●参加選手
雲ひとつない青空は残暑の陽射しに満ち、一方で程よく吹く佐渡の風は秋の訪れが近いことを教えてくれる。
開催決定から僅か一週間あまり。ワイワイと賑わう浜辺は、参加する撃退士や応援する町の人たちに溢れていた。
「皆、元気そうで何より」
「みんな久しぶり!」
一際賑やかな輪の中では、紫鷹(
jb0224)と常葉奏が和やかに町の人たちと談笑している。
二人は佐渡に平穏をもたらした英雄。前人気も知名度も佐渡では一際高く、早速TV局の者が二人にカメラを向ける。大会の様子は用意された数台のTVカメラによって、後日ローカル番組として放送される予定なのだ。
と言うわけで、まずは開会式の様子をカメラ目線で覗いてみよう。
最初にカメラが捉えたのは、地域振興の為に駆り出された20人ほどの撃退署の男たち…ではなく、ひと際目を引く男、マクセル・オールウェル(
jb2672)。
「トライアスロンであるか……ふむ、これは我輩の全力の出しどころであるな!」
サイドチェストから始まった筋肉祭りに、無意味に燦然と輝く神々しいオーラ。そして、トドメの裸褌にウサ耳カチューシャが彼のすべてを物語っている。
「活目して見るが良いのである!」
暑い太陽の下、色々な意味で映える肉体美に観客の一割ほどが卒倒した。
そして、目を引くという意味では、もう一人。
「完走できるように、がんばろうねっ」
奏に親近感を抱き、バナナオレを差し出した水無月 ヒロ(
jb5185)だ。
「あ、ありがと…う?」
だが、奏は明らかに反応に困っている。なぜなら眼前に現れたのは、イカ。おそらく、イカ。だぶん、イカ。
頭に佐渡名物の『おけさ』を被り、体は発泡スチロールを着込んでいる。そして、その表面に油性マジックで描かれた絵が「ボクはイカなんだ」と訴えていた。
エントリー名は『イカけっさー』。中の当人曰く、佐渡のゆるキャラを狙ったらしい。その想い、叶うように願っておきます。
ところで、暑さが苦手な一月=K=レンギン(
jb6849)はすでにグロッキー寸前だったりする。
「暑い熱い暑い熱い…」
何故だか黒いセーラー服を着用していた彼女も一応参加選手。だが、一月は熱さに耐えきれず、突然服を脱ぎ捨てると、水着一枚へと返信する。ちなみに、下に着ていたのはスクール水着姿。そのセンスに、一部の男たちから注がれる熱い視線。
だが、男たちの視線を集めるのは彼女だけではない。小麦色の肌と白のホルタ―ネックビキニのコントラストが一際映えるソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)もまたその一人。
「流石に専用のウェアはすぐに用意するの難しいしね。ある分で上手くやろう」
そんなことを言いつつも、着慣れた水着や自分に合ったゴーグルやウェアを用意してきた辺り、大会への意気込みが感じられる。開会式でルールや妨害に関する説明がされる中に、コースチェックにも余念がない。
その傍らでは、入念に柔軟を行う高虎 寧(
ja0416)の姿。ライトブルーのタンクトップに短パン姿と言う健康美もさることながら、メガネをかけているという点で一部層の人気を集めていた。
「これは訓練として考えてみれば効果的なのかもね」
スポーツマンシップに則るという説明の件で、寧は【水面歩行】を自ら禁じていた。
「常に使える状況になるとも限らないしね」
代わりに活性化したのは【移動力上昇】。常に有効なパッシブスキルを活性化させる辺り、渋い選択である。
一方、大会そのものをよく理解しないまま、選手に名を連ねたのは蓮城 真緋呂(
jb6120)。
「トライアスロンって…何だっけ…」
青のビキニが細身にEカップなスタイルを際立たせ、男たちの注目度は最も高い。その後、説明をすべて聞いて、漸く大会趣旨を理解できたらしい。
「とりま、優勝は出来なくても完走はしたいし、大会を盛り上げて佐渡の人達に喜んでもらいたいわね」
大丈夫。華やかな女性陣たちの姿に、既に大いに喜ばれています。主に男たちに。
そんな方向性の違う盛り上がり方を見せる中、紫鷹はこめかみを抑えて呻いていた。
「トライアスロン大会、なんだ…よな?」
雰囲気は元より、大会の説明を聞いて色々葛藤しているらしい。
「…うん、頑張ろうか。奏さん」
やがて何かを諦めたように、晴れやかな顔で紫鷹は空を仰いだ。
何はともあれ、いよいよ撃退士によるトライアスロン大会、今ここに開幕である!
●水泳
パーン!
スタートの合図に合わせ、一斉に撃退士たちが海に向かって走り出した。まずは近くの小島まで往復する水泳だ。
上空では、翼を広げた天使や悪魔の撃退士たちがライフルを手に選手たちを待ち構えていた。息継ぎで海面から頭を出したところを狙い撃ちにするつもりである。
そんな中、開始早々頭一つ抜け出したのは紫鷹。
「おねーちゃん、すごーい!」「おぉ! さすが、撃退士!」
のっけから一般人離れした力を目にして、観戦者たちから歓声があがる。
それもそのはず。彼女は水泳競技にも関わらず【水面歩行】を発動。海の上を一気に駆け抜けていたのだ。
当然の如く、妨害役の撃退士たちはこれに反応。紫鷹の足止めをしようと集中砲火を放つ。
紫鷹はスライディングやバック転を駆使して回避を試みつつ、ある目的に則って海面を駆け続けた。
「ここは私が引き受ける」
つまり、他の選手たちが真っ当なトライアスロンを出来るよう、わざと目立って妨害者たちの注意を引いていたのである。事実、彼女の狙い通り他選手たちへの妨害は少なく、順調にレースは進んでいた。
先頭集団に目を移せば、下半身まで出る程大きく腕を掻くバタフライで、文字通り海上を飛び跳ねるマクセルの姿。「体力温存? 知らぬな、そのような言葉は!」
バタフライは平泳ぎよりも体力を使わない…とはスタート前の彼の言葉だが、見ているだけで疲れそうなのは気のせいだろうか。
規則正しいリズムで豪快な飛沫をあげながら、時折放たれる銃弾を避けようともせず、自慢の肉体で受け、耐え、ただひたすらに猛進していく様に観客たちの歓声が飛ぶ。
それを少し離れた所から追うのはソフィア。
「飛ばし過ぎると後が大変だから、配分をしっかりしないとね」
彼女は数少ない狙撃の手からも逃れるよう、泳ぎながら息継ぎのタイミングを微妙にずらす。更に狙われた銃弾はウィンドウォールで弾道を逸らすことで、ソフィアはノーダメージのまま着実かつ堅実な泳いでいく。
そこから少し離れたところでは、寧と真緋呂の二人が潜水で進んでいた。
やはり狙撃されぬよう息継ぎを一瞬で終わらせる真緋呂の姿に、画にならないと嘆くカメラマン。
「自転車で頑張るから見逃して頂戴」
だが、真緋呂はまだいい方だ。寧に至っては得意の隠密と【遁甲の術】を駆使した結果、狙撃手やカメラマンたちから、いつの間にか存在すら忘れられていた!
「鬼道忍軍の本領発揮よね」
一度も狙撃されることなく進む寧に続き、奏や大波などが後ろに控えていた。やがて、次々と折り返し地点を回り始める選手たち。
その頃、かなり後方では…、
「く、くそっ! 私も飛べさえすれば…ごぼぼ!」
「さ、佐渡の振興の為に…!」
一月とイカけっさーことヒロが半分溺れるようにもがいていた。
翼を広げれば大鴉の如き悪魔の一月も、翼が使えなければ唯のカナヅチということでかなり苦戦していた。犬掻きにしか見えない(本人曰く)平泳ぎで必死に泳いでいる。
一方、ヒロは発泡スチロールで体の大部分が浮いてしまい、泳ぐどころではない。必死でバタ足をするものの、波にさらわれあっちにいったり、こっちにいったり。波間に浮かぶおけさを見ながら、観客たちに遭難しないか心配されているのであった……。
●自転車
カメラを先頭集団に戻せば、すでに次の種目、自転車に移っていた。
「全力でペダルを踏むのみよぉ!」
水泳を終え、真っ先にコースへ飛び出したのは褌一丁なので着替える必要のないマクセル。紫鷹が攻撃を引きつけてくれたお陰で、何度か被弾したもののここまでのダメージも思いの外少ない。
トップを進むが故に、道の脇からダアトを中心としたBS攻撃による妨害が飛び交うが、マクセルはパンプアップされた筋肉オブ筋肉で、束縛などの効果を無理矢理引き千切っては前へ前へと驀進してゆく。
その後を追うのはソフィア。濡れたまま着替える練習をしていた甲斐あって、他の選手たちが着替えでロスする間に二番手へと躍り出ていた。
「悪いけど、遠慮はしないよ」
ソフィアは高い抵抗力を活かしつつ、 Catene di fioriやスリープミストで妨害たちに応戦しては、強行突破で突き進む。
そんな二人の後に続くは、大波率いる撃退署の精鋭集団。そして、その中に気配を紛らわせた寧。
寧は再び隠密と【遁甲の術】のダブルコンボを炸裂させると、唯一BS攻撃を受けないままに、参加者中トップの移動力でじわじわと順位を上げていく。
「背中、見えたわね」
一方、ここまで妨害を引きつけていた紫鷹は、子供たちの声援で疲れを吹き飛ばすと、颯爽と自転車に飛び乗った。
「期待を裏切るわけにはいかないから、な」
上空に放った火遁・火蛇で子供たちの想いに応えると、疾走を開始する。
こうして選手たちが続々と自転車へ飛び乗る中、真緋呂はスカートの裾をつまみ、ミニスカニーソのメイド服をカメラに向かってアピールしていた。
「いって参ります。ご主人様」
とは言え、走り始めればBS攻撃を【風の烙印】で見切り、ママチャリスタントで撃退士らしく激走。ちらちらと跳ね回るスカートの裾も気にせず、本気の走りを見せつける。
だが、そんな彼女に、プロデューサーにお金を積まれた妨害者たちが集中砲火。
「…くっ、全部はかわしきれない…きゃあ!?」
全部は避けきれず麻痺したところへTVカメラが迫っていく。汚いな、さすが大人は汚い。
「が、頑張れ真緋呂! 前に進むのっ、ゴールにご主人様が待ってるわ!」
だが、そんな状況にノリノリな真緋呂。笑顔絶やさず、サービス精神旺盛に対応している。
その頃。かなり遅れて、一月が漸く陸に辿り着いていた。
「はぁ…はぁ…飛べない事がこんなに不便だとは…」
スクール水着で息も絶え絶え。これまたニッチな需要がありそうな光景である。疲れ果てた一月はそのまま着替えることも忘れて、ふらふらと自転車へ。根性入れて何とかペダルを漕ぎ始めた彼女の背後へ、TVカメラが静かに忍び寄っていった…。
そう言えば一名忘れている様な…。
「はぁ…はぁ…幻想を壊さない為にも…ボクはがんばるよ!」
沖を見れば、イカけっさーに扮したヒロはまだ波間に飲まれ、必死にもがいていた。
とは言え、そろそろ助けた方がよいのだろうかと上空に浮かぶ撃退士たちが相談し始めている。助けが入る前に陸に辿り着けるのか。
がんばれー! イカけっさー!
ほら、子供たちも応援しているよ!
●マラソン
トライアスロン最後の種目は、ほぼ暗闇の鉱山の中を走るハーフマラソン。支道も多く、注意しないと迷いやすい上、暗闇に紛れて撃退士たちが襲ってくるという極悪コースである。
最初に坑道へと飛び込んだのは、水泳からここまで一度も妨害されることなく辿り着いた寧。感知と隠密を駆使して、妨害者の気配を察知する。
だがしかし。
ゴンッ!
「いたっ!?」
寧はナイトゴーグルを借りるのを忘れてた為、暗闇の中を思うように走ることができず、妨害への反応がワンテンポ遅れてしまう。これさえなければ優勝を狙えただけに非常に惜しい。
その隙に、背後から追い縋るマクセルとソフィア。寧以外の選手は、ナイトゴーグルをしっかり装備済みだ。
「さあてこれが最終、最後まで気を抜かずに頑張るよ」
コースを暗記していたソフィアが迷うことなく快調に足を進む一方、マクセルはと言えば…、
「む、風はこちらから流れてきているのである」
唾つけた指を掲げて道を辿っていた。その原始的なやり方は、別に決して頭まで筋肉だからではない。迷ってなんか…いないんだよ?
一方、その頃。
波間に消えかけたヒロであるイカけっさーは、遂に天使の撃退士に救出され、浜辺で寝込んでいた。
「佐渡名物に、中の人なんていないんだ」
彼が寝込む前に残した言葉を尊重し、彼は衣装のままに寝せられている。
やがて彼が目を覚ますと、発泡スチロールにおけさを被るった状態と言う悪条件の中、最後まで佐渡の為にと奮闘していた姿に、観客からは惜しみない拍手が送られるのだった。
そして鉱山では、坑道に入るや否やいい笑みを浮かべた真緋呂が反撃を開始していた。
「ネ○ュラチェーン!」
アイスウィップを自らの周りで回しては、妨害者たちの攻撃を防御、迎撃を繰り返す。
「真緋呂、いっきまーす!」
最後は【磁場形成】で速度UPしてのラストスパート。
また、紫鷹も妨害行為に容赦なく対抗。壁走りで駆けつつ、すれ違いざまにラリアットを当てては妨害者を吹き飛ばしていた。
「おっと、すまない。ちゃんとしたトライアスロンにする為だ、許せ」
カメラ視線で、にこやかにサムズアップである。
「ま、負けてたまるか…ぐぬぬ」
一方、気合いと根性で坑道まで辿り着いた一月も坑道へ突入。こちらは、受身や物理回避上昇スキルを駆使して妨害者の攻撃を躱しつつ、着実に前へ。ところで、未だにスクール水着のままということに気づいていない様だ。
そして、レースはついにゴールを迎える。
●ゴールして。
「優秀者は、ソフィア・ヴァレッティ選手!!」
結局、各種目通してペースを守り続けたソフィアが手堅く優勝を果たした。表彰を受けるソフィアの姿を前に、がっくりと膝をつくマクセル。
「まだ鍛え方が足りなかったのである……」
マクセルはその悔しさをペンに乗せ、佐渡に伝わる巡回ノートに文字を書きなぐった。
『我輩参上である! 困った事があらばいつでも我輩に、久遠ヶ原に連絡するが良いのである!』
それを見た大会参加者たちも、今日の記念にと次々と言葉が書き加えていく。
「何とか完走できた…な。皆お疲れ様、だ」
紫鷹は走り終えた者たちをねぎらって回り、真緋呂はメイド服姿のまま参加者たちにジュースを注いで回っている。
浜辺の一角では、全力を尽くした爽快感に包まれながら寧が佐渡の浜辺で眠りこけていた。
「全力活躍した処で寝るのは気持ちいいかも‥‥Zzz‥‥」
その隣では満身創痍の一月がぐったりとグロッキー中。
「…真剣に禁煙を考えた…」
ちなみに、彼女は未だにスクール水着(ry
そしてヒロは奏とジュースで乾杯しつつ、動物好きという共通点で意気投合。ただし、彼がイカけっさーであることは伏せたままであり、一応バレていないはずである。
かくして、佐渡の撃退士トライアスロン大会は、色々な意味で盛り上がり、大成功の内に幕を閉じたのだった。