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マスター:愁水
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:7人
リプレイ完成日時:2012/06/19


みんなの思い出



オープニング


 ヒュウヒュウと鬼の哭く声がする。
「……何だ、この音は……」
 山のふもとにある由緒ある旧家。その屋敷の現当主は、頭の中に直接響くようなその音に目を覚まし、布団から半身を起こした。置行灯の和紙に描かれてある小さな蝶が、内側からの炎に照らされてゆらゆらと揺れているように見える。その灯りで枕元の時計が午前二時をまわっているのを確認した。
 皿燭台の灯りを片手に襖を開け、中庭に面した廊下へ出る。長い木造の床を歩くたび、ぎしぎしと軋んだ音がする。
 ヒュウヒュウ……
 音に導かれるかのように、奥へ、奥へ―――。
 途中、使用人の寝所を通り、ふと、昼間耳にした噂話を思い出す。勝手方でたむろしている使用人達の話の種は、人の噂。またいつも様に下世話な話に花を咲かせているのかと思いきや、今回は様子が違っていた。ヒソヒソと声を潜めて、心なしか怯えているように聞こえた。

「……昨夜、宮田さんも聞いたって……あの気味の悪い唄……」
「一昨日もお手洗いに起きた千鶴お嬢様も聞いたっていうじゃない。旦那様は寝ぼけていただけだろう、と仰っていたらしいけど……。ここほぼ毎晩よね、誰かが気味の悪い唄を聞くようになったのって」
「このお屋敷って……呪われてるんじゃ……」
「ちょっと! 滅多なこと言うもんじゃないよ!」
「でも! あたし見ちゃったんです……今日旦那様からお預かりしたご本を書庫に戻しに行ったんですけど、その時古い本が床に落ちていて、何気なく開いたら……」
「―――あら、旦那様? どうされたんですか?」
 立ち聞きにいつの間にか夢中になっていた当主は、後ろから声をかけられるまで、不思議そうに尋ねてくる使用人の気配に全く気付かなかった。当主以上にその声で慌てたのは、勝手方の使用人達だっただろう。「私、お掃除を……」「あ、あれが足りなかったんだわ……」と、わざとらしく呟きながら、そそくさと勝手方から散っていく。

(確かに夜中に千鶴が子供の唄う声を聞いたと言っていたが……)
 昼間に使用人達の噂を聞くまですっかり忘れていた。
 ――夜な夜な聞こえてくる幼子の唄い声……。
 ヒュウヒュウ……
 当主の足は音の発信源に辿り着いていた。キィ、と音をたてて書庫の扉が開いている。扉の隙間から風が流れて当主の髪を揺らした。
「風の音だったのか……窓が開いているのか? まったく……」
 昼間、本を返しておくように頼んだ使用人が閉め忘れたのだろう。呆れたように溜息を一つつくと、中に入り―――。
 背筋が凍りついた。
 そう、この書庫に―――窓はない。
 当主の喉が鳴る音が、沈黙する室内に響く。言いようのない恐怖に、じり、と後ずさりし、何かを踏んで視線を床に下ろした。足元には、寺院にあるような四つ目綴の古い和本。
「これは……」
 腰を屈めてその冊子を手にとる。何かに暗示をかけられているようだった。手にとり、読め、読め――。手元の灯りを頼りに、筆の文字を先へ先へ辿っていく。そして。
「……そんな……なんてことだ。先代はこんなこと、何も――」

  散った 散った
  飛沫な曼珠
  飛んだ 飛んだ
  誰ぞの首
 
 耳に滑らかな音色で、しかし不気味さも含ませ入り込む、唄。
「――ひっ!」
 当主は短い悲鳴を上げて、激しく床に尻もちをついた。彼の右手の灯りに照らされ、白衣・白袴の稚児が目の前に立っていたのだ。歳は五つか六つ。オカッパの黒髪。瞑っているかと思えるほどに細い目。くすくすと大きな口で笑う、突如現れた稚児。

  さぁ 息を殺して 
  さぁ 鬼ごっこだ

「ひいいっ!」
 後ろで手を叩く音と唄が聞こえていたが、当主はそれどころではなかった。転がりながら書庫室から出て、廊下に情けなく這いつくばり、大声を上げる。
「だ、誰かぁ! おい、起きてくれぇ!」
 稚児の細い目の奥で光った金色の瞳が脳裏に浮かぶ。
(アレは違う……アレは違う! 人間じゃない! そ、そうだ、きっと妖だ……きっと、あの『祠』の――!)
 当主の大声に何故か誰一人起きて来ない廊下をあちこちぶつかりながら走って、使用人達の寝所にさしかかった時、ぬるりとした「何か」に足が滑り、その場で転倒した。手にしていた皿燭台の灯りが、ジュ、と消えて煙を出す。
 ビチャッ……!
 液体が衣服や顔を濡らしていた。
「く……ぅ、な、何だ……」
 水、ではない。ねっとりとした生温かい温度と、鉄の錆びたような臭い。それは使用人達の寝所から流れ出てきている。
 ――開けてはならない。その襖を開けたら、もう後戻りできなくなる――。
 しかし、その強い衝動から抗うことはできなかった。両手で一気に襖を開け、
「―――ぎゃあああああああっ!!」
 絶叫した。
 血の海となった室内に、変わり果てた使用人達の姿や、その「残骸」。
「ああ、あ、あ……」
 当主の顔は恐怖に歪み、その場にへたりこむ。すると後ろで、ギシ、と酷く軋む床の音と、荒く血生臭い息づかいが聞こえた。
 ナニかがいる。ナニかが――。
 放心状態のまま当主がゆっくり振り向くと、
「……お……鬼……」
 そうとしか呼びようのないモノが、彼を見下ろしていた。長い手足の先には鋭い鉤爪。額には二本の角。その下には爛々と光る目。大きく裂けた口には、肉片のついた乱杭歯。
 そして再び屋敷に絶叫が走り、後には煙の匂いを残して、静寂が支配した。

  変わりゆく世を残して
  鬼も人も悪行非道
  嘆く唄すら 既に誰も聞こえぬ
  
 稚児は憂いの表情で唄い、屋敷の少し離れた裏手の小さな祠へ姿を消した。



リプレイ本文


 首が、飛んでいた。
 何が起こったのか判らないが、とにかく「何か」の衝撃はその哀れな頭部を遠くへ飛ばし、血のように赤い――まるで鬼の首が竹に串刺しにされているかの如く、独特な姿を持つ花の群生の中へ消えた。
 これは、この「映像」は何なのだろう。夢なのか、意味があるのか、これは――何かの「記憶」なのか。
「――おい、さんぽ。どうしたんだ?」
 古い祠の前で腕を組んで固まっていた犬乃 さんぽ(ja1272)は、背後から案じる響きの声音に小さな驚きの声を衝いて振り返った。稲穂のような金色のポニーテールが犬の尻尾のようにぴょん、と揺れる。
「あ、狗月先輩。……ボク、ぼーっとしてた?」
「してた。何だよ、祠になんかあったのか?」
 そう言うと狗月 暁良(ja8545)はさんぽの横をすい、と抜け、目深にかぶっている洒落た帽子を指で少しつまみ上げる。そして片眉を胡乱に引き上げて、祠の切妻屋根を手の甲で叩いてみたり、観音開きの戸を開けたりするが、すぐに興味を削がれたように小さく溜息をつく。
「つまんねーな、なんもねーじゃん。そろそろ屋敷ん中でリョウ達とゴーリュウしようぜ。なぁ、さんぽ」
「うん、そうだね。先輩達の方は何かわかったかもしれないしね」
 そう微笑んで狗月に返す。
 暮れかかった空を見上げながら「もう夏だなー」と呟いて屋敷へと向かう狗月の後ろを、ててて、と追いかけるさんぽ。その姿はまるで、母犬の後をついて行く子犬のようだった。
(…う〜ん…『アレ』は、何だったのかな?)
 思案顔で振り返り、さんぽはもう一度祠を見つめる。
祠の前に立った瞬間、まるであてられるように流れ込んできたあの映像は、あの首は、一体何を表しているのだろうか。
(首…そういえばあれって…)
 人間のものではない、むしろ獣――。裂けるかと思うほど開いた口に三日月のような細い目。命を失ったその瞳とさんぽの青い瞳が、一瞬交差した気がした。その色は、確か――。

  散った 散った 飛沫な曼珠…

「――ん? 何だこのウタ。ガキの声みたいだな。屋敷の中から聞こえるぜ」
 狗月とさんぽが唄の声を辿ると、屋敷内の内庭へ辿り着いた。そこには既に他のメンバーも集まっている。ピンと張り詰めた空気の中、皆僅かな怪訝と警戒を潜めていた。中には立っているのですら面倒、と言わんばかりに柱によりかかる無気力少女と、まるでどこかの首だけ浮かぶ猫の如くにやにやと笑みを浮かべている者もいたが。
「おい、みんなどうしたんだよ。何だよ、このウタ――」
 狗月が戸惑いながら皆の視線の先を辿る。そこには、
「…な、何だよ、あの血まみれのガキ…」
 内庭の、ある「異様な光景」を見て呆然とした。
「…俺は、この嘆きの唄が鬼を喚んだのかと考えていた…。だが、どうやら違ったようだ」
 ひっそりとした囁きの後、リョウ(ja0563)は細く息を吸い込んで止める。感情を押し殺すかのような、その様。そんな彼の横へ、古びた冊子を胸元に抱えた少女、アトリアーナ(ja1403)が視線を低くし淡々と尋ねる。
「…あなた、なの? この本に書かれているの。…祠に奉られているのも、あなた?」
 ビチャッ。
 その音は肯定だったのか。大きな血溜まりの中で腰を屈め、言葉自体に不気味な響きを匂わせる唄を口ずさむその稚児は、右へ左へと小さな手のひらで転がして遊ぶ「ソレ」を、持ち上げて血の池へ落とした。
 そう、鬼の、ディアボロの―――首を。


 数時間前。
 仲間よりも先に現地入りしていたリョウは、今回の事件の発端や旧家の噂などを調べるべく、山を下りた村で情報収集をしていた。昼に合流したメンバー達は、リョウの聞き込みの成果により興味深い情報を耳にすることになる。
この旧家、時神家は代々伝わる村の実力者だった。長年得てきた尊敬や信頼、それはもはや村にとって絶対的な存在となっていたが、ある年、村に「鬼」が現れ、村人が食われるという被害が起きたという。時神家はすぐさま鬼を退治するべく、武士や僧侶、腕におぼえのある猛者を何人も討伐へ向かわせたが、結局鬼を倒すことはできなかった。犠牲は増え続け、当然の如く助けを乞う村人達は時神家に殺到する。その時、困り果てていた時神家に、一匹の狐が山から姿を現した。雪のように真っ白な体と金色の瞳のその狐は、ひらりと村へ下りると鬼の前に立ちはだかり、あっという間に鬼の息の根を止めてしまった。それから狐は村の救い主として御狐様と呼ばれ崇められることとなる。しかし、その狐はある日から、山へも村へも姿を現さなくなったらしい……。
 昔話は、そこで終わった。

「…んっ」
 二人一組になりディアボロの捜索を開始したアトリアーナは、屋敷に踏み入れたと同時に反射的に自分の口元を覆った。両手の僅かな間からもヌルッと流れ込み、鼻にまとわりついてくる匂い。
 ――血だ。空間、というより、この地全体の空気自体がドロリとした粘度を持ったような印象を受ける。それもそのはず。そこには酷い惨状が広がっていた。
 床や壁一面に肉片と血が飛び散っている。血に鮮やかさはなく、赤黒く変色し乾いているものもあれば、未だねっとりとした血溜まりもあった。
「おやおや、しかしまあ、何とも、何とも赤い世界なのだろう。ここは、ここは、まるで鬼の遊び場だ」
 瘴気――そのようなものが身体にまとわりついてくるような屋敷の中、棒つきの飴を咥え、平然たる態度と笑みでジェーン・ドゥ(ja1442)は歩みを進めていた。
「平気かい、アトリアーナ君」
「…ん、大丈夫、なの。…ひどい、ひどすぎる、こんなの」
 静かに発せられた呟きの中に、確かな怒りの感情がこもっていた。罪もない者達を殺し、その肉を食らった、残忍な行い。この世の温かい心、幸せ、救い――全てを否定したような光景だった。
 ぐぶっ…
 その時、何か生々しい音が一つ小さく響く。お互い視線で合図し、奥の部屋へと進んだ。 
 じゅるっ…じゅぅぅっ…
 瓜かなにかにかぶりつき、肉に溜まった汁をすするような、そんな音。
 途端、背筋を駆け巡る不気味な気配を感じた。長い廊下の角を曲がった奥の部屋。開いている襖の先に――いる。アトリアーナは襖のヘリにかけていた手を引き寄せるようにしながら、気配を消し慎重に中を覗きこんだ。
(…やっぱり、なの)
 想像していた光景と現実が重なり一瞬瞼を閉じたくなるが、その衝動を堪え、ジェーンに頷いてお互い戦闘態勢に入る。
「なるほど、鬼は今ランチ中なのだね。では、では、作戦通りに」
「…鬼退治、始める、なの」
 他を捜索している二組には既に連絡済み。小声で言葉を交わしてアトリアーナはパイルバンカーを装着すると、ディアボロに向かって奇襲攻撃を仕掛けた。眼前にディアボロの赤黒い巨体が迫る。
 グアアッ!
 肉を食らうことに夢中になっていたディアボロは、背中を斬りつけられようやく反応した。振り向き様、太い巨木のような腕を乱暴に薙ぎる。
 ぶおっ!
 風が唸りを上げ、アトリアーナの長い髪を弄った。攻撃を仕掛けた後すぐさま後方へ跳んだのだが、まるで横面を張られたような衝撃。
(…これは危険、なの)
 立て続けに跳ね飛びながら廊下へ出ると、四つん這いになった巨体は襖どころか壁さえも壊しながら、恐るべき速さで追いかけて来る。
(…このまま、あたりをつけておいた内庭へ誘導する、なのよ)
 遠距離からスキル「壁走り」を発動させているジェーンも、足場を常に立体的に捉えながらマグナムの嵐で支援。ディアボロのスピードを抑えられている。
「さあ、さあ、おいで、こちらに」
 こちらの思惑通り、内庭へ誘導することに成功。だが、
「……!」
 背後に迫っていた重苦しい気配が急に消え、アトリアーナが振り返ると、ディアボロの巨体が舞っていた。軽々と、彼女の頭上遥か上空へ。一瞬の跳躍で距離を詰めたディアボロは、アトリアーナ目がけけて落下しようとする。そこへ、
「――あまいよっ! 幻霧招来ブラインド☆イリュージョン!」
 明るく、可愛らしい声とともに颯爽と登場した、セーラー服を纏った美少女――ではなく、実は少年であるさんぽが、スキル「目隠」を発動させ、ディアボロの視界を奪った。さんぽが右なら、狗月は左へ。空中で挟み撃ちにしていた二人は、正に阿吽の呼吸だった。狗月の鉤爪がバランスを崩したディアボロの腹部を斬り裂く。
「おらよっ、沈め」
 そして豊満な肢体を華麗に反転させ、ディアボロを蹴り落とした。地面から重い音が響き、どっと大量の砂礫が舞い上がる。濛々とする砂塵の中、低い唸り声が聞こえた。前傾した姿勢から身を起こすディアボロを確認して、さんぽは後退し間合いをとる。そして、
「さあ、おいで! 鬼さんこちら、手の鳴る方へ〜☆」
 視界を阻害されたディアボロを、手拍子で引き寄せる。
 グルルル…
 獣じみた唸りを発し、ディアボロは凄まじい速さでさんぽの方へ向かってきた。だが、さんぽは俊敏な動きでディアボロの突進をかわし、その隙を狙った狗月の斬撃が放たれていく。絶妙というべき連携。
 そこへ最後の一組、リョウと殺村 凶子(ja5776)が駆けつけた。
「……これがホントの鬼ごっこ、か」
 目の前の光景を見て、凶子は棒読みのような言葉をポツリと呟いた。しかし、その無感情な彼女の代わりになのか、ぴょん、とはねたアホ毛が「ガンバレー」と言わんばかりに感情豊かに揺れている。
「俺も加勢に入る。援護を頼むぞ、殺村」
「……ああ」
 凶子が答えた時には、リョウは既にディアボロに向かって走っていた。のんびりとした性格のせいか、いつもワンテンポ遅れてしまう。アサルトライフルを手に、白く細い小首を傾げるように前髪の間から視界を確保して、構えた。
 ガンガンガン!
 吠える銃弾がディアボロの厚い肉へ食い込んで、血飛沫が飛ぶ。その赤い雨を顔に浴びながら、ワイルドハルバートを両手にリョウはディアボロの懐へ滑り込み、瞬く間に跳躍した。宙に投げ出された、ディアボロの太い腕とともに。
 ゴアアアッ!
 咆哮を上げるディアボロ。
「今度は貴様が狩られる番だ」
「そうだよ! よくも家の人達を…許さないんだから!」
 静かに告げるリョウとは対照的に、さんぽが怒りの言葉を浴びせながら蛍丸を天にかざし、発生させた稲妻を刀身に集める。
「幻光雷鳴レッド☆ライトニング! 鬼のハートもパラライズするよ! みんな今だっ」
強烈な紅い雷光が、ディアボロを襲う。神経を麻痺させられたディアボロは、ビクビクと身体を痙攣させていた。
 ――終わらせる。六人の撃退士の思いは一つだった。
 凶子の銃の火は、尚も勢いよく続く。ディアボロの頭部に突き立てられるアトリアーナの杭、彼女が身を離したと同時にリョウの斧槍と狗月の鉤爪がクロス攻撃、そして――。
「赤の女王は言った、『その首を刎ねておしまい!』ってね」
 ジェーンの言葉の後、ひどく生々しい音がした。
 次の瞬間には、
 ごろり
 赤鬼の、ディアボロの首が落ちていた。


 黄昏時というのは、何故こんなにも耳に痛いのだろう。
 その空間は、部屋の両脇に一冊分の空きもなく陳列された本の山だった。
「……私は、頭を使うのが苦手なんだ」
 床に乱暴に転がっていた冊子を手にとるだけとって、凶子は相変わらずの無表情でそれをリョウへ手渡す。「あと、ヨロシク」と、代わりにアホ毛がペコリと頭を下げた…ようにリョウは見えた。
「……」
 ちょい、と服の端を引っ張られたコトに気づきリョウは後ろを振り返ると、そこにはアトリアーナとジェーンの姿が。
「…あと、屋敷の中で探していないの、ココだけ。何も情報、出てこなかったの。…リョウ、どうかしたなの? ぼーっとしてる、なの」
「いや…なんでもない」
 アホ毛に見とれていたとは流石に言えない。リョウは気をとりなおして手の中の古びた冊子を開き、その文面に目を走らせた。横から覗き込んでいたアトリアーナの為に、冊子の位置を低く持ちかえ。
 二人の目線は同じ速度で上から下へと字を辿り、しばし書庫に沈黙が続く。そんな二人を書庫から出てすぐの壁に寄りかかり、ニコニコ、ではなくニヤニヤとした笑みで見守るジェーン。
 そして。
「…残酷なのは、鬼も人も同じ、か…」
 紙面から頭を上げ、独り言のように小さく呟かれたリョウの言葉。横で冊子を見つめるアトリアーナの瞳も、やや曇っている。
「……どうした?」
 二人の様子に、棚に背をあずけていた凶子が首を傾げて小さく尋ねる。――その時だった。
 内庭の方から唄が聞こえたのは。


 血溜まりの波紋がおさまって、稚児の姿が赤い池に――映っているはずだった。が、水面に映るその姿は。
「…キツネじゃねぇか」
 狗月は怪訝な表情で呟き、目線を上げその主を見る。姿は白衣の稚児のままだ。
「…恐らく、この子は昔、鬼を退治し村を助けたといわれている白狐の化身だ」
「…そして、時神家に殺された……首を刎ねられて、なの」
 リョウとアトリアーナの言葉に、さんぽと狗月は驚きの声を上げたが、さんぽの脳裏に祠の前で見たビジョンが映し出される。
「…まさか、あの祠に奉られていたのは、その狐?」
「ああ。冊子に記されてあった。祠をたてたのも、この冊子を残したのも、当時の当主の息子だそうだ」
「…時神家の当主は、村人の寵愛が自分から狐へ向けられ続けることに恐れを感じていたらしい、なの。だから…殺してしまった、なの。あの祠の場所で」
 それを聞いて、狗月は呆れて溜息をつく。
「なさけねーな、ただのシットじゃねぇか。……ん? じゃあ、今回の事件のクロマクはそのガキで、屋敷のヤツ皆殺しにさせたのも、そいつの復讐!?」
「――いや」
 一度言葉を区切って、リョウは稚児を正面に捉えた。
「俺も、最初はそう思った……。……助けようと、したんだよな? この屋敷の者達を。山に入ったディアボロから遠ざけようと、違うか?」
 稚児は細い目で、くすくすと笑っていた。
「……驚かせて、この山から逃げてほしかった?」
 凶子の言葉に、リョウは顎を引いて答える。だが何故かその表情は、なにかを噛み堪えているかのような、冷静なリョウには相応しくない顔だった。
「……君の『唄』は聞こえた。もう眠るといい」

 黄昏が闇と溶け込むように、稚児の姿は消えていた。

 屋敷から出ると夜空が広がっていた。
 眩しいほどの満月が山を下りる道を照らしている。ジェーンはいつも通りの笑みを浮かべたまま、屋敷を振り返った。
(――はたして、はたして『真相』はどうだったのだろうね。ふふ、リョウ君にはわかっていたのかな、残酷な『真実』が)
 ――真実。今更確かめるすべなどないが――。

 自分を殺した一族を、本当に、助けるだろうか?

 風にのって唄が聞こえたような気がした。

  皆死んで 誰ぞも残らん
  真の鬼は 一体誰ぞ さあさあ こちらへ
  お手を拝借――


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:4人

約束を刻む者・
リョウ(ja0563)

大学部8年175組 男 鬼道忍軍
ヨーヨー美少女(♂)・
犬乃 さんぽ(ja1272)

大学部4年5組 男 鬼道忍軍
無傷のドラゴンスレイヤー・
橋場・R・アトリアーナ(ja1403)

大学部4年163組 女 阿修羅
語り騙りて狂想幻話・
ジェーン・ドゥ(ja1442)

大学部7年133組 女 鬼道忍軍
撃退士・
殺村 凶子(ja5776)

大学部4年202組 女 鬼道忍軍
暁の先へ・
狗月 暁良(ja8545)

卒業 女 阿修羅