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見上げた蒼いキャンバスに身を溶け込ませ、優雅に舞う三本足の黒烏。
女教師が名付けたその名は神の使いや太陽の化身として伝えられし、神話の中の存在の一つ。
―――ヤタガラス。
見据えた滑走路の上で霞み、揺らいでは、静寂に踊る黒き獣。
女教師の表現通り、その身にぼんやりと湛える光が想起させるのは、柔らかな燈りを包む黒御影。
―――燈狼。
その身をハッキリと捉えさせることの無い二種のサーバント。それらを視界に捉えながら、オブリオ・M・ファンタズマ(
jb7188)は先日の仙台襲撃を思い出していた。
「この間は仙台、今度は秋田……東北に何が起こっているんです?」
サーバントの襲撃など、この世界では珍しいことでもない。けれど敵の種類も場所も違う二つの襲撃に、彼女は何かを感じ取る。
「……何か目的があるのでしょうか?」
「敵の目的? 決まってるでしょ、秋田美人だ!」
オブリオの疑問に、冗談とも本気ともつかない答えを返したのは因幡 良子(
ja8039)。戦闘前に軽口を飛ばすのは彼女の性分だ。
「と・言・う・わ・け・で、秋田はバッチリ私達が守っちゃうんだぜ!」
某教師の口調を真似る顔はどこまでも明るく。いつでも絶やさぬ笑顔は彼女の武器の一つだろう。とは言え、状況自体はそれほど楽観視できるものでは無い。
「詳細が分からねぇ敵に時間制限付きか…厄介だな」
「ばらまいたのはどこの誰か知らないけど、配置の仕方からして無能じゃないね」
ライアー・ハングマン(
jb2704)が時計を確認して眉根を寄せれば、ユーリヤ(
jb7384)が面倒くさそうな声をあげて空を見上げる。輸送機が着陸態勢に入るまで残りは10分ほど。その間に、数も能力もハッキリしない未知の敵を排除する必要があった。
「中々ハードなシチュじゃないっすか。燃えてきますね!」
「烏と狼か〜…天使の使いだし、戦いを楽しめそうだね〜」
それでも天羽 伊都(
jb2199)やハウンド(
jb4974)の顔には焦りや不安は無い。如何にこの状況を攻略してやろうかと思案する伊都の姿は楽しそうですらあり、敵の姿を間近に捉えようとハウンドは興味深そうに愛用のカメラを覗きこんでいた。
今わかることと言えば『視認し難い』。ただそれだけ。だからこそ時間が無くとも可能な限りの情報収集を行い、可能性を追及しておくことは重要だ。短い時間の中で、入手した情報を元に撃退士たちは様々な仮説を並べる。
(見えぬ相手との戦い…少し危険ではあるが…己の命を投げるわけではないが…飛び込むしかないか…)
正面からの正攻法を得意とする不動神 武尊(
jb2605)にとって、この手の敵は相性が良いとは言えない。だが、抱いた危惧は内より湧き出た怒りで塗り潰され、強い破壊衝動へと変貌していく。
ひゅうぅぅぅ…。
不意に滑走路を吹き抜けた一陣の風。周囲を包む一瞬の沈黙と緊張感。
「秋田美人、……いい響きだよね」
呼吸するように洩れた呟き。
まるで良子の言葉に反応したかのように、サーバントたちが一斉に動き出した。
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地と空、それぞれの敵との距離は30mほど。最初こそ動き出した様に思えたサーバントたちだが、こちらに迫ってくる様子は無く、迎撃態勢で撃退士たちを待ち構えていた。
「空の方はのさばってると鬱陶しいからさっさと片付けよう」
空を見上げたままユーリヤがストレイシオンを召喚。態度こそ天性の面倒くさがりを体現し続けているだったが、引き受けた以上は真面目に依頼を解決すべく、空に蔓延る敵を早々に対処する為に動き出す。だが、ストレイシオンは翼を持てど、飛行能力を持たない。それを思い出した彼女は逡巡。ヤタガラスの殲滅を仲間に託すと、自らの標的を燈狼へと切り替えた。
「地均しはしておいてやる。さっさと烏共を片付けろ」
それに続き、武尊がティアマット『天獄竜』を召喚。強い連携を示すティアマットを模した装甲を胸に浮かび上がらせ、破壊衝動を帯びた双眸を燈狼へと向ける。確かに輸送機のことを考えればヤタガラスたちは脅威だろう。だが、滑走路に脅威が残っていれば着陸は不可能。どちらの敵も確実に排除する必要がある。
「遠距離攻撃があるかもだ!」
多くの敵を視界に収めようと後衛に位置取りながら、良子が燈狼たちの挙動に目を凝らす。その傍では、良子を護るナイトの如く漆黒の獅子がライフルを構えた。
「狼の能力はおそらく分裂系っす」
光纏によって黒色へと変化した甲冑の中から伊都が注意を喚起する。仲間同士で視認できる燈狼の数を確認した際、あまりバラつきが生じなかったことから幻視系ではないと判断した為だ。
一方、闇の翼を広げて空中へと向かったのは3人の悪魔。
視認できる二体のヤタガラスへと迫りながら、ライアーはここまで観察して得た情報から、ハウンドは事前にスマホで調べた情報から、各々敵の能力を推察した。
「潜行、もしくはアカシックの蜃気楼みたいなもんかね? 光を操作する幻視系な感じではあるな」
「神話の中には、ヤタガラス=火の鳥、太陽の化身って考え方もあるんだって。だから見えにくいのは陽炎の可能性かも?」
ナイトビジョン?を装備したハウンドが視界の中に不審な点を探す。けれど特に異変は見つけることはできない。
その間にオブリオは別方向から敵のやや下方へと接近、射程距離へと踏み込むや否や、和弓『残月』を構えた。
「人々を守る為にも戦わなくちゃいけないのです。戦わなくちゃ…そう、戦わなくちゃ……」
平和を愛するはずの瞳が無意識のうちに冷たさを帯び、その手が躊躇い無く矢を番える。狙い定めた一撃。だが、矢を放つ瞬間にヤタガラスが反応。一瞬でその身を空へと溶け込ませると、標的を見失った矢が空の向こう側へと吸い込まれた。
「消えたのです!?」
姿が見えていれば動きに合わせて射線を補正もできる。しかし撃つ間際という絶妙のタイミングで消えられては補正使用が無い。ならばと、ライアーは姿を見せたままの残る一匹目がけてオンスロートを発動した。
「視認し難くとも、姿を消そうとも、逃げ場がなけりゃどうにもなるまい!」
やはり攻撃の瞬間に姿を消したヤタガラスだったが、今度は範囲攻撃。しかも、ライアーのアウルは悪魔としてもかなり強く冥魔の力を帯びており、サーバントに対して絶大な効果を発揮する。
果たして狙い通り。現れた無数の影刃は範囲内に潜んでいたヤタガラスを見事に捕捉。凄絶に切り刻んでは一撃で絶命させると、その身を地上へと叩き落とした。更にもう一体。その攻撃は姿を隠していた別の一匹をも巻き込んでいた。
「見つけたぁっ!」
影刃によってズタズタにされ、姿を現した敵に闘気解放を終えたばかりのハウンドが反応。姿を消そうとするヤタガラスとの距離を一気に詰めると、紫炎を帯びた阿修羅曼珠を刹那の速さで横に薙いだ。
振り抜いたハウンドの手に残るのは確かな手応え。姿は消せても、刃を躱す暇などなかったのだろう。一瞬の後、ヤタガラスが地に落ちる姿を晒す。
まずは二体のヤタガラスを沈めた。だが少なくとももう一体、姿を消した個体がいることがわかっている。無論、他にも潜んでいる可能性はある。
「まったく…時間がねぇってのに、厄介な」
ライアーが首を巡らせ、敵の痕跡を探す。輸送機の着陸まで、残り時間は5分を切っていた。
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「視認しづらくなるってだけならまだ楽なんだけど、そうじゃないと…ウザい」
ストレイシオンに指示を飛ばしながら、ユーリヤが一際面倒そうに溜息をついた。それもそのはず。攻撃が思うように当たらない。今もまた、ストレイシオンが対峙する燈狼へと攻撃を仕掛けるが、何の手応えも無く燈狼が霧散した。
ここまでで判明した燈狼の能力は二種類。陽炎の如く身の周りを揺らがせ、視認しづらくさせると共に回避能力を上げる能力。そして自らの幻影を生み出す能力。
予め分裂系能力と想定して動いていた為、幻影自体に翻弄されることはなかったが、厄介なのは幻影にも陽炎が付与されること。それが故に、実体と幻影の見分けがつきにくく、確実に実体を狙うことが難しくなっていた。
「どうにか見極めないと不味いっすね」
守勢に回っていた伊都がストレイシオンの背後に回った燈狼目がけてスマッシュを発動。今度は辛うじて実体を捉え、滅影で冥魔属性へと傾けたアウルで燈狼の一体を貫き倒す。だが、キープレイで引き延ばした効果も同時に切れてしまう。
「もいっかい、試してみるよ!」
続いて良子が燈狼たちの中へ飛び込むと、最後のシールゾーンを発動。スキルを封じる魔法陣が展開するも、すでに生み出された幻影たちは消えることはない。幻影の防御力を突き破れなければ、幻影そのものを消すこともできないらしい。
「ウザすぎる…」
ユーリヤの顔がますます曇る。そんな状況の中、武尊に命を下された天獄竜は敵の能力など意に介すことなく暴れていた。
「潰せ・壊せ・破壊せよ」。
腕を叩きつけ、脚を蹴り上げ、尻尾で薙ぎ払い、頭突きやタックルで正面からぶつかる。もはや幻影も実体も関係無い。味方すら襲いかからんとする凶暴な気性で、無数の牙や爪と交錯し続けている。
「止めを刺す役割は…お前か」
主である武尊は天獄竜の背を狙う敵をバルバドスボウで狙撃。遠距離から援護射撃で自らの召喚獣をフォローする。
だが、最前衛で派手に戦う天獄竜に襲いかかる燈狼は多い。大半の燈狼を引きつけていると言っていい状況だ。幸いなことは燈狼自体の攻撃力はそれほど高くないことだろう。それでも天獄竜の体力はじりじりと削られていく。そして、それは召喚獣と生命力を共有する武尊にも同じ事が言えた。
「ストレイシオン、本領発揮の時間だよ」
天獄竜と武尊が敵の囲みを払いきれなくなったところで、ユーリヤがストレイシオンに<防御効果>の使用を指示。攻撃の波を押さえた隙に、良子がライトヒールを武尊にかける。
「フン、余計なことを…」
癒しの力に包まれながら、武尊は傲岸不遜な態度でボルケーノを発動。天獄竜は怒号を上げると囲む燈狼たちを一気に吹き飛ばした。そこへスキルを換装した伊都が挑発を使用して、燈狼たちの一部を自分へと引きつける。
「ここからは僕も加勢するっすよ」
敵の数は減っているものの実体はあとどれくらいいるのか。終わりが見えない中、地上班4人は奮戦し続ける―――。
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その頃、空中班の3人は苦戦していた。と言っても、負傷しているわけではない。戦闘開始直後こそ順調に撃破したヤタガラスを、その後はただの一度も捉えることができていない為だ。
姿は見えない。だが確実に『そこにいる』ことはわかる。
「こうなりゃ、居そうな所にぶちかますしかあるまい!」
そう言って放たれたライアーのオンスロートは外れ、オブリオが太陽の逆光でシルエットを炙り出そうとしてみるも、やはりその姿を見つけることはできなかった。
撃退士と天魔の戦いが小規模な場合、長時間に及ぶことは少ない。だが、姿を消した存在と対峙し続けるのはその限りではない。
「こうなったら、これを使うしか…」
ハウンドが身体にくくり付けた缶を手に取り、オブリオもそれに倣う。それらは敵の能力を見極める為に用意したペンキ。火急の依頼であったが為、必要としていたよりはずっと少ない量しか確保できていない。
それでも無いよりはマシだと撃退士たちは缶を上空へと投げると、ライアーがレヴィアタンの鎖鞭でそれらを攻撃。缶は破裂し、ペンキが周囲へと飛散した。
途端、撃退士たちの眼が宙に浮かぶペンキの滴を捉える。それらから2体のヤタガラスの位置を補足すると、3人は間髪いれずに攻撃。
「下にもお迎えはいるぜ? 落ちてみろや!」
ライアーが闇色に染まる逆十字架でヤタガラスを叩き潰せば、残る一匹にオブリオとハウンドが同時に斬りかかる。
「俺より高く飛ぶのは許さないよ? だから落っこちな!」
「これで――――堕ちるのです」
サンダーブレードと阿修羅曼珠の叩きつけるような一撃はヤタガラスの意識を奪い、その身を地上へと墜落させた。
(掃除は…大変そうだけど……これで狼の数も数が分かるようになれば…)
ヤタガラスを撃破し地上へと向かうハウンドの眼に映るペンキに染まった滑走路。やはり量は少なく、燈狼たちの持つ灯りまでを阻害するまでには至らない。それでもペンキを踏んだ実体は足跡つけ、幻影との見分けが可能となった。
「あとは陽炎に惑わされなければ怖いもの無しです!」
伊都が引き続き挑発の効果で敵を引き寄せ、そこへ良子がコメットを撃ち込む。重圧効果で燈狼たちの動きが鈍ったところへ、ユーリヤのストレイシオンと武尊の天獄竜が突撃。
「ここで散り果てるがいいのです。お前達にはこの地の人々を蹂躙させる権利など与えないのです」
「こんな場所からですまんが食らってくれや」
オブリオは前衛に加わるとサンダーブレードによる攻撃で麻痺を与え、移動を封じる。そこへライアーが上空からクレセントサイスで攻撃。敵の命を確実に刈り取った。その間に、ハウンドは敵の後方へと回り込んでは逃亡を阻止しようと動く。
相手の位置がわかれば戦い慣れた撃退士たちだ。対処は早い。程なくして、ペンキの影響を受けなかった数体の逃亡を許すものの、撃退士たちは滑走路から天魔を追い払うことに成功。武尊は遠く逃亡した燈狼たちの更に向こう、遥か彼方に居るはずの存在を睨みつけるのだった。
「様子見など無駄だ。さっさと出てきたらどうだ、天使?」
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「…やられたか。対応が早いじゃないか、撃退士」
従者たちの反応消失に、少年天使がわざとらしく驚いてみせる。冥魔を退けた事実を考えれば、むしろ当然。これくらいでなければ面白味はない。
「ここから先は任せたからな、ヴィルギニア」
敬愛する上官の言葉。それを心に刻みながら、副官に任命されたばかりの女性が恭しく頭を下げる。
「すべてはトビト様の為に」
そう、すべてを捧げる。
忠誠も。勝利も。命も。そして目指すべきあの場所も。あなたの願うすべてを―――。
「面倒くさい相手だった…」
日陰に座り込んでユーリヤがゲームを始める頃、輸送機が無事に滑走路へ着陸。敵の幾体は逃したものの、撃退士たちは当初の目的を果たすことができたのだった。
忘れないうちにまとめてしまおうと、良子が敵の情報を書き起こしては、伊都、ライアーもそれに加わる。
それが一段落する頃、ハウンドが記念撮影を提案。
「皆で仲良く撮るのです」
と、賛同したオブリオが皆を輸送機の前に集めていく。
「お腹空いたし、秋田名物きりたんぽ食べに行きたい」
シャッターが切られるのを待ちんがら、空腹を訴える良子のテンションは戦闘前と変わることなく。
「ハッ! まさか敵の狙いはきりたんぽ!」
食欲の秋はそろそろ終わりを迎え、冷たく、厳しい冬が差し迫っていた。