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「夏だ! 海だ! イケメンはどこだ!!」
青空の下、因幡 良子(
ja8039)が砂浜に向かって元気いっぱいに飛び出した。一夏のアバンチュール的な、きゃっきゃうふふ♪を目指していい男を探しに遊びに来たのだが、辺りを見回して目につくのは…。
砂浜にパラソルやレジャーシートを広げ、波間に顔を出した奏に手を振る可愛らしい男の子。
白のビキニタイプ水着にロングパレオを纏う美女と、その背中に日焼け止めを塗る美男子。
あとは、女性客の姿がちらほらと。
「…野郎率低すぎる上に、男の娘と彼女持ちしかいないじゃねえっすか糞がぁ…!」
突っ伏しながら、砂浜をばんばん叩くピチピチの大学3年生。尚、マジ泣き中。
「くそおくそお……こうなったらっ!」
突如ガバッと起き上がり、良子がグラビアポーズを取り始める。どうやら監視カメラに向かってアピールを始めたご様子です。
いい年して着用したスク水の胸元で、ワッペンに大きく書かれた『いなば』の文字が力いっぱいにアピール中。いい男かもーん!
「……この娘、一体何をしとるんかのう?」
カメラの向こう側では、お爺ちゃんが温かい麦茶をすすっていた。
「先輩…お手洗いから帰ってきませんね」
しきりにポーズを変える良子を背景に、桜花 凛音(
ja5414)がきょろきょろと。その傍らでは、かき氷に夢中のみくず(
jb2654)が幸せそうにスプーンを口に運び中。
「残してるかき氷とか勿体ないから、全部食べちゃおうね?」
言うが早いが助作の分も手に取れば、あっという間に空になる器。
「プールでのんびりもいいけど、やっぱり食べられるときには食べないとねー!」
今度は凛音と二人で食べようと、かき氷を追加注文してみれば、なんと山盛りバケツサイズ。
「時間との勝負だね!」
融ける間もなく減ってゆく氷山に、一般客が目を丸くして通り過ぎてゆく。
程なくして、みくずが八割方食べ終えたところで、凛音がMAPを片手に席を立った。
「どこかで道に迷っているのかも…ちょっと探しに行ってきますね」
「わふぁひも、いふよ!」
最後の一山を口に含み、みくずが慌てて凛音の後を追っていった。
同じ頃、藤井 雪彦(
jb4731)も助作の姿を探していた。
「兄貴…どこにいるのかな〜? 紗雪を紹介したいんだけど……まっ、いいか」
遊んでいれば会えるさと、気持ち切替え、寄り添う駿河 紗雪(
ja7147)の手を引いて。二人でエメラルドのプールへと踏み出せば、思わず奏でた溜息のハーモニー。
「うわぁ〜スッゴイ綺麗…」
「素敵なプールなのです…」
踏みしめる白い砂浜はさらさらと心地よく。水面は翡翠の宝石が散りばめられた様に輝いて。夏薫る潮風が二人に漣の音を運んで吹き抜ける。
「…確かに美しいけど…ボクは紗雪の方が綺麗で美しいって思うな☆ それに、可愛いよねっ♪」
「雪君っ! ご、ご馳走様です><。褒め殺しなのです」
ラブラブオーラに当てられて、彩り鮮やかな熱帯魚たちも二人の足元で大はしゃぎ。
「本当に南国に来たみたいだね〜♪」
「雪君、えい♪」
「やったな〜おかえしだ〜ソレソレー」
アハハ、ウフフ〜♪
「ふふー捕まえてごらん〜マテー」
キャッキャウフフ〜♪
太陽の下で弾け飛ぶ、輝く笑顔と水飛沫。ひとしきり波打ち際で楽しめば、二人は指を絡めてプールの中へ。
「泳ぎ続けるよりは沈むほうが得意ですが…雪君、手を離さないで下さいね」
見上げた水面の煌めきは、この世のものとは思えないほどに美しく。けれどその感動も、対照的に広がる無音の世界によって孤独と不安で塗り潰され――。
しかし、それも束の間のこと。
(紗雪…)
雪彦に抱擁されれば、伝わる温もりに紗雪は確かな安らぎを感じ。その存在に確認するように、雪彦をそっと抱き寄せる。
(雪君…)
重なる二人の影に、陽光がそっと射し込んだ。
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「珍しい子いるかな…?」
岩場多い浅瀬では、水無月 ヒロ(
jb5185)と奏が生き物探して散策中。ヒロのお目当ては、海牛・船虫・雨降師などの所謂グロカワ系。対して奏が探すのは…?
「海鼠はっけーん♪」
……意外と似た者同士の様でした。
「常葉さん、あっちに変わったのがいるよ!」
不意に手を引けば、体勢崩した小さな身体がヒロの胸元へもたれ掛かり。
「ご、ごめんなさい!」
「大丈夫。絶対に傷つけないよう守るから」
※足元の珍しい色をしたヒトデを守ると言いたかった様です。
「言いそびれてたけど、とても可愛いね」
「ふぇっ!?」
※奏の水着姿に触れていなかったと、唐突に誉め始めた様です。
「連れて帰りたいかも…」
「つ、連れ…っ?!?!」
※波間に見えた雨降師に視線を落としての発言でした。
「あれ? どうしたの常葉さん?」
「あああのそのボク…ボク…」
先日の電話のやり取りも思い出し、頬染めた奏が慌てて翡翠色のプールへと潜ってゆく。
「あ! 今度は水中で生き物探しするんだね。よーし!」
屈託のない笑みを浮かべ、ヒロはその後を追っていった。
「おかーさーん、ウサギさんがいるよ〜」
子供の声に手を振るは、さざめく波と対峙する巨大なウサギ、もとい大谷 知夏(
ja0041)の姿。
「ふっふっふー♪限界まで強化した、この着ぐるみなら水の中でも楽勝の筈っす!」
魔装Lv20と言えば、水中どころか深海でも平気だと信じたい勢いだ。
「いくっすよ!」
念入りな準備運動を終え、輝く海へといざダイブ!
ぷかー。
しまった、これは盲点だ。みんなのウサたん、浮力で身体が沈まない。
「諦めるにはまだ早いっすよ!」
ばしゃばしゃ、ばしゃばしゃ、ばしゃばしゃばしゃばしゃ!
「おかーさーん、ウサギさんが溺れてるよ〜」
子供のエールを背に受けて、波間で奮闘し続けること幾許か。徐々に着ぐるみが水の中へと沈み始めた。
「何か段々カラダが重くなってる気がするっす!?」
水を吸った着ぐるみが、今度は際限なく水底へと沈んでゆく。
「ぬぉぉおおお!! 撃退士の力と着ぐるみが合わされば、不可能は無いっすよ!」
光纏した知夏、ついに水中で着ぐるみ遊泳に成功。この日、ウサギと熱帯魚の水中ツーショットと言う、世にも珍しい写真に撮られたとさ。
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「権瓦原先輩ーっ!」
「すーけーさーくーさーん!」
助作を捜索中の凛音とみくず。未だにその姿は行方不明中。
「まさか迷子?」
だが、トイレまでの通路は一本道。どこをどうすれば迷うのか?
「ひょっとして、こっちに進んだのでしょうか…?」
ふと目に止めたのは『関係者以外立ち入り禁止』の扉。当然、鍵はかかっていない。
「あり得るかも。ここ無駄にでっかいし。何より助作さんだし…」
そろそろと進んでみれば、突如開ける未開の地。鬱蒼と茂る草木に、二人の脳裏に『ジャングル』と『遭難』という言葉が過ぎる。
慌てて凛音がパーカー羽織り、虫除けスプレーで準備を整えて。みくずは闇の翼を広げて空へと飛翔。
(折角だから凛音ちゃんに見つけてもらおう! ひと夏のドラマチックな何とかは必要だもんね)
思い立ったが吉日と、みくずはその演出法を考える。
「よ〜し!」
物は試しと、まずは心の中で呼び掛けを。
(聞こえますか…聞こえますか…助作さんの心に直接語りかけています…)
「だ、誰だっ!?」
あっさりと声あがり、眼下の藪の中に目的の♂発見。
(助作さん…あなたを探している人がいます…)
「オレサマを探してる…だと?」
(あなたは星…輝くのです…今こそ輝きを見せるとき…)
「星…輝き…魅せる……はっ!? ま、まさかっ!」
ぺかー! 次の瞬間、籔の隙間から洩れる神々しい光。その輝きの中心で、助作が両腕を空高く突き上げる。
「宇宙人よっ! 人類のスターたるオレサマはここにいるぞー!」
そこへタイミングよく、瞬間移動で籔を飛び越えてきた凛音が登場。
「う、うちゅう…じん?」
「なんと!? 宇宙人は桜花ちゃんだったのか!?」
「えっと…よくわかりませんが、皆さんが先輩を待っていますよ」
藪から這い出し、プールへと戻る二人の背を見下ろしながら、みくずが一人唸っていた。
「うーん、助作さん相手にドラマチックを求めるのは難しいなぁ」
漸く助作がプールに戻ってくれば、そこでラブラブオーラ全開のマブダチとぱったり遭遇。
「あっ! 兄貴〜お疲れ様です〜チケット有難うございました!!」
「んと、兄貴さん☆紗雪と言います。雪君からお名前は窺っているのです。逢えて嬉しいのですよ」
「ボクの彼女です〜♪超可愛いでしょ〜☆」
笑顔浮かべ、雪彦から一歩引いて挨拶をする紗雪の慎ましい姿に、頼れる兄貴は深々と頷いた。
「うむ。ごーかっく!」
雪彦のことを末永くよろしく頼むぞ、と兄貴風を吹かせ、颯爽と身を翻す助作。尚、涙目。
(今度Wデートしましょうね〜兄貴☆)
雪彦が別れ際にボソッと一言付け加えれば、その視線は助作の側に立つ少女に向いていて。けれど助作はそれに気付かず、今日も今日とて平常運転。
「こ、これは女の子紹介という流れかっ!?」
夏は終われど、アラサー男の青春は未だ健在だ。
一方その頃、プールサイドでは酒を片手に良子が千鶴相手に管を巻いていた。
「せんせーって彼氏とか居る? イケメン? 好きな男性のタイプは?」
怒涛の質問攻めも、千鶴が口開く間もなく自ら回答始める酔っぱらい。
「逆に私はどうかって? 居たらこんなトコに一人スク水着て野郎探しに来ませんぜ…」
幾度目かのカラフルなカクテルを飲み干せば、遠くに捉えた奏の姿@ラブ臭付。
「うわー青春だーっ!」
もだもだと転がるいい大人が、ここに来る前に伝えたアドバイスを思い出す。
「電話で素敵と言われたかー爆ぜろ」
「勘違いかもしれないって? 持ってる子は言うことが違うのう爆ぜろ」
ぢゃなくって。
「人の感情って減ってく物だからさ、本物であって欲しいなら減る前に勘違いのまま突っ走っていいんじゃないかって思うぜ」
そんな時にはマジメなお姉さんの心の底からのアドバイスに、パラソルの下で奏は思案中。
(本物、かぁ…)
そこにヒロが近付いて、すぐ隣に腰を下ろす。
「お店の人が持ってきてくれるんだって」
この前の電話の恩返しにと、ヒロは奏の為にソフトクリームを注文。一番いいお値段のものを注文し、歓談しながら出来上がりを待ってみれば。
「彼氏様より承りました『特別なあなたに!南国☆ラブラブスイートクリーム♪』です」
見た目からしてラブ臭全開の色々とハイレベルなデザートが届きました〜☆
ぷしゅー!と湯気上げ、茹でダコ状態になる奏。一方、商品名をちゃんと確認しなかったヒロは大慌て。
「と、特別とか、そういうのじゃなくてね…」
お互いに言葉を探して沈黙流れ。やがて頬染めた奏がおずおずと。
「み、水無月さん…どうもありがとう。い、一緒に…食べよ?」
はにかむ顔は恥ずかしそうに、嬉しそうに。それは少女が初めて『異性』を魅せた瞬間で。
(な、なんだろ、ボクの顔…熱いし…胸が…)
ヒロはこの夏一番の、熱い一瞬を迎えていた。
「ちょっと疲れたかな?」
休憩しようと、雪彦にエスコートされて辿り着いたパラソルの下。そこでは見た目華やかなトロピカルジュースが紗雪をお出迎え。
「南国と言えばこれだよね☆」
密かに注文していた雪彦が、ウインクしながら2本のストローをグラスに添える。
「兄貴さんもいい雰囲気ですね」
不意に紗雪が指差せば、雪彦が釣られた隙にストローに細工を一つ☆
「さて♪頂きましょう」
紗雪が口を添えれば、雪彦も口つけジュースを一口……あれ? 飲めない。
「? ? ?(汗」
スースーと、飲めないジュースに頬窄め。頑張る雪彦の姿に、紗雪が笑顔でストロー持ち上げネタばらし。
「ふふふ♪雪君の慌てる姿、可愛かったのです♪」
2本のストローの先っぽが、二人に負けず劣らずラブラブにくっ付いていた。
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波間では、凛音が助作から泳ぎを教わり中。
「叔父に連れられて山にはよく登ったのですが、水辺はあまり親しみがないので、泳ぎはあまり得意ではなくて…」
「りんにぇひゃーん、ふぁんはって〜」
みくずのエールがプールサイドから。彼女は助作の奢りで絶賛食事中。好意を無駄にしない為にもと、全メニュー制覇のノリノリだ。
「なーに。潜水なんて簡単だぞ。コツはパラダイスに向かうぞ!と言う心構えにあってだな…」
潜水を『泳ぎ』というかはさておき。今回に限って言えば、それは最適な泳ぎ方の一つで。
(すごい…キレイ…)
潜るほどに鮮やかさを増す翡翠色の宝石の中で、色とりどりの熱帯魚が伸ばした手の間に戯れる。見上げた空は太陽眩く、想い人が自分を見守ってくれていた。
ふと衝動にかられ、浮上する位置を僅かにずらせば。
「ぷはっ」
「おっと、大丈夫かな? 次はもう少し力を抜くといい」
助作の声がすぐ耳元に。思わず飛び込んだ胸元から、確かな温もりが伝わってくる。
「それにしても、桜花ちゃんの潜水姿は素晴らしいな」
「えっ!?」
突然の助作の誉め言葉に、凛音は恥ずかしそうにモジモジと。
「そんな…見苦しく、ないですか…?」
店員に勧められるがままに買ったバンドゥビキニを隠すように手で隠せば、助作は一人うむうむ頷いて。
「女性が魅力的に見えるのは素晴らしいことだ。その水着もよく似合っているぞ」
「うぅ、先輩が気に入ってくれるなら…」
ほんのり染まった肌の色に、助作は気付いているのだろうか?
「よし、今度はオレサマも一緒に…」
上目使いで見上げれば、凛音と助作の視線が自然と絡まり合い。
火照った頬。熱帯びた瞳。揺れる波に、二人の距離は微かに近いては離れ、近付いては離れ。そして……。
ざぱーん! どーん!
「ぶあぁぁーっ!?」
「先輩っ!?」
「ぶはぁ! いやー、爽快っすね!」
浮上してきたウサたんの体当たりに、助作とラブ臭が彼方へと吹き飛ばされいった。
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「おかーさーん、ウサギさんって泳げるんだね〜」
子供に向かって手を振れば、水をたっぷりと吸った着ぐるみのあちこちがチャプチャプと。
「……あ〜、水から陸に上がると、やっぱり水を吸ってるので微妙にカラダが重いっすね」
砂浜に頭から突っ込んだ助作を引っこ抜きけば、搭載した排水機構のスイッチをオン!
「ぼふぁっ! な、何が起きたのだ!?」
「助作先輩っ! 着ぐるみ遊泳の成功を祝って、知夏に何か奢って下さいっすよ♪」
「ウ、ウサたん?!」
わけわからぬままにトロピカルジュースを奢ってあげれば、助作が知夏の足下に広がる大量の水溜まりにふと気付く。
「ウ、ウサたんがおねしょしてるぅぅぅ!?」
「乙女になんてこと言うっすか!」
パコーン! バシャーン!
再び波間に沈む助作はさておき、知夏は魔装の出来にご満悦で。
「ふぅ、だいぶ水が抜けたっす! やはり、知夏の着ぐるみ改造方法は間違ってなかったっす!」
突き抜ける青い空と、碧い海。夏の陽射しはまだ高く。入場客は、心行くまで南国プールを満喫したのだった。