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マスター:橘 律希
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:12人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/02/06


みんなの思い出



オープニング

●秋田市内某所

「ちっ…」
 大雪降り積もった白の世界に燻んだ声色を唾棄したのは、天使フェッチーノ(jz0256)。
 落ち着きなく蠢く4体の鬼蜘蛛を前にして、胡乱気な瞳が不機嫌そうに陰で濁る。不健康そうな顔色はいつも以上に血色が悪く、口から洩れ出る息は薄く、細い。
「結局集められたのはこれだけか」
 当初の予定よりも数が少ないことに、フェッチーノは苛立ちを覚えていた。先日、鬼蜘蛛を集めている最中に1体が撃破され、また当てのあった男鹿市の1体も回収前に撃破されてしまった為だ。そのどちらも撃退士たちの手によって行われたという事実に、フェッチーノは忌々しげに呻いた。
「虫けら共が…」
 感情に任せて振り上げた杖を、鬼蜘蛛の般若の面に打ちつける。何度も、何度も、何度も…。
 自分の邪魔をする者はすべて敵。人間も天使も冥魔も、彼にとってはすべてが同列な存在。ただ相対するものによって、その対応の仕方を変えているだけのこと。
 冥魔であれば容赦なく、魔力を振るう。
 天使であれば真意を隠し、ひっそりと動く。
 そして人間であれば―――意識することすら不要の、ひ弱な、蹂躙し、搾取すべきだけの存在。
 しかし、その人間たちによって彼の予定は少しずつ狂わされている。
「……おい、俺を笑ったのか? 笑ったな?」
 口元を引きつらせながら、フェッチーノは鬼蜘蛛の1体へと向き直る。無論、知性無き従者である鬼蜘蛛はフェッチーノのことを笑ってなどいない。偶々口を動かしただけだ。だが、それも卑屈な天使には通じなかった。
「俺を笑うなっ! 従者風情がっ!!」
 無造作に突き出された杖から迸る雷撃。苦悶の声をあげ、鬼蜘蛛が崩れ落ちる。慌てて周囲の鬼蜘蛛たちが戦闘態勢に入る。だが、天使に飛びかかっていくことはない。従者はどこまで行っても。天使に付き従うだけの存在でしかないのだから。
「ちっ…死んだか。役立たずが。人間なんぞに傷をもらうからだ」
 毒づくものの一度暴発させた感情は憤りを沈め、彼に冷静な思考を呼び戻す。
「こんなことならキララに貸すんじゃなかったか…まぁいい。3体あれば必要最低限の数は確保できている」
 いけすかない女天使の顔が悔しさに滲むところを想像し、くくくっ、と喉の奥から掠れた笑い声が洩れる。
「こいつらの真の使い道を知っているぞ、ヴィルギニアよ。俺が気付かないとでも思ったか」
 先手を打たせてもらう、と呟くと同時、我先にと鬼蜘蛛たちが一斉に動き出す。それを満足そうに眺めると、フェッチーノは小さな翼を広げ、その後をゆっくりと追っていった……。


●秋田市撃退署

「副司令!」
 バァン! と扉に体当たりするように室内へと飛び込んできた職員の姿に、片倉 花燐が眉根を寄せた。なぜならその瞬間、予想していたことが起きたと直感が告げたからだ。
「あ、秋田市内にっ、サ、サーバントが多数出現しましたっ!!」
 ―――やはり、と花燐は目を伏せた。
「落ち着くんだ。こういう時こそ、正確な情報が命だからな」
 意識して声を低く。静かに手を上げ、矢継ぎ早に報告を始めた職員を制する。泰然たる態度も相まって、職員が見る間に落ち着きを取り戻していく。
 花燐が突然の報にも動じないのには理由があった。正月返上で、ここ数か月の秋田県内で起きた天魔の動向を再確認していた為だ。
 その中で目を引いたのは、年末の同時襲撃の報告書にあった『ゲート生成』という文字。もしそれが本当ならば、そろそろ本格的な動きがあってもおかしくはない。そして、同時襲撃はゲート生成の地を探す為の情報収集であり、その候補地を悟らせない為の陽動と撹乱をも兼ねていたと彼女は推測している。
(これを確実なものとするには、あと数ピース情報が足りない…)
 いずれにせよ、天界の襲撃が再び起きたとなれば悠長に考えている暇はない。花燐は唇をきゅっと引き締めると、迅速に対応を始めた。
「久遠ヶ原に緊急要請を出しておいてくれ。詳細は追って伝えるとも」

 ―――数分後。
 花燐は職員の報告をホワイトボードに書き起こしていた。簡潔かつ明瞭に。流麗な文字がホワイトボードをたちまち黒に染める。
 敵は多数。出現も広範囲。しかも街は大雪が降った後で戦いづらい。判断を誤れば、被害が甚大になることだろう。
「……わかってはいたが、人出が足りなすぎるな」
 秋から続く鳥海山からの襲撃によって、撃退署職員とフリーランサーの撃退士は県内各地に散ってしまっている。敵を倒しても事後処理と警戒を続ける必要があるからだ。
 しかし年末の襲撃以降、市民たちは完全に浮足立っている。時間を置けば恐慌状態になる可能性が高い。そうなれば秋田市街は混乱し、この先も続くだろう天界との戦いがより厳しくなる。
「もう一度久遠ヶ原に連絡を入れてくれ! 今回は時間との勝負だ!」


●久遠ヶ原斡旋所

 秋田の撃退署から緊急要請が入ってから間もなくして、斡旋所では赤良瀬 千鶴(jz0169)が真剣な面持ちで集まった生徒たちを見渡していた。
「いよいよ秋田がきな臭いことになってきたわね…。みんな宜しくお願いね」
 集まった学生たちが依頼書に目を通し始めると、千鶴が依頼内容を説明していく。
 目的は多数出現したサーバントたちの撃退。今ここにいるメンバーは先発隊として秋田市内へ赴き、撃退署の職員と協力して対処して欲しいとのことだ。一刻も早く脅威を取り除き、市民を安心させることが最優先事項として求められている。
「街の人たち…大丈夫かな?」
 常葉奏(jz0017)が険しい顔を浮かべる。既に市民の一部は撃退署の護衛を受けながら、北と東の方へ避難を始めているらしい。だが、まだ市内には多数の人が残っている。
「撃退署の人たちは皆の指示に従ってくれるそうよ。戦力の割り振りや向かうべき場所など、必要に応じて指示を出してあげて頂戴」
 示された場所ごとに最適な戦力を送りこむ戦略的視点が重要な依頼だ。場合によっては、撃退署の者たちとの混成チームを作るという選択肢もあるだろう。
「注意すべきは大雪が降った後と言うこと。足を取られないように気をつけてね」
 最後に千鶴は敵情報が書かれた別紙を渡して回る。

 『鬼蜘蛛』
 般若面を持つ、凶暴な巨大蜘蛛型サーバント。胴体は4mほど。脚の長さは2mほど。顔は1m程度。
 時には死体にすら攻撃を加えるほど獰猛かつ残忍な気質で、それに違わぬ強さも備えている。
 巨体ゆえに攻撃は当たりやすいが、蜘蛛脚による駆動は素早くイニシアチブを取られやすい。かなりタフで簡単には倒れず、脚部の防御力は胴体のそれよりも堅牢。
 視野がとても広いが、後背部までは見えない様子。

 『ウィルオウィスプ(光球)』『シェイド(闇球)』
 ゆらゆらと地上を浮遊する球型サーバント。直径はバスケットボールほど。人間や敵と見なした者に向かって体当たりを仕掛け、接触すると身体の一部を弾けさせ、小さな爆発を起こす。

 既にかなり情報が割れている敵ばかりではあるが、油断と焦りは禁物だ。
「今回は私も同行するわ。正直なところ戦闘は得意じゃないんだけど、少しでも戦力はあった方がいいと思うしね」
 千鶴が不思議な紋様の書かれたネイルチップを掲げて見せる。どうやらそれが彼女の魔具の様だ。
「それじゃ、行きましょう」
 大きく深呼吸をした後、千鶴は学生たちを伴ってディメンションサークルへと足を向けるのだった―――。
 


リプレイ本文

●八橋球場周辺

 昨夜降り注いだ雪は、秋田市内を白い世界に染めていた。除雪作業は天魔襲来によって駅前周辺のみ実施したところで中断。ほとんど手付かずの八橋球場周辺は未だ新雪に深く埋もれている。それ故、雪に慣れた人々も思う様に避難できず、逃げ遅れた姿があちこちに見えた。
 恐怖に怯え、命を脅かされる人々を視界に捉える度、オブリオ・M・ファンタズマ(jb7188)の脳裏に一つの影がチラつく。
「フェッチーノ……やはりあの時の天使なのです」
 陰鬱な天使の行動に彼女が持った印象は、私利私欲、ただそれ一つ。
 だからこそ、唯討ち果たすだけでは意味が無い。翼奪という屈辱の末に討ち果たす事で、あの天使を真に敗北に突き落とすことができると考えている。
「何をするつもりかは分からないのですが、人々を脅かすなら飽く迄も戦うのです」

「待っててね子猫ちゃん達♪ すぐに安心させてあげるよ☆」
 足を取られ、新雪に倒れてしまった女性を助け起こしながら、藤井 雪彦(jb4731)が笑顔を向ける。ショートスキーを駆って軽やかに雪上を舞えば、光纏による光の粒子がキラキラと彗星の如く輝く。
「攻撃は最大の防御ってね♪ 今回はボクの持てる最大火力で仕留めてみせる!」
 明鏡止水を発動すれば、軽いノリとは裏腹に静かに研ぎ澄まされる雪彦の心。
「藤井さん、要は貴方です……頼みました」
 雪彦の高火力を最大限に活かす為、オブリオは同行した撃退署のアスヴァンに祝福を要請。自らは上空から支援する為、闇の翼を翔って舞い上がる。
「では――行きましょうか」

 まずは雪彦の指示に従い、もう一人の同行者であるダアトが遠距離から鬼蜘蛛へ牽制攻撃。その間にオブリオは視界の中心に鬼蜘蛛を捉えた。
 大地に縫い止めるが如く、茶褐色の巨躯を射抜いた冷徹なる白の視線。怒りとも苦しみとも取れる獣の唸りをあげて、鬼蜘蛛がその場に束縛される。
 それを傍目に雪彦は雪上を滑走。大きな弧を描き、広い視野持つ鬼蜘蛛の死角へ回り込むと同時に祝詞を発動する。
「吹雪だって怖くない! だって風はボクに味方する☆ おいでシルフィ…そして切り刻めっ!!」
 雪彦の声に誘われ、巻き起こる無数の風刃。それらは一直線に大気を切り裂いては鬼蜘蛛へと強襲する。
 併せてオブリオとダアトが遠距離から魔法攻撃。死角を含めた三面からの斉射に、鬼蜘蛛は反応のしようも無い。
 だが、頑健なる躯は尚も健在。鬼蜘蛛は獣の如き咆哮を上げると、束縛の効果を打ち払い、素早く転身。牙を剥いて、雪彦へと巨躯を突貫させる。
 スピードはあれど単調な攻撃。本来なら躱すことも難しくなかっただろう。けれど、ここは雪上。ショートスキーを履いているとは言え、咄嗟の体捌きは本来の動きには劣る。雪彦は突撃を避けること叶わず、新雪の中へと吹き飛ばされる。
「雪彦さんの回復をお願いします」
 アスヴァンへ指示を飛ばしつつ、直ぐ様オブリオは鬼蜘蛛へと突撃。
 如何程のダメージを与えられたはわからないが、果敢に攻め込んだ甲斐あり、鬼蜘蛛は雪彦へ追撃かけることなくオブリオに向き直る。
 その隙にアスヴァンのライトヒールで雪彦は回復。更には、ダアトのファイヤーワークスによる牽制の隙を突いて、雪彦は鬼蜘蛛の間合いから完全に脱出した。
「まだ倒れるわけにはいかないよ。仔猫ちゃんたちが待ってるからね☆」
「雪彦さん、もう一度です」
 再び雪彦を援護すべく、オブリオは二度目の白眼幻想を発動。雪彦は再び死角へと回り込む。
 しかし、怒り心頭の鬼蜘蛛は獰猛な雄叫びをあげると束縛の効果に抵抗。オブリオは動じることなく、その姿を冷やかに見下ろすと白い刃の直剣を構える。
「……止むを得ませんか」
 突如の急降下。0からの急加速と自重を乗せた一撃で、狙い突く鬼蜘蛛の般若面を。
 対して、鬼蜘蛛はこれを口から飛ばした不可視の糸で迎撃。直進の勢い故にオブリオは避けられず、粘着性のある糸に絡め取られてしまう。
 堕ちるオブリオ。迫る鬼蜘蛛。その強靭な顎と鋭い牙にかかれば、冥魔である彼女の身はひとたまりも無い。
 けれど彼女は揺らがず。冷酷な視線を向ける。
「……お前はもう終わっています」
 その言葉通りに。
「これがボクのありったけ! 球切れまで撃ち尽くすぜ!!」
 雪彦が再度の強襲。オブリオに気を取られた鬼蜘蛛に嫉妬するかのように、風の妖精たちが死と踊り狂った。

 戦闘後、雪彦は韋駄天を活性化。オブリオの翼を風神の力で包み込んだ。
「…フェッチーノ…」
 オブリオは振り無ことなく全力飛翔。見る間にフェッチーノが目撃されたと言う駅前へと飛び去ってゆく。
「駅は任せたよ。ボクはこっちが気になる…」
 その背を見送った雪彦は身を翻すと、骸と化した鬼蜘蛛へと近付いて行った。


●秋田空港

 ―――秋田空港。
 久遠ヶ原のみならず、撃退署が対応した小さな襲撃も含めれば、もはや両手では足りないほど危険に晒されてきた秋田激戦の地。その滑走路は今もまた、漆黒色の鬼蜘蛛一体、浮遊する光球『ウィルオウィスプ』数体に、我が物顔で占有されていた。
 そんな中、危険に脅かされいる旅客機が一機。
「幸いまだ襲われていないようですが、何時敵の気が変わるともしれません」
 レイル=ティアリー(ja9968)は、同行する撃退署職員のインフィルへ素早く具体的な指示を飛ばす。機内には乗客たちがまだ取り残されていると言う。故に早急な対応が求められる。
「さっさと倒して助けてあげないとだな」
 レイルとの間に『絆』を発動した青空・アルベール(ja0732)は。その胸に抱いた微かな懸念を拭えない。
 先日の依頼では、十分な戦力を有しながらも鬼蜘蛛を逃亡させたと言う。しかし今回は戦力を分散してまで、秋田市内各所へ鬼蜘蛛を解き放っていた。ちぐはぐな行動。不自然な流れ、動き。けれど掴めぬ敵の真意。
「何考えてんのかわかんねーのがすげー怖いけど、フェッチーノの思い通りにはさせねーのだ!」
 光纏によってドス黒い炎を足元に纏わせながら、アルベールが不安を吹き払う様に口元に笑みを浮かべる。
 一方、命図 泣留男(jb4611)ことメンナクは、天使の目的が『怯えた人間の感情を利用』と推測。一刻も早く人々を安心させてあげたいと、サングラスの裏で心優しい決意を秘めていた。
「その本質をカリスマは決して見逃さない!」
 そう。今重要なのは眼前の人々の危機、命。
 撃退士たちが人々を救う為に一斉に動き始めれば、鬼蜘蛛もまた同時に旅客機へと向かい始めた。

 開戦の合図はアルベールの死の宣告から。赤目の黒犬ヘルハウンドを模したアウルが鬼蜘蛛の胴体へと牙を立てれば、着弾箇所に刻まれた腐食効果を持つ紋様。続けてインフィルが空からダークショット、漆黒の巨躯を穿つ。
 だが、鬼蜘蛛は多脚ゆえに凍結路面の上で態勢は安定。更に壁役となる予定のレイルが凍結によって移動力低下で僅かに及ばず、鬼蜘蛛の行く脚は止まらない。鬼蜘蛛が旅客機の目と鼻の先へと迫る。
 これに、人々を安心させるべく旅客機を目指し飛行していたメンナクが反応。躊躇無く旋回すると、鬼蜘蛛の前に立ち塞がった。
「俺と言う名のブラックウォールが、お前をここにホールドする」
 阻霊符を発動し、旅客機内へ侵入できないようにしつつ、メンナクは爪の双撃を奇跡的に回避。ストリート魂の籠った雑誌の如き魔法書を広げて反撃に移る。その間にレイルは鬼蜘蛛の背後から接敵。駆け抜け様に鬼蜘蛛の後脚へ直剣を薙げば、固い感触に刃が弾き返された。しかし、本来の目的である鬼蜘蛛の足止めに回ることはできている。
「ここから先へは通しませんよ…」
 鬼蜘蛛と真正面から対峙しつつ、寄せた眉根。
「と、言いたいところですが、足場が足場だけになかなか難しそうですね」
 離着陸の為に一度は除雪したらしいが、広大な滑走路はところどころ凍り付いている。何の対策も無い足元では不安がつき纏う。
 と、不意に鬼蜘蛛が口を開いた。レイルはこれに考えるよりも早く反応。身を深く沈めて、喉奥から吐き出された視認しづらい糸を間一髪で躱す。
「無風、そして荒れ狂え―――北風」
 起き上がる勢いを利用して突き出した銀の直剣が風を逆巻けば、抉り斬られる般若面。あがる苦悶の呻きが寒空に響く。
 パン!
 同時に、上空で起こった破裂音。それは旅客機へと近付いていた光球の一体が狙撃され、撃破された証だ。
「何はなくとも人命第一。堅実に守ってかないとだね」
 アルベールがショットガンの銃口を次なる光球へ向ける。指に力を込めれば、ふわふわと不規則な軌跡を描く光球を着実に撃ち抜いた。
 ここでレイルに役目を引き継いだメンナクは、光翼を広げると漸く旅客機の元へ。
「待たせたな、俺たちは…撃退士!」
 旅客機へ隣接したメンナクが機内を覗き見れば、乗客たちは半ばパニック状態。眼前まで天魔が近付いている状況を考えれば、無理もないことだった。
 直ぐ様メンナクはマインドケアを発動。乗客たちの動揺を抑止することに成功する。しかしその効果範囲は狭く、影響を受けた者は限定的だ。そこでメンナクは力強い励ましを。
「今すぐ天魔を片づけて、お前たちをこの捕らわれの世界からFLYAWAYさせてやるぜ!」
 声が機体内部にどこまで届いたかはわからない。けれど、その自信に満ちたメンナクの姿に安堵を覚え、冷静さを取り戻した一部の者たちは、自ら他の乗客たちへ落ち着くようにと声を掛け始める。
 その様子を見届けたメンナクは身を翻すと光球の撃破へ。
「来るよ! 注意して!」
 アルベールが光球の不規則な軌道に注意喚起を促しつつ、メンナクと二人、旅客機へと近付く光球を確実に撃破していく。

 一方、地上ではレイルが鬼蜘蛛と真っ向から相対。腰を落とし、剣を地に突き立て後ろに滑らないようにと立ち振る舞えば、インフィルの支援攻撃を受けつつ、般若の面と肉薄するほどに密着し続けていた。
「…っと」
 けれど、足を取られぬ様にと意識を払う分、僅かに反応が遅れる。その隙を突いた鬼蜘蛛の噛みつき攻撃。咄嗟にレイルは防壁陣で対抗するも、強靭な大顎は防壁陣も、盾も、魔装すらも貫いてレイルの身体に牙を突き立てる。
「がはっ!」
 体内に侵入する麻痺毒に抗い、歯を食いしばるレイル。震える手で握る直剣を突き出せば、北風によって柔らかい口内へ一撃。
 しかし鬼蜘蛛は離さない。血走った双眸が、返り血と自らの血で朱に染まったレイルを捉えて離さない。
「お前の相手は私なのだッ!」
 絆を結んだ友の為、アルベールが左半身に黒の刻印を浮かび上がらせながら禍つ焔を射撃。黒き炎に包まれ苦悶に喘ぐ鬼蜘蛛が思わずレイルを離す。
 そこへ光球を全滅させ終えたメンナクがライトヒールを。レイルは直ぐ様態勢を立て直す。
 鬼蜘蛛を囲む陣形となった撃退士たちは集中砲火を開始。
 死の宣告効果によって脆くなった鬼蜘蛛の皮膚をアルベールの禍つ焔、インフィルのダークショットが貫けば、レイルはメンナクの回復支援を受けつつ、再び鬼蜘蛛へと密着。前進を阻害する壁となり続ける。
 また、空に向かって吐き出された糸にインフィルが被弾すれば、メンナクがサバイバルナイフで素早く絡み付く糸から解放。
「カリスマは優雅にブラックの真理を越えたッ!」
 こうして撃退士たちは徐々に、そして確実に鬼蜘蛛に追い詰めていった。


●火力発電所

「天使の野郎が何を企んでやがるんだろうな」
 雪の世界に白銀の髪を靡かせ、夜劔零(jb5326)が陰影の翼で空を翔ける。
「よ〜わからんが、ここはひとつ、フェッチーノとやらの策謀を阻止してみせよ〜ぞ」
 零の前方、空高く飛行するハッド(jb3000)が進行方向を見据えれば、視線の先に秋田市やその周辺都市へ電力を供給する巨大な火力発電所。電気は今や水や空気、食料と同じように、現代人が生きる為に必要とする生命線の一つ。その恩恵を授ける地は、昨夜の降雪によって白に埋もれていた。
「1体でも面倒だったのに…3体も…」
 Erie Schwagerin(ja9642)は雪上すれすれを目立たぬ様に飛行。その傍らに、キイ・ローランド(jb5908)が続く。
「今回の襲撃は随分と広範囲だけど、戦力を分散させて何が目的だろうね」
 この中で唯一飛行していない彼は、従業員用に簡易除雪された小道を進んでいる。
 道の両側に広がる雪景色は小柄なキイの胸に迫る高さ。満足に腕を振るえず、身動きすら阻害されることは想像に難くない。
「あそこにいるのがそうかの〜」
 ハッドが敵の姿をいち早く発見。闇の球体『シェイド』数体がどこからともなく姿を現し、空中を浮遊する。一方で地上に目を下ろせば、地を這う鬼蜘蛛。だがその姿は蠢く脚の一部が見えるのみ。おそらく雪に沈みこむような態勢で透過能力を使っているのだろう。新雪の中を音もなく進みゆく姿は、空からでも視認しにくい。
「阻霊符は私が使うわぁ」
 Erieが言葉を発すると同時、雪を掻きわける音を響かせ、鬼蜘蛛は存在を露わに。キイはその音を頼りに、鬼蜘蛛の方向を察知する。
「ありがとう。えりーちゃん」
「どういたしましてぇ」
 微笑みを交わし合う若き白騎士と赤の魔女。だが、それも束の間のこと。二人は直ぐに戦闘態勢に移行する。
「さあ、自分達に出来る戦いを始めよう」
 キイの身から青白いオーラが漂い始めれば、それまでのほんわかと柔らかい雰囲気が見る間に消失。スイッチが切り替わった思考は戦闘モード一色へと染まってゆく。
「速攻で叩き潰してくれよ〜ぞ」
 戦いの火蓋を切ったのは悠々と先制を制し、雷霆の書を広げたハッド。アウトレンジから放つ雷の剣が、空と雪を裂いては鬼蜘蛛の躯を穿つ。
「俺の魂を霊と化し陰陽の力を発動する!! 刧火式陰陽眼」
 零のオッドアイの両眼に浮かび上がる五芒星の紋様。闇球たちへ向け、その手に活性化したアブラメリンの書から血色の槍を撃ち放つ。
 Erieはキイを担ぎあげ、鬼蜘蛛の進路上へ。
「鬼蜘蛛の足止めは任せたわ。建物に近づけないように誘導してくれると助かるわねぇ」
 雪上に下ろされながら、その声に応えてキイはタウントを発動。青白きオーラに注目効果が付与される。
「我も後押ししようかの〜」
 ハッドが上空からの攻撃で、鬼蜘蛛の進路を調整。鬼蜘蛛がキイの元へ誘導されてゆく。
 ザザザザッ。
 重量ある雪を物ともせず、押し退け、迫り来る茶褐色の巨躯。音でタイミングは掴める一方、それはプレッシャーとなってキイの体に纏り付く。けれど彼は慌てることなく腰を落とし、じっと待ち構える。
 この積雪状態を考えれば無闇に動くのは危険。否、そもそも動くことが難しい。ならば、慌てずに迎え撃つことが最善の一手。
「どちらが先に倒れるか根競べだ」
 盾を掲げ全身に、瞳に力を込める。
 瞬間。
 茶褐色の巨躯と白の小さな身体が激しくぶつかりあった。

 (天使……どの野郎も気にいらねぇんだよ!)
 背後にいる天使の狙いが読めない事への苛立ち。全身から滲む不快感。溢れんばかりの天魔への憎悪。絡み合う激情で右の瞳を怒りの銀に染めながら、零が敵を激しく睨み付ける。
「黒い塊は塊らしく粉々になってしまえ!!」
 零の言葉に導かれる様に、血色の槍に貫かれた闇球の一体が弾け飛んだ。
 人間を絶対に襲わせない為、発電所を守る為。秘めた激情を強い決意に変え、零は敵へと魔力を撃ち込み続ける。
「デカイのに気を取られて、小さいのが自由に動いてるなんて危ないしねぇ」
 Erieもまた灰燼の書から生み出した炎剣で闇球を狙っていた。黒き闇が赤く燃え上がる度、霞の様に白の世界に溶け込んでゆく。
 二人の攻撃によって、闇球が徐々に数を減らす下方では、鈍い金属音が鳴り響いていた。
 ガキィ!
 見れば、鬼蜘蛛の爪撃をしっかりと盾で受け止めたキイの姿。
 雪中にありながら鬼蜘蛛の動きはほとんど変わらぬ事なく。注目効果によって、苛烈な爪の双撃をキイに向け続けている。
 対するキイは思うように動けないこともあり、苦戦を強いられていた。何とかシールドで攻撃を防ぐも、敵の一撃一撃は深く、重い。身体の芯へと響く衝撃に、反応が僅かに遅れることもある。
「くっ!」
 今もシールド間に合わず、凶悪な爪に身体が打ち抜かれた。それでも立ち続けられているのは、堅固な防御力を持つキイだからこそ。だが―――。
「今までと何か違う気がするの〜」
 キイの奮闘を上空から見ていたハッドが眉を潜めた。以前交戦したことがある彼の眼には、今回の鬼蜘蛛は攻撃が熾烈な気がした。凶暴性が強いと言い換えてもいい。このままキイ一人に押さえ続けさせる事への一抹の不安。万が一があっては遅いと、ハッドは隙だらけの鬼蜘蛛の背面に雷剣を撃ち落とす。
 だが、敵もそう簡単にやらせ続けてはくれないようだ。浮遊する闇球が2体、闇球はハッドと鬼蜘蛛の間へと浮遊。射線を塞いでしまった。
 ハッドは上昇して射線の角度を変えるも、内側に位置する闇球は少ない動きで再び射線を妨げにかかる。
「こしゃくな動きをしてくれる」
 時間をかけられぬと、ハッドは矛先を変更。ファイアワークスを発動すると、闇球たちをまとめて薙ぎ払った。

 鬼蜘蛛が脚を振るう度、巨躯を動かす度、雪は押し退けられていく。それによって、徐々にスペースが広がり、防戦一方だったキイにも余裕が生まれた。リジェネレーションを発動し、傷も幾ばくか回復。漸く持ち直した態勢。
 これで牽制攻撃しつつ、仲間を支援できる。そう思った矢先、鬼蜘蛛が口を開けた。
 ――糸が来る。
 瞬時に判断したキイは、射線から逃れるように僅かに横へ移動。しかし。
「うわっ!?」
 油断していたわけじゃない。けれど何も対策のない足元だ。雪に足を取られてしまい、微かに泳いだ身体は被弾。その様子を目にした鬼蜘蛛が凶喜に顔を歪める。
「キイ!」
 反射的に、Erieが糸に絡め取られたキイの下へと向かった。
 その背後へ追撃かけよう闇球が迫るが、その行く手を間に割って入った零が遮る。
「わざわざ特攻してくんなら、その礼に貫いてやるよ!!」
 彼我の距離が縮まるも、零は迷うことなく攻撃。見事に血色の槍を突き立てれば、闇球が散りゆく間際に破裂する。
 近距離ゆえ、避けきれずに四散した破片に被弾するも傷は深くない。
「天の餓鬼の放ったサーバントに何か、絶対に俺は負けねぇんだよ!」
 そのまま零は一人、残りの闇球を撃破する為に空中を翔け続ける。

 一方、キイの救助に向かったErieは飛行状態のままキイを引き起こすと、刀で糸を切っていた。
「今助けるわ」
「えりーちゃん!」
 だが鬼蜘蛛がそれを悠長に見逃すはずもなく。二人まとめて薙ぎ払おうと振り上げられた前脚の爪が鋭く光る。
「危ないっ!」
 直前に糸から解放されたキイが、Erieを突き飛ばそうとするも一歩遅く。引き裂かれた赤の魔女が紅に染まり、光纏を示す翠の瞳が色を失った。
「これはいかん」
 その光景に、ハッドは牽制の意を込めた雷剣を般若面へ。鬼蜘蛛の意識が削がれた隙に、キイはErieを抱いて距離を取る。
「……ちょっとだけ待っててね」
 気絶したErieを冷たい雪の上に預け、キイは止まらぬ鬼蜘蛛へ怒りを露わに。換装した盾を威嚇するように掲げる。
「この子に触れるなっ!」
 怒声に秘めた決意。これ以上、彼女を危険に晒すわけにはいかない。命に変えても、一歩だって退くわけにはいかない。
「これは出し惜しみしてる場合じゃないの」
 属性攻撃を発動し、天界の身に深く刻む為に冥魔のアウルを練り上げ始めたハッド。
 その間に闇球を全滅させた零が破刧刧火を発動。
「塵も残さず焼き尽くすは、黄泉の刧火!! その身焼かれ消え失せろ!!」
 それでも、鬼蜘蛛は揺らがない。しぶとい。むしろ憤怒の色に染めて、大顎を開く。毒を滴らせた牙がキイを、その背後で伏すErieを狙う。
「君は役目を果たせず倒れていろ」
 冷徹な声と共にキイが放つシールドバッシュ。しかし眉間に盾を打ちこまれても鬼蜘蛛の牙は止まらず。魔装を貫き、白き騎士の身に深々と突き刺さる。
「…がっ」
 けれど尚、白き騎士は膝を折らず、退かず、踏みとどまり。気迫に満ちた瞳だけで鬼蜘蛛を怯ませる。
 と、
「これで終わりじゃ」
 ハッドの放った一撃。その一撃は皮膚に弾かれることなく巨躯の奥深くへと食い込み。鬼蜘蛛はキイに噛みついたまま、その生を終わらせた。



●通話

「えりーちゃん…ありがとう、ごめんね」
 キイは熱奪われた身体をそっと抱き締めていた。自らの温もりをErieに与え続け、先ほど漸く頬に紅が差し始めたところだ。今は学園が手配した救護班の到着を待っている。
「天使……やっぱり気にいらねぇ!」
 二人を見ながら零が怒りを露わにすれば、その声が受話器越しに他の撃退士たちへと伝わる。各地で戦闘を終えた面々は、グループ通話でお互いの状況を報告し合っていた。顔は見えずとも、声と雰囲気からお互いに難しい顔をしているのが伝わる。
「結局、不審な点は見当たらなかったの〜」
 発電所の片隅、ハッドの足元では鬼蜘蛛の遺骸が燻ぶっていた。彼は胎に何かを運んでゲートの作成に役立てる可能性を考慮、遺骸をファイアワークスで完全に焼却したものの、焼け跡には何も残っていない。
「こっちも何も見つからなかったよ」
 球場前の鬼蜘蛛を念入りに調べた雪彦も変わらぬ結果を報告。飛行場のアルベールもやはり同様の報告を。
「やっぱりゲートを作るつもりかな」
「中に残ってた人間を捕らえる気だったってのは…考え過ぎか?」
 アルベールの意見に零が疑問を呈する。そこへレイルが自問するように呟いた。
「しかし…どうにも違和感があった気がします」
 思い出される鬼蜘蛛の血走った双眸。そこに満ちていたのは剥き出しの敵意と凶暴性。冷静に振り返ることで感じる印象に、ハッドも同意を示す。
「確かに以前よりも凶暴だった気がするの〜」
「……天使たちはゲートを開くつもりでしたよね。その為の都市制圧用としては不適ではないでしょうか。虐殺になれば天使に利はないはず」
 レイルの言う通り、人々を殺してしまっては『精神』という糧が無くなる為、ゲートを展開する意味が無くなる。
「…うん。何を考えているんだろうね」
「ダメですね。天使の狙いが読めない」
 思案を続けるアルベールに、頭を振るレイル。それ以上続く声は起きず、沈黙が訪れる。残す情報源は、ここにはいない駅前組。
 だが駅前は広範囲に敵が散っているらしく、対応に時間がかかっているのだろう。まだ呼び掛けに反応はなかった…。


●秋田駅周辺

「こっちに近寄るんじゃねェ!」
 法水 写楽(ja0581)が咆哮を発動。天魔襲撃で我を失っていた男性が、新たなる恐怖心の芽生えに慌てて進路を変えて遠ざかっていく。
 しかし安堵の息を洩らす間もなく、新たな人影が視界の片隅に。慌てて首を巡らせれば、女性が壁を背にして光球に追い詰められていた。
「ちィ」
 直ぐ様、回転式拳銃のサタナキアを構え、狙いを定める。だが写楽が引き金を引くより早く、無数の光刃が敵を撃ち抜いた。
「あちらに逃げた方が安全です」
 紅葉 公(ja2931)が腰抜けた女性を助け起こし、避難ルートを指し示す。その先へ視線を移せば、常葉奏とヒリュウが人々を護衛しつつ避難誘導を行っていた。
「あの子に付いていって下さーい! こっちは敵が少ないです!」
 その近くでは撃退署の陰陽師が奇門遁甲を発動して、同士撃ちを誘発。
「久々の近接戦も楽しいもんだね」
 快活な声に写楽が背後を振り向けば、複数の光球の真っただ中に因幡 良子(ja8039)が飛び込んでいた。複数の光球を呑み込んでシールゾーンの魔法陣が展開。その直後、敵が反撃に転じるよりも早く赤渡瀬千鶴がワンダーショットで追撃をかける。
「因幡さん、張り切り過ぎて無理しないのよ!」
「……こりャ、カッコ悪ィとこは見せられねェな」
 女性陣の奮闘を目にし、この戦域唯一の男である写楽は苦笑を洩らすと新たな敵の存在に狙いを定めた。

 撃退士たちが秋田駅周辺に到着した時、辺りは逃げ惑う人々と不規則に宙を浮遊する多数の光球・闇球によって、混乱と恐慌状態の直前であった。6人は直ちに一般人の避難誘導と敵の掃討に着手。除雪済みの大通りを中心に駆け回っては、その時より辛うじて状況の悪化を食い止め続けている。
「よっと!」
 良子は光球の手が一般人に及びそうになる度、シールドを活性化。敵の破裂攻撃をしっかりと受け止める隙に、背後で蹲る人々を奏に避難誘導させた。
「今はとにかく、私に出来ることをやるしかありません」
 公は球体たちが幼き子を抱えた母親に迫っているのを発見。攻撃を加えながら双方の間へと躍り出ると、ブラストレイで残る敵を薙ぎ払う。
「もう大丈夫です」
 泣きじゃくる子供の頭に手を乗せ、公は母親を周囲に敵の気配がない地帯まで避難誘導。立ち去る背中を見送りつつ、自らは再び危険に晒されそうな人々を護る為、街中へと舞い戻っていく。
「随分と辛気臭そうな天使のヤツが居るって話じゃねェか」
 一方、写楽は千鶴と共に遠距離から同じ標的を狙い打ち。確実に各個撃破していた。
「ンな辛気臭い野郎の作り出した戦場なンか、この法水写楽がァ、あ、派手に彩って敗北ってェのを贈ってやるぜィ」
 また、敵の破裂範囲や条件を威力を観察。標的を決めた球体の移動が直線傾向にある事に気付くと、魔具を主兵装であるシュヴァルツアイゼンへ換装。接近戦へと切り替え、直線移動する球体に率先して斬りかかる。

 敵の数が減るにつれ、敵を追う撃退士たちは自然と散開。連携は取りにくく、個別に対応に当たることも多くなるが、敵の脅威は数で合って力そのものではない事が幸いし、各々は役割を果たし続ける。
「しゃらくせェなァ、おい」
 破裂範囲が2m程度であることも把握した写楽は一閃する度、即座に離脱。破裂によるダメージを最小限に食い止め、凌いでいた。
 対して、公もまた交戦の中で敵の特性を掌握。
「闇球には物理攻撃が効きそうですね」
 ワンダーショックの発動によって己が魔力を物理攻撃に変換すると、物理に弱い闇球を強烈な一撃で葬り去る。基本的に遠距離攻撃に徹していた身に血が流れているのは、時に身を呈し、一般人を庇った為のもの。一度人々を護ると決めた彼女は恐れも迷いも無く、人々を護る為に奔走し続ける。
「みなさん、もう少しです」
 千鶴や奏もまた同様に。一同が終わりの見え始めた戦いに奮闘している頃、良子は一人、諸悪の根源である陰鬱な天使と遭遇する為、目撃情報のあった久保田城跡地へと足を運んでいた。


●天使

「これはこれは…一人で来るとは何とも勇ましい」
 慇懃に頭を下げたフェッチーノに、良子は不敵な笑みで応える。
「ねね、折角逃がしてた蜘蛛を何でこのタイミングで出すの? 言っとくけど蜘蛛なんてすぐ倒されちゃうぜ?」
「貴様らの存在は計算のうちだ」
 くくっと掠れた声を零し、口元に笑みを浮かべる天使。その態度は、むしろ倒されるまでに意味がある。そう言っている様だった。
「うわぁ、凄ぇ! 流石天使だ、人間で馬鹿でこないだ留年した私じゃ全然意図が分からない……!」
 良子は更なる情報を引き出す為、凄い頭良いヤツ…と彼女なりに煽て続ける。
「ふん、目的は情報か…。いいだろう、一つヒントをやる」
 その意図を察しながらも、フェッチーノが余裕。おそらく撃退士という存在を歯牙にもかけていないという証でもあった。
「ゲート。これは展開すればいいってもんじゃない。各種条件が揃ってこそ意味を持つこともある。だから…」
「流石だよ、もっと教えてくれよフェチえもーん!」
「バカにするのもいい加減にしろ、小娘がっ!」
 激昂と雷撃。おちょくりながらも警戒していた良子は即座にシールドを発動するが、魔法防御を一切持たない彼女のシールドは役に立たず、直撃をその身に受けてしまう。
 それでも持ち前の抵抗力で痺れに対抗。良子は変わらぬ笑みで挑発を続けた。
「そんなんじゃ因幡さん倒れないなぁ! もっと熱くなれよ! どうしてそこで諦めるんだよ!!」
「イチイチ勘に触るっ…!」
 追撃の為に杖を振り上げたところで、フェッチーノが眉根を寄せる。
「ちっ、もう全滅したのか。まぁいい…そろそろ頃合いだ」
 それだけを捨て置くと、天使は唾を吐いて何処かへと飛び去って行く。
「有難いお言葉、せんくーせんくー」
 その背を見送りながら、良子はポケットから録音状態のスマホを取り出した。


 ―――その僅か後。
 ヒュウウゥゥ。
 風切り音だけ響く空で、天使と悪魔が相対していた。二人の足下では未だ恐怖に怯えた顔で逃げ惑う人々の姿が見える。此度の戦いが収束に向かっていても、混乱が安易に収まるわけではない。
 それらの声を遠く彼方に聞きながら、オブリオが天使に刃を突きつけた。
「教えて頂きましょうか―――貴方の下らない動機を」
 声の端々から滲む、以前とは異なる気質を秘めた冷徹さ。それは彼女自身も気付いていない、忌み嫌う好戦的な本性の現れ。
「……あの時の悪魔の小娘か」
 記憶とは違う雰囲気にフェッチーノがぴくりと眉を動かす。だが、斜陽を背にしたオブリオの表情はよく見えない。
「ふん、俺が求めるのは周囲を認めさせるだけの……あの女を見返すだけの成果のみ」
「あの女?」
 オブリオの疑問は風に浚われ、陰鬱な天使は掠れた笑い声だけを残して身を翻す。この場で見逃されると言う事は、歯牙にも掛けられていない。そう言う事だろう。

「……あなたの翼を奪えばすべて終わる」

 去っていく天使の背に、オブリオの呪怨めいた言葉。それは誓か、それとも…。
 掲げ続けた刃は斜陽に翳り、輝きは鈍く。
 足元では、木枯らしが人々の不安と怖れを夜空に巻き上げていた―――。
 


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: ┌(┌ ^o^)┐・因幡 良子(ja8039)
 災禍祓う紅蓮の魔女・Erie Schwagerin(ja9642)
 ソウルこそが道標・命図 泣留男(jb4611)
 アツアツピッツァで笑顔を・オブリオ・M・ファンタズマ(jb7188)
重体: −
面白かった!:15人

撃退士・
法水 写楽(ja0581)

卒業 男 ナイトウォーカー
dear HERO・
青空・アルベール(ja0732)

大学部4年3組 男 インフィルトレイター
優しき魔法使い・
紅葉 公(ja2931)

大学部4年159組 女 ダアト
┌(┌ ^o^)┐・
因幡 良子(ja8039)

大学部6年300組 女 アストラルヴァンガード
災禍祓う紅蓮の魔女・
Erie Schwagerin(ja9642)

大学部2年1組 女 ダアト
騎士の刻印・
レイル=ティアリー(ja9968)

大学部3年92組 男 ディバインナイト
我が輩は王である・
ハッド(jb3000)

大学部3年23組 男 ナイトウォーカー
ソウルこそが道標・
命図 泣留男(jb4611)

大学部3年68組 男 アストラルヴァンガード
君との消えない思い出を・
藤井 雪彦(jb4731)

卒業 男 陰陽師
久遠の絆・
夜劔零(jb5326)

大学部3年230組 男 陰陽師
災禍塞ぐ白銀の騎士・
キイ・ローランド(jb5908)

高等部3年30組 男 ディバインナイト
アツアツピッツァで笑顔を・
オブリオ・M・ファンタズマ(jb7188)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプB