●大会開始1時間前
秋と言うよりは、冬が目前に差し迫った11月も下旬。
冷たい風が恐れをなすほどに、フットサルの大会会場は熱気に包まれていた。
「フットサルって、俺初めてやるかもっ! いろんな人と遊べるんだよな〜?」
花菱 彪臥(
ja4610)が、その熱気を楽しむようにワクワクとした表情で周囲を見渡している。
「フットサルね! よくわからないけどサッカーみたいなものよね?」
その横では、雪室 チルル(
ja0220)が準備万端とばかりに、元気いっぱい身体を動かしていた。
彼女が蹴ったボールを軽々と受け止めながら、榊 十朗太(
ja0984)も身体をほぐす。
「フットサルは初心者も良いところだが、何事も経験だしな。度胸だけはあるから、ゴールは任せて貰って良いぜ」
一方で、蒼井 御子(
jb0655)は、大会参加者と思われる一般人の動きを観察していた。
「ふんふん? あのぐらいまでならオッケー、なのかな?」
そこへ、氏家 鞘継(
ja9094)とレガロ・アルモニア(
jb1616)が、ある物を渡して回る。
「こんなものを用意しましたよぃ」
「お揃いのユニフォームだ」
背中には大きく『久遠が原ブレイカーズ』と書かれている。
「なるほど。これがチーム名、だね?」
「わかりやすくていいよ!」
「かっこいいじゃん!」
御子、チルル、彪臥は口々に感想を述べながら、さっそくユニフォームに袖を通す。
全員が着替え終えると、レガロが簡単なルールとファウルについて説明を始めた。
「初めての奴が多いんだったな。サッカーと違う点は……」
「む〜。あたい、小難しいのはダメなのよね〜」
ぷしゅーっと、チルルの頭から煙が噴き出る。
「では、次は身体でも動かすとするか。お互いの動きも合わせておきたいしな」
十朗太の提案で、全員で事前練習を行うことにする。
入念にストレッチを行い、パス回しやシュートを繰り返す。ポジションや戦術についても打ち合わせ、撃退士の力をセーブする度合についての確認も怠らない。
やれるだけのことをやった頃、開会式を告げるアナウンスが鳴り響いた。
「スカウト云々は置いておいて、個人的な交流を深めておくことにしようぜ」
十朗太の呼び掛けに、レガロが後を続ける。
「俺達も一般人としての参加なんだ。どうせならこの機会を楽しもう」
「そうだよね! 楽しまなきゃ損だよ!」
「すっげ〜楽しみ!」
チルルと彪臥が目を輝かせて同意する。
「よーし! いざ出陣、だよ!」
御子が会場へと足を向けた。
いよいよ大会が始まる―――
●一回戦
開会式も無事に終わり、ついに一回戦が開始する。
初戦はロバート率いるチームの試合。
「おおっ、カッコイイ!!」
試合を観戦していた彪臥が、感嘆の声をあげる。
ロバートのチームは、素人目にもかなりレベルが高いことがわかる。そして、その中でもロバートは光っていた。
「―――まだアウルを使えていないのにアレってことは、確かに見所はあるのかな?」
御子が入念に彼の動きをチェックする。
試合は早々に決し、ロバートたちは余裕の勝利を収めた。
そして、いよいよ『久遠が原ブレイカーズ』が初試合を迎える。
「よろしくお願いします!」
「正々堂々頑張りますよぃ」
彪臥が紳士的に礼儀正しく挨拶をし、鞘継も深々と頭を下げる。
なんだ、小さい子供ばかりじゃないか…。
見た目にだまされた相手チームが油断の声をもらす。
試合が始まり、まずは鞘継がドリブルで攻め込んでいく。
「小さい子供…。別に気にしてませんよぃ…」(ぶわわっ)
すぐにマークに付かれるが、体格を活かし、小回りの利いた動きで相手を牽制する。
焦れた相手が強引に仕掛けた瞬間、
ぴょん!
と、鞘継がボールを足に挟んだまま、相手の頭上を宙返りして飛び越えた。
驚いて尻餅をついた相手を尻目に、鞘継は前衛へとパスをする。
そのパスを受け取ったのはチルル。
「くらえーっ! ブリザードキャノンシュートッ!!」
彼女は、天高く振り上げた足を一気に振り抜いた!
それは封砲をフットサル用に応用した必殺シュートだ。(真正面に強力なシュートを打っただけではあるが)
射線上の相手チームは、その勢いに吹き飛ばされ……る様な気がして思わず仰け反る。
ボールは見事に相手ゴールを揺らしていた。
「やったー! その調子、だよっ!」
ベンチの御子が、手をぶんぶん振り回して歓声をあげる。
慌てた相手チームが、すぐさま反撃に打って出る。
しかし、後ろで控えるレガロと十朗太がそれを察し、相手の動きに合わせて仲間に指示を飛ばした。
そこへ、彪臥が走り回っては相手を引っかき回し、ミスを誘い込む。
「それそれっ!」
それを見逃さず、レガロがボールを奪い取る。
二人は見事な連携プレーで、相手の攻撃の芽を潰していった。
時折、相手チームが強引にシュートを放っても、十朗太の長身を活かしたセービングが、それらを悉くブロックする。
キャッチングではなく、パンチングで確実に弾いているため、相手チームはこぼれ球を押し込むこともできない。
何より彼は、味方がいる方向へ転がるように、パンチングで弾く方向をコントロールしていた。
「気取られないようにしないとな」
こうして、一回戦は一方的な試合で幕を閉じた。
お互いの健闘を笑顔で称えあう。
だが、喜んでばかりはいられない。次が本番なのだ。
●二回戦
「久遠が原ブレイカーズ 対 Amanhecer vem sempre の試合を始めます」
ついに本日のメインイベントが始まる。
一列に並び、向かい合う両チーム。見えない火花が静かに飛び散る。
一礼の後、ロバートが『久遠が原ブレイカーズ』に近づき、声をかけた。
「キミたち、そのチーム名。撃退士だよね? 冷やかしにでも来たのかい?」
ロバートの鋭い視線には、わずかにだが敵意が含まれている。
問いには答えない代わりに、チルルがびしっと指を差すと、高らかに宣言した。
「正々堂々勝負だよ!」
おおぉー!
先の試合を見ていた観客が、その宣言に盛り上がる。
あいつら、さっきすげー試合してたぞ! これは見ものだぁ! また、必殺シュート見せてくれーっ!
観客の声など耳に届いていないかのように、ロバートはチルルたちを見つめ続ける。
「いい試合をしよう」
やがて彼は、自分のポジションへと足を戻した。
試合開始のホイッスルが鳴ると同時に、チルルが果敢にゴールへ向かってドリブルを始めた。
「アイシクルブリッツ!」
神速をフットサル用に応用した、二段階加速によるチルルの超高速ドリブルが炸裂する。
そのスピードについて来れない対戦相手を一人、二人とかわすと、鞘継へとパスを回す。
鞘継はパスを回すと見せかけ、フェイントで不意をつくと、いきなり必殺シュートを放った。
「ヒッサァァツッ! 炎黒蛇(フレイムブラックスネーク)シュートッ!」
キーパーは一瞬、炎をまとった黒蛇を見た気もしたが、蛇の様に地を這うような球は相手のゴールに吸い込まれた。
おおぉおー! ロバートたちを相手に先取点だとォ!
予想外のできごとに会場が一気にヒートアップする。
●逆襲
相手チームも負けじと攻め上がるが、先取点を取られ浮き足だっていた。
彪臥とレガロが連携で追い詰め、十朗太のセービングによってあっさりとボールを奪い返す。
十朗太のスローによって、再びボールがチルルに渡る。
「みんな、慌てるな!」
そこへ、ロバートが彼女の行く手に立ち塞がった。
怯まずアイシクルブリッツで、突進するチルル。二人の影が交差する。
「ああっ!」
次の瞬間、チルルの足元からボールが消えていた。
速度優先の強引なドリブルだけに、隙が大きいところを突かれたのだ。
そのまま、反撃に移るロバート。
だが、その動きをマークしていたレガロが、素早く真正面に躍り出る。
「負けられないなら、この俺を抜いて貰わないとな」
スピードを落とさぬまま、ロバートがフェイントを織り交ぜ、抜きにかかる。
(さすがにやるな!)
撃退士の目から見ても彼の動きは目を見張るものがある。ロバートは緩急をつけた巧みな動きで、簡単にボールを奪わせてくれない。
「1対1で戦うな! チームプレイならうちが上だ!」
気づけばボールはロバートの足から離れ、仲間の元へとパスされていた。
ロバートの声に自分を取り戻したメンバーは、身体能力に勝る撃退士との1対1の勝負を避け、的確なパス回しで攻め込んでくる。
所詮、久遠ヶ原ブレイカーズは急造チーム。連携の綻びがあちこちにあることをロバートは見逃していなかった。
彪臥がパスカットのため、走り回って相手に詰め寄るが、フェイントを混ぜたパスに逆に振り回されてしまう。
「うわわっと!」
勢い余った彪臥が、フィールド外にゴロゴロと転がってしまった。
その隙を見逃さず、ロバートが素早く指示を出す。精密なパスワークとポジショニングによって、ボールが瞬く間にゴール前へと運ばれていく。
その見事な連携は、いかに身体能力に優れた撃退士といえど、力をセーブした状態ではそうそう対応しきれるものではなかった。
ゴール前に上げられたボールに、ロバートがヘディングを合わせる。
ゴール隅を狙ったボールに、長身を目いっぱいに伸ばした十朗太が必死に飛びつく。
「ここは通さんっ!」
彼のファインプレーで、辛うじてボールは弾き返されたが、ボールは再び相手のメンバーの足元へと転がってしまう。
「行かせませんよぃ」
慌てて鞘継がフォローに向かうが、鞘継の体格を逆手に取って股下を抜いたボールは、ロバートとゴールの間の絶妙なスペースに転がり込んだ。
「くらえっっ!!」
次の瞬間、ロバートのシュートはゴールへと突き刺さっていた。
おおおぉおぉぉ!!
すげー! なんだ、今の攻防! レベル高っ! あのチームもすげぇぞ!
凄まじい攻防に、会場が興奮の坩堝と化す。
「ナイスプレー!」
「さすがだな」
すれ違いざまに、彪臥とレガロが素直に感想を伝えた。
その声に、ロバートは少し意外そうな表情をした後、照れくさそうに笑みを浮かべた。
「そっちもナイスプレー!」
●大会屈指の名ゲーム
会場の興奮冷めやらぬ中、ここでレガロと交代して御子が入る。
「さー、真打登場、だよ」
てっきり、応援に来ていた者と思っていたロバートチームに戸惑いが走る。
相手を油断させる。敢えて一回戦に出場しなかったのはこのためだ。
御子は動き回らず、じっくりと相手の動きを見ては隙を探し出す。
特にロバートの様子を観察してみるが、彼は一際高い集中力で焦りも隙も見せない。
だが、ボールを持ったロバートに、臆せず御子が近づいていく。
彼女は一回戦からロバートを観察していた。そのため、彼の動きを予測することができる。
接触間際、彼女はファウルを狙って倒れ込もうとする。が、それを察知したロバートがサイドステップをして抜き去りにかかる。
そこで御子が更に動いた。相手の死角から足を延ばし、ボールを奪い去ったのだ。ファウルを誘う動きこそ、彼女の罠であった。
そのまま、ゴール前までドリブルで持ち込むと、シュート態勢に入る。
「ふふん。キミの動きは、龍の目の前じゃあ止まったようなもの、だよ」
今まで観戦しながら得た情報を元に、もっとも取られにくいと思われる場所へシュートを叩き込む。
ゴォーーールッ!!
再び割れんばかりの声が会場に響く。
もう点を取り返したー! あの子すげー!!
こ、こんな小さな子が!?
驚く相手チームに、御子はにんまりと笑い返した。
その後、試合はフットサル大会史上、一番の盛り上がりを見せた。
ロバートのシュートを彪臥が顔面でブロックすれば、十朗太の鋭いパンチングが光る。
御子が相手の隙をついて死角からボールを奪えば、鞘継がアクロバティックな動きで翻弄し、チルルのブリザードキャノンシュートがフィールドに唸る。
レガロは積極的に声をかけ、守りの要として仲間を鼓舞する。
もちろん相手も負けてはいない。
最初こそ久遠ヶ原ブレイカーズの個々の能力に振り回されていたが、ロバートを中心に、数々の戦術、息の合った連携、フットサルの経験を駆使して、次第に流れを押し返し始める。
良き好敵手に相対できた喜びに、いつしかロバートの顔には笑みがこぼれていた。
やがて、終わりを告げるホイッスルの音が、フィールドに鳴り響く―――
●試合後の交流
試合後、撃退士たちはロバートとお互いの健闘を称えあっていた。
試合には敗けたものの悔しさなど微塵もない。むしろ、心地よい高揚感で包まれている。
彪臥が満面の笑みを浮かべた。
「あー面白かったっ! サンキュなっ!! ロバートさん、また遊ぼうぜっ!」
チルルもそれに同意する。
「そうだよ! また遊ぼうね!!」
十朗太とレガロも名乗りながら、笑顔で握手を求める。
「良い試合だったな。また機会があったら再戦したいな」
「この後も優勝目指して頑張れよ!」
ロバートが笑顔で応える。
「……みんな、ありがとう。撃退士と言うことで、正直少し見くびっていたよ。勝手な奴らばかりだと…」
「少し力を持っておりやすが、撃退士も普通の人ですよぃ。友達になれたらいいですねぃ」
そのまま、鞘継が語り掛ける。
「ロバートさんの妹さん…あんな事があったら不信感を持つのはわかりますねぃ。ですが、撃退士がいなければ、もしかしたら妹さんは……」
鞘継の言葉にロバートが頭を振った。
「頭ではわかっていたんだ。だけど、気持ちが納得できないでいた。だけど、キミたちの存在が撃退士に対する印象を大きく変えてくれたよ」
ロバートが柔らかい笑みを見せる。そこに、試合前に見せた敵意は欠片も残っていない。
「戦いは厳しいけど、すっげ〜楽しいトコだぜっ、久遠ヶ原学園って!」
その笑顔を見て、彪臥が嬉しそうに声をあげる。
「キミの動き、見所があると思うよ」
「そうだよ! ヒーローになれば妹さんだけじゃなくて、みんなを助けれるんだよ!」
御子とチルルも力強く続く。
「……うん。そうだね。撃退士を見る目は変わったと思う。機会があれば色々と考えてみるよ。ありがとう!」
ロバートは頭を下げると、チームメイトの元へと戻っていった。
「大丈夫、だよね?」
御子が走り去る背中を見送る。
「適合者なら、乗り越えて成長すると信じるさ」
レガロがやはり背中を見送りながら頷く。
「よーし! ロバートたちが優勝できるように、応援して行こうよ!」
チルルが試合会場に向かって駆け出した。
―――大会後。
ある病室では、優勝カップを抱えながら、撃退士との一戦を楽しそうに妹へ語る少年の姿があったという。