千久遠とはぼったくりもいいとこぢゃ……)
高いとは思うが、現在輸入可能な店は日本にひとつしかないのだからしょうがない。
ネピカはあきらめて武器を構えた。
とはいえ、ひとりくらい道具を用意できなくても作戦全体に影響はない。
小白、彩香、直樹の三人が用意した食材のにおいにつられて鯛がすぐに姿を現した。
ゆらりと現れた魚影はふたつ。
存外に動きが早い。
あまり数が多いようならほかの仲間と合流して倒す予定だったが、数が少ないのを見て取った彼らはすぐに迎撃の構えをとる。
「きーちゃ……ではなく、ヒリュウ、力を貸してください」
うっかり、召喚獣をかわいい愛称で呼びそうになりながら、小白がドラゴンを呼び出した。
赤い翼のかわいらしいドラゴンはブレスを吐く。
動きの鈍ったところにネピカと彩香の剣が叩きつけられた。
「飛んで火にいる冬の魚……ってのも何か変かな?」
切り刻まれ、傷ついた鯛はとっさに逃走を図ろうとする。
しかし、それを許す撃退士ではなかった。
「これでラストだ」
パン、と乾いた音がして直樹の放った銃弾が鯛を撃ち落とした。
「……これで2体だね。残りを探す前に2班に連絡しようか」
彩香の提案に、直樹は携帯電話で仲間をコールした。
一方、他のメンバーもまた敵を探していた。
侑吾は、事前に屋台で買った肉の入った袋を開ける。
「あー……腹減ってきた。屋台の肉の香りって、本当に腹に刺激を与えるよなぁ……」
ぐるる、と育ちざかりの胃が鳴る。
「……食べ物の匂いに釣られるなんて、食いしん坊さんなの」
同じように、食べ物の袋を開けながら愛奈が言う。
「でも、虱潰しに探さなくて済むのは助かるね」
あたりを警戒しながら、彩香が言った。周囲は資材など隠れられる場所が多い。いちいち、すべての物陰を探していたのでは日が暮れてしまうだろう。
においの強いものに引き寄せられる性質があるのは幸いだ。
そう話していると早速赤い魚の姿が現れた。
数は3体。
このメンバーで相対するのに難しい数ではない。
ひゅっと風をきって翠月と愛奈の手から魔弾が放たれた。攻撃をかわすために鯛たちは進路を変える。
しかし、その行動はすでに撃退士たちに読まれていた。
「……っの野郎!」
侑吾が剣をふるう。
クレイモアの刃を受けて鯛は叩き落された。
残り2匹も、アリカが追っている。
後衛ふたりの援護を受けながら、ヒレを傷つけると2匹まとまって資材に囲まれた一角に追い込まれた。
「うまく纏まってますね、これならっ」
そこへ、翠月の放った光が降り注ぐ。
体中を打ち抜かれて、鯛は動かなくなった。
●戦いのあとと、異変のはじまり
「……敵はすべて倒したようですね」
仲間と合流したあと、周囲を確認していた翠月は周囲に天魔が全くいないことを確認して息を吐いた。
これで、港の警戒態勢は解除されるだろう。
「天魔は一掃できたか。あとは帰るだけだな……ああ、腹減った」
ずっとおいしそうな食べ物のにおいの中で戦ってきたのだ、空腹感は普段の任務の比ではない。
侑吾はおびき寄せ用に持ってきていた肉をひとつつまみ食いする。
せっかくだから、帰りに鯛を買って帰るのもいいかもしれない。
「ふう、鯛はやっぱり食うに限る。戦いなんぞもうごめんだ」
直樹の言葉に、侑吾がまったくだ、と同意する。
「……思ったより匂いがついてしまったかしら。早く帰って洗い落した方がよさそうね……」
アリカが、自分の服のにおいをかいで顔をしかめる。隣で小白もこくんと頷いた。
女の子は食べ物よりシャワーのほうが必要なようだ。
「敵の狙いは何だったのかしら」
港の地面に転がる魚を見て、彩香は首をかしげる。
今回相対した敵は、数こそ多かったもののあまり戦闘力は高くなかった。
戦闘より、むしろ別の目的のために作り出されたディアボロという印象が強い。
だが、その目的は判然としない。
「どっちにしろ倒しちゃったんだからいいの。気にしてもしょうがないの」
愛奈に言われて彩香は顔をあげる。
そうだ、どっちにしろ目的は達したのだから大丈夫だろう。
ともかく港の平和を取り戻すことはできた。
彼らはそのまま学園へと帰還した。
しばらくして……。
平和をとりもどした港の一角で一人ほくそ笑む悪魔がいた。
狡猾の悪魔・ツォング(jz0130)は、くつくつと笑う。
「なるほどなるほど……これが有事の際の人の動きというやつか」
彼の目には、鯛を通して見た人々の様子が克明に映し出されている。もちろん、撃退士たちの戦い方もだ。
「まぁ、こんなもんか。この程度の対応なら、問題はなさそうだ」
それに、より問題な奴らの動きも無い――恐らくは、道化師共が上手くやっているのだろう。
満足げに笑うとツォングはその場から姿を消した。
不穏な言葉だけが残される。
「いずれ祭りが始まったときには、このデータを参考にさせてもらうとしよう……」
その言葉を聴いたものは居なかったのだけど。
いや、或いは感じた僅かな違和感に、その意思を感じられたかもしれない。
残滓を置き去りに、瀬戸の海は複雑な流れを内包したまま、今は静かな潮騒奏でていた。