●Familiar Enemy
厚い雲に覆われた空が陽の光を遮り、周囲一帯に落ちる薄暗い陰。
村に立ち込める薄い霧は肌にじっとり纏わりつき、不快感が微かに刺激される。
湿り気を帯びた空気が吸い込めば、山に溢れる緑の薫りが鼻をついた。
幸い、霧が出ていると言ってもまだ視界に支障が出るほどではない。
とは言え、時をおけば天候は悪化する可能性は高いだろう。
「あまり時間をかけていられんな」
影野 恭弥(
ja0018)が索敵を発動し、村を見渡す。
住民が避難した村は人気など無く。村の大半を占める畑のお蔭で、見通しは良い。
「凡人は凡人の出来ることをするのみです」
出掛けに貰った飴を口の中でコロコロと転がしながら、恭弥に倣ってマーシー(
jb2391)も索敵を使い目を凝らした。
畑には放り出された農具が点々と転がっている。
時折目につく民家が生活の存在を浮き上がらせ、静寂な村に寂しさや静けさを募らせる。
「いたぞ、あそこだ」
恭弥が村を横切る小川の対岸を示した。
血濡れの如き真紅の大剣を手に、暗赤のマントを纏った蛸頭がぬらりと蠢く。
もはや多くの撃退士にとって見慣れたと言っても差し支えない敵。
「はぐれディアボロか。あれだけ戦力を集めようとすればこぼれる者もあるのは道理か」
神凪 宗(
ja0435)は敵を見据えたまま、一対の曲剣――ザリチュ・タルウィを両の手に構える。
「大きな戦いにばかり目が向きがちなのは、反省すべきですね」
小さくても大事な戦いはある、と神月 熾弦(
ja0358)が静かなる決意を胸に期す。
例え相手が馴染みあるブラッドシリーズだとしても、その脅威までもが馴染みになっていいはずがない。
「最初から全力でいくっすよ!」
東北の安寧の一助になればと、獅子搏兔の気持ちでこの依頼に臨む天羽 伊都(
jb2199)。
一方で、新崎 ふゆみ(
ja8965)は気を張ることなく自然体だ。
「ぶっちゃけ、もうネタ割れしてる敵だから弱いぢゃん?」
決して舐めているわけではない。むしろ、敵の特徴を把握しているからこその余裕。
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)も両手を広げ大仰に肩を竦めてみせる。
「大舞台の陰に隠れた小さな戦いですが……まあ、しっかりやらせていただきますか」
おどけたポーズを取ってはいるが、目を見ればこの依頼に向けた真摯な想いが伝わるはずだ。
「まずはお前からだ」
恭弥の指が引き金に添えられる。瞬間、山々に木霊した銃声。
それは戦いの開始を告げる退魔の一撃―――。
●Already Known
恭弥は構えたライフルに白銀のアウルを集約、撃ち放った弾丸は一条の閃光を描いてBLを貫いた。
その胸と暗赤のマントに開いた大きな風穴。
冥魔に効果を発揮する退魔弾の前に、BLが一撃で大地に崩れ落ちる。
「ロードは落とした。一気に畳み込むぞ」
残りはBW四体。
『頭』を失くしたBWたちの初動は遅れ、その間に撃退士たちが攻勢に出る。
「おニューのスナイパーライフルだよっ★ミ」
ふゆみがご機嫌な様子で、真新しいライフルを構えた。
薄暗い村の中で、ひと際きらびやかな存在感を放つそれはラインストーンやラメパーツでデコりまくった乙女仕様☆
「ふゆみもシゲキテキでソゲキテキなスナイパーになるんだよっ☆ミ」
どれくらいの時間をかけてデコったのだろうか。
偶然にも同型のライフルを構える伊都が思わず感嘆の声をあげる。
伊都は前へ、ふゆみは後ろへ。二人は各々の位置から、味方の背を撃ち抜かぬよう注意して狙撃を始めた。
「えーい、ばーん★ばーん☆ミ」
「慎重に確実にやっつけるっすよ!」
闘気解放したふゆみの溢れ出すアウルが弾丸の威力を向上させる。
スマッシュを発動した伊都の弾丸が強烈な一撃でもって敵を貫く。
二発の銃撃はBW一体を難なく撃ち倒した。
間髪入れず、熾弦とマーシーも遠距離から攻撃を仕掛ける。
見通しの良い場所だ。接敵前に遠距離から集中砲火を浴びせるのは賢い戦い方と言えるだろう。
「確かにこのディアボロに対する慣れが出てきている頃合いですが、油断せずいきましょう」
星晶飛鳥を発動した熾弦の掌から、硝子の翼を持った白鳥が力強い羽ばたきで舞い上がる。
宙を一直線に翔ける美しき鳥は、冥魔を滅する無慈悲な一撃となってBWを貫いた。
すでにBWたちの攻略法は撃退士たちにとって周知の事実。当然の如く、全員が物理攻撃を選択している。
マーシーは左目をつぶり、淡い銀色のオーラを宿した右目でBWを見据えた。
「出来ることはやっておきますね」
奇襲を警戒し、周囲に気を配りながらリボルバーの銃口を向ける。
銃身を飛び出した弾丸はこめかみを穿ち、BWに天を仰がせた。
残りはBW二体。
その足止めを担うのはエイルズレトラ。
迫り来る斬撃を前に、彼の口から思わずボヤきが零れる。
「……当たったら痛いんでしょうけど、そんな遅すぎてはくらう方が難しいですね」
闇雲に魔剣を振るうBWたちでは、直撃どころかエイルズレトラの身体を掠めることすらできる気配がない。
「もはや敵ではないな」
その背後に遁甲の術で気配を殺した宗が回り込んだ。
二つの剣閃がBWの背を大きく斬り裂き、漏れる苦悶の声。
BWが怒りに満ちた目で宗を睨み付けるも反撃の手が上がることはなく。
恭弥の狙撃によって頭を吹き飛ばされ、最後の一体が遠距離からの集中砲火を浴びる。
「随分とあっさりしたものだな」
「大剣に持ち替える暇もなかったっすよ」
早々に沈んだBWたちを見遣りながら、あまりの拍子抜けに宗と伊都が顔を見合わせる。
「回復する必要はなさそうですね」
傷一つ負っていない一同を見渡し、熾弦が安堵の息を漏らした。
しかし気は抜けない。この村にはまだブラッドシリーズがいるはずである。教師が『亜種』と表現していた存在が。
●Subspecies
「見つかりませんねー」
索敵を発動したマーシーが困ったように言葉を零した。
一行は残る敵を探して静寂に沈む村を歩いている。
だが、これだけ見通しの良い場所だと言うのに敵の姿が一向に見当たらない。
ふと宗が眉根を寄せた。
「早急に解決したいところだな」
山間には濃霧が広がり、村も少しずつ霧が濃くなってきている。
視界に悪影響を及ぼすのは時間の問題だった。
敵はどこにいるのか? 撃退士たちがより集中して視線を彷徨わせる。
「ん?」
不意にマーシーの顔が弾けた。
異変を感じ取ったのは視覚ではなく聴覚。鋭敏聴覚で得た情報に従い、背後の通り過ぎた民家に視線を向ける。
「ん、そこに一部隊います!」
くるくるくると手の中で回したリボルバーを構えれば、
わんっ!
犬の泣き声を真似た呟きをトリガーにして、銃口が火を吹いた。
アウルによって射程を伸ばした弾丸が、垣根を透過して姿を現したBWの1体を捉える。
どうやら先ほどの戦いの音を聞きつけたのだろう。敵は民家に身を潜めながら襲うタイミングを見計らっていた様だ。
「姿は見えなくとも足音は聴こえます」
マーシーによって奇襲を潰されたBWたちが正面からの対峙を余儀なくされる。
「いい加減、あなた方の顔も見飽きてきましたが、今回はアクセントが効いていて期待できますね」
「色が違うねっ★ ひょっとして、オシャレに目覚めたのかなっ☆ミ」
新たに現れたBWたちを視認したエイルズレトラとふゆみが、軽い言葉とは裏腹に警戒の色を滲ませた。
「あれが亜種ですね…」
熾弦がその違いに目を凝らす。
濃紺色のマントを羽織り、青の書物を手にするBLの亜種A型。
同じマントを羽織りつつ、淡青の魔槍を携えるBWの亜種A型。
深紫色のマントに身を包み、漆黒のハルバードと言う長尺の武器を構えるのはBWの亜種B型。
どちらからも血色に濡れた禍々しい殺気はなく、代わりに冷たく薄気味悪い妖気が漂っている。
とは言え、相手が亜種だろうが何だろうが天魔である以上やるべきことに変わりはない。
「いずれにせよ、一般人の脅威になるというのなら撃破するだけだ」
宗は遁甲の術を発動すると、気配を消しながら味方たちの影へと身を沈めた。
「まずはロードを落とさせてもらおうか」
先制攻撃はやはり恭弥から。敵勢が隊列を組む前の僅かな機を逃さず、狙撃態勢を整える。
射線が防がれるよりも一瞬早く、恭弥は練成した白銀の退魔弾をBLの体へと撃ち込んだ。
しかし、濃紺色のマントに阻まれた弾丸は勢い削がれ、BLの体を弱々しく打つに止まる。
「後に続くっすよ」
続いて、伊都がスナイパーライフルを構えながら前進。
遥か後方に位置取ったふゆみと同時にBW亜種A型めがけて銃撃を撃ち放った。
更には熾弦とマーシーも遠距離から各々追撃を放つ。
しかし、いずれの攻撃も悉く濃紺のマントに遮られ、有効打を与えた気配が感じられない。
逆に攻撃を凌いだBLは手にした青の書物を開いて詠唱。撃退士たちの頭上に巨大な氷塊を撃ち放った。
それは次の瞬間には弾け、氷の散弾となって空より降り注ぐ。
伊都と熾弦はシールドを緊急活性化し攻撃を防ぐも、避けそこなったマーシーが氷礫の直撃を受けた。
「…っと、やってくれますねー」
撃退士たちが守勢に回っている隙にBWたちが一斉に突撃を開始する。
これを迎え撃つべく、エイルズレトラは一人前へと飛び出した。
「受けて立ちましょう」
ショウタイムによる注目効果で敵の気を惹きつけなから、敢えて敵集団の真ん中へと突入する。
攻撃を一手に引き受けることで、味方への被弾を減らす算段だ。
その思惑通り、囮となった彼を標的に据えてBLがBWたちへと命令を下す。
すなわち、距離を取りつつの淡青の魔槍による連携攻撃。
それでもエイルズレトラの身体を捉えることはできず、次々と繰り出される穂先は悉く空を切る。
「武器を変えても攻撃の程度は一緒ですね」
しかし、それらの攻撃も囮であり牽制であったのだろう。
魔槍よりも深い位置から突如突き出された一撃。亜種B型が斬り上げた漆黒の斧槍。
それは攻撃を躱すことに集中していたエイルズレトラの身を深々と斬り裂いた。
「ぐ…っ?!」
そのまま亜種B型は勢いに乗り、深紫のマントをはためかせながら後衛へと突進していく。
「ここより先へは行かせません!」
熾弦はその前に敢然と立ち塞がると、献身のロザリオを手に審判の鎖を発動。聖なる鎖でBWを強制的に縛りあげた。
●flexible
一方その頃、宗は敵群の背後へと静かに忍び寄っていた。
味方の攻撃の様子から、亜種A型はおそらく従来のBWとは逆の特性で物理攻撃に強い。
宗はそう判断を下していた。
両手に構えた曲剣に魔力を帯びた雷遁を纏わせ、試しにBL亜種A型へと斬りかかってみる。
「やはりか」
濃紺のマントに阻まれることなく深々と切り裂いた一撃。
それはBLの膝を落とさせると共に、その特性を確信に至らしめた。
「魔力攻撃が有効だ!」
BLの反撃を空蝉で回避しながら、宗が味方たちへその確信を報告する。
「了解っすよ!」
その声に従い、伊都は魔具をスターライトハーツに換装。
構えると同時に魔具が魔力を帯びた白い光を放ち始めた。
対して、恭弥とふゆみは魔法攻撃に適した武器を持っていない為、遠方からのライフル狙撃を引き続き行っていた。
恭弥は動きを阻害しようと敵の腕部や脚部へ援護射撃を行う。
ふゆみは敵の反撃の手を減らそうと淡青の魔槍を持つ手に狙いを定める。
「うまくはじき飛ばせたら…ハクシュカッサイよろしくなのだっ( ・∀・)!」
その様子を目にしていたマーシーも二人に倣って味方の援護に転じていた。
「なるほど、勉強になります」
初見の敵に対する対処の仕方。攻撃が通じにくい場合に取り得る方法。判断や決断から位置取りまで。
凡人を自称する彼は、己の出来る事を増やすべく経験豊かな味方を観察しては、その言動を目に焼き付けていく。
三人が援護射撃を始めたことで、BWに囲まれていたエイルズレトラに余裕が生まれた。
負傷中の攻撃はトランプマンで凌ぎ、傷はドレス・チェンジによってある程度癒し終えている。
気を引き締め直した彼にはもはや隙などなく。
魔槍の連撃を躱しながら、彼は手にした一枚のカードにアウルを込めた。
「……しょせんは海産物、陸上は力を発揮できないということでしょうか?」
投げ飛ばされたカードは触れたBWたちの体内神経をズタズタに切り裂く力を持ち、その身を麻痺させる。
それに合わせて伊都が滅光を発動。
強化された純白のアウルで魔具を包み込むと、BWの背後へと強力な一撃を叩き込んだ。
「ん〜、地域安寧の為あなた方には悪いけどここで眠ってもらうっすよ、塚位は立ててあげるっすよ」
亜種A型への攻撃が軌道に乗り始めた一方で、熾弦はBWの亜種B型と一人対峙していた。
審判の鎖で動きを封じ込めるにしても、その効果はほんのひと時。麻痺の効果はすぐに打ち破られていた。
「抵抗力が高いのですね…」
それでも動きを封じる間は味方たちが亜種A型の殲滅に注力できる。
熾弦は最後の審判の鎖を発動すると四度、亜種B型の動きを封じ込めた。
と、ここに来て亜種B型が今までとは違う動きを見せる。
深紫のマントに包まる様に体を深く沈めたかと思うと、次の瞬間には勢いよく跳躍。
身を縛る鎖を引きちぎり、そのまま落下の勢いを乗せて漆黒のハルバードを打ち下ろした。
熾弦は咄嗟にシールドを展開するも僅かに間に合わず、斧刃は盾をすり抜け彼女の柔らかな身体を叩き斬る。
「あぐっ…」
呻いた熾弦の口元から零れ落ちた鮮血。
「はわっ、味方のピンチをお助けだよっ(;゛゜'ω゜')!」
「やらせんぞ」
ふゆみと恭弥がすぐに援護に回る。
「タコ用の兜とは、何ともまた、珍しいものですね」
エイルズレトラが熾弦の前へと割って入り、入れ替わりで熾弦が後退する。
そこへ亜種A型を殲滅した伊都が加勢に加わり、宗が背後で闇影陣を発動。双剣を手に死角からの二連撃を与えた。
もはや敵は一体。
耐久力高く、辺り一帯を薙ぎ払う斧槍の旋風で最後のあがきを見せるも、多勢に無勢となった今はもはや撃退士たちの敵ではない。
最後の滅光を発動した伊都が渾身の一撃を叩き込むと、BWはゆっくりと大地に崩れ落ちた。
「濃紺色が物理攻撃耐性、深紫色が状態異常耐性といったところだな」
「深紫色は全体的なスペックも底上げされていたようですね」
倒れた冥魔を見下ろしながら、宗と熾弦が敵の特性を振り返っていた。
二人の話を聞きながら、マーシーは己の未熟さを噛みしめる。
(僕も…より上を目指さなければなりませんねー)
幸いにして敵を逃すことなく殲滅できたのは、状態異常の付与と柔軟な対応を行った故の戦果と言えるだろう。
北の地での騒乱は続く。
何を持って終結するのか。まだ誰もそれを知る由もなく。
結末はまだ遥か遠く、霧の彼方に。