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マスター:橘 律希
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/03/27


みんなの思い出



オープニング

●ブルー
 別に結婚すること自体に不安だったり、結婚と同時に海外での生活が始まることが憂鬱なわけではない。
 ただ、ほんのちょっと寂しくて、わずかな憂いがあるだけのこと。
 ……はぁ。
 式の最終打ち合わせの帰り道。暮れなずむ河沿いを歩く京子の口から漏れた、無意識の溜息。
「お嬢ちゃん、どうかしたのかい?」
 声のした方を振り向けば、そこには夕陽に溶け込む一つの人影があった。
 逆光に目を細め、ようやくそれが笑顔を浮かべた老婆であることに気付く。
「随分と悩ましい顔をしているねぇ。よかったら話を聞くよ?」

 悪魔が、囁く。

 その表情が逆光に沈んでいなければ、気付けたかもしれない。
 穏和な顔に隠された悪意に。わずかに開かれた双眸が放つ妖しい濁紅色の輝きに。
 だが、かけられた言葉は京子の胸に温かく染みわたり、心をほつれさせる。
 やがて、京子は促されるがままに、抱えた想いをぽつぽつと語り出し始めた。



●コウタ

 コウタ。それがボクの名前。
 ボクは今、生まれてから今日までのことを振り返っている。
 ボクがこの家に来たとき、キミはまだボクと同じくらいに小さくて、あまり笑わない静かな子だった。
 そんなキミをお父さんはとても心配して、ボクに「友達になってあげて欲しい」とよく言ってたよ。
 でも、当時のボクはその言葉の意味がわからず、ちょっかいをかけてはキミを泣かせていた。
 一応断っておくけど、あれはあの当時のボクの愛情表現だったんだ。

 そして、あの日。
 ボクはキミを突き飛ばした。
 珍しく機嫌のよかったキミとボール遊びをしてたんだ。そして、ボールが道路に飛び出した。
 危なかったよ。あとちょっとでキミは車に引かれちゃうところだった。
 ボクが気付いた時、キミは大号泣していたね。
 実は結構驚いてたんだ。キミが自分の事じゃなく、ボクの為に泣いていてくれたことにね。

 あの日以来、キミはボクとずっと一緒だった。
 ご飯も、お風呂も、遊ぶのも、どこかへ出かけるのも。本当にずっと一緒だったよね。
 この首輪も君がくれた、ボクのお気に入り。
 鮮やかなオレンジ色がキミの笑顔みたいでとっても嬉しい気分になるんだ。
 気付いてるかい? キミが笑うようになって、お父さんの笑顔も変わったんだよ。

 朝日に手をかざしながら嬉しそうに踊るキミの笑顔は、ボクの宝物。
 夕陽に見ながら頬を染めたキミの照れ笑いは、ボクだけの秘密。
 そう。キミの笑顔は誰よりもステキなんだ。

「コウタ?」

 どうしたの? こんな時間に?
 窓を開けたキミはサンダルを履き、ボクに近づくと、長い髪を右手で押さえながらそっと腰をかがめる。
 いつもと変わらない仕草。いつもと変わらない匂い。いつもと変わらないテンポ。
 だけど、その表情はいつもと違った。
 嬉しいのか、悲しいのか。ボクが初めて見る表情で、キミはボクを見つめる。
「まだ…起きてたんだね」
 いつもと同じように優しい抱擁がボクを包む。
 ―――にね。
 キミがボクの耳元で何か呟いた。
 ごめん、よく聞こえなかったや。もう一度言ってくれないかな。
 離れたキミの顔を見て、ボクは慌ててキミの顔を嘗める。
 なぜだろう? いつもより少ししょっぱい気がするよ。

 そんなに泣いたらダメだよ?
 キミは明日、きれいなドレスを着るんだから。
 だから、ほら笑って。

 頬を嘗め続けるボクも、なぜだか鳴きたくなった。
 小さく、小さく。キミの耳元で一度だけ。
 キミを励ますための、そして、ボクの想いのすべてを込めた一声。
 それを聞いたキミが、涙に濡れたまま破顔する。
 いつだってキミを笑顔にできるのが、ボクの誇りなんだ。
 キミの笑顔、それだけでボクの心は満たされる。
 ああ……そうだ。これが、ボクの初恋。

 だから。
 明日から離れ離れになるとしても、ボクはずっとここでキミを待ってるよ。

 ボクは、―――。


●魔犬
「大丈夫?」
 傍らに座る白いタキシードの青年が、京子の手を取る。
 会場では、京子の友人たちが祝福の歌を披露していた。
 可愛らしい花々がテーブルを飾り、温かな料理が次々と運ばれ、華やかな宴で皆が談笑している。
「うん…大丈夫、ごめんね」
 夫となったばかりの青年に向けて、京子は力なく笑う。
 彼女の弟であり、兄であり、友人であり、そして大切な家族が。今朝、姿を消していた。
 バタバタと慌ただしくも一言「行ってきます」と言うために庭に出て、そこで初めて気付いた。
 争った様子など無く、ギリギリまで近所も探し回った。だが…。
「これ使って。終わったらすぐに家に帰ろう。もう帰ってきてるかもしれない」
 渡されたハンカチで顔を隠し、その裏で懸命に笑顔を作る。
 気を抜けば零れてくる涙は、嬉し泣きだと茶化された。乾杯を求める友人たちにぎこちない笑顔を返したことも、緊張のし過ぎだと笑われた。
 事情を理解し、支えてくれる夫。慶び、心から祝福してくれる友人や親族たち。
 一生で一度の大切なこの日に心から笑えないことを申し訳なく思い、再び笑顔が崩れる。

 ダメ……あとちょっと、あとちょっとだから。

 深呼吸を数回繰り返す。
 よし…大丈夫。
 京子が心を落ち着けたときだった。
 バンッ!
 まるで彼女が哀しみを抑えるのを待っていたかのように、勢いよく扉が開かれた。
 京子が座る高砂の正面、会場入り口に立っていたのはあの日の老婆。2匹の漆黒の犬。そして―――。
「なんだ、あれは!?」
 京子の隣で夫が思わず叫んだ。
 明らかに不自然なものがそこにはいた。
 それは白銀の大きな犬。しゃがんでも尚、入口の高さギリギリに頭がある。しかも、双つの頭を持って。
「結婚、おめでとうねぇ」
 入口で、老婆が京子に向かって拍手を送った。
 束ねられた老婆の黒髪は、夕陽を浴びて輝いていたあの時の様に美しく。柔和な笑顔が黒い着物、喪服に浮かんでいる。
「結婚式に大切な家族を忘れちゃダメじゃないか」
 孫娘を叱るように、老婆が優しい口調で喋り始めた。
「この子を置いて海外に行くのが不安なんだろう? この子を一人にさせてしまうのが哀しいんだろう? この子が何よりも大切なんだろう?」
 滔々と、愉快そうに。
「いや、あんたはこう考えてるんだよね」

 この子が人間だったらよかったのに。

「命を救ってもらった? 誰よりも私を理解してる? この犬っころが私の人生?」

 絡みつくような悪意を讃えた声が、会場をじわじわと包み込んでいく。
(なに!? 何を言ってるの?)
 戸惑う京子の目がある物を見つける。
 双頭の魔犬の前足首にはめられたもの。それは―――、
(コウタの…首輪!?)

「別に他の犬だったとしても、同じこと言ってたんじゃないかい? たまたまこの犬がお前の前にいた。それだけのことだろう? ええ?」

 老婆の声が耳に届くたび、参列者たちの全身は粟立ち、震えが湧き起こる。

「でもよかったねぇ。この犬っころもね、あんたが好きなんだってさ。あんたを―――」

 自分のものにしたいんだってさ。

 にたり。老婆が不気味な笑みを浮かべる。
 双頭の魔犬と京子の視線が絡み合う。と、魔犬が歓喜し、鋭く哭いた。
「ほらほら、あんたを喰らいたいってさ。所詮、獣だねぇ。ひーっひっひっひ」

 その笑いを否定し、京子はくしゃくしゃの顔で激しくかぶりを振る。
 違う! 違う違う違う!
 その子は、コウタはこう言ってるのよ。

 私に―――笑ってよ、って。


 


リプレイ本文


●惨劇
 天魔の襲撃にあったのは仙台市郊外にあるゲストハウス。結婚式が行われていたはずの幸せな空間は、今や地獄絵図と化していた。
 ディアボロが食い荒らしたのであろう。壁一面がガラス張りの披露宴会場は、血と肉の海が広がっている。
「すでに犠牲が出てしまっていたか…。だがこれ以上やらせてたまるか!」
 香具山 燎 (ja9673)が怒りを露わにする。彼女は庭の一角から披露宴会場の様子を目にしていた。傍には塔型のモニュメントが建っている。
「幸せな奴狙うなよな…」
 凄惨な光景を前に高野 晃司(ja2733)の光纏が揺らぐ。黒いオーラは死神の形を模したかと思えば、次の瞬間には盾持つ騎士へと変化していた。
「見つけたよ」
 常時通話状態にしていた携帯から、教会側を探索していたルドルフ・ストゥルルソン(ja0051)より報告が入る。
 抑えられた声と簡潔な言葉があちらの状況を物語っているように思えた。
 
 ルドルフは忍び寄った窓ガラスから中を再び覗き込んだ。
 『遁甲の術』と『無音歩行』によって気配と足音を消した彼が気付かれる様子はなく、教会の様子をつぶさに観察する。
 バージンロードには小さな花々が飾られ、新婦の幸せへの一歩を今か今かと待ちわびていた。
 天井を彩るステンドグラスから差し込む陽光は、ウェディングドレスに身を包んだ新婦の京子を美しく優しく照らしている。
 だが、祝福を受けるべき京子はバージンロードの手前に佇んだまま。その顔に笑みは、ない。
 バージンロードを挟み、京子と相対するのは白き双頭の魔犬。
(結婚式に天魔の乱入…。確かに悲惨だけど、この御時世じゃよくある悲劇。昨日までの幸せが、気付けばとうの昔に崩れ去っている。そんなの、もう当たり前だ)
 そして、その中間。バージンロードを踏みにじりながら主祭壇に向かって歩くのは、濁紅色の瞳を持つ老婆。
(さっさと気付けよ。…世界はいつだって理不尽で、僕らに不利な選択肢しか提示しない。それが紛う事なき世の真実)
 ルドルフは静かにスキル交換や武器の準備を行う。
「……だけど」
 思わず想いが言葉を為して口から漏れる。
 ルドルフはそっと言葉を飲み込むと、穏やかな表情とは裏腹に熱のこもった視線で教会の中を見つめるのだった。


●猟犬
 その頃、披露宴とは廊下を挟んだゲストルームにはまだ多くの参列者たちが囚われていた。。
 参列者たちからの通報によって状況を把握しているアイリス・L・橋場(ja1078)、亀山 絳輝(ja2258)、神野コウタ(jb3220)は血の匂い漂うゲストハウスを進みゲストルームの前に辿り着いた。呼吸を合わせ、同時に飛び込む
 アイリスはゲストルームに飛び込むと、素早く参列者と敵の位置関係を把握した。
 参列者たちは部屋の中央に集められ、その周りを漆黒の猟犬『ヘルハウンド』2体が監視するように取り巻いている。
「…私が…相手…です…」
 アイリスはそのまま一般人と敵の間に立ち塞がる様に躍り出ると、漆黒の犬『ヘルハウンド』に斬りかかった。敵の気を引き、一般人から離れる様に誘導を図る。
 続き、部屋に飛び込んだja2258とコウタjb3220が遠方から、もう一体に向けて魔法攻撃を放つ。
「いけーっ!」
 更にコウタの言葉に従い、『さくら3号』と名付けられたストレイシオンがヘルハウンドへと飛び掛かった。
 突如現れた撃退士の姿に参列者たちの表情が変わる。だが、そこにあるのは安堵ではなく…戸惑い。目の前で始まった天魔と撃退士の交戦に驚き、中には状況についていけず悲鳴を上げる者もいた。
 とは言え、戦いを始めてしまった以上、その声に構っている余裕はない。
 絳輝がヘルハウンドの鼻面や足元を狙って反撃を受け難いように牽制すれば、アイリスは一気に片をつけるべく『Alternativa Luna』を発動した。
 感情を消し敵を悉く殺すという強い自己暗示によって、アイリスの凶暴性、ひいては戦闘能力を飛躍的に増す。
「…どこの…犬とも…知りませんが…敵になった…以上…殺す…」
 彼女の振るった凶剣はヘルハウンドの身を深々と切り裂き、致命的な一撃を与えた。
 だが、その一撃で倒れることのなかったヘルハウンドが口を開く。事前情報から敵の攻撃が来ると察知した絳輝がヘルハウンドの喉や口を狙うも、一度に2体を牽制できるわけではない。
 次の瞬間、血反吐と一緒に吐き出された遠吠えがゲストルーム一体に響き渡った。

 魔力を乗せた遠吠えは撃退士たちの耳に唸りの様な音を反響させ、平衡感覚を惑わせる。
 しかし、アウルを身に纏っている者たちだからこそ、それで済んだと言えた。同じく室内にいた参列者たちはその声に泡を吹き、白目を剥いて次々と気絶する。
 更に、その上を攻撃を避けたヘルハウンドが駆け抜けた。気絶しているために悲鳴などは上がらないが、猟犬の爪は確実に参列者たちの身を裂き、その足は身体を踏み抜いていく。
 例えストレイシオンの防護結界であっても、ダメージ以外の付随効果を防げるわけではない。
 また如何に挑発、牽制しようともそれほど広くない屋内での戦いである。敵に参列者を攻撃する意図はなくとも、こちらと交戦すれば自然と参列者たちは巻き込まれてしまう。尤も、参列者たちの意識があればまだある程度自衛できたかもしれない。しかし―――。
「…これ以上は…させない…」
 絳輝の魔法攻撃が弱った一体にトドメを刺し、さくら3号の攻撃に気を取られたヘルハウンドの頭蓋をアイリスが一撃でぶち抜き、辛うじて戦闘を終える。
 アイリスは外套から携帯品の剣をいくつか抜き、躯となった猟犬の四肢を貫き固定した。万が一の復活を危惧しての対応だ。
 その間に絳輝は倒れた参列者たちを起し、避難の誘導を始めていた。
「落ち着いて避難行動を行ってください!
 だが、ケガ人も多い中での避難は思うように進まない。
 敵の注意を引きながら、先に避難させていればよかったのだろうか? それとも敵を無力化することに注力すればよかったのだろうか?
 今となってはわかる由もない。
 そして、振り返ることは後でもできる。今はまだ前を向くべき時。新郎新婦の救出が残っている。
 通話状態の携帯からは、老婆の声が聞こえてきていた。
「ここは私に任せて、二人は先に」
 避難誘導を続ける絳輝に送り出され、アイリスとコウタは教会へと向かうのだった。



●老婆
 ゲストルームでの戦いが終わるより少し前。
 教会では晃司と燎が正面から老婆と対峙していた。
 バージンロードの前で身動きの取れない京子の前に立ち、主祭壇に立つ老婆を見据える。
「これはこれは、お早いお着きだねぇ」
 老婆がにこやかな笑みを浮かべる一方で、傍らの白き双頭の魔犬は唸り声をあげて撃退士たちを威嚇している。
 二人は京子を背に庇いながら、それ以上動くことができないでいた。なぜなら、双頭の魔犬が新郎を踏んでいたからである。
 新郎は気は失っている様だが顔色や胸の動きで、まだ命あることは窺い知ることができた。
「さて、娘。お前の愛犬はね、お前のことが本当に大切なんだよ? だって、家族だものねぇ」
 老婆の顔が醜く歪む。その目に捉えられた京子は口を震わせるばかりで声を出せない。
「他の得体の知れない人間ではなく、自分こそがお前を守り、幸せにできると思っていたんだろうねえ」
 老婆が今度は優しい微笑みで魔犬の頭を撫でる。魔犬の視線は動くことなく、京子を捉えたまま離さない。

 ―――尤も。だからこそ老婆は結婚を許したお前の父親が許せず、食い殺したんだろうよ。

 ひっひっひ…と老婆が愉快そうに嗤う。
「だけど、この子はまだ失意の底にいる。一人寂しく捨て去ろうとしたお前が憎くてたまらないんだよ」
 携帯を通して尚、ゲストルームにいるアイリスを十分に不快にさせるほど鮮明でよく通る悪意の籠った声が語り続ける。
「さぁ、この子が本当に大事ならお前は何をしてあげるんだい? 新郎を供物に捧げるかい? いっそ新郎の代わりにわが身を差し出すかい?」
 教会中に老婆の狂笑が木霊する。
 それを打ち払ったのは、事情を察した燎の怒り。
「家族であるならば、家族の幸せを願わないものがいるものか! これ以上、その気持ちを汚すようなことを許すわけにはいかない!」
 続く晃司の言葉は老婆の言葉を否定するものでもあり、京子を支える言葉でもあった。
「犬は忠実だから一緒になりたいよりはずっと側に居たいっしょ。食べたいだなんて思わないって普通は」
 そんな撃退士の言葉を薄ら笑い、老婆が口を開く―――そのときだった。
 撃退士の耳にも聞こえたのはヘルハウンドの遠吠え。魔力こそ乗ってはいないが、だが確実に聞こえる。
 時間にして一瞬。老婆と魔犬の意識がそちらに向く。
 その隙を、ずっと教会の外で隠れて様子を窺っていたルドルフは見逃さなかった。窓を突き破ると一気に魔犬と老婆の背後から近付く。
 不意をつかれた老婆と魔犬が、反射的にルドルフから距離を取る。
「今だ!」
 その隙に倒れた新郎を燎が担ぎ上げ、晃司が二人の前に飛び出す。
「ここまでの様だね」
 形勢の変化に老婆は肩を竦めると、慌てることなく掌を教会の壁にかざした。次の瞬間には爆風が風穴を作り、砂煙の中に老婆が姿を消していく。
「――全員食い殺してしまいな。おっと、その娘は最後にしてあげるといい。最後まで苦しませてあげるのが、いい家族ってもんだからね…」
 消えゆく声が命令を下し、魔犬がその声に応えて動き始めた。


 尤も、娘の前でその犬っころが死ぬのもまた一興だけどね。ひーっひっひひ。




●魔犬
「さあ、私たちが相手だ!」
「こっちです! 俺たちから離れないで!」
 燎が牽制し、晃司がタウントで気を引こうとするも、双頭の魔犬はそれらに構うことなく一方の頭が口を開いた。
 首を巡らせながら吹き出された炎が、真っ直ぐに直線状に伸びては燎と晃司、更にはヴァージンロード傍の京子に襲い掛かる。
 咄嗟に晃司がアウルで生成した蒼色の竜翼で京子への炎を遮るも、代わりに二人分の炎をその身に浴びる。
 背中の新郎を守るため、庇護の翼を発動した燎も同じだ。
 二人はその身を炎に激しく焼かれながらも、その背に新郎新婦を庇いながら教会の外へと逃がしにかかる。
 その間、魔犬の相手をしているのはルドルフ。
 一撃離脱で鼻面に牽制攻撃しながら、冷静に立ち向かい続ける彼の胸の内には、いつしか熱い想いが湧き上がっていた。
(世界は確かに理不尽だ。…だけど。生きるって、それだけじゃない。辛い痛い酷い嫌だと泣き叫んでみても、運命の糸は紡げない!)
 ルドルフはその想いに身を委ねながら、壁走りと迅雷を駆使して動き続ける。
(…恐れず、揺るがず、恨まず、妬まず、誰よりも強かに、在るがままに。そんなふうに僕は生きたい)
 魔犬の火炎や双頭による咬みつき集中攻撃を受けるも、彼は致命的なダメージを負わぬまま魔犬を翻弄し続けた。

「お願い! コウタを助けて!」
 教会の外に辿り着いた京子が懇願する。
「コウタ? おいらじゃなく? どういうことなんだろう?」
 縋りつかれたのは教会に駆けつけたアイリスとコウタ。すでに晃司と燎は教会へ突入している。
「…この犬…と…貴女の…関係が…何かは…知りません…。ですが…貴女は…この犬…の元が…悪魔なんかに…自由を…奪われてる…状態で…いいんですか…!」
 中にいる魔犬が京子の愛犬であることを告げられたアイリスが毅然と言い放つ。
 アイリスは京子の言葉を待つことなく、再び『Alternativa Luna』を発動して教会へと飛び込んでいく。
 遅れて、コウタが京子に言葉をかけた。
「おいらもさくらって犬を飼ってるんだ」
 彼も京子と同じ。久遠ヶ原に来るまでは愛犬と共に育ってきた者。だからこそ、京子の想いが痛いほど理解できた。
 コウタは交わされた視線から彼なりに京子の意を汲み取ると、戦いの場へと向かう。

 教会に飛び込んだコウタの目に映ったのは、傷つき崩れ落ちかけた魔犬の姿。
 アイリスと晃司は両脇から挟み込み、双頭それぞれに攻撃を仕掛けている。燎が燃え上がる焔を羽に空から背中へと戦槌を振り下ろし、壁や天井からルドルフが支援攻撃を放っている。
 可能ならば魔犬を一瞬でも正気に戻し京子と再会させてあげたいと願いながら、コウタも攻撃に加わった。
 撃退士たちの総攻撃を前に魔犬が倒れるのも時間の問題と思われたとき、魔犬が最後の足掻きを見せる。
 アイリスの攻撃で目を串刺しにされ、光を失った一方の頭は天井を見上げると咆哮を発した。
 魔力を乗せた重い声に、一同の頭は直に叩かれたように意識が朦朧とする。
 その隙にもう一方の頭が口を開き、炎が放たようとしたとき、最後に教会へと飛び込んできた絳輝が盾でその口を塞ぎにかかった。
 口の隙間から漏れ出た火炎は絳輝の身だけを包み、残りの頭が絳輝の身体に牙を立てる。だが、最後の足掻きもそこまで。
 絳輝が身を挺している間に朦朧からアイリスがいち早く立ち直り、死の女王と化した彼女の剣がまるで死神の鎌のように振り抜く。

 命を刈られた魔犬がゆっくりと地に伏す。そして命消え去る瞬間、双頭の鳴き声が遠く、遠く響きわたるのだった。



●骸
「あなたの家族を殺してしまった私に言う資格はないのかもしれないが…、どうか幸せになってほしい。彼の気持ちは、あなたが一番よく知っているだろうから、これ以上言うのは野暮だろうな…」
 戦いを終え、骸となった魔犬を遠く見つめる京子に燎が優しく言葉をかける。だが、その言葉は届いているのだろうが、京子は微動だにしない。
 そこにアイリスが近付く。
「…これを。貴女が持っているべきです」
 差し出したのは骸より引き抜いた魔犬の牙。京子はそれを震える手で受け取るも、その表情は悲しみに暮れることはない。
 その姿に晃司が頭を下げる。平手打ちなどを素直に受ける覚悟で謝罪の言葉を口にする。だが、恨みが頬に飛んでくることもなく。
 顔を上げた晃司は一人呟いた。
「悲しみを寄せ付けない戦士になりたいな…」
 京子の凍りついた表情の裏側を痛いほど感じていたコウタが、意を決して話しかける。
「ごめ…ん。京子さん、に会わせること…できなかった…」
 その顔は彼女の気持ちを代弁するかのようにくしゃくしゃで。
「でも、京子さんのコウタは……最後に笑ってほしい、って言ってたと思う」
 最期の遠吠えの意味はわからない。それでも、悪魔から解放されたコウタが今見たいのは泣き顔ではなく、京子の笑顔のはずだ。
「言葉が通じないからこそ、あなたたちは今まで触れあってきたんでしょう。ならば、彼の最期の言葉、あなたなら理解できるのでは?」
 絳輝の言葉に、京子がゆっくりと崩れ落ちる。泣くに泣けない。笑おうにも笑えない。


 やがて――感情と理性がごちゃまぜになった京子は笑顔を浮かべたまま、静かに泣きじゃくり始めるのだった。
 


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:1人

銀閃・
ルドルフ・ストゥルルソン(ja0051)

大学部6年145組 男 鬼道忍軍
踏みしめ征くは修羅の道・
橋場 アイリス(ja1078)

大学部3年304組 女 阿修羅
いつかまた逢う日まで・
亀山 絳輝(ja2258)

大学部6年83組 女 アストラルヴァンガード
覚悟せし者・
高野 晃司(ja2733)

大学部3年125組 男 阿修羅
紅蓮に舞う魔法騎士・
香具山 燎 (ja9673)

大学部6年105組 女 ディバインナイト
仲良し撃退士・
神野コウタ(jb3220)

高等部2年18組 男 バハムートテイマー