●共闘諦め挨拶
一同は頭を突き合わせ、状況を整理していた。
「似た様なディアボロが二体か…二体同時に現れた事に意味はあるのかな?」
桜花(
jb0392)が海の向こうに目をこらすが、さすがにこの距離からではその姿は見えない。
「海に逃げる、あるいは海から島を迂回し、赤い方との合流を図るかも知れないので注意が必要ですね」
車輪が砂に取られないよう器用に車椅子を操作しながら、御幸浜 霧(
ja0751)が懸念を述べる。
「うーむ、なるべくなら共闘したいところだが…」
思案顔を浮かべるは、ラグナ・グラウシード(
ja3538)。
「ふふ、大人の情事…あら、事情でしたかしら?」
江見 兎和子(
jb0123)の言葉に、先ほどの千鶴の言葉が思い出された。
公務員撃退士(以下、公務員)と共闘できれば、メリットが大きいことを容易に想像できる。
「大人の事情とは厄介なものだな」
アンジェラ・アップルトン(
ja9940)が真剣な面持ちで頷く。頷きながらも、視線はラグナに向いている。
(ラグナ様と同じ依頼を受けるからには、粗相のない様に気を引き締めてかからねば)
一方、裏社会でもまれてきた雨下 鄭理(
ja4779)は大人の事情に理解を示した。
「メンツも、時にはとても重要だ………」
サラリーマン経験のあるミハイル・エッカート(
jb0544)もそれに同意する。
「ライバルが学生ときたら、社会人としては負けられないだろ」
「協力して対処した方が賢明だと思うのですけど、なかなか難しいですね」
二人の意見に、楊 玲花(
ja0249)が残念そうな表情を浮かべた。
結局、公務員たちとの共闘は諦めた。先方のメンツを考慮した上での結論である。
とは言え、他にもやれることはある。
「若輩者ですが…よろしくお願いします」
「俺、これでも学生だ。よく間違えられるが引率の先生じゃないぞ。見てのとおりこっちは若造揃いだ。手こずるようなら助けてくれないか」
先を急ぐ公務員たちを呼び止め、ラグナとミハイルが挨拶をする。挨拶はコミュニケーションの第一歩とはよく言ったものである。
「宮仕えは大変でしょうが頑張って下さい」
霧の優しい言葉に、女日照りの公務員たちが思わず色めき立つ。
(……官憲は極道の天敵なんですけどね)
裏に隠された霧の心情など知る由もなく、その微笑みに公務員たちが鼻の下を伸ばす。
「ふふ…、公僕の皆さん、ご苦労様」
フェロモンだだ漏れの兎和子が声を掛けると、公務員たちの視線が彼女のコートの裾から覗く生足に釘付けとなる。
ごん!がん!どんっ!ごつっ!ばきぃっ!
「てめぇら! ぐずぐずしてんじゃねぇ!」
腑抜けの部下たちに大波の拳が飛び、涙目でうずくまる公務員たち。
「全力を尽くしますが、力及ばなかった時は助力していただければ」
そんな大波にも、ラグナは表面上は礼を欠かさない。
(ふん…いい印象を与えておくのに越したことはなかろうさ!)
ミハイルもサングラスを外し、友好的且つフランクに語りかける。
「お互い何かあれば持ちつ持たれつでいこうぜ」
だが、大波は言葉も視線も交わすことなく、そのまま任務へと向かって行った。
●物は試し
「ともかく1体は先方にお任せして、目の前のディアボロ退治に全力を傾けることにしましょう」
島に到着したところで、玲花が直近の目標を確認する。
「とりあえずは自分たちの仕事をきちんとこなさねば、な」
「青い蛸の退治に全力を尽くすとしよう」
「そうだね。まずは自分達の仕事を優先っと」
ラグナ、アンジェラ、桜花が揃って応える。
「こっちが先に倒してやろうぜ」
ミハイルも、クールな表情とは裏腹に内心はやる気に満ち満ちている。
「──『自分』は人形。速さを常とし、過去を待たない、恐れを知らぬ競演の人形」
鄭理はすでに気持ちを切り替え、戦闘に向けての自己暗示を開始していた。
霧も紫色のオーラを光纏し、自らの足で車椅子から降り立つ。
「目標が見えます」
彼女はそのまま島の先端を指し示した。
「何とも変な色のディアボロもいるものだな………」
「あら、なんて大きいのかしら…」
鄭理と兎和子の感想通り、遠目にもハッキリと青く巨大な姿のタコを確認できる。
「あれ、焼いたら食べれそうだけど、だめ?」
桜花の怖いもの知らずなセリフに、ミハイルがみんなの意見を代弁した。
「あれは……食う気にはなれないな」
「さて。蛸といえば墨だが…」
そんなやり取りの中、アンジェラは手荷物からゴルフクラブ代わりの棒とボールを取り出していた。
これらは敵の遠距離攻撃『粘液砲弾』の飛距離や威力を確認するため、彼女が自腹を切って用意したものだ。
「物は試しと言うだろう?」
彼女がボールを砂の上に並べる間、ラグナが手近なヒトデを投げつけてみる。
「くらえッ!」
ひゅーーーんっ。ぺたっ。
「反応ないね」
「透過もしないのですね」
桜花と霧が顔を見合わせる。
「次は私だな」
アンジェラは祖霊符を発動させながら優雅に棒を構えると、貴族の嗜みとして身に着けた美しいフォームでボールを打ち込んだ。
スパンッ!
「ナイスショット!」
「………ナイスショット」
社会経験豊かなミハイルと鄭理の二人が、絶妙なタイミングで拍手を送る。
ぼこんっ!
ボールがタコに当たると、のそりとタコが動いた。
「………いけそうか?」
鄭理がタコの反応に期待を寄せる。
アンジェラがもう一度ボールを打ち込むと、今度はタコが粘液を吹き出した。粘液に押し返され、ボールが海へと落ちる。
ちなみに彼女が持参したのはエコなボールで、たとえ海に落ちても環境に優しい。大人な配慮である。
その後も数回ボールを打ち込み、一行はおおよその射程距離と着弾範囲を把握していた。
「このまま、私がタコの気を引き付けていよう」
アンジェラの提案を受け、他の者たちは各々獲物を取り出し戦闘準備を整える。
スパンッ! スパンッ!
狙う個所を変えながらアンジェラがボールを打ち込み、その間に全員が砂地を駆け抜ける。
ばしゅぅ! ぼしゅっ!
ボールはすべて迎撃されるも作戦は成功し、撃退士たちは一度も粘液の餌食になることなく接敵に成功した。
●緊迫と弛緩の戦い
「あら、いやらしい吸盤の付いた足がたくさん…」
砂地を考慮した足運びで真っ先に接敵した兎和子が、すれ違いざまにタコの胴体を一閃する。
斬りつけた感触が、彼女の身体に快感を呼び起こす。
「うふ…、全部切り落として刺身にしてあげましょうね…」
鄭理はやや離れた位置で立ち止まると、アウルを集束、生成した血濡れの様な紅き銃を構える。
「狙うならば、目か………」
惜しくも目には当たらなかったものの、銃身から放たれた黒き影の弾丸がタコの眉間を鋭くえぐる。
玲花と桜花も、同じように敵と距離を置いた状態から飛び道具で攻撃を仕掛けていく。
―――と、ミハイルが突然しゃがみ込み、その手に丸めた砂玉をタコめがけて投げつけた。
ぺしっ!
目つぶしを狙った砂玉はあっさりとタコ足で払われ、パラパラと砂が舞い落ちる。
だが、その動きがタコの胴体に隙を作ったことを、霧は見逃さなかった。
彼女の愛刀『惟定』が雷の如く閃き、タコの巨体に無数の斬撃が走る。
その強烈な一撃に、大ダコが初めて足元の撃退士たちに意識を向けた。
うねるタコ足が、反撃とばかりに霧へと迫る。
(一直線に向かってくる…ならば!)
霧はそれが拘束を目的とした攻撃だと判断すると、足が届く瞬間にしゃがみ込み、代わりに杖を掴ませる。
(今のうちに足へ集中攻撃すれば…)
だが、霧の死角からもう一本の足が襲い掛かり、霧の身体に巻き付いてしまう。
「あぐっ…」」
巻きついた太い足が、そのままゆっくりと霧を締め上げる。
…ぎりっぎりっぎりっ…
「…っ!」
強烈な圧力が、声を出すことすら困難にさせた。
「私が注意をひきつけてる間に足を狙えっ!」
霧の救出を援護するため、小天使の翼で舞い上がったラグナがタコの眼前へと躍り出る。
「さあッ! タコよ! 私の輝きに言葉を失うがいいッ!」
ラグナの内なる非モテオーラが覚醒し、その身から黄金の輝きが溢れ出す。年末の一大イベントを控え、オーラがいつもより濃厚な感じがするのは気のせいだろうか。
その輝きに惹きつけられ、タコがラグナに注目する。目を細める。そして絶対零度の視線を送る。
「タコにさえ冷たい視線を送られるとは流石です!」
遅れて駆けつけたアンジェラが、ラグナに向かってガッツポーズをする。
ちなみに吸盤の並びを見るに、このタコはメスであろうことを付け加えておく。
それはともかく。
タコが彼に気を取られている隙に、仲間たちは霧の救出に撃って出ていた。
脚甲に換装した玲花が蹴撃を加えれば、鄭理が両刃の直剣を足に突き立てる。
さらに桜花とミハイルの集中砲火が追撃し、霧を捕えていた足がゆっくりと横たわった。
「みなさん、ありがとうございます!」
だが、タコは足が沈んだことに気を払う様子もなく、次の攻撃に移る。
標的はもちろん、非モテオーラ全開で注視されていたラグナ。近寄るなとばかりに、粘液砲弾が今日一番の勢いで吐き出される。
「はんッ! そんな汚らしいモノに当たってたまるか、私の美しい身体が汚れるだろう?!」
咄嗟に銀の盾を展開し、ラグナがその身を粘液から守る。
そのとき―――びちゃあ。
たまたまラグナの側に位置取っていた兎和子が、周囲に飛び散った粘液を頭から被ってしまった。
「ああ、いけないわ。こんなにべとべとにして…。お洗濯も大変なのよ…?」
べたべたの身体を撫でながら、まんざらでもない表情を浮かべる兎和子。その肌にはピンク色の大輪の花が咲き乱れる。
しかし、粘液は確実に兎和子の動きを緩慢にさせていた。
「あら…、これはちょっと…、粘々しすぎですわね…」
粘液が絡みつき、兎和子はほとんど動くことができない。たどたどしくも滑稽な動きとは裏腹に、被害者が出て初めて実感した粘液の凶悪さ。
「みなさん! 飽和攻撃です!!」
兎和子の状態に危険を感じた霧が反射的に叫ぶ。
―――戦場であれを食らうわけにはいかない。
一気に緊張感が増し、怒涛の如く攻撃を加える撃退士たち。
タコも足を時に盾の様に使い、時に鞭の様にしならせて応戦する。
玲花と鄭理が吹き飛ばされ、ラグナが地面へと叩きつけられる。動きの鈍った兎和子を襲うタコ足は、盾を展開した霧とアンジェラが辛うじて受け止めた。
激しい応酬が続く。
そう思われた矢先、決着は思いの外早く訪れた。
攻撃を足で受け止めていたがために、タコの足は逆に傷を負い、次々と動かなくなっていたのだった。
大タコが慌てて海に逃げ出そうとするも、霧が行く手を阻まれ、ラグナのリア充に対する憤怒のオーラに押し返される。
「馬鹿者めが、そうやすやすと逃がすものかッ!」
巨体ゆえに体力はあれど、最期の一本の足を桜花のカウンターが切り刻んだとき、その巨体は大地に沈んだ。
●矜持と使命と
久遠ヶ原の学生たちは青いタコにとどめを刺すと、すぐに踵を返して赤いタコの方へと向かう。
公務員たちの戦場に辿り着くと、戦況が膠着状態に陥っていることがわかる。
大タコの体には無数の傷が刻まれ、足は数本横たわる。一方で、撃退士のうち2人はタコ足に捕えられ、他の者も深い手傷を負っていた。
さらに全員が粘液まみれの砂まみれになっており、緩慢な動きでタコと対峙している。
「………援護させてもらってもいいだろうか?」
鄭理が公務員に呼びかけるが、大波源八がそれを拒絶した。
「これはオレたちの獲物だ! 学生如きが手を出すんじゃねぇ!」
大波の態度に、玲花の叱責が飛ぶ。
「ディアボロ退治するのに公務員も学生もないでしょう! 大切なのは確実にディアボロを退治して、力ない人への脅威を一刻でも早く減じることではないんですか?」
今日一番の鋭い一撃に、大波が息を飲む。
「……ちっ。おめぇらっ! 援護してぇって言うならさせてやる! 退路を塞いでフォローしやがれっ!」
大波が突撃するのに合わせて、学生たちも散開する。
「ともに戦いましょう!」
ラグナが再び非モテオーラを発動して、攻撃の矛先を引き付ける。
霧が負傷した公務員たちの傷を癒し、玲花の攻撃がタコの影を縫い留めて足止めをする。
他の者たちも遠距離射撃で公務員たちの援護を行う。
学生たちが戦況に加われば、多勢に無勢。
さして時間もかからずに、赤いタコは沈みゆくのであった…。
「先ほどは咄嗟のこととはいえ、言い過ぎました。申し訳ありませんでした」
戦闘が終わり、海岸に戻ってきたところで玲花が公務員たちに頭を下げた。
いや、お蔭で助かったよ。大波さんが折れたのも、あんたの一声のお蔭だよ。
最期の一言を小声で付けたし、公務員たちが頭を下げてお礼を返す。
「ええ…お互い様でしたわね。たまには仕事もほどほどに、遊びませんこと…?」
兎和子がウインクを飛ばすと、疲れ顔の公務員たちに精気が戻る。
「久遠ヶ原の生徒以外の撃退士の方の戦いを近くで見れたのは、かけがえのない経験になりました、ありがとうございます!」
桜花の清々しい挨拶に、大波が手を差し出す。
「こっちもいい経験だった。おめぇらもやるじゃねぇか」
お互いに握手を交わし、労いの言葉を掛けあう。
「熱いシャワー浴びたい…」
「うふ、熱いシャワーで気持ちよくなるのもいいわね…」
潮風と砂、粘液などを落とすための熱いシャワーを桜花と兎和子が切望し、公務員たちもそれに同調する。
「スッキリしたら、いっぱいどうだ?」
グラスを傾ける仕草をしながら、ミハイルが公務員たちに声をかけた。
その誘いに、公務員たちが大波の後頭部を凝視する。
「……今日だけだぞ」
大波の答えに、公務員たちが歓声をあげる。
「私もご一緒させていただこうか」
「うふ、私も」
「あぁ、どなたかわたくしの車椅子を押して下さいませんか?」
アンジェラと兎和子の同行の意にもう一度歓声があがり、霧の微笑みに公務員たちが我先にと群がる。
「にいちゃん、お前さんとは語り明かせそうだ」「ふっ。リア充、吹き飛べ! ですね」
ラグナが一人の公務員と固い握手を交わしている。この短時間に一体何か通じるものがあったらしい。
気付けば和気あいあいと盛り上がる輪を見つめ、中年撃退士が一人こぼす。
「……そうだな。天魔を滅ぼすって目的に、違いはねぇもんな」
そのまま静かに立ち去ろうとした大波に、玲花が気付く。
「あら? 大波さんは行かれないのですか?」
「大人は色々忙しいんだ。あいつらを頼む」
大波は振り返ることなく手を上げる。
さて、と。どこまで素直に報告したものか。
どう報告しても上司の愚痴は免れない気がして、苦笑いが浮かぶ。
大人ってのはめんどぃなぁ、おい……
大人は今日も、大人の事情に立ち向かう。