●撃退士は駆ける
「絶好の焼き芋日和だぜ!」
長門 一護(
jb1011)が空を見上げて頷いた。両手で抱える紙袋には、さつま芋がいっぱいに入っている。
「焼き芋とっても楽しみです。あ、お手拭などは用意してありますから」
並んで歩くリゼット・エトワール(
ja6638)がほわほわっとしている。大好きな焼き芋が食べられるとあって、その表情からはすでに幸せオーラが滲み出ていた。
「リゼットちゃん、用意いいねー。私も何か準備すればよかったかな?」
そう言って、自分のバッグを覗きこんだのは高瀬 里桜(
ja0394)。甘いものに目がない彼女のバッグには、沢山のお菓子が詰めこまれている。
「焼き芋なんて、久しぶりだな」
最後尾では、白波恭子(
jb0401)が自分の記憶を遡っていた。以前やったのはいつだっただろうか。
「芋は沢山あるからな。腹いっぱい食っていいんだぜ」
一護がニッと笑いながら、紙袋を掲げてみせた。
だが、恭子はその言葉にバツが悪そうな反応を示す。
「いや、ほら。焼き芋は大好きなんだけどさ、女の子の端くれとして、な? 食べ過ぎると、その、出てしまうものがあるだろう…?」
「ん? ……ああ、屁か?」
んなっ!? そのストレートな言葉に、恭子は思わず言葉を詰まらせる。
そこへ、リゼットと里桜が代わりの非難の声をあげた。
「一護さん、その、もう少し言葉を選んでいただけますでしょうか?」
「一護ちゃん! 女の子に対してデリカシーが足りないよ!」
その勢いに、一護が思わずたじろぐ。と、その時、
「だ、誰かぁっ!」
一行の耳に、悲痛な声が届いた。
その声にただならぬ気配を感じた4人は、視線を交わすとすぐ側の公園に駆け込むのだった。
「んむむっ!?」
その悲鳴は、食堂で定食を平らげ、満腹感に浸っていたネピカ(
jb0614)の耳にも届いていた。思わず加えていた爪楊枝をペキリと折ってしまう。
(何やら不吉な叫び声が聞こえたのう……あの公園か?)
ネピカは、すぐさま公園に向かって全力でダッシュする。垣根を飛び越え、公園へ飛び込むと、そこには火にまかれた老人の姿があった。
(老人が燃えとる? とにかく声の主じゃな!)
ネピカはジャージの上を脱ぎながら、そのまま老人の元へと向かっていく。
時を同じくして、公園へと駆けつける人影があった。
常木 黎(
ja0718)と朱烙院 奉明(
ja4861)である。
所用で近くを通り掛かっていた二人は、それぞれ別の場所で悲鳴を聞きつけていた。
公園に向かう途中でお互いの姿を視認した二人は、視線だけで言葉を交わすと、共に公園へと躍り出る。
「……ッ!? こんな場所に天魔だと……!」
目に飛び込んだ事態に、奉明が思わず驚きの声をあげる。
「なんだ? あれは子どもと老人…それに天魔かっ!?」
黎は素早く辺りを見渡して状況を把握すると、すぐさま民間人の救助へと動き出す。
園内に居る他の撃退士へ、己の行動を伝えることも忘れない。
「私は救助に回る! 天魔を頼む!」
一方、奉明は別の形で行動を起こしていた。
「天魔の相手は引き受ける。……二人を頼んだ」
すでに数人が老人たちの下へ救助に向かっていることを踏まえ、援護に徹することが最善と判断する。
迷ってる暇はない。やれるだけのことを、やるだけだ。
奉明はリボルバーを構えると、天魔へと照準を合わせた。
●救助、遊撃
「私が手当するから天魔をお願い!」
公園にたどり着くや否や、焼き芋4人組で真っ先に動いたのは里桜。迷うことなく老人へと駆け寄っていく。
それにリゼットが続いていく。
「一気にほわほわ気分が吹き飛びましたっ! すぐに助けないと!」
それに対し、一護と恭子は、駆け寄る二人の邪魔をさせまいと援護に回る。
「喧嘩の匂いがしやがると思ってみれば、なんだこいつらァ!?」
「天魔だぞあれ! 多分!!」
複数のイルカ姿の天魔が、地中に激しく出入りをしていた。しかも、そのスピードは海で泳いでいるかのように速い。
「イルカ相手に顔を隠すメリットもあるまい!」
恭子はマスクと銀色のウィッグを投げ捨てると、黒髪をたなびかせながら、果敢に斬りかかっていく。
一護も負けじと、光纏の風をまとい、手近な相手に飛び膝蹴りを繰り広げる。
「俺が相手だ、イルカ野郎ォ!」
だが、イルカたちは空中で器用に身体を捻って二人の攻撃を受け流すと、再び地中へと姿を消してしまった。
そこに、銃を携えた奉明が二人の加勢に駆けつけた。
「朱絡院 奉明。ダアトだ。援護と足止めは任せてもらおう」
一護と恭子も簡単に名乗ると、即座に連携を取るための行動に移る。
一護が派手な動きと大きな音で陽動に出れば、奉明が一護の背後に回ってフォローに入る。
恭子は公園中央のイチョウを背を預けると、地中からの飛び出しを警戒しつつ、二人とは異なる方向に意識を向ける。
それなりに経験を積んできた撃退士同士だ。特に言葉は交わさなくとも、簡単な連携なら容易に取れる。
3人が遊撃の役割を果たすことで、救助者たちへの支援する算段だ。
一方、救助組は消火作業を終え、祖母の手当てを行っていた。
「ようやく火が消えましたね」
持参していたお手拭を身体に当てながら、完全に消火できたことをリゼットが確認する。
「癒しは任せて!」
リゼットと入れ替わり、里桜が癒しのアウルを祖母に流し込む。
消火が早かったこともあり、思ったよりも火傷は酷くない。だが、祖母はショックから気を失っている。
紅葉も泣き止んではいたが、怯えた表情は消えていない。
リゼットは周囲を警戒しながらも、紅葉の背中をそっと優しく撫でて励ました。
「できれば安全なところへ二人を避難させたいのですが…」
「ちょっと難しいかもしれないね」
黎は自分のジャケットを祖母にかけると、冷静に現況を分析する。
出現位置を変え、現れては消える天魔を相手に、二人を連れて移動するのはかえって危険に思える。
「もう大丈夫。指示するまでじっとしててね?」
黎は紅葉に向かって優しく言葉をかけると、イルカたちの方向へ向き直り、薄笑いを浮かべる。
「天魔はよっぽど“ほのぼの”が嫌いと見える」
私も得意では無いけど。内心でそう付け加えつつ、黎は愛用の銃を取り出すと遊撃組の援護を始めた。
(なるほど。この地中から出てくるイルカに焚き火中のお婆ちゃんと孫が襲われた訳じゃな!)
その隣では、消火作業に当たっていたネピカが、すでに天翔弓で攻撃を仕掛けていた。だが、攻撃を受けたわけでもないのに、その表情は少し苦しげに見える。
「ゲフッ!」(あークソッ、ガツモリ定食を食べて完全失敗じゃったぞよ……)
さすがに昼飯直後の全力疾走は、厳しいものがあった。
とは言え、まだ脅威が去ったわけではない。苦しさを胃に押し込むと、攻撃を放ち続けるのであった。
●地中を泳ぐもの
リゼットは焦っていた。
避難が無理ならばと、イルカたちの位置を遊撃組に伝えるために敵の身体にマーキングをつけたが、地中の抵抗を受ける様子もなく泳ぐイルカのスピードに逆に翻弄されてしまう。
(動きが速すぎですっ!)
とてもではないが位置を伝えることなどできそうにない。
木の上に登り、俯瞰で敵の動きを確認していた恭子も同じように焦りの表情を見せていた。
「くっ! せめて動きを捉えられれば!」
当てるのが先か、こちらが追い込まれるのが先か。
これは根比べになるか…。黎がそう思った時だった。
「地中に潜るのが透過能力によるものならば…」
奉明が阻霊符を発動させ、天魔の透過能力を封じにかかる。
―――次の瞬間。
地面の上でバタバタと跳ねるイルカたちの姿があった。阻霊符の効果によって地上に押し出されたのだ。
「あれ? 終わっちゃったの?」
「なんだ。随分とあっさりしたものだな」
目の前の間抜けな光景に、里桜と恭子が思わず固まる。
「ったく、なんだかなァ」
(なんじゃ、これで終わりか。拍子抜けじゃのう)
一護とネピカも意外な展開に気が抜けてしまう。
しかし、敵はまだ生きていた。
イルカたちは身体の反動を使って、一斉に大きく跳ねあがると、油断していた一護とネピカを押し潰しにかかる。
「うぉっ!」
「うっぷ!」
腹部への強烈な衝撃に、思わず逆流しかけたネピカが慌てて口を押える。
「まだ足掻くのかっ!?」
慌てて奉明が銃を向けるが、すぐにイルカたちの姿が地中へと消えていく。
透過能力が使えなくなった今、イルカたちは『地面を掘る』という原始的方法を取り始めたのだ。
「来ますっ!」
継続するマーキングの効果によって、リゼットが地中から近づいてくるイルカたちを察する。
里桜は咄嗟にシールドを取り出すと、祖母の代わりに地中から出てきたイルカを受け止めていた。
その横では、リゼットが素早い反応で矢を放ち、あらぬ方向へと突撃をずらしている。
「私達が守るよ。だから何があっても離れないでね!」
里桜は再び泣きそうになる紅葉を励ますと、シールドを構えて次の攻撃に備える。
ここで、ある変化に気付いた黎が全員にそれを伝えた。
「掘り進む音を拾うんだ!」
地中を掘り進むということは抵抗が生まれるということ。阻霊符の効果は、音の発生だけではなく、そのスピードも衰えさせていた。
人間は狡賢いのよ。
そう呟くと、黎は音を頼りに狙い澄ました一撃を放つ。鋭い銃撃は身体を貫き、イルカが地面へと崩れ落ちた。
「攻撃の勢いも弱まったよっ!」
里桜が的確にイルカの攻撃をブロックしながら、二人をしっかりと護衛し続ける。
流れが完全に傾いたことを悟り、撃退士が猛攻を仕掛ける。
「弱い者いじめたァ太ェ魚もいたもんだなァ!
アウルの体内燃焼で加速した一護は、荒れ狂う暴風となってイルカを吹き飛ばしていく。
「これで終わりだ!」
恭子の振るった大剣から放たれた衝撃波が、イルカの身体を瓦解させる。
「その程度……!」
奉明はイルカの反撃を障壁で受けきると、電気を帯びた弾丸を撃ち放つ。
「掘り進む音で居場所が丸わかりです」
リゼットが冥魔の力を帯びた矢でイルカの身体を貫き、ネピカが頭突きでイルカを打ちのめしていく。
(もはや雌雄は決したのう)
ネピカの読み通り、程なくしてすべてのイルカたちが地に伏せるのだった。
●秋の終わり
「さて、どうする?」
戦後の処理を済ませ、恭子が他の面々に問いかける。
「おばあさんは落ち着いてます」
リゼットが濡れタオルとレースのハンカチを使い、煤汚れを拭き取りながら祖母の様子を伝える。
素早い消火作業が功を奏し、跡に残る傷はほとんど残っていない。今は穏やかな呼吸をしている。
「うん。火傷の痕はほとんど無し。足に軽い捻挫はあるが、すぐに治るだろう」
応急手当ついでに簡単な診察を済ませた黎が、祖母の容態を簡潔に付け加える。
少し離れたところでは、一護が紅葉をあやしていた。
「なァ、焼き芋やってたんだろ? 俺らも喧嘩したら腹減っちまったからさ、一緒にやろうぜ」
「火起こしくらいなら、役に立てるぞ?」
一護の発案に奉明が後を続けると、里桜も元気よくそれに同意する。
「お疲れさま〜ってことで、焼き芋パーティしようよ♪」
「…………」(うーむ。あれだけ食べたというのに、ひと動きしたらまた腹が減ってきたのう)
ネピカもすでに落ち葉を集め始めている。
「やれやれ」
やっぱりこうなるか。思わず黎は苦笑いを浮かべた。
―――ぱちぱちぱち。
「……ん」
火花の爆ぜる音に反応して、ゆっくりと祖母が目を開けた。
「お! ばァちゃん、目が覚めたかい」
一護におぶられた祖母は、状況がわからずポカンとしている。
「ちょうどいい。焼き芋ができたところだ。食べるかい?」
恭子ができたての焼き芋を手に、祖母に声をかける。差し出されるままに手を伸ばしたところで、祖母は自分が見慣れない服を着ていることに気付いた。
「服は燃えてしまったので、代わりをご用意させていただきました。お気に召すといいのですが」
燃えてしまった衣服の代わりにと、リゼットが近隣の店から服を購入してきたのだった。
改めて撃退士たちから事の顛末を説明され、祖母は紅葉を抱きしめながら深々とお礼を述べる。
「礼なんていいからよ、ばァちゃんも芋食えって!」
素っ気なく返す一護の顔は、まんざらでもない。
「ん〜♪ おいしいのです」
「……………」(おいしいのじゃ)
「あ、私マシュマロも炙っていい?」
リゼットとネピカはすでに焼き芋にパクつき、里桜に至ってはバッグの中からマシュマロの袋を取り出している。
「まだまだあるぞ」
たき火をかき分け、奉明は焼き芋を掻き出すと、残りのメンバーに手渡していく。
たまにはこういう”ほのぼの”もいいかもしれないな。焼き芋を受け取りながら、黎はいつもとは違う笑みを浮かべる。
季節は冬間近。秋の終わりを告げる空に、いつまでも一筋の煙が上っていた。