●
―――弘前駅前。
辺り一帯には、悪魔たちによる『狩り』の傷痕が刻まれていた。
何かに押し潰され、鉄塊と化して道端に転がる車の骸。
無残になぎ倒され、砂塵にまみれて色を失った街路樹。
通りに面した窓ガラスは割れ落ち、傾いた電信柱から垂れ下がった電線がバチバチと火花を放つ。
街には撃退士たちの駆ける音だけが木霊している……。
「広範囲に被害が広がってるみたいね!」
雪室 チルル(
ja0220)に浮かぶのは灼然たる決意。
東北方面の、とある非常に小さな寒村に故郷を持つ彼女。青森の各地が襲われている事態は決して他人事ではなく、その胸は人一倍締め付けられている。
これ以上被害を出すわけにはいかない。今すぐにでもすべてを助けたい。
湧き上がる想いは万あれど、為せる身体はただ一つ。その足はただ真っ直ぐに前へと向かう。
「胸糞悪ぃな…」
目に映る光景の数々に、虎落 九朗(
jb0008)は怒りの色を隠さない。否、隠す必要などない。
心の底から吹き出す怒りが握る拳から紅い雫を落とす。
だがそれは、単に街が蹂躙された為ではない。
「周辺の人はほとんど捕獲されてしまったようですね…」
天宮 佳槻(
jb1989)が阻霊符を発動する。
周囲に暴虐と破壊の痕跡はあれど。血飛沫も、血だまりも、死体も。そこには『人がそこに居た』と思わせる生の面影が見当たらない。
それはつまり――悪魔たちの『狩り』が多大な成果を収めたということを意味していた。
やがて撃退士の目に目標の姿が映る。
通りの向こうに聳え立つのは巨大な筒状の化物『デビルキャリアー』。その数、三体。
直径10mはあろうかというイソギンチャクの様な体躯の中には、捕獲された数多くの人々が押し込められている。
「効率的なのは認める、が…流石にコレは見逃せん」
アスハ・ロットハール(
ja8432)の前髪で隠された右目が赤く発光する。光纏することで、眼窩に生まれた渦状の瞳が映し出すのは内に秘めた燃え滾る炎。
敵は巨大な蜘蛛足を不規則なリズムに波を打ちながら、悠然と撤退を始めていた。
「ここで止めるぞ!」
沸き立つ感情を闘志と不退転の決意に変え、久遠 仁刀(
ja2464)がその手に武器を抜き放つ。
やや離れた処では、撃退署の者たちがキャリアーの護衛たちと激戦を繰り広げていた。
彼らもキャリアーの足を止めようとしていたのだろう。しかし、敵を凌ぐのに手一杯で身動きが取れない。
だが、そのお陰でキャリアーまでの進路を遮るものは何もいない。
「三体なれば……多少は無理してみるかのう!」
遁甲の術を発動し、気配を薄めたのは虎綱・ガーフィールド(
ja3547)。
戦場を吹き抜ける一陣の疾風は肌に絡みつく恐怖と絶望の残滓を振り払い、最短距離を突き進む。
キャリアーの足は思いの外、速い。
戦闘態勢のまま近づこうとしても並みの撃退士では引き離される一方だ。全力で移動しなければ追い付くことすら難しい。
「…進路を塞ぐ、逃がしてはいけないの」
橋場 アトリアーナ(
ja1403)が縮地を発動させる。
爆発的に燃焼させたアウルを糧に加速した走りは、一気に彼我の距離を詰めていった。
●
先行する二人に、他の者たちも続こうとする。
その矢先、撃退署との交戦をすり抜けた三体の剣士が進路上に立ち塞がった。
わずか三体。されど三体。
デビルキャリアーの逃亡を阻止するために、ここで戦力を割くわけにも足止めを喰らうわけにもいかない。
「邪魔だ!」
九朗が怒りをぶつけるように手をかざした。
アウルで生成した無数の彗星が地を翔け、ウォリアー二体を巻き込み爆ぜる。舞い上がる砂煙の向こうで、重圧の効果を受けたウォリアーたちの動きが明らかに鈍くなった。
続けて、佳槻が呪縛陣を仕掛けようと残る一体の前へと飛び出す。
この術は効果範囲が広い上、味方をも巻き込む可能性がある。開戦直後で乱戦になっていない今がリスク低く発動できる唯一のチャンスであった。
「動きを封じさせてもらいます」
幸いなことに、敵の手が伸びる前に術は発動。展開された結界の中でウォリアーが束縛される。
それを確認したアスハは、肉迫する敵味方の間を縫うようにして脇道へと飛び込んだ。
予測されるキャリアーの逃走経路を先回りするため、一時戦線を離脱。彼はそのまま全力で裏路地を駆け続ける。
「逃がさないんだから!」
チルルが身の丈を超す大剣を手に、キャリアーの側面に滑り込む。
――氷静『完全に氷結した世界』
静止した時間認識の中で、彼女の剣閃が蜘蛛足を一瞬にして斬り刻む!
「向こうの目的はこちらとの戦闘に関係がない、なら嫌でも相手にさせる」
仁刀が構えるは月白のオーラを纏いし大太刀。
虚空に振り抜いた一撃は、その一瞬にオーラを武器の延長として爆発的に伸ばし、キャリアーの足をまとめて薙ぎ払う!
二人の攻撃は決して軽くはない。その巨躯と捕獲した人々を運ぶ足を潰そうと、振るう刃に強い決意と想いを乗せている。
それでも。キャリアーの足は何一つ変わることなく動き続ける。
その決意を気に留めることなく。その想いを嘲笑うかのように。
その頃、虎綱は最も遠く離れていたキャリアーの前に回り込み、行く手を遮っていた。
「おっとそこまで。貴様等は此処で行き止まりで御座る」
阻霊符の効果によって、敵は通りに沿って進まざるを得ない。
こちらを踏み潰すが如く押し迫る巨大な肉塊を前に、虎綱が恐れることなく足を踏み出す。
襲い来る無数の触手を避けながら、雷遁・雷死蹴を発動。スライディングの要領で大地に滑り込むと、右側面に並ぶ蜘蛛足へと鋭く強力な一撃を浴びせた。
その攻撃はキャリアーの意識と足を切り離し、一時的にその歩みを止めさせる。
「…これ以上は好きにさせない」
アトリアーナが虎綱とは反対側へ回り込む。速射性に優れた双銃で、次々と蜘蛛足を打ち抜いていく。
引き金に指をかける少女の顔は無表情に、感情を出すことなく。
目標を射抜く瞳の奥に秘めたるは『必ず救出する』と言う強い意志。
その意志は弾幕に形を変えて、キャリアーの機動力を着実に削いでいった。
●
ウォリアーの凶剣がアスハを襲う。アスハの纏う黒き靄を切り裂き、切っ先がその身に迫る。
「なにっ!」
飛び散る鮮血。
攻撃に自動反応するはずの黒き靄が反応しない。慌てて突き出した腕が放つ穿槍が、襲い掛かる凶剣の勢いを弱められない。
物理攻撃であれば効力を発揮していたはずの防御スキルは、魔法を帯びた斬撃の前に悉く意味を失くしていた。
彼は今、一体のウォリアーと交戦している。
裏路地を駆けていた彼の前に突如現れた異形の兵士。おそらくは周辺を徘徊していた個体なのだろう。それは時間の経過と共に新たな敵の出現の可能性を示していた。
――時間を掛けてはいられない。
アスハは一度距離を取ると、タイミングを計り一気に懐へと跳び込んだ。
右腕に装着したスカーレットバンカーがアウルを注ぎ込まれて一時的に大型化する。
「ぶちまけろ……バンカー!」
回転式薬室が回り、空薬莢の跳ねる音が響く。
魔断の杭が冥魔の身を穿ち、その鼓動を断つ。
崩れ落ちるウォリアーの最期を確認することなく、アスハは再び路地裏を駆け出した。
その頃、後方では四人の撃退士が残るキャリアーの動きを封じにかかっていた。
「今助ける! ちょっと待っててくれよ……!」
更に九朗が審判の鎖を発動。冥魔を縛るための聖なる鎖で抵抗させることすら許さずに、最後尾のキャリアーを束縛する。
佳槻がキャリアーの方向感覚を惑わせようと奇門遁甲の術を発動する。
二人が状態異常を駆使する一方で、仁刀とチルルは足に斬りかかり潰しにかかっていた。
連携し、キャリアーを押し止め続ける4人。
その背に忍び寄る真紅の影。
「うぉっ!?」
突如背中を襲った鋭い痛みに、九朗が思わず身をよじる。振り返れば、そこには状態異常から回復したウォリアーの姿。
キャリアーに注力していた仁刀とチルルにも、それぞれウォリアーが襲い掛かかる。
すぐさま九朗と佳槻が回復を行うが、一方で仁刀とチルルはその動きを止めない。止まらない。振り向かない。
ウォリアーを相手するよりも優先すべきことが今はある。
「とにかく数をひっくり返すぞ!」
仁刀が大太刀を振り抜く。
朝日が如く輝くアウルは極性を大きく傾かせ、冥魔を貫く夜明けの一撃へと変わる。
その代償としてウォリアーの斬撃がより凄烈なものになろうとも、彼は刈り取られそうになる意識を根性でつないで己が決意を振り続ける。
「全部やっつけてやる!」
他方、チルルは再び制止された時間認識の中で大剣を振るう。
キャリアーの足めがけて煌めく氷の如き白刃は、背後にいるウォリアー諸共切り裂き乱舞する。
―――と、
聖なる鎖の効果の切れたキャリアーが一瞬の隙をつき転身、撃退士たちを振り切って脇道へと巨体を捻じ込ませた。
立ち並ぶ建物に胴体をこすりつけながらも、筒状の化物は無理矢理に分け入っていく。
「行かせません」
そこ放たれるのは佳槻の鎌鼬。奇門遁甲に代わって活性化されたそれは、アウルの力で集約された風をキャリアーの足もと目がけて撃ち放つ。
風に足を取られたキャリアーが一瞬、その動きを止めた。
「逃がすか!」
「行かせないんだから!」
その背に向かって、仁刀とチルルが封砲を放つ。
真っ直ぐに突き進む月白のオーラと吹雪のような氷白のエネルギー波。形を変えた二つの奔流が交ざり合い。絡み合い。怜悧な純白の光跡を描いてキャリアーの蜘蛛足を薙ぎ払う!
その双撃はキャリアーの足を潰し、傾く胴体を路地の狭間へと沈めた。
「っしゃ! まずは一匹!」
その勢いに乗って、九朗が武骨な戦斧を構える。光り輝く星の輝きを纏わせ、足へと叩き落とす一撃は彼の切り札『レイジングアタック』。
食い込む刃が足の一本を斬り飛ばし、キャリアーが苦悶に身を震わせる。
そこへ薙がれる巨大な氷塊。チルルが更にもう一本の足を破壊した。
●
「しまったでごさる!」
己の不覚に唇を噛む。
ここまで華麗に回避し続けていた虎綱が、触手に束縛され空中に持ち上げられた。
油断していたわけではない。突然視界に飛び込んだ異物にほんの一瞬気を殺がれた。その隙を狙われた。
その異物――路地裏から突如現れたウォリアーは、アトリアーナに突撃する。
魔力への耐性低いアトリアーナは攻撃を避けること叶わず、わずか二撃でその身に深い傷を負ってしまう。
吹き出す鮮血。崩れ落ちる身体。遠のく意識。
アトリアーナの意識は、暗闇に沈もうとしていた――。
虎綱を宙に掲げ、キャリアーが妨害者のいなくなった道を進撃する。追い縋る者は誰もいなかった。
もはや、逃亡は防げない―――そう思われた瞬間に、その行き足が思わず固まる。
「この先は行き止まりだ」
胴体へと穿たれた銃弾。進路上へと先回りしたアスハがアサルトライフルを構える。
キャリアーが怯んだのは一瞬。すぐに足を動かし始める。
だが、その隙にアスハが虎綱に絡みつく触手を撃ち落としていた。
「助かったでござる!」
虎綱がキャリアーの前へと舞い戻る。二度と後れを取るまいと、今まで以上に集中力を高める。
身を逸らし、屈み、捻り、飛び退き、踏み込み。時に、空蝉の術の使用して、襲い来る触手を確実に躱し続ける。
虎綱の回避とアスハの牽制によって、再び足を止めたキャリアー。その背後に迫る小柄な人影。
「…絶対に、逃がさない…!」
何があろうと『人々を救出する』
その想いで必死に意識を繋ぎ止めたアトリアーナが、縮地によってウォリアーを振り切りキャリアーへと肉迫する。
アウルを集中させた白い輝きを纏わせて、突き出される右拳。
『白拳・雪花』
叩きつけた拳から白の輝きがキャリアーの胴体に伝い移る。
――刹那。
弾けた輝きが雪の結晶の如く舞い散る。
その輝きが宙に消えたとき、キャリアーは完全に沈黙した。
幾許かの後。
救援に駆け付けた援軍たちが目にしたのは、キャリアー三体を見事に葬り、ウォリアーたちを退けた久遠ヶ原の生徒たちの姿だった……。
●
―――弘前市、バイパス沿い。
路上、街灯、壁面。あちこちに飛散した血飛沫に、まだ乾ききらぬ鮮血の臭い。
幸運にも捕獲を逃れた一般人が不幸にも物言わぬ姿となって路傍に横たわる。
あちこちで聞こえる悲鳴、嗚咽、断末魔。
弘前市で最も幅広く、甚大な被害を出している地域。その報告は、残念ながら紛れもない真実。
だが……その元凶である悪しき者の姿は、影も形も見えはしない。
流れる景色に心痛めながらも、高虎 寧(
ja0416)は努めて冷静に周辺の地理を思い出していた。
大通り、横道、路地裏。
頭をフル回転させて敵の居場所に当たりをつけ、一歩前に出て先導する。
目に映るもの、耳に届く音、嗅ぎ取る臭い、肌が感じる街を覆う空気。全神経を研ぎ澄まし、寧はさながらレーダーの様に敵の気配を探る。
一方、各務 与一(
jb2342)は鋭敏聴覚と索敵を発動。強化された視界と聴覚で周囲に注意を向ける。
索敵で強化された視界が求めるは生者の姿。しかし、その眼が捉えるのは死者の骸ばかり。
鋭敏になった聴覚には、お互いの息遣いのみが届く。
幾つもの凄惨たる光景を前に、いつもは微笑みを絶やさぬ与一の表情にも哀しみと緊張の色が滲む。
二人とも、言葉は無い。わずかな異変を察知しようと、全身全霊で敵の姿を探し続けていた。
「…!」
不意に与一の表情が変わる。
その耳に届いた確かな足音。
「…高虎さん」
背中を肘で軽く小突く。視線の先は、目の前の民家の向こう側。
寧は遁甲の術で自身の気配を薄め、無音歩行による特殊な走法で足音を消す。存在を殺した隠密は曲がり角へと近付くと、静かに物陰から敵の姿を盗み見た。
その間に、与一がグループ通話機能で周辺に散った仲間たちへ連絡を入れる。
「捕捉したよ。位置は――」
寧が戻り、情報を付け加える。数・種類・配置・密集度・侵攻方向。確認できた限りの事を詳細に。
「俺たちは次の敵の捜索に向かうね。この敵は任せたよ」
二人は討伐を仲間に託し、交戦することなく次の場所へと駆け出す。
その役割はあくまで敵群の補足。
敵はまだ、街を彷徨っている―――。
●
「どこにいやがる?」
連絡を受けた場所へ真っ先に駆けつけた君田 夢野(
ja0561)が周辺の捜索を開始する。
「また随分と暴れてくれるな」
打ち棄てられたばかりの真新しい遺体を目にし、大澤 秀虎(
ja0206)も敵の姿を探す。同時に縮地を発動。いつでも敵との距離を詰められるように備える。
「……あそこだ」
索敵によっていち早く敵の姿を捉えた影野 恭弥(
ja0018)が、数十m先を示した。
路地裏に停車する車の向こう側。見え隠れするのは異形の存在。
見敵必殺。
振り向く、と同時に夢野が地を蹴った。
その後に秀虎が続く。姿勢を低く。重力に引かれるように沈み込んだ身体がアウルによって強化された脚力で更に加速する。
後方では、スナイパ―ライフルを手に恭弥が射線の通る位置へと移動を始めた。
接近により、露わになる光景。それを目にした夢野が思わず叫ぶ。
「外道がっ!」
地に伏せる一人の女性。その背に突き立てられているのは鮮血に染まる真紅の剣。力尽きた身体の下では、幼子が腕に抱かれ横たわる。
その周囲に群がるは、タコそのものが頭部と化したような異形の兵士『ブラッドウォリアー』たち。
「楽しみが有るのはいいのだが無差別な殺戮は好かんな」
真に技を極める為の乗り越えるべき壁として天魔に対して一種の敬意を示す秀虎ですら、眼前の惨劇に眉根を寄せる。
迎撃の態勢に入るウォリアーの機先を制し、秀虎は一気に距離を詰めた。
抜刀。そして、一閃。
薙いだ金剛夜叉がすれ違いざまに左足を斬り払う。
続けざまに恭弥の銃弾。その銃弾は、態勢を崩していたウォリアーに膝をつかせる。
即決即断即効即殺!
握る大剣にアウルを込めて。迷いも躊躇も遠慮も容赦もなく。夢野が高周波の震動によって切れ味の増した刃を振り下ろした。
「外道はシャ首を刎ね、骸を道端に打っ棄るのみ。それが、人が夢を冒涜せし者の辿るべき末路だ」
転がる首を踏みしだき、夢野が怒りを露わにする。だが、その心中では湧き上がる感情を必死に抑え込む。
(感情に…支配されるな…っ!)
煮え滾る怒りを呑み込んで、冷徹な殺意で身を包む。
その殺意に反応するように、ウォリアーたちが動き出す。
背後に控える異形の魔術師『ブラッドロード』の指揮の下、互いの呼吸を合わせて前進。
降り注ぐ斬撃の雨が、回避を試みた夢野の身を斬り刻む。
「ぐあっ…!」
魔力を帯びた剣はただの斬撃より重く、深く。
並ぶ秀虎は斬撃の一つを辛うじて刀の鎬でいなす。
身を屈め、挟撃されぬよう絶えず敵を視界に収められる位置へ身体を置く。
「じっとしててもらおうか」
返す刀で抜刀。狙うは四肢の関節。敵の動きを削ぎ、夢野の援護を主眼に刀を振るう。
「何だ?」
不意に頭上へ打ち上げられた真紅の炎球。
夢野と秀虎が仰ぐと同時、それは弾けて無数の炎の礫と化した。
「なにっ!?」
夢野が慌てて後ろに飛び退くも、その落下範囲は予想よりも広く。秀虎が咄嗟に切っ先で落下軌道を逸らすも、すべてを捌くことはできず。
降り注ぐ炎礫に、二人は魔法の炎に包まれる。
その間に、傷ついたウォリアーを真紅の光が包み込む。瞬く間に兵士の傷を癒すのはロードの回復魔法。
「やはり、あいつが要か」
後方からウォリアーを狙撃していた恭弥がスナイパーライフルを構え直す。
狙いはロード。
だが、道幅は狭く、目まぐるしく入れ代わり立ち代わる前衛が壁となり、射線を確保することができない。
と、秀虎と夢野が動く。
秀虎が足を斬り崩しウォリアーの一体を屈ませる。
夢野は掌底を突き出して圧縮された音の歪みを解放。膨張する音の空間で、別のウォリアーを吹き飛ばす。
「ようやく顔を見せたか」
二人の連携により晒された真紅の姿を、恭弥の冷徹なる視線が鋭く捉える。
銃口から放たれた弾丸は白銀の軌跡を描き、狙い違わずロードの身へ。
冥魔を滅する力を帯びた一撃。物理攻撃と命中精度に特化した恭弥の射撃能力。
わずか一発。その力は、わずか一発でロードの命を絶っていた。
指揮する者を失い、ウォリアーの連携に乱れが生じる。
「動きに迷いができたな」
その機を逃さず、闘気を解放した秀虎が恭弥の狙撃で弱ったウォリアーを叩き斬る。
対する夢野も、思考するよりも早く身体が反応。聖気を帯びた大剣と、切っ先に重ねた白く輝く音の刃で敵を一刀の下に斬り伏せる。
「やっぱ時間稼ぎよりは敵を切り伏せて救い出す方が性に合うな! ブラヴォー!」
残すは一体。一方で、前衛二人に蓄積したダメージも大きい。
それでも夢野は我が身を厭うことなく、満身創痍の身体でウォリアーへと向かっていく。
死を恐れぬウォリアーが静かにそれを迎え撃つ。
交差する最後の剣閃。
「ぐはっ…!」
一瞬早く届いたのは敵の刃。身体を貫かれた夢野の意識が――遂に闇へと沈んだ。
ウォリアーの無慈悲な目はそれでも夢野を見つめ続ける。
「やらせぬ!」
縮地による加速。
秀虎が飛び出し、夢野に届くはずの刃をその身で受け止める。
そこに穿たれる白銀の弾丸。
「沈め」
恭弥の言葉に誘われ、頭を吹き飛ばされた最後のウォリアーが地へと沈んだ。
●
街に刻まれた数々の傷痕が、敵の襲撃の規模の大きさを物語る。
「敵の数が多いようですね。爵位持ちがいるからでしょうか?」
楯清十郎(
ja2990)の柔和な顔立ちに険しさが浮かぶ。
「爵位だろうと何だろうと――その目論見、蹴り砕く」
戸次 隆道(
ja0550)の纏う空気が怜悧な刃物の様に鋭さを増していく。
索敵班から連絡を受けた二人は、場所へと急行していた。その背後を、黒井 明斗(
jb0525)が追い掛ける。
「大丈夫ですか?」
「は、はい! 先に行ってください!」
明斗の答えに、前行く二人が駆ける速度を上げる。
少しずつ引き離されていく後姿。それを懸命に追いながら明斗は悔しさに歯噛みする。
先日の依頼で受けた傷は深く、未だ完治していない。
重い手足。反応の鈍い身体。思う様に動けない自分自身がただただ恨めしい。
「それでも…っ!」
何かできるはずだと身体に鞭を打ち、明斗は前を向いて駆け続ける――。
巨大な蠍『デスストーカー』。
5mほどの巨体を地表を這い回り、堅牢な甲殻が鈍い光沢を放つ。8本の節足がリズムよく蠢き、巨大な鋏がガチガチと金属音を鳴らす。鋭い毒針を持つ尾は弧を描き、体を貫いた男性をぶら下げていた。
「好き勝手されるのは気に食わないんだよ…!」
その姿を発見するや否や、隆道が闘神阿修羅を発動する。赤い闘気が吹き上がると共に自身のリミッターを解除。深紅に変化した髪と瞳が、阿修羅の如き相を想起させた。
「大きいですね…」
清十郎の身体が鮮緑色の光に包まれ、周囲を小さな結晶が浮遊する。
隆道は敵の左側面へ。清十郎は右側面へと回り込み、じりじりと間合いを詰める。
いずれ明斗が追い付くとは言え、わずか三人でこの巨大な天魔を相手にしなければならない。
清十郎の背筋に冷たい汗が流れ落ちる。
先に動き出したのはデスストーカー。
突然激しく尾を振ると、その勢いで突き刺していた遺体が投げ飛ばされる。
「うわっ!」
予想外の攻撃を清十郎が間一髪で躱す。
その間にデスストーカーは隆道へと向きを変えると、大鋏を広げて襲い掛かった。
隆道はサイドステップしてそれを難なく避ける。そして、関節の破壊を狙い、カウンターの蹴撃を伸びきった尾へ。
だが、それは硬い甲殻に阻まれ蹴り砕くまでには至らない。
続き、敵の背後から清十郎が接近。
その手に握る白銀色の杖へ天界寄りに変動させたアウルを集める。
「サソリ型はここを攻撃しないとね」
太陽の様に輝きだした杖の先端を尾めがけて真っ直ぐに突き出す。しかし、その一撃は甲殻に小さな罅を残すのみに止まる。
「くっ…これは硬いですね」
デスストーカーが反撃に出る。
身体を旋回させ、清十郎に向かって荒々しく突き出される二つの大鋏。
対して、清十郎はニュートラライズを発動。盾を活性化すると同時に、先の攻撃で変動したアウルの質を天魔の影響を受けないレベルまで調整する。
大蠍の攻撃を清十郎が凌いでいる間に、隆道は再び側面に回り込んだ。
狙い澄ました蹴りは甲殻の隙間へ。
「ちぃっ!」
だがそれは、大蠍が体をずらしたことで狙い外れて甲殻を打つに止まる。
逆に振り払われた大鋏がカウンターとなり、スピードに乗った重量の塊に弾かれ隆道の身体が大地に転がった。
「僕に任せてください!」
そこへ、明斗が遅れて到着。
すぐさま小さなアウルの輝きを隆道の身体に送り込み、傷を瞬く間に癒していく。同時に清十郎も血晶再生で自分自身を回復。
明斗は二人が再び戦線に戻ったことを確認すると、一人大きく距離を取った。
今の身体では迂闊に接敵できない。もし倒れるようなことがあれば、彼はもう自分を許すことなどできないだろう。
満足に戦えない屈辱と冷静な判断の狭間で、明斗は弓を構え支援に徹し始めた。
3人は甲殻の隙間や尾の付け根を狙って攻撃を放ち続ける。
だが、それらは悉く打点をずらされ硬い甲殻に阻まれてしまう。敵の意識を逸らし、局所を突くには攻撃の手数が不足していた。
その結果、長引く戦いは少しずつ前衛二人を削っていく。
今また幾重にも交わされた攻撃の一つが清十郎の受けを掻い潜った。
(しまった!)
今更避けられるはずもなく、麻痺効果を持つ毒針がその身を穿つ。
―――それよりも一瞬早く。
鬼気を纏い、羅刹と化した隆道が練り上げられた突きを放つ。
それは、デスストーカーの巨躯を軽々と吹き飛ばし、路肩の軽トラを巻き込んで壁に激しく打ち付けた。
「今度こそ…蹴り砕く」
機を逃さず、隆道が更なる追撃をかける。迎え撃つ鋏と尾を紙一重で躱し、尾が伸びきったところへ放つ渾身の蹴撃!
鈍い音と共に、銀色の脚甲が今度は尾の関節をへし折った。
痛みに悶え逃げ出そうとする大蠍に、明斗が矢を乱れ撃って退路を断つ。
「その甲殻、魔法攻撃ならどうでしょうか?」
トドメとばかりに放たれる清十郎の突きは、闇夜を切り裂く一条の陽光の如く。
「突き抜けろ! ブレイク・ドーン!」
甲殻を貫き脳天へと到達した一撃はデスストーカーを激しく痙攣させ、ゆっくりとその動きを止めるのだった。
●
その頃、寧と与一はデスストーカーと対峙していた。
援軍が来るまでの足止めに徹し、辛抱強く二人は交戦を続ける。
「この弓で守れる命を守る。それが今この場所で俺がやるべき事なんだ」
与一が長大な和弓を構えクイックショットを撃ち放つ。だが、命中重視の攻撃では硬い甲殻を貫くことはできない。
「動きを止めます!」
寧が影縛りを発動し、その影を縫い留める。だが、束縛の効果もいずれは消える。
今もまた、束縛の効果が解けたデスストーカーが大鋏を振りかざして寧に向かっていく。
「危ないっ!」
咄嗟に与一が敵の進路上へ踊り出る。
大鋏が身に届く直前に急所外しを発動し、身体を捻って敵の攻撃に耐え抜く。
そのまま鉄扇を広げて応戦を始める与一。
手裏剣と片手槍で牽制を続ける寧。
『足止めに徹する』
たった二人でそれを行うことの難しさを痛感する。
時は身体は元より二人の心を摩耗させ、攻撃を受け続けた与一が限界を迎える。
と、その時。
視界の片隅に映る複数の影。
「援軍が来ましたよ!」
駆けつけた撃退署の者たちに寧が素早く状況を伝える。
一気呵成の連帯集中攻撃。怒涛の攻勢は敵を押し返し始める。
――その後方で。
与一は役目は果たしたことに安堵を覚え、静かに気を失い倒れ込んだ。
この後。
久遠ヶ原の学生たちの活躍を機に、辺り一帯で暴虐を尽くしていた冥魔たちは掃討される。
学生たちは役目を引き継ぎ、一足先にその身を休めるのだった。
●
―――弘前城、城下。
シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)が展開した魔法障壁でウォリアーの斬撃を受け止めた。
「ここより先には抜かせませんわよ」
黄金色のオーラに染まる長い銀髪に、大きなリボンが軽やかに跳ねる。
Rehni Nam(
ja5283)がウォリアーの攻撃をいなし、態勢を崩したところへオーデン・ソル・キャドー(
jb2706)がアウルを込めた強烈な一撃を撃ち放つ。
「思ったほどではありませんでしたね」
ウォリアーが1体、地に沈んだ。
「次でラストやね」
亀山 淳紅(
ja2261)の前に円形の魔法陣に浮かび上がる。
複雑な図形楽譜が描かれると同時に巻き起こった激しい旋風は、最後のキャリアーを包み込んで意識を朦朧とさせる。
「…終わりだ」
膝に集中させた墨焔状のアウルは、さながら『牙』の如く。
速度を殺すこと無く穿たれた中津 謳華(
ja4212)の『牙』が、足掻く悪しき剣士を絶命させた。
残す敵は人々を捕獲して離さないデビルキャリアー、ただ一体。
一行は、ルナジョーカー(
jb2309)の潜行とRehniの生命探知や位階認識を使用した偵察によって、冥魔たちが辺り一帯で眠り伏せる人々を回収している最中であらあることを知った。
捕縛された人々を救出すべく、迷うことなく現場へと急行。
待ち受けていた6体のブラッドウォリアーを前にしても躊躇うことなく。
連携した10人の撃退士は終始攻勢を仕掛け、キャリアーを足止めを行いつつも遂にはウォリアーを撃破し今に至る。
だがしかし―――沈まない。
斬撃が、打突が、魔法が。
近付けば全てを視界に収めきることのできない巨躯が、撃退士たちの数々の攻撃を受けても尚、未だそこにあり続けている。
「動きを止める…」
せわしなく足を動かし撃退士の包囲を抜けようとするキャリアーに向かって、鳳 静矢(
ja3856)が直刀に手をかける。
と、同時に蜘蛛足の間に迸る紫の閃光。
光が収まるより速く。その手が眼前に並ぶ蜘蛛足を斬り裂いた。
ミリオール=アステローザ(
jb2746)から黒く煌めく触手が放たれる。
「いい加減に止まる頃合いですワァ!」
それはキャリアーの足を貫き、体組織を無機物に変えようと侵食を始める。だが、キャリアーの高い抵抗力はそれを阻み、はね除けてしまう。
「もうそろそろだよねっ?」
四方八方へと伸びる触手を掻い潜り、武田 美月(
ja4394)が十字槍を横に薙いだ。
溢れるガッツが宿す光は神獣の角の如く。対冥魔用の尖撃が、足の一つを見事に叩き潰す。
「ああ…これで終わりだ!」
魔具を納め、大炊御門 菫(
ja0436)が足を踏み出す。
音を置き去りにする程の閃踏『牽牛』、そして魔具を再活性化しながら突き出す『織女』。
二つの技術を複合させた一撃は風の抵抗を受け、不可解な軌道を描きながら蜘蛛足を貫く!
地を震わせる轟音。
それはデビルキャリアーの足が脱力し、その巨躯を地に落とした証。
胴頂に蠢く触手は健在なれど、動きを封じられた冥魔が呻くように体を震わせた。
後は胴体を潰し、救出作業に入るだけ。
一同の間に僅かな安堵が零れる。
―――と。
謳華の背筋がぞわり、と粟立つ。
「…気に食わん『匂い』だ」
『匂い』――それは彼の感覚が捉えた場の『変化』。
「この感じ…何ですの?」
「力ある悪魔の気配がしますね…」
シェリアとオーデンも漂う空気に異変を感じ取る。
その異変のせいなのか。キャリアーも動きを止めている。
不意に射抜かれる視線。
一斉に全員が視線の先を追う。
暗赤のマントを纏いし剣士と魔術師。
甲殻に覆われた巨大な蠍。
新たなる敵群として撃退士たちの眼前に現れる。
そして、その最奥に控えるのは―――。
「…やはり、貴様か」
謳華の押し殺した声がその者を迎える。
夢に誘う艶やかなる姫君――『リザベル』が撃退士たちの前に現れた。
●
蒼き肌。額に生えた尖角。冷徹な紅の視線が撃退値たちを一瞥する。
「想定外、よ」
妖艶。
淫魔とはまた異なる色を帯びた声が、撃退士たちの耳に静かに溶け込んだ。
瞬時に膨れ上がった警戒感に淳紅の心がざわめく。
強大な悪魔の存在を前に、ルナの脳裏に過去の幻影が一瞬浮かぶ。
長き因縁を結んできた種族の血が、ミリオールの全身を無意識に打ち奮わせる。
押し寄せるような圧迫感や怜悧な殺気を纏っているわけではない。だが、それでもその存在が雄弁に物語る。
目の前にいるそれは下級悪魔とは一線を画す、
―――本物の『デビル』なのだと。
「騒ぎになって注意が向かないよう、わざわざ人間たちを眠らせて事を運んできたと言うのに…」
陽動の為に東側で自由にさせた部隊、駅前で人間の捕獲に出した部隊、そのどちらもが大した成果も残さずに討ち倒されたという報告が彼女の耳に届いていた。
邪魔をしてきたのは、天使に比べれば取るに足らない存在であるはずの『人間』たち。
一体、彼らの何が脅威足り得ると言うのか?
「こんな所で俺たちの相手をしていて良いのか?」
押し黙るリザベルに、謳華が情報を得ようとカマを掛けた。
だが、リザベルは黙して語らない。表情を変えずに撃退士たちを見続ける。
「もう諦めた方がいいんじゃないかなっ?」
人差し指を立てながら、いつもと変わらぬ元気な声で美月が呼びかける。
「無駄に戦うか退くか…どうする悪魔?」
対して、静矢は油断なく直刀を正眼に構える。刀身に漂う紫の霧が刃へと集束し、ひと際眩く紫色の輝きを放つ。
「えーい、なんなのです、このバカ悪魔は!」
Rehniは魔装を深紅の外套に変更。その手に握り直した白銀の槍も彼女の魔力を受けて、その先端に金色の刃を形成させる。
二十の瞳がリザベルと向き合う。
揺るがぬ在り方。胸に秘めた覚悟。過去への誓い。大切なものへ捧げる決意。
それらの強き意志が、リザベルの眼前に立ち塞がる。
「その目、さっきの奴らとは違うわね」
言葉の示すところの意味をオーデンがいち早く理解した。
「……先行していた撃退士たちのことですか?」
「…っ!? 貴様、まさかっ!!」
今は亡き者たちを気にかけていた菫の怒りがリザベルを打つ。
―――いいわ、見定めてあげる。
その怒りを受け止める様にリザベルは薄く微笑むと、冥魔たちに向かって命を下した。
●
「来ましたですワァ!」
極光翼によってミリオールが宙を翔ける。
ウォリアー4体が統率の取れた動きで駆け出してくる。その指揮を取るのは後方に控えるロード。
せわしなく節足を動かして突進してくるのは巨大な蠍、デスストーカー。
一方で、迎え撃つ撃退士たちの背中に、未だ倒れぬデビルキャリアーが触手を蠢かせている。
彼女は上空から把握した敵の情報を仲間たちへ的確に伝えると、自らはデビルキャリアーへと向かった。
その手には換装したベルゼビュートの杖。禍々しい雰囲気を持つ天を侵す魔杖が彼女のアウルを天と冥魔の境界上に置き、リザベルの攻撃に備えさせる。
(どう出る…?)
ミリオールの情報を下に、逡巡。
静矢がリザベルを目を向けた。
リザベルは動かない。戦いに加わる気配はなく、その目が語るのは――『観察』。
戦線も手下の冥魔たちが塞いでおり、リザベルの下へ向かうのは難しい。
ならばと、静矢は身を翻しキャリアーと対峙する菫の横に立つ。
「一刻も早くキャリアーを落とすぞ!」
菫が凛々しくも猛る。
リザベルが現れた以上、全員で迫り来る敵を迎え撃つに越したことはない。
だが、キャリアーを放っておくわけにもいかない。移動できなくなったとはいえ、その触手に捕縛されてしまえば一気に戦況が傾く恐れがある。
何よりも――捕獲されたままの人々がいる。
胸に掲げた創世の炎を赤々と燃やし。菫は焔噴き出す聖槍を構え直した。
「絶対とっちめてやるのです!」
Rehniがキッ、とリザベルを睨み付ける。
小さな胸に期す大きな誓い。だが、今はそれを為す前にやるべきことがある。
素早くスキルの交換を行い駆け出す。
新たな敵群の出現。強力な悪魔の存在。いつ何が起きてもおかしくない状況に、彼女は急ぎ、傷付いた仲間たちを癒して回る。
「臨機応変とは、良く言ったものです」
迫り来るウォリアーたちの側面に回り、オーデンが黒い光の衝撃波を撃ち放つ。
(命令のつもりなのでしょうが、現場で見て考えろ…、と言う事ですからね)
想定外の二連戦。戦闘が長引けばこちらが追い込まれるのは明白だ。
オーデンは仲間が生き残る事を最優先に戦況を見極め始めた。
美月が銃を構え、まだ接敵する前のウォリアーへと銃撃を放つ。先の戦闘で少なからず傷を負っているが、泣きごとなど言っていられない。
むしろその身を奮い立たせるように、いつも以上に元気な声をあげて敵を迎え撃つ。
「好き勝手やった分、耳揃えて返してもらうよっ!」
「―怨 南牟 多律 菩律 覇羅菩律…」
発した呪言に謳華の瞳が緋に染まり、荒野の鬼神を宿すが如く己が闘争心を解き放つ。
そのまま、ウォリアーと交戦。やや半身になる構えから腕を組んだまま放たれる脚足がウォリアーの斬撃と交錯する。
瞬間、戦場に謳華の純粋なる殺意が吹き荒れ、中てられたウォリアーたちが謳華へと向きけなおす。
「たこ焼きにされたなかったらこっち向かんかい蛸ォ!」
その背に向かって、普段は温厚な淳紅が荒々しく吼えた。
先の戦いでだいぶスキルを消耗してはいるが、淳紅の豊富な魔法は底を見せることない。
今もまた、灼熱の炎が一直線に敵を薙ぎ払った。
敵も黙ってはいない。
デスストーカーが美月に接敵すると、鋏を広げて両腕を振るう。
「あなたのお相手はわたくしです」
その攻撃にシェリアが緊急障壁を活性化して割って入った。
だが、衝撃は弱まれど、シェリアの想像以上に重い攻撃が膝を崩れ落とさせる。
そこに振り下ろされる尾の先端に生えた毒針。
「やらせるかっ!!」
咄嗟に、ルナがシェリアを突き飛ばす。身を呈した行動は毒針をまともに受け止め、ルナの身体を麻痺させた。
「ルナっ!?」
「気にすんな…っ! 何度だって立ち上がってやるさ。悪魔が…どうしたァ!?」
彼の魔力が爆発音を奏でる。
花火のような色とりどりの爆裂が、目標を識別してデスストーカーと周囲のウォリアーだけを巻き込み爆ぜた。
●
すでに一戦交えた撃退士たちの旗色は悪い。
負傷は元より各種スキルが次々と尽きていく。
「これで打ち止めです」
オーデンがソニックブームを放ち、ウォリアーを葬った。同時に使用できる攻撃スキルが底をつく。
目を配り、全体を見渡すも状況は芳しくない。特に後方に控えるロードが回復の手を飛ばすため、敵の撃破に手間取り戦いが長引いている。
「…そろそろ撤退を考えるべきですね」
そこにシェリアとルナが動く。
「ルナ、背中をお願いできます?」
「任せとけ、相棒」
ルナがデスストーカーを引き付けてる間にシェリアが戦線を縫うように前進する。
(チャンスは一度だけですわ…)
狙いはロード。使用するのはスタンエッジ。
敵の死角に回り込みながらも足早に、流れる様に距離を詰める。
と、接近する前にロードに気づかれてしまう。だが、シェリアは構うことなく一気に踏み込むと掌から電撃を飛ばす!
奔る電流。肉の焦げる臭い。
身を焼かれたロードが白目を向いて態勢を崩す。
「スキありだねっ♪」
そこへ美月の十字槍が一閃。穂先は緑の輝きの尾を引きながら、ロードの身体を貫いた。
敵の回復役がいなくなり、僅かに戦況を盛り返した隙をつき、Rehniは聖なる刻印をオーデンと謳華に刻み付けた。
「これで耐性がついたはずです」
流れが傾きつつある今、リザベルの動き次第では戦況が再び大きく傾く。
既にRehniの回復スキルは尽きていた。
何度攻撃を浴びせただろうか。
今や、キャリアーの触手の動きは目に見えて鈍ってきていた。
「あとわずかだ!」
挑発を使い、気を引き続けた静矢が一度も捕まることなく触手を避け続ける。
「はあぁぁぁっ!!」
菫の声が天を衝き、聖焔の刃を突き立てる。同時に縦一文字に振り下ろされる静矢の直刀。
巨獣が呻き声をあげ、狙いも定めずに触手を振り回す。
「トドメですワ!」
高度ギリギリから、青光を纏ったミリオールが杖を突き出し滑降する。
残光が尾を引く様はまるで彗星の様で。
「滅す、ただそれだけの技なのですワ…」
真っ直ぐに穿ち、貫いた一撃が、遂にデビルキャリアーの命を討ち滅ぼしたのだった。
ウォリアー2体にロード、そして大型のデビルキャリアーまで落とされ、リザベルが眉根を寄せる。
「いい加減に退いたらどうやっ!?」
「それが世の為人の為冥魔の為ですワ!」
淳紅とミリオールの言葉を投げるも、リザベルは何ら反応を見せることなく、むしろ前へと歩み出す。
「ならばっ!」
剣魂で回復した静矢が吶喊する。
生半可な攻撃が通じるはずはない。その判断が一回分を残していた滅光を発動させる。
危険を覚悟で傾けたアウルの極性に反応した刃の輝きを紫から純白へと変える。
「うおおぉぉぉぉ!!」
荒々しくも鋭い光の如き剣閃が、白の軌跡を描いて最短距離でリザベルへと迫る。
と、僅かに遅れて。
いや、敢えてタイミングをずらして側面から突き出されたのは、Rehniの投げ放ったヴァルキリージャベリン。魔具の効果も含めて彼女のアウル極性もまた、冥魔に仇なす力と化していた。
「スキありです!」
それぞれの攻撃が確かにリザベルの身体を捉える!
――アウルの槍が霧散する。
――刃が引かれる。
そして、リザベルは――変わらぬ姿で佇み続けていた。
「そこの剣士は兎も角…そこの娘。その程度の魔力で私に敵うと思ったの?」
指摘されるまでもなく、Rehniは悟っていた。
その圧倒的な魔力に満ちた肉体はアウルの極性を傾けて尚、生半可な魔力を受け付けないと言うことを。
リザベルが腕を振るう。
階位を持つ悪魔に拮抗しようと極性を傾けていた二人は、その反動で冥魔の耐性を減じたままに強大な魔力を受け止める。
声もなく地に沈む静矢とRehni。彼らが自力で起き上がることは―――もはや無かった。
「どんな夢がお好みかしら?」
続けざまにリザベルが手をかざす。
霧を起こすわけでも音を発するでもなく。魔力に満ちた空間に、夢へと誘う扉が開かれる。
「…っ!」
次の瞬間、美月とシェリアが倒れ込んだ。
その顔が安らかな表情を浮かべる。剣戟飛び交う戦場に立っていたとは思えないほどに満ち足りた寝顔。
一方で、謳華と菫の両者は誘われる夢の世界に必死に抗っていた。
謳華は聖なる刻印によって増幅された気迫と気力で睡魔をねじ伏せ、菫はただ一心に。守り、人を活かす為、彼女は己が心の内の焔を燃え盛らせ、睡魔を焼き伏せた。
「命を蹂躙して、夢まで蹂躙して…貴様は一体、どこまで人間を…人の魂を弄ぶ気だっ!」
声を張り上げ、発した気勢が見つめるリザベルの髪をなびかせた。
●
ディアボロたちは尚も迫り来る。
「ここは退くのが得策です。死んでは何もなりません」
オーデンが全員に呼び掛ける。
今回の任務は『調査』と『救出』。既に周辺の状況はルナの潜行偵察とRehniの生命探知を中心に終えている。キャリアーも撃破した以上、今すぐ連れ去れることはないだろう。いずれ援軍も駆けつける。
つまり、ここでリザベルを退治することが目的ではない。
「ここは引き受けた…」
「足止めはこなしてみせるさ」
オーデンの言葉に、謳華とルナが前へと進み出る。
目的は同じ。敵を足止めし、仲間の身を守ること。二人は肩を並べて敵の前に立ち塞がる。
その間に、オーデンとミリオール、菫が倒れる者たちを担ぎ上げる。
睡魔に倒れた二人は揺すっても強く殴ろうとも目を覚ます気配がなく、今はただ効果が切れるのを待つしかない。
仲間が回収されて後方へと退避する間、二人は容赦なく襲い掛かる攻撃に耐え続けていた。
気迫で躱し、気力で攻撃に耐える。
ボロボロになりながらも己を奮い立たせ踏みとどまる。
「俺は二度と同じ過ちを繰り返したくないだけだァ!」
彼の脳裏に再びフラッシュバックする幻影。
光纏によって赤く染まった瞳が溢れ出す感情を呑み込み、沈める。
「―――っ!」
声にならぬ呼び掛けは誰に向けたものか。
護ること。その恐れを失った男は限界を超えて尚、最後まで怯まず立ち続け―――そして力尽きた。
「ぐはっ!」
遅れて謳華も地に伏せる。彼の残した殺気と闘気は変わらずに、敵に睨みを聞かせ続ける。
二人が耐え忍んだ甲斐があり、倒れていた仲間たちはすべて後方へと退避させられていた。
そこへ淳紅が不意をついて肉迫する。
「これ以上は…やらせへんよっ!」
彼の全魔力が爆散する――禁呪『炸裂掌』。
Rehniの魔法攻撃はほとんど効果がなかった。だが、魔法に精通する彼が連続で放てば―――起死回生で立ち上がった淳紅がリザベルの腕を掴む。
だが―――発動しない。
スキル交換の折に、彼は発動できる分のアウルを一度使い切ってしまっていた。
(しもた…っ!)
己が魔力で血にまみれた男とリザベルの視線が交錯する。
秘策は潰えた。だが、その目に宿る情熱が消えたわけではない。淳紅は怯むことなく見つめ返した。
●
「…潮時ね」
リザベルが捕まれた腕を払い、踵を返す。
その耳に届くのは多数の人間の鬨の声。撃退士の援軍が到着したのだろう。これ以上の滞留はいたずらに被害を広げかねない。
彼女が本命としていた大型のキャリアーが落とされてしまった今、ここにいる理由も見当たらない。
すでに彼女の思考は、周囲に控える自軍への効率的な撤退へと切り替わっていた。
去り際に、一度だけ背後を振り返る。
倒れ、身動き一つしない者が4名。夢の世界に沈んだものが2名。
その他の者たちも疲労困憊、満身創痍でこちらを睨み返すのがやっとだ。
彼女が負った傷は頬を掠めた剣士の刃のみ。
リザベルはもはや『人間』を侮らない。
振り抜く手が籠めていたのは、強き決意。
迫り来る眼が秘めていたのは、燃える炎。
怯まぬ気勢が示していたのは、不屈の誓い。
「―――撃退士、か」
頬から垂れる一筋の血を拭うと、彼女は再び踵を返すのだった。
この日、弘前市は全域で冥魔たちの襲撃を受け、各地で少なくない被害を受けた。
だが、敵の主力が集中していたと思われる三つの地域では、久遠ヶ原の学生たちによって想定よりも被害の規模が抑えられたと言う。
しかし、悪魔たちの侵攻が終わったわけではない。
ここより東方の地では、更に大きな戦いが繰り広げられようとしていた―――。