●不審者の依頼
空が闇に包まれ始めた頃。
偶然その場に居合せた卜部 紫亞(
ja0256)、久瀬 悠人(
jb0684)、鳳 静矢(
ja3856)の3人は、お願いしたいことがあるんですと、不審者に呼び止められた。
不審者は全身を黒い服に身を包み、サングラスとマスクで顔を隠している。怪しさMAXだが、たどたどしく語る姿に害意は見えない。
「つまり、ある人物を時任玲奈のライブに連れて行けばいいのか?」
黒ずくめの要領を得ない説明を、悠人がまとめ直す。
「ライブに連れて行くのは良いが…変な事をする訳ではないのだな?」
静矢が念を押すと、その人物に玲奈の歌を聞いてもらいたいだけだと、黒ずくめは答えた。
「まぁ、依頼として引き受けるのはいいけど…」
紫亞の反応に黒ずくめが色めき立ったところへ、紫亞が質問の嵐を浴びせかける。
「まずは連絡先を教えて頂戴。写真が手に入れば確認してもらいたいのだわ。
それと、その撃退士の特徴、性別、年代、いつごろ係わり合ったのか、その他諸々。分かる範囲でいいから宜しく。
ああ、それから連れて来た後はどうすればいいのかも教えて頂戴ね。
ステージまで上げるのか、見てもらうだけなのか。それから…」
次々と降り注ぐ問いに付いていけず、しどろもどろに答える黒ずくめ。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
なんとか一通りの回答を終えると、黒ずくめはそそくさと立ち去って行った。
「あれ、有名人の下手な変装かなんかか?」
闇に消える姿を見ながら、悠人が疑問を口にする。
「さぁ? 依頼主が有名人であろうとなかろうと関係無いのだわ」
紫亞が興味無しと、そっけなく返す。
「有用そうなのは『SOS』という情報くらいだな」
静矢の提案に従い、3人は分担して調査を進めることにした。
●護衛任務
「依頼内容は以上だ。くれぐれも宜しく頼む」
マネージャーは、後夜祭で時任玲奈の護衛任務に当たる者たちを見渡した。
頼もしさもあったが、玲奈に興味を示さない様子にこっそりと涙を流す。
「さっそく、護衛方法について詰めましょう。関係者の面通しは必要です」
パワーアーマーの下から純白のエクリシア(
jb0749)が提案する。
「会場の機材やスタッフ、それらの配置、緊急時の移動ルートも確認しないとね」
月村 霞(
jb1548)もチェックすべき案件を挙げていく。
「関係者とも打ち合わせした方がいいだろう。それと、マークすべき人物などがわかっていれば教えて欲しい」
乾 王牙(
jb1577)が追加の質問を投げかけた。
「敢えて言えば、学園に居るという玲奈ファンの同好会だろうか…」
問いに答えるマネージャーが脇では、玲奈が不安そうな表情を浮かべている。
「安心してくれ。命がけで守ろう」
久井 忠志(
ja9301)は彼女を気遣ったが、サングラスに黒スーツの姿と言う『いかにも』な姿に、彼女がおどおどする。
「あの、何かあっても、穏便に、お願いします…」
彼女の態度に軽いショックを受けながら、忠志も打ち合わせの場に混ざった。
「会場の下見も行っておこう」
ライブ会場での警備も彼らの役目だ。
『玲奈に指一本も触れさない』
そんな無茶な要求に応えるため、全員が真剣な顔で計画を立てていく。
「では、私は今話した通り、同好会を当たってみる。後は任せたぞ」
王牙のみ、別行動を取るため部屋から出ていった。
●掲示板の依頼
斡旋所の掲示板を何気なく眺めていた香澄(
ja6811)は、一枚の依頼書に目を止めた。
『告白の手伝い 急募』
「恋のお手伝いをして仕事になるなんて、とても素晴らしいわね」
香澄が目を輝かせると後ろから声が聞こえた。
「告白?」
「恋っていいもんだよな」
藍 星露(
ja5127)と臥雲 たつき(
jb2020)が、依頼書を覗き込む。
「人の助けを借りようとするのは、どうかと思うけど」
「何か事情があるのかもしれないね…」
たつきの呟きに、香澄がまだ見ぬ人物へのフォローを入れる。
まずは話だけでも聞いてみようと、香澄が電話をかけてみることにした。
ぐふふふ。
電話から漏れ出た声が聞こえた瞬間、星露の腕に鳥肌が立っていた。その直感は正しい。どこからともなく声が聞こえる。
「星露さん、どうかした?」
「う、ううん。なんでも…」
香澄は電話を切ると、2人に依頼内容を説明する。
意中の娘に告白するのだが、その際に立ち塞がる邪魔者を排除して欲しいと言うことであった。肝心の場所や相手については、当日まで明かすつもりはないらしい。
「おかしな依頼よね……」
3人は顔を見合わせる。
とは言え、結局依頼を受けることにした3人は、当日の集合場所と時間を決めるのだった。
●ライブに向けて
日は変わり、護衛組がマネージャーの元で、護衛内容について詰めている頃。
王牙は途方にくれていた。
彼は護衛に、玲奈のファンである同好会のメンバーを引き入れようと考えていた。護衛を強化しつつ、トラブルの懸念対象たちを監視下における。一石二鳥の案である。だが、事はそう上手く運ぶはずもなく…
「…と言うわけなんだ更に玲奈たんのデビュー時にも逸話があってだね…」
少しはメンバーに馴染もうと玲奈の話をふったが最後。切れ目のない話が延々と続いていた。
「しかも今回のライブでは玲奈たんが新曲を披露するらしいそれも我々撃退士に向けた曲だとかこんなに嬉しいことはないそうだこれは我々と玲奈たんを結ぶ絆なんだ」
「と、ところで、一つ提案があるんだが…」
話はともかく、人間的には無害そうだと判断した王牙は、わずかな話の隙をつき、強引に話を切り出す。
「チケット無しでもライブに参加できる方法があるとしたら?」
一瞬の間の後、話を聞こう、と会長が続きを促す。
王牙は促されるままに事情説明を始めた。しかし、彼はヲタ魂を甘く見ていたのかもしれない。
「自らの力でチケットを入手してこその真のファン! 人の手を借りてのライブ参加なんぞもっての他っ!」
話の途中で、突如会長が叫び出したのだ。
「握手できるとしてもか?」
「ぐっ!」
王牙の示した報酬に一部の者が動じたが、会長が再び鼓舞する。
「それも自力で勝ち取ってこそっ! 与えられた握手なんぞに価値はぬわぁいっ!」
会長の声に応えて、同好会メンバーが拳を天に突き上げる。
だが、君が護衛であるならば、我々も安心できるというものだ。共に玲奈たんを盛り上げようではないか!
―――数分後。
なぜか彼らと固い握手をかわした王牙が部室を後にした。
「要注意ということがわかっただけ、良しとするか…」
「ああ、こちらではこんな情報があったよ」
ライブ前日の夕方。
静矢は、悠人と電話にて調査結果を報告しあっていた。
電話を切り、手元のメモに目を落とす。
生徒会や職員室、各種データベースや資料、果ては学園外の撃退士についても調査したが、ここまで有力な情報は掴めていなかった。
そこに、紫亞からコールが入る。
「見つかったわよ。SOSの撃退士」
「ほんとか!?」
「ええ、写真は入手できなかったけれど」
紫亞から連絡先を教えてもらい、ペンを走らせる。これで裏付けが取れれば、後はライブに連れていくだけでよい。
「それじゃあ、あとは任せたわ」
最後に『SOS』の意味を伝えると、私の仕事は終わったとばかりに紫亞は電話を切ってしまった。
「さて。どうするか…。まずは悠人に連絡するか」
その悠人は、食堂で聞き込みを行っていた。
彼の友人達が気になる会話をしていたのを耳にしたためだ。
「ある者たちが何かを企んでいる」
厄介な事にならないように気を配っておいた方が良いだろう。
友人たちに、何か情報を掴んだら教えてほしいと伝えると、彼は静矢との待ち合わせ場所へと向かった。
「あとは対象の確認だな」
ライブ会場前にて、人探し組と告白サポート組が初めて顔を合わせた。
各々の事情を説明し、相互協力することで一致する。
当の助作は、ギトギトに固められた髪形を念入りにセットしていた。
その姿を見て、星露は先日の直感が正しかったことを改めて認識する。
「太ったくらいで人相がそこまで変わるなんて事、滅多に無いと思ってたけどね。うん、思ってたけどね」
事前に黒ずくめから聞いた面影など欠片もなく、悠人が思わず2回こぼす。
たつきは内心の嫌悪感を顔に出さないよう、懸命に無表情を装う他ない。
「君たち。今日は頼むよ」
サイズの合わない白いタキシードに身を包んだ助作が、意気揚々と歩き出した。
「私たちも行こうか」
静矢が全員に目で訴える。
―――何かあれば、全力でこいつを取り押さえるぞ。
その視線を一人見逃した香澄は、ガッツポーズを取っていた。
「恋が実るようにがんばらないと」
いよいよライブが始まる。
●熱狂ライブ
「父さんに付いてた時は助手程度の仕事だけだったし…頑張らないと」
袖では、スーツを正しながら霞がやや気負い気味な表情を見せていた。
「打ち合わせ通りに頑張りましょう」
そんな霞に、暗視ゴーグルを装備したエクリシアが声をかける。
エクリシアが普段装備している装甲は、マネキンに着せ、護衛と見せかけていた。微動だにしないメカメカしい姿はかなり威圧感がある。
護衛組が配置につくと、ついに玲奈がステージ上に姿を現した。
「みんな! 今日はありがとー!」
特にアクシデントもなく、ライブはすこぶる順調に進んでいく。
「ライブって賑やかすぎて苦手だ…」
悠人がつまらなそうに会場を眺める。
一方で、たつきは歌に聞き惚れてリズム取っていた。
「歌ってどんな時でも支えてくれるもんな。かっけーや」
その横では、助作が歌も聞かずにブツブツと告白の練習をしている。
(告白は上手くいかない可能性が大きいだろうなぁ……)
その姿に、星露が不安を覚えた。告白に失敗しとき、もし助作が暴走したら……。
そんな心配をよそに、香澄は助作へ声援を送る。
「もうそろそろだよ。がんばってね!」
「次がラストの曲になります」
いよいよクライマックスだ。会場中の人間が気合を入れ直す。
(一体どこにいるのかしら)
玲奈は静矢と悠人の姿を確認してはいたが、隣に立っている助作に気付いていない。と言うか、風景の一部と見なしていた。
「それでは聞いてください。『あなたに向けるSOS』」
玲奈が最後の曲を歌い出すと、同好会メンバーの目の色が変わり始める。
こ、これが…我々のために作られた曲…はぁはぁ…これがーっ! 俺のために作られた曲ぅ!
「あの眼はやばいぞ!」
彼らと少なからず交流を持った王牙が、いち早く異変を察知して召喚獣を呼び出す。
うぉーー! どけぇーー!
彼らの暴走によって、会場が一気に混沌と化した。
護衛者たちは一斉に玲奈の前に立ち塞がり、暴走者たちを押し留めにかかる。
「次、死にたい奴、前に出ろ」
気絶させた者を足元に転がしながら、忠志がタウントを発動する。
「騒ぎを起こすというのなら、こちらも容赦はせん!」
引き寄せられた視線に向かって、目と威圧感で暴走した感情を殺しにかかる。
エクリシアは玲奈を守るように傍に立ち、回避射撃をしながら牽制する。
玲奈を挟んで反対側では、霞が次々と乱入者を投げ飛ばしていた。
しかし、同好会メンバーたちもそう簡単に諦めず、ゾンビの様に復活しては突撃してくる。
一方、その頃。
紫亞がふと思い立ち、玲奈と助作の恋愛運を占っていた。
「……ああ。予想通りとしか言いようがないのだわ」
●告白でSOS!
護衛陣と同好会の一進一退の攻防が繰り広げられる中、告白サポート部隊が動き出した。
星露が雷打蹴で自身に注目を引き寄せ、たつきが馬跳びで跳ね回り、さらに混乱を煽る。
「お、重い…」
その隙をつき、香澄が押し上げ、なんとか助作をステージに上げる。
「玲奈たん、お待たせ。俺がキミの探していた撃退士さ」
予想に反した人物の登場に、玲奈が助けを求めるように静矢と悠人へ視線を向ける。
二人は顔を見合わせた後、玲奈に向かって頷いた。
――それが、玲奈さんの探し人だ。
玲奈が引きつった顔で、ゆっくりと首を振る。
「大丈夫。恥ずかしがらないで」
その途端、いつも以上に脂汗を滴らせた助作が輝きだす。しかも無駄に美しく。
「あれって、ひょっとして『星の輝き』?」
星露の脳裏に、スキルの一つが思い浮かぶ。
助作はそのまま跪くと、輝くバラの花束を差し出した。
展開に付いていけず、脱力した玲奈がふらふらと前へ歩み出てしまう。
咄嗟に、霞とエクシリアが二人の間に入った。
「邪魔をするなぁっ!」
助作が怒りの声をあげる。そこへ、星露とたつきが助作の前に立ちはだかる。
「SOSの意味は『スーパー・臆病な・助作』なのよね」
「その称号も内輪で付けられたもんなんだろ?」
紫亞が入手した称号の意味が明かされ、助作は固まっていた。
「悪魔退治も、本当は支援部隊のそのまた補佐だったんですよね」
次々と事実を暴露され、狼狽え始める助作。そして、ガラガラと崩れていく玲奈の中の理想像。
「これがお前の憧れていた撃退士だ!」
とどめとばかりに、マネージャーが助作を指差し、ハッキリと言い切った。
「や、やめろぉーーっ!!」
追い詰められた助作が、涙と鼻水を垂らしながら、玲奈に向かってルパンダイブを敢行する。
「い、いやーーっ!!」
「告白は応援すっけど、マナーくらい守れやぁ!」
たつきの一撃で助作が天井に突き刺さり、会場には玲奈の人生で一番のシャウトが響き渡るのであった…
●恋と祭りの終わり
十分後。
多くの人が文化祭の余韻に浸っている校庭の片隅に、ライブから逃げ出した一同の姿があった。
予め避難ルートを幾つか用意していたのが功を奏し、無事に会場から脱出することができたのであった。
すまない。落ち着いたところで、マネージャーが全員に頭を下げる。
「今回は色々と迷惑をかけた。玲奈や助作からの依頼については、代わりに私の方から迷惑料を出そう」
ベンチでは、玲奈がショックの余り真っ白に燃え尽きている。
「まだ玲奈たんは学内にいるはずだ! とつげーきっ!」
「とつげーきっ!」
口から魂が抜け出た茫然自失の姿に、同好会メンバーたちすら玲奈と気付かず、脇を駆け抜けていく。
「まぁ、今はあんなだが、すぐにショックから立ち直るだろう…たぶん」
その頃。
ライブ会場に転がる助作を必死にフォローする香澄の姿があった。
彼の周囲は、滂沱の涙に溢れている。
「時任さんだけが女性じゃないし、きっとこれからいい出会いがあるよ」
こんな男にも優しい言葉をかける娘がいるなんて、世の中まだまだ捨てたものではない。
「だ、だからもっと自分を魅力的にするために、外見にも気をつかってみたらどうかな」
そんな彼女の励ましが耳に届いているのかいないのか。
「れ、れなたーーん!」
一足早い木枯らしが、どこからともなく彼にだけ吹き付けた。
来年は良い後夜祭でありますように。