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一針ずつ想いを籠めて。
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歌うのはsomething fourと6ペンス。
「Something old, something new, something borrowed, something blue, and a sixpence in her shoe」
常塚 咲月(
ja0156)が願うのは――幸運。
Sopt――骨董品店「春霞」。
「荷物持ちありがとー……一人だから、大変だった……」
「えーのよ。礼は茶店でげふぇんッ!」
ダイナマ 伊藤(jz0126)が咲月の視界から退場。御子神 流架(jz0111)の横蹴りが彼の腰骨に炸裂した。
「気安く口説いてんじゃねーよ。――いらっしゃい、咲月君」
「おー……先生達、何時も通りだね……。先生、改名……? 襲名……? とりあえず、おめでと……?」
小首の傾けに、本来の彼女の色――鳥羽な艶が、黒髪に映した意をさらりと響かせた。
「部屋……借りるね……? 凛月さんもこんにちは……。あ……私が客間から出て来なくても気にしないで……何時もの事だから……その前に少しだけ時間、貰ってもいい……?」
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二人の姫が部屋へ赴いた直後――玄関の呼び鈴が鳴った。
「来たぞ、藤宮教師。いや、御子神殿……では被るな。となると、流架殿?」
「へえ、俺に敬意を表してくれるのかい?」
「……。……桜餅、」
殿。
「無駄な抵抗だね」
「や、喧しい。全く……お主は誠、初対面の時から変わらんのぅ」
「そういう君もじゃないか。少なくとも、白蛇君にとっての俺は“大虚け”で構わないよ」
「ふむ。然すれば――」
「さあ、お入り白蛇君。お茶は何がいいかな、白蛇君。聞いているかい? しらへびくーん」
「ええーい! この、性悪な小童流架――どのがーっ!」
対流架ハリセンの弾みとあるかどうかの敬意に隠れて、呼び名決定。
気を取り直した“白蛇君”――白蛇(
jb0889)
「うぇでぃんぐ関連の製作、のぅ……。謂れの事もある、わしらも手を貸そうぞ。とはいえわしは洋装の事は分からぬ。故、わしはりんぐぴろーか、ぶーけ&ぶーとにあ作りの手伝いを……と、そう言えば木嶋殿もぶーけらを作ると言っておったな。なれば、わしは先にりんぐぴろーを作り、完成後そちらの手伝いをするとしよう」
想い出仕立て開始。
布をキットの型紙に合わせ、しゃきんと裁断。
花嫁の色糸で、ちくちくと縫製。
綿菓子の様な真綿を千切って、ふわふわと綿詰め。
「次はりんぐ置きの窪みを作り、ぱーるぼーるの縫い付けじゃのぅ。
……よし。ぴろーのりぼんは水色じゃ」
リボンの結び目を形良く縫い合わせたら、次の過程へ。
予め、凛月から好きな動物を訊いていた白蛇は、兎の指人形を用意していた。雄――ではなく、男性側にはフェルト生地のタキシード。女性側にはレース生地のウエディングドレスで着飾ってから、マスコットである二匹を縫い付ける。
「いよいよ仕上げじゃのぅ」
小ぶりな籠の底へ敷くのは滑らかなサテンの海。その上に浮かべたのは、ピローだ。籠の縁はレースの波でガーリーに飾り付け、爽やかな色合いのブルースカイ系のブリザードフラワーに――、
「……ぬ、ぶりざーどではなくぶりざーぶど?」
ブリザーブドフラワーに心安らぎと幸せを添える。
兎のマスコットは、リングを見守る位置に飾った。
最後に、「春霞」で購入した“雅”――絹糸で綴ってある飴玉サイズの手鞠を三つ、孔雀青で彩れば完成。
「こんなものかの」
ちょっぴりアンティークで優しさを感じる想い出(リングピロー)が、未来ある“二人”のリングを運ぶことだろう。
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白檀香る御子神 凛月(jz0373)の部屋。
此方も一つ、出来上がったようだ。
「んー……大きさの調節はこれ位で良いかな……。ん、完成……グローブと一緒にどうぞ……結婚した時に使って……?」
白と淡い薄紅で合わせた薔薇のブリザーブドフラワー。その花冠は、凛月の暗髪に可愛らしく映えていた。上品さと透明感のあるレースグローブの美しさにも、心が奪われる。
「……きれい。ありが、とう」
「ん……。あと2つプレゼントあるから……お楽しみに……」
穏やかな微笑と言葉を残し、咲月はその場を後にした。
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「(さて、と。門出は祝う)」
翡翠鬼影流の継承者にして翡翠家の当主――翡翠 龍斗(
ja7594)が、流架の名を呼んだ。
花浅葱な視界を閉ざしていても空気の流れで察せる。相対している流架が、露骨な渋面を表しているのだ。
「何か?」
「いや……君に“様”付きで呼ばれて、何だか悪寒が……」
「……」
それはそれとして、“当主同士”の対話を。
「お互い本気で戦える立場ではなくなってしまいましたね。まぁ、今の立場がつまらなくなったら、いつでも声をかけてください。道明寺の桜餅を持って、遊びに来ますよ。その時は、凛月も連れて、裏の社会勉強へ行きましょう。彼女が強くなりたいと願うのなら、協力は惜しみませんよ」
闇のように冷たい霧の世界――其処は、二人にとっては扱い慣れた“霧笛”だ。しかし、流架が意想外な反応を示していた。
「おや、退屈だ。君との仕合は手を抜かないといけないのだろうか。そろそろ俺を満足させる度合いまで上ってきておくれよ」
その無配慮な言が、龍斗にとっては何故か心地良くて。
氷の中に閉ざした焔が在るとしたら、それは間違いなく揺らめいたことだろう。大きく、大きく。
龍斗、料理は殺人級でも手先は意外と器用らしい。繊細なビーズを扱い、ティアラ、ネックレス、イヤリングを製作していく。……アクセサリーも化学反応起こしませんよね?
「保証はない。……冗談だ」
ティアラは白銀の粒をアーチで繋いだ正統派。
「高価なものを使えばいいというわけでもないしな」
高飛車なお嬢様と出会ってから随分と時を刻んだような気がする。
最近では漸く“事”も収束したようで。その門出に、凛月をイメージしながら地道に製作していたアクセサリー達だ。どうか、幸で報われるように、と。
「ほら、何事も奥さんの方が優先だし」
此方はまだ奥さんではないが、翡翠家安定の惚気ご馳走様です。
「……よし、出来たな」
ネックレスは花の蕾の様な優しいフォルムのシャンデリアフラワーにした。青と桜の絶妙なカラーと、上品なシャンパン色がエレガントな雰囲気を充分に引き出している。同じ色で、ころんとした可愛らしいイヤーアクセサリーも完成だ。
「刺繍もやってやるさ。欲しい者には薄い水色のハンカチにつがいの青い鳥を……と、ハンカチが別れを意味すると聞いた事があるが……その謂れが嫌な者にはビーズで青い鳥を作ろう」
それと、
「流架殿とダイナマ先生には髪留めの飾りも。流架殿は桜餅、ダイナマ先生は飼っているハムスターのヘアピンを……ありがちですがね」
知らず知らずの内に、龍斗の頬は緩んでいたのだった。
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純白のドレスにちくちくせっせと裁縫をする凛月の横で、彼――不知火藤忠(
jc2194)は、凛月の作業を手伝っていた。ダイナマから手解きを受けながら、ぎこちないながらにも、一針一針に真摯さを籠める。
ラストスパートに入る前に、藤忠が用意していた新茶とたい焼きで一息。――と、
「ベールはもう出来ているのか」
テーブルの上に据えられていた清浄のシンボルを凛月に被せる。「良く似合う」と、囁きつつ。
「(誰を想い、縫ったのだろうか)」
その物思いを知ってか知らずか、頬を紅で差していた凛月が藤忠の脇腹にぐーぱんち。
「うっ」
いい一撃だ。
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花屋「Quartet」から「春霞」へ――木嶋 藍(
jb8679)が、腕にいっぱいの花を抱えながら到着。
ジューンブライドの装花であるオレンジブロッサムと、勿忘草、ホワイトローズを手に、ブーケとブートニアの製作に取り掛かる。
「あ、白蛇さま手伝ってくれて助かる……かみさまだ」
かみさまです。
「ふむ、ではそこはわしが。……時に御子神殿、白無垢は着んのじゃろうか?」
「ねー! 和装の花嫁衣装も似合うと思うんだぁ!」
花の香りと共にほんわかのほほん空気で作業が進む。
「(りっちゃん、“本番”の時にはまたブーケ作らせてね)」
藍は、無造作に束ねたデザインのクラッチブーケをDIY。ウエディングだけでなくプロポーズも連想させるホワイトローズが、少しでも“二人”の倖せに添えられますようにと。
ふと、縁側越しから、庭で葉桜を仰いでいる流架の姿が見えた。藍は皆へ渡す7つのブートニアから“特別”な1本を手にすると、足早に彼の許へ。
「……流架、お見合いするの?」
「んっ!?」
背後からの唐突な問いに、流架は素っ頓狂な声を上げながら振り返った。彼女は戯けたように、ふっ、と、笑むと、流架の返答を待たずに言を継ぐ。
「あなたが御子神流架になって、いっぱい考えた。当主になるって、きっといろんなこと、あるんだよね。私じゃ想像もつかない様な事が沢山あるんだと思う」
流架のその選択が、心地良いのか苦しいのかはわからない。
唯、
「でも私ももう、流架と離れることは考えられないんだ。たとえ誰に反対されても、前を見て歩く。認めてもらえるまで、もっともっと……頑張るから」
切にそう告げると、藍は流架の左手を掬い、甲の“隠”にそっと触れた。そして、オレンジブロッサムとホワイトローズのブートニアを握らせる。彼にだけ添えたのは、勿忘草。
「私は流架が、今までも、これからも、きっと誰かのために、置いてけぼりにしてしまう“あなた自身”の心を拾い上げていきたい。あなたが掬われることが、あなた自身の救いでなくとも、私の我儘でそうしたい。それを赦してほしい」
藍はひたむきな深い青で、唯一の“海”に懇願した。
流架は面に浮かべた微笑を一層深くさせながら、鼻先をこつんと合わせてくる。
「前にも伝えただろう? 俺は、君の我儘に困ったりはしないよ。それに……君は、藍は――もう“失わない”。“失わせない”。だから、」
君の無邪気さも、君の笑顔も、君の言葉も――知らなかった。君は俺と、“似ていなかった”から。
「毎日、俺の瞳に……“いちばん最初”に映ってくれる存在となって欲しい」
視た未来に、
紲を永久に、
――そう、願う。
藍は小さく息を詰めた。滲む視界で、愛しい人に微笑みかける。
「流架……」
唯一の名を囁く彼女の声音は倖せな波形を響かせ、揺れていた。
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――後悔するくらいなら。
「ジューンブライドは女の子の憧れですよね。作るのは初めてだけど、凛月さんの“いつか”のお役に、振り返った時の彩りになれれば。
――ということで、私はもふもふ兎のウェルカムドールを作りますよ! 凛月さんにはやっぱり兎さんですよね〜♪」
針ちくせっせ。
布自体は型通りに裁断を済ませていたので、作業はスムーズ――かと、思いきや。春都(
jb2291)は不器用。みんなおぼえたかい? なので、冒険はしません。僅かでも不安な箇所があれば、積極的にダイナマヘルプを活用。だって何時ぞやのアルバムの潰れた大福=ラムレーズンのように30回も失敗出来ないもん。
だが、想い出のお裾分けも考えていた。春都は余った布でハムスターサイズの蝶ネクタイとベールを製作。
「いつかラムくんがお嫁さんをもらった時とか、ぜひこれ着て写真を!」
しかし、ふと――「(その時、ダイ先生は寂しがるのかな……)」そんな考えが胸を衝いた。春都はドールのレースを整えながら、隣の彼に問いかける。
「ダイ先生は……ルカ先生の補佐に戻りたい?」
「まぁな」
そくとう。
潔いというか、ブレないというか。「ルカ先生から休日にお仕事のお手伝いしてるって聞いて」と、言笑し、春都は顎を上げた。ダイナマを見据える。
「先生の道は先生だけが選べる。でも、一つだけ、我儘を聞いてもらえるなら……何も言わずに、いなくならないで、ね」
春都は完成したドールを凛月に見せる為、座を立った。軽く問いかける表情で見つめ返してくるダイナマに視線を置いたまま、迷い――心を固める。
「あのね、ダイ先生。『誰もが幸せに』『幸せになれ』と先生が『誰かの為に』願うなら、先生の幸せは私が願うよ。それでもし、先生が寂しくなったり、幸せがわからなくなったり、笑えなくなったら、その時は……私が、ダイ先生を幸せにしに行くから。絶対幸せにするって約束するよ」
一瞬、縁強く、琥珀と京紫が結ばれた。
「――あ! 凛月さーん! みてみてー! 可愛く出来ましたよー!」
製作した物を手に、駆けてゆく春都。彼女の髪のリボンがはたはたと棚引いていた。
「……オレの旦那か?」
そこはよめといえよばかやろう。
「あんがとな、春都。……幸せか。欲の境はどこかしらねぇ」
――何時か言葉に、見えるだろうか。
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「ん……完成ー……」
龍斗と藍から貰ったハンカチが鞄から覗いていた。“何の為に”かは、さておき――咲月は客間を後にすると、凛月の許へ。
「これとこれ……凛月さんに……2つともお願いされたから……。支えて欲しかったけど……これも運命だね……。――私の最後の絵……『幸せに』、だって……」
一つはケース入りのアンクレット。裏にはサファイアが。
もう一つはF8雲肌麻紙ボード――飛び立つ青い鳥と錆びて壊れた鳥籠、太陽、沢山のシロツメとクローバーが描かれていた。
「それと、藤宮先生……私達から伝言……『ご用命とあれば俺達を使って下さい』」
凛月の肩越しから絵を覗き込んでいた流架はその表明に僅かな驚きの色を示したが、やがて、安堵の微笑を漏らしたのであった。
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「お前は、お前の翼と自由に生きて欲しい。だから、何かあれば手伝うから言ってくれ」
藤忠は流架に近況を尋ねた後、仕上がったウエディングドレスをぎゅっと抱き締める凛月と共に、縁側で狐の夕焼け空を眺望していた。幸福感ある凛月の笑顔を窺い、話を切り出す。
「……それにしても、当主が久遠ヶ原で出来るようで良かった。不知火も出来るだろうか」
「? やるかやらないかなんじゃないの?」
「ふっ……そうだな。――凛月。俺の姉と家族のことをお前に話してもいいか?」
疑問符を頭に浮かべながら凛月が顎を引いた。
「姉は俺が贈った簪を目の前で折った。その所為か、お前に簪を貰った時、嬉しかったが……少し怖かった。俺からの行為は家族……妹分と親友以外には受け取って貰えないのではと無意識に思っていた。でもお前は俺の言葉や気持ちをちゃんと受け止めてくれるから、酔った」
だからだろうか、
「俺は将来、妹分の補佐になりたい」
――決意の花が脳裏に咲く。
「戦争が終結しても妹分と共に学園で学び続けるつもりだ。あいつと親友は護ると決めている。だが、俺は元々一族の末端。身軽な立場だ。……だからその、つまりだな?」
熱に浮かされたのは、
「護る対象が増えるなら、嬉しい」
心を奪われたのは、
「お前が満足するまで傍にいてやると言ったが、お前が傍にいないと満足しないのは俺の方だ」
きっと――、
「お前が好きだ。家族になって欲しい位に。そのドレスを着るのは俺の隣であって欲しい。欲張りでも……これが俺の本心だ」
唯、目の前の“桃”が綺麗で。どうしようもなかったからだ。
藤忠は藍から貰ったブートニアを胸元に飾り、ブーケを兎姫に渡す。藍に渡して欲しいと頼まれた――などと口にするのは野暮だ。
「……凛月?」
気づけば俯いていた凛月。からの、藤忠の胸へ不意打ちへっどばっと。
「うっ」
いい一撃――……?
凛月は藤忠の胸に顔を埋めたままの体勢で動かない。彼がそっと頭を撫でると、胸の中の兎は鼻で甘く鳴いた。そして、
「……すきよ。だいすき。あなたのものにして」
満ちてゆく心が在るのは、貴方がいるから。
紬に、絢に、紲に――明日へと続く未来へ、誰もが倖せなJune brideを。