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マスター:愁水
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2017/07/15


みんなの思い出



オープニング

※このシナリオはIFシナリオです。
 オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。


 ――館がありました。

 それは、鬱蒼と茂る黒水晶の森の中。
 それは、お伽噺に出てくるお菓子の家のように忽然と現れるのです。
 それは、現実(ここ)ではない幻想(どこ)か。

 ルネサンス調の外観に、煉瓦造りの躯体。
 吹き抜けのホール、暖炉の炎、薔薇の彫刻が施された柱、芸術的な光の差し込み、表情のあるステンドグラス――。優美な反面、何処やら気が違う雰囲気を醸し出しているのは何故でしょうか。

 サンルームから聞こえるのは、三人の“子供”の声です。一人は日本刀を携え、一人は大鎌を肩に担いだ黒フード、一人は糸の解れた兎の人形に頬ずりをしている、何処か“歪”な子供達。

「ちょっとあなた達。きのうの夜すごくうるさかったわよ。私の部屋まで聞こえてきたんだから。もう少し静かにやってよね」
「さーせん。ルカが激しかったもんで」
「テメェが元凶だろうが。とっとと地獄に帰れ、色魔野郎」
「残念、オレの故郷は冥府なんす。なぁ、はよ死んでくれよ。オレが直々に殺して魂刈り取ってやっからよぉ。あの世で一緒にランデブーしようぜ?」
「殺すつもりがまいかい殺されてちゃ世話がないわね。あなた本当に死神なの?」
「勤続1112年のちょーベテランよ。しょーがねぇだろ、ホレちまったんだから。好いたヤツの魂はGETしてーじゃねぇの」
「なんども首はねられてよく言えるわね、そんなせりふ」
「でもよ、その所為か最近首が凝っちまって。ルカ、揉んでくん――」

 ザシュッ。

「あ」

 首が地面を転がっていきます。

「ちょっと気をつけてよ、流架様。こっちにまで血が飛んできたらどうするのよ」
「飛ばなかっただろ」

 その時、リィンリィン――玄関の呼び鈴が鳴りました。

「あら、新しい友達かしら。それとも、迷い人かしら。熊とか狼だったら今晩のおかずになるわね。王子様とかお姫様だったらいっしょにお茶しましょう。変態死神みたいなのだったら……流架様に首をはねてもらいましょう」

 ぼろぼろの“友達”を抱えた少女が玄関へ走っていきます。




 館の主であり、傍若無人な少年――流架(jz0111)
 流架の魂を狙っている変態死神――ダイナマ(jz0126)
 流架と血の繋がっていない妹――凛月(jz0373)





 子供は純粋だと、誰が言ったのでしょうか。
 子供は夢を見ると、誰が決めたのでしょうか。

 眠りから覚めないこの歪な噺を、物語の頁をめくりながら歩んでいくのは“あなた”――。




リプレイ本文


 記憶の本棚にLes six cles――。





 頁を奏でるLyraの音色も“歪み”の一言が引き金になり、禍々しくも美しい世界の情景が浮かんできます。

 淡い希望が混ざり合う空の海から降り注ぐのは、幸せの名残です。
 館の上を浮遊する時計の山は、崩壊していました。
 薄暗く、煤け、色の濃淡が小さい反面、暗い影と明るい光で満ちているこの世界は、矛盾な背景で溢れているようです。

 さて――傾きかけ、歪んだ、この物語の挿絵に命を吹き込みましょう。“あなた”が日々の繰り返しから離れて見つけたのは、運命の枝分かれ――かもしれません。

**

 鵠が一匹、不朽の雨森を彷徨っていました。

「……ついてない……」

 前へ、左へ、右へ、時折、後ろを振り返る鵠。

「いや、逆に?」

 その口許は綻びませんでしたが、“少女”の零した吐息は安気に浮いていたようです。



 ――そう。それは鵠ではなく、夏の白花のようなワンピースを纏う一人の少女でした。



 年の頃は10か11。雨の涙が少女の長い袖を撫で、丈の長い白輝の裾が波を紡ぎます。
 麦藁帽子から流れるのは癖のない蝋色の垂れ髪。
 手には白色の軍手が嵌められていました。

 長靴トコトコ――歩き、「はて?」

 突如、昏い視界が晴れました。
 少女の双眸には“歪んだ”館が映っています。

「ああ、館だ。ああ、不思議だ。何かがひび割れている」

 だけれど、

「……私のようだ」

 夏に生まれ、夏に死ぬもの――。

 足許の地面で絶えていたそれを何とはなしに避けながら、少女は自分の“記憶”をお供に連れていきました。その時は只、雨宿り代わりに考えていたのです。“代わり”など、ないというのに――。










 館には幼い主人がいました。
 館には幼い住人がいました。
 館には幼い客人がいました。

 鳥の歌声のような調べは不思議と耳に心地良く、親しげに囁く声音は意識の底を穏やかに波紋させていました。

「あなた、名前は?」

 主人と血の繋がっていない妹、凛月(jz0373)に手渡されたタオルで身体の雫をぽんぽんと拭いながら、少女はぶっきらぼうに返答しました。

「軍手だ」

 そう名乗った瞬間、少女の麦藁帽子が横一文字に空を滑りました。

「――餓鬼。次も戯けたこと抜かしたら案山子にするぞ」

 館の幼き主人、流架(jz0111)が、峰で一振りした愛刀を鞘に納めていました。少女を横目に見やる緑玉石は、冷淡な意を帯びています。

「おや、気に障ったのならごめん。でも、これが私の名前なんだ」

 そう、仕様が無いのです。それが、彼女の“定めた”名前なのですから。





 軍手(夏雄(ja0559))――どんな名でも、その人なりの意味が隠されているものです。





 軍手は埃っぽい大理石の床から麦藁帽子を拾い上げます。
 帽子の中は空っぽです。
 心の中は空っぽです。
 何かを探して、何時も、何も残せないのです。

「ああ……探し物が増えたら困るというのに。ああ、そうだ」

 ――探し物だ、と。

「私、探し物をしているんだ。此処に来る前から、ずっと前から、探しているんだ」
「探しもの? なにを探しているの?」
「何を、か。……なんだろうね。君、知ってる?」
「知らないわ。私、あなたのこともよく知らないもの」
「ご尤もだ。じゃあ……君は?」

 軍手は昔、絵本で読んだような深い海を見つけました。
 軍手は昔、窓越しから眺めていた夏の青空を見つけました。



 それは、想いの異なる“青”を持つ――青い瞳と髪の少年でした。



 長身痩躯に纏うのは、夜の風情を含んだロングコートにブーツ。
 左耳のトラガスにはstellaのピアス。
 吊り下げ用の金具に細い指先を掛け、ぶらりと提げているのはアンティークの青い鳥籠。鳥籠を抱擁しているのは、勿忘草と茨のようです。

「やあ、お邪魔するよ。俺のことは“アオ”と呼んでくれ」

 そう名乗った12歳の少年――アオ(木嶋 藍(jb8679))

 庭園に咲き乱れる薔薇を眺めていたのでしょうか、柔らかい甘さが雨濡れな姿に香っていました。
 人当たりのよい笑顔を浮かべながら、三人の傍らで歩みを止めます。アオは、タオルを差し出してくれた凛月の容貌を穏やかな目許で見据えた後、それを受け取りながら流架に眼差しを滑らせました。

「綺麗な兄妹だね。“花”になっても綺麗だろうな」
「花?」

 凛月が小首を傾げると、アオは手許の鳥籠を見るよう視線を促します。中には、尻尾を切られて水も空も泳げなくなった、一匹の小さい青い魚が事切れていました。

「ああ、少し疲れているのかな。後で紹介するね。この子も綺麗な花“だった”んだ」

 彼の“何か”は、大きく、“歪”に、矛盾しているようでした。

 既に“生きていない”それを、まるで、生きているかのように扱っています。加えて、不思議なのは鳥籠――。

「この鳥籠は物の大小に関わらず何でも入るんだ。そして、中に入ったものは花に姿を変えるんだよ。その性質に相応しい花に――ね」

 どうやら、彼は気が向くと、何でもその鳥籠の中に閉じ込める傾向にあるようです。鳥籠の中で沈んでいる青い魚は、枯れた花の“果て”なのでしょうか。



 ――“あいする”ってなんだろうな?



 そんな問いかけは何時も虚しく空回り。

「……? 流架には会ったことあったか?」
「あ?」
「いや、一瞬――」

 アオは穏やかな白昼夢を見たのです。今の日の楽しみ方とは大きく異なる、一瞬一瞬の喜び。唯一に心優しく、筋のない涙を掬う桜の花弁――。

「おい、何を惚けている」
「……ん? ああ、いや、何でもないよ。それより、麦藁帽子の君は探し物をしているようだね。俺も手伝おう」
「おや、ありがとうだ」
「形のない君の探し物を俺は知らないけれど……俺は、君や流架達によく似た人を知っていた気がする」
「似てる? 私? それはまた“可哀想”に。その人も探しているのかな……」





 此処ではない何処かで。




 やんちゃな足音が館の中に響いていました。

 たったかたかたか、たったったっ。

 愛らしい二十日鼠――ではなく、白い蛇、でもありません。異国の神話になぞらえた女神の舞姿のような衣を纏う、見目は10歳の少女――白蛇ちゃん(白蛇(jb0889))でした。道に迷っていたところを、

「わしをかんげいすることを許す!」

 と、自分から館の扉を叩いたのです。

 白蛇ちゃんは小さな身体を忙しなく揺らしながら、館の中を一頻り探検した後のようでした。二階へ続く階段の曲線を、たたたっ、と、下りてきます。

「むっ、おぬしは!」

 不意に、白蛇ちゃんの視界を流架が通り過ぎていきました。視線を彼に留まらせたまま、彼女は残りの段数を跳び越えて床に着地。白な裾を蛇の尾のように戯れさせながら、白蛇ちゃんは彼の前に立ちはだかりました。

「? 何だ、白蛇か。何か用か? あってもなくても邪魔なんだが」
「Σ!? おぬしはまたしょうこりもなく……! “さま”! “白蛇さま”!」
「は?」
「は、ではないわ! “さま”ってつけるの!」
「はあ。邪魔だ、白蛇。どけ、白蛇。しらへび、シラヘビ、し ら へ び」
「Σ!!?」
「何だ、お前。顔が赤いぞ。赤い蛇にもなれるのか」

 ――。





 ちゅどーん!!!





 White snake mountainが噴火したようです。
 白蛇ちゃんは両足でじたんじたん。小柄な様をしているからでしょうか、床を鳴らすその音は軽快で、ドロップスを奏でているかのようでした。しかし、白蛇ちゃんの胸中はそんな“甘いもの”ではありません。

「わ、わしはえらいのに!」
「ほう」
「うぅ〜、さっき出会ったものたちもどうして“ちゃん”でよぶの」
「俺は呼ばないぞ」
「よばれたくもないわ! う、うぅ……どうして誰もうやまってくれないの……」
「敬う?」

 何故――。流架はそう問いかけるように、目の前の“只”の少女を見下ろしていました。

 まるで、引き出しの鍵を無くしてしまったような記憶。
 唯一憶えているのは、“白蛇様”という自らの存在。その理は、何やら“偉い”――ようです。ですが、何故偉いのか、わからないのです。自分が何を果たすべきなのか、わからないのです。

 只の一人の少女、只の“白蛇ちゃん”は、わからないのです。

「わしはどうしてえらいの。わしは“だれ”なの」

 義務と責務。
 権利と機能。

 果たして、無くしてしまったのは“務め”なのでしょうか。いずれにせよ、実に様々なことが抜け落ちているようです。

「何をすればいいの。何でここにいるの……う、うぅ」

 わからないのは自覚。恐ろしいのは欠如――。

「うええぇぇぇーーーん!!」

 途端、白蛇ちゃんは堰を切ったように泣き出しました。

 怪訝な表情で成り行きを眺めていた流架の双眸が、虚を衝かれたように瞠目します。しかし、二秒と持たず渋面に。長い前髪を鬱陶しげに掻き上げながら、流架は大きく溜息をつきました。そして、白蛇ちゃんに言いました。

「何を失ったのか知らんが、生きとし生けるものは等しく“無力”だ。思い上がるな」

 まるで、世界が終わるかのような深い涙の池に溺れるものだから。

「……っ!? なっ、なん……おぬし、と、いうやつ、はっ……!」
「何だ、悔しいのか? なら、先ずは俺と対等になることだな。それすらも出来なければ、お前は一生“白蛇”のままだ」

 流架は、白蛇ちゃんが平衡感覚を見失う前に、崩れ去る前に、“赤い”感情で波を割ったのやも――割らせたのやもしれません。
 真意を掛けようにも、その天秤すら狂っているので無駄でしょう。何と言っても彼は、傍若無人なのですから。

 嗚咽に肩を小さく上下させながら、白蛇ちゃんは厳かな金色の瞳で流架を見据えていました。――何故でしょう。その奥深い煌めきは、神秘的で尊いものを放っているようです。

 かち合わせた視点に互いが感情を秘めていると――、



「あー! 流架が女の子泣かせてるー!」



 流架の背後から、天真爛漫な響きの声音が左の耳朶を打ってきました。流架がぎょっとした顔で振り返り、声の主から反射的に距離を取ります。その“性質”の故か、“彼女”の気配は常人よりも遥かに薄いのです。

 彼女は流架の反応が面白いとばかりに独り笑いしました。そして、

「凛月が談話室で美味しい紅茶を淹れてくれているよ。甘いお菓子もあるし、一緒にお茶しに行こう!」

 気詰まりな様子で彼女の面を仰いだ白蛇ちゃんに、頬を傾けて微笑みかけました。まるで、“開ける実”のように――。





 時あたかも、雨間は“潤い”を与えるものです。

 ジュエルのようなガラスと装飾の美しいシャンデリアが、空間を和やかに包んでいました。
 シャビーシックな風合いのテーブルには、アンティークのシルバーポットとカップ。二段式のアフタヌーンティープレートには、桜餅やマカロン、たい焼きや琥珀糖、スコーンやケーキなど、調和とは程遠いお菓子の数々が並んでいます。

 白蛇ちゃんの頬を流れていた温かい水玉は、すっかり晴れていました。
 差し出された洋菓子と紅茶で雫は引っ込み、特有の我儘で用意させた粒餡の和菓子と緑茶でご満悦の表情を見せたりなど、年相応の少女の様でした。

 溢れた情緒が安定すると、白蛇ちゃんは「うぅーむ」と何やら考え始めます。
 一拍程置いた後、

「よし。わしが行く先をきめるまで、ここでせわになってやろう!」
「「は?」」

 流架と凛月の声音が重なりました。



 これから何をしよう。
 何処へ行こう。



 白蛇ちゃんの結論は取り敢えず――“此処”であったようです。

「短期もくひょうは館に受け入れられる。長期もくひょうは行く先をきめる。うむ、かんぺきなの!」

 流架達の返答を余所に、白蛇ちゃんのお目々はキラキラ輝いていました。
 今はメインのテーブルから離れた床で、死神兼居候のダイナマ(jz0126)と一緒にマカロンジェンガで遊んでいるようです。

 アップルティーの爽やかな甘味の余韻に浸っていた“不完全”な彼女は、チェアの背凭れからやおらに背中を浮かすと、朗らかに自身の謂れを話し始めました。

「私と姫叔父、瞳が赤いでしょう? 吸血鬼なんだ」

 見目は10歳だが、身分は高位なる吸血鬼。然れど、妾の子。
 その呼び名故に彼女の質を欠如させたのは、嫉妬をした正妻が下した呪いなのでしょうか。それとも、戒めなのでしょうか。

 彼女の名は、あけび(jc1857

「でも私は……朝焼けの紫の髪に暁の瞳と呼ばれる」

 ――仲間の“生き方”とは相反する性質を示す名です。

「日の光だ、って仲間から避けられるんだよね」

 明けの空の瞬きに、寂がひと染め見え隠れしました。

「少し寂しいけど……でも、姫叔父がいるから大丈夫! ここの皆とは仲良くしたいな」

 彼女が信頼する姫叔父とは、悠久の時を生き飽いていた高位の吸血鬼――藤忠(jc2194)。艶やかな青紫色の髪と奥深い赫の瞳を持つ少年でした。

「あけびに頼られる事は俺の存在価値にも繋がるからな。今後も大いに頼りにしてくれていいぞ」

 その容貌は12歳ですが、歴としたあけびの叔父です。日光は苦手な程度。吸血鬼の始祖である姫君と瓜二つとかそうでないとか――というのはまた別の機会に。

 凛月が「新しい紅茶を用意してくるわ」と、席を立ちます。

 藤忠は徐に、華やいでいた花瓶の薔薇に手を翳しました。すると、薔薇の瑞々しさは一瞬で精気を失い、枯れ果ててしまったのです。

「朝摘みだな。中々美味かった」

 その手であけびの頭を撫でると、彼女の面に血色の良い色が差しました。どうやら彼等は吸血だけでなく、生物から生命力を吸収することが出来、その精気を譲渡することも可能なようです。

「えへへ、ありがとう姫叔父。んー、このケーキ美味しいね! もう三つも食べちゃった!」

 しかし、あけびのお腹から、ぐうぅ〜、と、虫が鳴きました。

「待っていろ、厨房から果物を取ってくる。新鮮なものを口にした方が“お前にとっては”効率が良いだろう」

 感謝するあけびの言葉を背に受け、藤忠は談話室を後にしました。










 白金一色の厨房はだだっ広く、うら寂しい雰囲気です。
 藤忠がその一角に視線を向けると、侘しい空間に“似つかわしい”凛月が紅茶の準備をしていました。

「――『凛とした月』か。俺の妹分は『明ける日』なんだ。吸血鬼なのに可笑しいだろう?」

 フルーツが盛られたバスケットから兎型の林檎を二つ手に取り、藤忠が声をかけます。
 問いかけるような彼の発声に、凛月はぶんぶんと首を横に振りました。藤忠は呼気で笑むと、ふと、眼差しを調理場へ向けます。

「俺もあけびの為に、人間が口にする料理と同等のものを作っているんだ。あいつは吸血が出来なくてな……俺も一緒に食事はするが――、ん? 俺の食事か?」

 無防備な凛月に、双眸を細めた藤忠が手を翳しました。花瓶に生けた薔薇の末路を目にしていなかった凛月は、きょとんと彼の掌を仰いでいます。すると――、

 ぽわ。

 凛月の身体は、お日様を浴びた時のように温かくなりました。

「人間や動物、野菜の生命力で補えるが……やはり人間の血が一番美味い」

 その掌は凛月の頭を優しく撫で、もう片方の手から兎型の林檎を一つ彼女に手渡しました。弓形な赫は、真っ直ぐに凛月を捉えています。

「宵闇の髪に深紅より甘い桃染の瞳。見た目は好みだ。気丈な性格も悪くない……が、いかんせん不健康そうだ。元気な美女に育ったら血を貰おう」

 そう言葉を置いて、藤忠が手を引こうとしたその時です。

 ――ガブッ!

 なんということでしょう。凛月が藤忠の手に噛みついたのです。
 流石の藤忠も、冷静な様を崩しました。小さな歯形からは血が薄らと滲んでいましたが、兎が本気を出した程度の食いつきでした。

 藤忠が不可解な面持ちで傾ぐと、目に角を立てた不味そうな顔で、

「吸血鬼のくせになさけないわね。人間に先を越されるなんて」

 藤忠の血で染めた舌を、べー、と、出したのでした。










 談話室再び、です。
 対照的な性格を成すあけびと流架ですが、意外や意外、会話は持っていたようです。

「ねぇ、流架の持ってるそれは何?」
「お前に関係ない」
「わっ、長い刀身だね。サーベルとは違うの?」
「五月蠅い」
「銀じゃなくて鉄? 私でも使える?」
「知るか――」
「じゃあ教えて!」
「……」

 物怖じしないあけびに流架が気後れしているようにも見えますが。
 やがて、流架の辛抱堪らず、あけびを振り払わんとした一刀が抜かれます。ですが、吸血鬼の反射神経なら何のその。ひょいと避けて見せました。

 藤忠と凛月が戻って来ました。
 二杯目の紅茶で唇を濡らし、兎型の林檎を美味しそうに頬張りながら、あけびは曇りなく微笑みます。

「この屋敷に来てから何かを探さなきゃって気がしてるんだ。その武器を見てるとすごく懐かしい気分になるよ」





 振り向く、彼方――。
 日本刀が奏でる不揃いな音色を追いかけた先で、あけびはどんな“面影”を見つけるのでしょうか。




 雨は手綱を引いたように止んでいました。
 幸せの空が、紫薔薇の暮色に染まっていきます。





「今日のご飯はこれくらいで足りるかな〜」

 森の中、木から木へと跳躍しているのは一匹の仔猿――ではありません。
 見目は10歳程の人間でしたが、本来、耳があるはずの位置には、動物のような灰色の垂れ耳がぴこぴこと動いていました。

 少女の名は、春都(jb2291
 眠る人の“夢”を食べるモノ――夕暮れから夜明けまでの時間しか活動が出来ない、“夜”と“夢”に生きる存在です。

 春都は不意に、くん、と、鼻先を動かしました。食欲をそそる流線が森の奥から漂ってくるのです。にんまり微笑んだ春都は、その“夢路”を辿り始めました。

「小腹もすいたことだしねっ♪」

 軽快な身のこなしで浮かぶ影が、また一つ――館へと誘われました。










 アンティークアーチの窓から琥珀な瞳をちらりと覗かせると、案の定、眠りの穴に落ちている“兎”がいました。凛月です。あけび達とのお茶会を楽しんだ後、ソファで微睡んでしまったのでしょう。

 春都がしめしめと窓からお邪魔します。

「わぁ、おいしそうな香り。おやつにはぜいたくかな」

 凛月のあどけない寝顔を見下ろしながら、上向けにした右手の指先を、くいっ、と、自分の方へ引きました。すると、凛月の額の辺りからビー玉サイズのガラス玉が浮かび上がってきました。――そう、これが“夢”の形なのです。

「きれいな色。……ごめんね?」

 許しを請うたのは、只の“気紛れ”。只の“言葉”。
 彼女にとって何より大事なのは、夢が美味しいか――不味いか。只、それだけなのです。

「僕に“夢”を取りだされたひとは悪夢をみることになるけど、今晩だけだから。じゃあ、いただきまーす♪」

 取り出した凛月の“夢”を頂戴しようとしたその時――、



「悪食は止めといた方がいいぜ? お前さんの為にもな」



 微かな咎めを含んだ語調が春都の背後からかかりました。
 即刻、春都は振り向きもせずにその場を飛び出します。「おいぃっ! せめて自己紹介ぐらいさせ――」という低音ボイスも、聞こえません知りませんの勢いで薔薇の庭園をすり抜け、館の裏口から侵入。

 館の中をアチラこちら。
 みぎヒダリ。
 ウエした。
 おもてウラ――。

 春都は躍る足で逃げ回りますが、ふと、腰のポーチが軽くなっていることに気がつきました。
 なんと、ストックしていた“夢”を館中に落としてしまっていたのです。パンくずのように目印はありません。ぽろぽろころころ、眠れぬ館に呑み込まれてしまいました。

「僕のごはんー! どうしてくれるのさ!」

 殺る気のない死神がやる気なく追いかけてきたので、ぷんぷんと頬を膨らませて八つ当たり。
 事情を察したダイナマが、「自業自得やん」と言うも愚か――しかし、此方の条件を呑むのなら、落とした“夢”を一緒に集めてやってもいいと告げてきました。

「まあ、“夢”を取りだされても、その人がまた眠りにつくまえに“夢”を返してあげれば悪夢はみないよ。……あの子の“夢”を返せば、ほんとうに手伝ってくれる?」
「オレに二言はねぇ」

 一切の迷い無く万の自信に溢れた面構えで彼は言います。
 春都は思わず吹き出してしまいました。彼の態度に滑稽さを感じたのでしょうか、それとも、春都が今迄に得た知識が鎌首を擡げてきたのでしょうか。

 ――知っている。けれど、“わからない”。

 そう、春都にとって感情とは只の知識。春都自身の感情で言葉を発しているのではなく、識別して“使っている”だけなのです。

「キミ……死神、さん? 初めてみた」
「あん? 別にそう珍しくもねぇだろ。目に見えれば只の嫌われモンだ」

 その綽々とした彼の笑みをわけもなく眺めていると、ちりっ――春都の“何か”が疼いたような気がしました。





 自分の“夢”に何が起こったのか露知らず、夕寝から目覚めた凛月は兎の人形で遊んでいました。
 大切なボロボロのお友達。
 どれほど縫い直しても命の糸はほつれてゆきます。
 誰かのおんぼろな刻を止めるように、凛月は人形の首をぎゅうっと絞めました。

 凛月の肩に手が掛かり、藤忠が腰を屈めて顔を覗き込んできます。

「――あまり乱暴に扱うな。仕打ちは自分に返ってくる」

 長い睫毛が空を切りました。
 何食わぬ表情で目を上げてきた凛月を、藤忠は何処か弱ったふうな微笑みで見て、

「大切に扱えば相手も大切にしてくれる……だからあいつの兄貴分は楽しい。吸血鬼がこんな事を言うのは可笑しいか」

 人形の方へゆっくり顔を向けました。
 凛月の指が、人形の首からそろりと離れます。

「それは、あなたに大切なものがあるから言えるのよ。私は……めぐまれた幸福で泳いだことなんてないもの」

 お友達の綿に溺れ、自分の身体と言葉に歪む日々。憂き生涯に蔭る“おんぼろ”――。



「なら、証明だ。まず俺がお前を大切にしてみよう」



 藤忠が淀みなく言いました。
 言い繕おうともせずに、彼は本心を口にしたのです。

 半開きの口で半ば呆然と目を瞠る凛月に、彼は薄く唇を綻ばせて“願うように”囁きました。

「食料となるか大切な存在になるか、今から楽しみだ」





 交わす瞳は、“桃”の色。










 あけびは大切なものを探していました。
 何かはわからない――けれど、誰かに導かれるかのように辿り着いたのは、薔薇の庭園でした。
 様々なローズカラーが夕日の色に染まっていきます。その海に、枯れた薔薇が一輪、暮れに沈んでいく様が瞳に映りました。何とはなしにあけびは手を翳すと、枯渇した薔薇の底へ生命力を注ぎます。すると――、

「(桜色の薔薇……桜?)」

 満ちた花弁は、あけびの心へ潜って沈みました。

 浮上するのは、桜の紋――。

「(私の、愛刀……)」

 夢と現の狭間を捕らえるのは、深々と花灯る――、

「(桜紋軍刀――。ああ、そうだ。私は18歳……天魔戦争後、異世界で相棒と一緒に戦う事になった……そうか、そうだったんだ)」

 近くに霞む、夢。

「(夢でも学園の皆と会えたのは嬉しかったな)」

 遠くに響く、現。

「――あけび」

 あけびの白い項がゆるりと動きました。
 親しんだ呼びかけに、僅かな戸惑いが含まれています。彼女の様子に、異なる意識のずれを感じ取ったのでしょうか。あけびは、マントを身に纏った彼――藤忠の方へ顔を向けました。

「私にとっても姫叔父は大切な兄貴分だよ」

 微笑み置いた柔らかな眼差しと案ずる瞳が触れ合います。

「私の『暮れる日』が……大好きな人が待ってるから帰るね」
「お前……何を言っている? どこにも行くな。家族から離れるのか?」

 藤忠の募る不安が、あけびの手を掴みます。
 しかし、触れたのは夕日でした。夕日影に怯み、滲む色彩に揺らぎ――彼もまた、“声”を耳にします。

 彼の悟った表情を見届けて、あけびは言いました。

「姫叔父の傍に凛月さんがいれば良いけど、そこは当人達の努力次第かな? 凛月さんと仲良くねー!」

 眩い暮色に呑み込まれ、あけびの姿が溶け込んでいきます。
 その光景はまるで、暮れの雨――。

 藤忠はしめやかに瞬き、微笑みに記憶を織り成しました。

「この世界が夢でも歪でも、お前が大切な妹分なのは変わらない。頑張ってこい、あけび」





 ――夢から覚めた枕元。サムライガールは声を聞いたような気がしました。“あけび”――そう呼ばれる度に綻ぶ、“日”の声を。




 彼は、数え切れない程そうしてきたのです。
 ですが、

「……ここは心惹かれる人ばかりだったな」

 ――ずっとひとりぼっち。

 人間を鳥籠の中に閉じ込めて ”綺麗な花になれてよかったな”――と、慈しむ無邪気な破綻者は、歪な館を仰いで呟きました。

「探し物……見つかるといいな」

 開けっ放しの鳥籠の口が淋しさに傾いていましたが、結局、アオは誰も鳥籠に入れませんでした。

 鳥籠の中には、小さな青い魚。
 しかし、鳥籠ではなく、“大切”を求めているのは自分なのです。惹かれても、傍に居たいと思っても、誰にも手を伸ばせないのは――“もう一度失う”かもしれないという恐怖。

 その恐怖は、何処からやってきたのでしょう。

「もしかしてキミは、俺にとっての“大切な人”だったのか……?」

 鳥籠の中には、”失った”魚。





 沈んだ青に、浮かんだ意識。彼はまだ、ひとりぼっちです。




 鳥籠の少年が館を去った後――。
 暮色は夜風に紛れ、壊れた時計の隣に半月がぽつりと浮かび始めました。





 館中に散らばった春都の“ごはん”。ダイナマや白蛇ちゃんに協力してもらい、無事、元のポーチの重さに戻りました。春都が途中、ソファでうつらうつらしていた流架の夢を摘まみ食いしようとして一波乱ありましたが、春都は無事です(生存報告)

「あー、お腹すいた」

 春都は集めた“夢”を一粒、口に入れました。
 ――美味しいはずの“夢”。ですが、春都の表情は何処か乏しいのです。その“要因”はわかっていました。

「ねぇ、死神さん」

 この心の隙間を蔓延るもどかしさは、彼がもたらした影響なのでしょう。それを払拭する為に、春都はダイナマに声をかけました。

「ホレるって何?」

 その唐突な言葉に、ダイナマは「あ?」と瞬きます。

「さっき、『オレのホレたヤツに手を出すな』って言ってたから」
「あー、お前さんがルカの夢にちょっかい出そうとした時か。まあ、好きって意味だわな」
「好き?」

 春都はきょとんと睫毛を扇がせました。次いで、胸にすとんと落ちるものを感じたのです。

「好きってたしか感情だ。誰かが甘くておいしいって言ってた」

 大事なのは“おいしい”こと――。
 仲間内から噂を聞き、興味を持っていたのです。感情とは“おいしい”ものなのだと。好きとは“甘い”ものなのだと。その“甘い”という味覚すらもわからない彼女ですが、“おいしい”のなら――、

「ねぇ、“それ”食べてみてもいい?」

 春都にとっては大切なことなのです。

「やめとけ」
「おろ? なんでさ。別に“夢”じゃないからっておなかこわしたりなんてしな――」

 それは、

「食ったら、喰われるぜ。感情は夢みてぇに都合のいいもんじゃねぇんだよ」

 陳腐な文句でした。
 ですが、春都はそんな言葉では引きません。――引けない“何か”があったのかもしれません。

「でも、味わってみないとわからないじゃないか。みてろよー! ぜったいに死神さんの“好き”を食べてやるー!」

 両の手をぎゅっと拳にして、春都が意気込みます。ダイナマは諦めたように小さく溜息をつくと、フードの上から首の裏側を掻いていたのでした。




 ――多分、必要なのです。

 義務や使命感ではなくて。
 帳尻合わせや、何となくの思いやり程度でした。

 少女の探し物への心がけは――只、“そんな気”が原動力だったのです。





 軍手の頭上で人の気配がしました。
 誰かが此方を見下ろしているようです。

「(あぁ、大丈夫。先に)」

 どうぞ――と、軍手は促そうとします。ですが、言葉も、身体も、意志も、思い通りに動いてはくれませんでした。

 彼女は、見るもの全てが目新しかったのです。
 運動は得意ではないのに、走って、走って、息を切らせて、走って――探していました。

 この散策は、この冒険は、その為。
 幼い頃から病院生活を続け、梅雨入り前には「この夏は越えられそうにない」と医師に告げられていました。病院を抜け出してきたのは、家族が悲しまないよう“何かしら”自分の代わりになるものを探したかったからなのです。

 ――ですが、



「お前さんが生きて館を出ることは出来ねぇぜ」



 傍で感じていた熱は人ではなく、死神だったようです。正しく、死を司る者――彼女の魂を獲りに来たのでしょうか。

「ま、今のままならな」

 彼のその言葉の意味を考えるよりも早く、軍手の身体が浮きました。

「最期の景色に月光浴なんてどうすか?」

 黒くて大きな熱が、白くて小さい呼吸をやんわりと包みます。

 茫洋とする意識の中、螺旋の階段を上へ、上へ、空を飛んでいるように、ゆらり、ゆらり。

 いちばんうえに辿り着いたのでしょう。展けたのは外の空気でした。軍手の頬を優しく撫でるのは、薔薇の薫風と月の光です。

「安心しろ、落としたりなんてしねぇからよ。じゃ――飛ぶぜ」



 とぶ?



 言葉の通りでした。
 黒鳥の如く、館を踏み切り台にして夜空へ飛んだのです。そのまま、ふわり、ふわり。

 広大な空。
 静寂の森。

 嗚呼、



「(……ねむたく、なって、き、た……)」



 少女は最期に何を思ったのでしょう。

「……おやすみさん、“  ”」

 死後の世界に移った己か。それとも――、










 一人の少女として“名”の在った、己亡き後の世界だったのでしょうか。

**

 ――。
 ―――。
 ――――。





 捲る頁が白紙になったのは、“あなた”の“おかげ”。

 分かれた枝は、何時か何処かで交わるのかもしれません。
 どうぞ、本に鍵を掛けて、お持ち帰り下さい。“あなた”の歪な噺は綺麗に完成しましたか――?




依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:10人

沫に結ぶ・
祭乃守 夏折(ja0559)

卒業 女 鬼道忍軍
慈し見守る白き母・
白蛇(jb0889)

大学部7年6組 女 バハムートテイマー
久遠ヶ原から愛をこめて・
春都(jb2291)

卒業 女 陰陽師
青イ鳥は桜ノ隠と倖を視る・
御子神 藍(jb8679)

大学部3年6組 女 インフィルトレイター
明ける陽の花・
不知火あけび(jc1857)

大学部1年1組 女 鬼道忍軍
藤ノ朧は桃ノ月と明を誓ふ・
不知火藤忠(jc2194)

大学部3年3組 男 陰陽師