●X'mas Party
メリークリスマス!! 乾杯の声と共にグラスが重なる。
とある学生寮の談話室。総勢10人の若者たちが、部屋を貸し切りクリスマスパーティを開いていた。当初は雪妃に提示した案から1つ選んでもらい、それをベースにしたパーティを開くつもりであった。だが、雪妃の「全部体験したい!」という一声がすべてを覆した。
部屋の壁に沿って置かれた8つのクリスマスツリーが中央のテーブルを囲む。ツリーの周囲には各々の色に合わせた飾り付けがされており、その光景はまるでおもちゃ箱をひっくり返したようにごちゃごちゃしていて、でも賑やかで、それでいて何かウキウキとさせた。それはきっとクリスマスだからこその魅力なのだろう。
若者たちはパーティ用の三角帽子を被り、各自のクリスマスカラーをイメージしたマフラーを身に着け、料理に舌鼓を打ち、クリスマス談義に花を咲かせた。良太が過去のクリスマスの苦労話する一方で、雪妃はグラン(
ja1111)と『クリスマスに成就する恋のおまじない』で盛り上がる。
「…こうすると、クリスマスに大切な人が現れると言われています。雪妃嬢もいかがですか?」
グランは事前に調べたおまじないの話題で彼女の恋心を刺激し、話の中に良太の名前を織り込むことで自然に意識できる雰囲気を作り上げていた。
(交差する思いと人間関係、堪能させて頂きましょう)
●Propose X'mas Color
宴もたけなわとなった頃、雪妃の願いにより、再び8つのクリスマスカラーを説明することとなった。
最初に手を挙げたのは椎名さくら(
jb2557)。
「シングルベール♪ シングルベール♪」
主題歌と題して歌を披露する。歌は上手いのに歌詞のせいでアレなことになっているが…その笑顔は眩しい。
白磁の様な肌。白を基調とした服装。さらさらと流れる白銀の髪。純白の翼は柔らかく、美しき白の天使。そんな彼女が提案したのは、
「ブラッククリスマスです。リア充爆破なぼっちの怨念が…は置いておいて。ホワイトクリスマスって普通背景が黒ですよね。クリスマスツリーが綺麗なのは昼か夜かと言われたら普通夜でしょうし、サンタが飛んでる姿は夜で描かれますよね? つまりクリスマスは夜の暗さがなければ成立しないのですよ。料理はイカスミパスタ。できあいのソースを絡めるだけ♪」
…白い天使はどこにいった…。
だが、同調した雪妃はさくらに握手を求める。なるほど。黒があるからこそ他の色が引き立つと…。いい着眼点だわ。それに料理のお手軽さも時には重要よ。
いや待て。さっきの歌詞とかリア充爆破はいいのか…お手軽な料理って…お手軽すぎだろう…。そんな良太のツッコミも、雪妃の耳には届かない。
続いては水鏡(
jb2485)。
「この時期は寒いようだし、身も心も温まるように黄色のイメージを強くしたイエロークリスマスなんていうのはどうだろうか。料理はバジル入りのオムライス。ツリーには電飾とやらで流れる星を表現した飾りつけ。サンタは流れ星にプレゼントを乗せて、全世界の子供達のもとへ送り届ける。
本来は家に侵入して枕元にプレゼントを置くらしいが、自分で探しに行くというのも面白いんじゃないかと。流れ星が落ちた先へ向かうと、積もった雪の上に黄色く光り輝く星が落ちていて、そこには一緒にプレゼントが置いてある。結構綺麗なんじゃないかな、と思うわけだ」
プレゼントを探しに行くのは新しいわね。子供たちが喜びそうだわ。うんうんと雪妃が満足そうに頷く。
なんでこっちの方が天使っぽい案なんだ…そこの天使と悪魔、絶対中身が逆だろう…。
三番手のグランが立ち上がる。
「私はハニークリスマス、蜂蜜色を提案します。素では柔らかく温かい色。光を当てれば黄金に輝く蜂蜜のようにキラキラと、しかし金属系のイメージよりも柔らかく優しい感じがして、何よりも甘い感じがイメージしやすいという意味で選んでみました。蜂蜜を使ったケーキや料理を出してみるのもいいかも知れません」
さらにオーナメントを指差し、蜂蜜細工ですと付け加える。
ほほぅ。雪妃はしげしげと眺めると、オーナメントにかじりいた。うん、おいひー。
…食べるなよ。良太ががっくりと項垂れるのも気にせず、発表は続く。
「僕が考えたのはウォームオレンジ・クリスマス。家族が暖炉を囲んでいる感じです。一緒に温かいシチューを食べて、暖炉に靴下を吊るして、オレンジ色の炎を見つめながら…いろいろなことを話す。そんな感じはどうでしょうか?」
笑顔で語るレグルス・グラウシード(
ja8064)の目に寂しげな色が浮かんだことを見逃さず、雪妃は率直に尋ねた。
家族に何か思い入れでもあるのかな?
その問いにレグルスは沈黙する。彼の父は彼が生まれた頃に他界。母は精神を病み、彼の存在を忘れた。5つ上の兄と使用人たちが一緒に祝ってくれたものの…やはり彼は憧憬する。
「…クリスマスには、お父さんお母さんが子供の為に一緒にいてくれる。そんな日であって欲しいんです」
オレンジ色に込めた彼の想いに、雪妃が微笑みを返した。家族で過ごせる聖夜、とっても素適なことよね。
「次は私の番ですよ〜」
しんみりしかけた空気を、八尾師 命(
jb1410)のおっとりとした声が包み込む。
「私は一風変わってゴールドカラー、つまりゴールデンクリスマスを提案してみますよ〜。元々ツリーの天辺にある星は、キリストが生まれた時に東の空にひと際大きく輝いた星を表現しているとのことですし、星の輝きとゴールドカラーはマッチする気がしますよ〜。それにサンタさんもたまには金ピカな服装をすることで、ゴージャスな感じがしても良いんじゃないでしょうか〜? 料理はミラノ風リゾットですね〜」
雪妃がふと神妙な表情になる。なかなか攻めてきたわね。華やかなのはいいけれど、ゴールデンなツリーにするためには…金が沢山必要ね。…かなりバイトしないといけないわ…。
気になるのはそこかよ! 良太は数々のスルーにめげず、ツッコミ続ける。
続く大和田 みちる(
jb0664)は、星のオーナメントや金色のモールがふんだんに使われたツリーを示した。
「私は冬の星空をイメージして、スターライト・クリスマスやな。日本ではまず雪が降らないやんか。その代わり、冬の星空は空気が澄んでいて格別やし、群青の空に散りばめられる金色とかキレイやと思う。星の輝きはジュエリーとかにもつながるかな。料理は黒糖のフルーツポンチ。星型の寒天が黒糖のシロップに浮かぶ様子はさながら天の川…とかどうやろうか?」
たしかに冬の夜空は格別だわ。星空って、それだけでもう素敵だものね…。光景を想像する雪妃の脇では、ツッコミどころのない良太が寂しそうにしている。
「…あ、あのぅ…私はシルバークリスマスを提案しますぅ…。…ツリーは雪や飾りを銀色で統一し…サンタのマフの部分を銀色の毛皮に…ソリの金属部も銀色にしますぅ……。料理はオーソドックスなものですが、代わりに食器も銀製で統一してみましたぁ……。」
赤らめながら話すのは月乃宮 恋音(
jb1221)。赤面症の彼女が懸命に話す姿に、雪妃がぽつりと漏らす。
…やばい…かわいい…料理も彼女がほとんど用意したのよね…ぜひお嫁さんに…。
ライバルが女の子ってのは想定外すぎるぞっ! 良太、今日一番の激しいツッコミが炸裂する。心の中でのことなので気付かれないわけだが。
トリは袋井 雅人(
jb1469)。咳払いをすると、自信に満ちた顔で話し始める。
「私は代表的なクリスマスカラーの赤と白を混ぜてラブハートピンク・クリスマスを主張します。1年に1回ぐらい男子から女子に告白する日があってもいいじゃないか! ということで、男子がサンタになって好きな女子にプレゼントを渡しながら愛を告白する日にするんです」
これは熱いっ! しかも面白そう! ピンクでかわいい感じも女の子にはグッとくるわね! 熱く語る雅人のテンションの影響か、雪妃の口調も熱を帯びている。
そんな簡単に告白できれば苦労しないんだが…。あと一歩を踏み出せない世の男子たちの気持ちを良太が代弁する。やっぱり心の中で。
●Propose to ...
(よし! この流れで…)
実はこの機会に雅人も告白しようと考えていた。だが、彼がプレゼントを取り出すよりも早く、事態が急変する。
「ここで良太様から雪妃様へのサプライズプレゼントがあります!」
………へ?
さくらの一声に、一同の時が止まる。
(な、何を口走ってるんだ!?)
(え、えっと…なんて言うか場の流れで♪)
水鏡がさくらの耳を引っ張り、小声で怒鳴りつける。だが、時すでに遅し。
「え? なになに? プレゼントくれるの?」
目を輝かせて食いつく雪妃。突然のフリに頭真っ白な良太。場が見えないパニックに陥る。
このままではマズイ。白目を剥いた良太がグダグダな告白をしてしまいかねない。天魔を前にした時とは異なる焦りと緊張感が、場を支配する。
そんな中、いち早く立ち直った良太が全員を見渡した。
―――こうなったら決行するしかない。
その訴えを察し、早急に行動に移る。そうと決まれば迅速な行動が要される。
「雪妃さん、少しだけ失礼させていただきます」
グランが有無を言わせぬ笑顔を雪妃に向けると、一行は雪妃の返答を待つことなく退室していく。
「…えっと…」
唐突な展開に、さすがの雪妃も言葉が無い。
「クリスマスだから忙しい…のかな?」
「…ちょっとだけって言ってたから…また戻って来るだろ」
言いながら、良太は大急ぎで段取りを思い返していた。
一方、大急ぎで外に回った一行は窓から静かに部屋へと侵入する。各々配置に就くと、暗幕の裏から様子を窺う。
(がんばってください、良太さん…!)
心の中で声援を送ると、レグルスがスイッチを握る指にそっと力を込めた。
「な、なに!?」
不意に部屋の明かりもイルミネーションも消えてしまい、部屋が暗闇に包まれる。窓や出入り口を暗幕で覆っているため、外部の光もほとんど入らない。完全な闇。
「…て、停電?」
慌てる雪妃の手をそっと握り、良太が優しく声をかけた。
「大丈夫。心配ないよ」
それは雪妃だけではなく、自分にも向けたもの。説明を受けたときのみちるの言葉が思い出された。
…のタイミングでプレゼントを贈れば印象にきっと印象に残ると思います…。
大丈夫。
良太がもう一度、力強く声をかける。そこには雪妃が今まで気付くことのなかった『男らしさ』が現れていた。それを待っていたかの様に、暗闇の中に白銀の星々が瞬き始める。かすかに聞こえるのはクリスマスソング。
小さな輝きはやがて頭上に天の川を架ける。その中に、ひときわ大きな星が二つ並に、金色に煌めく。やがて、それらは寄り添い、ゆっくりと空を舞い始めた。ゆっくり…ゆっくりと…二つの流れ星が、柔らかなイエローライトがぽぅっと灯る場所へと舞い落ちる。灯りの中に浮かぶのは、緑と赤のコントラスト。
(あれは…ポインセチア…だっけ? たしか花言葉は…)
『私の心は燃えている』
ふと気付けば、8本のハニーキャンドルが橙の炎で二人の道を照らしていた。優しく甘い香りが二人を包み、隅々に置かれたガラス細工の光の反射が、二人を光の海へと誘う。二人は手を繋いだままポインセチアの下へと歩み寄ると、足元に小さな箱を見つけた。白地にピンクのリボンがあしらわれた小箱を、良太は迷うことなく手に取る。
「誕生日おめでとう」
箱が雪妃の手の中に収められ、雪妃の目が光で揺らぐ。二人の足元ではピンク色の輝きがハートを形作っていた。
「バッカじゃないの…」
はにかむ雪妃に微笑みかけ、良太は箱からそっと指輪を取り出す。
「バカだから、お前に付き合っていけるんだよ…。雪妃、俺は―――」
●Cupids in the holy night
「いやぁ、タイミングを合わせるのが大変でしたね」
「二人の雰囲気を壊さない様に出入りするのも苦労したぞ」
夜道を歩きながら、三角のパーティ帽を被ったままのレグルスと水鏡がホッとしたように、だが笑顔で苦労をこぼした。
暗闇からの流れはすべて手作りの演出。案が一つに絞り込まれなかったために各自の案を組み合わせたのだが、今思えばかなり綱渡りだった気もする。だが、結果的にすべて上手くいったのは、皆が心から告白の応援を心がけたからであろう。
「告白上手くいきましたかね〜」
後ろ髪を引かれ、後ろを振り返った命にさくらが笑顔を向けた。
「良太様は男らしかったです! 100点満点です!」
「我々にできることはやりました。あとは二人きりにしてあげましょう」
グランは満足そうに頷いている。
(クリスマスと男女の心情の変化について、新藤氏と雪妃嬢の様子をしかと観察させて頂きました)
みちるは最後に見た雪妃の横顔を思い出す。目元が光っていたのはきっと驚きと喜びの証。
(二人が今まで以上に幸せな関係になれるよう、うちらからもお祈りしときます)
最後尾では、雅人と恋音が並んでいた。
「……素敵な夜になりましたねぇ……」
顔を上気させ、恋音が呟く。
(今しか…ないっ!)
雅人はリボンのついた包みを取り出した。
「つ、月乃宮さん、これよかったら!」
「…あ、あのぅ…これ…いつもお世話になっているお礼ですぅ…」
二人の声が重なり合う。
「え!? ボ、ボクに!?」
「…え…えぅ…よ、よろしいのですかぁ?」
目を白黒させた二人の後ろで、聖夜の鐘が鳴り響いた。
皆と別れた帰り道。
みちるは今年一年あったことをぼんやり思い出していた。
大好きな兄が生死不明になり、自分はアウルに覚醒して撃退士としてこの学園に来た。あれから生活は激変し、平和な日が遠い昔に思える。
もしサンタさんがいるなら…と彼女は願う。平穏な日常を下さい。兄が無事に帰ってくる様、お祈りずっとしています。だから……。
星空を見上げたその頬に、ひとひらの雪が舞い落ちる。ホワイトクリスマスの欠片。溶けた冬の結晶はなぜか優しく温かく―――。
「ありがとうな、サンタさん…」
今宵はクリスマスイブ。世界に奇跡と幸せが舞い降りる聖夜。
聖夜のキューピッドたちにも祝福を。
―――帰宅後。
恋音はラブピンクな色をした一枚の布地を見つめていた。マジメな彼女に、プレゼントにさらしを選ぶセンスを笑い飛ばすことなどできず…。
「…あぅ…これは…さらしですよねぇ…私の胸が大きすぎるからどうにかしろとと言う…袋井先輩の遠回しな訴え…なのでしょうかぁ……うぅ…明日からどんな顔をして合えばいいのでしょう…」
その頃、告白し忘れたことも忘れ、手編みのマフラーに歓喜する者が一名。
「こ、これがリア充というやつなのか…」
ついでに言うと、彼はもっと大事なことを忘れている。
『お世話になっているお礼ですぅ…』
まぁ…きっとラブコメを愛する者たちが、二人をフォローしてくれることだろう…。