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マスター:愁水
シナリオ形態:ショート
難易度:易しい
形態:
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2017/09/07


みんなの思い出



オープニング


 久遠ヶ原学園。その巨大な学園には、その歴史に相応しい巨大な図書館がいくつも存在する。
 その中には、これまでに扱われた無数の依頼や、卒業生達の記録なども収められているという。
 ここなら、かつては『未来の話』として考えられていた記録も見つけられるだろう。

「昔の人はこんな未来が来るって想像出来なかったんじゃないかな?」

 若い世代はそういっているが、そうだろうか?
 未来は――そんな未来にしたいと《想った》からこそ、辿り着けたのだ。

 これはそんな、いつかの遠い未来の記録である。




 ――そう。
 “彼ら”が、“彼女ら”が、学園を進級し、又――卒業した、三年後のこと。

**

 何時もの日和。
 何時もの場所。

 骨董品店「春霞」、兼、元久遠ヶ原学園戦闘科目教師の実家の縁側。其処に並んで腰を据えるのは、当処では既に見慣れた二人の男性と一人の女性。

 教職を辞し、御子神家四十四代目当主として忙しない日々を送っている彼――御子神 流架(jz0111)
 生徒達の歩む道を見届けた後、高等部の保険医を辞し、流架の補佐として御子神家に仕えることを選んだ彼――アレクシス・フォン・シュヴァルツ(ダイナマ 伊藤(jz0126))
 師匠である流架を慕い、今でも時々「春霞」の看板娘をしている撃退士見習いの彼女――御子神 凛月(jz0373)

 何時もの彼ら。
 何時もの表情。

「夏空だな。スカッと晴れて気持ちがいいぜ」
「そうね」
「それにやっとこの一週間ぶりのオフだしよ。鎌倉の御前さん、仕事寄越しすぎなんじゃねーの?」
「仕方がないだろう。百千代や……淡花のような優秀な戦力はすぐには生まれない。鎌倉本家に負担は掛けられん」
「だからてめぇの身体を酷使するってか?」
「そうならない為にお前がいるんだろう」
「左様で」
「でも、まさかアレクが流架様の補佐に戻るなんてね。昔と変わらないじゃない、貴方達」
「そうか? ま、ルカとオレは切っても切れねー縁なのよ。な? ルカ」
「……」
「ルカ?」
「お前……“あの時”、珍しく本気で――」
「まあ、な。あん時にはもう、オレの心は決まってたからよ。愛してるお前と、ちっちゃぇ兎からは目を離せねぇってな」
「「五月蠅い」」
「相変わらずそういうとこは仲良いわねー」

 ――と。

「おっ、来たな」

 縁側の方へ足を運んできたのは、懐かしい顔ぶれ。

 とある者は、自分の行く末を定める為に未だ学び舎に。
 とある者は、定めた先を歩み、今をゆく。

 学園生活を謳歌している者、家業を継いだ者、戦いに身を投じている者、戦いから身を退いた者、教職に就いた者、旅に出ていた者、家族を作った者、子供を持った者――人の数だけ、物語がある。

「よう。お前さんらの話、聞かせてくれ」





 何時かの夢。
 何時かの現。

 この物語は、何時かの未来。
 此処は、あなたの未来を語る場所――。




リプレイ本文


 どうか、この“想い(みらい)”を憶えていてほしい。

 微笑みを返した昨日のように。
 変わらずに愛した――明日のように。

**

 晴れた空の下――骨董品店「春霞」の縁側に、馴染み深い顔触れ達が出向いてくる。

「こんにちは!」

 諦めたくない“道”を形に成してきた彼女――春都(jb2291)は、学園を卒業したのち、某大学の医学部へ入学していた。
 満面の笑みで相手を明るい気持ちにさせる印象と、朗らかな性格は相も変わらず。だが、敢えて一つをあげるとするならば――

「えっと……そ、その……あ……ぅ。――よしっ!」

 春都は手のひらで両の頬に気合いを入れた。

「こほんっ! あっ、あのっ、ア――アレク、さん!」

 変わったのは、彼――アレクシス・フォン・シュヴァルツ(ダイナマ 伊藤(jz0126))への呼び名。

「おう。久しぶりだな、春都。寝不足やってねぇか?」

 彼は、以前と全く変わっていなかった。
 春都が渾身の力を振り絞って呼んだファーストネームにも動じた様子はなく、何やら拍子抜けしてしまう。しかし、その“彼らしさ”に、待っていたものが予定通り歩いてきたような、そんな安心感を胸に落とした。

「えへへ、最近はご無沙汰してたもんね。寝不足はもう友達かな、なんて。――あ、そうだ。フランス語ね、結構上達した……は、ず。うん」
「ったりめーだろ。誰がお前の勉強見てやったんだっつーの」
「だね。ありがとう、すごく助かったよ。アレク……さん」

 当初、彼のことはファミリーネームで呼ぼうと考えていた。だが、試しに口にしたら案の定舌を噛んだので、故の“アレクさん”。けれど、欲を零せば、溢れさせれば、敬称にすらも二重線を引きたかったのが乙女心。

「(今はそんな勇気ない……けど、いつか……)」

 ――呼びたい。
 でも、

「(私の“形”は、遥か前をいく“太陽”にちゃんと手を伸ばせるのかな……)」

 揺れては、いない。

「――え? 三年間の思い出? えっとね」

 春都が細い指先を顎に添え、過去の出来事に想いを馳せる一呼吸を置いた。

「……救命医になりたくて。
 医学部へ行く為に猛勉強したよ。卒業から受験まで期間は短かったけど、時間が惜しかったから友人達にスパルタで勉強見てもらってギリギリで合格したんだ。入学後も勉強漬けの毎日だよ……」

 しかし、知らないことを学ぶのは楽しい。
 描くゴールはまだまだ先だが、歩む道は続いている。少しずつ、明日に向かって輝いている。

「救命医を選んだ理由、は……内緒♪ 七年後位に分かるかもね」
「オレめっちゃ中年じゃねーか」
「大丈夫、アレクさんならきっと若々しいはずたぶん。――あ、あとね、女性の先輩方がよくお菓子くれるよ。頑張ってねって、頭撫でてくれるの♪ 当然だけど、最初は知らない人ばかりで……怖かった。けど、優しい人達がいて安心したんだ」

 春都が、心軽やかに笑む。

「あとは……」

 その追想の先には、学園を去る時の彼がいた――。















「わっ、みんないらっしゃーい!」

 隠桜の姫であり、御子神 流架(jz0111)の愛妻――御子神 藍(jb8679)が、裏手にある住まいから顔を出してきた。腕には男の子を抱いている。父親似の優しい顔立ちに、柔らかい濡羽色の髪。しかし、瞳は深海の色を宿している。ご立派に睫毛もふさふさ。

「あおいっていうの。双子でね、お姉ちゃんのさくらもいるんだけど、今日は蒐さんと桜香さんと一緒にお留守番なんだ」

 ――そう。奥さんとしては三年生だが、ママとしては一年生。目下子育て勉強中だ。そして、今も偶に「春霞」の店番をしている現役撃退士でもある。しかし、流石に依頼は控え中。目の前に在る倖せを精一杯愛している日々。

「ふむ。少し見ぬ間にまた大きくなったかのう?」

 その落ち着いた声遣いには、二人に対する親しみの情が含まれていた。
 力と記憶を失い、人の身に墜ちた神――白蛇(jb0889)。腰を据えていた縁側から徐に立ち上がると、藍の傍らへ寄る。すると、不思議そうに周りの面面を眺めていたあおいの表情が、パッと華やいだ。

「あ、白蛇さまのお顔見て喜んでる。白蛇さまとは春霞で会ってるから、覚えてるんだね」
「ほう。父に似ず、利発な子じゃ」
「聞こえてるよ、おばあちゃん」

 縁側から気抜けな調子を挟んできた流架を余所に、紅染の双眸を穏やかな弓形にした忍生まれの“姫叔父”――不知火藤忠(jc2194)が、「俺の顔も覚えてもらいたいな」と、あおいのくりくりおめめを覗き込む。その藤忠の腕に寄り添うのは、彼と久方振りに対面した兎姫――御子神 凛月(jz0373)だ。

 ――言葉が優しく歌う。
 ――繋がれた時が穏やかに流れている。



 その様子を控えめな距離で見守っていたのは、一人の純白美麗。メイドの斉凛(ja6571)であった。
 緋紅鮮やかなMelinaの花弁一枚、心に張りついたほどのささやかな温もりが、凛の記憶の隙間を、想いの水面を――唯、漂っている。



 ――夏蝉が空の海へ泳ぐ。
 ――夏の濃い影が幾つも重なっている。

「え? 人見知り? ううん、あおいもさくらも全然ないの。2人ともお散歩大好きだし、どこにいても元気よすぎて、新米ママは寝不足だぁ。誰に似たのかな?」
「藍だろう」
「藍でしょ」
「藍殿じゃろうな」
「え、えぇぇ!? 藤忠さん達の統一感なにそれすごいな……! でもね、毎日が優しくて楽しくて嬉しいの。この子達にパワーを貰ってるんだ。ね? お父さん?」

 藍が彼にそう呼びかけると、あおいはきゃっきゃと声を上げて笑った。父を呼ぶ語と、視線の先に父親の姿を見つけたからだろう。むちむちな手のひらを、流架に向けて一生懸命伸ばしていた。

「お父さん大好きだものね」

 ――私もだけど。と、愛しい雫を心の内で一つ零しながら、藍は腕の中の宝物を流架に抱かせる。あおいは流架の膝の上に座らせてもらい、ご満悦な様子だ。ぺたぺたと父親の着物に触る深縹と、それを柔和に目視していた翡翠の瞳が見つめ合う。

「あう」
「――ん?」
「ぱー、ぱー」
「うん」
「まんまんまん」
「ほう」
「うきゃきゃっ!」
「そうかい。よくわからないが、あおいが笑顔ならお父さんも嬉しいよ」

 父と子のこみゅにけーしょん――みたいなもの?

「あはっ! 流架とあおいは相思相愛だね。妬けるなぁ」
「んー? 俺と藍だってそうだろう?」

 そう寄越してきたのは、何気ない眼差しと言葉。
 唯、それだけで。

「もう、ずるいなぁ。……ねえ、流架。この子達を、流架と私で慈しんで育てていこうね。そうして、4人でいつも笑い合えたらいいな」
「ああ。藍も、子供達も、俺の全てだ。沢山の倖せを重ねて、俺達の時間を過ごしていこう」

 優しさを集めて。
 愛しさに溢れて。

 そうして築く時間は、大切な家族の倖せに繋がるから。

「私ね、夫婦に、家族になれてよかったなぁって……毎日、朝目を覚ますたびに思える今が愛おしい」

 朝、睫毛を上げれば、隣にはあなたがいる。
 夜、手を伸ばせば、日溜まりのような温もりがある。

 この倖せは夢じゃない。だって、もう“失わせない”って、言ってくれたから――。

「あなたがいれば、さくらとあおいがいれば、どんな明日も、どんな未来も、ずっと輝いている。私と、子供達はあなただけのものだよ」

 藍は、顔一面に満ち足りた幸福感を浮かべながら、愛しの旦那様の隣へ腰を下ろすと、彼の膝にそっと手を添えた。
 父親の温もり、母親の愛情。二人の蕩けるような“倖せ”を受け、情愛に浸る二つの表情を交互に眺めたあおいは「きゃっきゃぅ!」と、小さな手のひらをぱちぱちと叩いた。





「まるで、拍手をしているようじゃのう」

 慈し、見守る“母”――白蛇が一人、茶を啜りながら口角を上げていたのだった。





 今も猶、学園に所属し、撃退士という立ち位置を維持しているのは、大学部九年のおばあちゃ(ry ――しらへびさま

「大学部は、何年まであるのじゃろうな? 院は何を研究するのか……そろそろ次の身の振り方を考えるべき時も近い」

 実際、白蛇は多少の力を取り戻していた。
 時の流れに身を委ねたおかげか、それとも、巡り合わせた事象のおかげか。とはいうものの、本来の力とは比較するまでもない。

「――む? 流架殿が何を期待しておるのか知らぬが、わしはたかだか三年じゃ変わらぬ、変われぬ」
「えー。早く力を取り戻しておくれよ。俺、桜餅の小槌が欲しい」
「……お主、神はさんたくろーすではないのじゃぞ」
「だってさー」
「だってもへちまもない。全く……思えば、流架殿は教職に就いていた頃からこうであったのう。わしを敬う姿勢すら見受けられぬ」
「やや? なら、早く“白蛇様”になっておくれよ」
「……口の減らぬ小童じゃ」

 “ああ”言えば“こう”言う。それは、白蛇と流架の距離感。変わらないこの場所で、“義”を語ったあの時と同じように。

 白蛇は静かに流れる積雲を見つめながら、「何はともあれ」――

「今も昔も変わらず、適当に春霞に顔を出しつつ、変わりゆく周囲に、時の流れに想いを馳せる」

 ありふれた“唯(きょう)”という日に独白した。

 ――そうだ。何も、特別なことではない。
 白蛇が然も小さな微笑みを浮かべ、金の双眸を伏せた――その、無意識の狭間で、意識が起きる。悠久の如き時を過ごしてきた白蛇“らしからぬ”鮮やかさが染みついていたのだろうか。自身の言が、葉のように舞い降りてきたのだ。



『あと、まあ、あれじゃ。……主らは、友じゃ。この老骨の力必要な時は声をかけるが良い。その時は、微力を尽くそう』



 ――そんな事を言って、“友”達を送り出した。

 繋いだ友情に乞われ、力を貸した事もあった。
 とある依頼で、和平を快く思わない天魔と一戦交えた事もあった。
 アウルに覚醒してしまった反撃退士グループの人間を、他者達の目から匿った事もあった。
 放棄された門から出現する野良天魔を討つ事もあった。
 大きな被害を受けた村や町の復興に貢献した事もあった。

 ――変わらずとも得たものはある。時が流れても、消えはしない。

「じゃが、わしは変らぬ、変れぬ。ただ、変り行く時を見守り、愛で、慈しむのみ」

 繰り返すままに、重ねた日々。
 失った力と記憶を取り戻せるのなら、現在(いま)は、世界は、遠き日の記憶となっても――……

「……いや」

 そうではない。





「わしも変わったのか。知らぬうちに」





 ――囁いた思想に、悟る。
 続いてきた道。これから“を”、続いてゆく道。そう、何時しか彼女も選んでいたのだ。

「権能を司に任せた事もあろう。が、悪神、荒神としての自身を長く見た記憶が無い」

 進むべき道を。

「それも、良い。悪くない。





 ああ、本当に」

 切と仰いだ眼差しの先には、未来へ続くかのような蒼穹が待っていた。
 白蛇の歩が、夏の陽射しを浴びる庭景色をゆるりと歩んでいく。華奢な指先が辿ったのは、青々とした葉が茂る一本の木。春には薄紅を散らせる樹木だ。

「ふむ。院に進むとすれば、失われた記憶を外から探すのも良いかも知れぬ。『白蛇』という神を、各地の伝承や神話から探し出してみるかのう」

 そう呟いて振り返ると、藍が穏やかな面差しであおいを抱き、白蛇の傍らに佇んでいた。

 交わした視線に灯るのは、あたたかさ。

 長い年月を宿してきた白蛇の瞳が緩やかに瞬いたのち、彼女の指先の腹が、ぷくぷくに綻ばせるあおいの頬をぷにぷにとつついた。そして――





「流架殿、藍殿。そして子らよ。主らの行く末に幸いあれ」





 ありのままの友に、
 子に、
 ――自分自身に。

 言葉に表すのも、偶にはいいものだ。

「全く、お主らの顔触れは相も変わらずじゃの――……ぬ?」

 ひいふうみい……

 ……

 ……

 ひとりたりない。















 ――ぴんぽーん。

 折も折、まるでタイミングを見計らったかのように「春霞」へ訪れた、一人の――




 小さな来訪者。

 褐色の肌に、琥珀色の瞳を宿した女の子。
 年の程は4〜5歳。
 貝のように閉ざした口。
 懐に伸びた手――。

 ぬっと取り出したるは、鷹の印の封蝋を施した封筒。それを、応対した藍に無言で手渡した。
 藍は幼女と封筒を交互に見やるが、僅かに逡巡したのち「開けさせてもらうね」と、指先を差し込み、封蝋を外した。
 封を開けると、仄かに薫る百合の香――そして、百合の花が描かれた便箋が一枚。

 二つ折りにされたそれを、ぱらり。紙面には、藍の見知った筆跡が一文――



『お届けもの☆』










 一先ず中へ入るよう促されたその子は、縁側へトコトコ。差し出されたジュースをチューチュー。
 気詰まりな一同の視線を受けながら、その幼女は平然としていた。

 幼いながらも日本人離れした顔立ち。
 その目つきと雰囲気の所為だろうか。一同は、どこかしら、なにかしら、“誰か”との既視感のようなものを感じていた。会ったことはない。ないはずなのに、以前に感じたこの空気。

 その“誰か”のもどかしい面影が、夏の濃い影に隠れ――

「おーい、ルカ。この枇杷ゼリー食ってもいいか?」

 居間から現れたのは、一人席を外していたアレクシス。
 縁側に視線を向けると、呼び鈴が鳴った後の僅か数分の間に、小さな後ろ姿が一つ増えているではないか。アレクシスが首を傾げてその頭を眺めていると、幼女が不意に振り返った。

 無表情。

 しかし、徐に靴を脱ぎ、揃えて、座敷へ上がり、トコトコ。「お?」と眉を上げながら見下ろすアレクシスの許へ歩み寄ると――

「おとーさん」

 喋った。

「タックルー」

 抱きついた。





 父と子の感動の再か――って、ちがあああああうっっっ!!!!!





 summerがfreezeし、一同の目が文字通り点となった。

「(そ、そういえばあの子がつけてるヘアピン……昔、私が親友に渡したものと同じ……!? それに、首から下げてる“アレ”って、ま、まさか……!?)」

 滝汗マークが浮かぶ藍の目線の先には、幼女の黒髪を彩るターコイズブルーの小さな石がついたヘアピン――そして、以前に“彼女”から見せてもらった“彼”の宝物、懐中時計の首飾りがゆーらゆら。



 刺さる刺さるわ視線が刺さる。byアレクシス



 しかし、誰も助けてはくれない。
 流架は目を半目に据わらせて今にも斬りかかってきそうだ。凛月は口を半開きにして唖然としている。腰にひっついている存在だけが温かった。

 ――その時、マイペースな光明が差し込んだ。

「あ、いたいた」

 あっさりと。

「娘が居なくなった時は何事かと思ったけれど、こう言う事かい」

 然も当然のように。

「やぁ、懐かしい顔ぶれだ」

 何時も通りのその様で。

「“始めまして”。



 私の名前は――」



 祭乃守 夏折(ja0559



 それは、一人の名前。
 小さな舞台で、物語で、“一人”に纏わる名前を取り戻してきた“彼女”。彼女を知る者は、そう察したことだろう。



 ――ん?



 ということは、だ。

「えぇぇぇぇ!!? あああ、アレクさん!? いつの間にな、なっちゃんとこここ、こど……こど……!?」
「あ、あんた……よくも、よくも私のともだちに……!! この、すけこましーーー!!」

 藍の狼狽やら凛月の噴火やらで、一時は騒然となった。
 只、結果の元となった夏折だけが「皆、元気だね」と、意に介していなかったが。





 夏折の子供の名前は、夏月。
 とある廃墟で保護をしたのは二年ほど前。初めは然るべき対処を考えていたようだが、夏折なりに色々と思うところがあったのだろう。養子として迎えたらしい。

「もうっ、どこいってたのー! 卒業したらいきなりドロンなんだもん! 心配してたんだから!」
「おー……このタックルは、藍君」
「手紙に本当に本当に感謝だよ……!」
「探偵夫婦にしてやられたよ。そういう藍君も流架君との仲――は問題ない様だね」
「――おい」
「ん? やあ、ダイナマ君。壮健そうで何よりだ」
「このガキんちょはどーゆーこったよ」
「え? だから、廃墟で保護を――」
「おとーさん」
「……この事情を説明しろってんだよ」
「HAHAHA」

 ――吹き込みだったらしい。
 夏月には事前にアレクシスの写真を見せ、この人の名前は“おとーさん”と伝えていた。見かけたら名前を呼びながらタックルするべし、と。

「マジおもしれーっすけどなんでそんなことしたんだお前」
「“なんで”?」

 夏折は考えた。

「…………さあ? まあ、いいじゃないか。さてと」

 夏だというのに黒のスーツでビシッと決めて、夏折は背筋を正す。
 何とはなしに周りを見て。

「突然だけれど、どうだい」

 わかっていて、すんなりと言えた。
 時の流れとは奇怪なものだ。こんな宣言は、精神的、或いは肉体的に余裕がない時にしか出来なかったというのに。
 今は、心が軽い――

「“初対面”の私達だけれど、良ければ友達になろうじゃあないか」

 からなのかもしれない。




 学園を卒業後、久遠ヶ原から離れたのは夏折だけではない。





「(あの時、わたくしの心は二つに引き裂かれた)」

 ――凛は、最後の恋慕に思いを馳せていた。

 仕える心は一人の“主人”の傍らへ添い、情が弾んだ。
 恋心は一人の“彼”には応えてもらえず、情は沈んだ。

 愛する人の傍にいたかった。
 大切なものを築きたかった。

 ありふれていていい。只、唯一に誓った彼と、心と、幸せな恋をして、愛されたかっただけ――。

 想い描く夢に焦がれ、訪れない現実に目を伏せた。
 彼と彼女は、大切な主人と友人。だが、幸に満ちた二人の姿を、滲み揺れる瞳へ映すことは出来なかった。だから、背を向けた。此方にかける彼の微笑みが“今まで”と変わらないからこそ、振り返ることすら酷であった。

 お幸せに――その一言が、伝えられなかった。

 口を開けば、戻せない悋気が彼らの足枷となってしまうから。
 それ故に、



「(わたくしは、無言で逃げた)」



 二人の幸せを壊さぬように。
 主人との誓いを穢さぬように。

 海外へ旅に出た凛が訪れたのは、イギリスであった。
 彼女がメイドとなったきっかけを与えてくれた貴族の恩人の許へ、勧奨してもらった学園での生活を報告する為だ。のちに、世界中を巡った。人間や悪魔関係なく、“メイド”の元へ訪問し、交流し、修行を続けた。前を向いて歩き出していた――そう、思いたかっただけなのかもしれない。



 ふと、振り返った先に、彼の姿はなかった。



 今、彼の隣に自分はいない。
 少しは慣れたつもりでいたのに、どうして、こんなにも切ないのだろう。
 失った恋の傷を癒す為、新しい恋に触れようともした。だが、そのカタチは見つからなかった。想いを寄せた彼に、唯一の主人に、一生分の恋をしたから――。

 だから、もう二度と恋はしない。
 愛されたいと、見返りを求めてしまう恋は、おしまい。

 想い出に残ったのは、主人とメイドの絆。
 叶わなかったこの恋を、無償の愛で優しく灯し、凛の翼は、流架の元へ――。





「御子神家当主の就任、おめでとうございますですの」

 縁側に腰を据える流架を正面に、凛は腰から三十度ばかり頭を下げた。

「勝手にお側を離れた事、お許しくださいませご主人様。



 ……更なる勝手が許されるのなら、またご主人様のメイドとして、わたくしをお仕えさせていただきたく思っております」

 一礼の姿勢を保っていた凛が腰を戻すと、羽根のように繊細な両の手のひらへ、納刀された優美な刀を添えた。

「再び、ご主人様に誓います」

 唐紅の柄と桜紋の透かしの鍔に、黒漆塗りに螺鈿細工の桜を散りばめた鞘――。桜の意匠に想いを紡ぎ、流架へ差し出した。

「ご主人様とご主人様の大切な方、藍様やお子様も含め、この身に代えて護ります。もう二度と、命令無しにご主人様のお側を離れません」

 どうか、この刀が血で濡れませんように。
 その為に、メイドは主人の剣となり、盾となる。その背を護る。
 平和な日々が送れるように、幸せで満ちる時間を過ごせるように、主人の憩いの為に至福の茶と菓子を用意する。
 自身の唯一にして、絶対の主人へ。
 メイドとして、無償の愛をもって、一生を捧げ仕える覚悟の誓い――。

 流架は凛が伝え終えた後も、姿勢を崩そうとしなかった。真っ直ぐな目線はほぼ逸れることなく、凛の面に当てられていた。

 流架が細く息を吸い込む。凛は固唾を呑んで、彼の言を待った。

「君が仕えるのは、俺だけでいい。俺の家族は俺が護りたいんだ。それに……」

 彼の声音が低く質してくる。

「俺の傍にいることで、君は見たくないものを見るかもしれない。感じたくないことを感じるかもしれない。





 ――それでも、君は俺に仕えることを望むのかい?」



 頭で整理していたことを、心に突きつけられる。



 けれど、引き返すつもりなんてない。
 偽るつもりなんてない。

 どんなカタチであれ、今日のように晴れた未来であれば――



「どうぞ、ご命令を。わたくしの唯一のご主人様」



 生きていける。















「……おかえり、俺のmaiden」

 流架の掌が桜の刀の上からやんわりと添い、凛の“誓い”を優しく包んだのであった。




 あの日。
 妹分と共に卒業した藤忠は、

『――凛月。色々と片付いたら、また会いに来る』

 そう言い残し、凛月の傍らを後にした。





 権力、抗争、制度――不知火家は、渦巻く不和に呑まれていた。
 御家騒動の中心人物として佇むのは、歪んだお姫様願望を持つ藤忠の実の姉。屈折した性格が何をしでかし、不知火家にどんな結末を招くか――その収拾が手遅れになる前に、藤忠は歪な権力争いに終止符を打ちに向かった。
 明ける日の妹分、そして、暮れる日の親友と共に。





 故に、今日という日和は、藤忠と凛月の再訪――。





 藤忠が御家騒動の顛末を語った。
 床に伏せていた次期当主、妹分の父親の病状が快方へと向かったらしい。
 これを機に、現当主であった妹分の祖父と父親は結託。不知火家の御意見番として座を称した。そして、訪れたこの時期――当代の戸主に、妹分が就任する。藤忠と親友は、彼女の補佐役として本家に住むことになった。





 花桃の木に楚々と凭れる凛月。彼女と向かい合いに立つのは勿論、藤忠だ。

「家族を無事に護る事が出来た。待っていてくれてありがとう、凛月」
「……ん。藤忠が頑張っているの、知っていたから……私も、がんばったわ。だから、あたまなでて」
「ふっ……よしよし。凛月は良い子だな」

 藤忠の掌がやんわりと凛月の頭へ添う。互いの頬に、慕わしい情が浮いた。

「――凛月」
「むぅ?」
「これから忙しくなるぞ」
「……。……そう、よね。藤忠が学生だった時のようには、気軽に……逢えなくなる、のよね……」
「ああ」
「……」
「だから……だな?」
「……?」

 首を傾げる凛月が何かを言ってこようとする、その前に、藤忠は懐から取り出した“ある物”を彼女へ差し出した。

「…………ゆび、わ?」
「前に言ったな、家族になって欲しいと」

 凛月は瞳をいっぱいに開きながら、彼に問いかけていた。この瞬間を。この鼓動を。細かく波打つ、この感情が――夢ではないのか、と。

「身軽な立場では無くなってしまったが、お前をずっと大事にするし、ずっと護る」

 その揺るぎない様に、取り込まれる。

「だから、俺の妻として、ずっと支えてくれないか?」

 かち合っている眼差しを微動させる凛月に、藤忠は一言一句に意志を籠め、決意を告いだ。
 彼の指が、凛月の長い前髪にそっと触れ、掌で頬を撫でていきながら、耳に髪をかける。その手を包むように、凛月がしなやかな手のひらを重ねてきた。

 見開いていた桃染の瞳がゆるりと力を抜く。

 頬に零れたのは、心からの微笑み。
 愛しい人にずっと抱いていた、叶えてほしい――“夢”。

「……藤忠に護られていいのも、愛されていいのも、私だけ……よ。その私が望むのも、支えるのも、藤忠だけ――。だから、私の夫になりなさい」



 視線が、未来が、結ばれる。



 藤忠は慈しみ深く片眉を下げると、凛月のなめらかな手のひらを掬い、左の薬指に円形の光を宿した。そのまま手を引き、抱き寄せた細い身体は、彼だけのものだった。















 桜餅を手土産に、藤忠は凛月の保護者に“つうかぎれい”のご挨拶。

「娘さんを僕に下さい」
「――あ? 俺のさくらに……何だって?」

 ちがうちがう。“娘”ちがいです。

「ん? 様式美だと聞いたんだが……なら改めて、流架――凛月を嫁に貰いたい。俺にはあいつが必要だ」

 ひょいと桜餅をつまんだ流架の顔が、青ざめた。

「ん? 驚いたか? だが、認めないと言われても貰うがな。



 ……流架?」

 ……。
 ………。
 …………ちがう。

 この男、桜餅を喉に詰まらせているだけだ!!!



 藤忠が背中を叩いて救出すると、流架は呼吸を整えながら――ぽつり。



「……ま、まあ、俺の命を救ってくれたからね。凛月ちゃんをお嫁にやるくらいは、仕様がないか」

 藤忠の傍らで成り行きを見守っていた凛月が、「……馬鹿」と、感情を隠すように俯いた。

「藤忠さん、りっちゃん、どうかずっとずっと倖せにね。ふふ、涙が……嬉しいな、どうしよう。流架は少し寂しいかな?」
「ぜんぜん」

 視線を合わせようとしない流架に、藍が寄り添った。

 一癖のある流架の許しを得、藍に感謝を伝えた後、藤忠は会社を興すことを明かした。
 久遠ヶ原の大学で経営学や経済学を学んできた彼は、その知識を活用。要人警護から身辺警護まで撃退士と忍の力を駆使し、任務を完遂させる警護会社だという。

「凛月にも勉強してもらわないとな。自分の力で何かを成すのはきっと面白いぞ」
「う、うむ」
「まあ、暫くは不知火の屋敷で手料理を作ってくれると嬉しい。――ああ、それと。あと数年したら妹分達と一緒に学園島に戻るつもりで考えている」
「……本当?」
「家族とはずっと一緒にいたいからな。それに、子供は久遠ヶ原の小学校に入れたい」
「こっ、こど……!?」
「今は主要な仕事も離れた場所で出来るから便利だな。――ん? どうした、凛月」

 仲睦まじく未来を見む、兎と藤であった。




「――ん? この三年間? ……まぁ……色々? ところで、御子神家って託児所とか……」
「ところでじゃなーい! もう! 残念ながら託児所はしてないけど、いつでもうちにおいでね。待ってるから」
「ああ、まあ、そうだね。……ん?」

 藍に向かって顎を引いた夏折が、ふと、瞬き外した視線の先に――



「いいか?」



 問いかける“猪”と頷き返す“瓜坊”の姿が、夏折にタックルぐるぐる「ぎゃーす……!」まわるまわるよしかいはまわる。ごんごろりんはやがて、層を成して止まった。

「せ、生命力がぁー……」
「ものほんのタックルを教えてやったまでよ。な? 夏月」

 小さく頷いた夏月が、“築いた山”のてっぺんからぴょんと下りる。

「……あ。そういえば、ダイナマ君には数年前に宝物を貰ったね。お返しというわけじゃないけれど、私の宝物を見せてあげよう」

 夏折は、よいしょ、と、腰を浮かせると、彼の宝物を首に下げた夏月を後ろから抱き寄せた。



「これが私の宝物だ。欲しいかい?」



 彼女の言葉に他意はなかった――のかもしれない。
 だから。
 彼も悠揚たる物腰で返答した――つもりだったのかもしれない。

「欲しい、つったらどーすんだよ」
「ん? んー、どうしようか」
「ま、二人分の食い扶持が増えるくれぇはどーってことねぇけどよ」
「二人分?」
「お前と夏月のことだろーが。こいつのかーちゃんだろ?」

 ――母。

 そう呼ばれれば、受け容れる気は勿論ある。しかし、その“呼び名”は、夏月の本当の母親の居場所を奪ってしまうのではないだろうか。
 そんな意識が膜を張り、夏折は夏月を養子に決めた時から、自身を夏月の母親と名乗ったことは一度もなかった。

「おい、夏月。お前のかーちゃんってどいつだ?」
「……おかーさん」



 ――ぴっ、と、“子”に指を差された“母”。



「だとよ、夏折」
「……みたいだね」
「おとーさん」
「そのネタはもーいーっつーんだよ」

 夏月に置いていた二人の視線が、何とはなしにふっと移った。
 向き合う、相手に。




 予想はしていた。
 彼の芯には、ぶれがないから。





『――ダイ先生、お疲れ様でした!』

 労いの言葉、彼の好みに合わせたブーゲンビリアの花束、飾りの硝子玉に立金花をあしらった京紫色の髪紐――。
 学園を離れる彼に春都が贈った、今までの“感謝”。

『先生が学園を去るの、何となくわかってたんだ。だから、髪紐はお守り……先生の進む道が幸で溢れてますように。悪いものから守ってくれますようにって』
『あんがとよ。大切に結わせてもらうぜ』
『えへへ。……私も、第二ボタン的な感じで何か欲しいな〜……なんて、ね?』
『ん? そうだな……じゃあ、こんなんでもいいかしら』
『あ……先生の、髪紐? わ……ちりめん紐なんだ。黒地に赤紫の椿がすごく綺麗……本当に、いいの?』
『おう。オレにはお前から貰った髪紐があるからな。





 ……なあ、春都。オレな、一つだけわからねぇことがあったんだ』
『……?』
『春都にとって、“今在る”オレが太陽なら……お前はそれでいいか?』
『え……?』
『遠慮したのか、必要なかったのか、オレにはわかんねぇけどよ。積み重ねてきたオレのこと、お前は知らねぇだろ? だから、な……ちょい気になったんだ』



 離れても、あなたのその表情が忘れられなかった。



『またな、春都』















「…………」



 あの日と同じ、蒼い夏の香りがした。
 大切に育てた今で、彼は笑っている。

「(お仕事大変そうだけど幸せそう。アレクさんの大事な形かな。私も皆がいるこの形が大事。この先もどうか、この形を守れますように。だから、今は……)」

 “今在る”想い出を、大切にしよう――。





「私、花火持ってきたんです! 皆でやりませんか?」

 蝉時雨の波が蜩に奏で移り、夏模様の陽が徐々に朱くなる。




















 今年の夏も、緩やかに通り過ぎていく。
 そして、来年にはまた、新しい風が吹き抜けてゆくのだろうか。

 来るべき、光在る未来に。




依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:12人

沫に結ぶ・
祭乃守 夏折(ja0559)

卒業 女 鬼道忍軍
紅茶神・
斉凛(ja6571)

卒業 女 インフィルトレイター
慈し見守る白き母・
白蛇(jb0889)

大学部7年6組 女 バハムートテイマー
久遠ヶ原から愛をこめて・
春都(jb2291)

卒業 女 陰陽師
青イ鳥は桜ノ隠と倖を視る・
御子神 藍(jb8679)

大学部3年6組 女 インフィルトレイター
藤ノ朧は桃ノ月と明を誓ふ・
不知火藤忠(jc2194)

大学部3年3組 男 陰陽師