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マスター:対極
シナリオ形態:ショート
難易度:易しい
参加人数:8人
サポート:6人
リプレイ完成日時:2013/04/29


みんなの思い出



オープニング

●ある男子学生の憂鬱

「なあ……なんでオレってモテないんだと思う……?」

 憔悴しきった表情で呟いた同級生の顔を見て、アキラは今年始まって以来の間抜け面をさらすことになった。
 モテる――とは。
 果たしてどういう意味だっただろうか。
 アキラの認識が正しいのなら、普段から女子生徒にキャーキャー言われ、道を歩けば「やーんかっこいい! つきあってほしいよー」などと聞こえよがしな声が飛んでくる――そんな神々に選ばれし容姿持つ人間が、生まれながらに習得している特殊スキルのことだ。
 そしてアキラが知る限り、今目の前で頭を抱えている男――マサアキは、間違いなくモテていた。モテモテであった。
 いやいやだってマサアキ君。キミ、昨日も誰かに告白されてたよね。しかも結構かわいい一年の女子に。
「オレの何が問題なんだ……? 顔? 性格? もしかして体臭とか?」
「いや、悪いけどマサアキ君。こちらの認識が正しければ、キミはモテのヒエラルキーの頂点にいる人間なんだけど」
「モテてない。全然モテてない。本当に死ぬほど全然ダメ」
「君で本当に死ぬほど全然ダメなら、世の中の非モテ男子はどうなってしまうのか……」
 アキラが呟くと、マサアキは机に突っ伏した状態のまま少しだけ顔を上げ、すがるようにアキラを見る。
「だって本当にオレがモテてるなら、オレ彼女いるはずじゃん」
「作ろうと思えばいつでも作れるんじゃないの?」
「好きでもない子は彼女にできない」
 それは確かにそうかもしれないが、なんとも贅沢な悩みである。
「――じゃ、好きな子って誰さ」
 聞くとマサアキはごにょごにょと誤魔化して、また机に突っ伏してしまった。


●ある女子学生の決意

 放課後――HR後のだらだらとした生徒同士の談笑の中で、アキラは親友の少女に昼休みのできごとを話していた。
「――ってことがあってさあ。最近ずーっとオレはモテない、好きな子が振り向いてくれないって落ち込んでて困ってるんだよね」
 わかるわかるー。困るよねーそういうの。モテる男のむくわれないオレアピールって言うの? なんて言って欲しいんだっつーの。
 と、いうような返事を期待していたアキラは、しかし次の瞬間友人が放った一言に愕然となった。
「あんた頭大丈夫?」
 急に脳の正常性を心配された。こんなのってあんまりだ。
「あのね。モテのヒエラルキーの頂点にいるマサアキが、女のあんたにそんな相談するくらいプライドぶん投げるって事は、つまり結局どういうことよ?」
 女、と。自分をそう分類するのだと、時々アキラは素で忘れる。
 親友に言われて、アキラはうーんと考え込んだ。
 マサアキが自分に恋の相談をしてくる理由とは――はて。
「幼なじみで身近な女だから相談しやすいんじゃない? あと女に見えないってよく言われるし。男友達の乗りでさ」
 ご、と親友の額が机に強打される。
 そうして、
「付き合ってらんない。帰る」
 アキラは一人教室に取り残された。――こんなのってあんまりだ。
「いいよ別に……協力してくれないなら、もう依頼にしちゃうから!」
 ぶうと頬を膨らませて、アキラは早速依頼の張り紙を書き始めた。


リプレイ本文

●鈍感と臆病と

 ――なんて面倒な奴らなんだ

 満場一致で、そんな感想が撃退士達の頭に浮かんだ。
 こんな事を依頼にするアキラもあれだが、こんな依頼を出させてしまうマサアキも十分アレだ。
 アレな者同士お似合いな気もするが、お似合いのくせに付き合っていないあたりが今回の主たる問題点だろう。
 まったく――。
「世話が焼ける……」
 月詠 神削(ja5265)は心底あきれ果てた様子で肩を落した。
「何だか、凄いデジャヴュを感じますね。何故でしょうね、龍斗さま?」
 呆れ返る撃退士達の輪の中で、夏野 雪(ja6883)だけが伊達メガネの奥で奇妙に威圧感のある笑顔を浮かべて言った。
 かたわらに立つ翡翠 龍斗(ja7594)に対してである。龍斗はそんな雪の笑顔に気圧され、つうと冷や汗を滴らせた。
 鈍感であるという面に関して、龍斗には依頼主に何も言えない過去があり、実績がある。
 ともあれ、だ。
「2人が素直になれるお手伝い、なのなの〜♪」
 元気いっぱいの笑顔で、あけっぴろげに香奈沢 風禰(jb2286)が結論付けた。
 そうして、8人の愛のキューピッド――もとい呆れ顔の撃退士達は、人の恋路の手助けに乗り出したのである。

●臆病な男子学生の勇気

「お前はモテないと聞いたが、その、モテるという定義を教えてくれ」
 突然心臓を貫いた心無い一言に、マサアキは危うく崩れ落ちそうになった。
 何だ、誰だ、何者だ? 既にブレイクしている俺の心をこの上えぐろうと言うやつは――!
 振り向くと、緑の髪を一つに結んだ長髪男が、セリフとはうらはらに穏やかな面持ちで立っていた。
「……え? 誰?」
 素の感想である。聞くと男は翡翠 龍斗と名乗った。
「てーか俺、学校中でモテない扱いになってんの?」
「いや、アキラがな」
 ああ、アキラが。なんだアキラの友達か。
 ならばなるほど、合点がいった。
「アキラから聞いたが、モテているなら彼女がいるはずだって言ったんだろう? つまり好きな奴がいるんだな? 秘密は守る。お前の好きな奴は誰だ?」
「か、関係ねぇだろ! 初対面の相手に」
 ヒミツは守ると言われても、信じられるわけがない。
 仮にここで答えたとして、人伝に自分の気持ちがアキラに伝わってしまったとしたら、それほど間抜けな話は無い。
 イエスならまだいいが、ノーだったら自分の知らないところで振られる事になるのだ。
 マサアキはぷいと龍斗に背を向けた。
 その背中に。
「言っておくが、鈍感相手に内にある想いを理解して貰うのは無理だ……絶対に」
 マサアキは足を止めた。
「俺も鈍感な人間だからわかる。幼なじみとはいえ……いや、だからこそ、言葉にしないと伝わらない事もある」
 そんな事はわかっている。マサアキは唇をひきむすんだ。
 言葉にしなければ伝わらない。だが伝えなければ、伝わらなければ、決して振られる事もないのだ。

 もやもやとした気持ちのまま、マサアキは廊下を歩いていた。
 と、
「おい」
「はい?」
 ぶっきらぼうに声をかけられ、マサアキは振り返る。
「ぐだぐだやってないでストレートに告白しろ」
 出会い頭の直球勝負である。
 マサアキは何事かと声の方を振り向いた。
「って……誰?」
「アキラの友人。月詠 神削」
 改めて声を聞いて、ようやく相手が男だと気付く。それ程に、整った顔立ちをしていた。
「えーっと……告白って……」
「アキラにだよ。決まってるだろ」
「デスヨネー」
 もしや俺のアキラへの気持ちは校内中に広まっているのかと、そんな不安がよぎった。
「それくらい、アキラから話聞いただけで分かるって」
 マサアキの心の中を読んだ様に、神削が溜息混じりにそう答えた。
「お前のやってる事は遠回し過ぎるんだよ。アキラは自分が女だって意識が薄い。逆に言えばそれは、マサアキを異性として意識してないって事だ。そんな相手に遠回しな事やってても、気持ちが伝わるわけ無いだろ」
 正論である。凛とした美貌でとうとうと説かれ、マサアキは肩を落すしかない。
「だから、まずは告白して、アキラに自分が異性であるって事を意識させろ」
「そ、そんな簡単に言うけどよ……」
 簡単な事だろうが、と。神削の鋭い目が言っていた。
 そりゃ――簡単な事だろう。言葉一つだ。だが、その言葉一つが重い事だってある。
 言う事は言った、後はおまえ次第だとでも言う様に立ち去って行く神削の後ろ姿を見送り、マサアキは溜息をついた。

 まさに、その時である。
「済みません、相談良いですか?」
「誰!? また!? ってーか今日やけに客が多くね!?」
 さすがに大きい声が出た。
 杉 桜一郎(jb0811)と名乗った少年は、これもまたアキラの友人かと思ったが、どうやらこちらは違うらしい。
 普段、マサアキはよく恋愛相談を持ちかけられる。モテない自分にアドバイスなどできるわけもないのだが、それでもこういう形で見知らぬ誰かに声をかけられる事には慣れていた。
「えーと……相談って……」
 はい、と桜一郎は頷いた。瞬間、すっと頬に朱が差した。実は、あのう、と妙にもったいぶるものだから、マサアキの方もつられてそわそわもじもじしてしまう。
「実はきみと同じで、ボクもいろいろ言い寄られたりして、困ってるんですけどね」
 ああ、困るよな、あれ。なんでよく知りもしない俺に「好きです」なんて言えるんだろうな。
「わかるよ。大変だよな」
 言うと、桜一郎はにこぱ、とばかりに表情をほころばせた。
「そうなんです。けど、本命の子には全然ふりむいてもらえなくて……」
 見事に同じ境遇だ。マサアキはうんうんと頷いた。
「鈍感な幼馴染は強引に告白を押し切った方が良いですかね?」
 反射でそうだなと頷きかけて、マサアキは動きを止める。
「それは……どうかなぁ」
 曖昧な笑顔になった。
 そうだそうだ、押しきっちまえ――とは、とても言えない。
「相手は自分を好きじゃないかもしれないし……強引に言っても悪い方に転ぶだけかもしれなし……ああ、俺、役に立てそうにないや。ごめんな」
「あ、待――」
 まだ話したい事があるようだったが、マサアキは逃げる様にその場を後にした。

 裏庭に出た。声が掛かったのはその直後だ。
「恋にお悩みの男子がいると聞いて」
「わぁああぁ!」
 四人目の来客に、さすがに叫んだ。
 ばっと振り返ると、ゴスロリファッションの女の子が立っていた。
 思わず二度見したが、どこからどう見ても、そうとしかいい様がない。
「さあ、お茶会を始めようか」
 お茶会って、と言うより先に、気が付くとマサアキは裏庭のテーブルセットに腰を下ろしていた。
 何がどうしてこうなったのかさっぱり思い出せないが、とりあえず出された紅茶は実に美味しい。
「あ、このお菓子うまいっすね……」
 ゴスロリファッションの女の子――実際は少年だが、マサアキには知るよしもない――鴉乃宮 歌音(ja0427)は穏やかに笑い、そのお菓子が手製である事を教えてくれた。
 そうして、
「君はアキラが好きだろう」
 突然の私的に、マサアキは頭をテーブルに打ち受けた。
「なあ、マサアキ。『月が綺麗ですね』と言ったとして『私、死んでもいいわ』と返してくれるかは相手によるものだ」
 夏目漱石ときたか。奇抜なファッションの割には、いやに古風で文学的な例えをする。
 そんな事を思ったマサアキに、「最も簡単な解答は」と歌音は静かに微笑んだ。
「告白してしまえ」
 さすがに取り乱さなくなってきた。慣れとは恐ろしいものだ。
「関係が壊れるのが怖いのか?」
「そりゃ、まあ……」
「だが、それで壊れる関係ならそれだけの関係だったという事。でも、そうではないだろう?」
 それは、わからない。アキラにとって自分がどれほどの存在か自信がない。
「君がついているならば、アキラが他の男に取られる事はないだろう。というかそうならないように君のものにしてしまえ。恋とは独占欲・支配欲の一つだ」
 それは事実だ。アキラが他の男に取られたら、と。それを思うと怖くて仕方が無い。
 だから告白もできないくせに、「俺の気持ちに気付いてくれ」とばかりにうじうじしているのだ。
「青春は短いのだ、マサアキ――頑張るんだよ」
 ふわりと歌音の笑顔に、マサアキは力無く苦笑いを返した。

 短いお茶会が終り、白昼夢を見ていたような気分だった。
 まったく――不自然な一日だ。あんまりにも不自然だから、
「こんにちはマサアキさん。少しお話いいですか」
 そう声をかけられても、マサアキはもう驚かなかった。
 顔を上げると、桜色の髪をした少女。不釣合いに巨大な盾を持っている事についてはこの際つっこまないでおこう。
「まあ、率直に申し上げますと、アキラさんからの依頼です。理由は、お分かりですね?」
 マサアキはかりかりと頭をかいた。まあ、そうだろうとは思っていた。
「やっぱ、依頼なんすね」
 夏野 雪と名乗った少女はそっと頷く。
「では内容も、薄々察していますね? アキラさんは、マサアキさんに現状を『理解』して頂きたいそうです」
 マサアキは顔を顰めた。
 アキラがどんな依頼を出したのか、今までの流れではよくわからない。
 現状はよく理解しているつもりだ。好きな女がいる。その女はどうやら振り向いてくれそうもない。

 ――お前はモテないと聞いたが。
 
 ふと、龍斗の言葉が頭をよぎった。
 モテるの定義は、何か。
 ひょっとしたらアキラは、モテない、モテないと言っているマサアキをどうにかしてくれと依頼を出したのではなかろうか。
 マサアキの言葉をそのまま受け取って、そのまま悩んでると考えて。
 マサアキは頭を抱えた。
「一つだけ、覚えておいて下さい。大事な事です」
 雪の穏やかだが真剣な声に、マサアキは顔を上げる。
「現状維持は永遠じゃないんですよ。考えて下さい。好きな人の隣に、自分が将来いられるか。行動しないと、望んだ将来は……えられませんよ……?」
「……うん」
「怖いのは分かります。今の関係が崩れるのは。私もそうでした。でも、それ以上に‥‥お慕いしている人が遠くに……手の届かない場所に行ってしまうような……そんな気がして……」
 撃退士である。
 恋人うんぬん以前に、依頼でどちらかが死ぬ可能性だってあるのだ。
「だから、私は動きましたよ。だから……今は幸せです」
 そう言って、雪は不器用な笑みを浮かべて見せた。
「マサアキさんも、一歩……踏み出してはどうですか」
 どれだけ怖くても踏み出さなければ、結局のところはいずれ壊れる関係なのかもしれない。
 それならば、一歩。
 マサアキは顔を上げ――校舎に向ってかけ出した。

●鈍感な女学生の気付き

 放課後の教室である。
 そこに、三人の女子生徒と一人の男子生徒が居残っていた。
「何度も告白されているのにモテてないと思ってるんだよね……どうしたらいいかなぁ。『好きな子じゃないと彼女に出来ない』って言ってたんだよね」
 私市 琥珀(jb5268)の言葉にアキラは頷く。
「マサアキさんの好きな人って誰なんだろうね、その人に振り向いてもらわないとマサアキさんの自信には繋がらないと思うよ」
「そうは言うけど、マサアキ君が白状しないんだもん。仕方ないじゃん」
 疲れた様に言うアキラに、琥珀は微笑かける。
 ラファル A ユーティライネン(jb4620)はいかにもイライラした様子でこつこつとテーブルを叩き、風禰はにこにことしながら琥珀とアキラのやりとりを眺めていた。
「例えば、常日頃一緒にいる人とか」
「それっぽい人はいないなぁ。一番よく遊ぶのは私だけど……」
 答えは出ていた。だがアキラは、それが答えだと気付いていない。
 琥珀は少し考え、風禰、ラファルトと視線を交わして――踏み込んだ。
「もしかしたらマサアキさんはアキラさんの事が好きなのかもしれないよ?」
「それは無い」
 即答である。
「だって、だったらとっくに告白してきてるでしょ?」
「いつも身近に居る、幼馴染のアキラさんだからこそ、逆に言いにくかったんじゃないのかなぁ」
 それは、とアキラは黙りこんだ。
「そうでなければ、相談を持ちかけた相手に聞かれて好きな人を口ごもる事なんて無いと思うけどね」
「アキラさんは一体どういう人が好きなの〜?」
 たたみかける様な風禰の質問に、アキラは曖昧に笑う。
「特に好みとかはないなあ」
 アキラの煮え切らない返答に、ついにラファルの苛立ちが頂点に達した。ばん、と机を叩かれて、アキラの上半身が大きく反る。
「っていうか、アキラはマサアキの事をどう思ってんだ?」
「どうって……」
「好きかどうかなんて考えりゃわかるだろ! もし好きなら、アキラから誘って一緒に買い物に行け。好きな女が振り向いてくれないから自信を失うんだろうが! 買う物はアクセとかでマサアキに選ばせろ。そして何を選んでも喜んでやればイチコロだ。とにかくアキラからマサアキを気にかけている様に振舞え!」
 モテるとかモテないとか言ってる場合じゃないだろう。馬鹿かお前はとラファルの表情が言っている。
 立て板に水のごとくまくし立てられて、アキラは視線を泳がせた。と、いかにもほのぼのとした様子の風禰と目が合った。
「マサアキさんは、恋愛の対象にはならないなの?」
 なるか、ならないかで答えるのなら、だ。
「なるけど……」
 だったら、と風禰が会心の笑みを浮かべる。
「素直になると良いと思うなの〜♪」
 素直に、と。アキラは呟く。気が付くと教室を飛び出していた。

●走る二人
 
 中庭の端と端から、男と女が駆けて来る。
 お互いまで数歩という距離で立ち止まり、はぁはぁと息を弾ませた。
 ぐっと、二人は同時に顎を上げる。
「あの私――!」
「俺、話が――!」
 上げた声が重なって、二人は目を瞬いた。
 くしゃりと、マサアキが笑った。つられてアキラもへらりと笑う。
 どうしてか、お互いの想いは口に出さなくとも伝わっていた。あれほど通じなかった二人の想いが、こうも容易く。
 付き合って下さい、と。上げた言葉も二人綺麗に重なって、気の抜けた様な笑いがいつまでも中庭に響いていた。

 その様子を、8人の撃退士達は見送って頷き合う。
 色々とあったがまあ――上手くいった。
「今の俺があるのは君の言葉のお陰だ」
 ふと呟いて、龍斗は雪を抱き寄せる。――鈍感で臆病な二人の姿に、昔の自分達が重なる様だった。
 そんな仲睦まじい二人の姿は視界の外に置いておき、中庭でぎこちなく笑い合う二人を見て、風禰も満足げに頷いた。
「良かったなのなの、一件落着なの〜♪」


依頼結果