●モテ男、依頼対象となる
「お願いです。彼を止めて下さい」
依頼書を読み上げた女性職員が顔をあげる。
助作から直接的な被害を受けた者はまだいない。しかし、女子トイレで待ち伏せされた挙句、身に覚えのお返しを押し付けられるなど迷惑以外の何物でもない。
何故か風紀委員や教師たちは彼と遭遇できず、被害が収まる気配はなかった。
すがる様な目が、立ち並ぶ生徒たちに向けられる。
「………」
藍 星露(
ja5127)が真剣な表情をしている。
彼女は昨年の文化祭を通して助作と面識があると言う。迷走している彼を案じているのだろうか。
(……ごめん。あたし、この人は無理かも……)
うん、それは気のせいだったと職員は気づいた。だって、彼女の目はまるで死んだ魚の様に色がないんだもの。
「んー、そう。それっぽいのいたら連絡頂戴v」
今回の依頼を受けた唯一の男性、百々 清世(
ja3082)は知り合いの女の子達に電話をかけまくっている。
助作と言う男の特徴から、人海戦術(♀)で見つけようとするのは有効そうだ。だが、何故だろうか。
「なんか面白そうな事してる子がいるーて聞いたんだよねーv」
…立ち去る背中を覆うチャラい空気に、職員は不安の色を隠せなかった。
そこに聞こえる救いの声。
「なるほど、チョコを配るのをやめさせればいいのですね」
その言葉を待ってたんです! と職員が喜びの視線を向けたのは、マジメな表情で頷く遠宮 撫子(
jb1237)。
彼女もまた、過去の依頼で助作と面識があると言う。
これは期待できそうだ、と職員は安堵した。
「おやつを皆さんにを配っているなんて殊勝な心がけですが、ダイエット中の方もいるでしょうし…」
違います。違いますよ? この依頼、そういうことじゃないんですよ?
焦る職員の前を、最上 憐(
jb1522)が通り過ぎた。
「……ん。チョコ。貰いに。行こうか」
その後を、桜庭 ひなみ(
jb2471)が付いて行く。
「チョコをくれるやさしいおじさんがいるんですよね?」
目をキラキラさせたひなみの認識では、つまりそういうことらしい。
職員が思わず遠い目をする。
…あれ? ひょっとして、私、説明下手デスカ?
落胆し、肩を落とす職員。最後の希望は彼女に託すしかない!
「先輩がこのまま絆の作り方や、戦い方を知らないまま学園出たら…」
桜花 凛音(
ja5414)が目を伏せ、憂いの表情を見せる。
彼女は特に助作と縁が深いらしく、迷走の一端が自分にもあると思っているらしい。
「きっと先輩は臆病で…私も臆病だから…放っておけないのかな」
そんな少女の姿に、職員は救いの女神が現れたと涙を流すのだった…。
●モテ男、ファンを得る
助作と接触するため、憐とひなみは片っ端から女子トイレを巡っていた。
ひなみは皆が困っている理由を『お手洗いから出たらいきなりチョコを渡されるから』と思っている様だが…お手洗いから『出た』時とは限らない。
まぁ、純真無垢な少女がそういった考えに至らないのは仕方ない。むしろ喜ばしいことである。
「あ! 憐ちゃん、あの人でしょうか?」
ひなみが指差した柱の陰には、女子トイレを見守る怪しさ満載の男、助作の姿があった。
「……ん。チョコ。くれると。噂に聞いた。チョコ。頂戴」
「チョコがもらえると、ききまして…」
二人は警戒感の欠片もなく近付き、これまた躊躇なく言葉をかける。
「ふっ。こんな小さな子たちまで虜にしてしまうとは…自分のモテオーラが怖ろしい」
最初は驚きこそすれ、二人の求めを喜色満面で受ける助作。
「おうちに帰ったら大事にいただきますね」
貰ったチョコを手に、ひなみが純粋に喜んだ。そのにこにこ顔には一点の曇りもない。
「ぐふふ…キミは素直でいい子だねぇ。よし、オレのファンクラブの栄誉ある第一号にしてあげよう」
まさかのファンクラブ設立! しかも今!
「わ〜、よくわからないけど、ありがとうございます」
いや、知らない人からよくわからないもの貰っちゃダメだよ!?
もはや、怪しいアラサ―男が小等部の娘をかどわかしているようにしか見えない(「…私、中等部なんですけど…」)
その後、『お手洗い前でチョコを渡すのは失礼かも』というひなみ(大切なファン)の進言に従い、助作は場所を変えようと検討を始める。
「……ん。無くなった。おかわりを。所望する」
その背中を憐がつついた。憐の手を見れば、包みは開封され既にチョコはない。
おおぉ…! 自分のチョコを喜んで食べて、更に求めてくれている!
助作、大興奮である。
「……ん。いっぱい。くれると。私の。好感度が。上がるよ」
一応、彼女としては助作の持つチョコをすべて食べ尽くすことで、これ以上配り続けられないようにしようと考えていた。……決して、チョコが食べたいだけじゃないんだよ?
「憐ちゃん…すごいです」
ひなみがその食べっぷりに思わず目を丸くする。
「ぐふふ、そんなにオレサマのチョコは美味しいかい? キミもファンクラブに入れてあげよう」
「……ん。チョコの。追加。沢山。くれるなら。承諾するかも」
差し出される手。掌に置かれる包み。開封され、次々と姿を消すおチョコ様。そんなやり取りを延々と繰り返し、遂には助作のチョコが尽きる。
「……ん。太っ腹な。所を。見せると。モテるかも」
「よ、よし! 売店行こうか…」
求められるままに助作はチョコを購入し、次々とチョコが憐のブラックホール(口と胃)へと吸い込まれていく。
『モテる』というキーワードに踊らされた助作の財布の紐は緩々であり、憐は彼の財産までも食い尽くす気かもしれない。
ついには売店中のチョコとお菓子が食べ尽くされてしまった。それでも憐は物足りなさげだ。
「……ん。また。何か。食べ物。配るなら。呼んで。カレーとかだと。喜ぶ」
助作にお礼を述べ、憐とひなみが立ち去って行く。その背を見送りながら、助作が小さくガッツポーズをした。
「ファン、ゲッツ!」
●モテ男、師匠を得る。告白(?)もされる
「キミだよねー。ごんちゃんって?」
二人と入れ違いに、ゆるゆると現れ、ふわーっと助作に近づき、するするっと肩を組んだのは清世。
「ご、ごんちゃん?」
「権瓦原助作ー…て厳つい名前だよねぇ、ごんちゃんで良いしょ?」
そのなれなれしさに、助作の表情が曇る。彼にとって、この手のタイプは苦手以外の何物でもない。
「それがお返し? いちいち…なんてゆーか、マメだねぇ」
助作は売店裏に残っていたチョコを見つけ出し、辛うじて数個買い直していた。
「男なら当然だろう。モテ期のオレサマにしかわからない苦労があるのさ」
ふふん、と助作が自慢げな顔を清世に向ける。
「お返しかー…んー、俺はしないかな。皆で菓子パはするかもだけど」
「…か、菓子パ?」
初めて聞いた単語に、助作の顔が疑問符を浮かぶ。
――5分後。
「し、師匠! 女子のハートを鷲掴みにするには…はっ!? いや、今でも十分モテているが、参考までにだな…」
どういうわけか、助作は清世を師匠と崇めていた。
豊富な女友達を持ち、高いコミュ力を持つ男。
これまでの人生で出会わなかったタイプに、助作の心は大きな衝撃を受けたらしい。
「てか、なんでトイレで待ってたの? 教室とかでいいじゃん?」
清生の至極もっともな疑問に、彼はこう答えた。
ずっと授業行ってないし…教室だと教師に邪魔されるし…トイレなら絶対に女の子に会えるし…。
うん、もう色々とダメだー!
「んー、自分からがんがん行くのも良いけど、ちょっと焦らすのもありだと思うけどねー。女の子って、結構そういうのも好きじゃん?」
しかし、清世は特に否定もせず、やんわりとアドバイスしてみたりする。
(なんてーか、こいつ…泣かせたい面してんな)
軽いいじめっ子気質も押さえつつ、清世は一つ提案してみた。
「ごんちゃんさ、メアド交換しようよー。友達になろー。あ、今度ナンパでも行くー?」
「ナ、ナンパっ!?」
助作、憧れの単語が心の内で木霊する。ナンパ、軟派、難破……あれ? 哀しい結果しか見えないよ?
「お久しぶりです権瓦原さん」
メアド交換した清世と別れ、助作が次に出会ったのは撫子。
突然の再会に助作は驚き、感激する。なぜなら、彼女は初握手(異性)の相手なのだ。
今日もまた撫子は助作からチョコを受け取る際に、彼の手をギュッと握った。
「ありがとうございます。大事にいただきますね」
条件反射の営業スマイルが眩しい。
当然のことながら、彼女にそういう気はまったくない。単に天然なのだ。
「あの、私もくまちゃんのチョコを作ったので、(みんなに差し上げてますし)もしよろしければ貰って頂けますか」
肝心な()部分を言い忘れるのも、彼女の特徴である。
美味しくできていればいいのですが、と(出来を心配して)恥ずかしそうにする撫子。
嬉々として助作が包みを覗き込む。そして、凍り付く。
『くまちゃん』と言う可愛らしい響きはどこへ? そこには、リアルグリズリーのフィギュアの様なチョコが鎮座していた。
このくまちゃん。撫子なりに可愛さとリアル感を追求した産物であり、彼女はド真面目に可愛いと思っている。
(し、師匠…どう反応すれば…っ)
戸惑う助作を気にすることなく、撫子が熱を帯びた目で訴え始める。
「権瓦原さん…あの、他の女の子に(むやみに)チョコ渡しちゃダメです! 一番好きな人だけに……わたし(て)欲しいです」
注意慣れしておらず、伏し目がちに照れながら告げる彼女の言葉は、あれだ。どうみても告白のそれだ。
(ま、まさか…告白…なのかっ!?)
うん、でも違うから。そう思っちゃったかもしれないけど、違うから。
助作が勘違いしている隙に、撫子は頬に手を当て走り去ってしまう。どうやら、彼女の中では役目を果たしたと思ったらしい。
やはりこのモテ期…本物! 助作が聖者の顔で天を仰いだ。そんな助作を、くまちゃんチョコが鋭い目で見つめていた。
●モテ男、目醒める
「キ、キミはビンタの娘ーっ!!」
凛音が姿を見せた途端、変なスイッチが入った助作が飛びかかった。
「落ち着いて下さい><」
身の危険を感じた凛音が、反射的にスタンエッジビンタを放つ。
バッシーン!
この痛み…やっぱりイイ…。頬を押さえた助作が、悦に入りながら我に返る。
凛音は悩んでいた。どうしたら助作を現実に引き戻せるのかと。過去の依頼や情報を整理し、道を踏み外した理由を考えてもみた。
(臆病さが…モテ期って言う空想世界に閉じ込めちゃってるのかな?)
前回の依頼での様子から、助作にはまだ望みがある…気がする。
―――ならば。
「あの時は有難うございました。身を挺して守って下さって」
凛音が礼を述べる。
あ、いや、こちらこそ。頭を下げる彼女に今までとは違う雰囲気を感じ、助作が思わず畏まる。
僅かな沈黙の後、凛音は意を決して、助作に一つのお願いを申し出た。
「目を…閉じてもらえますか?」
アイマスクを差し出す真剣な眼差し。
(こ、これはひょっとして…っ!?)
目を閉じた助作の胸は高鳴り、鼻息が煩いほどに荒い。
もう…いいですよ。
目を閉じた時間は僅か。だが、アイマスクを外した助作の目の前にいたのは――彼の知らない少女だった。
「キ、キミ…は?」
中等部の制服に身を包み、眼鏡をかけ、癖毛をゴムで纏めた一人の地味な少女が、どこかぎこちない笑顔で助作を見つめる。魔装を活性化した凛音のもう一つの姿。そこには、先ほどまでのセクシーで魅力溢れる女の姿は、ない。
「これが初めてお会いした時話した……本来の私です」
だが、助作はその言葉の意味を理解できず、呆けたまま。
…え?…あれ? …は?
と、
ぺちっ。
助作を打つ、弱々しいビンタ。
頬に微かな痺れが走り、そして――気付く。
目の前の地味な少女こそが、先ほどまで目の前にいた少女であると。
「人は変われる筈です。一人じゃ無理でも。支えてくれる仲間がいれば」
彼女が勇気を出して、本来の自分をさらけ出してくれたのだと。
「甘えるだけじゃ勿論駄目ですけど、頑張る勇気が貰えるんです」
よく見れば身体も少し震えている気がする。
「あの時は皆で応援しようと頑張りすぎて、モテ期と勘違いさせてしまいました…」
凛音がポツリポツリと、モテ期の事実を、薄々気づいていた虚構を明かしていく。
しかし、不思議と助作の心は揺らがない。むしろ、ゆっくりと霧の様なものが晴れていくことを実感する。
「私もまだまだ駄目な子供です。だけど…、そんな私でよければ友達に、一緒に努力をして行きませんか?」
見た目は地味な少女がはにかむ。
その心は誰よりも眩く、助作の目には女神の様に輝いていた――。
●権瓦原助作
本能がそうさせるのか。星露の足は無意識に家路についていた。
「他の皆が頑張ってくれるみたいだし…」
私は離れた所で温かく見守るわ! と、清々しい笑顔。それを人は『諦め』と呼ぶ。
彼女だって依頼を引き受けたからには、なんとかしたいとは思っていた。
だが、ど〜〜してもっ、生理的にっ、理屈抜きにっ、遺伝子レベルでっ、助作を受け入れ難いらしい。
「……ごめんなさい、それじゃ駄目なのは解ってるわ」
今度はがっくりと項垂れる。
先ほどから浮き沈んでは葛藤し続ける彼女に、天の声が思わず頭を下げた。
『なんか…ごめんなさい?』
「きゃっ!」
葛藤のあまり周りが見えていなかったのだろう。星露は何かにぶつかり倒れた。
「こ、これはすまないな、レディ」
ぞくぅっ!
一瞬で全身の毛が逆立つ。
見上げれば、そこには彼女の望まざる人物が立っていた。
「…ん? キミ、どこかで見たような…?」
片や凍りつき、片や記憶を辿り始め、自然と二人見詰め合う形になる。
じーーっ。
その視線に、冷や汗が滝の様に流れ落ち始めた。
「大丈夫かい? ほら、オレサマに掴まりな」
脂汗で滲んだ手が、彼女の腕を取る。
「…こ、」
「こ?」
「《この人、痴漢です!》」
「なっ、なに〜〜っ!」
説明しよう。《この人、痴漢です!》とは【初夢】で使用された星露のオリジナルスキルである。
その効果は男性1人に『注目』を付与して強制的に痴漢に仕立てあげると言う、男殺しの極悪スキルなのだ! (※注 冤罪は犯罪です)
「キ、キミ、何を言って…」
\キャー! 痴漢よー!! 痴漢だとぅ! 女の敵がいるぞーっ!/
【初夢】限定スキルにも関わらず、効果が発揮されたのは唯の偶然。そう、偶々なのである。
「ご、誤解だ! オレはこれから真っ直ぐ生きるんだ。師匠みたいにおしゃれ髭を生やしt…」
ギャーーッ!
断末魔の悲鳴を耳にしながら、星露は遠い目をして呟いた。
「……駄目。あたし、やっぱり無理だったわ…」
権瓦原助作。アラサ―の久遠ヶ原の学生。
師匠と女神を得た彼はこれにめげることなく、今日もまた学園を闊歩していることだろう。