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マスター:橘 律希
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:4人
リプレイ完成日時:2014/07/14


みんなの思い出



オープニング

●逢魔が時

「なんだ、あれ…?」
 まだどこか幼さの残る少年の瞳に映ったのは、波打ち際に転がる一つの影。最初は海草が絡み付いた流木に思えたが、それにしては形がいびつだった。
 時は宵の口。厚い雲が空を覆っているが為に早くも町は闇に包まれている。少年は得体の知れないモノへの恐怖と沸き上がる興味に背を押され、恐る恐る近付くと暗きに眼を凝らした。
 その結果、認識できたのはくすんだ襤褸切れとそこから伸びる手足。更に輪郭をなぞれば、海草に思えた漆黒の黒髪と、その下に頭部らしきものが見えた。
 それはつまり―――。
「ひ、ひひひ、人だ!」
 少年は叫び、身を翻す。これ以上一人で近付く勇気を振り絞ることなどできそうに無い。少年は何かが纏り付く様な錯覚を振り切りながら、最寄りの灯りを目指してひた走った。

 十分後。
 警察への通報も終え、少年が近隣の住民と共に砂浜に戻ってくると、人影はどこを探しても見当たらなくなっていた。間もなく引き潮を迎える為、波にさらわれた可能性は低い。
 大方、暗がりで流木か何かを見間違えたんじゃないか、と慌てる少年の後ろで大人たちが苦笑している。
「ほ、ほんとにいたんよ!」
 必死の言葉を紡ぐ少年の声が、夜の海に吸い込まれていった……。


●暗雲

 何のことは無い。
 この土地は肌に合わなかった。ただ、それだけのことなんだろう。

 親の転勤に併せての引越し。経済力も、力も、資格も、何も持たない子供に否も応も無い。親に付いていく以外の選択肢があったのなら、ボクは教えて欲しかった。
「高遠さんも一緒に行こうよ」
「あ、うん…」
 夕焼けに染まる帰り道。クラスメイトから差し伸べられた声にボクはどう応えていいかわからず、返したのはどうとでも取れる曖昧な頷き。
 人付き合いが苦手な性格であることは自覚している。だけど咄嗟に愛想笑いを浮かべる程度には大人で。そして、腕を力強く引いていこうとする手を勢いよく払いのけてしまう程度に、ボクはまだ子供でもあり。
「……また、明日」
 辛抱強く、健気な微笑みを向けるクラスメイトに、ボクの胸はざわついて仕方なかった。

 この島はね、色んな風が吹いてるんだ。
 励ましてくれたり、支えてくれたり、優しくしてくれたり。

 転校初日。クラスメイトはそんなことを言っていた。早く馴染んでくれるといいな、とも。
 そして、それは他の人たちも同じだった。他のクラスの皆も、先生も、隣家のおじいさんも、通学途中の見知らぬおばさんも。誰もが心からの笑顔を向けて言うんだ。

 ココハ、イイトコロダヨ。

 両親はとても過ごしやすく気持ちのいい町だと笑っていたけれど、ボクはこの町が苦手だ。何でこの町の人たちはそんなに仲が良いのだろう? 何で余所者のボクたちにそんなに親切にできるのだろう? 何でいつも笑顔を浮かべていられるのだろう?
 結局、ボクは新しい学校に何時までも馴染めず、新しい土地はどこか落ち着かず、風の色はどこか色褪せていていた。

 だからかもしれない。それがボクの前に現れたのは。

『お前、渇いた目をしているね』

 きっと蛇が首筋を這ったらこんな感じなのかもしれない。思わずボクは全身をきつく抱き締めながら、意味もわからず呻いていた。
「う、ううぅう……」
『そんなに怖がらなくてもいいんだよ。何も取って喰おうってわけじゃないんだ』
 たった数言、声を重ねられただけで、ボクはこれ以上なく確信した。

 死ぬ。ボクはここで死ぬ。

 全身が冷たくなり、心臓は鷲掴みにされたかの様に、今すぐにでも止まりそうで。
『実は私もちょっと渇いていてねぇ。どうだい? お互い助けあいっこしないかい?』
 硬直し、瞬きすらできないボクは振り向く事などできるはずも無く、視界の片隅で漆黒が揺れる度に心が恐怖に蝕まれた。
『ただでとは言わないよ。代わりにお前の願いを叶えてあげようじゃないか。勿論、何でもと言うわけにはいかないが、私の出来る範囲で力になろうじゃないか、ひひひっ』
 暗雲立ち込める空で、烏がギャーギャーと喚きながら遠ざかってゆく。何で誰もいないんだろう。何で誰も通らないんだろう。
『さあさ、教えておくれ。お前の渇きを、魂の声を。お前を癒してあげようじゃないか』
 怖い、恐い、コワイ!
 その筈なのに、声は耳を優しく撫で、言葉はストンと胸に温かく広がる。乾いた瞳から涙が零れ、ボクの心は意識とは関係無く、想いの丈を声にして叫んでいた。
「さ、さみしい! さみしいんだ! 引っ越さなければ友達と離れ離れになることはなかった。遊びに行くところもいっぱいあった。生まれ育った町から離れることもなかった。何でここがいいところなのさ! 知らない顔、知らない道、知らない空。こんな場所に、こんなところに、ボクの居場所なんてないよっ!」
 捲し立てる口と止まらない涙。ボクは懐かしい親友の顔を想い、そしていつも気にかけてくれる新たなクラスメイトの顔を思い出していた。
『そうかい。さみしいのかい。でもそれはお前が向き合おうとしないからじゃないのかい?』
 優しい声が近付き、皺だらけの手のひらがそっとボクの視界を塞ぐ。指の間から一瞬見えたのは、柔和な笑顔とギラついた輝き。それはどこまでも深い、血のような、紅の―――。
『まずは自分から呼び掛けてみな。それだけでいいんだ。勇気が湧かないなら、私がちょっと手助けしてあげるからね。その代わり』

 私の力にもなっとくれよ?

 その途端、空を飛ぶ様な感覚がボクを襲い、笑い声が遠く木霊していた………。


●不穏な雨

 ―――二週間後。
 学園に依頼が舞い込んだのは、全国的に雨雲が空を覆う仄暗い昼下がり。
 依頼内容は、行方不明者の捜索。勿論、警察は既に動いている。それでも学園に依頼が入ったと言うことは、一般人の手に追えそうもない可能性がある、と言う事だろう。
 行方不明者は5人。同一の町で、僅か二週という期間で発生したとなればかなり多い。年齢と不明になった時間はバラバラ。小さな子供が半数以上で、全員が同じ町内に住んでいる事以外は、特に目立った点はない。
 そして、この事に関連してるかどうかは定かではないが、町には少し前から『山彦』が聞こえてくるようになったと言う。山彦は、耳にできる者とそうでない者がいるそうで、人によってはそれを耳にした途端、誘き寄せられる様にふらふらと近隣の山に向かおうとするらしい。他の者が引き止めても声が聞こえている間は正気に戻れないことから、おそらく行方不明者たちも、この声に誘われたのではないかと考えられていた。
 そんな背景もあり、依頼の目的は2つ。行方不明者の捜索と山彦の調査。勿論、その先に人類に取っての脅威、天魔の存在がある事は十分に考えられる。
 季節は梅雨。
 窓の外では、重い雨が降り始めていた―――。


●希望を知る島

 かつて、天魔に脅かされ、荒廃しかけた町があった。絶望の淵に立ち、暗闇を彷徨い、時が停止していた町。
 しかし、それでも人は諦めることを知らず、希望を捨てず。その想いを見捨てることのなかった町は、やがて若き風たちを呼び寄せ、生きる意味と喜びを取り戻した。
 だからこそ、この町は知っている。希望が見出だす未来を。だからこそ、町は分け隔てなく優しく、朗らかに、平穏で。笑顔は絶える事が無い。
 それが、この町の今。
 人はその地を、『佐渡島』と呼ぶ―――。


リプレイ本文

●雨の町

 数日は雨模様。そんな予報に違わず、どこまでも厚い暗雲が広がる中。
「久しぶりの佐渡かー! あの時とはまた違う方にヤな風が吹いてるねぇ…いや、風とか分かんねえけどもさ」
 因幡 良子(ja8039)は元気良く。軒先から雨に混じる町の匂いを胸いっぱいに空気を吸い込んでは、快活な笑顔を浮かべる。
「因幡さん、濡れてしまうぞ」
「およそ一年振りでしょうか。叶うなら、もっと違った理由であれば良かったのですが」
 傘を差し出しながらも紫鷹(jb0224)は見覚えのある風景に目を細め、傍らのレイル=ティアリー(ja9968)もまたどこか懐かしそうに町を見渡す。
 三人にとって、この地はかつて頻繁に訪れていた想い出の地。町を災禍から救い、人々の笑顔を取り戻した日々は、今も尚、天を彩る風と共に胸にある。
 だが、胸に過ぎる想いは懐かしさや再訪の喜びだけではない。
「復興もかなり進んで平和になったかと思ったら、怪事件か……」
 一転、憂いを浮かべた紫鷹の呟きに、ユウ(jb5639)が警察から提供された資料を広げて応える。
「何としても行方不明になった人を見つけたいですが…情報が少なすぎますね」
 警察も無能ではない。連続失踪事件として捜査を進めていた。だが、未だに解決できないということは、まだ不足している情報があると言うことだろう。例えば、山彦。人を惑わし、人を山へと誘うモノについてだ。
「存在が知れたのは最近みたいだね」
 アサニエル(jb5431)が少ない山彦に関する情報を読み直す。誰もが聞こえるわけではない事が影響し、警察が情報を掴んだのはつい先日の事らしい。
「…同じ町内に住んでいる以外に共通点は無いのか…?」
 綾羅・T・エルゼリオ(jb7475)が隅々まで目を通しているのは、行方不明者のリスト。こちらも自分たちで話を聞いて見る必要がありそうだ。
「まあ、まずは調べるところからだね 」
 良子が雨の町の飛び出したのを機に、一行は幾つかの班に分かれて散っていった。


●調査

「他に思い当たる事はありませんか?」
 ユウは一人、大人の行方不明者たちの家を回っていた。変わった行動や言動がなかったか問いかけてるも、これといった収穫はなく、ストレスなどを抱えていた様子もない。むしろ帰りを待つ家族の方が精神的に参っているくらいだった。
 ユウは細心の注意を払って言葉を選び、安心かつ落ち着かせるように振舞い、やがて最後の質問を投げ掛ける。
「何か『声』に関わる事で思い浮かぶことはありませんか?」
 それは山彦に関する質問だったが、これも特に目新しい情報はない。
「少し視点を変える必要がありそうですね」
 家を後にしたユウは、資料の片隅に載っていたある住所へと足を伸ばした。


●少女

「私たちが思う以上に娘は寂しかったのかもしれません…」
 母親としての強さと弱さの入り混じった表情は疲れが色濃く。視線に滲む複雑な感情が撃退士たちに向けられている。
「何故、そう思う?」
 紫鷹が静かに尋ねれば、母親の答えはただ一言。娘は笑わなくなった、と。
 最初の行方不明者、高遠 光。11歳。少女が姿を消してから既に二週間あまり。両親の眼に諦めの色は無くとも、『もしかしたら…』という不安を消し去れない程には時が流れ過ぎていた。
 この春、仕事の都合でこの町へ引っ越してきた高遠家。都会に比べれば不便なれど、この町の居心地の良さを両親はすぐに気に入った。だがその一方で、少女は独りでいることが多くなっていったと言う。
「以前居た町に戻ったと言うことはないのか?」
 エルゼリオの疑問は両親も考えたらしく、既に各所に連絡を入れていた。だが、足取りはやはり掴めていない。
「……苛め、などがあったと言うことは?」
 子供が孤独だと言うのならば、もしや…。しかし、その心配は杞憂に終わる。転校後からクラスメイトの一人が気にかけ、毎朝家を尋ねて来てくれていたらしい。
「そう言えば、ここ数日来てないわね」
「まさか!?」
 二人が顔を見合わせる。そのクラスメイトの名は、長野 音也。三日前から行方不明者となった者であった。


●聞き込み

「何で山行こうと思ったのー? その時の気分とか覚えてないー?」
 しゃがみ込んだ良子の屈託の無い笑顔。色とりどりの傘がそれに応えて賑やかに揺れる。
「すごいなつかしーかんじだったよ」
「山にいこうとは思わなかったけどなー」
「あっちから聞こえてきたぜ」
 下校中の小学生たちから返る言葉を、レイルが素早くメモに落とし込み、アサニエルが声の聞こえた方角を地図に記してゆく。
 ここまで警察、役所、病院、商店街と人が集まる場所を回った結果、山彦は年齢が低いほど耳にしている傾向が見られた。その為、三人は対象を小学生を中心に声をかけている。
「山へフラフラと向かう人を見かけたら、大声を出して止めてくださいね」
 これ以上失踪者を出さない為にレイルが子供たちにも注意を呼びかれば、その背後ではアサニエルが地図上の幾つかの印を結んでいた。
「もうちょっと情報が欲しいところだね」
 歪な囲みが示すのは、山彦の発信源と思われる場所。もう少し聞き込みを続ければ、範囲は更に絞れる事だろう。順調に進む調査は、更に新たな事実をも浮かび上がらせていた。
「ひょっとして、段々増えてきてる?」
 良子がレイルのメモを覗き込む。確かに時が経つほどに聞こえる人数が増えているようだ。
「これは急いだ方がよさそうですね」
 レイルが眉根を寄せ、行く足を早める。三人は情報の精度を上げる為、更なる聞き込みへと向かった。
「しかし、懐かしむ暇も無いのが本当に残念ですよ」
 雨町を行く二人についてゆきながら、レイルの視線が流れる町並みを追う。雨に濡れた町。雨宿りする猫。雫で着飾る新しい街路樹。
「迷子にならない様に手でも繋ぐかい?」
 不意に耳元で聞こえた良子のイケボ。レイルの足は無意識のうちに歩みを止めていたらしい。
「いえ、だいじょう、ぶっっ!!」
 レイルが答えきるよりも早く、彼の手を取る良子。それは極度の方向音痴ゆえ、すぐに迷子になってしまうレイルを気遣ってのこと。無駄にいい笑顔を浮かべているが、決して他意はない。
「な、ななな、ナニをイっていルのですか! じょ、女性が軽々シく手をつなグなどト…」
 女性への免疫0のレイルは予想外の事態にあたふたと。挙動不審の身体は足を滑らせ、後ろへと倒れ込む。
「おっと、危ないとこだったね」
 濁流渦巻く側溝に落ちかけたレイルの腕を、間一髪のところでアサニエルが引き寄せる。その際、勢い余ってレイルの顔がアサニエルの胸にダイブしたわけだが、それは不可抗力と言うもので。

 ぼふんっ。

 赤面した頭の上で、もうもうと水煙が立ち上がった。


●不穏

「これは一体どういう事なんでしょうか?」
 ユウは合流場所に向かいながら、入手したばかりの情報に目を落とした。それは行方不明者が出始めた頃にあったと言う海岸での出来事。砂浜に人影が倒れていたと言うが、状況から波に打ち上げられたと考えられる。だが、結局その人は見つからず、通報は見間違いとして処理されている。
「しかし嘘を言っていたとは思えません…」
 発見者である少年に会ってみたが、少年特有の真っ直ぐな眼差しはとても嘘を言っているようには思えない。
「これ以上の推測は合流してからですね」
 ユウは雨足の増した町を駆けていく。


●山彦

 オオーーン……オォーーン……ォォー…。

 『それ』が聞こえたのは、撃退士たちが山の麓で落ち合ったのとほぼ同時だった。
「これが山彦でしょうか?」
「何だか鐘の音の様ですね」
 声とも音とも付かない『何か』に、ユウとレイルが素早く辺りを見回す。それはどこか遠く。どこか近くにある様で。
「何も聞こえないが…」
「山彦が聞こえる者と聞こえない者との間にある違いとは一体…?」
 紫鷹とエルゼリオが耳を澄ますが、彼女や他の者の耳には届かない。調査の結果と照らし合わせば、たまたま二人は波長があったとかんがえられる。
「あちらです」
 レイルが指し示した方角へ、アサニエルが地図を開いて先陣を切る。山を良く知る人物に話を聞いた彼女の足に迷いは無く。一行は山彦を追って山へと踏み込んでゆく。

「雨宿りできそうなあの木の中に!……いないかー」
 進む山中、良子とアサニエルは行方不明者が隠れていそうな場所を見つけては生命探知をかけていた。だが、未だ反応は無い。
 と、
「あそこに誰か倒れています!」
 レイルの指差した先、僅かに開けた場所に小さな人影が倒れ。慌てて駆け寄れば、雨露に濡れ続けたのだろう、少年が衰弱していた。
「この子が長野 音也でしょうか?」
「レスキュー呼ぶよ」
 アサニエルが連絡を入れようとするが、圏外で繋がらない。ここに置いていくわけにもいかず、レイルが音也を背負おうと手を伸ばす。その時だった。
「上だ!!」
 エルゼリオの声が、敵の奇襲を知らせた。


●遠吠え

 樹上からの一撃を躱し、エルゼリオとユウは各々翼を広げ上空へ。飛び上がりながら視認したのは、細い体躯に地に付くほどに長い腕を持つ鬼。しかも。
「…泣いている?」
 エルゼリオの顔に浮かぶ驚き。だが、それと一瞬のこと。次の瞬間には、紫鷹とレイルが胴と頭に斬りかかり、完全に戦闘へと移行する。
 ところが二人の刃は躯を捉える直前に軌道を変え、宙を斬っていた。続き、良子が審判の鎖を発動するも、聖なる鎖は鬼の躯を滑るようにして霧散してしまう。
「厄介な能力を持ってるじゃないか」
 これに対抗する為、アサニエルはシールゾーンを発動。スキル封じの魔法陣が展開され、鬼を包み込んだ。
 CR差が影響を及ぼし、スキルを封印された鬼だったが、次の動きは想定外のものだった。鬼は脇に音也を抱えると木々に飛び移り、そのまま背を向けて逃走を始めたのだ。戦闘開始直後で完全な包囲ができていない事も災いした。
「逃がしません」
 飛翔するユウが直ぐに木を蹴りながら追跡。猿の様な身のこなしで木々を伝う鬼に向けてダークショットを放つ。だが、再び弾丸は軌跡を逸らされ、あらぬ方向へ。ならばと、エルゼリオが予測射撃で追撃をかける。
「…お前は何故、涙を流す?」
 逃亡しつつも流し続ける鬼の涙。嫌な予感を覚えながらも、火を噴いた弾丸は軌道を逸らされるも枝へと命中。掴まっていた鬼ごと大地へと叩き落とした。同時に音也の体が鬼の手からこぼれ落ち、大地の上を弾み転がってゆく。
 オオォーーン…。
 鬼は撃退士に目もくれず、音也の下へ。焦がれたものを掴もうとする様に、限界まで伸ばす長い腕。
「逃がすかぁー!!」
 その隙をついて良子が鬼の背中へと跳びかかる。全力移動からのVナイフの一撃は空を切るも、鬼の足を止めることに成功。その間に残る者たちも追い付いた。
 グルォォーー!
 空いた腕を広げ、鬼の躯が跳ねる。反撃の相手として狙われた良子の回避行動は全力移動後ゆえに僅かに遅れ。
「うおおーー!」
 羽交い絞めにされた腕の中で、良子はジタバタと暴れ始める。だが、片腕とは言え力は強く、冥魔の力も加わった締め付けは身を軋ませた。
(な…んだ、ろ…胸が、クルシイ…)
 突き刺す痛みは胸の奥に。悲哀、孤独、懐古―――そして寂しさ。
「因幡さん!」
 そこへ側面より迫ったレイルの東風が炸裂。呪となって絡み付く風は拒絶を侵食し、鬼の腕を斬り落した。
 オオォーーン…。
 鬼が遠く吠える。それは先に聞いた山彦と同じ音声。今は間近にいるせいか。それは全員に聞こえていた。
 オオォーーン…。
 それはとても寂しく、孤独に満ち。鬼の視線は抱えた音也に向けられて。
「――まさか、高遠 光…なのか?」
 エルゼリオの言葉に鬼は微かに頭を上げ、響く声は再び遠くに。
「……大丈夫。少し痛いが私達が淋しさから解放してやろう」
 紫鷹は優しく微笑むと、改めて武器を握り締め直す。
 今、目の前にいるのは天魔。人に仇なす存在。それは、もはや変えられぬ事実であり、故に撃退士たちは―――寂しさに沈んだ少女に弔いの手を施した……。


●涙雨

「……はい、そうです。捜索隊をお願い致します」
 電波の入る地点に辿り着いたユウは警察へと状況を報告。戦い終えた撃退士たちは長野 音也を保護する為、一時下山していた。
 雨が止む様子はないが、天魔の脅威が去った今、町の人たちは可能な限り捜索を続けるだろう。勿論、撃退士たちも時間の許す限り、これに協力するつもりだ。
 未発見者たちはおそらくまだ山の中。皆、高遠 光を特に気にかけていた者たちだ。通学中に毎朝声をかけた人たち。お姉ちゃんと慕う少女。そして、彼女を好いていた少年。
「素直になれなかっただけ…なんだろうな」
 エルゼリオは横たえる骸の瞳をそっと閉じた。鬼と化した容貌なれど、あどけない表情を垣間見た気がしたのは何故だろうか。
「かわいい顔、してたんだろうね」
 アサニエルは癒しの力で外傷を塞ぎ、丁寧に泥を拭い。せめて最期は人として、少女として。
 皆の優しさを、想いを受け止められるほんの僅かなキッカケがあれば。彼女の世界は光に満ちていたことだろう。何が彼女を真逆の世界に引き込んでしまったのか。
(……おかしい。生き物を天魔に変えてしまうような存在は、以前の戦いで無くなった筈…)
 茂みをかき分ける紫鷹の頭を過ぎったのは、一年前、この町から消えたゲートの存在。佐渡の脅威はあの時確かに去った。だが、この世界から天魔の脅威が消えたわけではない。
(もしかしたら新手が来ているのかも知れないな……)
 撃退署の知った顔を思い出しつつ、紫鷹は広げた傘を骸に添える。
「このままじゃ、風邪をひく、からな…」
 全てが救えるわけじゃ無いことは、わかっている。だけど、それでも―――。
 ユウは空を覆いつくす木々を仰ぎ、降り注ぐ雫に優しさを願った。
「雨、強くなってきましたね」


「因幡さん、大丈夫ですか? もしケガをしているのならば…」
 捜索に戻る中、レイルは最後尾を歩く良子に向かって声をかける。彼女は戦闘後、まだ一言も声を発していない。
「ん? だいじょぶだいじょぶ」
 ずぶ濡れの笑顔で応え、良子はレイルの背を追いかける。
「でもまいったね」
 続く呟きは雨音に沈みゆき。

 なんでか涙が、止まんないや…。

 胸に光るペンダントを無意識に握りしめながら、良子はただ困ったように、笑っていた。




●影に…

 鬼の逃げようとした方角。撃退士たちが交戦したところから僅か100mほど先。
「やれやれ…危ないとこだったよ。下手に長引いてたら見つかってたかもねぇ」
 木々の狭間、一際暗い影の中に二つの紅き双眸が揺らめいていた。
 その足元では幼い少女が安らかに、幸せそうに眠りについている。
「さて、と。波にもまれて疲弊した躯、ゆっくり癒すとしようかねぇ」
 紅き双眸が影の中に沈んでゆく。今は小さき佐渡の影に。それが闇と化けるかどうは、まだ誰も知らない……。
 


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

┌(┌ ^o^)┐・
因幡 良子(ja8039)

大学部6年300組 女 アストラルヴァンガード
騎士の刻印・
レイル=ティアリー(ja9968)

大学部3年92組 男 ディバインナイト
天つ彩風『想風』・
紫鷹(jb0224)

大学部3年307組 女 鬼道忍軍
天に抗する輝き・
アサニエル(jb5431)

大学部5年307組 女 アストラルヴァンガード
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
撃退士・
綾羅・T・エルゼリオ(jb7475)

卒業 男 アカシックレコーダー:タイプB