●wandering
部活に補習、依頼の他に、時折起きる騒動で賑わう。それが久遠ヶ原の夏休み。
そんな夏特有の空気の中、見つけた姿は出雲 楓(
jb4473)。
「うん…うん…わかってる。僕がしっかりしないとね」
普段はゲームでしか使用しない真新しいスマホを耳に、1人当てもなくブラついて。
「学園? うん、楽しいよ。うまくやってるつもり。友達はまだいないけどね。
気にしないで。慣れてるからさ」
受話器の向こう側へ語りかける声は朗々と。されど、表情の変化は乏しく。
「依頼はまぁ、ぼちぼち参加してるよ。あんまり役に立ててないけどね。大丈夫、心配しないで。一人でもやっていけるから」
もしも今、会話に耳を傾ける者がいれば、彼が無理して明るく振舞っている事に気付けるだろう。だが、如何に喧騒が聞こえようとも、人とすれ違うことなどほとんど無く。いつしか楓の声は、いつもと変わらぬ抑揚の無いものに変わっていた。
「きみの方はどう? うん、そっか。元気にしてるなら良かった」
しきりに頷く楓の背後で、耳を塞ぎたくなるくらいに蝉たちが鳴いている。
本当に相手の声が聞こえてる?
「好きで入った学園だからさ。後悔はしてないよ。死にそうになったこともない。比較的穏やかな依頼しか受けてないからね、あはは」
自虐的な、乾いた笑いは、夏の暑さに暑さに吸い込まれ。
一体誰と話しているのだろう?
「僕は大丈夫。僕は平気。むしろ心配だよ。淋しくない? 誰かにいじめられたりしてない? 辛いことはない?」
うわべだけの心配を、重ねた言葉に乗せてゆく。
それは誰に向けたものだろう?
ドンっ!
曲がり角で、不意に楓の手からスマホが滑り落ちた。
「あ、電話! ご、ごめんなさいっ!」
白銀の髪の少女が、落ちたスマホに慌てて手を伸ばす。
「大丈夫だよ。大した会話はしてなかったしね」
それよりも一瞬早く。奪うようにして拾ったスマホをポケットに仕舞い。
「それより急いでたみたいだけど、大丈夫?」
「わ! ち、遅刻しちゃう」
ごめんなさい、と何度も頭を下げる少女が、立ち去り際に微笑みかける。
「暑いけど、頑張りましょうね!」
「え?」
小さくなる背中を見送りながら、再び取り出したスマホを見遣る。そこに通話履歴は一件もなく。
自分の姿は、少女からどう見えていたのだろう?
少しだけその答えを気にかけながら、楓は真夏の大空を仰いでいた。
●findings
夏の陽射しも射し込まない路地裏で、月乃宮 恋音(
jb1221)は身を潜める様にして電話をしていた。
周囲に気を配り、意識して声量を落としているのは、内容が企業の経理調査の報告という特殊性の為だろう。
「……調査してみましたところ、決算書類の中に、改竄の痕跡が見られますぅ……」
『やはり横領、か』
相手は本件の依頼主、東北地方に本社を置く建設会社の社長。威厳のある声が、低く唸りながら先を促す。
『続けてくれ給え』
「……では、4ページ目をご覧いただけますか……」
滴る汗をハンカチで拭いながら、恋音は報告を続けた。
本来であれば、然るべき専門家などに依頼されるべき案件。それがわざわざ学園に回ってきた理由は、当初より容疑者と目されていた人物にあった。
「……つまり、調査を進めた結果、容疑者は……そのぅ、依頼主様の推測通りでして……」
微妙に濁した恋音の言葉を、社長が溜息混じりで引き継ぐ。
『まさか本当に愚息の仕業とはな…』
社長の息子は会社と契約している企業撃退士である一方、学園に在籍する学生でもある。それ故に、経理に明るい学園生が調査に最適な人材と判断され、巡り巡って、各種事務能力に長けた恋音に御鉢が回ってきたのだった。
「……ただですねぇ、容疑者とは言いましたが、ご子息の立場を考えると、少々不自然に思えるのですよぉ……」
通常、企業撃退士は天魔をメインとした社外活動が主務となる。金銭の流れを改竄できる権限や機会を持てる可能性は決して高くない。
「……また痕跡は、ご子息ではとても関与が出来ない筈の部分にも見受けられますぅ……。……その他の点を考慮しますと、ご子息は、スケープゴートにされた可能性もありますねぇ……」
調査によれば、社長の息子は色々な意味で目立つ人物らしい。言い換えれは、敢えて注意を引かせるには最適な者とも言えた。
「……更なる調査が必要ではありますが……この件には何か意図的なモノが、隠されている気がするのですよぉ……」
『…むぅ。心当たりが無いこともない…』
「……よろしければ、そちらの方向にも、調査範囲を広げさせて頂きますがぁ……」
『…宜しくお願いしよう』
報告を終えた恋音が、路地裏から顔を出す。
「……権瓦原助作さん、ですかぁ……この方の陰に蠢くモノとは…、いったい、なんなんでしょうねぇ……」
真夏の陽射しの中で、その瞳はイキイキと輝き始めていた。
●into words...
「お気に召したものはございますか?」
「あ、えっと…その…こ、こういう服…を?」
店員の質問に、樒 和紗(
jb6970)の答えは何故か微妙な疑問系。
勧められるがままに服を宛がえば、空色のワンピースがぎこちなく宙を舞った。
(……決められない……)
日頃和服を愛用する和紗が、珍しく洋服に興味を示した夏の午後。勇んでショップに踏み込んでみたものの、様々な洋服が並ぶ店内はまるで未開拓のジャングルの様で。
華やかな色、フリルやレース、手にした事もない生地にデザインと。膨大な情報量が、和紗の数少ない洋服の知識とセンスを押し流す。
「これなんかとてもお似合いだと思いますよ」
「………(汗」
鏡の中で交わる営業スマイルと固い笑み。
「え、えと…申し訳ありません! 相談させて下さい!」
和紗はスマホを取り付すと、砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)の名を探し出す。
「おー、和紗。どしたの」
「俺に似合う洋服って何ですか!?」
「へ、服?」
唐突な問い掛けに、間の抜けた声が上がれども。状況を理解した竜胆は快く和紗の相談に耳を傾ける。
「ふんふん。それじゃ、○色のヤツと△の柔らかい素材のある? それ合わせるとか」
あれやこれやと嬉しそうにコーディネートを助言する兄の声に、店内を歩き回る和紗の足もいつしか軽やかに。
やがて数点の服を手に会計へと向かえば、思いもよらぬ言葉が和紗の不意を突いた。
「どうして僕に電話してきたの?」
答えに窮し、宙泳ぐ視線が答えを探す。
「……竜胆兄が、一番俺のこと分かってるかと…思ったので、その、きっと似合う服を選んでくれるだろうと…」
それは電波に乗せた、普段は見せない素直な気持ち。
「竜胆兄、を…誰よりも……信…、してる、から…」
肝心な部分は掠れてしまったけれど。
「…ありがと」
優しい声が、和紗の耳元をくすぐった。
「彼氏さんですか?」
「え?」
「服を選んでいた姿が、とても楽しそうでしたので…」
「ち、違っ、竜胆兄はそういうのじゃなくて…」
勢いよく首を振り。そそくさと店を後にすれば、火照る頬を夏の夕風が撫でてゆく。
そこへタイミングよくスマホが鳴って。
「また頼っていいんだよ?」
電話に出れば、どや顔浮かぶ兄の声。
「……調子に乗り過ぎです」
冷静に切り返すも、その口元は微かに緩み。夏の空は、宵の口を迎えていた。
●intentionally…?
「うわあっ!?」
叫び声と共に抱いていたクッションが宙を舞えば、金曜●ードショーのホラー映画を鑑賞中の水無月 ヒロ(
jb5185)が涙目で悶えている。
『生涯最恐』と謳われた恐怖に嘘はなく。展開が気にはなるものの、この調子では最後まで持ちそうにない。
「……誰かに電話しようかな」
ボリュームを下げ、スマホの電話帳を開けば、
「そういえば、随分会ってないかも」
ふと目に留めた名前は『常葉 奏』、動物好きの女の子。
「べ、別に怖いからじゃないよ?」
近況を聞くと言う立派な建前を武器に、
「あ、常葉さん? 最近見なかったけど元気してたー?」
不自然なほどに明るい第一声。けれど…。
『水無月さん? 久しぶr…』
「うわーーっ!?」
『きゃあっ!? な、何!? どうしたのっ!?』
次の瞬間には、この日一番の大声を上げていた。
「む、麦茶を溢しちゃって…」
怖かったから…などとは絶対に言えず。叫んだ理由を適当に誤魔化しながら、ヒロは話題を近況報告へと切り替える。
「ボクは危険な依頼なんかもこなしたりして、多少強くなったり成長したと思うんだけど……。身長は相変わらずでさ…」
久々の会話は盛り上がり。恐怖が和らげたことに、しみじみと告げる感謝の意。
「声を聞けて…すごく嬉しいよ」
『え!? わ、私も嬉しいよ』
しかし、映画に魅入るその口は、時に脈絡なく言葉を放つこともあり。
「声の雰囲気が大人っぽくなったよね」
『ふぇっ!?』
戸惑う奏の声も、今のヒロには馬耳東風。とにかく恐怖を紛らわそうと、思い付くままに口は動く。
「常葉さんは、好きな子っている?」
※動物のことを聞いています。
「ボクはね、小柄で、白や銀の毛で、瞳が金の子とか可愛いと思うんだ」
※テレビに映った猫の特長です。尚、奏の容姿と悉く一致しているのは、只の偶然デス。
「知ってる? トキワって…、本当に素敵なんだよ」
※某所に実在する動物園の話題に切り替わりました。
『え!? あ、う? え、ええぇぇ!?』
映画中一番の驚きどころと、奏の驚声が重なって。いつしか映画はエンドロールを迎える時間と相成りました。
「最後まで話を聞いてくれて、ありがとう」
『ど、どう致しまして…』
怖さを紛らわせてくれたお礼にと、会話の終わりに一つの提案を。
「今度良かったら、動物園か何かに行ってみない?」
『……う、うん』
たおやかになった奏に首を傾げながら、約束を取り付けたヒロは満足そうに電話を切ったとさ。
●be brimming
ころりと転がったベッドの上。桜花 凛音(
ja5414)は想い人の事を考えていた。
(電話…したら、迷惑…かな。こんな時間だし…)
スマホをスリープから復帰させれば、真っ先に表示される『権瓦原 助作』の五文字と電話番号。
見詰め、悩み、躊躇った末に。
(明日…、明日かけてみよう…)
今日もまた、指は電話帳のアプリを閉じようと、液晶の上を走る。
ブルルルル…。
「えっ!?」
誤操作でもしたのだろう。気付けば、スマホがコールをしてしまい。焦る間も、心構えをする間もなく。
『しつこいぞ、親父!』
懐かしい声が、凛音の胸に染み渡った。
『オレサマは無実で清廉潔白で明鏡止水だと…』
「も、もしもし? 権瓦原先輩…ですか?」
『ふごっ!? そ、その声は桜花ちゃん!?』
変わらぬ声に、変わらぬ言葉使い。
「あの、お父…様と、何かご用事が…? お邪魔して…しまいましたか…?」
『ふっ。問題ない。いつだってオレサマの時間は迷えるレディたちのものだからな☆』
こうして始まった、思いもかけない電話。助作に近況を尋ね、凛音も自分のことを伝え。とりとめのない話題が、緩やかに時を刻んでゆく。
「お友達も私も、先輩の中華料理を楽しみにしているんですよ」
『そうかそうか。楽しみにしているがいい』
「今度そのお友達と海に行くのですけど…先輩もいらっしゃいませんか?」
『それは当然、み、水着姿を披露してくれると…』
「猛暑が続いてますけど、体調には気をつけて下さいね」
『この電話で元気100倍さ(キラーン』
この時間がいつまでも続けばいいのにと、夜空に願う気持ちは少しだけ大胆になり。
「もし体調を崩された時は…私、先輩のお部屋に伺って看病しよう、かな…なんて」
だけど勇気が足りず、ごにょごにょと尻窄みになった言葉は、夏の夜空に消えてしまい。
『うん? よく聞こえなくなったぞ? 電波の調子が悪いのか?』
無性に会いたいから。顔が見たいから。
「…………先輩」
『お、直ったか』
溢れ出した想いを、胸奥から口元へと。
「…去年の一月の、駅前に天魔が現れた事件…覚えていらっしゃいますか?」
自覚するこの気持ちに、背中を押され。
「あの時、わたし………! 先輩に大切なものを奪われたかもしれません!」
『た、大切なものぉっ!?』
プツッ。
反射的に自分から電話を切ってしまったのは、恥ずかしさからか。反応が怖かったからか。
火照る顔を毛布に埋め、凛音は助作を想いながら、眠りにつくのだった。
「おやすみなさい、先輩…」
●looking for...
「……有力な情報は無しですか」
雫(
ja1894)が溜息を漏らせば、耳元で陳謝の声が聞こえた。
電話相手は経歴調査に長けた探偵。雫は長い間、自らの過去の調べてもらっている。
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。続きをお願いします」
定期報告を聞きながら、ベッドの上に広げた書類を目を通す。内容も書式も、紙面に並ぶ情報はいつもと変わらない。
(予想していたことです…)
それでも毎回落胆してしまう自分がもどかしく。
「私の方は、少し思い出しまして……同年代の姉か妹が恐らくいると思います」
有力な情報と言えないことは理解している。それでも少しずつ前に進まなければ、答えに近づけないと自分に言い聞かせる。
「引き続き、宜しくお願いします…」
調査継続を伝え、雫は報告書をキャビネットの奥に仕舞い込んだ。これらがいつの日か、苦労を語る思い出の品となるのか、只の紙屑と化すのか。今はまだ、わからない。
時計に目を向ければ、既に日が変わりかけていた。
「そろそろ寝ますか…」
暫くして。
うつらうつらと漸く眠りかけた頃。突如鳴り響いたのは、見知らぬ番号からのコール音。
「…ふぁい、もしもs…」
『ごめんよぉぉぉ!!』
キーーンッ!
寝惚け眼がチカチカとするほどの絶叫が響き。
『女性に取って一度きりの<ピー>を、わけもわからぬままに奪っていたなどと…権瓦原助作、一生の不覚!』
突然の意味不明な間違い電話が、雫の心を逆撫でる。
「……相手を間違っているようですが?」
『かくなる上は責任を取………ほげっ?』
「間違いだと言ったのです。何なんですか、貴方は。いきなり大声で<ピー>とわめき散らすなど…」
あまりの非常識さに堪えきれず、思わず始まる説教タイム。それは心の中で燻っていた火種を刺激して。
「叫びたい事なら私にだって一つや二つ、あるんですよ」
抱えていた愚痴や不満が、大爆発!
「これだけ探しているのに何故私は未だに家族と出会えないのですか。巡り合わせが悪いとでも言うのですか。まさか天涯孤独で片付けようと言うつもりですか。冗談じゃありません。私が今まで…」
気付けば、たっぷり一時間。すべての鬱憤を吐き出しきった雫が、清々しい表情で会話を締め括る。
「これに懲りたら二度と犯罪行為には及ばないことです……この変態野郎」
『えぐえぐ…(泣』
どうやら説教も続いていた様で…。
再び潜り込んだ毛布の中で、雫は穏やかな寝顔を浮かべていた。