■作戦会議
倉庫街の空は意外と狭い。
立ち並ぶ倉庫はどれもこれも大きさと重量感があり、見慣れない者を寄せ付けないかの様に今日も佇んでいる。
人界に腰を落ち着けてから随分と時間を経た美森 仁也(
jb2552)ではあったが、目の前の光景に今までに味わったことのない独特の圧迫感を感じていた。
「スナック菓子ねぇ…『女の子にとってお菓子は心の栄養』なんて事言ってる知り合いもいるし…ま、頑張りますか」
その側では、事前に取り寄せた見取り図を凝視する玄武院 拳士狼(
ja0053)の姿があった。
「ブレーカーはフロアごとにある様だ」
倉庫の1フロアは高さ約10m。その上部に採光用の小さな窓が並んではいたが、曇天且つ荷物が積まれた屋内では、十分な視界を確保できるとは言い難い。明かりの確保は重要なポイントであった。
「ふむり、これなら視界の確保はバッチリなのですよぅ〜☆」
ナイトビジョンを装備した鳳 優希(
ja3762)が、にこやかにサムズアップする。
「明かりなら、俺に任せておきな!」
「雷のオーラドレストも明かり代わりになるはずだよ」
虎落 九朗(
jb0008)とアッシュ・クロフォード(
jb0928)も、各々の能力を活かした光源を提示する。
そこへ、月乃宮 恋音(
jb1221)がおずおずと切り出した。
「……あ、あの、こちらを皆さんに……」
彼女が渡して回ったのはフラッシュライト。比較的広範囲を照らすことのできる携帯用の照明だ。
全員で使えば、ナイトビジョンやスキルがなくとも必要最低限の明かりは確保できそうであった。
「……あ、あと、編成について提案なんですけどぉ……」
恋音が躊躇いがちに手をあげ、説明を始める。普段は内気で赤面症な彼女も、天魔撃退という目的の前に臆していられない。
「…菓子などどうでもいいが、最下級とはいえ奴らの手先は全て殺さねばならんな…」
アガト・T・フローズヴィトニル(
jb2556)の目が鋭くなる。悪魔でありつつも魔界の思想とは相容れなかった彼にとって、同族は憎むべき対象であり、敵でしかない。
恋音とアッシュを中心に、撃退士たちは作戦を詰めていった。
■1F
今回の作戦はこうだ。
3階建ての倉庫を、二手に分かれて1階と3階から進入する。祖霊符を使用し逃亡できなくした上で、光源を確保しつつ各階を索敵。敵の数が多ければ合流優先。少数であれば各個撃破する。さらにその間、2階の敵の行動を監視するため、見張り役を一人2階に置くことにした。常に連絡を取れる様、全員が携帯番号を交換してある。
1階のメンバーは拳士狼、九朗、恋音の3人。
別班が配置についたことを確認すると、物音やポテチの残骸などを頼りに、一行は慎重に進み始めた。
「ところで、仁也先輩は見張り役でしたよね」
「そうなんだが、2階に行く為には1階は通らないといけない訳で…」
たしかに、2階へ続く階段はブレーカーの傍にある。人数が多くて困ることはないため、そのまま4人でブレーカーを目指す。
「静かだな…本当にいるのか?」
耳を澄ませる九朗に、先頭を歩く拳士狼が反応した。
「物音がしないからと言って油断はしないことだな、見ろ」
拳士狼の指し示す先に、豹型のディアボロの姿が現れる。口にポテチ(塩味)の袋を加えながら、のそりのそりと歩いている。
「くっ、俺のポテチを返せっ?!」
「……あ、あの、あれは九朗さんのではないと思うのですぅ……」
九朗のボケにマジメにつっこむ恋音。
そのやり取りに気付いたのか、豹型が唸り声をあげてこちらを威嚇し始める。
「どうやら相手は一匹の様だ。一気に叩くぞ!」
拳士狼が構え、間合いを測る。先制して、仁也の矢が敵の顔を、九朗の銃弾が敵の足元を掠めた。それらに気を取られた豹型に、拳士狼のトンファーが直撃する。恋音の光の矢が後を追撃するが、それは難なく避けられてしまった。
「動きは早いが体は脆そうだな」
拳士狼がわずか一合で相手の特性を見切る。おそらく、もう一度全員で攻撃を仕掛けれ勝負は決するだろう。
だが、敵もそう簡単にやられはしない。豹型の身体を覆う斑模様が蠢き、深紅の瞳が開く。
「ひあっ!?」
その不気味な様相に、恋音の口から短い悲鳴が漏れた。
全身の斑模様に深紅の瞳が浮かび、数多の視線が4人を捉える。
「ぐっ!?」「むっ!?」
熱湯と冷水を同時に脳内に入れられたかの様な感覚が襲い、次の瞬間、仁也の身体が不可視の力に束縛され、拳士狼の焦点が合わなくなる。
「大丈夫か! 二人とも!?」
異変を察知した九朗が呼びかけると、その声に拳士狼が目を見開く。
「新たな敵かっ!?」
急に攻撃の矛先を変え、仲間に襲いかかる拳士狼。不意を突かれた九朗が鋭い一撃を食らってしまう。
「な、なんでっ…!?」
恋音の驚きの表情に、仁也が叫ぶ。
「おそらく幻覚だ! あいつを倒せば元に戻る!」
仁也が動けない体に鞭打って矢を射ると、恋音も慌てて攻撃を仕掛ける。
二人の攻撃が豹型にとどめを刺すと、束縛と幻覚は嘘のように消え失せた。
「すまなかった…」
ライトヒールで傷を治す九朗に、拳士狼が頭を下げる。
共に戦う仲間に己が拳を振るったことに、拳士狼が気落ちする。
「そんな気にしないで下さいよ。むしろ俺でよかったくらいですから」
そんな拳士狼に九朗が笑みを返す。実際、ダウトの脆さを考えれば、恋音ではなく九朗が襲われたことは不幸中の幸いと言えた。
(そうでなくとも、女性が傷つくとこなんて見たくないし…)
九朗が胸を撫で下ろす。
「そ、そうですよぉ……敵も倒せたことだし、ここは良しとしましょう……」
「まだ、終わったわけでもないしな」
恋音と仁也の言葉に、拳士狼は気持ちを切り替える。
「この借りは必ず返す!」
その後、ブレーカーに辿り着いた4人は無事に1階の光源を確保したのであった。
■3F
――少し時は戻る。
「空を飛んでますよぉー☆」
無邪気な優希の声が空に響く。
「…ち、暴れるな…」
優希とアッシュを両脇に抱え、闇の翼を広げたアガトが二人に言い放った。
彼らは3階から索敵を始める班である。
階段を使うよりも物音無く辿り着けると言うことで、3人はアガト発案の『悪魔の飛行能力』で空から侵入する方法を取ったのだった。
途中、3人は2階の非常口を封鎖することも忘れない。祖霊符と組み合わせれば使えば、簡単に逃げ出すことはできなくなったはずである。
そのまま3階に辿り着いた3人は、非常口から素早く中に侵入した。
「まずは光源の確保だね」
アッシュが目先の目的を確認する。彼の光纏は雷のように眩い光を放つ。フラッシュライトもあれど、それでも倉庫は広い。すべてを照らすには、やはりブレーカーを目指す必要があった。
3人は1階のメンバーと連絡を取ると、薄暗い中に積まれたスナック菓子の山に警戒しつつ、壁ぎわを慎重に歩みを進める。すでに祖霊符を発動させているので、敵が柱や壁に潜んでいることはない。
(……お菓子を巣食うディアボロですか〜)
ちょっと羨ましいかも、などと緊張感の片隅で優希は思う。
そのとき、彼女のスマフォが震えた。『闇の翼』で上空から監視していたアガトからであった。
「…いたぞ。前方に2体だ…」
こちらの方が数は勝っているが、戦闘を仕掛けるか一度撤退するか、決断しにくい数でもあった。逡巡の最中に、アガトが告げる。
「…考えがある。仕掛けるぞ」
一方的に電話を切り、アガトがそのまま敵に近づいていく。
「一人にするわけにはいかないよね」
アッシュと優希も後を追い、敵の姿を視認したところで手近な柱の陰に隠れる。周囲にアガトの姿は見えない。
すでにこちらに気付いている2体の豹型が、ゆっくりと警戒しながら近づいてくる。
あと少しで攻撃範囲に入る。優希とアッシュが攻撃のチャンスを伺っているところに、それは降ってきた。
バサリ、と2体の豹型にブルーシートが覆い被さる。
「いまだ! 畳み掛けろ!」
上空からアガトの声が聞こえた。どうやら倉庫内にあったブルーシートを拝借したらしい。完全に不意を突かれた豹型たちがパニックに陥り、シートの中でもがいている。
「眠ってしまうと良いのですよ☆」
優希がブルーシートの中心を狙い、睡魔の霧を発生させる。その霧によって、1体の動きが静かになり、そこへアガトのライトクロスボウが放たれる。
「おいで、ジーク。仕事の時間だ」
アッシュに召喚され、雷のオーラを纏う竜の幼体が天井すれすれまで上昇し、急降下からのブレスを敵に浴びせる。
うがぁっ!
豹型が低く短く怒りを表し、より一層激しく暴れ始める。引き裂かれたシートから、その双眸が見え隠れしていた。
だが、豹型の反撃の手が上がることはなく、全員の集中砲火を浴びて瞬く間に殲滅された。
戦闘を終え、アガトが他の二人に『体の斑模様による催眠攻撃』について説明をする。
彼が敵を発見したと同時に、ちょうど1階の班から報告が入ったらしい。
「…だから、視線を塞げるものを探してまでだ…」
「でも、もう使い物にならそうですよー!」
優希が切り裂かれたシートの端をつまむ。豹型の爪と、こちらの攻撃によってズタズタになっていた。
他に使えそうなシートも見つけられなかった3人は、ブレーカーで光源を確保すると、3階を索敵して回るのだった。
■2F
その後、2階にて合流した一行は、それぞれの成果を報告し合う。
1階、3階とも他に敵の気配は無かったため、2階の探索が終われば依頼完了となる。
「とは言え、どうしようか」
アッシュが眉間に皺を寄せる。
彼らはいま、柱の陰に隠れていた。それと言うのも、2体の豹型ディアボロが臨戦態勢を取っていたからである。
上下階の戦いの騒ぎによって警戒されてしまったのだろう。しかも、1体は他よりも巨体で、攻撃力、体力ともに強化されていることが伺い知れた。
「行くしかないだろう。この状況で他に敵が隠れているとは考えにくい」
「睨み合っててもラチがあかないぜ」
拳士狼が拳を鳴らし、九朗も同意する。
(……皆さん、すごい……怖く、ないのでしょうかぁ……)
彼らのやり取りに、恋音が感嘆する。彼女は先の戦闘で感じた強い恐怖を押し殺すのに、精一杯であった。
大規模前の恐怖克服。それがこの依頼への参加目的であったが、仲間を錯乱させる攻撃に気持ちが竦んでしまう。
「みんなで連携し、助け合えば大丈夫ですよ〜☆」
恋音の気持ちを察したのか、優希が笑顔で励ましの声をかける。
「……あ、ありがとう、ございますぅ……」
そうだ、こんなことで怯んではいられない。恋音が前髪に隠れた瞳の奥で、気持ちを奮い立たせる。
「12年のブランクは大きいな、戦闘のカンを早く取り戻さないと…」
仁也も先の戦闘を通して不安を覚えていた一人だ。攻撃は掠め、敵の催眠攻撃にも不覚を取った。大切な人を守るためにも、力があって困ることはない。
「…では、行くか……」
アガトがゆっくりと武器を構える。
―――すぅ。拳士狼が目を閉じ、息を吸い込んだ。
「行くぞ!」
短く強く息を吐き出すと、拳士狼が敵に向かって突撃する。
前衛に立った拳士狼が敵の攻撃を引き付けつけ、他のメンバーが柱の陰などから遠距離射撃で援護する陣形だ。
気合一閃。力強い踏み込みから、拳士狼が両手で掌底を突き放つ。
掌を包むオーラによって、巨体の豹型が数m吹き飛ばされる。だが、吹き飛ばされざまに巨大な爪もまた拳士狼の身体を抉っていた。
彼の援護のため、優希が眠りの霧を発生させるも、巨体の咆哮が霧を消し飛ばしてしまう。
拳士狼が巨体を引き付けている間に、他の者たちは残りの1体に集中攻撃を仕掛ける。
上空から仁也とアガトが弓矢を、恋音が魔法の矢を、アッシュの召喚した幼竜がブレスを放つ。
しかし、仕留めきれなかった敵が反撃に撃って出る。
敵の狙いは恋音。鋭い爪が彼女の身体を捉える―――瞬間、九朗が恋音を庇い、攻撃を受け止めた。
そして敵の凶悪な能力――深紅の瞳――が発動する。警戒していた敵は、戦闘開始の時からその瞳すべてを開いていたのだ。
アガトの動きが束縛され、呪いによる恐怖に心かき乱された恋音は魔法を唱えられなくなる。ディアボロに魅了された仁也は、身を翻して味方にショートボウを放った。
九朗から聖印を刻んでもらい、抵抗力を高めた拳士狼でさえも抵抗虚しく視界が薄闇に覆われる。
混乱した撃退士たちに、豹型の爪が追い討ちをかけた。
「借りを返させてもらうぞっ!!」
味方の窮地に、拳士狼が絶叫する。筋肉を隆起させ、微かな視界を頼りに巨大なシルエットに向かって、再び渾身の掌底を打ち放つ。その巨体は、激しくもんどりうって壁に打ち付けられる。
他方では、催眠に耐え切った優希の風の渦とアッシュと幼竜の連携攻撃が、もう一体の豹型が沈めていた。
この機を逃さず、恐怖に打ち勝った恋音の魔法と、不可視の束縛を振り切ったアガトの矢が、立ち上がった巨体に突き刺さる。
そこへ、自力で魅了状態から脱した仁也が、反撃の一矢を放つ。
アウルを乗せた強烈な一撃を眉間に受け、巨体の豹型はゆっくりと崩れ落ちるのであった。
■追加報酬
―――みなさん、ありがとうございました。
殲滅報告と共に、恋音とアッシュがまとめた倉庫内の被害状況のレポートを受け取り、従業員の代表がお礼を述べる。
そして、「こちらがお約束のものです、好きなだけお持ち下さい」と目の前にポテチの山が積まれる。
「ポテトチップスの追加報酬? あー、そんな話もあったな」
お菓子は心の栄養とか言ってたけど、あいつ、ポテチはそんなに好きじゃないからなぁ。想い人を思い浮かべつつ、塩味に手を伸ばす仁也。
「チーズフォンデュの味は最高なのですよ〜☆」
優希は目を輝かせると、お目当てのポテトをさっそく食べ始める。
アッシュはコンソメパンチ、拳士狼は塩味を手に取り、アガトもなんだかんだ言いながら、しっかりとじゃがバター味を確保する。
各々が追加報酬のポテチを手にする中、みなさん意外と手堅いですねと従業員が感想を述べつつ、すまなそうに付け加えた。
あの、よろしければこちらも……。
指し示されたもう一つの山に、一同は顔を見合わせる。
「……こ、これ、どうしましょうか……」
「あー、俺にいい考えがあるぜ」
困り顔の一同に、九朗が名案を告げる。
―――数日後。
千鶴の下に、大きな荷物が届いていた。差出人は例の倉庫の従業員からだ。
「お♪ あの子たち。ちゃんと私の分もポテチ確保してくれてたのね♪」
千鶴がほくほく顔で開梱する……が、所狭しと押し込められた袋は、どれもこれもが天魔の返り血に染まり、袋の中身は粉々で、ポテチの面影はなく、もはやふりかけだ。
「どーいうことーーっ!!」
千鶴の絶叫が学園内に響く。
心優しき学生たちに、ポテチで乾杯。