.


マスター:対極
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
形態:
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/06/04


みんなの思い出



オープニング

「ウェディングドレスが作りたいわね」
 手芸部である。
 オシャレをこじらせた生徒達が集うこの手芸部で、唯一垢抜けない格好をしたもっさり系女子である彼女は、しかしその風貌とは裏腹にプロ顔前の裁縫技術をもっていた。
 どれほどの技術化というと、たかだか五分でマリーアントワネット的なドレスを縫い上げるという、物理法則さえ無視した驚天動地の手腕である。
「ウェディングドレスっすか」
「いいですよねー。女子の憧れ!」
 おりしも六月――ジューンブライドが近い。
 学生身分での結婚は難しいが、花嫁気分を味わうのも悪くはあるまい。
「よし。モデルとデザインを募集しましょう!」
 カッ! と部長の目に鋭い光が走った。
 かわいい女の子達。ふわふわのウェディングドレス。
 いいぞ。これはすごくいい。ブライダルファッションショーとか最高に素敵じゃないか。

 かくして。

〜ふわっふわのウェディングドレスで理想の花嫁さんになりませんか? モデル・デザイン募集中〜

 そんな張り紙が掲示板に張り出された。


リプレイ本文

●修羅の如し

 ――ウェディングドレス。
 それは乙女の憧れ。女子の夢。
 貞淑さと貞操さを純白のドレスで表現した、誰もが夢見る憧れの花嫁姿。
 そんなドレスを着た所をもし、あの人に見てもらえたら――。
 想像しただけで、かっと頬に朱が上る。
 炎武 瑠美(jb4684)は手芸部の扉の前でしばし妄想にひたり、気恥ずかしさに身悶えた。
「じょ、上手にできるでしょうか……」
 少し不安で、少し怖い。
 だが、友達も参加しているのだ。
 大丈夫、大丈夫と心の中で繰り返し、瑠美は手芸部の扉を開ける。
 と――そこはまさに修羅場であった。

「レース! レースが足りないわ! コサージュもっともってきて!」
「ああ、そこ! ドレス姿でうろうろしない! 着付けがすんだら会場に移動して!」
「ウェディングドレスなのに黒い布で作るの?」
「黒は私の色だわァ、普通の白い花嫁じゃ面白みとインパクトに欠けるでしょォ♪」
「はぁ? ドレスの下にメイド服が着たいぃ!? 何言ってんだあんたら!」
「お願い! あたし達の夢のステージのためなの!」
「おい! 着付けしてるのにモスト・マスキュラーとかしてんじゃねぇ! 破ける!」
「何を! ショーのための鍛錬であるぞ!」
 瑠美は手芸部の扉を開いたまま、呆然と立ち尽くし、しばしその扉をそっと閉めたくなる衝動と戦った。

 これが、華やかなブライダル・ファッションショーの裏側か。
 水面下の白鳥――などという、甘い物ではない。

 漠然と部室を見回す瑠美の視界に、友人の姿が飛び込んでくる。
 グレイシア・明守華=ピークス(jb5092)である。
 このグレイシア。どういう経緯かは知らないが、部長と立ち並んでこの準備会場を切り盛りしているようだった。
 鬼神のごとき働きを見せる部長と双璧をなすような、阿修羅のごとき人裁き、そして布裁きだ。
 その阿修羅と、今。――目があった。
「瑠美! いつまでそんなかっこしてるの! 映姫のドレスはとっくにできてるわよ! ドレスのデザインは? 決まってるの? 作ってあげるからあたしにかしなさい!」
「え? え? ええぇえ?」
 映姫とは、グレイシア、瑠美共通の友人である東風谷映姫(jb4067)の事だろう。
 もうみんな来ているのかと慌てている間に、結婚式場のカタログに乗っているようなオーソドックスなデザインをグレイシアに奪われる。
「――部長!」
「応!」
 部長とグレイシアが交わした視線は一瞬――瞬く間に採寸され、布が裁断され、縫われ、一着のドレスが完成する。
 部長とグレイシアはドレスの出来栄えを確認し、好敵手にそうするようにお互いの手を硬く握り合う。
 自分も裁縫の腕には覚えがある、と。グレイシアが部長の前で口にしたその瞬間、グレイシアは修羅場と化した手芸部の主戦力となったのだった。
「凄いですよね、あのお二人」
 声をかけられて、瑠美は押し付けられたドレスを手にびくっと肩を震わせる。
 振り向くと、先ほどグレイシアの口から名前が出た映姫がちょこんと立っていた。
 ドレスこそまだ着ていないが、うっすらとほどこされた化粧は彼女の幼い顔立ちを人形のように整ったものに見せている。
「わあ……かわいい」
 瑠美が言うと、映姫は少し照れて頬を染めた。
「少し……恥ずかしいです」
「どんなドレスにしたんですか?」
「お任せでお願いしました。部長さんのデザインで、グレイシアちゃんが仕立ててくれました」 
「わあ! それは楽しみですね」
「はい」
 えへへ、とお互いに照れた様に笑いあう。
 その時、瑠美の背後でまた手芸部の扉が開かれた。

●マジか? マジだ!

 点喰 縁(ja7176)は手芸部の扉を開いて目を瞬いた。
 姉に命令されてなかば渋々やってきた手芸部だが、想像以上の活気である。
 緑は飛び交う怒号や布やドレスの間を縫って、部長らしき冴えない風貌の女に歩み寄った。
「ちょいと失礼いたしますが、あなたが手芸部の部長さんで?」
 両手で針を構え、口にコサージュを咥えた部長が、視線だけで緑に答える。
「ドレスのデザインを募集してるってんで、試しに描いてみたんですが」
 昨晩、とある人物を頭に浮かべながら筆の滑るままに描き上げたドレスのデザインだ。
 それを、姉に託されたメモと共に差し出すと、部長はちらと中身を確認するなり、針をフェルトに突き刺してぱちんと指を弾いた。
「実はモデルも不足ぎみなのよね。――あんた、デザインついでにモデルも頼むよ」
「はぁ? いや、モデルって、けどこのショーって――」
 ウェディングドレスのファッションショーだよな? と緑が聞く前に、部長はすいと部屋の一角を指差した。
 そこにはガチムチの筋肉姿でドレスを纏った男が一人。そして他にもちらほらと、ドレスを着た男の姿が見て取れる。
「――マジか」
 思わず言った。
「マジだ」
 そして部長の答えは無情である。
「ちょっちょちょ! ちょっと待ってくれこいつか何かの間違いだ! 俺はただデザインを――!」
 最後の悪あがきとばかりに必死に姉に電話をかけるが、悪魔のイタズラか意図的なはからいか、スマフォは姉との会話を繋ぎはしない。
 そんな馬鹿なと絶望する緑の体を、屈強な男子主芸部員達が連れ去って行くのだった。

 それからいくらかして、杷野 ゆかり(ja3378)が部室に飛び込んできた。
「きゃー! みんなもう集まってるぅ!」
 昨夜、先輩の姉から急にこのイベントの存在を知らされて、折角だからと駆けつけたゆかりである。
 聞き覚えのある男の悲鳴が雑踏のどこかで聞こえる気がするが、幻聴か何かだろう。
 なにはともあれ今はドレスだ。ゆかりはばたばたと部長に歩み寄った。
「あの、モデルとデザイン、募集してるって……!」
 可愛らしいさらさらのボブカットをゆらしながら、ゆかりはぜえぜえと息を切らせて言う。
「……あなた、杷野 ゆかりさん?」
「え? は、はい!」
 部長はちらと手にしたメモに視線を投げる。
「ドレスの好みは?」
 部長の言葉に、ゆかりはでれりと表情を緩ませた。
「Aラインで大人っぽいけど、フリルがついていて大人可愛い奴がいいなぁ〜」
「――こんなの?」
 それは、まさにゆかりが思い描いたようなドレスがそこにはあった。
 鮮やかなシャンパンゴールドの、大きなフリルのAライン――。
 思わず目を見開いて、ゆかりはそのドレスを手に取る。
「そ、そうです! まさにこんなの!」
「じゃあなたソレね。着付け係の所に行って会場に移動。急いで!」
「は、はいいぃ!」

●肉を切らせて骨を断つ

「どーしてこーなったぁぁぁぁぁぁ」
 仕立てエリアから少し離れた、着付けエリアである。
 藤井 雪彦(jb4731)の絶叫に、幽樂 來鬼(ja7445)は容赦なく攻める、攻める。
「ほらほらユッキー♪ ドレスかわいいよー綺麗だよー絶対似合うって似合う似合うー♪」
 來鬼の持つドレスは二の腕が剥き出しで、スカート丈も短くて、今時の若い花嫁さんが好んで着るようなドレスである。
 色も純白ではなく淡いパステルグリーンが使われており、爽やかな初夏の香りがただよう。
「嫌だ嫌だ嫌ですって! 俺は女の子大好きですけどタキシードで花嫁さんのエスコートをしたかったんであって決して自分が女になりたいわけでは――!」
「ユッキー、コレ着てほしいなぁ?」
 無邪気その物の笑顔が雪彦に迫る。
 この笑顔に、どうやって逆らえと言うのだ――どうやって!

 数分後、着付けエリアには若妻風ウェディングドレスに身を包んだ雪彦と、そんな雪彦を前に大はしゃぎする來鬼の姿があった。
「お父さん、ここまで育ててくれてありがとう……!」
 肩を落としてはらはらと涙を落しながら、前日のスキンケアで完璧なコンディションになっている肌に化粧が施されるのを、されるがままに受け入れる雪彦である。
「ユッキー超似合うよ! サイコー!」
 目的を果たしておおいに満足な來鬼である。そしてふと、着付けエリアで自分だけドレスを着ていないことに気が付いた。
「ってか、うちもだった!」
 慌てて、ドレスを求めて裁縫エリアへと駆けて行く。
 來鬼がどんなドレスを着るのか――今となってはそれを見ることだけが、雪彦がこの屈辱に耐える最大の理由だった。

●たゆん

 たゆん、と。揺れる。
 胸である。あるいは楊 玲花(ja0249)である。
 部長は顔を上げた瞬間、視界一杯に広がった豊かな胸に思わず上体を仰け反らせた。
「当分着る機会はないですけど、やっぱりウェディングドレスは女の子のあこがれですから、ね」
 そういって悠然と微笑んだ玲花を見上げつつ、さっとメジャーを取り出して、その脅威を――否胸囲を計る。
「これだけ大きいと、襟ぐりを大きく開いて、バーンとデコルテを見せるデザインがはえると思うけど」
 ふっくらとした胸のラインは、それその物がドレスの一部だ。押し込めてしまうなんてもったいない。
 部長はしばし作業の手を止め、ドレスのデザインについて綿密な打ち合わせを開始した。
 

●足りない花嫁

「部長! 足りないモデルを拉致……ゆうか……調達してきました!」
 結局帰結した表現も人間としてかなり間違っているが、そんな事を気にする手芸部ではない。
 手芸部員に引きずられる様にして姿を現したカノン(jb2648)は、目を白黒させて叫んだ。
「い、一体何が、どうなって――!?」
 天使である。黒衣の天使である。
 なるほどこれに純白のドレスを着せなければ、手芸部の名がすたる。
「あなたには是非、私のドレスを着てもらいたいわね」
 ぎゅっとカノンの手を握り、部長がカノンの瞳を見つめる。部長がめったに見せることのない、夢見る少女の瞳である。
「ドレス? ……え? だ、駄目です、この服は私なりのけじめとして着ているものであって、それなのにドレスなんて!?」
「やかましい! おまえたち、剥け! そして着せろ!」
 きゃーっと女子手芸部員達が黄色い悲鳴を上げ、カノンを抱えて連れ去っていく。
 うむ。よし。次だ。
 部長は顔を上げた。
「部長ー! 魔女子さんの着付け終わりました!」
 魔女子――すなわちエルナ ヴァーレ(ja8327)である。ビッグイベントの人入りを予見して、怪しげな占い屋を開店しようとしていた魔女である。
 手芸部の縄張りで怪しい事をされてはたまらんと強制退去を願ったが、なかなかいいプロポーションをしていたのでそのままモデルに仕立て上げたのだ。
「うう……着たはいいけど、あたいにはこんな服……」
 似合わないわ、と言うエルナの前に、部員達が特大の姿身を引きずってくる。
「そんなことないわ! ごらんなさい、凄く良く似合ってるじゃない! なんてきれいなのかしら!」
「魔女っぽい。超魔女魔女してる! 魔女の花嫁さんって感じ!」
 モデルをよいしょしてその気にさせるのは、服飾に関わる人間の必須スキルである。
「え? そう? そんなに素敵? きれい? 超魔女魔女しちゃってる?」
 やんややんやと賞賛の声を浴び、恥ずかしさからか前屈みぎみだったエルナの背筋がぐんぐんと真っ直ぐになり、ついには大きく反り返った。
「あたいならそれくらい当然よねぇ!任せなさい!このショーで万来の拍手と称賛の嵐を受けてやるわよぉー!!」
 見事に乗ったエルナである。
 部長と部員達は密かに拳を握り締め、ショーの成功のために全力を捧げる事を新たに誓い合うのであった。

●開幕三十秒の喜劇

「どうにかなったわね……!」
 部長と手芸部員一同は、設営を終えた会場を見て感慨深げに頷いた。
 ショーの会場は学園広場。舞台は1メートルほどの高さで作られ、ランウェイには真っ直ぐにレッドカーペットが伸びている。
 ショーの運営は別のチームに任せてあるが、部長は観客席の中でも特等席にでんと構え、ショーに何か問題があったらすぐにでも対応できる構えである。
 軽音楽部にも働き掛け、ショーのミュージックも完璧だ。
 いざ、ブライダル・ファッションショー。

 そして音楽が鳴り響き――部長は青ざめて立ち上がった。

 音楽が、違う。
 軽音楽部も突如流れた音楽に困惑し、お互いに顔を見合わせている。
「なんだこの――この無駄に可愛らしいきゃぴきゃぴした音楽は!?」
 手芸部、軽音楽部、観客達の困惑を嘲笑うように、二人の花嫁が颯爽とカーテンの向うから現れた。 
 青い髪が目を引く歌音 テンペスト(jb5186)と、長い黒髪をなびかせる指宿 瑠璃(jb5401)である。
「瑠璃ちゃん…夢のステージだよっ」
 満面の笑みで手を振りながら、歌音が瑠璃に力強く言う。
 瑠璃は伏目がちに、少しだけ恥ずかしそうに手を振りながら頷いた。
 そして何を思ったか、あろう事か――二人揃ってウェディングドレスを脱ぎ捨てたのである。
「萌える人間ICBM、メイドインカノン見参!」
 メイド服をイメージしたと思われる青と白のドレスをひるがえし、歌音が日曜日の朝の時間帯に放送されていそうな「いかにも子供向けアイドルヒロインです」というようなポーズをキメる。
 今にも悪の侵略者に愛の力でバトルを挑みそうな勢いだ。
「あなたのハートにクリティカルヒット! メイドインルリでーす!」
 続いて名乗りを上げたのは、瑠璃である。こちらは赤と白のメイド風ドレスで、歌音とおそろいのデザインだ。
「今日は私達メイドインガールズのライブに来てくれてありがとう♪」
 そして、二人はマイクを握り締め、広場を埋め尽くす観客達の前でゲリラライブを敢行したのである。
 当然部長はブチ切れた。
 何たる暴挙。なんたる反乱。
 唖然とする観客、関係者一同の前で、手芸部員達が舞台に乗りあがり、二人のアイドルを舞台の裏手へと引きずって行く。
「いや! お願い最後まで歌わせて! みんながメイドインカノンの活躍を待っているのよ!」
「テンちゃん! テンちゃあぁあぁん!」
 悲劇のヒロインと化した二人が舞台の裏へと消え、会場が静まり返る。

「――ミュージックスタートぉ!」

 強引に仕切り直して部長が叫んだ。
 そして今度こそ本当に、ブライダル・ファッションショーが開幕する。

●かと思いきや

 エントリーナンバー1番。エルレーン・バルハザード(ja0889)。
 本当は歌音&瑠璃ペアがエントリーナンバー1&2だったのだが、部長によって無かった事にされたのである。
 これでようやくまともにショーが始められる。
 そう思った部長の前に現れたのは――巨大な┌(┌ ^o^)┐のきぐるみだった。

 ざわ……ざわわ……。

 会場になんとも言えない空気が走る。
 部長はカタカタと全身を震わせ、叫んだ。
「なんだあの気色悪い物体はぁああぁ!」
 まさに部長の安堵を嘲笑う、魔物のごとき禍々しさ。
 エルレーンのドレスはピンクのかわいいドレスだったはずだ。あんな謎の着ぐるみなど、部長は一度も目にしていない。
 混乱し、驚愕する一同を無視して、┌(┌ ^o^)┐の着ぐるみはかさこそとランウェイを歩いてくる。
 ひぃ、とどこかで悲鳴が上がった。
 その着ぐるみが、ランウェイの先端で動きを止めた。――と、その背中がばりばりと割れ、脱皮するかのごとくドレス姿のエルレーンが。
 誰もが呆然と息を呑み、その姿を凝視していた。
「はぅはぅ…かいじょうのしせんはくぎづけなのっ(*´ω`*)」
 そりゃ、釘付けにもなるだろう。これだけの事をしでかして、釘付けにならない方がおかしい。
 エルレーンのドレスはマーメイドスタイルで、スレンダーな体によく似合うが、足にぴったりと巻きつくようで少しばかり歩き難そうだ。
「はぅはぅ…ひらひら、ふわふわ、かぁいいねぇ…(*´∀`)」
 そして満足そうにエルレーンは舞台裏へとはけて行く。
 ああ――。
 このファッションショーは、本当に大丈夫なのだろうか。

●救世主――そしてファッションショー
 
 このままネタファッションショーとして進んでいくのか、進んでしまうのか。
 そんな部長の危惧を打破する事件が起こった。
 軽音楽部の軽快な音楽に乗って次にカーテンの向うから現れた、下妻ユーカリ(ja0593)のパフォーマンスである。
 紫陽花をモチーフにしたクール&ゴージャスなドレスは涼やかで、それでいてアイドルらしい華々しさに満ちていた。
 ユーカリが一歩歩くたびにドレスのフリルがふわふわと踊り、胸元と髪にあしらった紫陽花の飾りが大人びた雰囲気の中に妖精のようないらずら心を覗かせる。
 分身の術でそんな花の精の幻影が何人も出現し、まさに梅雨の雨に呼び起こされて、いくつもの紫陽花の花弁が絢爛豪華に咲き誇るようであった。
「うぉおおお! 救世主! 彼女は私の救世主だわ!」
 涙を流して部長が感謝を叫ぶ。
 あざといかわいさも時には正義である。

 次にレッドカーペットに現れたのはフラッペ・ブルーハワイ(ja0022)だ。
 普段は元気一杯のボクっ娘だが、大胆に胸の開いたミニスカートのサマードレスは、爽やかながらも女らしい。
 彼女がフラッペであるという事実は、実は部長とフラッペだけの秘密でである。
 おしとやかに微笑む彼女がランウェイを歩くと、男達の視線が豊満な胸の谷間と脚線美に注がれる。
 誰もがその健康的で快活な肉体の美しさに見ほれていた。
 くるりとターンすると蒼い髪が抜けるような青空に映え、目に眩しい。
 派手なポージングも、印象的なセリフもありはしなかったが、それでも彼女の印象は強く観客達に刻み込まれた。
 彼女は、一体――。
 それに答えるのは、おだやかな彼女の笑みだけである。

 入れ替わるように完璧なタイミングで姿を現したのは玲花である。
 たわわに実った乳房は無理に押し込めると逆に不恰好になる。そのためデコルテを大胆に露出し、胸元に大きく花をあしらったデザインが採用された。ふっくらとした胸の谷間がほどよく強調され、誰であろうと思わず顔を埋めたくなる。
 飾り気は少なく、上品なデザインのドレスではあるが、マーメイドラインのスカートは幾重にもレースが重なり、はかなくも力強い波の飛沫のようだった。
 手にしたブーケは季節の花をふんだんに取り入れたカラフルな物で、オフホワイトの優しげなドレスを引き立てている。
 優美な尾ひれで波を蹴散らし大海を泳ぐ。まさに、陸に上がった人魚姫のようであった。
 その人魚姫がブーケを観客席に投げ入れ、妖艶な笑みを残して颯爽とドレスを翻した。 

 変り種のドレスが続く中、シンプルでオーソドックスな装いで現れたのは美森 あやか(jb1451)だ。
 肌の露出を完全に無くした、苦しげにさえ見える純白のドレスである。
 長く後ろに垂らしたベールはその顔をも覆い隠し、艶やかな黒髪だけが白いドレスから見えている。
 しずしずと歩みを進めたあやかはランウェイの先端でぴたりと足を止め、誰かを探すようにゆっくりと観客席を見渡した。
 その視線が、一点で動きを止める。
 まさに、花嫁の幸福を象徴するような笑顔であやかは笑った。
 その笑顔さえあれば、ドレスも、宝石も、何もいらない。恋する男にならば確実にそう思わせる完璧な笑顔だけを残して、あやかは入場したときと同じようにしずしずと舞台裏へと戻っていった。

 その舞台裏で出番を待ちながら、雨宮 祈羅(ja7600)はドレス姿に似つかわしくない珍妙な顔をしてケータイの自分撮りにせいを出していた。
 恋人に送るためである。
「ドレス姿……ねぇ」
 シンプルなドレス姿に、清楚な化粧。結い上げた髪には自作の髪飾りである。カミツレと鉄砲百合は、大切だった元恋人と、大切な恋人の誕生花だ。着付けの時、その花を使った髪飾りに落とした口付けの、その意味は――。
 過去、確かに幸福だった。そして今も確かに幸福を感じている。
「ふたりに、感謝だね」
 少し、センチメンタル過ぎるだろうか。――いや、いいではないか。こんなイベントの時くらいは。
 この姿を、昔の恋人にも見せたかった。結婚まで考えた、あれは確かに恋だったのだ。
「たか、あんたの幸せ、いつでも祈ってるよ」
 祈羅は顔を上げ、ランウェイを歩き出した。
 幸福を夢見る観客達に、元気一杯の笑顔を見せるために。
 カーテンを開いて、薄暗い舞台裏から初夏の日差しの眩しい舞台へ。

 結局ドレスを着せられ、断れないまま舞台へと連れてこられたカノンである。
 そして同じく、乗せられるままに舞台までやってきたエルナである。
「綺麗、ですし、嬉しいんですけど、本当にいいんでしょうか、こんなものを着せて頂いて……」
「あらぁ、いいじゃない。お願いされちゃったんだからぁ」
 出番を待ちながら、エルナが手をヒラヒラさせて軽く言う。
「エルナさん! 次です!」
「はぁーい!」
 呼ばれて、エルナはうきうきとカーテンを抜けてランウェイへと飛び出していった。
 魔女をイメージしたそのドレスは、ウェディングドレスにしては珍しい紫と黒。
 フードを模した薄手のベールは繊細なレースで縁取られ、首の前で巨大な深紅の花でとめられている。
 ベールはそのまま肩を覆って背中に流れ、風が吹くたびにマントの様にたなびいた。
 体のラインにピッタリとそい、裾で大きく広がるスカートは色気をかもし出しており、エルナがターンすると人を惑わす甘美な毒の沼の様にレッドカーペットに広がり、うねる。
 普段のエルナの格好からくらべれば露出は極めて少ないが、だからこそにじみ出る濃厚な色香が彼女を包みこんでいた。
 まさに堂々とした立ち居振る舞いである。――魔女が堂々と立ち居振舞っていいのかという疑問は置いておいてだ。
 その姿に、少し勇気をもらったような気分になカノンであった。
 
 そしてカノンの着るその、ドレス。
 純白のローブに、純白の胸当て、純白のペチコートに、純白のオーバードレス。
 ローブ・ア・ラ・フランセーヌと呼ばれる、歴史の古いドレスである。ドレス生地には金糸でびっしりと刺繍がほどこされ、袖のひだ飾りはたっぷりとしており、ドレスの全体には天使の羽をイメージした純白の羽があしらわれている。
 ベールにはサテンで作った大輪の白薔薇が咲き誇り、カノンの美しい銀髪により輝きを与えている。
 盛大な歓声を受けて満足した様子で帰ってきたエルナと入れ替わるように、カノンもランウェイへと歩みを進めた。
 わっと会場が歓声に包まれる。
 おしとやかにしずしずと歩く姿は貞淑な花嫁の理想像そのものだ。
 ランウェイの先端まで歩いて、カノンはスカートをかるくつまんみ、腰を落してお辞儀をする。
 清楚と言う言葉を体言したようなその姿に、誰もがほうと息をつく。
 やはり、彼女をさらって正解だったと、手芸部員一同はうんうんと頷いた。

●そしてペアパートへ

「ここからしばし趣向を変えて、二人の花嫁に同時に登場していただきます」
 アナウンスが流れて、ついと妖艶に微笑む花嫁二人――薄暗い舞台裏により深い闇を落している。
 黒いウェディングドレスを所望した二人、江見 兎和子(jb0123)と黒百合(ja0422)である。
「あはァ、一度こんな風なドレスは着てみたかったのよねェ〜♪」
 制作段階からあれこれと部長に注文をつけて出来上がった、気合の入った一品だ。黒百合はドレスの出来栄えに満足しているようだった。
 黒である、という事を覗けば。目元を隠すベールも、肘まで覆う長手袋も、ティアラもブーケも貞淑な花嫁そのものだ。
「ええ、本当。ふふ、可愛らしいわ……」 
 そんな黒百合を見下ろして、兎和子が艶やかに笑う。
 黒百合とは対称的に、そのドレスは奇抜で濃厚な色香に満ちている。
 オフショルダーのドレスと肘までの長手袋はオーソドックスと言えるが、膝が露出するほどに短く、それでいて引きずるほどに後ろが長いスカートは目を引くデザインだ。おまけに、顔を隠すベールが腹に届くほどに長い。
 しとやかな黒百合と、艶やかな黒薔薇。同じ黒ながらも、その方向性はまるで異なる。だからこそ、この二人を並んで歩かせたいと部長は思ったのだった。
 カーテンが開いて、二人はゆっくりとランウェイを歩き出す。
 顔を完全に隠した兎和子のベールからは蠱惑的な唇がちらちらと覗き、危険なほどの妖艶さを振りまいていた。
 そして何より、膝下からを完全に露出した短いドレスが――。
 むっちりとした肉付きの白い足が、一歩足を踏み出すたびに、なまめかしいまでの艶をにおわせる。
 隣を歩く黒百合はひどく静かで、133センチの身長と合わせてみると、まるで自働で動く完璧な人形のようにすら見えた。
 黒百合が歩くたびにスイセンの香りがふっと広がり、生命の気配さえ希薄に思える美しさが男女を問わず観客達を魅了する。
 この二人の黒い花嫁のどちらかにでも触れたら、永遠に彼女達の下僕にされてしまうだろう。
 そう感じさせるほど力強い、だが危険な美しさを抱く花嫁達である。

「やっぱり、アタシには似合わないんじゃないかな……?」
 黒い花嫁に沸くランウェイの舞台裏である。
 地領院 恋(ja8071)の呟きに、地領院 夢(jb0762)は大きく首を振った。
「そんなことないよ! とっても素敵! 流石お姉ちゃん!」
 何せ、姉である恋のドレスは、妹である夢がデザインしたのだ。
 恋の髪――紫色の髪とおそろいの、マーメイドラインのドレスである。
 襟や袖にあしらわれた黒いレースが、上品な紫に映えてより大人びた印象を強めており、キリリとした顔立ちの恋にはよく似合う。
「私のドレス姿はどうかな? お姉ちゃん、デザインしてくれて有難う!」
 対して、夢のドレスは恋がデザインしたものだ。
 たっぷりとフリルの付いたAラインのドレスは、ウェストから下がふわりと広がり、シンプルながらも可愛らしい。
 薄桃色の花飾りが白いドレスを華やかに彩っており、ゆるくあてたパーマがドレスに優しく広がる様はおとぎ話に出てくるお姫様のようでもあった。
(か、可愛い……ッ!)
 笑顔でくるりと回って見せた夢に、恋は電撃に打たれたような衝撃を受ける。危なく重体判定を受けるレベルの衝撃だ。
 この夢が、妹が。――いつかは、こうして誰かのお嫁に。
 思った瞬間、恋は全力で壁を殴りつけていた。簡素な仮設の舞台の壁には、わりとあっけなく穴が開く。
(ふ、ふふ。その時は相手にゃ、相応の覚悟で来て貰わねぇとなァ)
「行こう、お姉ちゃん!」
 前の二人が戻ってきて、夢が勢いよく恋の腕を引っ張った。

 二人でランウェイを歩きながら、夢はこの上なく幸せだった。
 綺麗な姉と一緒にドレスを着られて、その上一緒にこうして腕を組んで歩けるなんて。
 けれども、いつか。
 姉もお嫁に行ってしまうのだろうか。そう思うと少しだけしんみりする。
 そんな似たもの姉妹であった。

●そして女装男子のターン

「えー……ここからは趣向を変えまして。男ながらにウェディングドレスにチャレンジしたい★ という女装系男子の――あぐふ!」
 アナウンスが誰かに殴られたのか、ひと声うめいたきり喋らなくなった。
 そして何事もなかったかのように音楽が流れ、來鬼と雪彦が颯爽と――とは少々言えない様子でランウェイに現れた。
 うつむきながら恥ずかしげに歩く來鬼と、憔悴しきった様子で歩く雪彦である。
 この來鬼。雪彦には熱心に女装をすすめておいて、自分がドレスを着るのは実はちょっと恥ずかしいという、ノリと勢いだけで突っ走ってきてしまったシャイガールである。
 そのドレスはウェディングドレスにしては珍しい緋色のドレスで、幾重にも折り重なったひだ飾りと黒のレースが燃え上がる炎を思わせる。情熱的なドレスに反して來鬼が恥ずかしそうに歩くものだから、そのギャップが初々しい可愛らしさを演出していた。
 そんな來鬼を隣に置いて、雪彦は憔悴しながらも内心幸せを噛み締める。
 これだ。これを見たかったのだ。こういうドレスや女の子を見るためにこのイベントに参加したのだ――そう、自分がウェディングドレスを着るはめに陥ってまでも。
 ランウェイの最後まで歩ききり、來鬼は観客達にはにかむように笑って見せる。
 雪彦は満足だった。

 その舞台裏である。
 縁は驚いていた。
 ゆかりも驚いていた。
 そして二人はまったく同じ言葉を口にする。
「そ、そのドレス――」 
 その言葉にゆかりはきょとんとし、緑は大ダメージを被った。
 場所はランウェイのカーテンのすぐ後ろ。つまり緑はドレスを着ている。――男、なのに。
「こ、こいつぁ違うんでい! 俺はただドレスのデザインを届けにきたら、あの女狐にまんまとハメられて――」
「ドレスのデザイン? あ、ドレスのデザインも募集してましたもんね!」
「そう。で、あー……や、その……それ、俺が……」
 ゆかりは目を見開いて、正に自分の好みにピッタリだったドレスを見下ろした。
 このドレスを、緑が。
 まるでゆかりのためにデザインされたようなドレスだった。そうだなんてうぬぼれたりはしないが、それでも無条件に嬉しさがこみあげてくる。
「あ、ありがとうございます! 私、このドレスすっごくすっごく気に入ってて……!」
「その、そう言ってもらえっと嬉しいが……」
 粋なことしやがるぜ、とでも言えばいいのか、余計なことしやがって、と言うべきなのか緑にはわからない。
 だが悪い気分ではなかった――自分がドレス姿でさえなければ。
(これじゃ締まらねぇってんだよ……マジで)
 出番が来て、二人はランウェイへと歩き出す。
 少しイメージと形は違うが、花嫁姿の自分の隣に緑が立っている。困り顔の緑とは反対に、観客に向けられるゆかりの笑顔は華やかだった。

 考えが甘かった、と言えよう。
 星杜 焔(ja5378)は現実逃避気味に、婚約者である雪成 藤花(ja0292)を見つめていた。
(ふわふわで可愛い藤花ちゃんが見れるな〜楽しみだな〜)
 などと、イベントが始まる前に焔は考えていた。
 甘い。このイベントに参加する男子というものは、若干一名のいさぎよ過ぎる天使を覗いて考えが甘すぎる。
「焔さんも、ドレス似合いますよ」
 ほんわりと笑う藤花の言葉だけが唯一の救いだったが、果たして救われているのか微妙なところだ。気痩せしているだけのガチムチ男に繊細なドレスが似合うとは到底思えない焔である。
 だがそれでも、過去にドレスを着て広告モデルをやった経験は確かに生きた。
「体格をカバーするデザインで」と部長に伝えた結果、狼をモチーフにした白いドレスはフェイクファーがふんだんに使われ、もふもふとしていて男としての体格は完璧に隠すことができた。その弊害があるとすれば、整った容姿と相まって女にしか見えないことだろうか。
 裾や袖を飾る紫色のレースは、焔に色気という要らない要素までしっかり付加してしまっている。
 藤花の「似合いますよ」はお世辞ではなく本心だった。
「藤花ちゃんも綺麗だよ……」
 ロップイヤーを模した藤花のヘッドドレスを、焔はもふもふともてあそぶ。
 癒しである。この癒しこそが焔の全てだ。
 秋には入籍する二人である。その予行演習として、いい経験とも言えるかもしれない。
 可愛らしい藤花のドレス姿を前に、本番では絶対に礼服を着るんだとという想いを心に刻む焔である。
 ドキドキと胸を高鳴らせ、緊張している様子の藤花の手を、焔はそっと引いてやる。
 藤花のドレスはプリンセスラインの白である。膨らんだパフスリーフの肩が可愛らしく、ふんわりとしたドレスやオーガンジーは初夏らしく淡い緑色。
 ブーケにあしらわれたライラックは、二人にとっては思い出の花である。
 二人はランウェイに踏み出し、歩き出す。
 これはイベントのお遊びに過ぎなかったが、それでも二人の一つの門出だった。

●クライマックス

 少し、あてられただろうか。
 藍 星露(ja5127)は幸せそうな恋人達の姿に、自分の挙式を思い出していた。
 オフレコだが、白無垢での神前式だった星露はウェディングドレスに憧れがあった。
 レースをたっぷりとあしらい、クリノリンで思い切り膨らませたスカートは少々メルヘンチックですらあり、気恥ずかしいようで楽しくもある。
 それでいて大きく開いた背中には大人びた魅力が漂っており、かぶったベールの薄絹から覗く肌が繊細な色気を演出していた。
 ランウェイを歩き出し、喝采を浴びる。お姫様のようなドレス姿で、赤いカーペットの上を歩く。これこそ女の夢である。
 ランウェイを歩き切り、星露は美しい花嫁の姿に興奮した観客達に、それ、とブーケを投げ渡す。
 わっと手が空に伸び、一人の少女がブーケを掴んで胸に抱いた。
 満面の笑顔を浮かべた少女に小さく手を振って見せ、星露は大きくドレスを翻した。
 降り注ぐ日の光を受けて、白いドレスがキラキラと輝く。透明なビーズをちりばめているのだ。
 歩くと長い髪がベールと一緒になびき、観客たちの花嫁への憧れを一層強くする。
 既に結婚している身だが、それでも女の子の夢には憧れる星露であった。

 オーソドックスなデザインが続いたら、また変り種をもってくる。
 それが観客を飽きさせないためのセオリーだ。
「今からこれでおひろめするのですね……」
 自分のドレスが明らかと周囲に違うと、さすがに少し緊張する――映姫である。
 映姫がランウェイに現れると、会場は再び最高潮の盛り上がりを取り戻した。
 白無垢をアレンジしたウェディングドレスだった。
 幾重にもレースが重なり、泡雪のようにふわりと膨らんだスカートはまさにドレスのそれだが、袖の形は振袖のようで、白い布に白い糸で、気が遠くなるような繊細な模様が描き出されている。
 髪飾りには大振りの牡丹があしらわれ、長く垂れた艶やかな黒髪がまるでベールのようだった。 
 靴は花魁がはくような高下駄だが、それでも危なげなく歩けるのは撃退士の身体能力ゆえだろう。
 恥ずかしそうに俯きながら、微笑ましい初々しさをたたえて映姫は歩く。ランウェイの先端まで来た映姫は、そっと深呼吸をし、そんな不安定な高下駄でくるりと大きく回って見せた。すると振袖が派手に広がり、眩しいほどの白と美しい刺繍に観客の目が奪われる。
 それは息を呑むような一瞬だった。

「東風谷さん、すてきでしたよ」
 舞台裏で出番を待っていた瑠美に、映姫は頬を上気させてほう、と息を吐く。
「き、緊張しました。次は瑠美ちゃんの出番です」
 ドキドキとして、胸が苦しい。
 もう出なければ、変に間が開いてしまう。と、背中をとんと押されて、瑠美は飛び上がった。
「あたしも一緒に出るのよ」
 振りむくと、自信たっぷりの笑顔がそこにあった。
 グレイシアだ。最後の最後まで部長を手伝っていたから着付けが遅くなり、順番が最後の方になったのだ。
 すっきりとした、ホルターネックのAライン。足首が見えるスカートはウェディングドレスとしては短めで、快活な印象が強く滲む。スカートで、キルトを思わせる装飾が短いスカート丈と相まって楽しげな雰囲気を演出していた。
「いい? 堂々と顔を上げて歩くのよ。大丈夫、綺麗だから」
「は、は、はい!」
 たくさんの綺麗な花嫁を見てきた。だがその中で、見劣りしていると感じた人は誰もいない。
 みんなが楽しんでいたし、恥ずかしがってはいても、堂々としていた。
 純白のドレスを翻し、瑠美とグレイシアは一緒にランウェイへと歩き出した。
 
 颯爽と歩くグレイシアの隣を、瑠美は緊張しながらも顔を上げてしっかりと歩く。
 この姿を、あの人に見てもらえたら――そんな気持ちが胸を満たした。
 綺麗と言ってもらえるだろうか。そのためにも、きちんと顔を上げなければ。
 ランウェイの先まで歩き終え、ポージングの瞬間。グレイシアが瑠美の手を取って、高々と空へと付き上げた。
 瑠美の持っているブーケがきらきらと輝き、観客達が眩しそうに目を細める。
 気が付くと瑠美も、グレイシアと共に観客に大きく手を振っている。
 肩から力が抜けるようだった。恥ずかしいし、緊張もするが、純粋に楽しいと感じられる。

 歓声の中、二人が舞台裏へと姿を消して、部長はすこぶる満足だった。 
 部長の覚えている限り、あの二人が最後だ。――最後のはずだ。
 だが何か忘れているような気がした。何か一つ、絶対に忘れてはいけない何かが。

 次の瞬間、ざわめきが会場を満たした――そして押し殺したような悲鳴が上がる。
 何かが、出てきた。
 ランウェイの奥のカーテンから、白くてふりふりとした――そして黒くてごつごつとした、何かが。
「う……う、うぉおおおぉ! 誰だ! 誰があいつをトリに持ってきた!?」
「すみません部長! 着付けが……着付けが最後まで手間取って……!」
 血涙ものの部長の叫びと、手芸部たちの土下座である。
 ひらひらのレースがこれでもかと使われた、少女趣味が爆発しているドレスである。それに色とりどりの薔薇があしらわれ、花嫁の門出を祝うのに相応しい、誰もが夢見るドレスであった。
 だがそれを着ている、その男。――マクセル・オールウェル(jb2672)。
 モヒカン頭の色黒マッチョガイである。ちなみに悪魔のごとき破壊力をもったはた迷惑な肉体美だが、天使である。
 そのマッチョがふりふりのドレスを着て、ランウェイに現れたらどうなるか。
 唇にちょんと紅を引き、真珠色の輝くおしろいを塗りたくり、きっちりとアイシャドーを引いた目元にこれでもかと言うほどはっきりとした睫毛を装備した大男が、花嫁として出現したらどうなるか――。

 会場は怒号に包まれた。
 そして悲鳴に包まれた。
 さらに笑いに包まれた。
 笑い混じりの好意的な野次も飛び、一瞬前までの華やかなブライダル・ファッションショーの雰囲気は消え果た。
「父上、母上、今までお世話になったのである」
 バッチリきまるポージング、サイドバイセップス。
「我輩、幸せになるのである!」
 そしてモスト・マスキュラー。
 ここがボディービルの会場だったら、確実に「キレてるよ(筋肉が)!」「でかーい(筋肉が)!」等の専門的賞賛の言葉が飛びかっていることだろう。
 堕天してから料理にはまったマクセルである。嫁にすればさぞかし美味しい手料理が食べられることだろう。
 だが生憎の筋肉系男子である。
 ここが最後の見せ場とばかりに、フロントバイセップス。
 全身の筋肉が盛り上がり、ついでに会場もさまざまな方向に盛り上がり、そしてウェディングドレスはそのはかない命を散らした。
 マクセルの筋肉でドレスがビリビリに破けさり、その肉体美が惜しみなく晒される。スカートが無事な分、その見た目は最悪――いやもはや災厄であった。

 こうして、ブライダル・ファッションショーは幕を閉じる。
 乙女の夢と、部長の血涙と、筋肉の暴挙という伝説を残して――。

●記念撮影

 総勢25人の花嫁である。
 それらが一同にかいした様は、まさに圧巻の一言だった。
 黒いドレスがある、和風のドレスがある、色鮮やかなドレスがあり、純白のドレスがある。
 だが全員が笑顔であった。
 ランウェイでは憔悴しきっていた雪彦も、今や吹っ切れて満面の笑顔だ。
「幽樂先輩が一番綺麗でしたよっ♪」
 などと、恥ずかしがる幽樂に囁く余裕ぶりである。
 開幕三十秒でゲリラライブを敢行し、強制退去の刑を執行されたアイドル二人組み、瑠璃、歌音もちゃっかりとそこにいて、部長の救世主・ユーカリとセンターを取り合っている。
 お互いのドレスをデザインしあった恋と夢は、額を寄せ合って笑い合っている。
 緑はこの姿を写真に残されたくないのか、端の方に隠れる様にしているが、ゆかりにひっぱられて困り顔だ。
 同じく女装の焔だが、隣に立つ藤花とともになんの違和感もなく花嫁達に溶け込んでいた。
 エルレーンは手製の┌(┌ ^o^)┐の着ぐるみを手に立ち、ここでも周囲の視線を釘付けにしている。
 黒百合と兎和子は並び立ち、周囲の喧騒を見回してどこか妖しげな笑みを浮かべている。
 グレイシア、映姫、瑠美の三人は、お互いのドレス、ショーの感想を語り合い、語り飽きる事も無い。
 未だに緊張した面持ちのカノンに、参加者の手相占いを始めるエルナに、その手相占いに付き合ってやる祈羅。胸の大きさ的な意味で共通点のある星露と玲花は、女の子の夢やドレスのデザインについて語り合っている。
 あやかは遠巻きに見守る恋人に小さく手を振り、フラッペは周囲の追求を交わしながら、おしとやかな演技の限界を感じつつある。
 そして当然、会場を阿鼻叫喚に陥れたマクセルも、やぶけたドレスのままそこにいる。
「はーい撮りますよー!」
 カシャ。と。カメラの音が花嫁達の姿を小さな四角の中に刻み込む。
 花嫁としての永遠の思い出が、その一枚の中には濃厚すぎるほどに刻まれていた。

●イベント終わって

 各自解散である。
 慣れないドレス姿で疲れ果てたが、心地よい疲れである。
 雪彦などは水を得た魚のごとく、参加者の女子にアドレスを聞きまくっている。
 その女子の中に、まだドレス姿のフラッペがいた。
「ねえねえ、君。名前は? アドレス教えてよ♪」
 ぎくりとして、フラッペは一瞬困ったような顔をし、おもむろに雪彦を抱き締めた。
「Sorry……もう、魔法の切れる時間なのだ」
 耳元で小さく囁いて、たっと駆け出す。
 雪彦はぽかんとしてその後ろ姿を見送り、幽樂に呼ばれて慌てて駆け出す。
 ――まあ、いいか。
 ショーの間は誰もが花嫁で、誰もが女の子だった。
 男だろうと、女だろうと、筋肉だろうと、既婚者だろうと、正体不明の少女だろうと、関係無い。ショーが終われば現実に帰っていき、夢の世界とは切りはなされれる。
 それだからこその夢である。だからこそ、心から楽しめるのだ。
  


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:17人

蒼き疾風の銃士・
フラッペ・ブルーハワイ(ja0022)

大学部4年37組 女 阿修羅
『九魔侵攻』参加撃退士・
楊 玲花(ja0249)

大学部6年110組 女 鬼道忍軍
思い繋ぎし紫光の藤姫・
星杜 藤花(ja0292)

卒業 女 アストラルヴァンガード
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
みんなのアイドル・
下妻ユーカリ(ja0593)

卒業 女 鬼道忍軍
┌(┌ ^o^)┐<背徳王・
エルレーン・バルハザード(ja0889)

大学部5年242組 女 鬼道忍軍
聖夜の守り人・
杷野 ゆかり(ja3378)

大学部4年216組 女 ダアト
あたしのカラダで悦んでえ・
藍 星露(ja5127)

大学部2年254組 女 阿修羅
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
猫の守り人・
点喰 縁(ja7176)

卒業 男 アストラルヴァンガード
肉を切らせて骨を断つ・
猪川 來鬼(ja7445)

大学部9年4組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
雨宮 祈羅(ja7600)

卒業 女 ダアト
女子力(物理)・
地領院 恋(ja8071)

卒業 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
エルナ ヴァーレ(ja8327)

卒業 女 阿修羅
猟奇的な色気・
江見 兎和子(jb0123)

大学部8年313組 女 阿修羅
絶望に舞うは夢の欠片・
地領院 夢(jb0762)

大学部1年281組 女 ナイトウォーカー
腕利き料理人・
美森 あやか(jb1451)

大学部2年6組 女 アストラルヴァンガード
天蛇の片翼・
カノン・エルナシア(jb2648)

大学部6年5組 女 ディバインナイト
伝説のシリアスブレイカー・
マクセル・オールウェル(jb2672)

卒業 男 ディバインナイト
久遠ヶ原のお洒落白鈴蘭・
東風谷映姫(jb4067)

大学部1年5組 女 陰陽師
惨劇阻みし破魔の鋭刃・
炎武 瑠美(jb4684)

大学部5年41組 女 アストラルヴァンガード
君との消えない思い出を・
藤井 雪彦(jb4731)

卒業 男 陰陽師
ArchangelSlayers・
グレイシア・明守華=ピークス(jb5092)

高等部3年28組 女 アストラルヴァンガード
主食は脱ぎたての生パンツ・
歌音 テンペスト(jb5186)

大学部3年1組 女 バハムートテイマー
夢見る歌姫・
指宿 瑠璃(jb5401)

大学部3年195組 女 鬼道忍軍