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「――うん、看護服を着ると何だか気が引き締まるな」
そう言葉を口にして、真一文字に閉じた桜木 真里(
ja5827)の口元からは、明確な意思が伝わる。純白の看護服に初めて袖を通した「照れ」は見え隠れしているが、己の役目をしっかり努めようと気を引き締めていた。
「わ〜♪」と楽しそうに、着用した看護服を眺める遊間 蓮(
ja5269)や、ビシッと着こなしてやる気充分の表情で構える、cicero・catfield(
ja6953)の姿も。
そしてその横に並ぶ三人の――。
と、ここで変態保健――、ではなく魅惑の保健医、ダイナマ 伊藤(jz0126)による、今年の夏オススメのナース服解説が始まった!
「清楚なラインが女性らしさを演出、袖口やポケットの二本ラインがさりげないアクセント☆透けにくくストレッチ性にも優れている、この夏イチオシのナース服が、これだぁ!
まずは一番手ぇ、小麦色の肌がとってもセクスィー☆久慈羅 菜都(
ja8631)〜!」
「……。……えっと、ちょっと、丈が短くて恥ずかしいけど……よろしくお願いします」
「二番手は見た目もハートも乙女?たつみんこと、志堂 龍実(
ja9408)だ〜!」
「うぐぐ…可愛さに釣られて着てしまった…、って、お、俺は女の子じゃなーい!」
「うるぁ、三番手ぇ!綺麗な顔で男もオトすぜ、神楽坂 紫苑(
ja0526)〜!」
「…足元が、かなり恥ずかしいな。女装しても丈が短いのはパスしているし」
「――うふお〜!いいんじゃね?超いいんじゃね、オレのお手製ナース服!メンズ看護服もカッケーだろっ!?よし、今度は男のセクスィーさを演出する看護服についてみっちり一時間――、ヴエッ!?」
興奮大爆発のまま、突如、首を絞められたペンギンのような鳴き声を上げてふにゃ、と床に倒れたダイナマ。
「ちょ、伊藤先生!?」
突然の異変に真里は叫び声を上げるが、元よりあまり近づきたくない雰囲気が漂うダイナマ。
「…放置プレイでいいんじゃないか?」
様子見、ということで紫苑がポツリと呟く。突如訪れた気まずい沈黙の中、龍実が文具セットからペンを取り出し、ツンツンとダイナマの身体をつついてみる。すると、うつ伏せに転がったダイナマの首元からぽろり、と針金のようなものが零れ、真里がそれを拾い上げた。
「…これ、吹き矢の針だ…」
一体何処から。そして遅れて香った、桜餅の存在(香り)。明らかに、桜餅を食べたその手でこの針に触れたものと思われる。一人確信した真里が遠くを見据えて微笑した。
(…先生、俺達頑張ります)
胸中、実に不安だが。
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保健委員会の先導による特別活動に参加した、ある意味六人の勇者達。何者かの麻酔針で倒れたダイナマは既に復活し、趣味である裁縫に興じている。
怪我の手当てや病気の介護に精を出して、色々と力になろうという気持ちでいっぱいだった六人。しかし、こうゆう時に限って保健室に訪れる者は皆無。仕方なしに、紫苑は薬品や物品の在庫確認、菜都は摘んできた花を花瓶に活け、空間に彩りを与えた。
「あ、ボク、My裁縫セット持ってきたんですよぉ。ご一緒してもいいですかぁ〜?」
蓮はダイナマに話しかけながら壁に立てかけてあったパイプ椅子をいくつか腕に抱え、ダイナマの周りに並べだした。
「ボク以外にも一緒にやりたい子がいるみたいだし、ね?」
そして緑色の瞳でにっこり微笑んで、視線を右方へ向けると、
「あ…えっと、玉結びとか、うまくできなくて、裏側がぐちゃぐちゃになっちゃうの…」
「俺もあんまり器用じゃないんだけど折角だしね」
ボタン付けと繕い方のコツを教わりたかった菜都と、器用ではないが心のこもった不格好作品ならお任せ、の真里がパイプ椅子に腰を下ろし、半裸状態の教師と円形の陣を組むことに。
「おう!平穏な時間を楽しもーぜ!」
そう言って活気のいい声で笑うダイナマ。だが、どうにも。
(……服が、足りない……?)
天然故、ダイナマの変態さに鈍感な菜都は、小首を傾げながらも目線はちくちく手元の針へ。真里も同様に、
(…本当に個性的な先生だな。冬はどうゆう格好しているんだろう)
眉間にしわを寄せながら、気がかりが頭の中をグルグルと駆け巡る。……一瞬、トラウマになりそうな映像が脳裏に浮かんだが、そっと胸の奥底へ封印。
「あ、先生、ところであのAED、なんでいつもと違うの?」
ウサギのアップリケ入りの雑巾を器用に縫っていた蓮が、ふと思い出したように顔を上げて、旧型の除細動機の方へ顎を反らした。それを聞いた真里も「ああ、それ」と小さく何度か頷いて、蓮と同じ疑問の表情でダイナマに尋ねる。
「あれだと先生しか使えないですよね?大丈夫なんですか?」
「――ああ、アレはなぁ、ああ。オレが使うんだ」
……はい?
蓮と真里は揃ってダイナマの顔を唖然と見つめた。答えが一周してまた同じ所に戻ってきたという感覚に、一瞬前後を忘れてしまった。菜都だけが必死に黙々とボタンと格闘していた。そこへ、甘い芳醇な香気と小腹を刺激する焼菓子の匂いが保健室を満たす。
「おい、久慈羅、針、指に刺すなよ?それと、力入れ過ぎると疲れるから注意しろよ。皆、クッキー作ってきたんだ。つまみながらやったらどうだ?先生もどうですか?」
紫苑がお盆に紅茶とクッキーを乗せて運んで来た。
「わあ、美味しそ〜!神楽坂君すごーい♪ボク、お菓子は作れなくてさぁ〜」
料理は得意だが、お菓子作りは不慣れな蓮は瞳を輝かせて、指でつまんだクッキーを色んな角度から眺めている。
「神楽坂やるな〜。じゃあ遠慮なくいただくぜ。あ、久慈羅、食べさせてくんね?」
あーん、と口を開けたダイナマの顔がすいっと菜都に寄ってきて、「えっと…」と彼女が口ごもる。
「…伊藤先生。昼に焼きそば食べました?口に青のりついてます」
「うっそ、マジで。桜木、拭いて」
「……」
その様子を一歩引いて眺めていた紫苑は、
(…何だか、先生に気に入られると呼び出しくらいそうだな)
と、心の中で呟いて苦笑した。
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その後、まったり時が経過する中で、応急処置の仕方や人工呼吸の正しい行い方、捻挫や熱中症にはどのように対処すればよいのか、ということをダイナマから学んだ六人。元大学病院で働いていたという医師の肩書きは、やはり伊達ではなかった。人は見た目では判断できないという言葉の恐ろしさを、身に沁みて理解する。
「すみません」
保健室の扉が開く音と共に、時の歯車に抜群の潤滑油が注がれた。
実技訓練で肩を外してしまった生徒が保健室へ訪れたのだ。事前に脱臼した場合の対処、そして担当を決めていた為、自ら達も動揺することなく、生徒に優しい言葉をかける蓮とcicero。
「大丈夫だぞ、すぐに治してやるからな」
「うん、ボク達に任せて♪あ、だけど生徒だけだと不安だよね?先生ー、一緒に見てくれませんかー?」
「おう、勿論!じゃあかけ声はオレに任せろ、お前らは整復な」
……かけ声?
そのダイナマの言葉に一抹の不安が過ぎったが、患者の前で訝しげに眉を顰めることはできない。
――脱臼とは、骨と骨が向かい合っている面の位置関係が本来の状態からずれた状態のことである。その仕組みをきちんと理解した上で、整復の体勢に入る二人。
「よし、行くよ、cicero君」
「ああ――」
次の瞬間で整復に入ろうとした二人だったが、ココで思わぬハプニングが。
「よしっ!お前ら、構えろ!行くぜっ!――チャー…」
かけ声、開始。
……え?
「シュー…」
――ええっ!?
「ドーーーン!!」
えええーーーーーっ!!
……このダイナマの無意味で迷惑極まりないかけ声に思考を惑わされながらも、二人は見事に生徒の肩を整復したのだった。
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「…こうして、こうだな。…出来たぞ!もう怪我するなよ!」
倉庫の備品で誤って腕を切ってしまった生徒の傷口に、龍実は丁寧に消毒をしてからガーゼ保護をして、包帯を巻いてやった。傍らには紫苑が、「ゆっくりでいいと思うぜ。焦ると失敗すると思うしさ」と、アドバイスと安心感を与えてくれたおかげで、正規の保健委員よりもずっといい手当てをしてあげられた。
「へぇ〜上手だったなぁ、たつみん。オレ、ドキっとしちゃったぜ☆」
「えっ、俺上手でした!?――って、『たつみん』て呼ばないで下さいよ!」
顔から湯気が噴き出すくらいに真っ赤になって怒ってはいるが、いまいち迫力がないのはどう見ても可愛らしい女の子にしか映らないからだと思われる…。
「えっと、熱はないみたいだけど…顔色、あまり良くないから今日は早めに休んだ方がいいと思うな。お野菜が沢山入ったおじやとかうどんとか食べて…ちゃんと睡眠もとってね」
菜都の病人へ対する手厚い介抱と、彼女の天然でおっとりとした話し方と雰囲気が、具合の悪い生徒の気分を穏やかにさせるのだろう。ベッドで休む病人の回復率は非常に高く、あっという間にベッドは空になった。
「ベッドメイキングでもするか」
「あ、俺も手伝いますよ」
紫苑と真里が、ベッドで休んでいた生徒の寝相で皺になったシーツを剥がし、新しいシーツに張り換えていた時だった。
「――ああーーーっ!ラ、ラムレーズンがいなーーーい!」
ciceroがトイレから戻って来ると、先程まで元気に回し車で遊んでいたはずのラムレーズンがいつの間にかゲージから姿を消していた。
「――またか、ラムのヤロー。平気平気、両面のガムテープそこら中の床に貼っとけばその内ひっかかるだろ」
「――っ!?ひっ、ひどいですよ先生!ラムレーズン可哀想じゃないですか!」
ペット兼相棒に対してヒドイ仕打ちのダイナマに、思わずciceroは反論の言葉を口にしてしまう。動物が大好きなciceroにとって、これはいくらなんでも納得できない。
「いや、大丈夫だろ。剥がす時にちょっと毛が抜けるだけだし」
「――!」
「えっと…先生、ちょっとヒドイと思います…」
ラム脱毛ハゲ捕獲作戦に、菜都が意見を唱えた。パッと、ciceroの顔に明るい色が戻る。「よかった、女の子の提案だったらもっと穏やかな――」と、考えたのもつかの間。
「軽く尻尾踏んで、捕まえるくらいにしてあげて下さい…」
N−O−O−O−!!!
(ダメだっ!俺が助けてあげないとラムレーズンは、ただでさえ短い尻尾がなくなって脱毛ハゲのハムスターにされてしまう!!)
メラッ、と、スポ根の演出のようにciceroの瞳が燃えた。
「俺も一緒に捜す!…何か、久慈羅がラムレーズンを見る目、ちょっとコワイんだよな…。踏んで捕まえる以上に、何か」
龍実もラムの捜索に名乗り出て、ciceroと二人必死に確保に望んだところ、紫苑が先程紅茶を入れるのに使用したポットにハマり込んでいる姿が(無事に)発見された。
「――先生、手当てを頼みたい!」
突如、口元を歪めながら保健室に転がり込んできたのは、耽美同好会のレスタト部長(本名、田中 越太郎)だった。彼の顔は顔面蒼白で、余談を許さぬ容体であるように見えた。
「おー、んじゃ、ちょいそこ座れ」
対するダイナマは実に呑気な様子。
「いや、わたくしに診断は不要です。ひ、必要なの、は……グゥッ!」
「わあっ!ちょっと君、大丈夫!?…先生、彼、気を失ってるよ!」
突然の事態に、蓮は冷や汗をかいてレスタトに駆け寄り、叫び声を上げた。
「マジで?……あ、心拍数ヤベェ、バイタル不安定だな……。よし、じゃあ電圧でも与えてみっかな」
相変わらず呑気な口調のまま、ダイナマは部屋の隅に設置されていた除細動機を引っ張り出してくる。
「旧型とはいえやはり立派ですね」
「だろぉ〜、神楽坂。いや実はな、これ前の職場からかっぱら――、頂戴してきたんだよ〜。コレでオレが何度人の命を救ったことか!聞いてくれよ、オレの武勇伝」
「…先生、そんな話聞いている場合ではないんですが」
真里の指摘は最もだった。ほったらかしにされているレスタトが、あまりに不憫すぎる。
「あ、悪ぃ。ああこれな、準備に少し時間かかるんだよ。だからその間、田中に人工呼吸でもしててくんねぇか?おら、桜木、スーハーしてやれ」
「はっ!?あ、はい、必要なんですね、わかりました」
突然のご指名に驚きはしたが、真里に照れや戸惑いなどはなかった。人命救助の前に、そんな感情は不要というものだ。
(助けてみせる)
真里は胸中でそう言い聞かせると、レスタトの胸を両手で抑えながら顔を近づけた。
――だが、二人の唇が残り一センチという距離まで接近した時、レスタトの喉の辺りでポン、という軽快な音がして、真里の鼻先に何かが衝突した。
突然のことに思わずのけ反った真里。そして真里を始め、紫苑達が目にしたモノとは。――床に転がる、かなり大きい芋羊羹の欠片だった。
「ふぅ……うむ、助かったぞ、諸君。好物を一人占めしようとした罰だったのか、醜態を晒してしまった。この件はくれぐれも内密に頼む。かわりといっては何だが、後で最高級芋羊羹をプレゼントすることをここに誓おう。ではな!はははっ!」
寝台の上で上体を起こしたレスタトは、真里達に頭を下げると高らかに笑って部屋を後にするのであった。
「あ?田中のヤツどこ行った?」
用意を終えたダイナマが、両手に電圧パッドをはめた姿で首を傾げながら保健室内を見渡していた。真里が若干呆れ気味で今しがたの顛末を話すと、ダイナマは困ったように眉を顰めて、苦く呟いた。
「あ〜、この器具、見た目通り旧式だから、一度準備したら誰かに使わないと壊れちまうんだよ。あー、どうすっかな……。仕方ねぇ、自分にやるか。危ねぇから離れてろよー。……ギャアッ!!」
真里達が止める間もなく、ダイナマは自分の胸にパッドを押し付け、身体を痙攣させながらか細い悲鳴をあげて、その場に倒れた。
――どんだけ変態!?
「ダイ先生!」
龍実達が慌てて駆け寄るが、ダイナマはぐったりとして何の反応も示さなかった。
「た、大変…急いで助けを――え?」
ふと菜都が脇を見ると、除細動機の電源のコンセントが外れていることに気がつく。この悪戯に気づいた菜都達は、白衣のはだけたダイナマの身体を拘束し、お腹をくすぐり始めた。
「あぎゃあ〜、あひ、ごめ、降参すっから、やめ……あ、やめなくてもいいかも〜!あひゃあ〜!」
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「…そ、それでは、不測の事態に陥った場合、人はどのような行動を起こすかという論文に取り組んでいたんですね。その為には色々と実験が必要だった、と」
「ああ、そゆこと。皆騙されんのに、お前らは鋭かったな〜」
ciceroのぎこちない笑みに「?」と小首を傾げながら、ダイナマは賞賛しながらそう答えた。
事態の認識にどっと疲労を感じた真里達は、困惑とういう名の底なし沼にはまり込んだような感覚に陥った。
「まぁでもよ、楽しかっただろ?」
さすが変態、セクスィーダイナマイト。