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あぁ。
この学園に来た時には縁なんてどこにも、誰ともなかったのに。
今は好きな御握りや味噌汁の好みを知り合える程の縁が、余裕が出来たのか。
あぁ。
なんだか普通だ。
少しずつ血生臭さや泥臭さが薄れていく感じがする。
あぁ……そうか……。
覚えておこう。
今日の味を。皆の――
「……ん? あぁ、走馬燈か」
気がつくと、夏雄(
ja0559)はダイナマ 伊藤(jz0126)にフード(頭部)を鷲掴みにされていた。
何故そんな状況になったかと云うと。
此処は、おむすびパーティの開催地である彼のマンション。その一室で、夏雄は親しい友の木嶋 藍(
jb8679)と共に宝探しをしていた。
「ダイナマ君秘蔵マル秘アルバム、冷蔵庫の輸血パック、何かないかな」
そんなこんなで、寝室のデスクからゲッチュしたのは――懐中時計の首飾り。しかし、家主に見つかった夏雄は頭部をゲッチュされてしまいましたという経緯だった。藍はそんな二人を眺めながら「なっちゃん達ってほんと仲良いね!」と、遁走。友情とは一体。
「ったく、手癖の悪ぃ白鼠小僧だなぁオイ」
「そこは忍軍と呼んでほしい」
「ま、欲しけりゃやるよ。オレのお宝」
わっしわっし――豪快な掌でフードを揉みくちゃにされた夏雄であった。
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他者が作るものを見て、結ぶものを学んで、料理の幅を広げる為に参加した彼女――美森 あやか(
jb1451)
「(えっと、6人参加だから、朝の分も考えると水量4倍……お出汁のいりこ、2倍くらい?)」
只今、夏真っ盛り。気温や湿度で傷まないよう、豆腐と若布の味噌汁は朝に調理したものを冷蔵庫でキンキンに冷やし、魔法瓶に注いできた。
タッパーに詰めたおむすびは汗をかかないようにきちんと冷まし、四隅に梅干しを入れて腐敗を防止。調理に対する徹底した姿勢が、流石の“腕利き料理人”である。
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――呼称は“握り飯”派な白蛇(
jb0889)
無駄に広いキッチンで、丁寧に梅の果肉を剥いていた。下準備もさることながら、女性への配慮でもある。
「種を吐き出すところを見られたくないという者も多いじゃろうからな」
剥いた果肉はほぐし、炊きたての白飯にざっくりと混ぜ込んだ。
「飯は竈で炊ければ一番良いが、そこまでは望まぬ。せめて“竈で炊いたご飯”を売り文句にしている炊飯器が用意されていればのう」
無茶を仰る。
「ふむ、逆に丸のまま食べたいという者もおるやも知れぬな」
ということで、梅を丸ごと入れたおむすびもにぎるにぎるよさんかくに。
梅は、疲れた時に元気をくれる甘酸っぱいイメージ――だが、白蛇の“それ”は群を抜く。
何故なら、
「そうそう。梅干しは、わし自ら漬けた、天日干しじゃ。甘みは、梅の実の持つ僅かな自然の甘みのみ。工程に、砂糖や蜂蜜など一切使っておらぬ」
神様は妥協をしません。
「この深く鮮烈な酸い味こそが、夏を乗り切る秘訣なのじゃから」
そう――夏の暑さでへたばてても、この梅の香りと酸い味が食欲を蘇らせる。胃腸を働かせる。
「しっかり食って、汗で流れ出た体の塩分や、体が必要とする栄養素を補うのじゃ。それが夏を元気に過ごす方法じゃ」
じゃから主ら、と、白蛇が三角な愛情を整えた。
「悶絶するやも知れぬが、わしの想い、しっかり味わってくれ」
疲れた心にガツンと一発。
白蛇の隣では、鼻歌弾むよおむすびころりん。すっとんとんと藍弾む。
熱をゆっくり伝えた土鍋のご飯に、炒った白胡麻とほぐした塩鮭を混ぜ込む。それを、小ぶりな三角に。心を溶かし、誰かの為に。心を握り、想いを籠める。
「うち、花卉農家だから、収穫が重なるとおばあちゃん忙しくて。ご飯もゆっくり食べれなかった」
キッチンカウンターから覗く恋人――御子神 流架(jz0111)を時々上目に、藍は優しげな微笑を浮かべた。
「なんとか食べてほしくて、仕事しながら食べれるおむすびをいつも作った。いっぱい食べてくれた時は嬉しかった。だからかな、誰かを想ってご飯を作るのって楽しいよ」
一口頬張れば、身体と心も“ほっとおいしい”――そんな食事をこれからも作りたいから。
「そう言えば流架はどんなおむすびが好きなの? 毎朝おいしいごはんを作って、あなたを起こしに行こうと思って」
「んー?」
「……なんてね?」
「じゃあ、ちりめん山椒の焼きおむすび」
「“じゃあ”?」
「藍が作る味で“好き”にして欲しいな、って」
「も、もう!」
――でも、それがあなたの“我儘”なら。
「(あなたが忙しい時、疲れた時、大好きな味が口いっぱいに広がって、あなたの顔に笑顔が広がるような……そんなごはん、作りたいんだ)」
愛しいあなたに。
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「おかえり、凛月。災難だったな」
「全くよ。だから藤忠は私を労りなさい。頭撫でて。あと、抱っことおんぶ」
買出しから帰ってきた御子神 凛月(jz0373)の我儘フルコースに、不知火藤忠(
jc2194)は緩む口許を掌で覆った。一先ず兎姫には、前菜の頭なでなででご了承願うとして。
「今回は焼きお握りだから固めにするよー!」
基本、肴しか作らない藤忠に助っ人サムライガール参上。彼の妹分の不知火あけび(
jc1857)に主導を任せる。先ずは、炊きたての米を握るようだ。リアルに熱いが我慢。
「中身はおかかにするか。そう言えば、高校生だった頃……薙刀部遠征の日だったか。小学生のあけびがお握りを作ってくれた事があったな。凄くしょっぱかったが全部食べたのを思い出す」
「えへへ。試合頑張って! って思いながら作ってたよ」
溢れるあけびの無邪気さに、苦笑を漏らしていた藤忠の薄い唇が、優しい形に微笑みを作る。
「あけびの師匠兼俺の親友も全部食べていた。自分の為に作ってくれたものなら美味いんだ」
彼女の口許に、明け方の三日月のような面映ゆい感情が浮かんだ。
握ったおむすびは、焼き網で両面を焼いて形を固めてから醤油を塗る。そして、再度両面を焼いて醤油を塗り、じっくりと時間をかけて味をつけていく。
「子供の頃これが好きだった。時々、無性に食べたくなる。と、味噌汁の準備もしておくか」
おむすびと合わせるのは、鰹節と昆布で丁寧に出汁を取った豆腐と大根の味噌汁。
単純に、藤忠が好きな具らしい。
――え? 南瓜は?
「藤忠、南瓜に謝りなさい」
――ぬ゛っ。
藤忠の肩越しから、背伸びをした凛月が顔を覗かせていた。
「勿論、南瓜の味噌汁も好きだぞ。凛月は味噌汁の具は何が好きだ?」
「私? ……お茄子とお揚げ」
「ほう、美味そうだ。こうして互いの好きな物を知っていけるのは何だか良いな」
「姫叔父と凛月さん、何だか新婚さんみたいだね!」
――ぬ゛ぬ゛っ。
大根を細切りにしたり絹豆腐をさいの目切りにしたりしていたあけびが、二人の幸せオーラに首を伸ばしてくる。仄かな湯気が、当人達の面から湧き出したような気がした。
「お前にも何時か、お握りを握ってやりたいと思う相手が現れるさ」
それが親友なら――。
「お握りを作ってあげたい人かぁ……」
帰ったらお師匠様に作ってあげようかな――。
姫叔父と妹分は、同じように“暮れる日”のことを考えていた。
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「おろ? 場所変更ですか。ダイ先生のお家ですね! 了解で……ダイ先生のお家!?」
先刻の春都(
jb2291)が「(凛月さんごめん、でもナイスッ!)」と拳を握ってビブラート。心を定め、想いを明かしたマドモワゼルに最早、怖れなどない。
思い出を形に残す為、カメラを持参して「こんにちは!」――。
春都は早速キッチンへ。
とろりと味の染みた茄子の味噌汁は、スープ専用の魔法瓶に注いで持ってきた。ので、おむすび作りに入る。
フライパンでちりめんじゃこを炒りながら、香りと風味の豊かな白胡麻を少々加える。乾燥わかめは水分を吸うと柔らかくなる為、あつあつのご飯に混ぜた。それをラップで握る、その前に――
「もしお暇でしたら、先生達も一緒に握りましょう♪」
流架とダイナマに声をかけた。
どんな形のおにぎりが出来るのかな、と、彼らの手許を見ていると、流架は形の良い三角。春都の想い人である彼は、豪快なまん丸だった。性格が出ている。そして、春都の形はというと――
「……丸以上三角未満って感じだな。逆に器用だわ」
「そ、そうかな? でも、海苔で顔つけたらゆるキャラにいそうじゃないですか?」
いいのだ。
これが私の好きな味。
私の“形”だから。
出来立てのおむすびを皿に盛ると、春都はカメラを手にして皆の様子を撮り始めた。
によによな幸せシーンも、花が咲くような楽しげなシーンも、情景の一つ一つが大切な宝物。後で皆に渡そう、と、微笑み置いて。
「そういえば、ダイ先生。アルバムの写真増やしてる? まだ少ないならこれから増やしていこうね」
上辺じゃない。言葉だけじゃない。
飾らない自分のまま、寄り添いたいという想いは揺らがないから。
「一緒の時間はのがさないと決めたの」
形に残したい。眩しくてあたたかい、“太陽”との時間を。
「次の表紙のワンポイント、考えといてくださいね♪」
「おう、二冊目もよろしくな」
――伝わるといいな。あなたを大切に想う気持ちは、私の幸せな“形”なんだよ、って。
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あやかのおむすびの味は、思い出の味。且つ、普段作っている食べ慣れたものであった。
「最初に作ったご飯なんです。小学校に上がる前だったかと」
おむすびには色々な具材を詰めたり混ぜ込んだりした。具のバリエーションが多いほど、迷う時間も楽しかった。
「お豆腐は手で崩して、若布はキッチン鋏で切って……今回は包丁で切ってますけどね。火を使う事は、周囲にいた近所のお婆ちゃん達がやってましたから、多分地域のイベントか何かだったんだと思います。あたしは幼稚園には行ってませんでしたから」
今回のおむすびの具にしそわかめを選んだのは、当時、あやかがふりかけというものを初めて目にした味がしそわかめだったらしい。
「なんだろこれ、って思って、親友に説明してもらった記憶があります」
おむすびの形も、あやかの思い出では優しい丸形が多かった。その形も、今ではスタンダードな三角が殆ど。
「置いた時に一番安定する気がして……。ああ、でも、雛祭りの手鞠寿司は丸だし、お重に詰める時は俵型が多いですかね。ふふ、用途に合わせて握り分けると、とても便利ですね」
鎖に通して首から下げた指輪が、幼さの残っているあやかの笑顔に無垢な煌めきを宿したようであった。
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「おー、ラムレーズン君。元気かい?」
『なっちん、なんかくれ』
「では向日葵の種をあげよう。強くおなりー」
大きくおなりじゃないんだ。
夏雄のおむすびと味噌汁は、既に別所にて調理済みだった。
アルミホイルで包み持ってきたおむすびは、海苔を巻いた俵形。+塩味の具無し。
「今時期は具が悪くなりやすいから……って、今回はその心配はなかったね」
蒟蒻多めの味噌仕立てけんちん汁は、四次元フードから鍋ごと取り出し忍軍。
「HAHAHA。そんな馬鹿な」
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――兎にも角にも、準備は整った。ということで、
゜*。☆ れっつおむすびぱーてぃたーぃむ ☆。*゜
藍はコンロで丁寧に炙った板海苔をおむすびに巻いて皆に差し出した。食べる直前のこの一手間が、口の中に潮の香を広げる美味しさに繋がる。
「さぁ、召し上がれ!」
藍の呼びかけに、おむすびを手に取った各々が一口目をぱくりと運んだ。幸せ倍増の味噌汁も一緒にいただく。
「美味いな、これ」
藤忠がほっと吐息を零したのは、藍の味噌汁だ。焼きあごの出汁に、甘味のある玉葱が入っている。落とし卵の半熟具合が絶妙だった。藤忠の隣で、流架も口角を上げながら啜っている。
「そう言えば、流架と藍はもう子供の名前は考えているのか? 秒読みだろう?」
「おや、そういう君はどうなんだい? 俺が凛月ちゃんの保護者だということを忘れないでおくれよ?」
「勿論、凛月のことは幸せにする。俺だってあいつと何時までも一緒にいたい。……そうだ、流架。時間のある時でいい、あけびの相談相手になってくれないか?」
「ん?」
「あいつは将来、不知火の当主になる。同じ立場だからこそ話せることがあるだろう。頼む」
「……わかった。安心しなさい」
肩の凝りがほぐれたような、安堵の情が藤忠の胸を浸す。
「む、これは柴漬けのお握りか。凛月の手作りも楽しみだった。……ん、優しい味がするな。味噌汁も美味い。納豆と聞いた時は驚いたが……案外悪くない」
「当たり前よ。私が作ったんだもの」
「ふっ、そうだな。凛月、口に弁当がついているぞ」
「む、むぅ?」
凛月の口の端についた米粒を、藤忠が親指で取ってぱくりと食べた。
「弁当と言えば、今度一緒にどこかに出掛けるか。二人で弁当を作ろう」
手と手、繋いだ相手の傍に――。
「さて。それではわしも、主らの想いも味わわせて貰うとしよう。時に流架殿。まさか桜餅握り飯、なんというもの――」
「ないよ。う、おばあちゃんのおむすびすっぱ……」
「わしが作った豆腐と滑子の味噌汁を飲むがよい。豆腐は梅干しの酸い味を中和する目的もあるからのう。滑子はわしの好みで選んだが。三つ葉はどうするのじゃ? わしは散らすが」
「うん、入れて」
適度な塩辛さと仄かな甘味のあるあやかのおむすびを頬張りながら、春都は「ダイ先生はどれが好き? 私はこの味が好き♪」と、もぐもぐりん。
「ん? お前さんの握り飯、美味ぇぜ」
「えへへ、よかった。ねぇ先生。先生の好きなもの、これからちょっとずつでいいんだ、教えて? それで私の好きなものも知ってほしいな」
胸の憧れを形に焼きつけて、明日への思い出にしていきたいから。
黙々もぐもぐ忍々。
夏雄はおかかの焼きおむすびを食べながら、思案な面持ちでいた。
夏雄にとってのおむすびとは、“区切り”の印象であった。
「(正直私に好みの御握りはない。けれど、御握りは私に考える区切りを与えてくれた。
幼い頃、どこまで行けるのかと山に登った 。
お腹が空いて御握りを食べた。
お腹を満たした時気付いた。
自分は此処まで来て、此処に居るのだと)」
だから、多分今日も――。
「蒟蒻うまっ」
「そうかい、良かったね」
「オレ、夏雄に聞きたいことあったんよ」
「ほう、何だい? ダイナマ君」
「お前、オレとは“友達”になってくんねぇの?」
――。
「なあ。Allo?」
「えぇい、うるさい……わしわしすな……!」
夏雄の懐には、懐中時計。
あの坂で紡ぎ結んだ言の葉のように――カチコチ、カチコチ。
●
「(ダイ先生、りっちゃん、なっちゃんから勇気を分けてもらった。私、誰にも負けないくらい流架のことが好きだから。だから――)」
藍と流架は、風薫るベランダに出ていた。
夏草や爽やかな花の香りが仄かに染み込む風に背を押されて、藍は目線を彼に置く。
「ねえ、流架。愛することを教えてくれて、失わないって言ってくれて、ありがとう。今までこんなに誰かを想ったことなかった。私の倖せは、流架といること」
愛しさを重ねて、深く深く支え合いたいから。
「……これからの私を全部、あなただけのものにして。私をあなたの奥さんにしてください」
言葉と心と共に、勿忘草と桔梗の花束を彼に手渡した。
流架は温い吐息と一緒に一度、瞳を閉じる。やがて、持ち上げられた翡翠の双眸は、自身の“桜”へ。
「そう、か……もう、『また明日』と……伝えなくていいのか。……愛する君と、帰る場所を共に出来る……ああ、嬉しいな……」
笑顔を、幸福を、抑えきれないその表情で――。
心を結び、幸せを結ぶ。
重ねた分の、大切な縁を――。