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マスター:橘 律希
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/07/30


みんなの思い出



オープニング


 久遠ヶ原学園、初等部。
 天気予報は快晴。雲一つない突き抜ける青空はもはや真夏のそれだ。
 吹き抜ける風が午後のグラウンドに立ち込める初夏の暑さを吹き飛ばしてゆく。
「んー、いい風。こういう日は木陰でお昼寝でもしたくなるわよねー」
 呟いた後、赤良瀬千鶴(jz0169)は込み上げてきた欠伸を必死に噛み殺した。
 目の前では最近編入してきた者たち、つまりはアウルに目覚めたばかりの子供たちが実技訓練を兼ねた体育の授業を受けている。
「……暇ねぇ」
 研究職員である千鶴にとって、本来であれば体育の授業とは縁がない。
 今日は体調を崩した同僚教師の代役としてここに立っているだけだ。
「とは言え、私がいる意味ない気がするのよね……」
 当初は適当に、時間いっぱい鬼ごっこでもさせて終わろうかと考えていた。
 だが、この日の授業は合同体育。
 撃退士としてはまだまだひよっこな子供たちが元気よく動き回り、数人の教師たちが間近で指導している。
 授業に参加していない千鶴は居ても居なくても変わりない。
 一緒に授業に混ざると言う選択肢もあったが、この直射日光降り注ぐ中を動き回るなど恐ろしくて恐ろしくて…。
「ないない。うん、無いわよ」
 首を振りながら、ふわぁぁ、と零れる大欠伸。今度は隠そうともしなかった。
「……こっそり抜け出しても…大丈夫よね、うん」
 同僚へ恩を売るために引き受けた手前、さすがにサボるわけにはいかない。
 彼女はせめて飲み物でも買ってこようと、こっそり売店へ足を向けるのだった。


 ……彼女が離れていたのは、ほんの15分程度だろう。
 校舎から少し離れたところにあるグラウンドを出て、売店に向かい、立ち並ぶ新作のお菓子にちょっと目を奪われ、ジュースを買い、戻って来る。それだけだ。
 だが今。
 久遠ヶ原初等部のグラウンドは、阿鼻叫喚、混乱の坩堝と化していた。
「えっ!? なに? なにが起きたのっ!?」
 複数のクラスが集い、合同体育を行っていたはずのグランド。
 スポーツを交えた簡単な実技訓練が行われていた最中、『それら』は唐突に現れた。

 悪いコはいねがー

 泣ぐコはいねがー

 頭を抱えて号泣する少年。何かに慄き座り込む少女。右往左往と逃げ惑う生徒。傍にいる者に襲い掛かる者。
 ひとりの実技教師が声を張り上げ必死に生徒たちを校舎へと誘導している。
 グラウンドの中を見回せば、あちこちに明らかに人ではない姿が見えた。
 ケラミノ、ハバキを身に纏い、大きな出刃包丁や鉈を手にした赤き鬼、青き鬼――――つまりは『なまはげ』。
 2mを超える巨体が我が物顔でグランドを闊歩し、逃げ惑う生徒たちに包丁を突き立て、立ち塞がる教師に大鉈を振り下ろす。

 だが、初等部とは言え撃退士である生徒たち。
 最初は教師の指示に従い、果敢に応戦したはずだ。
 中には幾つか依頼を経験したものもいるだろう。数だって明らかに勝っている。
 しかし、眼前に広がるのは混沌と混乱が支配する空間。
「こ、来ないでよぉーっ!」
「やめろよ、やめろってば!」
 少年の声が周囲に響く。
 声のした方に目を向ければ、一人の少女が少年に向かって剣を向けていた。
 その少女だけではない。目を凝らせばあちこちで同士討ちが起きている。

 泣ぐコはいねがー

 なまはげの声が響く。
 途端、生徒の何人かが泣き崩れ、恐れ慄き、あるいは手近な友人めがけて飛びかかった。
「うわっ!? うわーーっ!」
 一人の少年が突如護符を手にすると、錯乱した様に四方八方に魔法攻撃を放ち始める。
 その攻撃を背後から浴びた少女の一人が倒れ込んだ。
 起き上がろうとして、その顔が凍り付く。
「こ、来ないで!?」
 見上げた視線の先には青い面。

 泣ぐコはいねがー

 出刃包丁を掲げて、悠然と少女に歩み寄る。
 一歩、また一歩。
 距離が詰まるたびに少女の震えは大きくなり、ガチガチと歯を打ち鳴らす顔が恐怖に張り付いていく。
 その溢れる涙を満足そうに眺めながら、青い面のなまはげは頷いた。

 泣ぐゴ、見つけだ!

 振りかぶる出刃包丁が青白く煌めき、少女の腕に深々と裂傷が走る。
 次の瞬間。
 少女は痛みに顔を歪めることなく、一瞬呆けたかと思うと白目を剥いて地に伏した。



 まだアウルに目覚めたばかりで、戦い慣れていない者が多数を占める小等部の子供たちだ。
 学内での突然の天魔襲撃。
 友人に襲われるという事態。
 混乱が混乱を呼んだのも仕方のないことだと言えた。
 子供たちを落ち着かせようと教師たちが声を張り上げるが、もはや容易に統制がとれる状況ではない。
 それでも千鶴はグラウンドへ駆け込み、他の教師たちと共に子供たちに呼びかける。
「みんな、落ち着いてっ!」
 と、

 悪いコはいねがー

 その耳に胸をかき乱す声が届いた。
 ざわめくグラウンドにあって、よく耳に通る不気味な声。
 ざわざわと湧き上がる感情が心を落ち着かなくさせる。
「な、なん…で!」
 その感情に彼女は思い当たり、顔を歪める。
 気持ちだけではなく、身体にまで圧し掛かるそれはそう―――。


 赤い面のなまはげがうずくまる少年の正面で仁王立つ。
 のろのろと大鉈を振りあげ、そのまま問いかけた。

 悪いコはいねがー

 目に涙を浮かべたまま少年が辛うじて首を横に振る。しかし、何か心当たりがあるのだろう。目が微かに泳いだ。
 それを見逃さず、なまはげが嬉しそうに大鉈を振り下ろす。
 ガシュッ!
 少年が盾を緊急活性化するも、その斬撃は盾を押し潰して少年の肩に食い込んだ。
「貴様っ!」
 そこへ一人の教師が飛びかかる。
 体当たりする様に身体ごと叩きつけた拳。バンテージ型の魔具にアウルを纏わせた強力な一撃がクリーンヒットする。
 だが、なまはげは微動だにしない。見れば拳に纏わせたアウルが霧散している。
「なっ!?」
 スキルが発動せず、愕然とする教師をなまはげの目が見据えた。

 悪いコ、見つけだ!

 面と思われた口がきゅうっと吊り上がる。
 今までにない素早い動きで大鉈が一閃し、教師の身体が一撃で崩れ落ちた。大量の血だまりが大地に広がっていく。
「まずいわっ!」
 その光景を目にした千鶴は反射的に倒れた教師の下へと走り出していた。
 だが、その行く手をなまはげたちが立ち塞ぐ。

 悪いコはいねがー

 再びざわざわと深く、重く、黒い感情が胸に湧き上がる。
「大なり小なり人間は悪いところある。だからって、こんな風にされる謂れはないわ!」

 泣ぐコはいねがー

 波立つ心。押し寄せる記憶。さざめく思考が、彼女の脳裏にある記憶を呼び戻させる。
「泣くのだって、心を癒す為のもの。それを打ちのめす様な権利は誰にもないのよっ!」

 千鶴は涙を流し、歯を食いしばりながら咄嗟にネイル型の魔具を振るった。
 けれど、発動したはずの炎柱は噴き上がることなく、集約していたアウルが霧散する。
 渦巻く感情に押し流され押し潰されそうになる。思い出したくもないものが目の前に浮かんでは消える。

 悪いコはいねがー

 泣ぐコはいねがー

「煩いわね! 私は最後まで諦めないし―――あのとき笑い続けるって決めたのよ!」
 振り上げられた出刃包丁と大鉈を睨み付けながら、千鶴はにんまりと笑ってみせる。
 それは強がりでも矜恃でも意地でもなく、彼女の掲げた信念。
 そして、その刃に崩れ落ちる瞬間。
 彼女はグラウンドに駆けつけた新たな生徒たちの姿を捉え、笑みを浮かべたまま地に沈み込むのだった。




リプレイ本文



 偶々だった。
 依頼に向かう撃退士たちがそれを聞いたのは。
 微かに。遠くに。だが決して聞き間違えようのない悲痛な叫び。
 続いて耳に届いたのは恐怖の色に染まった悲鳴。
「ヴぁっ!? な、なにごとっす!?」
 城咲千歳(ja9494)が目を丸くする横で、鈴代 征治(ja1305)が反射的に声の出所を探して首を巡らせる。
「あっちです!」
 疑問が形になる前に、既に身体は駆け出している。それは撃退士としての直観か、経験か、本能か。
 声が大きくなるほどにわかる明らかな異常事態。
「お先っす!」
 最近完成したばかりの青い忍装束を風に靡かせ、真っ先に辿り着いた千歳の目に映ったのは……混沌としたグラウンドだった。

 号泣。嗚咽。苦悶。絶叫。
 負の感情に溢れた少年少女たちの声が場に満ちている。
 そして、無秩序に動き回る人の浪間に浮き沈む、赤と青の面。

 泣ぐコはいねがー

 悪いコはいねがー

 それらから発せられた声に、胸が言いようの無いざわめきを走らせる。
「ありゃ、なまはげか!?」
 湧き上がる不快な感情を押し殺しながら、虎落 九朗(jb0008)がグラウンドを見渡す。
「赤良瀬先生っ!?」
 赤と青の面の攻撃をまともに受け、崩れ落ちる千鶴の姿がその目に映る。
 他方では、別のなまはげたちがうずくまる少年少女に向かって凶刃を向けていた。
「くっ…なまはげだかつるぱげだか知んないけど! ガッコー狙うとか、ゲドーの証拠だよっ!」
 憤りを隠すことなく、新崎 ふゆみ(ja8965)が駆け出す。
 向かう先はグラウンドではなく周囲の林へ。彼女はスナイパ―ライフルを有効に活かせる場所を目指していた。
 一方、不動神 武尊(jb2605)はスレイプニル・フォームを発動。
 連携強化したスレイプニルの装甲が武尊の身に装着し、湾曲した刃状の一本角と機械的な意匠が特徴的なスレイプニルを召喚する。

「僕は生徒たちの救助に回ります! どなたか敵を引き付けていてくれないでしょうか?」
「任せるっすよ!」
 仲間と連携を取るべく声をあげた征治。その言葉に千歳が反応する。
 彼女は脇目もふらずにグラウンドへと飛び込んでいくと、なまはげの一体に飛び掛かった。
「正しき鬼を冒涜する行為、それだけは見逃せないっすよ」
 雷の如き動きで懐へと詰め、身の丈を遥かに超す漆黒の大鎌『デビルブリンガー』を斬り上げる。と同時に、すかさずなまはげから距離を取った。
 元より、千歳はこれ以上の子供たちへの被害を防ぐため、身体を張って阻止する気構えだ。
 真剣な眼差しがなまはげと対峙する。
「お前のかーちゃんでべそー!」

 ……悪いゴ、いだ?

 赤の面が首を傾げつつ、口をきゅうっと吊り上げた。
 瞬間。
 グラウンドに響き渡る咆哮。それは万物を震わす竜の如き鬨の声。
 鷺谷 明(ja0776)の竜咆が大地を震わせ、サーバントたちの声をもかき消した。
 子供たちが、サーバントが。明に注目し視線を向ける。
 竜咆を轟かせながら明は子供たちを前に思う。
(竜頭に変化したいところだが…)
 彼はスキル効果で自身の頭を竜頭に変化させることができる。だが、この状況下でそれを行うことは新たな天魔の出現と勘違いされ兼ねない。
 しぶしぶと竜頭への変化を諦め、長い咆哮が終わると彼は子供たちに向かって呼びかけた。
「三十六計逃げるに如かず。小童はさっさと逃げるがいい」
 竜咆で声を掻き消せたのは一時的なもの。
 それでもそれを機に、右往左往していた子供たちの一部が、我に返り一斉に逃げ出し始める。
 流れを変え始めた人波。それに逆らう様に明は前へと進み出る。
「泣きはせんが悪い子ならばここにいるぞ。かかってくるがいい」
 その言葉に赤い面が反応を示した。

 悪いゴ、見づけだ!




 泣ぐコはいねがー

 悪いコはいねがー

「ナマハゲもどきが何言ってやがる……泣かせてんのはテメーらだし、悪い子もテメーら自身だろうが!」
 怒号する九朗の腕の中では気を失った千鶴が横たえている。幸い、傷はそこまで深くない。
 彼は千鶴を抱いたまま、大量の血を流して倒れたままの教師の下へと急ぎ向かう。
「纏めて……癒せ! アウルの光よ!!」
 癒しの光が二人を包み込み、傷を見る間に塞いでいく。
 千鶴の顔に血の気が戻り、ゆっくりと目を開いた。
「よっしゃ! 気付いたみたいだな、赤良瀬先生!」
「こ…ここは?」
 よろよろと立ち上がる千鶴に、九朗が口早に問いかける。
「先生、目覚めてすぐでわりぃが、あいつらのことで何か知ってることないか?」
「虎落くん?」
 背中に添えられた手。そこから伝わる温もりで千鶴の目が見る間に光を取り戻す。
 周囲を一瞥し、素早く状況を確認すると千鶴は簡潔に答えを返す。
「あいつらは…サーバント。その声は恐怖心とか罪悪感を呼び覚ますみたい…」
 更には、一定範囲内で声を聞くと一時的に封印や重圧といった状態に陥ることなど、自らの経験を下に分析した内容を簡潔に述べていく。
「まだ確証はないけど…あいつらが呼び掛ける声に反応を示す人へは攻撃力が上がるみたい」
「ちっ、厄介なやつらだぜ!」
 今は共に飛び込んだ仲間たちの働きによって、状況は改善の兆しを見せ始めたばかり。まだ安堵できる状況にあるわけではない。
「俺はケガ人を癒して回るんで、先生は避難と救助を頼んます!」
「わかったわ」
 千鶴は頷き、混乱残る戦場に向かって駆け出す。
 それを見送りながら、九朗は未だ倒れたままの教師へと再度癒しの力を施した。


「耳を塞いで逃げろ!」
 征治が周囲に向かって叫ぶ。
 彼は混乱する子供たちに声を掛け、林へと撤退を促して駆け回っていた。
 耳を塞げ、とは逃げ惑う子供たちから集めた断片的な情報から導き出した結論だ。
 実際、耳に這い寄るなまはげたちの声が彼の心を激しく揺さぶっている。
 幸いにして、まだ行動に影響が出るほどではない。

 泣ぐコはいねがー

 悪いコはいねがー

 声のする方へと振り向けば、二体のなまはげが少年少女へと襲い掛かろうとしていた。
 反射的に身体が動く。
 口にホイッスルを咥え、吹き鳴らしながら近づいてゆく。
「やらせるか!」
 子供たちの前に飛び出し、己が身を壁とする。
 出刃包丁の一撃をハルバードで受け止め、黒と白が混ざりあった光で強化された学ランで大鉈の一撃に耐え切ってみせる。
「早く逃げるんだ!」
 が、促されても動けぬ子供たち。
 征治は逡巡すると、攻撃の一手を子供たちに向けてハルバードでうずくまる少年少女を弾き飛ばした。
 そのまま交戦することなく素早く離れ、弾き飛ばされた子供たちを抱え距離を取る。
 敵の移動力は鈍く、こちらに攻撃の手が届くことはない。

 泣ぐコはいねがー

 悪いコはいねがー

 追い縋る声を、征治はホイッスルの音で掻き消しながら救助活動を続けていく。




 明の竜咆によって投じられた一石。
 それは確実に場の流れを変えていた。
 だが一方で、敵の能力を打ち破ることができない子供たちも数多くいる。

 泣ぐコはいねがー

 今また、青い面が泣きじゃくる少女にゆっくりと近付いていく。
 逆手に握られた出刃包丁が振り上げられ、鈍い輝きを放つ。
 刃に映るのは青ざめた子供の顔。涙を零す瞳に映るのは青の面の歪んだ笑み。

 泣ぐコ、見づけだ!

 振りかぶり、突き下ろす―――が、その瞬間。なまはげの頭が激しく震え、切っ先が逸れる。
「ほらほら、ふゆみはこっちだよ…こっち来いっ、鬼さんこちらー☆」
 ふゆみによる牽制射撃がなまはげの面を捉えた為だ。
 グラウンドを囲む林の上に登り、高所から人で溢れるグラウンドを見渡している。射線を遮るものは何もない。
「簡単には、近づかせないんだからねッ★ミ」
 構えたスナイパ―ライフルが再び火を吹き、なまはげの面を揺らした。

 そこへスレイプニルにクライムした武尊が駆け込む。
「弱者を蹂躙することしか能の無い下等な神の使いが…」
 流水の様なアウルを纏った両刃の大剣、ヴァッサーシュヴェルトを力任せになまはげの体に叩きつけた。
 体当たりの様な攻撃になまはげの体が揺らぐ。
 武尊はそのまま敵の背後へ駆け抜けると、転身。武器をソウルサイスに換装し、再び一気に背後へと迫った。
「さっさと暢気にくたばっているやつを引っ張っていけ。邪魔だ」
 少女に声を投げつけながら、なまはげの無防備な背に斬りかかる。
 確実に敵の体を捉えた攻撃。しかしその感触は想像以上に硬く、得物を握る掌に痺れを走らせた。
 それでも武尊は臆すことなく、スレイプニルの足を止めずに高速な動きで牽制し続ける。
 と、

 泣くゴはいねがー

 武尊の耳を穿った不快な声。
 途端、今までに感じたことのない『何か』が胸にこみ上げた。
 落ち着かない感覚が身体を捉え、額から勝手に脂汗が吹き出し動悸が激しくなる。
 なまはげの視線を直視し難くなり、集中力が掻き乱される。
「何だ、これは…」
 武尊の意識とは関係なく、身体が、胸が、思考が、『何か』によって侵されていく。
 ―――それは、恐怖。
 記憶を失った彼が、失った感情の一つ。
 武尊がその感情との対峙に迫られる中、それと似た様な事態が赤の面と対峙していた千歳の身にも起こっていた。

 悪いコはいねがー

 ざわざわと湧き上がる後ろめたい感情。
 頭を締め付ける様に記憶がフラッシュバックし、胸に黒い塊が降り積もる。
 赤の面の姿が懐かしき姿と重なる。それは過労で倒れた母の姿。
「うぉぅー…」
 抱える頭の片隅ではそれが幻影であることを理解していた。
 けれど、強制的に湧き上がった感情は消すこともできず、千歳の心に亡き母の弱々しい微笑みが圧し掛かる。
「く、来るなっす!」
 罪悪感に押し潰された目には何が見えたのか。彼女は少年に向かって飛びかかろうとした。
「城崎先輩、しっかりして下さい!」
 不意に聞こえた声。と同時に、心の内へ光が射し込む。
 九朗によって刻まれた聖なる刻印。それは彼女の抵抗力を強化し、込み上げた感情を一気に消し飛ばしていた。
 ふと気付けば母の幻影は消え、目の前には少年が頭を抱えてうずくまっている。

 悪いゴ、見づけだ!

 聞こえた声に咄嗟に身をよじる。けれど、背後からの攻撃を躱しきれず、その背が大きく斬り裂かれる。
 慌てて九朗がライトヒールを飛ばし、千歳は少年を抱えて走り出した。
「なう悪い事してる奴に言われたくないっすよ! ヴぁーかヴぁーか!」
 九朗に少年を預けた千歳は再びなまはげと対峙する。先ほどまでの揺れていた感情は既に押し殺している。
 彼女は、敵の意識を子供たちから引き離す為、なまはげに纏わり付き始めた。




 現場に着いてからどれくらい経っただろうか。
 撃退士たちはなまばけの撃退ではなく、救助活動を優先して動いていた。
 忍軍の明と千歳が回避重視で敵の気を引き、武尊は戦場を駆け抜ける。征治は千鶴と共に救助と避難に動き回り、九朗はケガ人の回復を。ふゆみが遠距離狙撃でそれらをサポートする。
 徐々にではあるが、グラウンドから子供たちの姿は減っていた。
 しかし、人数が減ると言う事は逆に残された者たちが集中的に狙われやすくもなると言う事でもある。

 悪いコはいねがー

「悪い子はここにいるぞ」
 赤い面を挑発しながら敵の意識を引き付けていた明だったが、気付けば数体のなまはげに囲まれていた。
 すでに絶対回避の空蝉も足を止めるための地縛霊も使い切っており、今はただ攻撃を控えて躱すことに専念している。
「恐怖? 罪悪感? それもまた善き哉」
 心かき乱す声も彼の前では『享楽』。その一つでしかない。
 例え動きが重くなろうとも幻惑に乱され闇雲に攻撃を振るおうとも。傍から見る子供が畏怖するほどに、笑みが消えることはない。

 その側では征治が少女と相対していた。
 幻惑によって我を失った少女が奇声をあげて征治に襲いかかる。
「ゴメン! ちょっと我慢してね!」
 少女の一撃を巨大な斧槍で受け止めると、返す刀で足を掬い上げる。浮き上がった軽量の体が遠く飛ばされた。
 幻惑に囚われた子供たちを投げ飛ばし、時に手加減を使って気絶させては無力化してゆく。
 背後に青き面が迫ろうが征治は構うことなく子供たちの救助に注力する。
 そんな彼をゆふみの狙撃がサポートした。
「みんなのジャマはさせない…その頭、フットバ★しちゃうぞ!」
 と、彼女の目がこちらへと近づいてくるなまはげの姿を捉える。
 敵の視線は林の中。そこには逃げ込んだ多くの子供たちの姿がある。
 ふゆみはすぐさま木から飛び降りると、敢えてなまはげの真正面に立ちライフルを構えた。

 泣ぐコはいねがー

「何が『泣く子』だよっ…オマエが泣かせてるんぢゃん! オマエが泣いちゃえ!くらえーっ☆ミ」
 青き面をふゆみが狙い撃つ。
 行動に影響が出ないとはいえ、その声は波立つ感情が心を落ち着かなくさせる。
 微かに震える手や指に力を籠め、真っ直ぐな目で敵を正面から見据えた。
「ふふん…ふゆみはこっちだよ…ほらぁ、ほらぁ☆ミ」
 距離を保ちつつ狙撃を続け、威力ある弾丸が敵の身体を、面を、穿っては弾けさせる。
 少しずつ敵を引き付けながら、ふゆみはなまはげを林から遠ざける様に誘導させていく。

「なるほど…これが罪悪や恐怖というのなら…俺はそれを踏み潰す。貴様ごとな」
 湧き上がる感情と向き合いながら、武尊は静かに『その時』を待っていた。
 右腕で弓を引くように刀を持ち、左腕を突き出し間合いと位置を測る。
 ざわつく心が身体の動きを重くし、構える身体が知らず知らずに震えだす。勿論それは武者震いとは異なるもの。
(動きが鈍るなら…相手を見て最低限の動きだけで避ければいい)

 悪いゴはいねがー

 赤い面が目の前に迫る。出刃包丁を振り上げ、きゅうっと歪んだ笑みを湛える。
「俺は…天界の戦車。元とはいえ、貴様らに蹂躙されるわけにいかんのだ」
 新たに噴き上がる感情。それは、怒り。
 振り下ろされた大鉈を避けきれずにまともに食らう。と同時に、すれ違う様に武尊の上半身がバネの様に弾けた。
 腕力のみで突き出された刀が敵の心臓めがけて叩き込まれる。
 二つの体がたたらを踏み、倒れることを拒絶する。


 圧倒的な防御力と体力。
 長い戦いの果てで、尚も撃退士たちの前に立ち塞がる赤と青の面。
 数は全部で8体ほどか。万全の態勢で臨んでも撃破は難しかっただろう。
 だが、一行は子供たちや教師たちの救援にほぼ成功していた。
「こっから先は行かせねえ!」
 校舎の方へと逃げ出す子供たちの背を守るべく九朗が銃を手に壁となる。
 千歳は子供の背中を優しく叩いて諭しながら敵の手から子供たちを庇い続ける。


「みんな、こっちよ!」
 やがて聞こえた千鶴の声が、戦いの終止符を伝える。
 彼女の声に導かれ、校舎の方から続々と現れる救援者たち。
 それを横目に、撃退士たちはなまはげたちと対峙し続けながらも己が役割を果たしたことを感じるのだった―――。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 紫水晶に魅入り魅入られし・鷺谷 明(ja0776)
 最強の『普通』・鈴代 征治(ja1305)
重体: −
面白かった!:5人

紫水晶に魅入り魅入られし・
鷺谷 明(ja0776)

大学部5年116組 男 鬼道忍軍
最強の『普通』・
鈴代 征治(ja1305)

大学部4年5組 男 ルインズブレイド
ひょっとこ仮面参上☆ミ・
新崎 ふゆみ(ja8965)

大学部2年141組 女 阿修羅
逢魔に咲く・
城咲千歳(ja9494)

大学部7年164組 女 鬼道忍軍
撃退士・
虎落 九朗(jb0008)

卒業 男 アストラルヴァンガード
元・天界の戦車・
不動神 武尊(jb2605)

大学部7年263組 男 バハムートテイマー