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マスター:橘 律希
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/03/19


みんなの思い出



オープニング

●モテ男、求める
 権瓦原 助作(ごんがわら すけさく)。
 アラサーの撃退士。アラサーだけど未だに久遠ヶ原の学生。
 丸々と太った身体。ニキビだらけの頬。キレイに切り添えられたおかっぱ頭。センスのない服。脂ぎった汗が浮かぶ額を小まめにハンカチで拭い、なぜか爪だけはキレイに切り揃えられている。ちなみに最近は朝シャンにも目覚めたらしい。

 そんな彼ではあるが、卒業すれば一応は実家の建築会社お抱えの撃退士になる予定の身。
 先日、ちょっと依頼で失敗したりもしたが彼にしては珍しくめげたりせずに、今日も今日とて斡旋所に顔を出していた。
「む〜、やはり一人で受けられる依頼なんてないか…」
 掲示板を前に、口惜しそうに呟く助作。
「…やはり撃退士にとって、情報を交換しあったり、連携が取れたり、助けあったりできる仲間と言うのは重要だろう」
 ちらっ。
 ウムウムと掲示板の前で一人大仰に頷きつつ、横目で斡旋所職員(♀)に視線を送ってみる。
 当の職員はもはや慣れたもので、そこに何も存在しないかの如く淡々と資料を整理を続けていた。
「……そんな風に思い悩んだりしている誰かの為に、手を指し伸べてやってもいいんだがなぁ」
 ちらっ。
 今度は周囲に目をやるも、引き続き資料整理する職員(♀)も、掲示板を見て依頼を検討する者(♀)も、通りすがりの教師(♀)も誰一人反応するものはいない。
「…ふっ。まぁ、俺の力が必要になったらいつでも声をかけてくれたまえ」
 誰が見てるわけでもないのに髪をかきあげ、汗ばんだ額をテカらせては(彼の中では)爽やかに笑顔を作る。
 ちなみに歯には青のりが付いているので、お昼は焼きそばだったのだろう。焼きそばは彼の好物なのだ。

 ………そんな誰得な助作情報は兎も角。

 その後も、ぶちぶちと何事かを呟き続ける彼は、つまるところ『友人が欲しい』と言っているのであった。
 そう。彼に友達はいない。
 長い学生生活の大半…と言うか、ほぼすべてを引き籠り同然で過ごしてきたため、同級生はおろか先生ですら、彼はほとんど顔を知らなかった。
(……まずは顔見知り作り…か)
 敢えて避けてきた事実に向き合う決心をし、そして一秒後にはその決心もあっさりと折れる。
「いや待て。落ち着け助作よ。真のモテ男というのは、自分からは動かなくても、キャーキャーと自然に女の子たちが寄って来るものだ」

 しーん。

「そのうち、寄って…来る……さ」

 …………しーん。

 言うまでもないが、彼がモテるという事実はない。ある依頼を通して「自分がモテ期に突入した」と勘違いしているだけのことである。
 いい加減、気付いてもよさそうなものなのだが……、
「やはりチョコをもらったことが知れ渡ってしまったのだろうな。嫉妬の余り、みんな顔を見せるのもイヤになってしまったか…罪な男だな、俺は…」
 ……一向に気付く様子はない。真に困ったものである。
 ちなみに先日、彼がもらったチョコは本命だったわけはない。だが、義理の他に母親・妹を含めても、彼にとっては人生初のバレンタインチョコ。舞い上がるのも無理はない。
 その証拠に、最後のひと欠片は記念として、キレイにラッピングされた状態で冷蔵庫に仕舞われていたりする。

「兎に角。どうやって知り合いを増やすべきか…」
 神妙な顔で一人学内の寮へと向かう彼の背中に、北風が吹きつけた。
「……寒い」
 ふと、あんまんが食べたくなり、売店へと足を向ける。
 そこが運命の分かれ道。売店に行った彼の目に飛び込んできたのは―――ホワイトデーの文字であつた。


●モテ男、感謝する
「ふ、キミも罪な女だね。オレサマにこうして足を運ばせるなんて」
 突如、声をかけられた女性が歩みを止め、固まる。

「おっと、驚かせたかい? これはすまない。でも、そんなに恥ずかしがらなくていい。なにせ、今日はキミに是非ともお礼がしたくて出向かせてもらった次第さ」

 驚き、ひきつった表情をする女性を置き去りにして、一方的に話しかける男が一人。

「なに、キミが恥ずかしさのあまり、オレにチョコを渡しそびれたのは知っているんだ。ぐふふ、だけど気にしなくていい。心広いオレは、そんなことでキミを見る目は変わらないサ。むしろその気持ちに感謝しているくらいなんだ」

 やれやれと男は首を振る。
 この間、我に戻った女性は数歩後ずさりするが、男が気付く様子はない。
 ちなみに、ここは女子トイレの前である。

「そろそろホワイトデーだろ? 残念ながら、モテモテなオレサマは、当日キミたちの様な恥ずかしがり屋さんたち全員にお返しして回る余裕がない」

 ここで、男がおもむろに懐から包みを取り出す。ピンク色の可愛らしいラッピングがされた小さな箱(中身はホワイトチョコ=売店購入)である。

「そこで、だ。『本当は渡そうと思ってたんです…ごめんなさい』というキミたちの可愛い想いに感謝して、一足早くお返しを配って回っているというわけさ」

 女性、腰を低く落とす。

「さぁ。そんなわけで、ささやかではあるが心ばかりのお礼を受け取ってくれ給え」

 言いながら女性の手を握……るつもりだった男が硬直する。
 彼が手を伸ばした瞬間、女性は脱兎の如く逃げ出していたためだ。いや、そんな表現は生温い。一瞬で姿を消していた。走り去る背中すら見せずに……。

「…ふ、ふふ、ぐふふふ」
 たっぷり一分ほど経過した後、男――権瓦原助作――は笑い出した。
「いやぁ、恥ずかしがり屋にも程がある。まさかオレサマと触れられると思った途端、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして消えてしまうとは」
 待て。そんな事実はない。むしろ女生徒の顔は青ざめていたそ…。
 くるりと振り返り、別に誰が見ているわけでもないのに、精一杯の笑顔を浮かべて彼は一人喋り続ける。
「女性とはかくも恥ずかしがり屋さんが多い。困ったものだ」

●モテ男、迷走する
 この男。
 何をしているかと思えば、要するに『お返しにかこつけて、お友達作っちゃおう!(女の子限定)』である。
 恥ずかしがり屋さんたちが声をかけられないのならば自分から声をかけてあげよう。更にそれをキッカケにさり気なく、自然に知り合いになれるじゃないか。うーん、なんて素晴らしい思いつき!
 ……詳しく言うとこうなる。うん、こうなるらしいよ?

 そして今もまた、一人の女性が彼の犠牲に……
「え? なに? これくれるの? よくわかんないけど、ありがとー」
 ならないだとっ!?(愕然
「ふ。お礼を言われるほどのことではない。ああ、そうだ。よかったらキミの連絡先を聞いてあげても…」
 そんな助作の話も聞かず、女性は躊躇なく受け取った包みを開け、ホクホク顔でその中身を口に放り入れた。
「おいし〜♪ あ、会議始まっちゃうじゃない! もう行かないと! これ、ありがとうねー♪」
「え、あ、はい…」
 風の様に去ってしまった女性の後ろ姿を、助作はしばし呆然と見送る。

「ぐふふふ…」
 やがて、助作の口から漏れ出たのは不気味な笑い。
「なるほど。お返しは受け取れても、いきなりこのオレサマと知り合いになるのはやはり気が引けてしまうか…。いや、まったくもってこのモテオーラが恨めしい」
 ……助作はめげない。
 果たして現実を見ようとしていないのか? 本当に自らのモテオーラを信じているのか?
「ぐふふふ」
 いずれにしろ、彼は次なる獲物を求めては迷走を続けるのであった……。


リプレイ本文

●モテ男、依頼対象となる
「お願いです。彼を止めて下さい」
 依頼書を読み上げた女性職員が顔をあげる。
 助作から直接的な被害を受けた者はまだいない。しかし、女子トイレで待ち伏せされた挙句、身に覚えのお返しを押し付けられるなど迷惑以外の何物でもない。
 何故か風紀委員や教師たちは彼と遭遇できず、被害が収まる気配はなかった。
 すがる様な目が、立ち並ぶ生徒たちに向けられる。

「………」
 藍 星露(ja5127)が真剣な表情をしている。
 彼女は昨年の文化祭を通して助作と面識があると言う。迷走している彼を案じているのだろうか。
(……ごめん。あたし、この人は無理かも……)
 うん、それは気のせいだったと職員は気づいた。だって、彼女の目はまるで死んだ魚の様に色がないんだもの。

「んー、そう。それっぽいのいたら連絡頂戴v」
 今回の依頼を受けた唯一の男性、百々 清世(ja3082)は知り合いの女の子達に電話をかけまくっている。
 助作と言う男の特徴から、人海戦術(♀)で見つけようとするのは有効そうだ。だが、何故だろうか。
「なんか面白そうな事してる子がいるーて聞いたんだよねーv」
 …立ち去る背中を覆うチャラい空気に、職員は不安の色を隠せなかった。

 そこに聞こえる救いの声。
「なるほど、チョコを配るのをやめさせればいいのですね」
 その言葉を待ってたんです! と職員が喜びの視線を向けたのは、マジメな表情で頷く遠宮 撫子(jb1237)。
 彼女もまた、過去の依頼で助作と面識があると言う。
 これは期待できそうだ、と職員は安堵した。
「おやつを皆さんにを配っているなんて殊勝な心がけですが、ダイエット中の方もいるでしょうし…」
 違います。違いますよ? この依頼、そういうことじゃないんですよ?

 焦る職員の前を、最上 憐(jb1522)が通り過ぎた。
「……ん。チョコ。貰いに。行こうか」
 その後を、桜庭 ひなみ(jb2471)が付いて行く。
「チョコをくれるやさしいおじさんがいるんですよね?」
 目をキラキラさせたひなみの認識では、つまりそういうことらしい。
 職員が思わず遠い目をする。
 …あれ? ひょっとして、私、説明下手デスカ?

 落胆し、肩を落とす職員。最後の希望は彼女に託すしかない!
「先輩がこのまま絆の作り方や、戦い方を知らないまま学園出たら…」
 桜花 凛音(ja5414)が目を伏せ、憂いの表情を見せる。
 彼女は特に助作と縁が深いらしく、迷走の一端が自分にもあると思っているらしい。
「きっと先輩は臆病で…私も臆病だから…放っておけないのかな」
 そんな少女の姿に、職員は救いの女神が現れたと涙を流すのだった…。


●モテ男、ファンを得る
 助作と接触するため、憐とひなみは片っ端から女子トイレを巡っていた。
 ひなみは皆が困っている理由を『お手洗いから出たらいきなりチョコを渡されるから』と思っている様だが…お手洗いから『出た』時とは限らない。
 まぁ、純真無垢な少女がそういった考えに至らないのは仕方ない。むしろ喜ばしいことである。
「あ! 憐ちゃん、あの人でしょうか?」
 ひなみが指差した柱の陰には、女子トイレを見守る怪しさ満載の男、助作の姿があった。
「……ん。チョコ。くれると。噂に聞いた。チョコ。頂戴」
「チョコがもらえると、ききまして…」
 二人は警戒感の欠片もなく近付き、これまた躊躇なく言葉をかける。
「ふっ。こんな小さな子たちまで虜にしてしまうとは…自分のモテオーラが怖ろしい」
 最初は驚きこそすれ、二人の求めを喜色満面で受ける助作。
「おうちに帰ったら大事にいただきますね」
 貰ったチョコを手に、ひなみが純粋に喜んだ。そのにこにこ顔には一点の曇りもない。
「ぐふふ…キミは素直でいい子だねぇ。よし、オレのファンクラブの栄誉ある第一号にしてあげよう」
 まさかのファンクラブ設立! しかも今!
「わ〜、よくわからないけど、ありがとうございます」
 いや、知らない人からよくわからないもの貰っちゃダメだよ!?
 もはや、怪しいアラサ―男が小等部の娘をかどわかしているようにしか見えない(「…私、中等部なんですけど…」)

 その後、『お手洗い前でチョコを渡すのは失礼かも』というひなみ(大切なファン)の進言に従い、助作は場所を変えようと検討を始める。
「……ん。無くなった。おかわりを。所望する」
 その背中を憐がつついた。憐の手を見れば、包みは開封され既にチョコはない。
 おおぉ…! 自分のチョコを喜んで食べて、更に求めてくれている!
 助作、大興奮である。
「……ん。いっぱい。くれると。私の。好感度が。上がるよ」
 一応、彼女としては助作の持つチョコをすべて食べ尽くすことで、これ以上配り続けられないようにしようと考えていた。……決して、チョコが食べたいだけじゃないんだよ?
「憐ちゃん…すごいです」
 ひなみがその食べっぷりに思わず目を丸くする。
「ぐふふ、そんなにオレサマのチョコは美味しいかい? キミもファンクラブに入れてあげよう」
「……ん。チョコの。追加。沢山。くれるなら。承諾するかも」
 差し出される手。掌に置かれる包み。開封され、次々と姿を消すおチョコ様。そんなやり取りを延々と繰り返し、遂には助作のチョコが尽きる。
「……ん。太っ腹な。所を。見せると。モテるかも」
「よ、よし! 売店行こうか…」
 求められるままに助作はチョコを購入し、次々とチョコが憐のブラックホール(口と胃)へと吸い込まれていく。
 『モテる』というキーワードに踊らされた助作の財布の紐は緩々であり、憐は彼の財産までも食い尽くす気かもしれない。
 ついには売店中のチョコとお菓子が食べ尽くされてしまった。それでも憐は物足りなさげだ。
「……ん。また。何か。食べ物。配るなら。呼んで。カレーとかだと。喜ぶ」
 助作にお礼を述べ、憐とひなみが立ち去って行く。その背を見送りながら、助作が小さくガッツポーズをした。
「ファン、ゲッツ!」


●モテ男、師匠を得る。告白(?)もされる
「キミだよねー。ごんちゃんって?」
 二人と入れ違いに、ゆるゆると現れ、ふわーっと助作に近づき、するするっと肩を組んだのは清世。
「ご、ごんちゃん?」
「権瓦原助作ー…て厳つい名前だよねぇ、ごんちゃんで良いしょ?」
 そのなれなれしさに、助作の表情が曇る。彼にとって、この手のタイプは苦手以外の何物でもない。
「それがお返し? いちいち…なんてゆーか、マメだねぇ」
 助作は売店裏に残っていたチョコを見つけ出し、辛うじて数個買い直していた。
「男なら当然だろう。モテ期のオレサマにしかわからない苦労があるのさ」
 ふふん、と助作が自慢げな顔を清世に向ける。
「お返しかー…んー、俺はしないかな。皆で菓子パはするかもだけど」
「…か、菓子パ?」
 初めて聞いた単語に、助作の顔が疑問符を浮かぶ。

 ――5分後。

「し、師匠! 女子のハートを鷲掴みにするには…はっ!? いや、今でも十分モテているが、参考までにだな…」
 どういうわけか、助作は清世を師匠と崇めていた。
 豊富な女友達を持ち、高いコミュ力を持つ男。
 これまでの人生で出会わなかったタイプに、助作の心は大きな衝撃を受けたらしい。
「てか、なんでトイレで待ってたの? 教室とかでいいじゃん?」
 清生の至極もっともな疑問に、彼はこう答えた。
 ずっと授業行ってないし…教室だと教師に邪魔されるし…トイレなら絶対に女の子に会えるし…。
 うん、もう色々とダメだー!
「んー、自分からがんがん行くのも良いけど、ちょっと焦らすのもありだと思うけどねー。女の子って、結構そういうのも好きじゃん?」
 しかし、清世は特に否定もせず、やんわりとアドバイスしてみたりする。
(なんてーか、こいつ…泣かせたい面してんな)
 軽いいじめっ子気質も押さえつつ、清世は一つ提案してみた。
「ごんちゃんさ、メアド交換しようよー。友達になろー。あ、今度ナンパでも行くー?」
「ナ、ナンパっ!?」
 助作、憧れの単語が心の内で木霊する。ナンパ、軟派、難破……あれ? 哀しい結果しか見えないよ?

「お久しぶりです権瓦原さん」
 メアド交換した清世と別れ、助作が次に出会ったのは撫子。
 突然の再会に助作は驚き、感激する。なぜなら、彼女は初握手(異性)の相手なのだ。
 今日もまた撫子は助作からチョコを受け取る際に、彼の手をギュッと握った。
「ありがとうございます。大事にいただきますね」
 条件反射の営業スマイルが眩しい。
 当然のことながら、彼女にそういう気はまったくない。単に天然なのだ。
「あの、私もくまちゃんのチョコを作ったので、(みんなに差し上げてますし)もしよろしければ貰って頂けますか」
 肝心な()部分を言い忘れるのも、彼女の特徴である。
 美味しくできていればいいのですが、と(出来を心配して)恥ずかしそうにする撫子。
 嬉々として助作が包みを覗き込む。そして、凍り付く。
 『くまちゃん』と言う可愛らしい響きはどこへ? そこには、リアルグリズリーのフィギュアの様なチョコが鎮座していた。
 このくまちゃん。撫子なりに可愛さとリアル感を追求した産物であり、彼女はド真面目に可愛いと思っている。
(し、師匠…どう反応すれば…っ)
 戸惑う助作を気にすることなく、撫子が熱を帯びた目で訴え始める。
「権瓦原さん…あの、他の女の子に(むやみに)チョコ渡しちゃダメです! 一番好きな人だけに……わたし(て)欲しいです」
 注意慣れしておらず、伏し目がちに照れながら告げる彼女の言葉は、あれだ。どうみても告白のそれだ。
(ま、まさか…告白…なのかっ!?)
 うん、でも違うから。そう思っちゃったかもしれないけど、違うから。
 助作が勘違いしている隙に、撫子は頬に手を当て走り去ってしまう。どうやら、彼女の中では役目を果たしたと思ったらしい。
 やはりこのモテ期…本物! 助作が聖者の顔で天を仰いだ。そんな助作を、くまちゃんチョコが鋭い目で見つめていた。


●モテ男、目醒める
「キ、キミはビンタの娘ーっ!!」
 凛音が姿を見せた途端、変なスイッチが入った助作が飛びかかった。
「落ち着いて下さい><」
 身の危険を感じた凛音が、反射的にスタンエッジビンタを放つ。
 バッシーン!
 この痛み…やっぱりイイ…。頬を押さえた助作が、悦に入りながら我に返る。

 凛音は悩んでいた。どうしたら助作を現実に引き戻せるのかと。過去の依頼や情報を整理し、道を踏み外した理由を考えてもみた。
(臆病さが…モテ期って言う空想世界に閉じ込めちゃってるのかな?)
 前回の依頼での様子から、助作にはまだ望みがある…気がする。
 ―――ならば。
「あの時は有難うございました。身を挺して守って下さって」
 凛音が礼を述べる。
 あ、いや、こちらこそ。頭を下げる彼女に今までとは違う雰囲気を感じ、助作が思わず畏まる。
 僅かな沈黙の後、凛音は意を決して、助作に一つのお願いを申し出た。
「目を…閉じてもらえますか?」
 アイマスクを差し出す真剣な眼差し。
(こ、これはひょっとして…っ!?)
 目を閉じた助作の胸は高鳴り、鼻息が煩いほどに荒い。
 もう…いいですよ。
 目を閉じた時間は僅か。だが、アイマスクを外した助作の目の前にいたのは――彼の知らない少女だった。

「キ、キミ…は?」
 中等部の制服に身を包み、眼鏡をかけ、癖毛をゴムで纏めた一人の地味な少女が、どこかぎこちない笑顔で助作を見つめる。魔装を活性化した凛音のもう一つの姿。そこには、先ほどまでのセクシーで魅力溢れる女の姿は、ない。
「これが初めてお会いした時話した……本来の私です」
 だが、助作はその言葉の意味を理解できず、呆けたまま。
 …え?…あれ? …は?
 と、

 ぺちっ。

 助作を打つ、弱々しいビンタ。
 頬に微かな痺れが走り、そして――気付く。
 目の前の地味な少女こそが、先ほどまで目の前にいた少女であると。

「人は変われる筈です。一人じゃ無理でも。支えてくれる仲間がいれば」

 彼女が勇気を出して、本来の自分をさらけ出してくれたのだと。

「甘えるだけじゃ勿論駄目ですけど、頑張る勇気が貰えるんです」

 よく見れば身体も少し震えている気がする。

「あの時は皆で応援しようと頑張りすぎて、モテ期と勘違いさせてしまいました…」

 凛音がポツリポツリと、モテ期の事実を、薄々気づいていた虚構を明かしていく。
 しかし、不思議と助作の心は揺らがない。むしろ、ゆっくりと霧の様なものが晴れていくことを実感する。

「私もまだまだ駄目な子供です。だけど…、そんな私でよければ友達に、一緒に努力をして行きませんか?」

 見た目は地味な少女がはにかむ。
 その心は誰よりも眩く、助作の目には女神の様に輝いていた――。


●権瓦原助作
 本能がそうさせるのか。星露の足は無意識に家路についていた。
「他の皆が頑張ってくれるみたいだし…」
 私は離れた所で温かく見守るわ! と、清々しい笑顔。それを人は『諦め』と呼ぶ。
 彼女だって依頼を引き受けたからには、なんとかしたいとは思っていた。
 だが、ど〜〜してもっ、生理的にっ、理屈抜きにっ、遺伝子レベルでっ、助作を受け入れ難いらしい。
「……ごめんなさい、それじゃ駄目なのは解ってるわ」
 今度はがっくりと項垂れる。
 先ほどから浮き沈んでは葛藤し続ける彼女に、天の声が思わず頭を下げた。
『なんか…ごめんなさい?』

「きゃっ!」
 葛藤のあまり周りが見えていなかったのだろう。星露は何かにぶつかり倒れた。
「こ、これはすまないな、レディ」
 ぞくぅっ!
 一瞬で全身の毛が逆立つ。
 見上げれば、そこには彼女の望まざる人物が立っていた。
「…ん? キミ、どこかで見たような…?」
 片や凍りつき、片や記憶を辿り始め、自然と二人見詰め合う形になる。
 じーーっ。
 その視線に、冷や汗が滝の様に流れ落ち始めた。
「大丈夫かい? ほら、オレサマに掴まりな」
 脂汗で滲んだ手が、彼女の腕を取る。
「…こ、」
「こ?」
「《この人、痴漢です!》」
「なっ、なに〜〜っ!」
 説明しよう。《この人、痴漢です!》とは【初夢】で使用された星露のオリジナルスキルである。
 その効果は男性1人に『注目』を付与して強制的に痴漢に仕立てあげると言う、男殺しの極悪スキルなのだ! (※注 冤罪は犯罪です)
「キ、キミ、何を言って…」
 \キャー! 痴漢よー!! 痴漢だとぅ! 女の敵がいるぞーっ!/
 【初夢】限定スキルにも関わらず、効果が発揮されたのは唯の偶然。そう、偶々なのである。
「ご、誤解だ! オレはこれから真っ直ぐ生きるんだ。師匠みたいにおしゃれ髭を生やしt…」

 ギャーーッ!

 断末魔の悲鳴を耳にしながら、星露は遠い目をして呟いた。
「……駄目。あたし、やっぱり無理だったわ…」



 権瓦原助作。アラサ―の久遠ヶ原の学生。
 師匠と女神を得た彼はこれにめげることなく、今日もまた学園を闊歩していることだろう。

 


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: オシャレでスマート・百々 清世(ja3082)
 一緒にいればどこでも楽園・桜花 凛音(ja5414)
重体: −
面白かった!:7人

オシャレでスマート・
百々 清世(ja3082)

大学部8年97組 男 インフィルトレイター
あたしのカラダで悦んでえ・
藍 星露(ja5127)

大学部2年254組 女 阿修羅
一緒にいればどこでも楽園・
桜花 凛音(ja5414)

高等部3年31組 女 ダアト
モテ男にも恋をさせたい!・
遠宮 撫子(jb1237)

大学部4年87組 女 ルインズブレイド
カレーは飲み物・
最上 憐(jb1522)

中等部3年6組 女 ナイトウォーカー
雷蜘蛛を払いしモノ・
桜庭 ひなみ(jb2471)

高等部2年1組 女 インフィルトレイター