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マスター:橘 律希
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:8人
サポート:5人
リプレイ完成日時:2013/05/04


みんなの思い出



オープニング


「随分と自信満々に出ていったのに、こんなもんかい?」
 廃棄された雑居ビルの最上階。朽ちた天井から春の陽光が燦々と降り注ぐ。覗く青空はどこまでも突き抜けていた。
「おやおや。自分のせいじゃないって顔だね」
 老婆はにこにこと穏やかな笑みを浮かべながら屋上の一角にあるプランターへ水をあげている。
 赤、黄、水色、紫、ピンク。彩りと薫り豊かに様々な花が咲き乱れるその光景は春爛漫でもあり、無機質なビルにあって異物となっていた。
「あそこまで応用が利かないのは予想外だった」
 言外に自分のせいではないと答える若い女の声。壁際に作られた陰の中で赤い双眸にも自省の色はない。それが示唆するのは彼女の絶対の自信、そして他者の実力を図ろうともしない傲慢さ。
 炎の剣士ことローエン(jz0179)は、表情を変えずに老婆に睨み付ける。
「できるのか?」
 ただ、一言。
 他に話すことなど何もないと、声に纏う空気が述べている。自分たちは馴れ合うためでなく、利害の一致で動いているのだと。
「……相変わらず、口の聞き方がなってないねぇ」
 老婆はローエンの声と視線を受け流しながら、傍らにある白いイスに腰かける。並ぶテーブルの上にはティーセットが置かれている。
「やるべきことはやるから心配いらないよ」
 あんたの為じゃないがね。言外に含んだニュアンスを察するも、ローエンは特に反論しない。
「結果はいつわかる?」
「慌しいねぇ。お茶でも飲んでおいきよ」
 優雅な手つきで2つのカップにハーブティ注がれる。だが、ローエンは用は済んだとばかりに踵を返すと、より陰の深い方へと歩き始めた。
「…そうだねぇ。今回は手間がかかるだろうから、少し時間が欲しいね」
 老婆は少女を見送ることなく、ハーブティに口をつける。もはや彼女のいた陰は何も答えず、残された熱だけが空間を静かに揺らめかせていた。
「……どうせ、また勝手に押し掛けてくるんだろう?」
 やれやれと頭を振り、ここで初めて老婆の表情が変わる。
「まぁ……お陰で色々試せそうだしね」
 文句は言わないでおいてあげるよ。ひひひ、と不気味な笑い声を漏らしながら老婆の愉快そうに笑う。
 そんな主の姿を前に、花々が項垂れ、色褪せたように見えるのは気のせいだろうか。
「まずはお試し…と行こうかね」
 いつの間にか空を覆う雲は色濃く厚く。深い陰の差した老婆の顔は、濁紅色の双眸が暗く輝いていた。



「ねえ、何あれ?」
「え? あれ? あんなところに…あったっけ?」
 公園を通りがかった通学途中の女子高生たちが驚きで目を丸くする。
 芝生が生い茂る広場の中心。そこに昨日まで確実に存在しなかったモノが一つ。『それ』は目を見張るように美しく、華やかに、艶やかに、視る者の心を奪った。
「ちょっ、これ、どこかに通報した方がいいよね?」
「うん、私、久遠ヶ原の番号登録してるからかけてみる」
 とは言え、昨今の女子高生はそんなことで冷静で動じないらしい。
 一人が携帯を取り出し、普段は気にも留めない番号へと電話をかければ、その間にもう一人の少女は携帯を構え『それ』を写真に収める。
 二人の行動、そこに特におかしな点はない。電話で伝える内容も冷静で理知的だし、写真をネットにアップする作業もいつもの様に淀みなく行われている。
 だが、だからこそ二人は気付いていない。一目見たそのときから、一度も『それ』から視線を外していないことを。携帯をいじるその時でさえ、視界に『それ』が収まる様に眼前へと不自然に携帯を持ち上げたことを。
 二人は各々の行動を終えると、無意識のうちに広場へと足を向けていた…。



「春と言えば桜よね」
 赤良瀬千鶴(jz0169)が頷きながら、数枚の写真を机の上に並べる。
 そこに写るは大きな桜の木。周囲との比較から10m近くはあるだろうか。広く伸ばした枝には薄いピンク色の花が満開に咲き乱れている。記憶を辿ってみても、匹敵する桜を思い出せる者はそうそういないだろう。
「スゴいでしょ? それ、実はディアボロなのよ」
 あまりの美しさに、写真に魅入りかけた生徒たちの耳が一瞬、千鶴の言葉を聞き逃す。
「だ・か・ら、それは天魔。今回の敵よ」
 目を瞬かせる生徒に向かって、千鶴はここで初めて依頼書を手渡す。
「えーっと。とある公園で、一晩明けたらそれは見事な桜の木が生えていました。満開に咲き乱れる桜はとてもとても美しいものでしたが、さすがに不自然極まりなく、それを見つけた高校生がすぐさま久遠ヶ原に通報してきました……と」
 そこまでは問題なかったんだけどね、と千鶴は困ったような顔で一同を見回す。
「困ったことに、この桜の写真がネット上に上げられたのよね」
 プリントアウトした紙が全員に手渡される。そこには、桜のある場所、及び特に危険がないこと、例え天魔だとしても他では見ることができないくらいに見事な桜であること…などが写真と共に書き込まれていた。
「該当の書き込みは削除してもらったんだけど、既にあちこちに転載されちゃったのよね…」
 最早、ネット上で拡散することを止めることはできないらしい。
「でね、別に写真を見る分には問題ないのよ。問題は、興味を持って直接見に行ってしまう事…」
 特に襲われるでもなく、見た目は立派な桜そのものの天魔に人々は警戒が湧きにくかったのだろう。避難勧告後も、近所の住民たちはのんびりとしたもので、むしろ物珍しい天魔を一目見ようとわざわざ公園に向かった者が多数居たらしい。
 そして、その桜を直接見た者はその素晴らしさに心奪われたのか、桜の下へと無意識に歩み寄る。それが証拠に、先行偵察に向かった撃退士の報告によれば、今、桜の木の下には多数の一般人が倒れていると言う。
 今のところ命を奪われたり、ディアボロ化している様子はないが、相手は天魔である。
「これが人を収集するためのものだとしたら、おそらく次は…」
 それはさながら、提灯アンコウの提灯みたいなものだ。興味を引いて、相手から近寄ってこさせる。そして、次に待ち構えるのは―――。
 と、そこでバタバタと一人の生徒が大声を上げて駆け寄ってきた。。
「先生ーっ! 大変ですっ! 例の桜ですが、別のディアボロが現れて一般人を攫っていったそうです!!」
 突如、2匹の翼竜が現場に現れたかと思うと、倒れた一般人を数人ずつ抱えていずこかへと飛び立ったと言う。
「ピストン輸送でもする気かしらね…」
 千鶴が眉根を寄せる。まだ一般人は残っており、再び攫いに来ることは間違いない。一刻も早く駆けつける必要がある。
 千鶴が声をかけるより早く、生徒たちは行動に移っていた。
 バタバタと飛び出していく背中に、千鶴が声をかける。
「敵が運搬までの捕獲を前提としているなら、かなりやっかいな能力を持っていると思うわ! よく観察して、弱点を突くなり連携して上手く立ち回って頂戴!」
 既に遠くなった背中にその声は届いたのだろうか。
 千鶴は再び写真に目を落とせば、そこには先ほどまでは感じられなかった不穏な空気が桜から溢れているかのように感じられるのだった……。

 


リプレイ本文


「わ〜、綺麗な桜」
 雨野 挫斬(ja0919)が桜の魔性の美しさに素直に感嘆する。
 周囲一帯は封鎖され、近くには救急隊が控える。彼女は救助者を引き渡す流れと簡単な注意事項を伝え、戻ってきたところだ。
「でも、お花見より解体の方が好きなのよね。ふふ、まずは楽しく解体する為に邪魔者を排除…じゃなかった、一般人を救出しないとね」

 注意事項――それは、ただ一つ。『桜の見える位置にいない事』。

 公園の真ん中に立つ桜の全高は約10m。広げた枝の幅も同じくらいで、桜は満開で咲き乱れている。
 その花びらには人を惹き付ける魔力があり、近付けばその影響は撃退士であっても免れない。
 そんな桜を石田 神楽(ja4485)と嵯峨野 楓(ja8257)の二人は彼方から笑顔で見つめる。だが、その目は冷静そのもの。
「綺麗な花には刺があるとは言いますが…」
「桜は散り際こそ美しく。さっさと救出して、その花全て散らしたげるよ」
 さすがに遠く離れたこの距離なら魔性の力も及ぶことはない。二人の瞳には『桜』ではなく『天魔』と言う存在が映っているのだけなのかもしれない。
「人の心を奪う紛い物とは…。ただでさえ紛い物を作るだけでも気に障るというのに、更に趣味の悪い……」
 ユーノ(jb3004)が遠く望む桜を見て顔をしかめる。いくら魔性の力を持って美しく咲き乱れようとも、その実は魂の無い抜け殻。魂が輝くことを尊ぶ彼女にとって、そこに美を見ることはない。

「命を賭ける覚悟で事に臨ませてもらうよ!」
 気勢のいい声を上げ、今にも吶喊して行きそうなのは今回が初任務となる観賢絵美南(jb5400)。 気合十二分で武器を構えるも、今回の任務で最初に達すべきは人命救助。敵をただ蹴散らすのとはわけが違う。彼女は逸る心を抑え込む。
 その隣では雫(ja1894)が目を細めながら、敵の特性を分析していた。
「収集器兼集めた人を閉じ込める檻の二つの役割があるみたいですね」
 桜の木の下には多数の一般人が倒れている。すでに敵が一般人を連れ去った言う情報がある以上、再び攫いに来ることは間違いないだろう。
「連れて行かれる前に救助しないと危険ですね」
 雫の言葉に、エイルズレトラ マステリオ(ja2224)が首を傾げる。
「……ただ人をさらうだけにしては、ちょっと回りくどいですねえ。先日のグリフォンと石人形を思い出しますねえ」
 彼が関わった先日の事件、その時も天魔は多くの人々を攫おうとしていた。状況は異なるが、何か似たような空気を彼は感じている。
「色々考える事がありそうだが、今は目の前の救助に集中だ」
 思考に入りかけたエイルズレトラに、強羅 龍仁(ja8161)が声をかける。インカムの確認をするその表情は厳しく、その視線は桜よりも倒れる人々に向けられていた。攫いにくる可能性がある以上、のんびりとはしていられない。
 一行は手早く作戦を立てると、速やかに行動に移るのだった。



「いっくよー!」
 挫斬とエイルズレトラが先陣を切って、駆け出して行く。
 斥候部隊の手により、いくつか判明していることがある。
 その一つが桜の魔性の力。枝下に入ってしまえば満開の桜を目にしない為か、その効力は及ばない。
 挫斬は桜立つ広場を一息に駆け抜けると、枝の下へ飛び込んだ。
「キャハハ! 挫斬ちゃんキ〜ック!」
 そのまま勢い衰えることなく、幹に浮かぶ人面瘡へ向かって【雷打蹴】を放つ。
 堅い。思いの外に堅い感触。だが、彼女の目的は攻撃そのものではない。
 足蹴にされた人面瘡の顔がぎょろりと挫斬を睨む。幹自体が反撃してこない代わりに、地中から現れた人の形を模した根が、挫斬の前に立ち塞がる。
「アハハハ! 狙い通りっ!」
 根人形が現れることも事前情報で知っている。そこで一行が立てた作戦。それは【注目】効果を付与できる挫斬とエイルズレトラが囮役となり、他の者が救出に専念する……そのはずだった。だが――。

「これは確かにキレイですねえ」
 エイルズレトラが枝下に向かうことなく、桜に見惚れている。囮役になるはずの彼は、駆け出してすぐに桜の魔力に取り込まれていた。
 それは彼に限ったことではない。彼の異変を察し、囮役たちに続いて飛び込もうとしていた雫、神楽、絵美南も桜に駆け寄る途中で同じように足を止めてしまっている。
「人質がいなければ、火炎放射器で焼き払ってしまうのですが」
「先程刺があるとは言いましたが、これは酷い」
 雫は思案し、神楽が苦笑を浮かべる。二人とも思考は冷静なようでいて、桜に魅入っていることに気付いていない。
「人を不幸にするなんざ、桜じゃないよ!」
 威勢の良い声をあげる絵美南も桜を見上げて動きを止めてしまっている。

「目を覚ませ!」
 龍仁が力強く声を発しながら、立ち止まる雫を脇に抱えて枝の下に滑り込む。
「!? …私…魅入っていたのですか…」
 我に返った雫の呟きに、龍仁は頷く。
 動きを止めるのはわずか数秒。だが、いつ敵が攫いに戻るともわからない状況ではその遅れが致命的にもなりかねない。厄介なことに、救助者を桜の外に運び出せば、再び桜の魔力と対峙する必要がある。
 更に―――。
「状態異常か……かなり厄介だな」
 呟く龍仁の顔に降り注ぐ桜の花びら。
 枝の下で舞い散るそれらは、まるで意思を持つかのように吹雪となり、吹き荒れる。当然、それは龍仁だけではなく、枝の下にいる全員に襲いかかっていた。
 幸いにしてダメージは無い。が、その視界は阻害され、下手をすれば方向感覚を失いかねない。
 龍仁が雫に聖なる刻印を打ち込む。状態異常に対する耐性の強化。少しでも桜に抗い易くするために。
 そして、雫が再び駆け出す。
 救助者の下で立ち止まることなく、乱暴に拾い上げながら駆け続ける。桜吹雪をかき分け、行く手に立ち塞がった新たな根人形は無視して大きく迂回する。
「今は武功よりも人命救助が先です!」
 彼女は自分自身も救助された経験がある。それ故に今度は自分が他の人を救うのだと、その意気込みは誰よりも強い。
 その足は止まることなく、桜から離れた場所へと救助者を運び出した。振り返れば、満開の桜。だが、今度はその魔力に屈することはない。
「救われぬ者に救いの手を」
 彼女は再び花びら舞い散る薄桃色のカーテンの中へと突進していった。



 一方、桜の魔力に取り込まれることなく、いち早く救助活動を行っていた楓の前にも根人形は立ち塞がっていた。
 伸びるいびつな腕。土気色をした根が波を打って襲い掛かる。楓は咄嗟に身に纏っていた風の障壁で、その攻撃を受け流す。その衝撃は障壁の中に紅葉を浮かび上がらせた。
「桜に交ざって燃ゆる紅葉ってね」
 彼女の【椛天狗】が桜一色の空間を茜色で侵食する。
 それが目印となり、桜の魔力を振り切ったエイルズレトラが間に割って入った。【ショウタイム】を発動し、アウルで作ったスポットライトの光で自らを照らす。根人形は彼の狙い通り、目標を切り替えた。
「石人形の次は木偶人形の相手ですか」
 その動きは軽やかに。到着の遅れを取り戻すかの様に、攻撃を回避する。

「わざわざあちらの攻撃に晒されながら救出を行う必要はありませんの」
 救助者を外へ運び出し、再び戻ってきたユーノが根人形を澱んだ気のオーラで包み込む。舞い上がる砂塵が根の表面を撫でると同時に、その身が音もなく石へと変化していく。
 根である以上、地中で幹に繋がっている。まとめて石化して動きを止められれば。ユーノの意図はそこにあった。
 だが、根は石化するも幹がその影響を受ける様子はない。
「幹は抵抗力が強いようですの」
 それでも根の一体は動きを封じられ、その隙にユーノは救助者を担ぎ上げる。二枚四対の薄い影のような翼を広げ、彼女は枝すれすれを飛んで行く。
 囮に注目する根人形たちがそれに気付くことはなく、ユーノは翼に走る翅脈を蛍の光のように明滅させながら、密やかに桜の外へと救助者を運び出した。

 他方では、絵美南も救助者を担ぎ上げ、桜の外に向かって歩き出していた。だが、桜吹雪で視界を阻害された為か、方向を見失った彼女は根人形の傍を通りがかってしまう。
 気付いたときには、根人形が絵美南に腕を伸ばしていた。
「この身に変えても傷つけさせないよ!」
 絵美南が声を張り上げながら、救助者を庇い自らの身体を晒す。
 と、根人形の腕が絵美南に届く直前、彼女の身体を黒い鱗粉が覆った。それは薄い膜となり、攻撃の軌道をわずかに逸らす。
 間髪入れずに、一発の弾丸が根人形の身体に弾ける。続けて、二発目。三発目の弾丸は空を切る。
 振り向けば、神楽が枝の外縁上ギリギリで銃口を向けていた。その腕は彼のPDWと同化し、肩口から黒いアウルの残滓が吹き出している。
「良い桜吹雪です。おかげで狙いが定めにくいですね〜」
 それでも神楽は動じることなく、桜吹雪の途切れる一瞬を狙い澄まして冷静に狙撃していた。
 絵美南は助かったよ! と叫び、枝の外へと飛び出して行く。その背に龍仁が聖なる刻印を飛ばした。
 根人形はと言えば、身体を穿たれたことでぼろぼろとその身が崩れ落ちていた。と同時に、すぐ傍で新たな根人形が地面より生える。
「……む? この人形はひょっとして、本体を倒さないと倒しても復活してくる感じですか?」
 それを目にしたエイルズレトラが眉をしかめ、神楽がそれに応えた。
「撃破ではなく、ある程度自由を奪う形で人形は無力化した方が良さそうですね」
 それを機に、二人は攻撃する際に手足を狙い始める。倒すためではなく、動きを阻害するため。
 救助のバックアップするために敵を引き付け、味方に被害が及ばないように狙撃し続ける。

 その頃、救助者を地に下ろした楓は、再び満開の桜を目にしていた。
「そういえば厄介な能力は花が関係してんだっけ」
 彼女は桜の魔力を意に介することなく枝の下に飛び込むと、枝そのものに向かって攻撃を放つ。
「満開も不格好になれば見惚れ難いかもね」
 水の弾丸に穿たれ、バキバキと小気味よい音を立てながら枝が折れる。
 その行動に追従し、雫も剣を振るった。
「桜切る馬鹿。梅切らぬ馬鹿。と言いますが貴方は切られるべき桜なのでしょうね」
 雫の放った三日月のアウルの衝撃が枝を薙ぐ。
 ちょうどその時、龍仁は一度に二人を抱えて連れ出そうとしていた。今なら根人形たちは囮二人に注目し、問題無い。そのはずだった。
 だが、運悪く折れてた枝が揺れ、花びらが一気に舞い上がる。突然激しくなった桜吹雪によって視界は悪化し、龍仁は足元を見ることさえおぼつかなくなった。
「危ない!」
 それは誰の声か。確認する間もなく、根人形が吹雪の向こうから腕を伸ばして来る。
「く…っ!?」
 救助者の身に攻撃が及ばないよう咄嗟に自らの身体を捻る。衝撃が身体に走るが、歯を食いしばって救助者を抱え庇い続ける。
 そこへ闘気を解放したばかりの挫斬が攻撃を放ち、龍仁の前に躍り出た。
「キャハハ! よそ見したらダメだよ!」
 彼女の身は囮となって攻撃の標的となり続けたため、傷だらけになっていた。だが、笑顔を浮かべて楽しそうに根人形と相対し続ける。
「早く解体したいけど、まずはお仕事お仕事」
 その隙に絵美南が龍仁の抱える一人を受け持ち、二人は一気に枝の外へと飛び出した。
 そろそろ救出活動をして1分余り。龍仁は周囲を見渡し状況を確認する。桜の外には多数の救助者が横たわっていた。
「もう少しだな…」
 そこへ桜吹雪の中から飛び出す影。雫が新たに一人担いでいた。
「あと4人です。……っ!?」
 龍仁に残り人数を伝え、不意に雫が空を見上げる。
「どうした? 新手かっ!?」
 釣られて龍仁も空を見上げるが、そこには何も見えない。
「…いえ、気のせいでしょう。それよりも早く救助を完遂しましょう」
 二人は再び桜へと飛び込んでいく。救出は、終わりが見えていた。



 桜の枝は激しく折られ、その魔力はかなり衰えたのだろう。もはや誰一人見惚れる者はいなかった。
「あ〜あ。結局翼竜は来なかったか〜」
 つまらなそうに挫斬が口を尖らせる。
 すべての要救助者を救助隊に引き渡し終えた一行は、桜の討伐に取り掛かっていた。傷ついた者は龍仁に癒されている。
 挫斬は気持ちを切り替えると人面瘡に視線を据え、漆黒の大鎌を振りかぶった。
 ギィィエェェ…。
 敵の防御力を徹した大鎌が一閃するごとに、幹から不気味な声があがる。
「アハハハ! 解体してあげる!」
 目を妖しく光らせながら挫斬が斬り刻む横では、雫の刃が鉄塊の様な剣を幹に叩きつけていた。
「桜の木って毛虫が発生するんですよね…倒した幹から毛虫型のが出て来たら嫌ですね」
 幹が魔力を帯びた青白いガスを噴き出すが、それを吸い込んだ雫の動きは衰えることなく剣を振るい続ける。
「よう、化け物。…あたいと二人、粋な花見としゃれこもうや!」
 身の丈を遥かに超える斧槍を狂った様に振り回しながら、絵美南が吼える。遠心力を乗せた強烈な一撃が幹を穿つ。
 だが、3人の攻撃にも幹はあまり効いた様子を見せない。表皮は異常なほどに固く、突き刺さる刃も数cm余り。
 それでも少しずつ、確実に3人は幹の身を削り続ける。

 と、幹の周囲に一瞬雷光が煌めいた。
「後は紛い物を片付けるだけですの」
 ユーノの放った壊雷が魔力を帯びた電界を発生させ、幹の身体を干渉を起こす。
「ガワは綺麗でも中は不気味だねー」
 更に、楓が人面瘡に向かって大きな狐を模した焔の塊をぶつける。飛び散る火炎が桜の花びらに飛び移り、鮮やかな桃色の光を放って燃え上がった。
「業火に踊る花びらってのも素敵でしょ?」

 そして、幹に集中して攻撃できるように、エイルズレトラと龍仁の二人は根人形を引き受けていた。
「やれやれ。次のお花見は大人しい桜でお願いしたいですね」
 エイルズレトラは飄々と攻撃を躱し続ける。彼が攻撃をその身を喰らったのはわずか一度のみ。彼の動きに根人形はまったく追いつけていなかった。
「だいぶ桜も寂しくなりましたね」
 言葉とは裏腹に、神楽の手は容赦なく手足を狙い撃ち、龍仁に対峙する根人形の動きを鈍らせる。
「…新手がくる気配もないし、このまま終える…か?」
 龍仁の振るう大剣が根人形の腕を吹き飛ばした。
 敵の攻撃の手は根人形のみ。救助者さえいなければ、動くことのない幹を相手に苦労することもない。
 やがて、異常な耐久力を誇る幹も撃退士たちの猛攻の前に、激しい地響きを立てて遂に切り倒された。



「やれやれ。苦労して作った割にはイマイチだったねぇ」
 その様子を遠く眺めていた一つの影が呟く。濁紅色の双眸が、ゆらゆらと揺れている。
「まぁ、あくまで『お試し』…だったしねぇ。代わりに、じっくり観察させてもらったよ」
 ひひひ、とその口から不気味な笑い声が漏れる。
 楽しそうに。愉快そうに。その顔には、悪意に満ちた表情が張り付いていた―――。

 


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

高松紘輝の監視者(終身)・
雨野 挫斬(ja0919)

卒業 女 阿修羅
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
黒の微笑・
石田 神楽(ja4485)

卒業 男 インフィルトレイター
撃退士・
強羅 龍仁(ja8161)

大学部7年141組 男 アストラルヴァンガード
怠惰なるデート・
嵯峨野 楓(ja8257)

大学部6年261組 女 陰陽師
幻翅の銀雷・
ユーノ(jb3004)

大学部2年163組 女 陰陽師
店長殺すべし!・
深川蛍(jb5400)

大学部3年181組 女 アーティスト