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ガチャ。
ドアノブを回せば、すんなりとドアが開く。どうやら風邪と熱のせいで鍵を閉め忘れたらしい。
「おーす、死んでるー?」
記念すべき助作の家への訪問者第一号となったのは、ゆるいお兄さんにして助作が勝手に師匠と崇める百々 清世(
ja3082)。
だが、玄関に踏み込んだその足はすぐに静止。何故なら玄関いっぱいにかけられた横断幕が行く手を塞いでいたからだ。
『歓迎! ようこそ輝かしいオレサマの城へ』
どうやら人が来ると張り切った助作が、慌てて用意したらしいですよ? カラー風船で然り気無くデコレーションしている辺り、浮かれ様が伝わって来るというものです。
「し、師匠???」
そして出迎えるはずだった助作は、床の上でクラッカー片手にダウン中。歓迎準備で力尽きた様です。
「先輩、お見舞いに来たっすよ!」
「助作先輩が風邪とか、大丈夫かな?」
清瀬に続き、大谷 知夏(
ja0041)とみくず(
jb2654)が賑やかに部屋へと踏み込めば、その背後では桜庭 ひなみ(
jb2471)が心配そうに。
「先輩風邪なんて…大丈夫でしょうか…」
思わぬ集団訪問を前に、目をパチクリさせる助作へ御堂島流紗(
jb3866)が事情を説明する。
「えっと、少年さんに頼まれました。気合い入れてお見舞いさせて頂きますね」
敬愛する師匠+女性ばかりという布陣に、少年でかした! と、倒れたままガッツポーズする助作。そんな彼を紫鷹(
jb0224)が一喝。
「病人が何をふらふらしている。寝間着を着ろ! そして病人らしく寝ろ!」
部屋に踏み込むや否や、紫鷹は助作を担ぎあげた…が、しかし。
どっすーん!!
滴る汗に足を取られ、紫鷹はアラサー男(汗まみれ)の下敷きに。
「お、重いぃ」
べたぬるプレス地獄でもがく紫鷹。そこに里条 楓奈(
jb4066)が手を差し伸べた。
「大丈夫か? こうやって抱え起こすと双方負担が少ないぞ」
手際よく助作を抱え起こした楓奈は、そのまま肩を支えつつ助作へ自己紹介。
「お初だ。私は里条楓奈と云う者だ。こう見えても、介護の心得はあるのでな。初対面だが、遠慮なく申し付けてくれ」
しかし彼の耳にその言葉は届いていない。
ふにゅ。むにゅ。ぽよん。
だって密着する柔らかなきょぬーの感触に、全神経を注いでいたからネ。
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「転倒して怪我しては一大事だ。遠慮なく私に掴まってくれ」
楓奈にソファまで付き添われた助作。腰を下ろせば見開いた目は充血し、鼻の穴は大きく開き、ぶふぅーぶふぅーと息が荒い。あ、ちょっと鼻血出てる。
「……先輩が大変なことになってます」
ひなみちゃん、心配しないでくれ。あれは単に素直な心(別称:煩悩)が回復した証。ほら、流紗さんは慌てることなく、まったりとしています。
「えっと、権瓦原先輩とは初対面ですけど、とってもユニークな方に思えるのです」
ユニーク:『一風変わった』や『他に類がない』など。
何て彼にぴったりの言葉だろうか。流紗さん、的確すぎデス。
そんなユニークな助作の家は、リビング、和室、書斎を持った2LK。勿論、キッチン、トイレ、バス付きで、全室冷暖房完備。マンション最上階からの眺めは絶景で、天気が良ければ富士山も見えるほどだ。
「ごんちゃんのくせに良い所すんでんのねぇ、今度女の子に家追い出されたら泊めてもらおーっと」
清瀬は部屋を見渡しつつ、手土産のアイスと酎ハイをテーブルの上へ。飲んで寝れば風邪とか治るというのが彼の持論である。
他にも楓奈が持参したスポーツドリンク、バニラアイス、水などを冷蔵庫へと仕舞えば、知夏は何だか大きなものをゴソゴソと。みくずはキリッと真摯な表情を浮かべ、手にした桃缶を誇らしげに掲げて見せる。
「お見舞いの定番と言えばこれだよね」
勿論、缶切りも準備済み…というか早くも開け始め…パカッ。もう開いたっ!
「ふっふっふー♪ 意外と高レベルアスヴァンの知夏の回復力を披露するっすよ!」
ここで知夏が『回復術』を発動。回復スキルを使っても短時間しか体調は戻らないが、その間だけでも美味しく飲食してもらおうと言う訳である。
スキル効果でぴょこぴょこと救急箱を持ったアウルなウサギさんが登場すれば、目をキラキラさせながら、幸せそうに桃缶にパクつき始めるアラサー男。
「はぁはぁ…可愛いすぎるな」
微笑ましいのかキモいのか判断付き難い光景だが、心癒されている様なので放置しておこう。
一方、キッチンでは楓奈がお湯を沸かして清拭の準備中。紫鷹は家の中を回って掃除道具を見つけ出すと、手際良く掃除の準備を整えていた。
「権瓦原さんはお気をつかわないように、ゆっくり休んでいてくださいですぅ」
流紗はひなみと共に、洗濯機や乾燥機の存在を確認しに洗面所へ。テキパキと動き始めた女性陣を眺めながら、清瀬が思わず零す。
「てゆーか…女の子ばっかじゃん。モテてんじゃん」
本当に何で彼の依頼参加者は女性が多いのか。天の声も不思議でなりません。
と、
ぐぎゅるるるぅ〜。
鳴り響いた空腹音。桃缶食べたことで、助作のお腹が完全覚醒した様子。
「あ、飯…? 仕方ねぇな…。ごんちゃんごんちゃん、エプロンどこー?」
清瀬はキッチンへ向かうと、手慣れた手つきで料理を開始。ちなみにエプロンはありません。だって助作が使う機会あるわけ無いじゃないですか?
「百々先輩、私もお料理作るよ!」
清瀬に並び、みくずは二つのレシピとにらめっこ。
「あれ? 材料や作り方がそっくり?」
お気に入りブログのレシピとお兄ちゃんから教わったレシピを見比べれば、なんと一言一句、全く同じ。それもそのはず。彼女は気付いていないが、お気に入りブログの管理人=実兄なのだ。
「ま、いっか。雑炊ってどこも似てるのかもだし。おいしくできるといいな〜」
とは言え、細かい事は気にかけず。レシピ通り、お腹にやさしい雑炊を作り始めるみくずなのでありました。
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「来客用の布団も無いようだし、ソファで大人しくしているんだぞ」
「ちゃんと清潔な環境がないと、治る病気も治らないのです」
紫鷹と流紗は、万年床な布団を清潔にしようと考えていた。幸い布団も洗えそうな無駄に大きい洗濯機と乾燥機がある。
しかし寝室へと足を踏み入れた紫鷹は、その惨状に絶句。
(部屋は心の整理具合に比例するというが…単に荒れているのか、或いは整理したくないのか)
和室の中心には、万年床と思われる布団が一つ。その周囲に脱ぎ捨てられているのは、服の山。でもって、あちこちに散乱したピザの包装やら菓子袋やらペットボトルやらのゴミが部屋を賑やかに彩っていた。それもこれも、お客が来るからとリビングやキッチンのゴミをすべて寝室に放り込んだ結果である。
まずはひなみが散乱物からゴミを選別。それを紫鷹と流紗がゴミ袋へと投げ込んでゆく。
「なにか色々と見たくないようなものが出てきた気がしますが、無視するんです」
「無心だ、無心でやらなければ終わらない気がする」
心を殺して黙々と作業をする流紗と紫鷹。山の様に増えてゆくゴミ袋。
「へ?」
不意に紫鷹が素っ頓狂な声をあげた。恐る恐る眼鏡を取り出し、そして響く叫声。
「っきゃぁああ!?」
カサコソと音を立て、黒光りする存在が散乱物の陰でちらほらと。
「あれって、ひょっとしてゴキ…むぐぅ」
「そ、その名を口にするなっ!」
咄嗟に流紗の口を塞いだ紫鷹の目が必死である。
「あそことあそこと(×10)あそこにいます」
恐るべき敵を撃退すべく、ひなみが索敵で位置を補足すれば、同じ数だけの叫声をあげながら紫鷹が手近な物を投擲。
数分後。
ゴミ袋(G入り)を手に、紫鷹はぐったりとマンションの共通ゴミ捨て場へと向かっていた。
「つ、疲れた…」
きらーん☆
その背に複数の視線が降り注いでいたことを、彼女は知らない……。
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掃除班がてんやわんやしていた頃、居間では手厚い介護が行われていた。
「先輩! 噂では、お尻にネギを丸ごと突っ込むと、治りが早いらしいっすよ!」
まずは千夏が『治療術』を発動。注射器ならぬネギを持ったアウルなウサギさんが出現すれば、楓奈は助作を立たせながらガッチリとホールド。背中越しの柔らかさに、助作が気を取られる。
「単なる注射…みたいなものだろう。だから大丈夫。たぶん。きっと」
楓奈がそっと目を逸らせば、ウサギさんの目がキュピーンと光り。
ずぶぁり♪ ギャーーー!
助作が白目を剥いてソファに倒れ込んだ。だが残念、風邪は治らなかった様だ。
ならばと、楓奈が沐浴剤とお湯要らずのシャンプーを使い、清拭を開始。
「汗だくのままでは治るものも治らんぞ? 恥ずかしいとは思うが、我慢してくれ」
丁寧に真心込めて。手取り足取り、全身隅々を清拭する…って、全身だと!?
(前回色々あった様だし、心身ともに休んで頂こう)
更には知夏が『精神安定術』を発動、アウルなウサギたちが助作に群がってゆく。
しかしこれはもう、癒されまくりと言うか、色々危険領域突入である。何せ、半裸のまま女性に全身を触られまくっている上に、ウサギたちは助作の身体中を舐めたり肉球でプニプニしてるのだ。
おまけにシャンプータイムに突入すれば、目前でたわわな果実二つがゆさゆさと揺れている。
「痒いところはないか?」
ぶふぅー! ぶふぅー!
もはや助作、R指定ギリギリである! 否、R指定になるのは時間の問題だ!
「できたよー」
そんな最中に清瀬の料理が完成。手軽に食べれる握り飯と、お洒落なパスタがテーブルに並べば、立ち込める匂いが助作の煩悩を食欲で浄化。セーフセーフ。
「…ウマい」
「今時メンズでもこのぐらいできなくてどうすんの」
師匠の火を噴いた男子力に、感動と衝撃を受ける助作。
知夏の『回復術』を受けて助作がパスタをがっつけば、女子たちも手の空いた者から次々にお食事タイム。
「先輩、できたよ。はい、どうぞ」
次いで、みくずの雑炊が出てくれば、ホクホク顔の助作クン。だって、女子の手料理なんて初めてですもん。
「熱いから気をつけてね」
おまけにフーフー付きである。美味しくないわけがない。
「無理せず、しっかり喰ってくれな?」
更には楓奈が水分補給も勧めつつ、アイスも持ってくれば、みくずは温かいお茶の入った魔法瓶も用意。至れり尽くせりな状況に、天の声は嫉妬を禁じ得ない。
やがてお腹が満たされたところで、知夏が提案。
「体を温めるには、着ぐるみが一番っすよ!」
「おおぉぉ! ウサたん!?」
助作が知夏の手元に目を奪われた。なにせ彼女の手にあるのは、最近お気に入りのウサギ…の着ぐるみ。テンションはうなぎ上りである。
「どうっすか? 先輩も、この機会に着ぐるみを普段着にするのは?」
千夏がちょこんと首をかしげれは、ウサギ耳をぴょこんと立てた男が満足げにこくこくと頷く。
だが、弾け飛ばないのが奇跡と言えるほどに着ぐるみはパンパン。押し潰された顔のパーツがすべて中央に寄っている。筆舌しがたいその姿は、もはや人でもウサギでも無く。未知の生物誕生であった。
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(あー…そういや、エロ本とか…大丈夫か?)
不意に思い至った清瀬が目配せを送れば、はうあっ!? と助作は挙動不審に。
何故ならたった今、知夏とみくずが書斎に向かったところなのだ。
「大変でしょ、おにーさんも手伝うね」
清瀬はさらっと二人に混ざりると、書斎の物色を開始。
「意外とインテリでマトモな本がありそうっす」
ありがとう、知夏ちゃん。そう思ってくれて。だが、すまぬ。
モテるリーダーになる為には。
モテる男のイケてるセリフ100選!
輝くには持って来いの日
今はこんなんばっかりです。
「あった!」
本棚を眺めていたみくずがアルバムを発見。ぺらぺらと開けば、そこそこな顔立ちの男の子が一人。
「これ…権瓦原先輩?」
「これは意外すぎるっす!」
痩せればそこそこイケてる顔の設定なんです。痩せれば。
「これは報告しないとね!」
みくずが写メする後ろで、清瀬は密かに助作の秘蔵品(えっちぃもの)を大量に発見。二人に気付かれる事なく、それらを何処かへと隠してしまう。
「何してるっすか、百々先輩?」
「何でもないよーv」
知夏が追求するも、清瀬は微笑んでするりと躱し、心配そうに部屋を覗き込む助作にウインク。
(危ない危ない)
(し、師匠…ぶわわっ)
かくして清瀬のスマートな気遣いによって、助作の尊厳は守られた。どの程度残っていたかわからないけども!
一方その頃、掃除組は佳境を迎えていた。
ひなみはリビングで乾燥した洗濯物を畳み、紫鷹は塵防止に軽く湿らせた新聞を破って部屋に撒いた後、上からハタキかけ。それが終わったら畳に塩を満遍なくかけ、目に沿って箒で掃き集め。
「いい畳だったろうに…勿体無い」
塩は畳の目に丁度いい大きさなのだとか。何とも渋い掃除法である。
その後、流紗が布団を乾燥機から取り出すと、キレイになった部屋へ敷き直し。
「権瓦原さん、洗い立てですよぅ」
「オレサマ、誘われてるっ!?」
すっかり調子を取り戻した助作なのでありました。
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「もう帰るのか? もっとゆっくりしていいのだぞ」
陽もすっかり暮れた頃、皆のお見舞いの甲斐もあって、助作の体調はすっかり回復していた。
「お前の答えを待っている者がいる。応えるために過去に向き合え。辛い事だろうが、そのままでは前に進めない、だろ?」
「誰かに伝えたいこととかあったらお手伝いするよ? あたしは一応先輩の味方だし!(きりっ」
帰り際、紫鷹とみくずがそっと耳打ちしてみたが、助作は疑問符を浮かべるばかり。無理も無い。誰も忘れている記憶を思い出させようとしなかったのだから。
「じゃー…なんかあったら呼べよ、酒持って来てやっからさ」
だって俺ら友達じゃん? とゆるい笑みを浮かべて手をふる清瀬。他の面々も助作に見送られながら、家路に着く。
「たまには風邪もいいものだな」
独り残された部屋はいつも通り静かで。けれど寂しくは無い。むしろ今日は楽しかったと、助作の顔にはいつに無く嬉しそうな笑みが浮かんでいる。
引き籠りだった助作が、外の世界に足を踏み出してから約一年あまり。もう独りじゃないんだと実感できた貴重な一日。
「む、忘れ物か?」
ふと気付けばテーブルの上に包装紙が一つ。それは、みくずがこっそり置いていったチョコレート。今日の彼女の行動は、同じクラブの友人の意向が含まれていることに彼は気付いているだろうか?
「もっとがんばらねばな」
新たな一年に思いを馳せながら、助作はチョコを美味しそうに平らげるのだった。
尚、後日。
「この前、権瓦原さんのとこから、女の子がゴミ持って出てきたのよ」
「え? あの権瓦原さんに彼女!?」
「まさかぁ。結構な年齢でしょ、彼?」
「はっ!? まさか、お見合い!?」
「普段見かけないし…通い妻っ!?」
しばらくの間、妙な噂がマンション中を賑わせていたと言う。